セイバーは未だ布団で寝こける主人に笑みを向けつつも、そっと彼の体を揺り動かした。
「シロウ。朝ですよ。いい加減起きなさい」
セイバーは笑って起こしていた。そう、笑って。
――くっ。この身はよほど彼に毒されたようです。
正式な召喚をしたにも関わらず、セイバーは窮地に陥っていた。不足していると言えば不足しているのだ。いや、実を言えば昨日から少し楽しみにしていたと言ってもいい。よもや、もう一度同じ体験が出来るとは思わなかったのだ。そして、その願いが叶ってしまうと、人間と言うものは過度の期待を寄せてしまうものであるからして、彼女を責めるのはお門違いだろう。
だから、こうして焦らされるのは酷い。彼の傷は治っているのだし、もう起き出してもいい時間なのだし、自分に向けて笑顔で挨拶をしてもいいはずだし、何より、朝食を作ってくれてもいいはずだ。
「――っく! シロウのご飯がこれほどの魔力を秘めていたとはっ!」
――女性として空腹を訴えることがどれだけ恥ずかしいか解っているのですか貴方は。もしや、私がこうして考えていることを見透かして、寝たふりをしているのですか!?
飛び石理論はさらに一段抜かし、二段抜かしで加速していく。
――この世界に来たのならば、最初に口にしたいのは貴方の手料理なのですよ!? サクラやリンが作ったものをそれは確かに美味しい。私が食していたものがどれだけ粗末であったか思い知らされもしました。何故、サクラやリンがいなかったのだろうと思ったことか。しかし、それでもあの二人にはない温かさを与えてくれるシロウの料理の方が、私は美味しくいただけるのですよ!? つーか、お腹が空き過ぎて、風王結界を解いてしまいそうだ。
空腹で気が立った獅子ほど厄介なものはない。笑顔の質が変わり始めたセイバーの周りに不自然な風がゴーゴーと渦巻き始めた。襖は風圧に揺れ、障子はがたがたと振るえ、セイバーの気配がちょっと黒っぽいオーラに染まり始めた、まさにその時。
士郎が目覚めた。
「――ぅ。セ……イバー?」
「――ぁ。気が付きましたか、シロウ」
それまで纏っていた禍々しい気配が一掃されて、清純度100%の笑顔をセイバーはしていた。
恐るべし、乙女。
『嫉妬と恋と鍛錬』
From "Fate/stay night" (C) 2004 TYPE-MOON
Presented by HIRO [TRASH BOX]
表面上の傷は癒えたが、まだ少し違和感があるらしい。それでも普通に動くぐらいには支障ないと士郎は言った。
それに一安心したセイバーは、胸を撫で下ろす。鞘の力は自分の身を以って知っているが、それでも心配してしまうのは惚れた弱みなのだろうか。居間へ向かう途中にそんなことを考えながらセイバーは油断すればにやけそうになる顔を引き締めながら士郎の後を付いていく。
日課と言うか、すでに本能に刷り込まれた習慣として衛宮士郎は台所へと入っていく。それを見届けてセイバーはさらに顔がにやけそうになるのを必死に抑えて、食卓の席について、彼の朝食を待つことにした。
――嗚呼。漸くシロウの料理が食べられ……。
しかし、セイバーの至上の思いはその本人に呆気なく打ち破られた。
「遠坂!? 何で遠坂が台所でフライパン振ってんだ!?」
――嗚呼、ゴッド。私にこの仕打ちは極刑ものだ。
あかいあくまのにやけた顔と(たぶん)髭を生やした親父のにやけた顔が天井の隅ら辺に浮かんで見えたと後にセイバーは語った。
眠気まなこを擦って台所に行けば何故か凛が包丁とフライパン片手に調理の真っ最中だった。
何故? ホワイ?
