「じゃあ、この場合は距離を取ると?」
「一般的にはそう考えるだろうな。相手の間合いで戦おうなんてのは相手が格下の時だけだ。まあ、そんなときは絶無と言って良いがな」
「恭也さんの場合は?」
「二、三度攻撃を誘って様子を見る。場合によっては攻撃の瞬間に踏み込んで気絶させるが」
「恭也さんが踏み込める最大距離は?」
「教えない」
「……ケチ」
「死活問題だ。俺が出来る事を知られる事が、即ち俺を封じる事になるんでな」
「シグナム副隊長は知ってるんですか?」
「あいつが知ってるのは模擬戦仕様の俺の間合いだけだろう。まだあいつ等の前で対人用の戦いは見せてないから、知らないんじゃないか?」
「とことん秘密主義ですね」
「侍とはそう言うものだ」
「はあ、良く解りませんけど」
「解らんでいい」
「じゃあ、基本的に肉体派の魔導師を近づけない事が私が取るべき戦法って事ですか?」
「そうなるんじゃないか?」
「なんか、投げやりですよね?」
「俺の事じゃないしな」
「もう少し親身になりましょうよ」
「嫌だ」
「子供ですか、あなたは」
「子供でいたかった……」
「遠い目で言わないでくださいよっ」
「本音なんだが……」
「そんな本音は捨ててください」
「嫌だ」
「あー、まったく」






















Dual World StrikerS

Episode 06 「剣士」
From "Lyrical Nanoha StrikerS" (C) 2007
Presented by 大岩咲美 [TRASH BOX type2]





















 異様な光景だった。
 スバルにはそうとしか形容できなかった。他にこの状況を言い表せる言葉があったら逆に訊ねたいくらいに。
 それは隣にいるなのはも同じなのか、二人の会話を眺める人々は一様に空いた口が塞がらないようである。

「えーと、恭也さん? ティアナ?」
「なんだ、揃いも揃ってこんなところに来て」

 事後処理のためこの場にいない副隊長二人を除くフォワード陣と課の責任者であるはやてが反省室を訪ねると、何故か恭也とティアナが向かい合って、和気藹 々と談笑していたのである。全く反省した様子もなくそんな事をされていれば普通は叱るべきなのだが、つい昨日に私的に戦闘行為までして対立していた二人の 関係が一気に変わっているのを見せ付けられて、どう対処して良いのか解らなかった。
 はやての考えでは、一晩反省室に押し込めて、その後に謹慎処分を言い渡しつつも、六課の戦力的に二人の欠員を出す事が出来ないので、本局には内緒でティ アナには訓練、恭也には普段通りの業務を行ってもらうつもりだった。二人の関係の修復も口添えをしなければと意気込んでいたのだ。
 なのに、これである。
 はやては頭を抱えるしかなかった。抱えざるを得ないとも言う。

「えーと、ティアナ、反省はした?」
「海よりも深く」
「恭也さん、ホントに反省してましたか?」
「山よりも高く」
「二人とも、ホンマに反省したんよね?」
『それはもう盛大に』

 拙い、汚染度が酷くなってやがるっ。

「てぃ、てぃあ! 今すぐ精神病院に行こう! このままだと、このままだとティアがやばいよ!」
「はあ? 何言ってんのよ?」
「自覚症状がないっ! 八神部隊長! 危険です!! ティアが、ティアがぁ!」
「リイン!! グリフィス君に至急連絡や! 「高町菌重汚染患者発生」って通達して!」
「はいです! ティアナ、気を確かに持つですよ!!」
「ヘリじゃ手遅れになりそうだから、私が全速力で運ぶねっ!」
「任せたよ、フェイトちゃん!!」
「…………」

 恭也は無言で立ち上がり、錯乱している――少なくとも恭也にはそう見える――面々のデコに伝家の宝刀をぶち込んだ。

「落ち着け」
「はきゅっ!?」
「もきゅっ!?」
「へきゅっ!?」
「うきゅっ!?」

 接近するまでの所作が全く知覚出来なかった事にティアナは深く感銘し、エリオはその動きを参考にしたかったが見えてなかったので参考に出来なかった事を悔やみ、キャロはパニクんなくてよかったと胸を撫で下ろした。

「中々楽しい場の盛り上げだが、俺自身が不愉快なので止めろ」
「うぅ、久々に味わったよ、この感触」
「デコピン、デコピンはいややぁ」
「は、はやて、気をしっかり持って!」
「こ、これが高町隊長の得意技ですか! ぉぉぉ、こ、後頭部まで突き抜けたのに脳が痛いっ」
『えーと、緊急入電を受けたんですけど?』
「ああ、なんでもないから通常業務に戻れ、グリフィス」
『了解しました』

 触らぬ神に祟りなしと決め込んで、グリフィスは通信を切って逃げを決め込んだ。

「それで、態々足を運んだ用件は何だ?」
「その前に、二人とも一晩中同じ部屋におったんですか?」

 いち早く復活したはやてが目下最大の問題事項を質問していた。こればっかりははっきりさせなければならない事なのだ。何せ、反省室には反省させる為に入 れたのだ。なのに、それを抜け出して、二人で一晩雑談し、更には狭い部屋に若い女子と油の乗った(実際には体脂肪4%)男と二人きりと言うシチュエー ション。
 ――問い詰めねばなるまい。

「いや、ランスターが来たのは朝方だ。最初は暇潰しに通信で話してたんだが、途中からイメージ戦闘になってきて、それだと通信じゃあ臨場感が出ないと言って、俺の部屋に来た」
「ティア!? そんな、ティアはそんな事する人じゃないって思ってたのにっ!」

 なににショックを受けたのか、スバルの背景に稲妻が落ちていた。

「ちょ、みんな変な勘違いしてますって!! 私は恭也さんに近接戦闘の魔導師が状況によってどう考えるのかを聞いてただけですって!!」
「きょ、きょうやさん!?」
「あ」

 耳ざとく恭也に対する呼称を拾ったはやては、ティアナに詰め寄った。

「え、なに、どゆことなん? ティアナ? 高町隊長やよね? 高町隊長やったよねぇ?」
「え、いえ、で、ですから、その、ですね?」
「うんうん、私、よう解っとるよ? だから、ちょっと課長室で事情聴取しよか」
「あ、だ、駄目ですっ! そこに行ったら私が終わる気がします!!」
「腐腐腐、よう解っとるやないか。流石チームリーダー」
「ス、スバル! 助けて!」
「私も同席して良いですか?」
「もち」
「この裏切り者ー!!」

 連行される若き二丁使いは、その命運を燃やし尽くされようとしていたが、誰も止めはしなかった。恭也は面白がっているだけで、なのはは苦笑と場合によっ ては本当に病院行きを考え、フェイトは「乗り越えちゃったんだね……」と涙を浮かべ、エリオは「もう逸般人になりましたか、ティアナさん」と諦観し、キャ ロは空腹で暴れるフリードを叱っていた。
 なにがあろうともこの調子を崩さない面々は、もう一般人に戻れない高町菌感染者である。

〜・〜

「――それで、本当のところはどうなんですか?」

 場所を食堂に移した面々は、朝食を取りつつ先ほどの話の詳細を恭也から聞きだそうとしていた。

「さてな。まあ、懐かれたんだろ」
「お兄ちゃん、ホント小さな子を手懐けるの上手いよね」
「人聞きの悪い事を言うな。犯罪者にしか聞こえないだろ」
「そう言ったんだよ」
「ほほう、もう一発くらいたいようだな、お前」
「あ、やっ、短時間で二回も貰ったら私でもキツイって!!」

 必死の抵抗を見せるなのは。恭也は上げかけた左手を下ろして、もうしないと言った。威嚇だけで十分お仕置きしたと言う事らしい。

「あの、ティアナさん、大丈夫なんでしょうか?」

 気遣い気にキャロが誰に言うでもなく呟いた。
 恭也は眉間に深い皺を作って、深刻そうな表情をした。

「やばいかもな。あの状態のはやて嬢は、ヴォルケンリッターをマジ叱りする時の顔だった」

 ひぃっ、と小さく悲鳴を上げるキャロ。その怖がりようは度合いが深いようで、エリオとフリードが必死に宥めていた。

「恭也さん、態と話をずらさないでくださいって。キャロが聞きたかったのは昨日の戦闘行為についてですよ」
「は? もう罰則が下ったんだから、決着しただろ」
「本気で言ってるの?」
「……やれやれ」

 この件は、あまり触れない方がいいと彼は思うのだが、この二人の上官は聞き出したいらしい。

「まあ、昨日の一件でガス抜きと目的の再確認が出来たようだから、今までとは多少違ってくるんじゃないか? お前達に解りやすく言えば、プラス方向の考え方になったはずだ」
「今まではマイナス方向だったって言うの?」
「そこまでは知らん。俺が知ってるのは、さっきまで話してて、負の気配がない事だけだ」
「……頼りになるんだかならないんだか、解らないね、ホントに」
「頼りにするな、前提として。お前等だって一人立ちしてるんだから、人に頼るのは自分が出来なくなってからにしろ」
「それはそうなんですけど……」
「なんとなく、お兄ちゃんがいると任せたくなるんだよねぇ」

 二人が、いや、はやてを含めて三人がどうしてそう思うのかは知るところではないが、恭也にしてみればいい迷惑だ。

「あいつの教官はお前たちなんだから、ちゃんと面倒見ろよ? 自分の仕事まで人に任せるんじゃない」
「それはしないけど……」
「昨日のあれを見る限り、フォローが行き届いてなかった気もするがな」
「うっ……」

 ああ言う事が起きないように教育していくのが教官の勤めのはずだ。ましてや、なのは達はティアナがああいう考えに至った経緯を知っている。だからこそ、そのケアもしなければならなかった。
 無論、恭也とて彼女達が何もしなかったとは思っていない。しかし、ティアナはああして暴走紛いの行為に走ってしまった。監督不行き届きと言われても仕方がない事だ。

「今後はこう言った事のないようにな。俺は構わないが、ランスターの懐具合がかなりヤバ目になってる事も覚えておけよ」
「それを言ったら、恭也さんもそうなんじゃないですか?」
「いくらか蓄えはある。半年程度ならなんとかなろう。が、ランスターの場合、その蓄えを作る前に減俸食らったからな。この先はひもじい思いをしてそうだ」
「なのは、出来るだけ気にかけよう。餓死しないように」
「それは大げさじゃないかな、フェイトちゃん」
「でも、餓死って怖いですから……」
「キャロ?」

 やけに実感が篭っている風に言う少女に、エリオは気遣わしげに彼女の顔を覗こうとしたが、その手前でキャロは笑顔を見せた。無理矢理さっきまでの表情を隠すかのように。

「なんでもないよ、エリオ君」
「そう?」

 今は踏み込まないで欲しいと言うサインをエリオは受け取り、これ以上の追及は避けた。いつか、話してもらえれば良いなと片隅で思いながら。

「あ、そう言えば、お前達この後の俺の仕事って何か知ってるか?」
「……それを聞く辺り、駄目局員だよねぇ」
「と言うか、はやて嬢が教える前にランスター引っ張って説教しに行ったからなぁ」
「なんて要領の悪い……」
「俺の人生は大体要領が悪い」

 予定通りに進んだ事は少なく、予定を妨げるものの多くが身内絡みと言う仕様。なんと苦難の多い人生だろうか。誰かに代わって欲しいと常々思う。

「まあ、反省文は書かなきゃいけない事だけは解るがな」

 気が重い、と恭也は思う。彼にとって長文作成ほど手間取る作業はない。はやてだったなら、日本語でも許してくれそうなのが唯一の救いか。しかし、へそを 曲げてミッドチルダ語で書けと言われたら、恭也は恥も外聞をかなぐり捨てて泣きつくかもしれない。と言うか、泣き落としする気満々だった。

