突然、身体の衝撃が走る。具体的に言うなら背中に何かが乗っている感触。しかも暖かい。自分の首に腕を回しているのだから人間だ。
そして、先ほどの自分の呼び方。これは、自分の周りでは母親ぐらいしかしないものだ。そこで、母親かと思ったのだが体重が違うのでその可能性は捨てた。母親はもう少し重い。
……どこからか凶器が飛んできそうだがあえて無視。
では、一体自分の背中に乗っている人物は誰なのだろうか?
考えても解らないので、一番簡単でかつ合理的な行動に出ることにした。
要するに、祐一は振り向いた。
「はおっ♪」
そこには、世間一般で言う美人なお姉さんの笑顔があった。
邂逅と現在と未来へ
中編
Presented by HIRO
何がそんなに楽しいのか、謎の美人な女性はずっと祐一を見て笑顔でいる。突然の出来事で周りの人間も対処ができていない。美咲だけが呆れた表情をしていた。
「お姉様。皆がついていけてないので、とりあえず降りてください」
「私的にはこのままでも……」
「降りろ」
「は〜い」
美咲の絶対零度の視線を受けて尚この態度。相当度胸があるらしい。美咲がお姉様と呼んだ女性は名残惜しそうに祐一の背中から降り立った。
改めて彼女の容姿を確認。新品の紺のスーツで身を包み、やや切れ長の瞳と今は結い上げている黒髪が印象的な人物だった。活動的な瞳は祐一を下から上まで流し見ていた。
祐一はそこで漸く自分を取り戻した。
「美咲。お前、この人知ってるのか?」
「あなたも知ってる人よ」
「え?」
意外な言葉だった。ここまで特徴的な人物を忘れるとは思えないのだが。しかし、現実に自分はこの人物に見覚えがない。
美咲の言葉には嘘は含まれていないだろう。
最近の記憶から検索して見つからないのであればもっと遠い過去に会ったと言う事になる。さらに、記憶中枢を掘り下げていき一項目だけヒットした。
それは、昔の記憶。まだ幼い自分がいたころの話。
自分と美咲と歳の離れた人が一人いた。
「思い出した……。確かに、どこか面影がある」
目の前の女性の名は沢渡真琴。自分が始めて異性と意識した相手だった。
「やーっと思い出したみたいねー。まあ、名乗る前に思い出しただけ偉いかな」
「私は声を聞いただけで解りました」
「……あなたの場合は異例じゃないの?」
「どういう意味ですか?」
何やら、言い合いをしているが雰囲気は柔らかい物なので当人たちはじゃれ合っているだけだろう。
それよりも、まったく話が見えていない名雪以下四人は祐一に問いただす。
「ねぇ。あの人、誰なの?」
「坂口先生が言ってた新任の教師でしょうね。相沢君との関わりは知らないけど」
「美咲さんとも随分親しそうですよ?」
「霧野さん。なんだか懐かしそうだな」
四者四様の問いに、祐一は自分の持っている情報をただ連ねていった。
「あの人は、沢渡真琴。俺たちの知ってる真琴のオリジナルって所か。昔、家が近所でよく遊んだことがあってね。その時に良くしてもらった」
祐一の瞳が遠くを見た。過去を思い出して懐かしんでいる顔だ。
真琴のオリジナルと説明されたが、言われた四人は何のことだか解らない。だが、昔の知り合いということはだけは理解できた。
「紹介ありがとね。祐ちゃんの言った通り、私はこの子達と昔遊んだことがあるのよ。所謂、幼馴染ってやつになるのかしら」
首をかしげて美咲に聞く真琴。美咲は肩をすくめただけだった。
「にしても、いきなり俺の背中に飛びつくのはまずいと思いますけど。間違ってたらどうする気だったんですか?」
祐一のもっともな質問に、真琴は胸を張って答えた。
「無論、私の柔肌を触ったからにはそれ相応の報いを受けてもらうことになるわ」
一瞬にして、教室の室内温度が五度ほど下がった気がした。あくまで、錯覚なのであしからず。