「あら、おはよう、士郎。傷はもういいの?」
にこやかに笑顔で挨拶しながら、彼女の体に余るほどの中華鍋を振るうのは一種異様だった。そんな異常さも手伝ってか、士郎は何故ここに凛がいるのか全く考え付かなかった。
「え、おは、おはよう。って言うか、何で遠坂がここにいるんだ?」
心底不思議だと言う顔をする士郎に、凛は中華鍋に目を向けたまま答える。
「あんたは昨日アーチャーの攻撃から私を庇って火傷を負ったのよ。で、一応命の恩人だし? 庇ってもらったわけだし? 家まで運んだの」
「それがどうして、ここで鍋振ってる説明になるんだ?」
「それはこれからするわよ。その前に――ほら。あんたは食器出しなさい」
それだけ言って、凛は料理に集中し始めてしまった。とりあえず、料理が終わった後にでも訊くかと士郎は納得して、食器棚に向かうのだが、
「俺って怪我人扱いされてない?」
いや、まあ、怪我自体はどう言う訳か表面上は治ってる。自分が火傷したと言われても全く信じられないくらいに綺麗な体だ。少々体を動かすときに違和感を感じはするが、それだって生活する上では全く支障はない。だから、厳密に言えば、元怪我人と言った立場にあるわけなのだが、
「なんか、納得のいかないところがあるけど、いいか」
そう溢して、士郎は食器を出すのだった。
凛の朝食は美味しかった。それはもう間違いなく。しかし、この不満が湧き上がってくるのは如何ともしがたい。どうやってこの不満を晴らそうかとセイバーが考えていると、凛がおもむろに口を開いた。
「さて。状況を整理しましょうか」
食後の紅茶を啜りながら、凛は言う。
「とは言っても、昨日一日だけだし、そう事柄も多くないんだけどね」
「いや、随分と波乱万丈だった気がするんだが」
「あんたはね。私は日常茶飯事と言ったところよ」
どう言う日常を送っているんだと問い詰めたくなるが、ここは黙ることにした。自分が気絶してからの事を聞きたかったからだ。
「まずは、士郎が聖杯戦争に参加しないと言うこと」
「いや、参加してるつもりなんだが」
そんな確たる事実みたいな風に言われると自信が失くなる。
「正式ってわけじゃないでしょ? 他のマスターないしサーヴァントが悪さした時に懲らしめるだけで」
「……その表現は微妙に間違ってる気がしますが」
「いいのよ。大方合ってるんだから」
セイバーの訂正も空しく一蹴された。
「次に、バーサーカーのこと」
夜の闇に佇む巨人。鋼色の肌と荒々しい鬣を靡かせた巨躯が思い起こされた。外見からの想像通り、超人的な力と、体に似合わない俊敏さ。そして、高い危機回避能力を持つ、最凶の敵。
そんな存在と戦って生き残れたことに、今更ながら士郎は戦慄した。
「はっきり言ってあの強さは規格外よ。どんなサーヴァントだろうと、あれの前じゃ苦戦するわ」
「そうでしょうね」
実際、前も苦戦した。『十二の試練』を持つ彼の防御力は並外れている。
セイバーが持つ宝具ならば撃退も可能だろうが、それを撃たせてくれるほど甘い敵ではない。前回の戦いで勝てたのは本当に運がよかったのだ。
「アインツベルンがまさかあれほどの英霊を用意してくるとは思ってなかった。これは完全に私の読み違いね」
「しかし、それは仕方ないことだ。あれを想定すること自体が間違っている」
「まあ、そうなんだけど……」
それでも納得のいかない様子で、凛は頷いた。
「結局、敵の正体は解らずじまい。収穫があったとすれば、あの娘が言った「バーサーカーを一度殺せるなんて」って言う言葉だけね」
「……それってどういうことなんだ? バーサーカーは生きてるのに死んでるって」
「それが解れば苦労しないわよ。英霊が保有するスキルなのか、宝具なのか判断のつけようがないわ」
議論を続ける凛と士郎を眺めている間、セイバーは何度目かの苦悩を噛み殺していた。
