休日を士郎の鍛錬につぎ込むことを決めた(無論、士郎の了承はない)セイバーと凛は、一日と言う時間を惜しむかのように士郎を苛め抜いた。
 結果を言えば、セイバーは前回と言う過去の経験があったので効率よく、そして飛躍的に士郎の剣の技術を伸ばすことが出来た。現在の彼の剣腕は最終決戦時の実力に後二歩と言ったところである。そこまで実力を引き出されれば相当の実力が付いているのだが、セイバーの扱きに体はボロボロで喜ぶに喜べない状態である。
 そして、士郎の根幹を支える魔術の方は、

「なんでこんくらいのことが出来ないのよー!!」

 あかいあくまの絶叫が続いた様子から、推して知るべし。
 てな訳で、二人の「師匠」に苛め抜かれた、もとい鍛えられた士郎はガタガタの体を引きずって朝食を作り、登校するはめになったのであった。






























正義の味方の続け方

『妹への想い』

From "Fate/stay night" (C) 2004 TYPE-MOON
Presented by HIRO [TRASH BOX]































「ぐおおおお」

 一時間目の授業が終わった休み時間。
 朝から何やら呻き続けている士郎を見かねた一成は恐る恐ると言った感じで話しかけた。

「朝から呻いているが、無事か?」

 無事――事が無いと言うのなら、それは今の士郎には程遠い言葉だった。
 打ち身が痛い。筋肉が痛い。節々が痛いし、頭も痛い。おまけに魔術を使いまくった所為で体がだるい。生き地獄である。
 平穏。これほどその言葉を欲した事は無かったと思えるほどだ。
 朝も桜に心配されたが酷い筋肉痛だと言って乗り切った。もしどんな事をして筋肉痛になったと訊かれたら、彼は返答できなかっただろう。桜もその辺りは解っているのか深くは訊いて来なかった。
 まあ、どちらにせよ幸いであることには変わりない。
 凛が夜遅くまでいたこととか、実は女の子が一人まとわりついてるとかいろいろと複雑な状況を説明する気力も覚悟も無い。
 桜の気遣いに感謝する士郎だった。
 ちなみに獣の魂を持つ姉的存在はご飯四杯お代わりして、食後の茶を二杯飲んだところで、

『学校には出るんだぞー』

 と、情け容赦ないことを言って出て行った。

 ――ああ、優しさが欲しい。

 切実な願いである。

『すまない、シロウ。少し浮かれすぎてしまいました』
『これで少しなのか!?』

 セイバーの呟きにそう返す士郎。
 霊体となったセイバーは護衛のため、士郎についてきている。前回の戦いを鑑みるに、学舎で戦闘があった事もあった。そのため彼女もついていく事にしたのだ。
 はじめて見る現代の授業風景に深く感心もしていた。

『そりゃ、俺を鍛えてくれるのは嬉しいが、いくらなんでもこれはきついぞ』
『弁解の余地もありません』

 霊体なので一種テレパシーのような会話をする士郎とセイバー。彼女は潔く自分の所業を認めていた。
 とは言え、騎士王たる彼女の訓練が苛烈になる事は致し方ない事でもある。士郎の鍛錬は彼女の中でも楽しい時間なのだ。始めは凛への嫉妬が混じっていたにせよ、再び士郎と剣を交えられらことは素直に嬉しいものだった。だから、少々熱が入ってしまったのだ。
 それだけだったのなら士郎はやや筋肉痛と言った程度で終われて、こうして体の痛みに呻くこともなかったのだが……凛と言う存在が彼をここまで酷使していた。
 魔術は自身を一つの回路に見立て、魔力と言う電力を通して発動させるプログラムの一種だ。「強化」を行使し続け、凛の罵声を浴びながらも士郎は必死に頑張り、ようやく体をスイッチで切り替える意識を作り出せた。
 おかげで体への負担は大きく、全てが終わったときはその場で倒れてしまったくらいである。

『とりあえず見習い以下は卒業ね。今回のところは休んで良いわよ』

 体の限界に強制的に挑まされた士郎にその労わりの言葉は届かなかった。

「ぐぅっ。か、階段が昇れない」
『手伝いましょうか?』

 昨夜、凛から昼は屋上に来るように言われていたので、心配する一成に大丈夫だと青白い顔で言った士郎は膝に力が入らない体を引きずって屋上に向かっていた。教室を出る際、一成は怪訝な顔をして首を捻っていた。

「衛宮は弁当二箱も食っていたか?」





/ / /






 冬木の二月はやや寒いと言った程度の気温だ。秋とほぼ変わらない気温を保ちつつ、暦の上を滑り、そのまま春に突入する言う、一風変わった土地である。
 なので、冬の屋上と言ってもそれほど寒くはない。やや強めの風は冷たいが、それも物陰でやり過ごせばいいだけである。
 その物陰――給水搭の横に陣取ったのは、三つの影だった。