「そっちはこれから朝練だったな?」
「ホントならそうなんだけど……」
「ランスター待ちか」
「はい、そうなっちゃいましたね」

 出来れば早めに説教が終わって欲しいのだが、それを望むのは少々酷か。
 一同がそう思っていると、意外な人物が食堂に顔を出した。

「ただいま戻りました」
「ティアナさん!?」
「ぶ、無事だ! ティアナさんが無事だ!?」
「しかも普通だ!?」
「普通の状態ですよ!?」
「巡り巡って一周したか?」
「……これは心配されてたと言う事なのかしら?」
『ザッツライト』

 ああ、無駄に呼吸が合ってるのは一体誰の教育のおかげか。ともかく、ティアナ・ランスターのご帰還である。

「それで、大丈夫なの? えっと、色々と」
「ええ、大丈夫です、色々と。思い出しましたから」

 いっそ清々しい笑顔が不気味だった。あれだけの事をした次の日にこの表情である。頭の配線が間違って接続されてないか心配で仕方ないのだが、話している限りまともなので、対処しづらかった。

「エリオ、あんたが言った事、当たってたわ」
「それは何よりです」
「あんたもその口?」
「ええまあ、今回ほど大騒ぎにはなりませんでしたけど……」

 照れくさそうに笑うエリオに、ティアナも照れ笑いを見せた。

「これであの人は何もしてないって言い張りますからね」
「あー、それはよーく解るわ」
「感謝させてくれないところが意地悪なんです」
「あー、それもよーく解るわ」
「……えーと、二人とも物凄く共感し合ってるところ悪いけど、朝の訓練するよ?」

 いつまでもしみじみ頷いていそうなエリオとティアナになのははそう言った。いい加減、時間がなくなってしまいそうだったからだ。

「あ、はい!」
「すぐ着替えてきます!」
「じゃあ、待ってるからね。スバルとキャロは訓練フィールドのセットお願いできるかな?」
「了解です!」
「任せてください!」
「なのは、私はヴィータ達呼んでくるね」
「うん、お願いするね、フェイトちゃん」

 三々五々。慌しく動き出した面々を、恭也は朝食の味噌汁(信州味噌)を啜りながら眺めていた。内心、若いな、と羨みながら、生暖かい視線で見守っていた。
 のだが――、

「恭也さん」
「はやて嬢か」
「ええ。ところで、朝ご飯は済みました?」
「見ての通り途中――」
「ああ、あんまり胃に入れんほうがええよね。丁度良かったわ」
「は?」

 恭也のトレイを覗き込んではやては一人納得すると、恭也の襟首を引っつかんだ。

「さて、行こか」
「……やれやれ、やっと説教か」
「ちゃうよ」
「ん?」

 待ちに待った説教を聞き流す気満々だった恭也だったが、はやてが行こうと言う場所は課長室ではないようだった。であれば、一体どこに行こうと言うのだろうか。

「恭也さんにはお説教はせーへん。もう治らんもんは治らんと諦めた」
「ふむ」

 それを聞いて、今後の小言が減って楽になるなと考える。その分だけ、修行が出来ると脳内で計算を始める辺り、本当に彼は剣馬鹿だった。

「で、恭也さんには説教よりも罰則の方が効果がある思てな」
「罰則……もしかして、時間を取る奴か?」
「まあまあやな」
「…………」

 説教なら数時間で、しかも一回で終わるのに、罰と来れば、数度に渡って数時間拘束される。

 ――くっ、確かに効果的だっ!

 高町恭也の特性をよく知っているからこその処罰だった。これが古巣の隊だったならば、毎度の如く部隊長や班長が胃を痛め、喉を潰しながら説教して終わりだった。本当に、この子は自分をよく知っていると恭也は歯噛みした。

「何をやらせる気だ?」
「ま、来れば解ると思います」

 と言われてしまえば、恭也は黙って付いていく他なかった。

〜・〜

「じゃあ、次は模擬戦だね。私とフェイト隊長を交互に相手してもらうよ。私達を相手に、20ヒットの有効打を入れたらそこで終了。いいね?」
『了解!』
「じゃあ、先ずはフェイトちゃんから――」
「――ちょう待ってぇな、なのはちゃん」
「へ? はやてちゃん?」
「それに、恭也さんも……」

 珍しい人物が二人登場した事に、なのはとフェイトは心底驚いた。
 基本的に、はやては訓練する事は殆ど意味がない。彼女の役割は後方からの一撃必殺であり、全体指揮が出来ればそれでいいのだ。スバル達のように、体を張って戦闘技術を身に付ける事にまるっきり適性がないのも手伝って、訓練場に足を運んだ事は一度もない。
 対して、恭也は数回訓練中に顔を出した事はあったが、やはり彼も基本的に新人達の訓練に参加した事はない。まだ六課が稼動したばかりの頃、なのはに妙な難癖を付けられて強制的に参加された事以外にないのだった。
 二人のスタンスとありようからして、この場に用があるとすればなのはかフェイトにだろう。事件の進展があったのか、はたまた別の用件ができたのか。
 だが、はやてが告げた言葉はなのはとフェイトの想像の斜め上を行っていた。

「今日から、この人、参加させてな」
「は?」
「へ?」

 はやての細い人差し指が指したのは、何故か納得顔の恭也だった。

「この人って、お兄ちゃんを?」
「どうしてまた?」
「それが罰やねん」
「……ああ、なるほど」
「フェイトちゃん? なんで納得してるの?」

 はやての意図を察したフェイトに、未だ事情が飲み込めないなのはが説明を求めた。

「つまり、恭也さんはいくら叱っても言う事聞いてくれないから、奉仕活動をさせる事で処分を下したって事だね。それで、恭也さんに対して効果がある罰則を考えると『時間を取って、かつそれほど実にならない作業』がいいってはやては考えたんだよ」
「……ああ、なるほど」

 先ほどのフェイトと同じ台詞を吐いて、なのははようやく納得できた。
 つまり、恭也をこの訓練に参加させると言うのは、恭也にとって殆ど意味のない時間拘束になると言うのだ。
 現在のスバル達では四対一でも、室内戦闘と言う大分限定的な戦場下では勝ちは拾えない。しかし、六課の訓練フィールドのような開けた空間での戦闘となる と四人に圧倒的な分がある。四人が訓練しているのは主に、基礎訓練と四人一組のチームワークだ。いかな恭也と言えど、四人に攻め込まれれば一溜まりもなか ろう。殆ど封殺されると言い換えても良い。
 かくして、恭也は無駄に疲れた挙句、経験値も詰めないまま時間を浪費すると言う塩梅だ。

「剣の腕が磨けるようで磨けない状況に放り込むわけだね、はやてちゃん。汚いなさすが六課課長きたない」
「権謀術数が私の十八番や」

 胸を張って威張り散らす上司に、なのはとフェイトは揃って親指を立てて、「いい仕事です」と称えていた。
 その横で、恭也はティアナに捕まっていた。

「朝の続きなんですけど」
「……お前、少しは空気読めよ」
「ちゃんと読んでます。だからこそ今聞きたいんですよ。あっちはなんか盛り上がってますし」
「個人的に、あの三人が盛り上がると俺に不幸が降りかかるから、止めたいところなんだが」

 それが出来た試しもないので、結局放置してしまっているのだが。

「で? 続きってのは?」
「敵性体が20メートル圏内にいる時の選択肢です」
「ああ、それか。まあ、基本は攻撃、防御、回避だろうな」
「恭也さんはどうするんです?」
「……どうして俺個人?」
「セオリーは訓練校で散々やりました。今は恭也さんみたいな規格外が何を考えるか知りたいんです」
「昨日とは打って変わってズケズケ言ってくるな、ランスター」
「それで、どうなんですか?」

 ほんっとに強くなったな、ティアナ・ランスター二等陸士。

「……はぁ。まあ、手合いに因るが、飛針を投げて気を逸らした隙に近づくだろうな」
「……滅茶苦茶セオリーですね」
「兵法を知ってるなら、俺がやってる事は大体載ってるぞ」

 事実である。事実なのだが、それであれば、恭也が採る戦法が今まで通用してきたはずがない。兵法とは攻めと守りの表裏一体。一つの戦略、戦法には必ず破り方が存在するのだ。だから、教科書に載っているような兵法で切り抜けられたはずがない。

「あまり信用できませんね、それ」
「よく言われる」

 恭也自身は大した事はしてないと思っている事でも、この世界ではやや奇抜に映るらしい。まあ、そもそも世界の武力基盤がまるっきり違うのだから、兵法もそれに対応する為に形を変えている事が、意外に映るのだろう。
 こればかりは文化の違いから来るものなので、どうしようもない。

「――その辺りを実感してもらおうと思ってこの人連れてきたんよ」
「八神部隊長? どういう事ですか?」

 話し合いが終わったのか、はやてが恭也とティアナの会話に割り込んできた。しかし、割り込ませた言葉にいくつか疑問を抱いたスバルが、その真意を訊ねた。

「んー、まあ、なのはちゃんやフェイトちゃんから四人の事は聞いてたからなぁ。そろそろフォワード全員で連携訓練する段階まで来たって判断したんよ。それで、今日から恭也さんも参加するっちゅうことに」
「ははぁ、なるほどなるほど」
「いや待てはやて嬢。そうすると、なんだ? 俺はこの先こいつ等と訓練しなきゃならんのか?」
「むしろ今まで自由にさせてきた事に感謝して欲しいくらいやわぁ」
「くっ、先に餌を与え恩を感じさせる事で、良心に訴える作戦か! しかし! この俺に良心があると思っているのか!?」
「これ、通常隊長業務なんで、今までの隊長見習いの給料よりナンボか支給額がふえr」
「よしビシバシ扱くぞお前等!」
『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』
「あっさり手のひら返した!?」
「金に目の眩んだ亡者め!」
「なんとでも罵るがいいひよっこども!」

 なおも大人気ない、ヘタレ、ヒロインにメイン盗られる主人公(笑)、と罵られるが恭也はどこ吹く風だった。

「はいはい、じゃれ合いはそのくらいにして、訓練始めるよ。皆準備して」
『了解!』

 その場の勢いのままに各自準備に取りかかる光景をはやては眺めつつ、それでも何とはなしに視界の中に入れてしまう恭也の背中を見た。
 先ほどのやり取りであっさりと意見を翻してはいるが、恐らく彼は全く納得などしていないはずだ。そも、給料がどれだけ減ろうとも、最悪解雇されようと、 気にしないのだろう。そちらの方がどこ吹く風なのだ。彼ならば、どこへ行ってもそれなりに生きていけると彼女は確信している。
 ただ、それをしないのはひとえに帰る手立てが無限書庫しかないからと言う理由があるからだった。
 はやては知っている。時折、恭也は休日を利用して無限書庫へ入り浸っているのを。本人は別段隠してはいないが、その事を公言した事は一度もない。黙って 帰り道を探すのは正直言って業腹ものだが、自力で帰る方法を見つける事に意味があるのだろう。言わば、恭也の帰還は彼個人の問題であり、他の人間は関係な いのだ。

「寂しい話やな……」
「? はやて、何か言った?」
「いんや、なんも言っとらんよ」
「そう?」

 首を傾げるフェイトに、はやては笑顔で誤魔化した。これ以上深く考えたくなかった事もあり、彼女は父の背中を追う事に努めた。
 彼我の距離は凡そ50メートル。近接戦闘を主とする恭也にとって、この距離は開きすぎだった。しかし、ルーキー達にとって、この程度の距離は近距離に該当する。持ち前の魔力による身体能力の強化が、それを可能としているのだ。

「んじゃ、さくっと説明するね。今回はティアナ達がお兄ちゃんの実力を知ってもらうのが一つ。反対にお兄ちゃんがティアナ達の実力を知ってもらうのが目的。皆、あんまりやりすぎちゃ駄目だからね?」
「確実に集団リンチに遭うと思う俺の意見として、今すぐこの形式を取りやめてもらいたいんだが」
「じゃあ、作戦会議って事で十分間だけ時間をあげます。きっちり考えて、攻略してね、皆!」
『了解!』
「……フェイト嬢、これは家庭内暴力と受け取って良いのか? 買うぞ? 買っちゃうぞ?」
「なのはなりのコミュニケーションの一環だと思いますけど……」
「そんなコンタクトいらんっ!」