バーサーカーの正体は知っている。その正体を今ここで明かせばきっと前回よりもいい作戦を思いつけるはずだ。しかし、それは自分が何故バーサーカーの正体を知っているのかと言う疑問が浮き上がることになる。
セイバーとしては未来は極力変えたくない。一度経験したことをもう一度なぞるほど簡単なことはない。それに、前回で余計なことをした余分を回収できればずいぶんと戦闘が楽になるはずだ。その間に士郎を更生させる事だって出来る。いや、やらねばならない。
だが、このままバーサーカーの正体を知らないままもう一度戦えば、今度こそ士郎が危険にさらされる可能性が高くなる。
――まだ様子見をしましょう。歴史は大きく変わっていないのだから、まだ大丈夫のはずです。
そう結論付けたセイバーが我に返ったのは、凛のその言葉だった。
「はぁ!? あんた、強化しか出来ないですって!?」
「しょうがないだろ。俺には才能がないんだから」
凛に驚かれたことに、士郎は憮然としながらも反論する。しかし、その反論も実は意味がないものなのだが。
「その強化だって成功率低いし……」
「一体どう言う風にすればそこまで何も出来ないままでいられるわけ?」
どうやら話は士郎の魔術師としての実力に移ったらしい。この手の話に関してセイバーは余り口出しできない。知識がないまま口を挟むのは意味がないからだ。
「工房は……持ってないのね」
言いかけた言葉に士郎が首を振ったのを見て、凛は溜息を吐いた。ここまで魔術師の定義から外れているのも珍しい。
「工房は持ってないけど、鍛錬してる土蔵はあるぞ」
「そこでいいわ。とりあえず、あんたの実力を見せてもらう」
「解った。セイバーも来るか?」
士郎の誘いにセイバーは逡巡して、言った。
「はい。士郎の鍛錬は興味がありますので」
という訳で、三人は土蔵へと向かった。
体から力を抜いて、気持ちを整える。
「同調、開始」
思い描くのは一本の熱い鉄の棒。それと共に想起されるぼやけた剣のイメージ。でも、それは今関係ないので意識から除外する。
魔力が籠められた架空のイメージを背中に差し込む。鉄の棒が持つ熱が全身の神経を焼ききっていく感覚。
生成される魔力。全身の神経に魔力が走り抜けていく。
集めた魔力を練っていく。気を抜けば暴れ始めそうなそれは悪戦苦闘して練りこむ。
ある程度形が出来たら、目を開いた。目の前にあるのは壊れたストーブ。一成に頼まれて故障を直し終えたものだ。修復をして、さらに強化をかければ備品予算を圧迫することもなくなるくらいに頑丈になるだろう。
流れ出る力。脳裏に描いた設計図の弱っている箇所を『強化』していく。しかし、魔力の通りが悪い。それはいつものことである。半人前の魔術師なのだからそれは仕方ない。それでも魔力を流し続け、そして、
「おわっ!?」
弾けた。それはもう綺麗さっぱりと弾けた。
明らかな失敗だった。
自分が失敗することはいつものことだ。ただ、この前のランサーが襲ってきたときは出来たのだから、今回は上手くいくと思っていたのだが、結果は芳しくない。
ただ、いつも通りに失敗したので、そんなにショックはない。しかし、それでも悔しいものは悔しいわけで。
「……むぅ」
なんて呻いてみたりする。
「むぅ、じゃないわよ! かー、基本がとことんなってないと思ったら、土台からしてぶっ飛んでんじゃない! そんなこと続けててなんで死なないのよあんたは!!」
があーと吼えるあくま。
怒りの勢いそのままに、ずらずらと文句を言われた。
だが、こっちにも十年間続けてきたと言うちっぽけだけどプライドがある。失敗したのは自分が未熟なだけなのだ。
「仕方ないだろ。魔術の才能ないんだから」
「才能の問題じゃないわ。根本的にやり方が間違ってるのよ」
「はぁ?」
凛の言ってることが全く理解できなかった。
え? どゆこと?