「――本当なのか?」

 緊迫した顔で訊ねたのは士郎だった。体を覆うのは緊張と怒り。

「ええ。大本の魔法陣は私じゃ手に負えない代物だったわ。一応、小細工はしたけど、一時的なものだしね」

 市販されているサンドイッチを頬張りながら凛は言った。

「にしても、溶解? 体も魂も溶かしちまうのか。正気じゃない」
「でも良い手よ? 魂は――力はあればあるだけ有利になれるし」
「……しかし、許される事ではありません。なんとしても止めなければ」

 前回は、士郎の令呪に校舎に呼び出され一戦交えた。
 ライダー。
 騎兵のサーヴァントの役割クラスであるあの英霊は強敵だった。
 強引な召喚によって士郎からの魔力提供がなかった状態で放った宝具の一撃でどうにか凌げた存在だ。保有する宝具や高い機動力は自分を翻弄し窮地にまで追い詰めた。
 自分が劣っているわけではないが油断ならない相手である事は確かである。
 前回とは違い、士郎からの魔力提供があるにせよ、彼から送られてくる魔力は乏しい。出来れば宝具なしで決着を着けたいものだ。
 その意志を固めて、唐揚げを口に含む。しっかりと味の染み込んだ肉汁が舌の上で踊り、とてつもなく美味しい。
 冷めてはいるがそれでも味を損なわない士郎の料理の腕前にセイバーはコクコクと頷きながら咀嚼を繰り返していた。

「……私さ、さっきから気になってる事があるんだけど」
「なにが?」
「なんでセイバーが当然の如くお弁当食べてるの?」
「へ?」
「は?」

 食べていた手を止めたのは士郎とセイバーだ。二人は顔を見合わせ、うーんと唸る。
 何故と言われても、士郎は至極当然と言った感じにセイバーの弁当を用意していたし、セイバーもセイバーで士郎からの料理をありがたみつつ、弁当箱を受け取っていた。
 今考えると、何故だろうと二人とも首を捻っていた。

「昨日の扱きでほとんど体が回復しなかったにしては、やけに手の込んだ内容だし?」
「いや、仕込みはあったし実際手間がかかったのは唐揚げぐらいだぞ?」
「それにしちゃぁ二人分も作ってるじゃない」
「……それもそうだな」

 再び首を傾げる士郎。

「問題はないですよ、シロウ」
「え?」

 悩む士郎に同じく唸っていたセイバーは悩みを解消できたからか朗らかに笑って言った。

「私に送られてくるシロウの魔力量は残念ながら少ないと言わざるを得ない。しかし、こうして食事と言う形で力を得られるのだから何も問題はありません」
「いや、私が言ってるのはなんでお弁当を当然の如く二人分作っているのかであって……」
「寝ぼけていただけでしょう」

 にべもなく言い切るセイバーに、凛は圧倒された。
 なんか、自分に対するセイバーの態度に微妙に棘を感じる。

「いや、セイバー。俺としてはそう簡単に言い切られるのはどうかと思うんだが」
「いいではないですか。結果として良い事になったのですから、気にする必要はありません」

 そう言ってジャガイモときゅうりというシンプルな食材で構成されたポテトサラダを口にする。
 どこからか皮肉気な顔で溜息を吐いている弓兵が見えた気がするが、セイバーは無視した。

「まあ、いいか。何が困るって訳じゃないんだし」
「……あんたはそれで納得するのね」

 深い溜息を吐いて凛は話を戻す。

「で、話を戻すけど。この学校に張られてる結界にちょっかい出して、本人を焙り出したいんだけど」
「何だか遠坂が言うと学校に火をつけるみたいだな」
「必要ならするわ」
「いや、しないでくれ」

 魔術師としての合理性からか、はたまた遠坂凛と言う少女の性格からか。凛の思考に若干ついていけない部分があるなぁと心の中で思う士郎だった。

「昼休みで探して、処理する時間は無いから放課後になるけど、予定は?」

 予定なんかあったら呪うわよてな笑顔で言われれば誰だった頷くだろう。士郎も例外に漏れずがくがくと首を横に振った。

「よろしい。じゃあ、放課後にそっちに行くから待ってなさいよ?」





/ / /






「さて、これから結界の支点探しに行くんだけど」
「その前に一ついいか?」
「なによ。これからって言う勢いをいきなり殺すようなこと言ったら殺すわよ?」
「……むぅ」
「そこで呻くな! なに? 時間無いんだからさっさと言う!」
「じゃあ、死を覚悟して言うぞ」

 つまりはそれほどまでにくだらないと言うことなのか。凛の細い眉がぴくりと跳ねたのをセイバーは見逃さなかった。

「支点ってどうやって探すんだ?」
「あ……あ……」
「いや、解ってる。半人前の俺にそんな事できない事くらい。でも、やり方を知らないんじゃできるもんも……」
「アホかあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐおっ!?」

 があーと叫ぶ凛。いや、があーとかじゃなくて、ぎゃあーだったかもしれない。まあ、どちらにせよ鼓膜がいかれたという事実だけで十分凛が怒り心頭だというのが解った。

「半人前だろうが魔術師じゃなかろうが、空間に違和感があれば誰だった気付くのよ!! 勘が鋭い人間ほどそれに気付いてそこに近寄らなくなるの! それくらい誰に教えられなくたって、できるでしょうが!!」