 家族愛について語りたい所であったが、折角貰った十分を無駄に浪費するのは避けたかった。

「……やれやれ、どうしたもんかね」

 模擬戦。しかも、あちら側は四人で、こちらは一人。どう考えてもリンチ確定のこの状況で、何が解ると言うのだろうか。
 向こうは一通りの戦力が整っている。後方射撃のティアナに、近接格闘戦のスバルのコンビは先の戦闘で見た限り、呼吸の合っている物だった。スバルが「相 棒」と言って憚らないだけの絆はあるようだ。加えて、エリオの高機動型の魔導師が二人の穴埋めをするのだから厄介極まりない。この三人が断続的に襲い掛か るだけでもフルボッコ気味なのに、この三人の能力を強化するキャロがいるのだから、この四人は完成され過ぎている。
 六課の特性上、この連携が必要だったのは知っているが、自分に向けられると攻略の糸口が殆どないのが頭の痛い話だった。

「……ふむ」

 適当に負けよう。恭也はそう考えた。
 戦えば勝つのが御神流だが、それは絶対に引けない状況に適応される理念であって、この場は言うなればお遊びのようなものだ。命がかからない限りは本気になる事も出来ない。遊びに本気になるほど、恭也は子供になりきれなかった。

「はーい、十分経ったよ。各自、準備は良いかな?」
「大丈夫です!」
「いつでもいけます!」
「……はあ」

 各々、意気込みを語り合い、ついに模擬戦の幕が上がった。

〜・〜

 先ずルーキーが取った行動は、スタンダードな構成による挟撃だった。
 恭也から見て右から先行してくるのがスバル。やや遅れて左からエリオが攻め込んでくる。真正面のティアナは銃口を恭也に向けたまま、エリオの背に隠れるように走っていく。キャロもそれに続いていた。
 中空に光の橋が架かる。ウィングロードを疾走しながら、スバルは右腕を大きく構えた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 十分に乗った加速を右腕に篭めて、恭也に襲い掛かる。
 恭也は次に来るであろうエリオの追撃を考慮して、スバルの拳撃に対処する事にした。
 振り下ろされる右腕。
 恭也はその握り拳に左手をそっと添えた。

「へ?」

 体の内側から、しかも打撃点の拳に優しく手を添えるなど考えなかったスバルは、間抜けな声を上げてしまった。
 恭也はそのまま左手でスバルの一撃を押し、体を強制的に開かせる。
 同時に、恭也はスバルの軸足を払い、彼から見て左側へ体を流させた。
 天地が逆転したスバルを、恭也は突進してきていたエリオの方へ投げ放った。

「ひゃああああああああああああああああああああああ!?」

 しかし、これを読んでいたのか、エリオは飛んできたスバルを躱し、恭也に肉薄する。手前2メートルを残して、エリオは先日受け取った教訓を活かした攻撃――突きの連打を仕掛けた。
 ――が、一撃目の突きを軽快に躱した恭也は、あっさりとストラーダの柄を握りこんだ。

「――――!?」

 一体どんな握力なのか、エリオの体重まで乗った突きの勢いを完全に殺していた。エリオはストラーダを奪い返すべく、蹴りを打とうとしたが、獲物を握りながらの不安定な蹴りの速度は子供でも避けられるものだった。
 そんな蹴りを喰らってやる義理もなく、恭也は少年騎士の右肩を押してその場に転がす。
 次いで、手に持ったストラーダを返すとばかりに、エリオの顔面に突き立てるべく振り下ろした。
 その寸前でどうにかエリオは顔を反らせた。
 しかし、依然エリオの不利は変わらない。
 恭也が追撃をかけようとし、ストラーダを持ち上げるが、次撃は来なかった。
 代わりに、恭也は少年の愛槍で魔力弾を切り払っていた。
 一瞬だけの隙を突き、エリオはその場から脱出。手元にデバイスはないが、五体満足で体勢を立て直せたのがせめてもの救いだろうか。
 再び恭也とスバル達の間合いは50メートルとなった。この距離ならば、一先ず恭也の攻撃が届く範囲ではない。
 場が落ち着いたのを見計らって、ティアナは全員に念話を送った。

『先ず最初に言うわ。――――スバルのアホ』
『う、うぅ、ごめぇん。だ、だってさ、あんな風にされるなんて思ってなかったんだよ!!』
『ったく、あれだけ気をつけるように言ったのに、全く解ってなかった訳ね、あんたは』

 先の十分間の作戦会議。ティアナは、直接殴りあいになるであろうスバルに、口を酸っぱくして言ったのだ。油断するな、と。恭也は魔力こそ低いものの、格 闘戦に於いてはシグナムとタメを張る。前二回の出撃でも、ティアナは彼の戦いぶりをモニター越しではあるが見直したのだ。それを見返すにつけ、今のスバル では恐らく十秒立っていられればいい方だと結論付けていた。

『あっちは格闘戦のエキスパートよ。魔力なしでやったらアタシ達じゃ瞬殺されるわ。魔法様々よね全く』

 あれだけ低い魔力量に嘆いていたが、今はこの力がどれほど頼り甲斐のある力なのかはっきり自覚できた。

『すみません。僕も油断がありました。知っていたはずなのにっ』
『とにかく。気を引き締めるわよ。あの人の攻略法は今のところ、遠距離からの弾幕攻撃くらいしか思い付かないんだから、あんた達は壁になってもらう』
『二人のバリアは出来る限り強化しますから、安心してください!』

 恭也の実力を肌で感じ取った四人は、仕切り直しをした。
 今度は油断はない。
 何をされようと、対応して見せると意気込み、恭也を鋭く睨んだ。
 対して、恭也は腕を組み、何か思案をするような仕草をしていた。一見隙だらけに見えるが、エリオとスバルには隙らしい隙が見当たらなかった。どこを突っついても投げられてしまうイメージしか湧いてこない。その二人の高ぶる緊張を断ち切ったのは、他ならぬ恭也だった。

「あー、ちょっとタイムだ」
「は?」
「へ?」
「なのは、タイムだ」

 強引に戦闘を中断させてしまった。一体何を考えているのだろうか。
 恭也は持っていたストラーダをエリオに投げ寄越し、離れていたなのは達に近づくべく歩き出していた。

「え? えぇ? な、なんで? どうして!?」
「別に止めるつもりはない。ちと、武装を変えるだけだ」
「あ、そうなの?」
「じゃあ、私達が預かりますね」
「頼む。細かいのもあるから失くすなよ?」

 と言って、恭也はなのは達に自分の装備を渡し始めた。
 のだが……、

「飛針が三〇本……」
「鋼糸が十二本。内零番が三本……」
「小刀が十六本……」
『カートリッジがマガジン二本分……』
「よし、こんなもんだろ」
『一体どこに持ってたの!?』

 出るわ出るわ、刃物の数々。
 飛針は腕のバンドに嵌めてるし、鋼糸もベルトのホルダーに提げているのでまだ解るが、小刀が一体どこ納まっていたのか全く解らなかった。
 しかも驚く事に、これだけの装備をしてなお、通常装備なのである。完全武装時には、これらにプラスしてカートリッジマガジンが二本、鋼糸が全種三本、飛 針が新たに三〇本追加される仕様。しかも、これまたどこに持ってるのか解らないように装備するので、見た目でこの男の危険度を測る事はかなり難しい。

「さて、やるか」
「……と言うか恭也さん、これってもしかして私達舐められてます?」

 全武装の内、恭也がメインに使う小太刀二本以外の全てを預けてしまっている。つまり、その二刀があれば十分と判断されたのだ。これが舐められてないと言えようか。

「いや、さすがにあれ使ったら怪我のレベルじゃすまなそうだしな。嫌だろ? 目にあれが入るとか」
「ひぎぃ!」
「キャ、キャロ!? 大丈夫だから! 高町隊長もさすがにそれはしないから!」
「そ、そうだよ! だからああやってフェイト隊長達に預かってもらってるんだから!」

 想像してしまったキャロを宥めるエリオとスバルであるが、よほどリアルに想像してしまったのか、キャロの顔色が青白くなってしまっていた。
 それでも二人の説得もあり、どうにか落ち着きを取り戻すと、キャロは未だ目尻に溜まっていた涙をふき取って、気丈にも恭也を鋭く見据えた。度胸があるの かないのかいまいちはっきりしないが、この年代の少女にしては気丈な方だろう。一部、彼女以上に肝の据わった輩が身近にいるが、あれは例外中の例外なので あしからず。

「ほら、かかって来い。こっちとしても、お前等が腕を磨ける相手になるか見極めたいんでな」
「望むところです。隊長達は無理でも、恭也さん一人抑えられなくて、どうします」

 何気に酷い評価を下しているティアナがいた。

「やるよ、ティア!」
「もちのろんよ!」
『Load Cartridge』

 キャロを除く全員がカートリッジをロードした。
 これは訓練演習であるが、四人ともその事を意識的に無視したのだ。でなければ、相手にいいように遊ばれるだけだ。それに、ティアナは冷静な判断をしていた。
 二人の隊長と一人の部隊長がこの行為を止めなかった。それはつまり、ここまでの本気は許容範囲なのだろう。そして、それはここまでしても高町恭也にとってはあまり問題にならないレベルと思われているのだ。こちらは端っから本気だと言うのに。

 ――悔しいけど、納得も出来る。

 四人の中で、実際に戦ったティアナは解る。あの男は、魔導師を相手にして、魔法を使わずに戦える規格外、いや常識外なのだ。
 ティアナの魔力弾を物理的に破壊でき、誘導射撃をものともせず接近戦を仕掛けられる運動能力。そして、バリアジャケットの意味を殺す剣の腕。普通の魔導師ならば相手にしたくない存在だ。いや、そもそも物理攻撃だけで立ち向かってくる事を魔導師は想定しない。
 想定外にして常識外。そこに付け込む事こそがこの男の信条であり真骨頂だった。
 しかし、それは想定外であるからであって、確固たる認識をしていれば対処のしようはある。
 詰まる所、恭也を相手にするならば、遠距離からの射撃か、範囲攻撃を仕掛けるだけでいい。ただ、半端な射撃はその驚異的な体捌きで避け切られてしまうだ ろう。また、溜めの大きい砲撃も然りだ。ティアナの最大威力であるファントムブレイザーを砲撃した時、射線軸から姿を消すかのように移動したのが良い例 だ。そして残念な事に、ティアナ達の中で恭也に通用する範囲攻撃魔法を持つ人間はいない。そもそも、範囲攻撃を持っているのはキャロ――彼女の眷属である 幼竜フリードリヒだけだ。加えて、その発生速度は遅く、スバルでも中距離からならば離脱できる程度でしかない。
 以上の要素を鑑みるに、恭也に対して有効な戦術は唯一つ。スバルとエリオで相手を釘付けにし、キャロにブーストを掛けられたティアナの魔力弾で仕留めるしかない。
 第一次接触時はスバルの油断があり失敗。エリオの場合は、単純に実力差が露呈されただけだ。仕留めに向かった故の隙を突かれたに過ぎない。あれがもし足止めの行動を取っていたのなら別の展開があったはずだ。

『――いい? 要は回避不可能な状況に追い込むか、身動きできないように固めてからの遠距離攻撃よ。間違っても殴り合いなんてしない事。体術に限って言えば、シグナム副隊長以上なのを頭に叩き込んでおいて』
『了解!』

 念話で全員に目的を再確認させる。この考えが徹底されなければ、恭也を捕まえる事は出来ない。
 四人の意思を統一し、ティアナは眼前の不条理へ挑んだ。
 一方、恭也はどうしたものかと、悩んでいた。
 武装の九割を外したのは己の緊張感を高めるためだ。本心で言えば、刀すらも預けたかったが、万一の場合に備えて魔法が使える状況にだけはしておきたかっ たのである。ならばデバイスである不破だけでもよかったが、御神の剣士の血が流れる自分が小太刀一本だけと言う格好を許さなかったに過ぎない。結果、二刀 のみに落ち着いた。
 さて、恭也が何に悩んでいるかと言えば、どうすれば腕を磨けるかと言う一点だった。
 勤続十年になる戦闘屋としては、通常武装の自分ならば、新人四人が徒党を組もうとも今現在の実力差ならば捌き切れる心算はあった。最初のスバルとエリオ の攻撃、そしてティアナの射撃の腕を鑑みるに、全力で戦えばまだ制圧できる程度の技量しか持っていない。そんな連中を相手に腕を磨くとすれば、自分の戦闘 力を落とすしかなかったのだ。

