うわさ。
ウワサ。
噂が流れている。
極東に位置する小さな島国で起こった話が、風に任せて世界中に広がっている。
その話を聞いた者は、驚き、恐れ、疑い、好奇を持って耳を傾ける。
人の血を吸う魔。
真祖と呼ばれる生粋の吸血鬼が一人の人間に入れ込んでいるらしい。
現代に残る最強の、そして最後の真祖である吸血鬼。
ブリュンスタッドの名を持つ吸血鬼。
アルクェイド・ブリュンスタッド。
教会の闇と言われる埋葬機関。
その第七位である神の代行者、弓のシエルもまたその人間に関わっているらしい。
この二人――特にアルクェイド――が動く。すなわち、ロアの出現が予想されたのだが、そのロア自身が滅ぼされたらしい。それも、輪廻転生の鎖を切られて……。
第七位が持つ第七聖典を使えば、それは可能だろう。
しかし、そう易々とロアが敗れるはずもない。
今までも、逃げられ続けていたのだ。
第七位が倒したという話は信憑性はない。
――ならば、吸血姫が倒したのか。
確かに、今まで幾度もロアを屠って来た彼女ならば『倒す』ことには納得できるが、こと『殺す』となると事情が違う。
アルクェイドの力ではロアの肉体を『殺す』ことはできても、魂を『殺す』ことはできないからだ。
――ならば、誰がアカシャの蛇を『殺した』と言うのだろうか。
また、真祖の姫を追って来日した混沌、二十七祖第十位ネロ・カオス。
彼もまた、その街に赴いていたはずなのだが、その後の消息が杳として知られていない。
噂の一つとしては、アルクェイドとシエルによって滅ぼされたとか。
とかく、多方面から信憑性のない噂が広がり続ける中、一人の祖が水面下で動き始めていた。
その名は、アルトルージュ・ブリュンスタッド。
古き紅と呼ばれる死徒の姫である。
From "TUKIHIME" (C) 2003 TYPE-MOON
Presented by HIRO [TRASH BOX]
石造りの壁。
石畳の廊下。
そんな石ばかりに囲まれた部屋には、数千冊に上ろうかと言うほどの蔵書が収められた本棚が規則正しく並んでいる。
光源は、蝋燭と月明かりだけ。
薄暗いその部屋の中の中央、そこには一つのテーブルが置かれていた。
テーブルに置かれた燭台が照らすのは数冊の蔵書と一つの影。
影はページを一つ一つ丁寧に捲っていく。
本を眺めるその瞳は無機質に近い。
ただ、その瞳が生きていることを伝えるのは、文字を追って動く眼球の動きだけ。
しばらくして、その本の最後のページに行き当たる。
その人影には手に余るほどの分厚い蔵書をテーブルに置いた。
その時、微かに空気が揺らいだ。
「リィゾ……」
「はい、姫様」
現れたのは、黒い鎧に身を包んだ男。
鋭い目つきと雰囲気を携えた男だった。
「……調べはついた?」
「は。現在、アルクェイド・ブリュンスタッドと第七位は日本の三咲町に滞在中。
彼の街に同胞がおったようで、第七位はその事後処理のために滞在しております」
「そう。あの子は?」
「は。アルクェイド殿は未だにそこの留まっておられます」
「……噂通りのようね」
「左様で」
椅子に腰掛けていた影がゆっくりとリィゾと呼ばれた男に近づく。
燭台が灯す光源が仄かのその姿を映しだした。
照らしているはずの光さえも吸い込んでしまうような黒い髪。そして、その黒を誇示するかのように着飾った漆黒のドレス。
肌は白く、なのに瞳は紅い。
整いすぎたかんばせが小さく傾いた。
「……何か?」
目の前の人物が何かを考えていることは解る。しかし、一体何を考えているのか。
皆目、見当が付かない。
「いいえ。噂が本当のようだから、あの子はまだまだ大丈夫と思っただけよ」
「そうで御座いますな。彼女の容態は良好のようです」
「……それで? あの二人が彼の地に留まっている理由は?」
「はい。どうやらあの二人は一人の男と接触しているようです」
「男……?」
意外な言葉だった。
あの二人は、そう言ったことには無縁だったはずだ。
だから、その紅い瞳は驚いていた。
「代行者はともかく、あの子が?」
「はい。いつからか解りませぬが、前とは随分と雰囲気が違っているようです」
「どう言った風に?」
するとリィゾは少々口を詰んだ。
そして、
「……明るくなられたそうで」
「……そうなの」
その瞳が閉じられる。
そして、また開けられた。
「その男、興味があるわね。一体、誰?」
「はい。その者の名は――」
週末の休日。
今日は前から妹と約束していた通り、家でお茶会を開いていた。俺と妹の秋葉。そして双子の使用人である翡翠と琥珀さん。
この広い屋敷に四人だけだけど、これはこれで楽しいものだ。いや、下手に親戚連中がいたら面倒な嫌がらせとかがあって大変かもしれない。
だから、やっぱりこの四人の方が良いだろう。
「兄さん? どうかしましたか?」
「うんにゃ。今日はなんだか静かだなって思ってさ」
「そうですね。あのお二人がいないだけで、こんなにも世界は平和なんですね」
「秋葉様、それはちょっと……」
「良いのよ、別に。あの二人が家に来るだけで毎度毎度騒ぎを起こしてくれるんだから」
翡翠の物言いを切って捨てる秋葉。
いや、その騒動の中心にお前も入ってるんだけど。
毎回毎回、売り言葉に買い言葉で乱闘になるし。しかも、琥珀さんが良いようにに掻き回すから更に被害は広がるし。
で、最後は何故か俺に責任が来るし。
……今考えてみると相当酷い目に遭ってないか?
「たまにはこんな日があっても良いじゃない」
「いや、騒ぎが起こらないに越したことはないんだけど」
「わたしとしては少し物足りないんですけどね」
何やらすっごい発言をしている琥珀さん。
「あのね、琥珀さん。この際、騒ぎが起こるのは千歩譲って良いとしても、騒動を引っかき回すのだけはやめてくれませんか?」
「ええ!? 志貴さん、それはわたしに死ねと仰っているんですか!?」
「……あー、はいはい。もう治らないんだね」
本気の顔で驚かれた。
もうこの人は人をおちょくるって言うのが魂レベルで刷り込まれてるんだろうなぁ。
あ、心の汗が出てきちまったぜ。
「……姉さん。あまり、志貴様を虐めない方が」
「え? わたしはそんなつもりはなかったんだけど」
「……琥珀のからかい癖にも困ったものね」
「いや、秋葉さん。ちょっと困ったとか言うレベルじゃないってば」
「まあ、そうなんですが。琥珀のからかうのを止めろと言うのは、薬を作るなと等しく難しいことなので」
前にもやめさせようとしたことがあったんだろう。秋葉は苦笑しながら言った。
確かに、琥珀さんは薬を作るのに関しては病的なまでに執着する。なにせ、裏庭で毒草育ててたくらいだし。
つまりは、人をからかうことは琥珀さんのアイデンティティの一つというわけか。
――いや、そんなアイデンティティはどうかと思うよ?