 ぎゃおぎゃおと叫びまくる凛を見かねたセイバーが間に入った。

「魔術師として知識が乏しい士郎にそれ以上怒っても意味が無いでしょう。時間も限られていることですし、早く見回りに行った方が良いのでは?」
「うっ、ぐぅ、むぅ。……解ったわよ」

 理路整然と冷静に言われた凛は気勢を削がれたが、それでも微妙に不満が残っているらしい。
 まあ、セイバーの言う通り学校が開いている時間には限りがあるのだし、遅くまで残っていたら不信な目で見られる。
 下校時刻までには終わらせたいところだった。

「士郎はセイバーと校舎の外の見回りをお願いするわ。支点を見つけたらセイバーに壊してもらいなさい。あんたがやると逆に呪われそうだしね」
「了解しました」
「……言い返せないのが辛い」

 自分の力の無さに一人涙する士郎。

「私とアーチャーは校舎を回るわ。何かあったら、騒ぎの一つでも起こして」

 それじゃと言って、凛はそこを後にした。
 その背中を見送って士郎とセイバーもグラウンドへと向かった。

 夕焼け色に染まるグラウンドに出た二人――とは言え、セイバーは一般人に見られたら困るため霊体になってもらっている。
 いつもならサッカー部や野球部の声が聞こえるのだが生徒会からの部活動自粛の通達を受けて、グランドはひっそりとしていた。その光景を流し見ながら士郎はグラウンドの周りを回っていく。丁度校舎側のサッカーゴールの後ろに来たところで引っ掛かりを覚えた。

『セイバー』
『ええ。私も感じます』

 凛が言っていた違和感を感じた二人はそれが強く感じる方へと進む。
 茂みの中に入っていって敷地を隔てる壁が見えたところで一番違和感が強くなった。どうやら、ここが支点らしい。

「どうやらここのようですね。では壊しますからシロウは下がってください」
「――ちょっと待ってくれ」
「え?」

 支点を前に不可視の剣を握るセイバーを止めて、士郎はゆっくりと支点に向かった。
 それがあまりにも自然な動きだったのでセイバーは道を譲ってしまったが、次の瞬間慌てて士郎を呼び止めた。

「何をする気ですか、シロウ!」
「うん。これ解析したらさ、偽物っぽいんだ」
「……は?」

 いきなり何を言い出すのだろうか。
 これほどまでの違和感を醸し出しているこれが偽物?

「あからさま過ぎるんだよ。まるで見つけてくれって感じでさ。俺でさえこんなに強く感じてるんだから、他の人間だって気付くだろ。それに偽物の匂いを感じる」

 抽象的な説明だが、納得は出来た。
 囮を使った陽動作戦。戦略として上策とされるそれに自分はかかりそうになってしまった。戦場を経験してきたとは言え、こうもあっさりかかってしまうのは情けないと思う。

「……多分、ここは違うと思うな。構造的に結界を張る場合ここを支点にするのは意味が無い」

 必要ではないが補強と言う意味では確かに価値はある。しかし、今見つけなければいけないのは結界を支える支点なのだ。

「シロウがそう言うのなら従いましょう。魔術師の勘を信じます」
「うん。ありがとう」

 そう言ってその場を後にし、二人は再びグラウンドを回る事にした。





/ / /






 同時刻。
 校舎内を回っていた凛もまた支点にフェイクが混じっている事に気付いていた。

「まずいわね。巧妙って訳じゃないけど引っかかる奴は引っかかるし」

 凛が懸念しているのは半人前以下の魔術師の事だった。セイバーは魔術師ではないのだから、こうした術系には疎いはずだ。ならば、このトラップに気付き回避できるのは魔術師だけだ。そして、その魔術師は半人前。
 不安が募るのも無理は無い。しかし、彼女の相棒である弓兵は軽々と言った。

「なに、不安がる必要もあるまい。あれが構造的矛盾に気付かぬはずが無い」
「――どう言う意味よ?」
「あれでも魔術師の端くれだ。あからさま過ぎるものには疑ってかかるくらいの構えくらいあるという話だ」
「はぐらかさないでよ。どういう事? 士郎が気付かないはずがないって」

 凛に問い詰められたアーチャーはやれやれと言った溜息を吐いて渋々話し始めた。

「衛宮士郎が行える魔術は一つしかない。奴が使えると思っている「強化」と「投影」はそれの副産物に過ぎん。ただそれだけのことだ」
「……言ってる意味が解らないんだけど。一つしか使えないって、「強化」と「投影」が副産物?」