「だ・か・ら! 何でいちいち回路を作ろうとしてんのよ。回路は自分の体の中にあるんだから、それにスイッチを入れればいいだけじゃない」
「スイッチ? 入れる?」
一体何を言っているのやらさっぱりなんですが。
「魔術回路って言うのは、すでに人の身に決められた数しか存在してないの。個人差はあるけどその数は決められてる。だから、いちいち魔術回路を生成しようとしてること自体が間違いなのよ」
「じゃあ、どうやって魔術を行使するんだ?」
「本当は意識的にスイッチを作って、それに合せて回路を切り替えるんだけど……、時間が無い今だと強制的に回路を起こすしかないわね」
にやりと士郎の背中に寒気が走る笑顔を浮かべる凛。
彼女がこの顔をするときは決まって衛宮士郎にとってよろしくないことを考えているときだ。だけれども、彼女の助力なくして自分は魔術師として半人前以下。ここは素直に凛の言うことを聞いた方がよさそうである。
「ぐ、具体的には?」
「手っ取り早いのは意識の改革。いえ、変換と言ったところね。つまり、もうすでに自分の中に回路はあるんだからそれを開けるようになれば、後はどうとでもなるわ。うんで、自発的に切り替えるためのきっかけをあげる」
あくま的笑顔を貼り付ける遠坂さんに、士郎は腰が引けてきた。
その姿を楽しむかのように凛は左手に浮かぶ魔術刻印に魔力を通し始める。薄暗い土蔵の中で淡く光を放つその幾何学模様は、一種幻想的ではあるのだが、凛の笑顔がそれを台無しにしていた。
「きっかけは簡単。魔術の生成が出来ない状況下での魔術行使。つまり……」
「……つまり?」
「火事場の馬鹿力って奴よ」
――一瞬、遠坂の目が光ったのは多分恐らくきっと気のせいではなかったと思う。
凛の指先から放たれた呪いの弾丸(ガンド)は寸分違わず士郎の眉間を打ち抜き四散したのだった。
「リン! 少しは手加減と言うものが出来ないのですか!?」
「いやー。避けると思ったんだけどね」
――士郎の危機回避能力の高さは知っていたつもりだけど、こうもあっさりとガンドを食らうとは思わなかった。
そんな言い訳じみたことを笑いながら言う少女に、セイバーは深く溜息を吐いた。土蔵の真ん中で微妙に痙攣している我が主に膝を貸して、看護に努めることにした。
「全く。あなたも魔術師なら少しは後先を考えて行動できないのですか?」
とある知り合いの魔術師の爺は明らかに後先考えずに問題を起こしていた。もしかしたら、魔術師と言うものはそう言う存在なのではと、セイバーは勘ぐってしまう。
それを証明するかのようなあくまの笑みを浮かべながら、凛は朗らかに言った。
「あの程度の攻撃よけられないようじゃ、この先やっていけないわよ。今回はいい教訓になったでしょ」
所謂、油断大敵って奴ねと大胆不敵に言ってのける赤い御仁。
そんな凛に、やはりセイバーは溜息を吐いて、ぼやくのだった。
「シロウをこんな風にしてはいけない……」
「何か言った、セイバー?」
「いいえなにも」
とりあえず、もう一つ別の意味で誓いを堅くするセイバーだった。
士郎が目覚めたのは一時間ほど後だった。暗い土蔵からセイバーが担ぎ、道場に寝かせたのが一時間前。固い床に直接乗せるのは忍びないので、セイバーが膝を貸してやった。
途中微妙に魘されて、その度にセイバーは凛を軽く睨むのだが、凛は相手にしなかった。ただニヤニヤと笑っているだけである。
「で、何で土蔵からこっちに移されてるんだ?」
確か魔術の基礎を教えてもらうはずであった。魔術とは言ってしまえば学問である。道場のような広い空間でするようなものでなく、書物を読み、実験を重ね、そして最後に理論をまとめ実践する。
ある程度の研究機材を置くためのスペースはいるが、衛宮家の道場並みの広さは士郎には必要が無い。彼に必要なのは誤った鍛錬法の修正だけである。
「さっき私がガンド撃ったのはどうしてだか覚えてるわよね?」
「火事場の馬鹿力とか何とか」
「そこまで憶えてるなら、結構。セイバー」
「はい」
「……なんでさ」
何故か、竹刀を構えたセイバーが士郎の後ろに立っていた。正眼に構える彼女からは剣気と呼ばれる類の闘気が滲み出ている。流石、剣の英霊と言ったところか。
「ランサーを退けたときは成功したんでしょ? なら、士郎は本番に対して強いのかもしれない。で、本番並みの緊張感を出すために、追い詰める必要があるのよ」
「……その前に一つ言いたい。何で遠坂は俺にガンド撃ったんだ?」
「セイバーにわざわざやらせるまでも無いと思っただけよ。まあ、目論見は見事四散したんだけどね」
初弾命中、標的卒倒。
今もガンドの後遺症なのか体が微妙に重かったりするのですが?