まあ、そんなわけで。ここ最近では珍しいくらいに、静かなお茶会が続いていたわけである。
遠野志貴がここに移り住んでから約一年。
去年は色々あって大変だったけど、あれから何も起こってないし気を抜いていた。今年も残すところ後二ヶ月ほど。このまま何も起こらずに年を越せると思ってたんだけど、どうやら俺はトラブルを引き込む性質を持っていたらしい。
それも、何故か秋限定で。
――ピーポーン。
本当に珍しいことに遠野家の屋敷の鐘が鳴った。
お飾りで着けているに過ぎないインターホンを鳴らすとは。一体どんな酔狂な奴なんだろう。
この屋敷は―やっぱり琥珀さんが秋葉に進言して―玄関と塀伝いに監視カメラを設置している。玄関での映像は逐一録画されているので誰が何をやったかはそれを見ればすぐに解ると言うものだ。
琥珀さんが席を立って玄関の方へと歩いていった。
この中で来客を出迎えるとしたら、俺か彼女だろう。
琥珀さんの妹である翡翠もまたその役目なんだけど、人見知りするし、男性恐怖症な所があって出迎え役としてはすこし無理である。だから、人を出迎えるのは俺か琥珀さんなんだけど、秋葉に言わせると遠野家の長男がわざわざ、と言う話になる。養子である俺としては遠野家とは全く関係なんだけど、秋葉が俺を兄と呼んでくれているから、その言葉は甘んじて受けた。
遠野家だろうと、何だろうと俺は秋葉の兄であり続けるけれど、秋葉としてはやっぱり遠野家でいて欲しいようだ。
まるで、その枠に押し込めていないといけないような顔で。長く彼女と会っていなかったからか、それとも突然家からいなくなってしまったからか。秋葉は俺がこの家からいなくなることを極端に嫌っている。
寂しい思いをさせていた俺にも負い目はあるし、何より妹であることは変わらないんだから俺はこの屋敷に居続ける。それで妹が泣かなければ十分だ。
それにしても、この遠野の屋敷にピンポンダッシュするとは。なかなかに度胸がある奴だ。子供の悪戯なら、俺はその勇気を讃える。
この遠野家にピンポンダッシュをすると言うことは、まさしく命がけだからだ。失敗すれば、きっつい説教が待っている。
誰の、とは言わないが。
「何ですか? じろじろ見て」
「あ、いや、何でもない」
どうも考えが態度に出るらしい。
もう少し気を付けとこう。
「あのぅ、志貴さん。お客様なんですが……」
「え? 俺?」
「ええ」
一体誰だろう?
まずいつもやってくるあの二人は除外。二人とも今まで一度も玄関から入ってきたことはない。大概が窓か庭からだ。
乱闘しながら家にくるんだもんなぁ。
そのお陰で遠野の庭はいつも、妙な穴が開いてたりする。こう、爆弾が爆発したような穴がいくつも。
だから、アルクェイドと先輩は除外。
となると、残りは有彦くらいか。
ん? でも、琥珀さんの様子からして違うっぽい。
「有彦、じゃあないみたいだね」
有彦の名前を出しても、琥珀さんは首を縦に振らない。
それに、彼女の戸惑った様子からして見たことがない人らしい。
自分で言うのも何だが、交友関係の狭い遠野志貴は家にやってくるほどの厚かましい奴は今挙げたので全部だ。
――じゃあ、一体誰だ?
「どんな人?」
全く思い付かないから琥珀さんに訊いてみる。
「えっと、お二方おりまして、お一人は真っ黒なドレスと真っ黒な髪のお綺麗な女性で……」
――ぎん
あぅ。
後ろから鋭い視線が刺さりました。
それも二つ。
特に今にも髪を紅く染め上げそうな勢いの方は首に髪を巻きつけてるし。
「もう一人はいかにも何かやってますみたいな男性でした」
俺の様子は絶対に解ってるはずなのに、救いの手も差し伸べてくれない琥珀さん。
今の状況を絶対に楽しんでる。
「な、何かって、何?」
「さぁ? ただ、雰囲気というか、物腰が一般の方とは違ってましたね」
一応、男性がいると言うことで視線の鋭さは若干和らいだが、それでも背中にチクチクと痛みが走っているのはどうかと思う。
大体、黒一色の女の人なんて今まで会ったこともない。
「……俺の知り合いの中にはそんな人いないんだけど」
「でも、あちら方はしっかりと志貴さんを指名してきましたけど」
だから、その鋭い視線をしまってくれって!
後ろがどう言う風になってるかは、琥珀さんの表情から判断するしかない。直視するなんて、そんな恐い真似が出来るわけがない。
琥珀さんの微妙は表情を読みとって、現在の背後の様子を確認する。
「あはー」
ああ、いつもの琥珀さんの笑顔だ。
相当凄いことになってる見たいです。
これ以上ここにいるとやばそうだ。この際、誰でも構わないか。ここから逃げる口実は目の前にぶら下がってるんだし、喜んで飛びかかろう。
「解ったよ。とにかく会ってみる」
そう言って、俺はそそくさとリビングを後にした。
ロビーに向かう。
そこには二つの人影があった。
何やら二人は談笑しているらしい。微かだけど笑い声みたいなのも聞こえてくる。片方だけ影が小さいのは、さっき琥珀さんが言った通り女の人だからかな。
向こうもこっちに気付いたのか、顔をこちらに向けてきた。
――その瞳は、鮮やかすぎるほど、紅く、赤く、朱かった。
「――え?」
ドクンと心臓が跳ねる。
突然始まった動悸は俺の息を荒い物にして、更に跳ねる。
息が、出来ない。
苦しい。
苦しいのに。苦しいはずなのに俺の心は打ち震えていた。
目の前の存在に対する感情。
この存在を、『殺せる』という歓喜の声が、俺の頭の中で響く。
気が付けば、眼鏡を外して、ポケットにあった鉄の棒を取りだしていた。
シャキンと金属音を奏でて刃が飛び出す。それと同時に俺の身体も飛び出していた。
「っ!」
床スレスレを這うように跳ぶ。
超低空からの斬撃。
振り上げたナイフの軌跡は、吸い込まれるように目の前の紅い瞳に向かっていく。
――キィン
しかし、横から出てきた剣の腹によって、ナイフはその動きを止めた。
すかさず跳び退く。
間を置かず、動く。
左右に飛び回りながら姿を散らす。
大きく左に踏み込んだかと思えば、既に身体は階段の縁に。
玄関の扉を蹴れば身体は天井に。
ロビーを縦横無尽に駆け回る。
そして、二度目の攻撃。
小さな影目掛けて逆手に持ったナイフを刺し込む。しかし、またしても横からしゃしゃり出てきた剣に阻まれた。
ウザイので、その剣の線をなぞる。
剣は綺麗に斬れた。
「っ!?」
あっさりと剣を斬り裂いたのが予想外だったのか二人の動きが止まる。
一瞬の隙。それを逃がすようなことはしない。
男の土手っ腹に蹴りを叩き込む。右に吹き飛んでいく男を尻目に俺は獲物に襲いかかった!
――狙うは、肩口から腹部に流れる黒い線。
針みたいに小さい視界の中で、その線だけが克明に見える。
「っ」
ナイフが翻って跳ぶ。
その時、刀身に反射した獲物の顔が映し出された。
暗闇の中に一瞬だけ入り込んだ、一条の光の中。
それが見えた。
美しいかんばせ。
薄い唇に儚い顔。その顔は今驚きに満ちている。
そして、秋葉と同じくらいに綺麗な黒髪。
何よりも目を引く紅い瞳。
そう。
――そこにいたのは、女の子だった。
急に意識が戻る。
今まで熱に浮かされたように暴れていたこととか、この娘を殺したいなんて言う感情とかそう言った諸々を思い返してしまった。
――まずい!