 この英霊が言っていることの真意が解らない。
 普通、魔術師は幅広い知識と術を身に着けるためにいくつかの術式を習得する。それは、選択の幅を広げることで「根源」にたどり着くための確率を上げる手段だからだ。
 得手不得手があるにせよ複数の術を覚えていくことは必然だ。なのに、アーチャーは士郎に扱える魔術は一つだけで、あまつさえ「強化」と「投影」はそれの副次的なものだと言う。
 「強化」も「投影」も普通の魔術師ならわざわざそれを使わなくても代用できる手段がある。この二つの魔術はあまり利用価値が無い。それを副産物だとするその魔術とは一体なんなのだろうか。
 凛には全く想像がつかなかった。

「……アーチャー。あなた、何を知っているの?」
「なにも。私が言っているのは本人も認識している事実に過ぎん」

 言って、彼は背を向けた。
 反抗的とも取れるその態度に、凛は何も感じなかった。ただ、彼が見ている場所がとても遠いところだと言うのだけは解った。
 話す気がないのなら『命令』でもすれば、口を割るだろう。だが、それはこれまで築き上げて来た何かを壊してしまうような行為のような気がする。
 とりあえずその話題を打ち切り、凛は張りのある声で言った。

「今は優先する事があるわ。興味深い話だけど、今は保留にしてあげる」
「そうか」
「だけど!」

 ずいっと、アーチャーの前に出て、凛は振り返らず続けた。

「いつか話してもらうわよ」

 強気なその言葉に、アーチャーは意外そうな、そして不敵な笑みを浮かべて言った。

「――了解した、マスター」





/ / /






 グラウンドを一周してそれらしいものは幾つか見つけられた。
 大事なものほど巧妙に隠すのが人の心理なのか、士郎では感じられない違和感を感じ取ったセイバーが支点の位置を調べ、それを叩く。
 グラウンド場には二つ支点があった。結界の構築状況から見てまず当たりだろう。一周回り、念のためもう一週回り確認したところで、今度は弓道場の方へと向かった。
 生徒会からの通達通り、部活はしていないようである。
 弓道場は士郎にとって懐かしいものである。時々、桜や藤ねえとともに昼食を取ったりしているが、夕暮れ時の道場に来るのは本当に久しぶりだった。
 一応道場の中を調べてみることにしたが、予想通り鍵がかかっていた。律儀に戸締りをする綾子に感謝しておく。
 外から弓道場を回ってみる。

「セイバー。何か感じるか?」
「――いえ。人の情念は感じられますが、違和感はありません」
「そうか。ところで、情念って?」

 セイバーが感じたものに興味を持った士郎は彼女に訊ねてみた。

「情念と言うか、熱意と言ったほうが良いでしょうか。武の道を歩く人間特有の雰囲気ですね。一つのことに集中するときに纏う闘気のようなものが感じられます」
「と言うことは、部活は盛況ってことか」
「そのようですね」

 怪我をしてそのまま辞めてしまった自分が心配するのは妙な話ではあるが、後輩や友人達が続けている部活だ。その部活が盛況と言うのは嬉しいことであり、少し寂しいことでもあった。

「裏手に行こう。ここにはなにもなさそうだ」
「解りました」

 道場の裏にある雑木林に足を踏み入れた二人だった。

 学校の敷地内にある雑木林と言うものはえてして管理されているかされていないかの二つに分けられる。秋を過ぎた林は枯れ葉の絨毯を敷き詰められ、歩くたびにサクサクと枯れ葉を潰す音が鳴る。
 全ての葉が落ちてしまった木々は貧相な体を露呈しているが、冬の曇り空でも光を遮る事が無くて明るく、探し物をしている人間にとっては好都合だった。

「セイバー。感じるか?」
「……いえ。何も感じません」

 今まで支点を探してきて解った事だが、セイバーが感じ取れる範囲はそれほど広くないらしい。
 確かに捜索範囲に関しては致し方ないが、その分範囲内に違和感があれば確実に掴めるほどの精度を誇っている。彼女がないと言えば、周りにはないのだろう。
 士郎はセイバーの言葉を聞くと、再び歩き出そうとして、止まった。

「……慎二?」

 士郎は惚けた声を出した。いや、それしか出せなかったと言うべきか。
 全く予想していなかった人物が、自分の目の前にいるのだから。
 その人物は、士郎を見かけて意外そうな顔をして、次に可笑しそうに笑った。

「はっ。なんだよ。まさかとは思ったけど、ここにいるってことはそう言うことなんだな」

 一人で納得する慎二に、士郎は言った。

「慎二。なんでこんなところにいるんだ?」
「それはこっちが訊きたいね。でもま、結界の支点を探すにはここに来るしかないけど」
「な……」

 なんでそんなことを言うのだろうか。それを言えるのは、結界を張った英霊か、後はそのマスターだけ。

「そうだよ。僕はマスターさ。この聖杯戦争の一つのサーヴァントのマスター。理解できたかい?」
「シロウ!!」

 セイバーの切羽詰った声が聞こえる。しかし、それに答えられない。目の前の、この前まで学校で会っていた友人が、この殺し合いに参加していたことに、衝撃を受けていた。

「ライダー!」

 慎二の声と共に現れたのは、物騒な格好をした女性だった。禍々しい眼帯と紫の長い髪が印象に残る騎兵の英霊。
 それを見て、士郎の中でかちりと何かが鳴った。

「セイバー、頼む!」
「――了解です」

 不可視の剣を手に持った剣霊が騎兵に襲い掛かった。
 一足飛びでライダーに、文字通り飛来するセイバー。振りかざした剣は勢いよく振り下ろされライダーに迫る。

「くっ!」

 ――流石に速い!