「それに、間違えようがないじゃない。腕がないんだから」
人を探すにおいて、これほど特徴がはっきりしていれば探しやすいというもの。しかし、ここで引っかかることがある。
「何で、片腕だって知ってるんですか?」
そう。ここ十年近く連絡を取っていないのだ。祐一が片腕であることを知っているということはありえない。
祐一自らが説明した記憶もなかった。
「私が言ったのよ」
質問に答えのは美咲だった。
「この前、電話がかかってきたのよ。この学校に就職することになったからって。学生名簿を渡されて、私とあなたの名前があったから電話してきたらしいわ」
「何で黙ってたんだよ?」
「私が口止めしておいたのよ。出会いも再会も唐突なほうが盛り上がるじゃない」
そういう問題なのだろうか。目の前の美女二人はそう思っているらしい。
「いやぁ、それにして大きくなったわねー」
「お約束の台詞をどうもありがとう。十年経って成長してないほうが問題です」
「中身は変わってないけどね」
「そこ! 余計なことは言わない!!」
美咲の突っ込みに突っ込み返す祐一。少しは自覚していたのか。
「美咲も綺麗になったわね。莢さんに似てきたんじゃない?」
「……よく言われます」
「……ねえ。やっぱりあの人外見まったく変わってないの?」
「相変わらずです」
「今度その若さの秘訣を聞いてみたいわ」
人外なので、多分無理っぽいですとは口が裂けても言えなかった。
ついでに言うと、ここには人外が二人いるとも天地が裂けても言えなかった。
「何はともあれ、これから一年間どこか出会ったら声かけてね。私はそろそろ職員室戻るから」
後ろ手に手を振って真琴は教室を出て行った。
あっと言う間にいなくなってしまったことにちょっと唖然。
「なんだか、昔と変わってないな」
「そうね」
二人はポツリと呟いた。
本日最後の授業の終わりを告げるチャイムが今鳴った。今日一日の疲れを取るように伸びをするものや、放課後どこに行くかを相談し始める生徒達。間もなく坂口教諭が来て、連絡事項を言い渡し解散となった。
「そんじゃま、帰りますか」
カバン片手に立ち上がる祐一。それと同時に美咲も立ち上がった。
香里は部活があるらしく、早々に教室を出て行った。
「二人はこれから帰りか?」
「おう。特にすることもないんでな」
「暇なら、ゲーセンにでも行かないか? 新しくガンシューティングが入ったらしいし」
「お、良いねぇ。その話乗った」
「霧野さんは?」
「私も同行しようかしら。たまには行っても良いでしょうし」
そう言う訳で、三人は一路ゲームセンターに行くことになった。
商店街を抜けて駅まで歩く。田舎の町にしては大きなゲームセンターに制服姿の男女三人が入っていった。
爆発の効果音、BGM、そして仲間内で盛り上がる声が店内を埋める。ガンガンと耳が痛くなるほどの音の中に三人はいた。
「さて、どれからやる?」
「まずは、さっき言ってたガンシューをやろうぜ。どんなのか楽しみだ」
片腕しかない祐一はビデオゲームなどの両手を使うものはできなくなってしまった。天魔としての能力で高速で片腕だけで操作するという方法もあるのだが周りに人がいるここでは目立ってしょうがない。よって、祐一ができるのは身体を使った音ゲーやパンチマシン、ガンシューティングくらいだった。
もちろん、北川はそれが解っていたのでビデオゲームに誘うことはしていなかった。
噂の新台はフットペダルのついたものだった。
最初、それを見た祐一は度肝抜かれる。
「おい。このペダルは何だ?」
「知らんのか? 危なくなったらそれ踏んで弾を打ち落としたり、避けたりすんだよ。踏んでかわすのと、外して交わすのとがあるから注意が必要だな」
祐一は、人類が初めて火を発見したように驚愕している。