既に攻撃態勢に入っている身体を無理矢理止める。
それでも、勢いのついた身体は言うことを聞きやしない。
――結果。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
彼女の覆い被さってしまったわけで。
「兄さんっ!? 一体、何事ですか!?」
「志貴様!?」
こういうタイミングは絶対に外さない人達がいるわけで。
「あ」
『あ』
「………………」
『………………』
「え、っと。いや、これはね? ちょっとややこしい事情があって」
度盛りながらも言い訳をつらつらと並べる。
でも、俺の声は三人には、特に秋葉には届いていないようで、
「ややこしい事情ですか? どう見ても、兄さんが年端もいかない子を押し倒しているようにしか見えませんけどねぇ」
「ちちちちちち違うぞ!? これには、ちゃんとしたわけがあって……!」
「なら、その手を退けてからでないと話は通じないと思うわ」
「へ?」
突然下から聞こえてきた声と、言われた通り自分の手を見てみた。
――あ。何か、俺の右手が彼女の胸に乗っかってる。
「き、貴様! 姫に何という狼ぜ……」
「兄さんのぉ不潔者おおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
その日、俺は前人未踏の17回転という偉業を成し遂げた(らしい)。
それも、縦回転でと言うことだ。
十分ほど落ちていた俺はリビングで気が付いた。
気が付いたと言うことは、とりあえず死んでいないと言うことだ。
あれだけの蹴りを喰らったにも関わらず生きてる俺って、実は凄い? まあ、俺が凄いとか凄くないとは今は関係ないか。
今生きてることが素晴らしいって事を噛み締めよう。
「――で? あなた方は一体何なんです?」
不躾なことを言う秋葉。
まあ、見知らぬ人間を家に上がらせてしまっているから不機嫌なだけだろうけど。
そんな秋葉の物言いも目の前の少女は微笑んで返した。
年の頃は十四〜五歳。装飾品が黒で統一されて、その長い髪も黒だ。肌は白く、薄い唇と紅い瞳が殊更に強調されている。
そう、あの紅い瞳。
今にも、殺したくなるようなあの紅い瞳はあいつと全く同じ瞳だった。
「私はアルトルージュ・ブリュンスタッド。こちらは私の従者である……」
「リィゾ=バール・シュトラウト」
笑顔で自己紹介をするアルトルージュさん。
対して、リィゾと名乗った方は俺のことをもの凄い瞳で睨んでいる。
「私達は、教会で言うところの死徒に分類されます」
「……やっぱりか」
あいつを初めて見たときの退魔衝動。それと全く同じ展開だっただけに、ほぼ確信していた。
こうしていても、目の前の二人を殺したくて身体が疼いている。
――全く。自分の出自はとんでもない物を造ってくれた。
大体、さっきの時も、騒動に突き動かされるまま二人を襲っちゃったし。
危うくこの娘を殺すところだった。
あいつを殺してしまってから、絶対に人は殺さないって誓ってたのに、簡単に負けやがって。この馬鹿。寸での所で我に返ったから良かった物の、あのままナイフを振っていたらと思うと、頭が痛くなってくる。
「聞いたことがある。確か、二十七祖の内の二人だろ?」
この二人の名前には聞き覚えがあった。
なんでも、吸血鬼達の中でも派閥みたいな物があって、その派閥の一つにアルトルージュを中心としたものがあるとか。
でも、話を聞いたときはどんな奴かと思えば、見た目は年端もいかない女の子。それでも、八百年近く生きてるあいつがいるし、外見はあまりあてにならないか。
「この前の、タタリの時もちらっと名前が出てきたな。傍迷惑な契約とかしたらしいけど? そんな奴が一体何の用なんだ?」
そう言って、彼女を睨み付ける。
はっきり言って、目の前の存在達は得体が知れない。敵か味方か解らないけど、俺達を一撃で葬れるほどの力があるのは確かだろう。
さっきも思いっきり腹を蹴ったはずなのに、バールはぴんぴんしてるし。
「ふん、挑戦的だな。貴様、我々の怒りを買えばどうなるか解らないわけではあるまい?」
「当たり前だ。お前達が襲ってくれば、ここにいる四人なんて瞬殺出来るだろ。そんな化け物相手にしてるんだ。怒りを買おうが買わまいが気分一つで殺せる。
なら、少しでも強気に出た方が生き残れる可能性が、欠片ほどだけど出てくるさ」
吸血鬼を前にして固まっている秋葉達を眺めながら言う。
戦闘経験のない三人にとって、目の前にいるのは本物の化け物。逃げることも叶わず、気付かぬまま殺されてしまうだろう。
そんなことをさせるつもりはない。
命に代えても、秋葉達は守る。
それは去年の事件を越えて誓ったことの一つだ。
「ならば、試してみるか? その夢のような話が実現できるか」
ゆっくりと腰にかかっている剣を抜き出す。
しかし、それは止められた。
「お止めなさい、リィゾ」
「しかし!」
「良いのです。突然御邪魔したのは私達。他人の屋敷での狼藉は私が許しません」
その言葉に渋々鞘に剣を収める。
しかし、その不満は俺を睨み付けることで表していた。
「――さて、私達がここにやってきたのはある理由からです」
「………………」
黙って先を促す。
こちらの様子に彼女は苦笑しながらも続けた。
「最近、裏の世界でとある噂が流れているんです。
真祖の吸血鬼が一人の人間にうつつを抜かしているとか」
――ぎん
だから、何で俺を睨むのかなぁ。
「くす。更には、教会の第七位も同じとか」
火に油を注がれている。
早々にこの娘には黙ってもらわないと、俺が視線で刺し殺される。
「ちょ……」
「先をお聞きしたいですね」
「………………」
俺の言葉に被せるように秋葉が発言。
確実に俺の逃げ場が無くなっていく。
泣きそうな顔になっている俺を見て、アルトルージュさんとか笑ってるし。
バールも愉快そうに眺めてるし。
「あのー、秋葉さん?」
「兄さんは黙っててください。私はこの方の話にとても多大に興味があります。人の話は黙って聞くのがマナーですよ」
「そうですねー。常識と弁えはちゃんと持ってた方が良いですね」
「……姉さんが言うと説得力がありません」
「あはー」
……やっぱり、女所帯のこの屋敷では、男の俺の発言は限りなく下位にあるらしい。と言うか、実際そうなんだけど。
「では、話を続けてください」
「そうね。
今話した噂は私達の中では特に奇妙なものなの。真祖殺しの真祖であるあの子が、一人の人間に興味を持つなんて事は今まで無かった。血に堕ちた真祖を狩るのが使命とされているあの子が、余計な物を学ぶことはなかった。
でも、今は違うみたいね。今日はそれを訊こうと思ってここに赴いたの」
なんともまあ。
あいつや先輩が裏の世界で有名って事は聞いてたけど、実際に噂を確かめにくる奴がいたとは。
「もちろん、他にも聞きたいことはあるけどね。一番の理由はそれよ」
「……危害を加えないなら、良いよ。どっちにしろ、あんたらを相手にしたって勝ってこないんだから」