 機動力の高い英霊がライダーになる条件。ならば、自分の剣が避けられるのも頷ける。それは前回学んだことだ。
 そして、学んだならば応用する。

「はぁっ!!」

 剣を翻し、地を蹴り、紫線に向かう銀の風。

 ――速さで敵わないのは百も承知。しかし、間合いを開けるわけにはいかない!

 ライダーの持つ宝具――騎英の手綱ベルレフォーン――の威力はここ一帯を焼け野原にするほどの威力を秘めている。むやみやたらと発動されたまずい。
 それを危惧して、セイバーは接近戦を挑んだ。
 セイバーが剣を振るたび突風が巻き起こり、落ち葉を吹き飛ばしていく。枯れ葉の吹雪の中、銀と紫が激突した。
 耳障りな金属音を立てて、剣といつの間にか持っていた一対の杭が競り合う。
 徐々にセイバーの方がライダーを押し始めた。力ならばセイバーの方が上らしい。それを不利と見たライダーは、巧みに力を逸らしセイバーの腹部に向かって蹴りを放った。
 ライダーの蹴りが放たれたのと同時にセイバーは後退していた。予知染みた直感があったからこその回避だ。
 両者の間がいったん開いた。
 先程の素早い展開ではなく、相手のじっと見てじりじりと間合いを詰めていく。
 先の動いたのはライダーだった。前傾姿勢を保ったまま一直線にセイバーに向かう。その速度は風の如く。セイバーも何とか反応するが、ライダーの方が幾分速い。
 杭の一撃。
 横薙ぎに振るわれたそれをセイバーはどうにか受け流した。だが、ライダーの攻撃はそこで終わらなかった。
 杭に繋がれた鎖がセイバーの剣に絡みつく。セイバーはそれを引き剥がそうと剣を振るが、ライダーと力が拮抗していた。
 ライダーは片方の杭を地面に刺し、もう一方についている輪を持っていた。これでは流石に引き剥がすことは難しい。
 だが、百戦錬磨の騎士王がこの程度で怯むわけが無い。

「――っ!」

 一瞬引いた剣から力を抜き、引力に逆らわず鎖と共にライダーに向かって駆けた。
 引いて駄目なら押してみよ。
 逆転の発想こそ戦いにおける真髄。
 反発力を失ったライダーの体は小揺るぎもしなかったが、セイバーの加速力は並ではない。一気に間合いを詰め、剣を一閃する。
 それをしゃがんでかわし足払いをかけてくるが、セイバーは余裕を持ってかわした。そして、再び剣を振る。
 二人の英霊の舞踏は接近戦の膠着状態に陥った。

 英霊同士の戦闘が始まって、慎二と士郎は互いに向き合ったままだった。
 慎二は軽薄な笑みを浮かべたまま士郎を見ていた。対して士郎は心のうちが読めない表情を作ってやはり慎二を見ていた。
 数秒そうしていたが、慎二が口を開き沈黙を破った。

「まったく、どんなマスターかと思えばおまえだったなんてね。まさか、おまえが魔術師だなんて思わなかったよ」
「それは俺も同じだ」
「なに? それは俺から魔術師の気配がしなかってことかよ?」
「俺は半人前なんでな。そんなの解るはずが無い」
「はっ。半人前でもマスターになれるんだな。この聖杯戦争ってのはずいぶんといい加減な代物ってことか」

 互いに言葉を交わすが、表情は変わらない。知り合いの登場に警戒しているのか、それとも魔術師としてどう対処するのかを考慮しているのか。
 どちらの表情からも読めない。

「……目的は聖杯か?」
「ああ、そうだぜ? なんでも願いを叶えてくれる便利な代物だろ? 人が欲しがらない訳無いさ。英霊なんてものも聖杯を求めてるんだから、誰だって欲しいって思うのが普通だろ?」
「聖杯を使って何をする気だ」
「さてね。僕は欲しいものは大体手に入ってるけど、この先もそうする事が出来るとは思わない。だからまあ、聖杯は保険ってところかな」

 ニヤニヤと薄気味の悪い笑いをする慎二に、士郎は淡々と言う。

「聖杯を使って、悪事をするわけじゃないんだな?」
「悪事って、ははは! 正義の味方みたいなこと言うんだな、衛宮は! ははは!!」

 可笑しそうに笑いあげる。手に持った本でバンバンとひざを叩いて嘲笑っていた。

「その質問には答えられないなぁ。もしかしたら、僕にムカつく事があって世界なんて滅んでしまえって願うかもしれないぜ?」
「そのときはおまえを止めるまでだ」
「どうやって? 衛宮は半人前の魔術師なんだろ? できることは少ないはずさ。なら、その隙に僕はおまえを殺せる」