 ――小太刀二本でどこまで誤魔化せるだろうか。

 自分を追い詰めてくれるならばよし。しかし、逆であれば、はやての言うように時間の浪費でしかない。
 恭也は内心で嘆息する。はやての意図が読めたからだ。恐らく、はやてはこう言いたいのだろう。

 ――自分の腕を磨きたいなら、ランスター達を鍛えろ。

 これは恭也への罰だ。罰を与えると共に、訓練兵を鍛えると言うはやての目論見。手の平で踊るのは癪だが、付き合わなければまた面倒事が身に降りかかるのは必定だった。なら、自分が場をコントロールできる状態の方が断然いい。
 結局のところ、恭也ははやての言いなりになるしかまともそうな道が残っていなかった。

「やれやれ」
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 恭也の溜息に隙を見出したのか、エリオはストラーダに命令を下す。

『Sonic Move』

 規定の進路を高速移動する魔法。移動中の方向転換、及び急停止は不可能。制動の使いどころが難しい移動魔法だが、タイミングが合えばこれ以上ない奇襲に 使える。そうでなくても目の前で唐突に高速で移動されれば相手は注意を散漫にする。この二つの利点をエリオは活かすべく、恭也の背後目指して駆け出した。
 スバルは二年のコンビ経験から、背後にいるティアナの射点がどこに狙いをつけるか知っていた。だが、ただの射撃が恭也に通じないことは先刻承知。スバルは自らをブラインドにし、ティアナの姿を隠す進路を採った。
 打ち合わせはなかった。だが、奇しくも前後からの挟撃と言う形になった二人の行動に、恭也はやはりその場から動く気配を見せず、棒立ちのままだった。
 スバルはモーションを最小限に抑えた右ストレートを放った。前回の教訓を活かしたのだろうが――、

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ――叫んでいては何の意味もなかった。その悪癖に懐かしさを覚えながら、恭也は背後に振り向いた。
 そこには、今まさに矛先を繰り出さんとする騎士がいた。
 抜刀、不破。
 ストラーダの刃先――鎬に不破を叩きつけ、追撃に肘を脳天に叩き込む。
 その時、ようやくスバルの拳が恭也の後頭部に迫った。
 それを見もせずに恭也は反応する。
 屈んで拳撃を躱す。
 だが体勢が悪い。
 攻撃時の隙を突く事は叶わず、スバルをそのまま素通りさせる。
 スバルの背後、そこにティアナの姿があった。傍に控えるキャロが制御式をブーストし、魔力弾の数を倍にしている。

「シュゥゥゥゥゥトォッ!!」

 ガラ声でティアナは叫んだ。
 自分に出来る最大数による包囲射撃。この前の『喧嘩』でも使った戦法だった。前回はあっさりとそれを打破されたが、今回は全てが違う。
 キャロの支援、スバルとエリオの連携。この二つの要素がティアナの射撃の隙をなくし、且つ恭也の足を止めてくれる。
 あの時とはまるで状況の違う、ティアナに有利なこのシチュエーションならば命中は堅い。
 命中すると言う事は、ほぼ魔力に対する防御が出来ない恭也にとって致命的とも言える事態だ。
 この勝負の大勢がほぼ決まる事を確信したティアナは、自然と口端を吊り上げた。
 自身を襲う数十の魔弾。体勢の悪さと過ぎ去ったスバルがウィングロードで急旋回しているのを視界の端に捉えながら、恭也は右手に八景を握り、呼気を発した。
 エリオは恭也の足元で朦朧とした意識の中で感じた。背中に圧し掛かる濃密な殺気を!

「――――!」

 鋭い息遣いと共に、二枚の刃が翻った。鉄屑が魔法を寸断していく様は、傍から見ていたなのはであっても顔を引きつらせる現象だった。
 都合七度、恭也は凶弾を斬り払った。それ以外の魔弾はティアナの制御が甘いのか、恭也とエリオがいる周辺に着弾するだけだった。
 斬撃の残心を取りつつ、恭也は頭上に上がっていく気配を感じ取る。
 ジェットコースターの回転セクションのようなレールを引いていくウィングロードを、青い少女が駆け抜けていた。
 恭也はエリオを蹴り飛ばし、退ける。足元にいると邪魔だった事と勇敢にも足首を掴みかかってきたので払ったのだ。
 着弾をすべて切り払われたことに顔を引きつらせつつも、即座に思考を切り替えたティアナはこの戦闘の展開を予測する。
 恭也は頭上のスバルに気を払っている。これは隙なのだろうか、と自問する。
 しかし、否定。
 距離からして、撃ち込んでも反応されるだろう。なら、この次の展開に彼が隙を晒す場面はあるか。
 ある。
 スバルの攻撃を捌いた時だ。どう捌くのかは関係ない。スバルと接触したその時こそが最大の好機だ。そこに全霊を込める!

『――スバル、気張りなさい!!』
『おう!!』

 その一言だけで通じる。コンビの相方に。

『エリオ君!』
『大丈夫!』

 チームメイトに。
 今、四人は一つになった。
 スバルの利き腕に填められたリボルバーナックルのシリンダーが回転する。カートリッジが打ち付けられ、グローブに魔力が充填される。
 この一撃、例え通じずとも押し通す!!
 理屈の通らない理屈を篭めて、スバルは拳を放った。
 今までの移動による慣性と落下の慣性、更には自重を乗せた強力な一撃を前に、恭也は不破に命令を下す。

強化プログラムCircuit of SOLDIER

 衝撃緩和魔法。
 体にかかる物理的負荷を軽減するそれを纏い、恭也はスバルの全力に応えた。
 下から拳を突き上げる。刀での迎撃を捨てたのは、単に折れることを嫌ったためだ。
 両者の拳がかち合い、その衝撃が二人の体に走った。
 硬直。
 二人の体が硬直する。
 その間隙、見逃せるはずがない。
 エリオは最速の一手を斬った。

『Sonic Move!!』

 がら空きの背中。
 いや、がら空きのはずがない。恭也の視線はエリオの姿をしっかりと追っていた。この超高速移動中のエリオをだ。
 刺突。
 最速の一撃。
 それを恭也は諸に食らった。

『――――!?』

 驚いたのはティアナだった。
 観戦していたなのは達でさえ、驚愕に目を剥いた。
 クリーンヒットしたエリオの突きの衝撃に恭也の体が吹き飛ばされる。
 その光景が信じられなかった。
 確かにあの状況、あの体勢ではどうあっても回避できなかっただろう。
 それは解る。そう追い込んだのだから解る。
 だが、その状況すら打破すると思っていた恭也があまりにも呆気なく攻撃を受けた事が、ティアナの指から引き金を遠ざけた。
 次瞬、エリオの怒声が響いた。

「まだです!!」
「え!?」

 吹き飛ばされた恭也は、中空で体をぐるりと回転させ、激突するはずだった大木に垂直に着地していた。
 エリオの突きは、防がれていたのだ。
 ストラーダの矛先は恭也の腰ではなく、裏腰に下げていた不破の鞘に当たっていたのだ。
 超高速状態のエリオの攻撃を見切ったのは、切り札の一つである神速状態に入っていたからだ。
 神速を知っているヴォルケンリッターやなのは達は勘違いしているが、神速とは身体のリミッターを外すだけの技能なのだ。視認出来ない速度で動けるのは、結果に過ぎない。
 御神流の主流は手数と高速度の攻撃展開によって他者を圧倒することにある。力比べを忌避し、相手に何もさせないことが主題だ。自身が高速で移動すること は、状況判断を何度も行うことになる。判断の連続の中で、一つとして誤らず敵を屠る選択を取り、最終的に『危険要素の排除』と言う結果を掴まなければなら ない。その結果を得るには、極限に高めた集中力が必要だった。
 そうした御神の歴史の中で、神がかり的な判断能力を得る人間が現れ始める。それが後に神速と名づけられる技法だった。
 状況判断の高速化。つまりは思考力の高回転化である。これはプロスポーツ選手に良く見られる現象だ。人は集中すれば時速200kmのテニスボールの回転 方向を視認し、正確な返球を行うことができる。だが、これはその場のシチュエーションや本人の意識など複数の要素が合致した時に見られる現象だ。この状態 を意識的に行うことは極めて困難である。
 それを意識的に行うことに成功したのが御神だった。
 極限の集中は身体限界の突破を可能にした。そして実現した結果、常人では視認が難しいほどの速度で動ける事が出来たと言うだけだ。無論、神速を最初に会得した剣士は、恭也達現代の御神の剣士が考えるような運用方法ではなかっただろう。
 死の境界に立ち、人為的に己の限界を突破する。その状況は確実に敵を相手にしているときであり、敵を殺すために生を見出すために心を澄ましたときに会得 した物なのだろう。そして、その結果として通常を超越した速度で敵を屠った。その様を見て『神速』と名づけたと推測できる。
 それを技術として確立して以降、御神の剣士は神速の価値を模索していく。そして、医学が発達し、神速が実は肉体の限界を一時的に解除している事を知った時、神速の運用法ががらりと変わった。
 神速とは即ち、環境の認識速度の向上。判断力の一時的な加速が真価なのだと。
 そして、判断を一瞬で行えるなら、行動も一瞬だけでいい。
 元々限界を突破しているのだ。長い間その感覚に浸れる訳ではない。一瞬、刹那の時間だけ解放できれば、御神にとっては十分であった。

 ――御神流奥義之歩法 神速

 一瞬だけ体の限界を超える。人本来の筋力を解放し、恭也は下半身に力を込めた。
 足場にした大木を蹴る。感覚としては垂直飛び、実際には真横に飛び出す。
 恭也はティアナとキャロに狙いを定めていた。
 キャロは自分に向かってくる恭也の姿に怯えの表情を見せながらも、ティアナと自分を覆う物理フィールドを形成した。
 一閃、二閃。
 刀が煌いた。

「きゃあ!?」

 展開した物理防壁が破壊された。いや、正確には斬り裂かれた。
 恭也にとって見れば、物理的に存在し、金剛石未満の硬度を持つ物体なら、大抵は寸断できる。そもそもが、恭也を刀の届く距離まで近づけた時点で、ほぼ敗北は決まっていたのだ。
 怯んだキャロのどてっぱらに容赦なく蹴りをぶち込み、隣にいたティアナに八景を向ける。
 だが、ティアナは今までの状況を見ていて、なお冷静さを失っていなかった。
 その証拠に、クロスミラージュの銃口に圧縮された魔力が装填されていた。

「ヴァリアブル――!」

 構えた弾丸は一撃のみ。この近距離ならば何を撃っても当たるが、この距離をして迎撃される恐れがある事から、ティアナは硬化弾殻を持つこの魔法を選んでいた。

 ――必中!

 発射された弾丸が恭也を狙い撃った。射点のセオリー通りに、身体の中心に狙いを定めている。例え回避されようとも、体のどこかに損傷を与えられるはずだ。
 この渾身の一撃、受けて見るがいい!!