「……相沢。お前、一体どのくらいガンシューやってなかったんだ?」
「……覚えてねぇ。最新の記憶は、ただトリガーを引いて敵を撃つやつだけだ。もちろん、リロードは画面外を撃つ」
もっともオーソドックスかつ時代遅れの記憶だった。
北川は溜息をしてこの時代遅れ野郎に指導をする。
「最近のは映像も綺麗になったし、3D化も進んでて結構迫力があったりするぞ。
このゲームはペダルを踏むのは自分に弾があたりそうになったときだけだ。時間がスローに流れて敵の弾が良く見えるようになる。それで、自分に向かってくる弾を撃ち落とすわけだ。ただ、制限メーターがあるから注意しろよ。四六時中使えるわけじゃない」
「了解した」
「メーターは敵を倒せば増えていく。ステージを進む毎に増えにくくなるから気をつけること。こんなもんだ。後はやりながら覚えればいい」
「うっしゃ。やるべ!」
百円を入れ、ステージが始まる。
どうやら、設定としては特殊工作員となって、マフィアを倒すのが目的らしい。
「おぉ!? 人がカクカクしてない!!」
「何年前のゲームだ!?」
最初のムービーに感動している祐一を他所にゲームが開始される。
物陰から現れる敵。空かさず標準を合わせて発砲。敵は綺麗に三発食らって倒れた。さらに、息を吐かせぬまま敵がぞろぞろと姿を現しては祐一と北川によって倒されていった。
「何だ。タイムスリッパーで心配したが結構やるな」
「ふふふ。原理は同じだからな。まだまだ余裕じゃ」
場所を移動し、またまた敵が現れる。太い柱が邪魔で敵を狙いにくいところを正確無比の射撃能力で次々と撃破。あっさりと敵を倒した。
「北川よ。なかなかやるな!」
「お前こそ!」
すでに、協力プレイを超えて、どれだけ敵を多く倒せるかになっていた。
一瞬でも姿を現した端から次々と撃ち倒されていく敵。祐一の超人的な補足能力とどこから敵が出てくるか知っている北川の知識力の戦いになっていた。
的が現れれば二人とも即座に狙いを定めてトリガーを引く。哀れな的は二人の同時発射を受けて、二回三階と中空を跳ねて倒れた。既に、ゲームのシステムを越えた動きをしていた。
そして、中間ポイントに到達。現時点の点数と命中率が表示される。
「うっしゃ! 命中率97.6%!」
「す、すげぇ。俺でも78なのに」
天魔としての(以下略)。明らかに、能力の無駄遣いだ。
「そらそら、次来たぞ!」
「解ってるっての!」
二人は、ガンコンを構えて画面に向けて発砲した。
一方、美咲は祐一達から離れビデオゲームのコーナーに来ていた。ガチャガチャとレバーを動かして戦う人や、静かに動かしてする人などプレイスタイルは多種多様。美咲はそれを横目に見つつ店内を彷徨う。
つと、美咲の視線が一つに定まった。視線の先には対戦台がある。
美咲は財布から銀色に光り輝く百円玉をスロットルに入れた。
タイトルロゴが表示される。
Metal Brave
美咲はスタートボタンを押し、迷いなくカーソルを動かし決定ボタンを押した。
美咲が選んだキャラは『五月雨』。武器らしい武器は持っていない、短髪の青年だ。
そして、敵キャラが選ばれ対戦画面へ。美咲が扱う五月雨の通常カラーは白が基調なのだが、美咲は赤が基調のカラーを好んで使う。
『後悔するぞ』
『おなたには、借りがありましたね』
『そんな昔のことは忘れたな』
『ならば思い出させて上げます』
前口上が終わり、いよいよ対戦へ。敵キャラクターは『時雨』。彼女は黒髪日本刀着物姿の女性キャラクターだ。これは、祐一が良く使っていたキャラ。一瞬、美咲は過去を振り返り、苦笑いを浮かべた。
「いいでしょう。弔ってあげるわ」
美咲の口端が吊り上った。
低空ダッシュから、パンチ、キック、斬り。着地から斬り、大斬り、下段大斬りで空中へ上げる。自キャラも飛ばしてさらに追い討ちをかける。