 言って、ちらつかせるのは先程から気になっていた一冊の本。場違いなその古めかしい本を誇り高く見せびらかす慎二に士郎は軽く構えた。
 それを見て取ったのか、慎二は笑みを深くした。

「セイバーなんて大層なサーヴァント持ってるけど、マスターのおまえが不甲斐ないんじゃ、僕のライダーには勝てないんじゃないのか? 半人前の魔術師君?」
「確かに俺は半人前だ。けど、半人前だろうと出来ることはあるさ」
「たとえば?」
「魔術師でもないマスターくらい倒せる!」

 ――同調、開始トレースオン

 撃鉄を上げるイメージが走る。体の神経が反転し、魔力を取り込み始めた。慎二に走り寄るついでに拾い上げた木片に魔力を注ぐ。存在を強化し、折れにくくする。
 魔力を流し終えた木片は、鉄棒並の強度になった。

 ――成功、した!

 込み上げてくる喜びを噛み締めて、士郎は慎二へと駆け寄る。
 慎二が魔術師でもないことは解っていた。いくら士郎でも、対峙すれば敵が魔術師かそうでないかくらいは見分けられる。
 そして、その判断は正しかった。

「ちっ! きっちり魔術師の考え持ってるじゃないか!」

 魔術師はその存在理由上、合理的に物事を運ぶ。そして、この場合の合理的とは、戦闘能力の無いマスターを叩くこと。魔術師の気配がしない間桐慎二に自分を止められる術は無いはずだ。だから、このまま叩く!
 しかし、慎二の余裕は消えていなかった。

「でも、少し甘かったな! ライダー!」
「なっ、令呪か!」

 気付いたときには遅かった。慎二が掲げた本に一角の模様が光る。
 浮かび上がった模様は光を失い黒ずんだが、それと同時に増大するマナの気配。
 振り向けば、長い紫の髪をなびかせる騎兵がいた。

「やれ、ライダー!」

 黒い影が襲い掛かってくる。咄嗟に横に飛んで逃げる。
 一瞬後に杭の一撃が放たれ、地面が陥没した。ぞっとするほどの怪力だ。あんなもの食らったら、一溜まりも無い。
 手に持っているのは、強化した木片だけ。こんなものあっても無くても変わらない。目の前の敵に一撃を防ぐには脆弱すぎる。ならば、こんな使えないものはさっさと捨てて身軽になった方がマシだ。
 再び地を蹴るライダー。向かってくることは解るが、その速度が尋常ではない。闇雲にその場から離れるだけの為に飛んだ。
 ばたばたと地面を転がって、自分の位置を確認する。自分が飛んだのは後方だった。目の前には眼帯越しに睨らむ視線があった。
 固く結んだ唇を動かすこともなく、冷淡にこちらを見つめるその顔に、背筋が凍る。

 ――どうする? 逃げるにしても、セイバーを呼ぶにしても、隙がない。

 先程から令呪を使おうとするのだが、その度にライダーが邪魔をしていた。恐らく、彼女は気付いているのだろう。そして、セイバーがくれば厄介なことになるからそれをさせないのだ。
 しかし、一方で疑問に思うこともある。
 こうして二度の攻撃を回避した自分の存在だ。英霊と言う規格はずれな存在が、自分如きの体術で後れを取るとは思えない。実際、セイバーとはほぼ互角に戦っていた。
 セイバーの稽古でさえ手も足も出なかった士郎が、彼女と互角に戦える敵から逃げられている事が不思議で仕方が無い。

「どうした、衛宮? もう降参か? ま、どっちにしてもおまえはここで死ぬんだし、いいか」

 くそ。絶体絶命って奴か。
 だが、士郎は言葉ほど悲観していなかった。これだけ時間がたったのだ。これだけの騒ぎを起こしたのだ。彼女がこの事態に気付いていないはずが無い。
 敵に勝つ可能性は十分にある。慎二は自分しか見ていない。周りに気を配ることすらしていない。
 だから、遠坂凛の気配には気付かなかった。ただ、それだけだ。

「残念。可能性としては、あなたが死ぬ確率の方が高いんだけどね、間桐くん」
「え?」

 一閃。
 一条の光が慎二に走った。その光は彼が手にしていた本を打ち抜き、消えた。その光の所為なのか、本は勢いよく燃え出し、灰すら残らなかった。

「なっ! くそっ、誰だ!」
「油断はするもんじゃないわよ? 盛り上がってるところに落とし穴っているのはよくあることだからね」

 場違いな考えではあるが妙に説得力のある言葉だと士郎は思った。

「くそっ! なんで遠坂がこんなところに!」
「それはこっちの台詞よ。間桐の人間がなんでこんなところでサーヴァントを使役してるんだか」

 やれやれと言った表情で息を吐く。その仕草が癇に障ったのか、慎二は醜く叫んだ。

「うるさい! 僕はマスターだ! 誰がなんと言おうとな! おい、ライダー! さっさと衛宮を殺せ!」
「――いささか不本意ではあるのだがな」

 そう言って現れたのは赤い弓兵。士郎を庇うような立ち位置でライダーと向き合っていた。

「こんな半人前を守るのは非常に不愉快だが、命令だ。諦めるとするか」
「あんたねぇ。グチグチ言ってないでちゃんと仕事しなさいよ?」
「やれやれ」

 凛に言われたから、またはマスターの命令には逆らえないのか、アーチャーは面倒くさそうにそう言うと、一対の夫婦剣を手にした。
 それを見ても、ライダーは静観したままだった。構えらしいものも取らず、ただそこに立ち尽くしている。