「――シュゥゥゥゥゥゥトォォォォォ!!」

 打ち出されたランスターの弾丸。
 大気を切り裂いて突き進む必殺必中の弾丸が恭也に襲い掛かる。
 恭也は迎撃体制に入った。
 右に握った八景を逆手に握り直しつつ、対に握っていた不破を弾殻に叩きつける。
 不破のフレームが軋みをあげる。
 恭也の左腕に軽く痺れが来た。
 不破の斬撃を受けたランスターの弾丸はその形を守ったまま、不破の刃を押し込めて行く。
 この時、フォローに向かっていたエリオは違和感を感じた。
 恭也の剣閃を受けて、ティアナの弾が砕かれていない。
 先ほどとは違い、外殻を纏ったものなのは理解できる。
 だが、ティアナには悪いが、その程度の硬度で恭也の刃を防げるとは思っていない。先日に起こった『喧嘩』で、ティアナのバリアジャケットを素で斬り裂いているのだ。
 しかし、現実は、恭也がティアナのヴァリアブルシュートに押されている。
 それを好機と判断し、エリオは恭也の背を目指して走り出した。
 左腕に走る痺れを無視し、恭也は背後から距離を縮めてくるエリオの気配を悟る。
 背後から攻めるのならば、せめて足音を消せとこの後の説教事項に一項目追加し、恭也は八景の柄頭で不破の峰を叩いた。
 峰からの一撃で刃に乗せていた弾殻を上へかっ飛ばす。
 自身の決め手を非常識な方法で打ち破ってくれた上司にティアナは怒りの形相で、愛銃の引き金を絞った。
 打てた弾数はたった二発。
 一対の銃で一発ずつのみ。
 彼女はたったそれだけしか撃てなかった。
 眼前に迫った恭也の微妙にやる気のない顔が覚えている限りの最後だった。
 ティアナの腹に一撃を決めた恭也は左踵を軸に回転。
 振り返った先に、槍を構えたエリオを視界に収める。
 彼我の距離はおよそ5メートル。
 エリオの間合いであり、恭也の間合いでもあった。
 エリオはストラーダにカートリッジを填め込んだ。
 間をおかず撃鉄を打ちつけ、魔力の充填を図る。
 圧縮された魔力がストラーダの矛先に集中していく。
 それと同時、恭也は不破を鞘に収めた。
 右の握る八景を前に構え、不破の柄に左手を添える。
 間は3メートル。
 1メートル。

 ――激!

 衝突したのは両刃。
 金属片が赤熱し、宙を舞う。
 速度強化、筋力強化をしてなお、エリオの一撃は恭也の一撃と互角だった。
 その事実に、エリオは驚く。
 その光景を目にし、フェイトが目を剥いた。
 二人の驚愕と同時、恭也もまた驚きの表情を見せていた。
 自分の一撃が相殺された事実が、彼にその表情を作らせた。
 彼の中では今の攻防の敗北は自分に降りかかると思っていた。
 力関係で言えば、魔法による付加を得たエリオに打ち負けるはずだったのだ。
 そうならなかった要因にすぐさま思い至ったが、追及は後に回す。
 左手に握る相棒のコアが少しだけ光った。
 両者の体勢は攻撃後の硬直中。加え、力の衝突により硬直時間が引き延ばされた。
 エリオは次に打つ行動の選択肢が三つあることを把握した。
 一つ、この場からの離脱による仕切りなおし。
 一つ、硬直を無理矢理無視しての追撃。
 一つ、相手の攻撃に備え、防御を取る。
 彼は、二つ目を選んだ。
 迫撃。
 気合、根性などの精神を槍に込めての突き。
 その突きの速さは、彼が持ちうる最速のものだった。
 だが、状況が同程度だった恭也もまたエリオのように行動の選択肢が存在した。
 但し、彼がとる行動はいかなる選択肢があろうとも、一つしかなかった。
 それは彼の矜持から来る意地によってなされるもの。
 すなわち――、

(この世界で、白兵戦で遅れを取れるものかっ!!)

 逆さに握っていた八景を常のような繊細な扱いを捨て、ストラーダの矛先に叩きつけるように振った。
 弾き飛ぶ獲物。
 エリオのストラーダと恭也の八景が互いの握力の外へと開放される。
 デバイスを失ったエリオは、しかし諦めなかった。
 自分だけで実行できる初級電撃魔法を放つ。
 狙いは恭也の左に存在する不破。
 左半身を一時的に麻痺させ、恭也の戦闘力を下げる狙いだった。
 その目論見は成功する。
 筋肉が引き攣り、握力を失った恭也の左手から不破が滑り落ちた。
 その好機、逃してなるものかとエリオが肉薄する。
 幼い四肢を目一杯揮い、最近様になったシグナム仕込みの体術を決めにかかる。

 ――――そこで、少年の視界は暗転した。

〜・〜

「はい、状況は終了。結果としては、お兄ちゃんの一人勝ちだったね」

 と、なのはが締めたところで、新人達――若干一名を除いて、膝をついた。

「もう二度とやりたくない……」
「うぅ、私また瞬殺だったよぅ」
「まだお腹痛いです……」

 声の上がらなかったエリオは未だに気絶中だった。
 エリオの頭を膝に乗せながら、フェイトは最後の一瞬を恭也に訊ねていた。

「最後って、なにをしたんですか?」
「君ならそれくらい見えてただろう?」
「恭也さんがエリオの頭に何かしたところまでは見えましたけど……手が速過ぎて何をしたかさっぱりで」

 模擬戦の最後。
 エリオが全霊で挑んだ最後の一合で、恭也がどうやって少年を気絶させたのか。
 高機動型魔導師たるフェイトでも見えなかったようだ。
 フェイトの疑問に、恭也は痺れが抜けてきた左手の感触を確かめながら答えた。

「顎と米神を小突いただけだ」

 ボクシングの右フックの二連撃を打ち込んだと言う。
 場所が場所なので威力は最小限に抑えたと言い訳も付け加えていた。

「フックの二連打? って結構難しくない?」

 それを聞いてはやてが見様見真似でやってみたが、恐ろしく難しかった。
 まず、一打目のフックを放った時点で、体が左へ流れる。
 それを無理矢理腰の回転で戻そうとして、バランスを崩した。

「お、おわっ!?」
「鍛えてない人間がやるとそうなる」

 倒れそうになるはやての腕を恭也が掴んだ。

「あ、ありがとうな」
「いや」

 短い返礼をして、恭也は注釈を入れた。

「フックの二連撃と言ったが、条件として二つの攻撃が間髪入れずに行われなければならない。でなければ相手を殺せないんでな」
「だから、簡単に殺し技を使わないでください」
「威力は最小限に抑えた。後三十分もすれば起きるさ。ああ、脳に異常はないぞ。単に酷く酔って倒れただけ何でな」

 三半規管を激しく揺らされた事で乗り物酔いの酷い状態にしたらしい。

「元は他流の奥義の一つだぞ。この技の恐ろしいところは、顎を完全に砕いて、米神の一撃で頭蓋骨を陥没、または押し潰す。この時の手は掌底、つまりジャン ケンのパーでやるところにある。グーだと自分の指も折るからな。しかも、顎か米神かは咄嗟に切り替えられる。これほど防御が難しいものは早々ないぞ。流石 奥義と呼ばれるだけの業だ」
「いや、その前にそのグロい説明を楽しそうにされるとこっちの気分が滅入ってくるんやけど」
「なにっ!? 楽しくないのか!?」
「それを楽しく考える恭也さんはやっぱりちょっと異常かと……」
「フェイト嬢!?」

 まさかのフェイトからの評価に、恭也は愕然とした。

「……まあ、いいが。ああ、あと、モンディアルが起きたら言っておけ。身体強化の魔法を使ったとて、力技だけだと体を痛めるとな。素の斬撃で相殺なんて起こるのは、体重移動が出来てない証拠だ」
「あ、はい。言っておきますね」

 そこではやては締めに入った。

「ま、今後もこんな感じで訓練してやってください」
「いつまでやればいいんだ? あれか、こいつらを美由希並にしろと言うなら、今すぐ辞表を出すぞ」
「んな訳あるかい。いつまでって言ーたら、六課にいる間中や。頑張ってお仕事してな?」
「…………」
「ほいじゃ、私は仕事に戻るから、後よろしくー」

 恭也を言い含めたはやては自分の執務に戻るべく、その場を後にした。
 その後姿を憎々しげに睨む恭也だったが、ふと気を和らげた。肩を竦めた所を見るに、はやてに言葉に従うと言うことなのだろう。
 それを間近で見ていたフェイトは、そこに二人の絆を見た。
 双方、今までのやり取りは確かに今の状況では必要な対応であり、今後は必須になる事柄だった。だが、必要だからと言って納得できる人間は少ない。だから、納得できる形、あるいは状況や承服できる流れが欲しかったのだろう。
 恭也は口で言うほどこの模擬戦闘訓練を嫌っていなさそうだ。けれど、自分の修行時間を削ってまでこちらに時間を割くのならば、相応の理由が欲しかったのではないだろうか。
 フェイトはエリオの頭を撫でながら、そう思うのだった。

〜・〜

 さて、恭也が模擬戦に参加しだして早一週間。
 新人達の疲労度は、洒落にならないほど溜まっていた。

「ちゃちなフェイントだな。子供騙しだぞ、モンディアル」
「くっ」
「予備動作が必要なら、それを隠す工夫をしろ、ナカジマ」
「うきゃっ!?」
「狙いが丸見えだ、ランスター」
「わきゃっ!」
「援護だけではパターンが足りないぞ、ルシエ嬢」
「きゃあ!!」

 作り上げてきたコンビネーションの粗をとことん突かれ、身に着けた技術が悉く打ち破られ、寸前まで追い詰めたと思ったらあっさりと逆転され続けた。
 そんな折、恭也が通常業務へ戻ったのを見計らってなのはが四人に訊ねた。

「一週間経って、どう?」

 漠然とした問いだった。だが、四人はこの一週間で溜め込んだあらゆるものをぶちまけた。

「強いです! 理不尽に強すぎです!」
「なんであの人三等陸士なんですか!? 階級詐称してますよね!?」
「痛くされないように手加減されてるのが腹立ちます!!」
「フリードが恭也さん怖がって夜眠れなくて寝不足です!! どうしてくれるんですか!?」

 最後だけなんか違う。

「他には?」

 一応の感想を受け取り、なのはは他にないか続けて質問する。

「一週間やって、あの人あんまり動かない事に気が付きました」
「そうだよね、最初の位置から自分からは動かないよね」
「たまに動いても、魔法を避けるためだけですし」
「直接攻撃は全部その場でいなすか、相殺してきますし」
「有効打が一つも入らないんです」

 彼女達が言う通りだった。
 恭也の戦い方は、基本『待ち』であり、自分から攻撃の隙を見せていない。これもまた恭也側に有利な戦いの流れだ。
 ただ、彼自身のスタイルは『待ち』ではなく、敵に応じて、また状況に応じて順次切り替える『臨機応変型』である。御神流の基本主義である集団戦と、護衛と言う常に護る対象のいる場所が切り替わる職業に就いていたが故に、器用貧乏の代名詞たる『臨機応変型』になったのだ。

「まあ、お兄ちゃんが『待ち』に入ってるのは、若干仕方ないなあとは思うんだよ」
「どう言う事です?」
「だって、今でさえ連敗してるのに、あっちから攻められたら防ぎようがないでしょ?」
「うっ、た、確かに……」
「しかも、攻める方が取れる手段は多いから、ますます何もできなくなっちゃうよ?」

 今でこそ試合のようなものになっているが、恭也が攻めに回ったら、瞬殺されてしまうだけの力量差がある。それでは訓練にならないので、なのははあの理不尽な兄にしっかりと言い聞かせてある。

「まあ、今はとにかく三十分は生き残れるようにならないとね」
「なのはさん達ならもうちょっと生き残れるのにぃ」

 情けない顔をするスバルだが、瞳はやる気が漲っていた。基本的に負けず嫌いなのだ、彼女は。

「やる気があるのは良い事だけど、そろそろみんな限界に近いんじゃないかな?」
「え? いや、そんなことは……」
「――そうですね、そうかもしれません」
「ティアさん?」

 あっさりと同意を示したティアナにキャロは首を傾げた。

「戦術、作戦、体力はもう殆ど残ってないわ。このまま我武者羅に当たり続けたら、こっちが怪我しそうじゃない」
「それはまあ、そうですけど……」

 エリオは納得しきれない様子だった。

「そうだね、一度頭と体を休めた方がいいよ。ここ一週間は根を詰めてたし、その前からの訓練の疲れも溜まってるから。だから、今日一日お休みにします」
「へ?」
「え?」