一種の脅迫じみた状況だけど、不思議と目の前の娘の雰囲気からそんな感じはしない。
それに、本当に危害を加えるつもりなら、最初にここに来たときに既に殺しに来てるはずだし。
「じゃあ、色々訊ねさせてもらうわ」
長い話になりそうだ。
話を始める前に、一拍の休憩を置いた。
微かに殺気立った空気を入れ換えるためだ。それと、俺自身の我慢も限界近かったこともある。
いい加減、この衝動も形(なり)を引っ込めないかな。
何時まで経っても、自制できないんじゃ殺人鬼と変わらない。
人から大きく外れた物に過敏に反応しすぎるのは退魔としては上出来だろうけど、こうして平和的に話し合いをする連中もいるんだからもう少し制御できる物にして欲しい。
俺自身の経験不足とか、訓練不足とかあるんだろうけど、出来ればこう言った物は無い方が良いとは思う。
その一方で、この衝動がなければ、アルクェイドとも出会わなかっただろうとも思ってる。
まあ、こう言った能力も含めて俺なのだから今更とやかく言っても仕方ないか。
「あの、兄さん?」
「ん? 秋葉か。どうした?」
テラスで風に当たっていた俺に声を掛けたのは秋葉だった。
やや心配そうな顔をしてこちらにやってくる。
「あの、本当に大丈夫なんでしょうか」
「何が?」
「何がって、あの方達ですよ。いつ殺されるか解ったものではないのに」
「うーん。とりあえず、俺はそれはないだろうと思ってる」
「どうしてですか?」
「殺すならとっくに殺してるだろ。わざわざ玄関からやってこなくても、あの二人ならこの街ごと壊せるとか聞いたことあるし」
「……それでも、不安にもなります」
「じゃあ、こうしよう。もし向こうが襲ってくるようなことがあったら、俺が護る」
「そんな……。兄さんでも無理です!」
「無理なのは百も承知さ。一瞬で殺されるかもしれない。でも、それでも俺は秋葉を護りたい。
兄として、一人の男として」
「兄さん……」
秋葉は不安げな表情から悲しげな表情へと変わる。
「私を護ってくれるのは嬉しいです。けれど、私を護るために死んでしまっては、私は悲しいです。それなら、私は兄さんと共に死んだ方が良い」
「秋葉……」
「……でも、私がこう言っても、兄さんは私を護って死ぬんでしょうね。そう言うところは強情ですから」
「すまない……」
「良いんです。それができるから私は好きになったんですから」
「……そろそろ、戻ろう」
風が冷たくなってきた。
俺達はリビングに戻ることにした。
「で? 何から訊きたいんだ?」
「まずは、あの子が変わった訳を話してもらえないかしら」
いきなり話しにくいことを訊いてくるなぁ。
とは言え、それが目的なんだからどのみち話すしかないけど。
「あんまり話したくないんだけど。
……とりあえず、俺がアルクェイドに会ったときはもう今のあいつだったかな。とは言っても、二度目の話だけど」
「……どう言う意味なのかしら?」
興味津々ですと言った顔をするアルトルージュさん。
秋葉達もなんだか興味深げに話を待っている。
はぁ。
人生の汚点とも言うべき事を話すのは少し厄介だな。
「俺の家は退魔の家系でね。人から外れた物を見ると、そいつを『殺したくなる』んだ」
「……確か、遠野の家柄は」
そんなことまで調べてあるのか。
いや、俺を訪ねてきたんだからその家のことくらい調べてくるのは当然か。
「ええ、まあ。起源はあなた方と近いようですね」
秋葉は言い辛そうだ。
あまり話したがる話題でもないし。
俺はさっさと話を進めることにする。
「俺は退魔の家から養子としてこの家に来たんだよ。
それで、街を歩いてたらアルクェイドを見かけたんだ。それで、後はさっきの通り。退魔衝動に駆られた俺はそのままあいつの後を追って、マンションまで行き着き、あいつを『殺した』」
「………………」
俺の話をアルトルージュさんは静かに聞き続ける。
何処か、冷めたような瞳をしながら。
「次に会ったのは、翌日。学校に行く途中であいつが待ちかまえてた。
それで、あいつが俺に殺されたから責任取れとか言ってきて、それからあいつともちょくちょく会うようになったんだよ」
「……なかなか劇的な出逢いね」
「劇的すぎるけどな」
苦笑を浮かべる。
殺した女に責任を取れ何て言われたのは、多分俺だけだろう。
そんな奇妙な体験をするなんて、世界中を探しても見つからないと思う。
「さっき、あの子を『殺した』と言ったわね。一体どうやって? 私が思い付く限りでは、あの子を殺すことは出来ないわ。精々が身体の一部を切り取るくらい。それをしたって、あの子はすぐに回復できてしまう」
俺は頭をポリポリと掻く。
そして、溜息を吐いてから、言った。
「先輩にあんまり公言するなって言われてるんだけど……」
ポケットからいつものそれを取り出す。
軽く振ると綺麗な刀身が顔を出した。
「それは、先程私の剣を斬ったナイフだな」
「ああ、そうだ。ただの飛び出しナイフ」
刃を仕舞って、投げて寄越す。
良いのかと視線で問われたが、俺は頷いて答えた。
武器が有ろうと無かろうと、目の前の奴等に敵うはずもないし、ナイフ一本あっても結果は変わらないだろう。
バールはナイフをしげしげと眺め、刃を出したりして確かめた。
満足がいったのか、刃を収めて俺の時と同じく投げて寄越した。
「良いナイフだ。武器としては上物の様だ。しかし、私の剣を斬れるほどの物ではない」
こくりと頷く。
普通に斬れるには斬れるが、刃も研いだことはないし、手入れもしてないから、剣のような肉厚の鉄を断つほどの切れ味はない。
「貴様の腕を持ったとしてもそれは叶わぬ。しかし、貴様はそのナイフで私の剣を確かに断った。
概念武装らしき物も付加されていない。全くの無属性だ。これは一体どう言うことだ?」
「こう言う事さ」
眼鏡を外して、コーヒーソーサーを投げ上げる。
すかさず、それをナイフで一閃した。
テーブルに落ちたのは二つに裂かれた皿。
いや、その二つには切断面なんて無い。
ただ、二つで一つとして作られたように見える。
「これは……」
「直死の魔眼だそうだ。なんでも、物体の死が見える眼らしい」
先生は物体の未来の結末、つまりは『死』を覗いているとか言っていたかな。
「……成る程ね。あの子を殺すとなれば、伝説級の武器が必要だとは考えたけど、まさか神話級の魔眼だったなんて」
「退魔衝動に突き動かされた俺は、そのままあいつの身体を走る線をなぞった。今でも、あそこまで綺麗さっぱり線をなぞった事なんて無いけどね」
「線、ですか?」
琥珀さんは線という表現が良く解らないらしい。
俺は丁寧に説明をした。
「うん。この眼で物を見ると、絶対に線が一本以上、何処かに入ってるんだ。その線は、その物の未来である死を意味してるらしい。
この眼で見れば、秋葉も琥珀さんも翡翠も、そこにいる二人だって線がキッチリ入ってる。ただ、吸血鬼だから線が少ないし、薄いけどね」