空中コンボを綺麗に決めて締めの必殺技を放った。それだけで、敵キャラは気絶状態になる。その隙を逃さず怒涛の攻撃を繰り出した。
気が付いた時には既に時雨をぼろぼろにしていた。
「安らかに眠りなさい」
美咲は目を閉じて時雨の冥福を祈った。
しかし、さらにゲームは続く。美咲の独壇場だったが。
上中下段。さらにはありえない状態からのめくり攻撃から繋がる天国直行コンボ。もはや、美咲が操る五月雨はキャラスペックを超えていた。
起き上がり二択から始まる安息への前奏曲(プレリュード)。全てのコンボが入ったときには敵は敗北のロゴと共に地に伏している。
「ふぅ。久しぶりにやると疲れるわ」
既に、ラスボス手前まで来ていた。驚異的なコンボを叩き込み相手に攻撃の一動作もさせないまま勝ち星をもぎ取る。
祐一は良く「お前の戦い方ってえげつないよな」と言っていた。これを見れば誰でも同じことを思うだろう。
美咲は苦笑して座り直し、最後の敵に備えて構えようとした時、画面が突然暗転した。そして、表示された文字はNEW COMER!のロゴ。
どうやら、美咲に対戦を申し入れた馬鹿がいるらしい。
「あんまり好きじゃないんだけど……」
対人戦はあまり好きではない美咲。レベルが段違いなので相手にならないのだ。互角の相手をしてくれたのは祐一くらいなものである。
相手方がキャラを決めた。
流れるようにエフェクトがかかりGO!の文字が躍った。
相手のキャラは(今頃確認)、『リリーグレス』。パワー重視の大技型だった。一撃の威力は高いのだがやや動きが遅い。
美咲は、その隙を突いてちまちまとコンボを続けてHPを削っていった。
数秒して、一ラウンドが終了する。結果は美咲の圧倒的な勝ち。相手方は何もできずに美咲のコンボの餌食になった。
すぐさま第二ランド開始。
今度はうって変わって攻めてこない。どうやら、長期戦に切り替えたようだ。だが、美咲はそれを素早く察知し、自キャラを接近させる。一発目の攻撃はガードされた。それは予測済み。地上コンボに切り替え、ガードの上から叩く。と、唐突に美咲のキャラが動きを止めた。チャンスと思ったのか相手方は手を出そうとするが、それこそ美咲が狙っていたものだった。素早さで勝る五月雨はパンチ一つで攻撃モーションを潰し、そこからコンボが続く。
教科書に載せたいほどの綺麗なコンボを食らって、リリーグレスの体力は三分の一になってしまった。
美咲は一端距離をとって、止めを刺すためにダッシュをかける。
カウンター狙いで突進系の技、『笹目』を繰り出す。これはガードされた。技の終わりを狙われ、相手はセオリーコンボを決めてくる。パワー型だけあって、一度決まればごっそり減らされる。五月雨の体力ゲージが半分近くまで減らされた。
美咲は慌てず敵の動きを予測、空中攻撃からコンボに入ろうとしたところを対空技で迎撃。撃ち落した所にバイタルゲージ消費の超必殺技が発動する。
画面が暗転、五月雨の身体が発光の後に、乱舞系の超必殺技が相手キャラを燃やし尽くした。
「まあ、こんなところね……」
YOU WIN!と文字が躍る。それを美咲は覚めた目で眺めていた。
やはり対人は祐一でなければ面白くない。自分の実力に唯一ついてこられるのは彼だけなのだから。
中断されてしまったラスボスへのイベントが始まろうとしたら、また乱入者が出てきた。
先ほどの試合と呼ぶのもおこがましい内容を見ていなかったのだろうか。美咲の懸念をよそに相手はキャラを決めて、ゲーム開始。
「まあ、CPUより強いならいいけどね……」
美咲は呟き、レバーを握った。
場面は変わって男二人。