 唐突に告げられたお休み宣言に四人は間抜けな顔を晒してしまった。それだけ、なのはの提案は突然だったのだ。

「え、その、訓練しないんですか?」
「させません」

 しないのではなく、させない。
 つまり、こっそり自主訓練するのも駄目だと言う。

「ここら辺で息抜きだよ。配属してから三ヶ月とちょっと。その間ずっと訓練漬けだったからね。本当なら週に一回とか、長くても二週に一回ペースでお休みを 取りたかったんだけど、事情があってそれもできなくて。でも、最初と次の出動は大きなミスはなかったし、お兄ちゃんとの模擬演習も入ったから、他のところ と同じペースにする事にしたんだ」
「したんだと仰いましても……」

 訓練時間が減ることに若干の不安を隠せないティアナであるが、なのははそんな彼女に苦笑に近い笑みを向けた。

「訓練漬けにした私が言うのはお門違いだけど、休む事も訓練なんだよ? 短い時なんて三十分しか眠れない時もあるんだから。酷くなれば一週間不眠不休なんて事もあるんだよ?」
「それは解ってます」

 特に、スバルが希望する災害救助は要救助者を見つけ出すまで休むことは許されない。その強行による疲労からミスを起こす事も許されない。ただ、作業には必ず空白時間が存在する。その空白時間でどれだけ精神と肉体を回復できるかが問題なのだ。
 その点で言えば、恭也の場合、彼の流派自体が戦いながら眠る方法や休む方法を確立しているので、参考にできるだろうとなのはは考えていた。手の内を晒し たくないと嘯く彼だが、それで若い命が消える事は良しとしない人間でもある。説得次第では、教えてもらえるだろうとなのはは思っている。

「そんな訳で、今日からは通常訓練のスケジュールにしつつ、訓練濃度を上げて、短時間で急速回復できるようにするからね」
「いやするからねって……。そんな人間の能力を超えたような事を押し付けられても……」
「じゃあ、解散!」
「いえ、聞いてますか!? なのはさん! なのはさん? なのはさーん!?」

 ティアナの悲鳴空しく、なのはは軽い足取りで隊舎に向かってしまうのだった。

〜・〜

「半休、だと?」
「いや、そこで劇画調になるな。お前の顔だと地味に怖い」

 早朝訓練から開放された恭也は、近場の林でクールダウンの空中無限三角跳びを行っていた。そろそろ千回ほど跳ぼうかと言う時に、ヴィータが現れた。
 そして告げられたのは、新人四人に半休が与えられると言うことだった。

「……俺の有休ってどうなっていたか。――む、あと三十日分あるのか」
「ま、その一割でも休めれば御の字だろうけどな」

 手元の携帯端末で自分の有休数を確認した恭也であるが、ヴィータの突っ込みに同意せざるを得なかった。
 この職業、基本的に定期的な業務内容ではない。常に緊急性と突発性を併せ持ち、時には命を落とす危険な職務だ。治安組織としての側面を持っているため、 時には次元世界の紛争や戦争に武力介入することもある。その為の軍事力と言うものが必要であり、それを承知して入隊しているはずなのだが……、

「うーむ、こう言うものは自己管理が必要なんだがな。そろそろ本気で衰えてきたしなぁ」

 やんごとなき理由から入隊せざるを得なかった恭也としては、体を鍛えることは自分の人生の目的であり、その為ペース配分は自分で行いたいのである。が、管理局員であるため、強制労働が多発すること十年。何度退職願を書こうとしたことか。
 しかし、彼は管理局を出ることはなかった。それは単純に経験値積みに適しているだけのことである。あと、他の場所を探すのが面倒と言うこともあるが。探 す時間を作るより、このまま居座ってその時間の分戦い続けるほうが有益だと結論したのである。まあ、この結論もそろそろ三桁に届きそうなほど出したものな のだが。

「……あたしには全然そう見えねーけどな」
「最近八時間しか戦闘行動が持続しない。由々しき事態だ」
「お前の体が由々しき事態だ」

 ざっくり切り返すヴィータであるが、恭也は深刻な表情で言う。

「三年前は連続十時間だったんだぞ? 二時間も差が出てしまっている。由々しき事態だ」
「お前の頭が由々しき事態だ」

 ざっくり切り返すヴィータであるが、恭也は深刻な表情で言う。

「最近なんて三キロ先の敵の表情が見えなくなってきた。視力低下はすなわち老化だ。由々しき事態だ」
「お前の存在が由々しき事態だ」

 そうか?
 そうだ。

「覚悟してたんだがなぁ。こればかりは仕方がない、とな。とは言え、実際陥ってみるとショックだ」
「やっと人間内の規格に戻ったって事じゃねーのか?」
「人間の限界に挑んだことはあるが脱した事はないぞ?」

 ツッコまない。ツッコまないよ?

「……そのバイタリティを使って出世とか考えろよ」
「単独戦闘屋に指揮官させる気か? どう転んでも共倒れだろ」
「お前だけしぶとく生き残るんだろうなぁ」
「その場合、極刑だろ。敵前逃亡に見られるし」

 自分が所有する部隊を全滅させて指揮官だけが生き残る状況は、厳重な処罰が待っている。恭也が言う極刑は極端な話ではあるが、なくはない。

「はぁ、お前とこういう話をするとあたしは時たま自分に自信がなくなるよ」
「……いつも言ってるが、俺は例外扱いにしておけ。その方が気楽だ」
「そうしたいんだけどなぁ」

 だが、どうしてもヴィータの中に恭也の存在がちらつくのだ。
 彼女にしてみれば、恭也は家族だ。父か兄か、はたまた弟かは彼女にも解らないが、親しい同僚のカテゴリーには到底入らない。なんと言うか、それ以上の絆と信頼がある。彼女はそれを家族だと思っている。
 だから、彼を規格外だとか例外だとかに分類することができない。まず彼女の基準は家族なのだ。家族と比較し、それから世間と比較し、最後に自分の評価を絡めて相手を見定める。その家族に入っている男をどうして無視できようか。

「それで、奴らが半休で、俺にどうしろと?」
「ああ、とりあえず仕事がないからお前休め」
「……え、なに? 労働を強制して、休息も強制するのか? 管理局」
「違ぇよ。はやてとシグナムからの命令だって。黒助、訓練しすぎだって思われてんだよ」
「なるほど」

 毎日の自己鍛錬を欠かさないことは先に挙げられた上司二人は承知している。はやては鍛錬内容の詳細は解らないだろうが、シグナムは理解できているのだろう。
 そして、はやての目から見ても恭也の鍛錬は体を労わっているように見えないし、シグナムの説明を受ければその内容がハードワークだと考えたらしい。

「だがなぁ、質も量も本来の鍛錬の半分以下なんだが」
「あれでか!?」
「ああ」

 ヴィータの驚愕をよそに、恭也はクールダウンしきった体を確認して、隊舎を指差した。それに頷いてヴィータは同伴する。

「本来は組み手が中心なんだ。と言うか、基本的な動きを身につけたら、後はひたすら組み手だ。実戦が一番いいんだが、そうそう戦う機会がないから、自分達で戦い合うしかない」
「だから、一人でやるのは半分以下だってのか?」
「そう言うことだ。まさかどっかの部隊に喧嘩売りに行く訳にもいかんしな。第一、俺は魔導師より武人とやり合いたいんだが、相手が見つからん」

 シグナムとの稽古も飽きてきた。彼女の動きは寸分違わず読み違えることはない。ただし、それは流し方の一点だけで、勝つことには繋がっていない。今も昔も、7:3でシグナムに負けているのだ。

「なんつーか、面倒くさい奴だな、黒助」
「今頃再認識するな、ヴィータ嬢。――ともかく、休暇か。それならそれでいいか」
「ん? 暇潰しのネタがあるのか?」
「まあな」

 短くそう応えて、恭也は汗を流すべくヴィータと別れ、シャワー室へ向かった。

〜・〜

「――最近さ、お前らの訓練をちらちら見るんだけどよ」
「そうなんですか?」

 サスペンションのグリスの具合を見る。体重をかけて感触を確かめ、満足いくものだったのでそれでよしとする。

「ああ。ウチの最前線張ってるお前らが何やってんのかって結構気にしてる奴ら、多いんだぜ? 俺もその口だし」
「はあ」

 空気圧もまた体重を乗せて押して確かめる。本来なら気圧計を使って調べた方がいいのだが、つい先日整備したばかりなので、念のための確かめに過ぎない。しっかり空気が入っていることを確認し、イグニッションを回した。

「でまあ、最近思ったのはお前の動きが目に見えて変わってきたって思ってよ」
「そうですか? まあ、昔の私は、そのなんと言うか……」
「突っ走りすぎてたからなぁ。高町の旦那に一発貰ったのが効いたか」
「滅茶苦茶」
「だろうな。でなきゃ、また折檻されてるだろうし」

 恭也の折檻=拷問と言う等式が思い浮かんだ。勘弁してほしい。
 アクセルを開け、吹きの具合を見る。エンジンの回転も問題なし。

「よっし、とりあえず大丈夫そうだ。まあ、マシントラブルでこけたら勘弁な」
「その時は慰謝料たんまり請求しますよ」
「……個人的には、資金提供してもいいんだぜ? 無償で」
「すいませーん、ここに援助交際を迫る成人男性が――」
「ちょ、おま!? ホント逞しくなったな、オイ!?」
「あの人に揉まれてますから」

 直属の上司の教えは本当に厳しいのである。
 突然の休暇命令を大いに活用すると言うことで、彼女――ティアナ・ランスターはルームメイトのスバル・ナカジマに迫られて、街へ出る事になった。その為 の足がないか探したところ、ヴァイス・グランセニックが自分のバイクを貸すと言ってくれたのである。その申し出に、ティアナはありがたく頭を下げた。

「プロテクターはあるのか? なかったら貸すけど」
「自前のオートバリアがあります」

 以前配属されていた場所では毎日のようにバイクに跨っていたので、装備一式は持っているとの事。

「お待たせー!」
「ああ、来たわね、スバル。あれ、なのはさんも一緒なんですか?」

 明るい声で現れた私服姿のスバルの隣に、制服姿のなのはがいた。
 なのははティアナの疑問に手を軽く振って否定した。

「私はお見送り。二人とも気をつけるんだよ?」
「大丈夫ですって! ティアの運転って上手いんですよ!?」
「それでも心配しちゃうんだよねぇ」
「――俺に言わせれば、生身で飛んでるお前達のほうが心配度が高いんだが」
「お兄ちゃん!?」
「高町隊長!?」

 音もなく、ついでに言えば気配を微塵も感じさせず、唐突に高町恭也が現れた。
 最早、RPGのモンスター扱いである。

「って、お兄ちゃん、それ」
「俺の愛馬は凶暴だ」
「いやいや、用法間違ってるから」

 現れた恭也は両手にハンドルを握っていた。彼の愛車の単車のハンドルである。

「お、旦那ぁ、ついにそいつを使うんですかい?」
「どこの下町子分だお前。大体、基本的に俺はバイクしか使わん」
「じゃあなんで車も買ったの?」
「任務用にな。こいつだと、オフロードには向かんし、走破性は車の方がいいからな」
「ふーん?」

 あと、個人的に男の愛車は単車と決まっている。とは、恭也の弁であるが。

「それで、どこに行くの?」
「本部の方にな。前の部隊にいた奴に用がある」
「用?」
「ああ」

 用件の中身は言わなかった。それが重要なことなのか、取るに足らないことなのかは解らない。
 多くを語らない兄に、妹は嘆息した。

「気をつけてね? 事故なんてしないでよ?」
「知ってるか? 交通事故は宝くじ並みの確率でしか遭遇しないのだと」

 運の悪さは折り紙つきなので、事故る訳がないと豪語する恭也であるが、その慢心が事故の元でもある。なのはは兄の間違った自身と理論に一言文句をつけた。

「そうやって高をくくってると本当に事故に遭うよ?」
「お前に言われたくない」
「う」

 過去に『やってしまった』なのはとしては痛いところを突かれた。ティアナとスバルはその言葉に首を傾げるが、深く追求はしなかった。
 とはいえ、なのはとしてはだからこそ言う必要がある。