「はあ。つまり、私達もそれをなぞれば今みたいにお皿を二つに切ることも出来るんですか?」
うーん。それは考えたこと無いなぁ。
「それは違うわね。眼を通して物の死を見ている志貴君でなければ、『死』には触れられないわ。例え、志貴君以外の人間が死の線を撫でたり、剣で斬ったとしても『殺す』ことは出来ない。
直死の魔眼を持つ彼だからこそ出来る芸当ね」
「だって」
「納得しました」
疑問が解消できて笑顔を浮かべる琥珀さん。
「でも、その眼の力と退魔の力があったとは言え、よくあの子を殺せたわね」
「あんまり、殺すとか言って欲しくないけど」
「あら、ごめんなさい」
「いや、良いよ。事実だし。
でも、あいつと会ったときは結構間抜けだったかも。だって、マンションの呼び鈴ならしたら、普通に出て来たんだよ? 油断と隙だらけだったんだ」
「吸血鬼は基本的に夜に活動するものだからね。昼間だから油断していたんでしょう」
実際、ネロに追われてたときは、夜になるまであっさりと寝てたしな。
その辺の危機感って言う物が最初っから無かったんだろう。
「おそらく、それがあの子が変わった原因の一つでしょうね」
「一つと言いますと?」
翡翠の問いにアルトルージュさんは軽く笑った。
「あの子が殺されたのはきっかけに過ぎないわ。その後、あの子があそこまで明るくなったのは明るくなるように導いた人間がいるからよ。つまりは、志貴君がいたからアルクェイドは明るくなったわけね」
明るくなったというか、最近は馬鹿猫っぽくなってきてるんだけど。
「ともあれ、あの子が変わった原因が解ってスッキリしたわ」
「……でも、まだ訊きたいことが有るみたいだな」
「そうなんだけどね」
アルトルージュさんは苦笑に近いような顔をした。
「あの子関連としては最も重要なアカシャの蛇の事とか、混沌のことも訊きたかったのだけれど、志貴君のその眼の正体を知ったから大体解ったわ」
「そうか……」
「蛇の輪廻転生の輪を断ち切ったのもその眼のお陰。混沌を消滅できたのもその眼のお陰。
ううん。その眼を使いこなせたあなたのお陰、と言うところかしら」
そして、意味ありげに彼女は俺を見る。
「あなたには御礼を言わなければならないわね」
「――え?」
何故だろうか?
彼女が俺に礼を言う話なんて今まで出てきてないのに。
「あの子を壊してくれてありがとう。それと、蛇を倒してくれたことも。これで、あの子も数百年は自我を保っていられる」
「あ、いや、別に、御礼を言われるほどのことはしてない」
と言うか、人一人殺しておいて、礼を言われるのはもの凄くいたたまれない。
「そうかしら。あなたに会って、あの子がどう言う風になったか大体解ったわ。あの子にとって志貴君はとても大切な存在よ。
あなたのような温かい人と出会えたからこそ、あの子は明るくなったのね」
そんな、正面切って言われると恥ずかしい。
もの凄く恥ずかしい。
だから、俺をソファーに深く倒れ込んで天井を仰いだ。
「ふふ。照れてるわね」
「兄さんは、そう言うことを言われ慣れてませんから」
「代行者にしても、同じね。あなたのその温かい優しさが彼女の心を溶かしたのかも」
「気が多くてこちらも困ってるんです」
くすくすとアルトルージュさんは笑う。
天井を向いてるから笑い声だけしか聞こえないけど、多分本当に笑っているんだろう。
いい加減、天井を見続けるのも失礼だと思って向き直る。そこには、微笑みを浮かべた黒の姫君がいた。
「楽しい話を聞かせてもらったわ。では、そろそろお暇をしましょうか」
「え? もう、お帰りになるんですか?」
「ええ。あまり長い間御邪魔するわけにも行かな……」
そこまで言いかけて、彼女はすくっと立ち上がった。
隣のバールも何やら臨戦態勢に入っている。
「姫様」
「ええ。参ったなぁ。このまま逃げようかと思ったのに」
「は?」
「ああ、いいえ。こちらの話だから」
何やらぼそぼそと言葉を交わす二人。
「一体何なんだ?」
「さあ?」
秋葉も首を傾げる。
「秋葉様」
そんなところに、琥珀さんが話しかけてきた。
「どうかしたの?」
「はい。侵入者です」
「は?」
「それも二人」
あ、なんか、すっげーやな予感がする。
「あのー、琥珀さん。それって、もしかしてもしかしますか?」
「はい、もしかします」
ああ、琥珀さんの笑顔が眩しいよ。
――どーん!
そして、現実に引き戻すかのような爆音。
音源は庭の方から。
その後も、連爆していく音。
「うーん。C4じゃ役立たずみたいですね」
「オレンジの閃光が眩しいね」
プラスチック爆弾を物ともせずにやって来る二つの影。
言うまでもなく、アルクェイドと先輩だった。
「志貴ーーーーーーーーーーーー!!」
走ってきた勢いそのままにガラスを割って乗り込んでくるお姫様。
慎みとか、可憐とかそう言う物を一切けっ飛ばしてのご登場。
更に、それに続くカソックの女性。こちらも負けじと風を切りながら床に着地。
絨毯の上を滑り、丁度アルクェイドの反対側で止まった。
二人に挟まれる形になった俺達。この二人に挟まれたら一溜まりもない。
とりあえず、琥珀さんと翡翠には背中を叩いて逃げるように合図。秋葉は毎度のことで呆れつつも怒りを隠しもせずに叫ぶ。
「毎度毎度、あなた達は普通に家に上がることが出来ないんですか!?」
「離れてください、秋葉さん! 目の前にいるのは吸血鬼なんです!!」
いつにも増して真剣な声を上げるシエル先輩。
「死にたくなかったら、退いてなさい。あなたじゃ一秒も持たずに殺されるわよ」
鋭い目をしてアルトルージュさんを睨むアルクェイド。
あー、駄目だこりゃ。どっちも頭に血が上って話を聞きそうにない。
「何故、黒の姫がここにいるか知りませんが、即刻処分します」
「全く。教会の教えに忠実ですこと」
ゆらりと身体が揺れる。
アルトルージュさんの空気が変わった。
さっきまでの柔らかい物から、冷たく鋭い物へ。
何もしていないのに、息が詰まりそうだ。
「何であなたがここにいるか知らないけど、さっきは良くもやってくれたわね!」
「そんなに怒ることでもないでしょ? 少しだけ動けなくしただけなんだから」
「手足引きちぎっておいて何て事言ってんのよ!」
怒り心頭のアルクェイド。
こいつがここまで怒るのもまた珍しいな。
にしても、
「手足引きちぎって、ですか?」
「それでも、大した時間稼ぎにはならなかったみたいね。言ったでしょ? 私じゃあの子を殺すことは出来ないって」
「まさかここに来る途中でそんなこと実践してたとは思わないってば」
「志貴っ!! そいつから離れなさい!」
飛びかかろうと身構えるアルクェイド。
それを牽制するかのようにアルトルージュさんは俺のそばを離れない。
「あー、こんな事言っても無駄っぽいけど、二人とも落ち着いてくれ」
「志貴がそいつから離れたら落ち着くわ」
「遠野君がそいつらから離れたら落ち着きます」