「おい、そこの半人前。さっさとセイバーを呼べ。おまえを守るのはあくまでもセイバーだ。私にこんな役をやらせるんじゃない」
「――解ってるさ。おまえになんかに言われなくてもな」

 起き上がった士郎は令呪を通じてセイバーに呼びかけた。セイバーはライダーが姿を消してからこちらに向かっているらしい。

『後数秒ほどで到着できます』

 そう返して、すぐさま彼女は姿を現した。ライダーをアーチャーと挟む形で構えを取っている。
 セイバーの到着を見て、凛は慎二に言った。

「さて、マスター二人にサーヴァント二人。この状況で勝つ気はあるのかしら?」
「くそっ! ライダー! なんですぐに衛宮を殺さなかったんだよ! おまえがちんたらしてた所為でこんなことになったんだぞ!」

 だが、ライダーは何も反応せずその場に立っているだけ。
 それに苛ついた慎二はさらに喚き散らす。

「ああ、もう! おまえ、なんで僕の言うこと聞かないんだよ!? 僕はおまえのマスターで、おまえは僕のサーヴァントだろ!? 下僕なら下僕らしく主人の命令に従えよ!!」

 そこで、初めてライダーが動いた。即座に剣を構えるアーチャーとセイバーだが、ライダーは注意を払わず、視線だけを慎二に向けた。

「なんだよ? 文句あるのか!?」
「――フッ」
「なに笑ってんだよ! さっさと戦えよ!!」
「シンジ。あなたとの契約の縛りは無い。あの本がその証だったと言うことをもう忘れましたか?」
「――あ?」
「契約が無ければ私はあなたとは無関係だ。仮の主を気取れただけありがたいと思いなさい」

 ライダーはそう言うと、士郎と凛を流し見て、言った。

「彼をどう処分するかはあなた方に一任します。私とシンジとの接点はなくなりました」

 では、と言い残してライダーは大きく跳躍して木々の向こうへと消えた。

「凛。追うか?」
「――いいわ。敵対意思がないようだし、そんな気分じゃないし。第一、あなたの足で追いつける?」
「無理だな」

 あっさりとそう言うアーチャーに凛は当然と言う顔をして頷いた。
 高い機動力を有するライダーに長距離戦を得意とするアーチャーが追いつけるとは思えない。セイバーならば追いつけるかもしれないが、彼女としては無駄な魔力は極力抑えたいだろう。昼食で聞いた話を記憶していた凛は、この場は追っ手を向けることは出来ないと判断した。

「シロウ。怪我はありませんか?」
「――ん。なんともない。擦り傷がいくつかあるけど、支障はないぞ」

 落ち葉やらなんやらを叩いて士郎がそう言うと、セイバーは安堵の息を吐いた。
 そして、視線を向けたのは従者サーヴァントに見捨てられた一人のマスター。
 蹲る慎二に凛は言った。

「サーヴァントにも見捨てられて、魔術師でもないあなたには戦う価値すらない。死にたくなかったらさっさとここから消えなさい」
「消、える――?」
「そうよ。戦う資格すらなかったあんたには居場所なんて無い。目障りだからさっさと保護されなさい」
「保護……」

 呆然と、凛の言葉を繰り返す慎二に見切りをつけた凛は無言で背を向けて歩き出した。その際、士郎を一瞥した。
 言いたい事があるなら今の内と言うよう内容だろう。それを汲み取った士郎は軽く頷いて答えた。

「慎二。遠坂の言う通りにした方がいい。おまえには家族が――桜がいるだろ。あいつを悲しませちゃいけない」
「――桜。桜。……ああ、そうだな。そうか、桜か」

 慎二はゆらりと立ち上がって、小さく呟いていた。

「そうだよ。桜がいるじゃないか。……くっくっくっ」
「慎二?」
「ああ。大丈夫だよ、衛宮。教会に保護を求めるよ。僕だって死にたくはないんだし」

 意外としっかりした足取りで歩き出した慎二に、士郎は何も言わずに見送った。
 視界から慎二の姿が消えたところで、士郎は漸く深く息を吐いた。
 肩から力が抜けるのを感じながら、その場に座り込む。