相変わらずの超人的な射撃能力で次々と敵を撃破していた。既に最終ステージに入っている。この辺りになってくると敵の攻撃も難しくなり、またすぐに隠れてしまうこともあって易々とは進めなくなっていた。それでも、一度隠れてから出てきたときには撃ち抜かれているのだが。
「北川。お前、相当やり込んでるだろ」
北川の予知能力じみた射撃を見ていて祐一はそう洩らす。
「ああ。何度かクリアーしたこともある」
つまりは相当な手練れと言うことだ。
「俺的には、お前が初めてでここまでやれてる方が驚きだ」
「舐めて貰っては困るぜ」
今のところ、このゲームの目玉システムの一つである『スローシステム』を使っていない。ペダルを踏むことによって時間の流れが遅くなり、それによって自分に向かってくる敵の弾を撃ち落とすのに使うのだが……二人は全くペダルを踏むことなくここまで来ていた。
物陰から一ドットでも現れれば祐一が撃ち抜き、敵が出てくるところを知っている北川は出現場所に照準を合わせ出てくるタイミングと共にトリガーを引いた。
敵は銃を撃つことなく倒れて行っている。ペダルを踏む必要など既に無かった。
そして、そんな超人的なプレイをしていればギャラリーが増えていくことも当たり前で、台の周りのは十数人の観客が二人のプレイの行き先を見守っていた。
そんなことを露知らず、出てくる敵に対して容赦無しの連続発砲を繰り返す二人。点数稼ぎからか、必ず三発当てて沈めている。
そして、最終ボスまでやって来た。
「ラストですなー」
「ちゃっちゃとやりまっか」
二人とも気の抜けた台詞を吐き、ボスに照準を合わせ、トリガーを引いた。
BRAEK!
敵を倒したときに流れるロゴも既に五十を越えた。
あれから、美咲に果敢に挑戦する人間が増えている。ある種の興奮が向こうの台から伝わってきていた。あまりにも強大な敵を前にして彼等は自分を越えようと躍起になっているのだ。
その行為は確かに悪くはないのだが、あまりにも美咲という壁は高すぎた。暇があればコントローラを握っていたのだ。そう易々とやられるわけには行かない。
一人か二人か、一ラウンド持って行かれもしたが必ず美咲は逆転している。それが向こうの雰囲気を更に熱いモノにしていた。
「また彼ね……」
既にキャラの選び方によってどういう戦法を採ってくるか解ってしまった美咲。頭の中では幾つかのKOシーンが流れていた。
そして、それの一つと同じように動く相手に美咲は用意して置いた戦法で相手をした。シミュレーション通りの勝ち。展開が解りきっているだけにあまり面白くない。時には奇をてらって欲しいものだ。
二ラウンド目も楽々と勝ち上がりまた次の対戦者が割り込んでくる。それを台にひじを突いて眺めていたとき、声をかけられた。
「やっほー」
そこには、真琴がいた。
「お姉様。どうしたんですか?」
「仕事の帰りにちょっとね。たまには来てみようかなって思ってさ。で、見て回ってたらあなた達がいるんだもの。ちょっとビックリしちゃった」
「祐達はまだ?」
「うん。なんだか最後っぽかったわ」
「じゃあ、そろそろ来る頃かも知れませんね」
「うん、そうだね。あ、始まるわよ」
次のラウンドを告げる声が響く。美咲は座り直してレバーを握った。
「おー、凄いわね」
美咲の即死コンボを見て真琴は呟きにも似た声を出す。
「このくらいは祐もできますよ。昔、ですけど……」
「ふーん」
つまりは、両腕のあった頃の祐一なら美咲と互角に戦えたと言っているのだが、真琴は気にしていない。彼女は祐一が片腕でも認識は変わらないようだ。
「あっと言う間ね」
「大分修行しましたからね」
「あら、また入ってきた。これで何人目?」
「そろそろ三十人目ですね」
事も無げに言う美咲。真琴の顔が少し引き付いた。
「あ、あなた、疲れない?」
「相手が弱すぎてストレスが溜まっていきます」
対戦者に聞かせたら問答無用で乱闘になること請け合いだった。ただ、地べたに倒れているのは美咲ではないだろう。