「離れたら二人とも暴れるだろうが」
それに、さっきからアルトルージュさんに服を掴まれてて動くに動けないし。
「秋葉、離れてた方が良さそうだぞ」
小声で秋葉も逃げるように言う。
「兄さんは?」
「志貴君は交渉の材料になりそうだから、駄目。あ、でも、傷一つつけないで返すから心配しないで」
「……ここは引き下がった方が良いみたいですね」
人間の身体能力を大きく超えるアルクェイドと先輩を相手に秋葉では分が悪い。
いつもは三人で乱闘騒ぎを起こすけど、あれは三つ巴だからであって、二人に攻撃をしかけられたら運動能力が人間の範囲の秋葉じゃ戦うことは無理だろう。
「絶対に、兄さんを返して下さいね」
「約束するわ」
そう言って、秋葉もその場から下がる。
とりあえず、これで懸念要素はなくなったな。
「アルトルージュ・ブリュンスタッド。今すぐ遠野君を放しなさい」
「放した後に、グサリは嫌よ。とりあえず、安全に逃げられるまでは志貴君は返せないなぁ」
「くっ」
俺を盾にしてれば二人は攻撃できない。
それを知ってるからこその交渉だ。
「ま、このまま見逃してくれれば志貴君には何もしないわよ?」
「信用できないわ」
「私は血と契約の支配者よ? 約束という契約を違えることはしないわ」
「………………」
アルクェイドの身体が段々沈んでいく。
どうやら、話し合いで解決する気はさらさら無いらしい。
このまま屋敷で暴れられるのは非常に困るので、アルトルージュさんに提案してみる。
「すいません。家壊されるのは勘弁なんで、俺を連れて逃げてくれませんか?」
「……結構良い度胸してるのね」
「と言うより、秋葉の小言が恐いんです」
俺の言葉に苦笑するアルトルージュさん。
「了解。あなたの提案で行きましょう。リィゾ」
「は」
「あなたは代行者をお願い。私はあの子の相手をするわ」
「承知いたしました」
そう言って、バールは鞘から剣を抜いた。
「あれ? さっき斬らなかったっけ?」
「用心のため私は剣を常に幾本か持ち歩いている。先程貴様に斬られたのは、その内の一本にすぎん」
「……徳川慶寅みたいだな」
あいつも刀何本も持ってるし。
「剣に名前とかつけてたりして」
「消耗品に名を付ける趣味はない」
「さいですか」
さすがにそこまで同じだったら引くけどな。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。あっちの方も限界みたいだし」
「さあ! 志貴を返しなさい!」
「い・や・よ」
不敵に笑ったアルトルージュさんは何やらブツブツと呟きだした。
「はっ!? やらせないわ!」
何かに気付いたアルクェイドが飛びかかった。
「もう遅いわよ」
しかし、間に合わない。
アルトルージュさんの身体が紅く光る。
一瞬の閃光は視界を完全に真っ白に染め上げる。
失われた視界が回復したとき、まず見えたのは壁に身体が半分埋まっているアルクェイドの姿だった。
「ア、アルクェイド!?」
「大丈夫よ。衝撃波で少し押しただけだから」
思わずアルクェイドのもとに駆け寄ろうとしたけど、腕を掴まれてそう言われた。
その声は全く聞き覚えのない声で、でも何処かで聞いたことがあるような声だった。
「え? え!?」
「はいはい、混乱しないでね。それと時間もないから説明は無し」
俺の腕を掴んでいるのは、妙齢の女性だった。
長く黒い髪に紅い瞳。
シャープな顔立ちなのに何処か丸い印象があって、親しみやすいも言える。
少々服が小さめで彼女が身動きすると、服の裾から白い肌が覗いていた。
そんな彼女は勝手に話を進めて、俺の身体に腕を回して、抱きしめてくる。
「くっ」
壁に叩き付けられて気を失っていたアルクェイドが目を覚ました。
壁に手を付いてゆっくりと起き上がってくる。
「姫様」
「ん、ありがと」
こっちはこっちでバールがお姉さんに、と言うか恐らくはアルトルージュさんに黒いコートを着せてる。
「アルトルージュ……。本気なのね」
「あなたを退けるにはこっちでないとね」
アルクェイドの瞳が金色になってます。
あれは確実に殺る瞳です。
「今回はあなたと争う気はないのよ」
「そんな嘘、聞きたくないわ」
「手足を断ったことには謝るわ。でも、今回はあなた抜きで志貴君と話をしたかったのよ。
もし、私がお忍びで志貴君に会っていたら、あなた、今みたいに問答無用で襲いかかってきたでしょ?」
「当たり前よ! 誰があなたなんかに志貴を会わせるもんか!」
じりじりとアルトルージュさんが窓の方へと移動していく。
「……お主の相手は私だ、代行者」
「くっ」
恐らく黒鍵で狙いを付けていたシエル先輩をバールが牽制したんだろう。
流石に先輩もバール相手じゃ一筋縄には行かないみたいだ。
「志貴! あなたも少しは逃げる努力くらいしたらどう!?」
「いや、情けないことに腕力じゃ勝てないし」
「ぬー! 大体なんでさっさと逃げなかったのよ!」
「だーかーら。お前が暴れて家を壊されるのが嫌だから、こうして交渉材料になってるんだよ。この人が言ってるように、見逃してくれれば俺も五体満足で終われるんだ」
「アルトルージュのことなんか信用しちゃ駄目だったら!」
わいのわいのと言い合いをする俺達。
全く持って緊張感がない。
普通こういう状況の時はもう少し緊迫してるようなもんだけど、アルトルージュさんからは邪気がないから、楽観視してる部分もある。
俺に対して、アルクェイドは本当に必死だ。
早く俺の安全が確保したいみたいだけど、俺を抱きかかえてるアルトルージュさんがいるから迂闊なことが出来ない。
結局、膠着状態に陥っているわけだ。
そんな俺達二人のことを見ていたアルトルージュさんは、ポツリと呟いた。
「……やっぱり、今のあなたの方が活き活きしていて、良いわね」
「え?」
彼女の呟きに一瞬だけ動きを止めたアルクェイド。
その隙を逃さず、アルトルージュさんは破れた窓から飛び出した。
「あ!? こら、待ちなさい!!」
「遠野君!」
「悪いが、行かせはせぬ!」
「っ! このぉ!!」
――結局、俺が家から出ても家が壊されることになるのか。
大人姿のアルトルージュさんに抱えられながらそんなことを考えていた。
アルトルージュさんに抱えられて街を疾走中。
後ろからは、
「待ちなさい!!」
瞳を金色にして追っかけてくる白い影。
街中で人間チェイスをするのは目立ちまくってる。
特に、脇に抱えられた俺が。
「あのー、出来れば騒ぎにしたくないんですが」
「それはあの子に言って頂戴」
「おーい、アルクェイド。いい加減追いかけるのはやめろ」
「ぶっ殺す!」
俺の身体のすぐ横で破裂音がした。
後ろへ流れていく景色を追っていくと、音がしたところは直径5mくらいのクレーターが出来てた。
「をい」
あれが直撃でもしたら、俺ごと潰されてるんですが。
「アルクェイド! 俺を殺す気か!?」
「意気地無しの志貴なんか知らない!」
「んな無茶苦茶な」
――どん!