「死への緊張感を演出するなら、セイバーの剣と戦えばいいんだけど……」
「無理。無理無理! 一太刀で殺されるぞ!!」
剣道はある程度経験がある。でも剣術には無力に等しい。ましてや彼女は歴戦の猛者。素人同然の士郎が敵うはずが無い。ましてや、彼女の剣で斬りかかられたら逃げるのさえ出来ないまま両断されるだろう。
「でしょ? だから私がガンドで……」
「だから、何でそこでガンドなんていう発想が出てくるんだ?」
「ガンドの方が士郎は知覚しやすいでしょ。仮にも魔術師なんだし?」
「避けられなかったけどな」
拗ねてそう言う士郎に凛は悪びれずに言った。
「それはあんたの修行不足」
「あの距離でいきなり撃つ方がどうかしてるぞ! 訓練ですらなかったじゃないか!」
一時間ほど悪夢を見た人間の魂の叫びだった。
「はいはい。だから、今度は肉体的な死の危機に晒されて魔術回路を開こうって訳よ」
「……そこはかとなく無茶言ってるだろ?」
「でも、無理じゃないわよね?」
どっちも変わらないと思うが、それは口にしなかった。どちらにしろ、自分のことなのだ。間違っている方法を十年近く続けた来たのを正してくれるのだから、ここは素直に頷くことにする。
それに、確かに実践で成功したことは確かなのだ。もしかしたら、自分は追い込まれたほうが真価を発揮するのかもしれない。
「じゃあ、セイバーはじめましょうか」
「はい」
「よし。って、何で鎧なんぞ着ているのでしょうかセイバーさん」
微妙な丁寧語で士郎がのたまうが、セイバーは知ったこっちゃなし。
「より実戦的と言われましたので、私も実戦だと想定してこの鍛錬に望む所存です」
――いえ、そんなことされなくても十分なのですが。
そんな士郎の心の叫びはもちろん聞こえない。
自分を放っておいて凛と長々と喋っていたことに微妙にご機嫌斜めのセイバーは、この鍛錬で前回の士郎並の実力を付ける気だった。士郎の癖は熟知しているから、彼の苦手とすることをやっていけばおのずと前回よりも成長度は高いだろう。さらには、士郎の可能性の一つであるアーチャーの剣技も、セイバーは知っている。アーチャーの剣筋を教えつつ、自分と実戦形式で戦っていけば士郎の腕は急速に伸びるだろう。
これほど利益のあることは無い。なれば、全力でその成長を促すだけである。その全力に微妙に嫉妬が混じっていたとしても、気付かれることも無い。
要は、仲良く凛と喋っていることが気に食わないセイバーの八つ当たりというだけの話だった。
――シロウを正すのは私です! それだけは誰にも譲れません!
思えば、前回では微妙な態度だったのだ。自分がいることで可能性が変わったのだから凛がいつ恋敵になるか解ったものではない。さらに不安材料として、彼女は同性の自分から見ても魅力的な女性なのだ。いつ士郎の心がそっちに向くか気が気でない。
「さあ、シロウ。始めましょう。魔術回路などすぐに開けます。あなたはそれだけに特化した魔術師なのだから」
「え?」
「はああぁぁっ!!」
セイバーの言葉に疑問を上げた凛だったが、セイバーの気合の声にそれは掻き消えた。
道場から腹の底に響く地鳴りが轟くのは、この先三時間に渡ったのだった。