「おーい、美咲ー」
「あら、向こうは終わったみたいね」
「そうみたいですね」
対戦画面を見ながら美咲は相づちを打つ。余所見をしてもやられない自信があるからこその芸当だ。
「およ? 何でここに姉さんが?」
「あ、沢渡先生」
「よっ、仕事帰りにちょっと寄ったのよ」
「そうなんですか。てっきり俺達を注意しに来たのかと思った」
北川がそんなことを言う。祐一はああそれも有り得るかと言う顔をした。
「そんな事しないって。今時の学生がゲーセンの一つも行かないはずが無いじゃない。友好を深める場にまで教師面して入ってこないわよ」
「……なかなか話の解る先生だな」
「……むしろ、俺達をゲーセンに連れていくくらいするかもしれん」
男二人がひそひそ話をしている間、美咲は既に二人目の乱入者を受けていた。それを見つけたのは祐一。懐かしそうな顔をして画面を見た。
「懐かしいのやってんなぁ」
「そうね。もう出回ってないと思ってたわ」
「うわ。何でそんなコンボが簡単に入るんだ!?」
美咲のコンボを横目から見ていた北川が驚きを洩らす。有り得ないところからの空中コンボから始まり、地上コンボからまた空へと打ち上げそのまま空中でチェーンコンボからの超必殺技。
「……無敵じゃないか」
パンチの一つでも入ろうものならそこから多段攻撃に展開していく美咲。例えガードで固めても投げからコンボを入れてくるので極悪の一言だった。
「そうでもないわ。祐には通用しなかったし」
「何っ!? お前あれを防いだのか!?」
「ああ。ガードで待ちに入ってだな、投げに入ろうとしたところを対空攻撃で撃墜、そこからコンボで削っていくって言うのがセオリーだ」
当然のように祐一がそう語るが、美咲が使っているキャラの投げはゲーム中最速である。それをどうやって見切ったのだろうか。改めて祐一の反射神経に驚く北川だった。
今回もまた順当に美咲が勝っていった。既に対戦台の向こうでは人集りが出来て『打倒五月雨』とコールが鳴り響いていた。
「おーおー。相変わらずの悪役っぷりだな」
「懐かしいわね」
「って、お前ら前の街でも同じ様な事してたのかよ」
北川の呟きは店内のゲーム音に掻き消されていった。
「祐ちゃーん。見て見てこれ!」
「んー? 何だ?」
美咲の対戦を観戦していた祐一を呼んだのは真琴だった。声の方向を向くとレバーを握る真琴の姿を見つけた。
「今のシューティングって凄いのねー」
真琴が座る対戦台は最新のシューティングゲームだった。最近のシューティングはばらまき型と言われ、無秩序に弾が打ち出されて行くものだ。自機を狙うのではなく一定の方向に打ち出される物が殆どなのだがその数が尋常ではない。画面全体を覆うほどの弾が撃ち尽くされていく中、それらを避け敵を撃ち抜いていくのである。
真琴はレバーを軽快に操作し悠々と避けてボスを倒していた。
「……今の台詞を聞く限り、久しぶりに手を着けたんですか?」
「いいえ。今回が人生初めて」
「マヂで!?」
驚愕の事実だった。
人生で初めてシューティングに触った人間が現代のばらまき型シューティングを軽々と避けて、尚かつミスもせずに二面のボスを倒してしまうとは。
「どうして、俺の周りの女性はこんなに凄いんだろう?」
恐ろしいほどの格闘センス(実戦&ゲーム)を持つ恋人と、初めて触ったのに全面クリアーしそうな勢いの幼なじみのお姉さん。
世の中は不思議で一杯だった。
「何か、俺達のガンシューの凄さが霞んでる気がするな」
「まったくだ」
既に店内のギャラリーは二人の美女のゲームの行方に注目していた。
「寂しいな、北川」
「悲しいぜ、相沢」
そんな背中に哀愁漂う二人の男が発見されたのは、クレーンゲームでピカ○ューをゲットしているときだった。