「経験者だから、心配するんだよ」
「ふむ、まあ、気に留めておく」
「もう」

 あまり聞き入れて貰えてない。そんな恭也の態度になのははため息を吐くしかできなかった。後は無事を祈るだけだ。

「じゃあ、私達は行きますね」
「あ、うん。楽しんできてね」
「俺も出よう。都市部までの道だけだが」
「了解です」

 二台のバイクはエンジンを轟かして、発進していた。
 それを見送る二人は、事故のないように祈り、それぞれ隊舎へと戻っていった。

〜・〜

 併走する二台のバイク。
 沿岸部特有の海風を受けながら、疾走していく。
 ティアナは恭也のバイクのテールランプを睨みながら、コンクリートで固められたコースをひた走る。

「ティアー、熱くなってるよー」
「う」

 前を行く恭也はかなり速い。こちらが二人乗りで、重量的なハンデを持ってはいるが、マシンパワーでほぼハンデは消えているはずなのだ。それなのに、追いつけないのが少々悔しかった。

「高町隊長、結構速いね」
「ええ。今更あの人の何が凄くても驚かないけど、追いつけないのはそれはそれで悔しいわ」

 コースのライン取り、アクセルを開くタイミングが上手い。あれは相当走りこんでいる証拠だろう。
 愛車は単車、の言葉は伊達ではないらしい。

『そろそろ都市部だ。ここでお別れだな』

 そこへデバイスを通して、恭也から念話が届いた。極力自分の魔力を使いたがらない男でも、乗車中に端末を使う愚は犯さないようである。

「あ、はい。また後ほど」
『ん。それと、中々の操縦技術だったぞ、ランスター。ではな』

 手短に賞賛の意を示し、恭也はウィンカーの左を点灯させ、地上本部へ伸びる大通りへ向かっていった。
 ティアナもスバルが押しに押し捲ったアイスクリーム屋のある繁華街を目指して、アクセルを開けるのだった。

〜・〜

「忘れ物ない? お金は足りる? 足りなさそうなら、私がいくらか……」
「あ、いえ、大丈夫です。お金だって、もう働いてますから十分あります」
「あ、そっか、そうだよね」

 甲斐甲斐しくエリオの襟や袖を直すフェイトがいた。その姿は若年ながら母親としての愛情を注ぐ姿だった。そんな親友の姿を見ていると、はやては自然涙を流しそうになる。

 ――齢19歳にして未婚の母かー。

 自分も似たようなものであるが、あそこまで母親のような事をしたかと考えるが、家族全員がすでに成人していた所為もあって、フェイトのような事はしなかった。最近生まれた四女は、まあ、近しいことはしたかもしれないが、あれはどちらかと言えば愛玩動物のような気が。

「? どうしたですか、はやてちゃん?」
「なんでもないよ、リイン」

 うん、ホントに。

「フェイトさん、エリオ君、お待たせしましたー」

 小走りでスカートを軽く舞わせながら現れたのはキャロだった。
 年頃の少女らしい、清潔感あふれる白いワンピースとこれからの休日に心を躍らせてにじみ出る幸福感が彼女の魅力を一層引き立てていた。少女の笑顔と言うものは、周囲を強引に幸福空間へと変えてくれる魔法のアイテムだ。
 が、少年の方は少女のその眩いばかりの私服姿に見とれていた。

 ――やっぱエリオも男の子やなぁ。

 順調に成長している姿を見て、ちょっとお姉ちゃんは嬉しい。何せ、彼の周りにいる男は全部悪い大人しかいないのである。ヴァイスしかり(女性にだらしな い印象)、グリフィスしかり(鈍感人間の印象)、恭也しかり(駄目人間の代名詞)。あ、ザフィーラは除外しておこう。彼はかなりまともな大人なので。
 その中にいて、まともに育っているのは一種奇跡ではなかろうか?

「うん。その服、似合とるね、キャロ」
「あ、ありがとうございます! フェイトさんに選んでもらったんですよ」
「ほほう? 普段着は結構渋めのフェイトちゃんがなぁ。これは趣味が反転したのかな?」

 基本的には暗色系を好み、それをシックに着こなすフェイトであるが、他人の服を選ぶときは乙女路線に走ることが多々ある。以前なのはへの贈り物と言うことで贈呈された服は白だったし、その他の場面でも、衣服やアクセサリーも明色系を贈っている。

「反転って、そんなつもりはないんだけど……」
「たまには白系も着たらどうや?」
「ええ? 似合わないよ、私には」
「そんなことないと思いますけどねぇ。フェイトさんなら、何着ても似合うとリインは思いますです」
「お世辞でも嬉しいよ」
「いや、お世辞じゃないんですがー」

 リインフォースUの言葉はお世辞として受け取ってしまったらしい。
 基本的にフェイトは自分が褒められると大抵は世辞だと思ってしまうのである。

「それじゃあ、行ってきますね、フェイトさん、八神部隊長」
「うん、車に気をつけてね」
「エリオー、キャロに手を出した男は捻り潰して構わんからなー」
「圧殺推奨!?」
「ええっと、そのときはお手柔らかに殲滅してね、エリオ君」
「あれ!? 修飾語と動詞が正反対だよ!?」

 はやてとフェイトは、なんのかんのと仲睦まじく出かけていく子供二人を見送ったのだった。

〜・〜

 さて、正午前に隊舎を出て行った新人たちを見送った隊長陣は珍しく定時に昼食を摂る事が出来た。しかも、上層部が纏まってである。初めての状況だった。

「初めての休暇、初めてのデート――――こりゃラブホ一直線やな」
「はやてちゃん? 不穏当な発言はよした方が良いよ?」
「失礼ながらその通りかと。テスタロッサが錯乱しています」
「ああ!? 駄目、駄目だよっ!! そう言うのは大人になってから! 大人になってからだから! え? 大人っていつか? えーと、その、そう言う事をし て初めて大人というか。あれ? じゃあ、しないと子供のままで、しないままの人は大人になれないから、大人になってからって言葉が矛盾して……」
「子煩悩やなぁ」
「はやてちゃんも人のこと言えませんよ? リインが生まれた時は、なんと言うか、そう! 孫可愛がりみたいな感じでしたから」
「お母ちゃん通り越してお婆ちゃんかいな」
「えー? でもヨネ婆ちゃんと殆どおんなじだったぞ?」
「マジで!?」
「若いながらに老成していく親友を持って、私は悲しいです」
「あ、一人だけ逃げる気か、なのはちゃん! 一緒に若年寄になろうやないか!」
「その前に、自分が若返ることはしないんですか、マイスター」
「リイン、その前に私はめっちゃ若いんや。ピチピチや、19歳なんよ?」

 とまあ、部下がいなければかなり砕ける面々だった。特に部隊長が砕けすぎていた。なんつーか、粉々?

「あ、そう言えば、ヴィータ」
「んあ? なんだよ、はやて」

 頬張っていたバターロールを飲み込んで、ヴィータははやての言葉に耳を向けた。

「恭也さん、あっさり半休に同意したけど、大丈夫やったん?」
「なにが大丈夫なのか解んないけど、行く所があるって言ってた。前の部隊の同僚に用があるってさ」
「ふーん? 今更なんかあるんかなぁ?」
「まだ持ってきてないものがあったとか?」
「お爺さん、あれで要領悪いですからねぇ」
「本人が言うには、人生の要領が悪くなるように出来てるらしいけど」
「えー? もうデスクも別の人が使とるんやないの? あそこ、出入りが激しいし、すぐに満員まで補充するし」

 テロ鎮圧部隊の特性上、人員不足で作戦失敗なんて事はあってはならないのである。
 と、そこでシグナムがフォークにパスタを巻きながら言った。

「ただ単に人に会いに行ったと言う事ではないでしょうか? 向こうから約束を取り付けられたということも考えられます」
「あ、そっか。それもあるわな。うーん、だとしても今更恭也さんに何の用が?」
「そうですね。この部隊は運用期間が一年のみですから、戻るための準備でしょうか。あいつの書類処理能力はずば抜けてますから」
「ああ、ずば抜けとるな」

 誰も、どっちにとは言わなかった。

「まったく、一体いつになったらあいつはまともになるのか。書類処理に四苦八苦する事務員が不憫でなりません」
「やよね。でもまあ、そろそろそれものうなるんよ。シャーリーが日本語変換のソフトが出来るって言ーてたし」
「よかったよ。ホントよかったよ。お兄ちゃんの前の報告書って、なんか覚えたての英語で話してる日本人みたいな文なんだもん」
「リインが頑張って添削したのに報われませんでした。ガッデムです」
「あれなぁ。単語だけ並んでるときもあったからなぁ」

 恭也の文章能力は、クラナガンにおける幼稚園児並みである。幼児育成が高度な教育体系に沿って行われるクラナガンでは、五歳児の知能が地球で言う中学一年生レベルに匹敵する。一種の英才教育が全市民に行われているのである。そりゃ、就職年齢も低くなるはずである。
 まあ、高度に文明が発達してしまったので、その環境に慣れる、理解させるための処置なのだが。

「だからこそ、レイラが不憫だと私は嘆いてしまうわけです」
「そっかー。そのレイラさんも疫病神に当たってしもうた訳やなぁ。――――で、そのレイラさんってぇのは誰や?」

 その時のヴォルケンリッターの思念通話。

『シグナム、墓穴掘りすぎ』
『さすが空気読めない将軍』
『南無南無です、シグナム』
『安らかに眠れ、烈火の将』

 誰がどれかは黙秘する。

「あ、あるじ? ど、どうかされ――」
「うんうん、私、なんもあらへんよ? ただちょっと、そのレイラさんについて聞きたいだけなんよ?」
「ス、スパイクフォースの通信士兼事務員です。主に恭也との通信を担当――」

 その時のヴォルケンリッターの思念通話。

『更に掘り起こしたぞ、あいつ』
『シグナムM説浮上』
『迂闊すぎます、シグナム』
『空気読めないと言うより、頭が悪いとしか思えない』

 誰がどれかは黙秘する。

「ちゅーことは、恭也さんとは結構親しい訳やな?」
「はっ、いえ、その、恐らくは……」
「シグナム」
「は、はい!」
「私、歯切れが悪いのは嫌いやねん。はっきり言うてみい」
「はっ! レイラ・トールギス一等通信士は恭也に懸想を抱いているのではないかというのが、相場の推測であります!!」
「ん、よろしい。では殲滅だ。ぬぅ、しっかし、恭也さんいつの間にそんな人に手を出したんや?」
「見逃せない単語があったような気がするんだけど、私の気のせいかな? なのは」
「あ、フェイトちゃん復活したー。元気?」
「うん、元気だよ」

 フェイト・テスタロッサが復帰した!