「――まさか、慎二がマスターだったなんて」
「………………」

 セイバーは何も言えなかった。そして引っかかることもある。
 慎二がライダーのマスターだったことは前回の経験から知っていた事柄だった。しかし、彼が仮初めのマスターだったことは知らなかった。つまり、本当のライダーのマスターがいると言うことだ。
 どう言った方法で、ライダーに命令権を譲渡したのか知らないがライダーの存在は未だある。いつまた襲ってくるか解らない。
 過去の記憶と食い違っている部分が出てきていた。この様子だと、自分が経験した未来の姿になることは難しいのかもしれない。もうすでに修正は不可能な域に達しているとも考えられる。
 これを吉と取るか凶と取るか、セイバーには判断がつかなかった。
 ただ、これだけを言って置かなければならない事がある。前回も散々言ったことをまた言うことに妙な感慨を持つが、それでも言わなければならないことだ。

「シロウ。一つ、貴方に言う事があります」
「なにを?」
「今後、相手がマスターであろうと、ましてやサーヴァントならば、必ず私のそばにいてください。今回のマスターは魔術師ではなかったからいいものの、それ故に臆病だった。だからすぐに令呪を使ってライダーを呼び寄せました。
 人間が英霊に勝つことは難しい。英霊に勝つには英霊しかいません。だから、できるだけ離れないようにしてください」
「離れたときは令呪を使えってことか?」
「そうです」
「でも、ライダーの攻撃を避けるので精一杯で……」

 反論しようとした士郎をセイバーは遮った。

「それは言い訳だ、シロウ」
「む」

 セイバーの言っていることは解るが、彼女自身が言ったように人間が英霊に勝つのはほぼ不可能と言うのは体で感じた。だから、令呪を使う隙が無かったのだ。

「今回は私もライダーに引き離されてしまったことは反省するべき点です。しかし、それ以上に士郎は警戒心と言うものが足りていない。リンやアーチャーがいたからいいものの、いなかったらどうする気だったのですか!」

 くわっと怒るセイバーに士郎は難しい顔をして言った。

「とは言っても、遠坂が駆けつけてくれることは解ってたからなぁ。時間を稼げば何とかなると思ってたし」

 気楽な考えであったが、そこまで人を信頼できるのもまた士郎なのだ。今回は自分の不手際もあることだし、説教はこのくらいにしておこう。
 セイバーは怒りを納めた。

「今後は注意してください。そうしてくれるだけで、私はずっと貴方を守りやすくなる」
「……解ったよ、セイバー」

 真面目に頷く士郎なのだが、恐らく出来るだけ守るとか甘いことを考えているのだろう。緊急の事態になれば、彼は自らを省みず突っ走るのだ。
 それを止められるのは自分だけだ。彼をあの末路へは向かわせないと決めた意志で、絶対に彼を止めてみせる。
 セイバーは今一度決意を固めて、士郎のそばにつくのだった。





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 雑木林を抜け出した凛は、浮かない顔をしていた。
 それも当然だろう。危惧していた事が現実に起こってしまった。それを受け入れる覚悟も固めていたはずなのに、心が落ち着かない。
 後悔しているわけではないが、気分がよくなるはずが無かった。

「どうした? 浮かない顔をしているが?」
「――まあ、ね。慎二のことでちょっと……」
「あの程度の小物で君がそこまで落ち込む事があったか?」
「本人じゃなくて、彼の関係者についてね」
「あの小僧のことか?」
「いいえ。『妹』の方よ」
「――いもうと?」

 間桐慎二の妹と言えば間桐桜だ。凛が浮かない顔をしているのは、どうやら桜の所為らしい。一体どういうことなのだろうか。

「この街にはもう一つ魔術師の家系があることは知ってるわよね?」
「ああ。確か、落ちこぼれだと言っていたな」
「それが間桐――マキリのことなんだけどさ。代を重ねるにつれて、マキリの魔術回路はどんどん少なくなっていったのよ。で、当然その子孫である慎二には回路の欠片すらない」

 この意味解る? と訊ねると、アーチャーは頷く気配で答えた。

「何故、魔術回路を持っていない慎二がマスターになっていたのか解らなかった。でも、本が燃えて消えたとき、なんとなく察しがついた。多分、あいつに令呪の権利を渡したのは」
「先程君が言った妹の桜と言うことか。ならば、それこそおかしい。彼女はマキリの家の子供」
「ではないんだな、これが」

 苦笑ともつかない顔で凛はそれを眺めながら言った。

「『妹』って言ったでしょ? 桜に魔術回路があるのは当然のこと。なにせ、ここ一帯の地を統括する家の子供だもの」
「――――――」

 アーチャーからは何も聞こえなかった。驚いているのか、それとも自分達の境遇に哀れんでいるのか。どちらにせよ、凛にとってはあまり意味が無いことだった。
 彼女は、全てを納得済みだったからだ。

「全く。魔術師って言うのは業が深いものね」

 『妹』である桜と戦わなければならない。別に憎んでいるとか、癇に障るとか言ったこと抜きで、殺し合わなければならない。
 互いの立場は弁えている。だからこそ、戦わなければと思うのだ。
 例え、血を分けた姉妹であっても。

「――戦えるか、君は?」
「戦うのよ、アーチャー。私は遠坂凛。魔術師なのだから」