完全に俺ごと殺す気でいるらしい。
「すいません。説得は失敗です」
「気にしなくて良いわよ。あの子に会えば、こうなることは大体予想できてたし」
「なら、回避方法を考えてるわけですよね?」
「もちろん」
「こらー!!」
後ろの方で怒りの咆哮をあげている物体に対して、アルトルージュさんが腕を振る。
高速で振られた腕から発生した衝撃波はアスファルトを削りながら一直線にアルクェイドに向かっていった。
「このっ!!」
アルクェイドの注意が一瞬だけ外れる。
その隙に路地に入り込んで、一気に壁を駆け上がった。
「待ちなさい! アルトルージュ!!」
下の方からあいつの怒鳴り声が聞こえる。
その声は段々と遠のいていった。
どうやら、上手く捲けたらしい。
「はぁ。疲れた」
安全に距離になったからか、肩の力を抜くアルトルージュさん。
実際、彼女は疲れている様子だった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、まあ。この姿になると、能力は上がるんだけど、消耗が激しくてね」
ああ。だから、普段は女の子の姿になってるのか。
「あの子に見つかるのも時間の問題ね。そろそろ本気で逃げとかないと」
「じゃ、ここでお別れですね」
俺がいてもいなくてもあんまり関係ないだろうけど、やっぱりいない方が都合が良いだろうし。
「あら。私にはまだ用事が残ってるのよ」
「え?」
これで漸く終わりだと思ったんだけど、まだ何かあるのか?
「さっきは妹さんとかがいて言い出せなかったけど、今なら丁度良いわね」
「一体、何の話ですか?」
「あなたの寿命の話」
「………………」
そう言うと、アルトルージュさんは妖しげに笑った。
「直死の魔眼。全ての末路を見る瞳。
このつぎはぎだらけの世界を見続けるには、あなたの命はとてもじゃないけど小さすぎるわ」
それは、薄々考えてたことだった。
最近は体の調子も良いし、大した怪我や病気もしていない。
でも、それは風前の灯火じゃないかって思うときがある。
最後の悪あがきをしているだけじゃないかって思うときがある。
「その眼鏡。お粗末な造形だけど、魔眼殺しの一種ね。それでどうにか眼を使わずに済んでいるけど、ワラキアの夜やネロ、ロアと戦った所為であなたの寿命は相当削られてるわ。
特に、ロアの輪廻の鎖を断ち切るのは相当厳しかったはずよ」
「……そうだけど、俺は納得してこの眼を使ったんだ。今更後悔する気なんて無い」
あの戦いで後悔することは多い。
だけど、それを考えても過ぎ去った過去が戻るはずもない。
辛いことが多いけど、それでも俺達はそれを抱えて生きていかなくちゃいけないんだ。
「……もし、その寿命が延びるとしたらどう?」
「……それはあんたの死徒になれってことか?」
「違うわ。それなら、とっくにあの子がしてるでしょ。
あなたが人間のままでいるって事は、あなたが人間のままでいたいと言ったから。だから、あの子は血を吸っていない」
その通りだ。
人を越えて、あいつと共にあるというのはとても魅力的な話だ。
でも、それじゃあそこには遠野志貴はいない。
血を吸われるって事は、人間でなくなると言うこと。つまり、人間だったときの遠野志貴はいなくなると言うこと。それは、秋葉達との決別を意味している。
「あなたはとても魅力的で、それでいて貴重な存在よ」
「……この眼が欲しいなら、俺が死んでからにしてくれ」
「もちろんそうさせてもらうわ」
アルトルージュさんは当然と言った顔で言った。
「でも、その眼を頂戴するには時間が早すぎるの。あなたにはもう少し、あの子と一緒にいて欲しい」
「……どうして、あいつをそこまで気に掛けてるんだ?」
それが良く解らなかった。
吸血鬼と言っても、それは人間で言うところの仲間意識という物は薄いと聞いたことがある。なのに、目の前の吸血鬼はアルクェイドのことをとても大切な存在として話しているようだ。
「私は、あの子の『姉』だから」
「――姉?」
「そう。血も繋がってないけど、一族としての血は繋がってる。私はね、真祖と死徒との混血なの。あの子より早く生まれたから、あの子の姉なのよ」
「………………」
彼女は寂しそうな嬉しそうな微笑を浮かべていた。
一体彼女の中で何が渦巻いているのか。
解らない。
「『姉』が『妹』の心配をするのは変?」
「……いいや。良く解るよ」
似たような境遇に俺もいるから。
「心配な『妹』のために私は色々と努力をしたいの。その努力の一つが……」
「俺の延命ってわけか」
彼女はこくりと頷いた。
「あの子のために、もう少しだけ長く生きてみない?」
「――それも、良いかもしれない」
「じゃあ……」
俺の返事にアルトルージュさんは笑顔を浮かべた。
「けど、やっぱりやめとくよ」
「どうして……?」
けど、一変して表情は訝しげな物に変わる。
俺の答えは意外だったようだ。
「結局、人間である俺と吸血鬼であるあいつとじゃ、必ず別れるときが来る。
俺は人間をやめる気はないから、それは必然だ。
俺がいなくなった後でもあいつが笑顔でいて欲しいとも思ってる。
あいつに楽しい思い出を沢山与えてやりたいと思うけど、人間をやめてまでそれをするのは間違ってる気がするんだ」
俺は俺。
あいつはあいつ。
志貴とアルクェイドだからこそ、今の関係が成立しているのだと思う。
「延命処置をして生きながらえるのは、生き汚いよ。死ぬのは恐いけど、寿命ならいくらか納得できるさ。
――だから、あなたの提案は飲めない」
「……ふざけたことを」
「え? がっ!?」
突然、アルトルージュさんに抑え付けられた。
首にかけられた手がぎりぎりと締められていく。
バタバタと藻掻いて外そうとするけど、全く動かない。
「人間として死ぬ? たかが二十年も生きていない分際で良くもまあそんなことが言えるわね。
結局、死んだ後のことを考えていないだけじゃない」
「がはっ!」
息が詰まっていく。
痛いと苦しみで視界が白くなっていく。
「あの子はあなたが全てなのよ。
あなたが死ねばあの子は壊れてしまう。あなたは永遠に生き続けなければならない。あの子のために。あの子が壊れないために。
自分勝手なことをして、与えるだけ与えて、最後に絶望を贈って、終わりにする。
今あなたが言ったことはそういう事よ。残されたあの子の事なんて考えてない」
「ぐぁ!」
白く染まっていく視界の中で、目の前の紅い瞳だけが異様に鮮明に見えた。
怒りを内包した、紅く燃える瞳が俺を真っ直ぐに見据えている。
「あなたには責任がある。
あの子を殺してしまった責任が。それを果たすには、あの子が死ぬまで側に居続けなければ駄目。それがあの子を殺してしまった責任の取り方よ」
「そ……で、も!」
「それでも人間のままでいたいのなら、今ここで殺してあげる。
そうすれば、まだあの子へのダメージは少なくて済むわ」
更に強く締まる指。
遠くに消えていく意識を何とか繋ぎ止めながら俺はポケットからナイフを取りだして、叩き付けようとした。
けれど、腕は満足に動かなくてあっさりと捕まえられてしまった。
「あなたがあの子の事を想うなら、今すぐに私と契約を交わしなさい。そうすれば、死ななくて済むわ」
「い、や……だ」
「……強情な人。じゃあ、さようっ!?」
「っ! うぇっ、えほ、えほ!!」
突然アルトルージュが離れた。
何故かは解らないけど助かったことには変わりない。
激しい咳を幾度かして、漸く落ち着いてくる。
回復してきた視界の中には、黒い吸血姫と、白い吸血姫が見えた。
アルクェイドは俺の目の前に立って、俺を守るように構えている。
「……邪魔をしないで、アルクェイド。これはあなたのためでもあるのよ」
「黙りなさい。あなたが出てくる場所なんて何処にもないのよ」
冷徹に物を言うアルクェイド。
完全に敵対体勢だ。
「聞きなさい、アルクェイド。志貴君の命は……」
「そんなこと知ってる! だけど、志貴は人間のままでいたいのよ。その願いを犯す事なんて出来ないし、許さない!」
「アルクェイド……」
アルクェイドの決意の強さを目の当たりにしてアルトルージュは俯く。
「……良いのね? 例え、別れが来たとしてもあなたは耐えられるのね?」
「……解らない。けれど、その悲しみを越えられるだけの思い出を志貴と一緒に作って行くわ」
「……そう。なら、引き下がるわ。もし、あなたが志貴君の死の悲しみに耐えられなくなったら、私の所へ来なさい。血は繋がってなくても私はあなたの姉だからね」
その言葉を残して、アルトルージュは忽然と姿を消した。
残ったのは俺とアルクェイドの二人だけ。
構えを解いたあいつは、ゆっくりとこちらを向いた。
「大丈夫だった?」
「まあ、何とか」
殺される寸前まで行ったけど、今思えば、あの人は俺を殺す気はなかったのかもしれない。あんな風にジリジリと殺す必要もなかったはずだ。
俺の意見を聞いて、俺の意思を無理矢理に変えようとしたのも、俺の決意の固さを見るためだったのかもしれない。
「はぁ。良かった。志貴を見つけたとき、アルトルージュに押し倒されてたからヤバイと思ったわ」
「殺されかけてたしな」
「そうなの? 私はてっきり契約に入ったのかと思ったわ」
「……どう言うことだ?」
何か、話が食い違ってないか?
「だから、私はアルトルージュと契約を始めたのかと思ったのよ」
「……押し倒された状態で、どうやって契約なんてモノするんだよ」
寝転がって何が出来るって言うんだ。
「第一、俺は何もサイン何かしてないぞ」
「サイン? 何の話?」
「は? だから、契約するにはサインがいるだろ」
「……待って。何か話がずれてるわ。
いい? アルトルージュの契約はその契約するときの形態によって強さが変わるの」
「……契約による待遇みたいなものか?」
「うーん。契約条件に因るのよ。大抵は契約書を使って契約を交わすわ」
それが一般的な契約の交わし方だろ。
そんなもの、今時小学生でも知ってる。
「だから、そうなんじゃないのか?」
「違うのよ。契約内容、つまり願い事の実現の難しさが上位だともっと別の契約法を使うのよ」
「……サインを交わす以外になにが……」
「性交」
「……は?」
聞き間違いですか?
「だから、エッチするんだってば」
「な、なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
おいおいおいおいおい!
どう言うことだよ、それ!
「アルトルージュが交わそうとしたのは、志貴に永遠の命を与えるとか、そんな内容だったでしょ?」
あまりにもショッキングすぎて、頭が全然回らない。
アルクェイドの問いにも辛うじて頷けたくらいだった。
「そう言う自然法則を無視した物は、契約書とかでは少し弱いのよ。その人自身の変化に対しては血を分けるとか、肉を分けるとか色々あるんだけど、それは性交でも構わないの」
「……すると、何か? お前が押し倒されてる俺達を見たときに……」
「うん。もうおっ始めちゃったのかと思って……」
顔を赤らめて上目遣いにそう言う。
こっちも、顔が赤くなるのを自覚できた。
「馬鹿! いくら何でも、こんな所でそんな事するわけないだろ!」
「あー! 馬鹿って言った! 何よ! こっちは本当に心配したんだからね!!」
「心配するのは嬉しいけど、それとこれとは全く別問題だろ!」
「解るわけ無いじゃない! もしかしたら、志貴にそんな趣味があったりするかもしれないでしょ!?」
「はっきりきっぱりしゃっきりそんなものはない!!」
その後も、俺達は逃げ出したバールを探していた先輩に発見されるまで言い合いをしていた。
くそ。あー、もう、なんか。いつも通りなんだなぁと何処かで思いながら、家に帰っていったわけである。
――しかし、そんな幻想はあっさりとうち破られたわけで。
俺の目の前には、いつか見た光景(それもつい数時間前くらいに)が広がっていた。
半壊したリビングは翡翠が掃除してくれたのであろう。砕けたガラスは綺麗に片づけられていた。
先輩とアルクェイドが削った絨毯はそのままだけど、家具とかは元に戻されてはいたんだけど。直されたソファーに優雅に座って、お茶を啜っている黒い服と長い黒髪には見覚えが有りすぎていた。
「な、な、な、な!?」
「やっほー、志貴君」
「何であんたがここにいるんだ!?」
震える指が指す方向にはヒラヒラと手を振るアルトルージュ・ブリュンスタッドが座っていた。
「いやー、実は帰りの飛行機の時間に間に合わなくって。年末だから旅行客とかが色々と予約とか入れてあってね。帰るに帰れないのよ」
「な、何をそんな庶民じみた理由を……」
あんた、お姫様じゃないのか?
「今はキャンセル待ち中なのよ。チケットが取れる間、しばらくご厄介にさせてもらうことにしたの」
「秋葉。お前、許可したのか?」
「ええ。お話を聞いていても、素晴らしい方だと思いますし、何より危害を加えないと約束してくださいましたので」
「翡翠……!」
「物を壊さなければ、わたしは誰であろうとも歓迎いたします」
「琥珀さん!」
「あはー。まあまあ、お部屋はあまっているんですし。何より誰にも迷惑をおかけするわけでもないんですから」
やっぱり、俺はこの家での発言権はないらしい。
女性陣が納得していることを、俺がいくら喚いたところで覆るわけがない。
ここは納得できないけど納得するしかないようだ。
「……どうなっても知らないからな」
「秋葉様ー。志貴さんのご了解を得ましたー」
「よろしい。と言うわけで、問題事項も片づきました」
「ええ、ありがとうね。少しの間だと思うけどお世話になるわ」
「……アルクェイドに知られるのは……今夜辺りかなー」
はは。俺が金色の瞳とでっかい銃器で脅されてるのが目に浮かぶよ。
「そう言うときになったら、助けてあげるわよ」
「また、ややこしいことが増えたなぁ」
こうして、しばらくの間、アルトルージュさんが遠野家に居候することになった。
――ちなみに。
またしても、俺の部屋に遊びに来たアルクェイドは、敏感にもアルトルージュさんの気配を察知して、大乱闘を展開。
遠野家の一部を破壊して秋葉の説教を二人して喰らっていた。
二人並んで正座して神妙に聞いている姿は、姉妹だなと思わせる物だったことを追記しておく。
最後に。
俺は琥珀さんの奸計により、二人の乱闘の中に放り込まれて、毎度の如くベットで寝込んでいた。
だから、どうして俺はいつもこういう役回りなんだろうか。