「そのレイラさんはどんな人なんや?」
「はっ、年齢は二十七、出身は第54管理世界出身、性格に関しては恭也が評するに良妻賢母だと言うことだけです!」
「なに!? 恭也さんが良妻賢母と言うたんか!?」
「はっ、そうであります!!」

 その時のヴォルケンリッターの思念通話。

『あいつ、自分だけじゃなくて黒助の分まで墓穴掘ったぞ』
『無意識に道連れを作るあたり、天然の策士ね。私も見習わないと』
『迂闊なコメントを残す恭也も無用心だったな』
『二人とも天然で墓穴掘りですからねー』

 誰がどれかは……丸分かりなのでやっぱり黙秘する。

「こ、これは由々しき事態やっ! 恭也さん、嫁に会いに行きよった!!」
「って、はやてちゃんどこに行くのー!?」
「決まっとる! スパイクフォースに殴りこみや! 娘として、母親候補の面を拝みに行くんや!」
「――ですが、レイラは二児の母で夫もおりますので、相場の推測は単なる邪推に過ぎないと思います」

 少々早口にシグナムがそんなことを捲くし立てた。
 すると、はやての足は何故か何の段差もないのに床を踏み外し、ツルッといって、ドテンと転んだ。

「――ナイスボケ」
「――恐悦至極」
「え? え? 今の流れって全部コントだったの?」
「いや、寸分違わず事実だ」
「シグナム、いつの間に高度なボケを覚えたのよ?」
「私も日々成長しているというわけだ」
「そんな方向に成長するな、シグナム」
「ザフィーラ。だが、このくらい出来なければ主のお相手は務まらん」
「務まった方がいいの?」
「無論」
「私、時々シグナムのことが理解できなくなるよ」

 嘆くフェイトだった。かつてはライバルであり、宿敵関係にもなったと言うのに、ここ最近の彼女の変貌を見ていると、大切なものを壊されたような寂しい気持ちになる。
 うん、今日はエリオとキャロに一杯癒されよう。そう心に決めるフェイトだった。

「まあ、オチが着いた所でご飯食べよか。時間もあらへんし」
『了解』

 ちなみに、そんな寸劇の横でレジアス中将が演説に熱入れて頑張っていたのだが、誰も聞いちゃいなかった。
 ちなみにちなみに、その寸劇を顛末を聞いて、『なんで呼んでくれなかったんですか!!』と憤ったデバイス技師とヘリパイロットがいたらしい。

〜・〜

 クラナガンの繁華街といえば、次元世界でも最先端の流行が飛び交うところであり、最新技術が集積したテーマパークでもある。そのため、インテリよりな人間は、郊外のリゾート地よりも、高層ビルが立ち並ぶ都会へとやってくる。
 加えて、産業の集中地でもあるため、平日でも人がごった返していた。
 そんな中を、十歳間もない少年少女が歩こうとすると、

「あっ」
「っと、危ない危ない」

 容易に逸れそうになるのだ。それに、背丈からして成人男性の膝が顎辺りにあるので、歩き辛い事この上ない。
 然るに、エリオはキャロの手を握った。逸れないために。

「あ、ありがと、エリオ君」
「しっかり握っててね。ペースが速かったら遠慮なく言ってよ」
「うん!」

 色々理由を並べたが、少年の言い訳にしか聞こえないのは、彼の嬉しそうな顔を見れば納得の行くところだった。

「えーと、次はどこに行くんだっけ?」
「シャーリーさんによると、13:45からパークシネマで映画が始まるって」
「私、映画館って初めてだよ」
「僕も」

 保護者であるフェイト自身、忙しい合間を縫って彼等と娯楽施設に行くことはあった。だが、そう多い機会ではなかった。それに、フェイトもあまり映画館や遊園地などにも行った事がなく、それよりも海や山、近場の自然公園がフェイトと一緒に行く遊び場だったのだ。
 なので、シャーリーが作ってくれた『休日遊び倒しツアー』は子供達にとって未知の遊び場なのである。これを楽しみにしないなんて選択肢はない。

「それで何を観るの?」
「えーっと『孔明VS配管工 〜テケテケ決戦〜』だって」
「こう、めい?」
「解説によると、昔の軍師らしいよ」
「え? その人と配管工の人が戦うの?」
「なのかな? あ、違うみたい。シャーリーさんの注釈に「VSってあるけど大抵は共闘して巨悪を討つのがセオリー」ってある。見所は「弾幕」ってあるよ」
「よく解らないけど、面白いのかな?」
「シャーリーさんのお勧めだし。大丈夫だと思うよ」
「そうだよね!」

 後日、そのシャーリーさんは二人の評価を受けて、自己嫌悪に陥ったとか。

「純粋な子供になんて邪悪なものを押し付けてるの私ー!!」
「シャーリー、ちょっとお話しようか。私の部屋で」
「あ、高町式ですね? 解ります。って、フェイトさん、勘弁してー!!」
「大丈夫。なのはより下手かもしれないけど、頑張るから」
「どっち方向にー!?」

 南無。

〜・〜

「私思うんだけどさ」
「んあ?」
「あんたのアイス好きって何が原因なの?」
「美味しい所?」
「…………」

 子供レベルの原因だった。その答えは最早本能としか言い表せられないだろう。
 スナックにこんもり詰まれたアイス玉は五つ。

「ありえん。その数を、食べつくそうって言うの!?」
「えー? こんなの普通だよー?」
「って言いながら一口でミント味が消えた!?」

 こ、こいつ!

「あんたねぇ。アイスのカロリーが馬鹿にならないことくらい知ってるでしょ!?」
「その分運動してるからだいじょぶだいじょぶ!」
「いくらフォワードだからって、女性に対して失礼だと思わないの!?」
「え? なにが?」
「くぁー!!」

 世の女性陣はアイスを山積みにするのは恥ずかしいのよ!
 そんな一杯食べたら今夜の体重計が怖いのよ!
 解れよ、お前!!

「まあまあ、落ち着いてよティア」
「落ち着けるか!」
「そもそも、ティアだって三つ重ねてるじゃない。ほら、あの人とか二つだよ?」
「ぬっ」

 見れば、二十代後半の女性とそれと同じ年恰好の男性がアイスを注文していた。男性は三つ、女性は二つ。実にオーソドックスな構えである。

「しかも、ティアが頼んだ数は男の人と同じ数だし」
「フォアッ!?」

 気づきたくない事実に気づかされたティアナは奇声をあげていた。

「だから、気にせず食べようよ。良いじゃん、食べたいだけ食べればさー」
「……その言動が世の中の女性陣のあれとかそれを冒涜してる気がするんだけど」

 お腹とか二の腕とか。

「んー、たまにしか食べないんだから別に良いんじゃないの?」
「世の中にはね、いつも食べていたいって人の方が多いのよ。そして、そう言う環境に出来てしまう場合が多数あるわけ」

 職場によっては、お菓子を食べつつ仕事できる場所もあるのである。で、ついつい食べながら仕事をしてしまって、気がついた時には手遅れになっていた。なんて話はごろごろあるのだ。

「でもさ、私達の場合、そう言う事できる時間が全然ないんだし。こんな時くらいしか食べられないよ?」
「私達の仕事の特殊性を理解しなさい。そしてそれを基準にするなっつーの」
「むー」

 納得できないようだが、ティアナの言う通りでもある。
 スバルは渋々ながら頷いた。

「それ食べ終わったら、次どこに行く?」

 渋顔のスバルにさすがに言い過ぎたかと反省したティアナは、話題を変えた。

「あ、行きたいとこあるんだ!」
「どこよ?」
「ゲーセン! 久しぶりに行こうよ!」
「あ、良いわね。ここ一年くらい行けてなかったし」
「最近、また新しいの出たからやってみたかったんだー」
「ああ、DDR? 新しいって言うと11だっけ?」
「そうそう! あ、ティアのお気に入りも新しいの出てるって!」
「うそ!? だって、人気なくて開発中止されたって話だったのに」
「なんか、また流行り出したんだって。それで新しいのが出て、盛り上がってるらしいよ?」
「くっ、なんてこと! 行くわよスバル! 上位ランカー共め、見てなさい! 本職のガンナーの腕前、見せてやろうじゃない!」
「あれ? 火点け過ぎた?」

 人それを、墓穴を掘ったと言う。

〜・〜

 部隊の同僚に会うと告げた恭也だったが、それは全くの嘘だった。
 彼が向かったのは、都市部の一施設である。

「――ご用件は?」

 地上本部通信センター。
 その受付で、恭也は懐から出した許可証を提示する。許可証の発行人はユーノ・スクライアだった。

「本局への通信だ。許可証はこれ」
「……はい、受理しました。45番の通信機をご使用ください」
「了解」

 数回ここを利用したことがある恭也は、軽い足取りで、45番の通信機が置かれているブースへ向かう。
 通信を行う場合、その利用者と連絡先の機密レベルによって、ブースの作りが異なる。今回、恭也が連絡を取るのは無限書庫であり、機密レベルは上から三番 目――Aレベルなので、専用の個室となる。防音、抗魔力でコーティングされた一室に入り、電子・マジックロックを三重に掛ける。
 ここまでやってようやく恭也は気を少しだけ和らげた。

「……さて」

 わざわざそう口にして、恭也は通信席に座り、通信機の電源を入れる。二時間毎に変わる番号を何も見ず、淀みなく入力し、通信を接続させた。
 まず最初に通信に顔を見せたのは、顔見知りの受付嬢だった。

『あら、今回は通信ですか?』
「ああ、唐突に半日休みを貰ってな。そっちに行って帰ってくる余裕がないんで、不本意ながら通信で済ませることにした」
『そうでしたか。あ、司書長にお繋ぎしますね』
「頼む」

 数秒の待ち時間の後、目的の人物が通信スクリーンに現れた。

「一ヵ月半ぶりだな」
『ご無沙汰してます。それと、ちょくちょくそちらの噂は聞こえてますよ』

 軽い挨拶の後、ユーノの口から、気になる事が出てきた。恭也は、その噂について洗い浚い吐けと要求した。

「でないと、ないことないこと吹き込むぞ」
『やめてくださいよ! 何でか知りませんけど、なのはは恭也さんに何度も騙されてるはずなのに、未だにあなたの言葉を信じちゃうんですよ!? 誤解解くのにどれだけ時間と苦労がかかるか、あんた解ってんのかー!?』
「生意気な口を利いたので、沢山喋ってやるから覚悟しておけ」
『鬼ぃ! ここに鬼がいますよ! ファンタジーじゃない鬼がここに!!』
「吹き込み対象に司書官も含めて欲しいのか?」
『マジすんません! これ以上の被害拡大はホントマジ勘弁してください!!』

 ユーノの泣きが入ったところで、恭也はからかいの手を止めてやることにした。

『はぁ……、なんでこう、あなたと話をするだけでこんなに疲れるんでしょうか?』
「お前の過労が主な原因だな」
『あんたのおちょくりだよ!!』
「絶叫ツッコミが冴え渡ってるところ悪いが、経過報告をくれ」
『……恐ろしいほどのマイペースっぷりですね』
「そうでなきゃやっていけないんだよ、世の中はな」
『僕も見習いたいですよ、そう言うところは』
「やめとけ。我を通す人間、我の強い人間は、集団の中じゃ潰されるだけだ。出世頭のお前がそんなことしたら、あいつらが戦争始めるだろ」
『え、本当ですか?』

 若干嬉気味なのは、自分がちゃんとみんなに心配されるべき友人と思っていてくれると言うことが解ったからだ。
 そっかー、僕忘れられたわけじゃないんだね!

「能力のある人間が自己主張しただけで潰しにかかる組織なんぞいらんとばかりに砲撃砲弾の雨霰だろうな。あいつらにとって見ればそんな管理局は要らんのだろうし」
『……あれ? 待ってくださいよ。それって別に僕じゃなくてもよくないですか?』
「当たり前だろう。お前なんてよくいるちょっと人より仕事の出来る友人カテゴリーに分類されるだけの存在じゃないか」
『ええ!? 僕、彼女達と幼馴染って言うステータス持ってるんですけど!?』
「あの三人の中じゃ綺麗に消えてるっぽいぞ。何せ、ホテル事件以降、話題に全く上らないしな」
『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!』

 聞いてはならないことを聞いてしまったユーノがモニターから消えた。なんかばたばたと物が割れる音だとか倒れる音が聞こえるので、床でのた打ち回っている様だ。

『きょきょきょきょ恭也さん! 是非ともこの後帰ったら僕のことを話題にしてください!! 存在回復のために!!』
「おいおい。口下手の俺にそんな話術があると思ってるのか?」
『人を散々おちょくれる人間が口下手だといいますか!?』
「事実だしなぁ」

 これは本当だった。基本的に恭也は受身の聞き役であり、偶に相手の揚げ足を取ったり、わざと曲解して見せているだけで、自分から場の流れを変えられるような話術は得意ではないのである。

「ま、そんなものは自分で努力すべきことだ。ほら、さっさと今までの分の結果を教えろ」
『うぅ、絶対、絶対レギュラーになってやるんだ! 僕は!』
「能書きと儚い願望は捨てて報告しろ、淫獣」
『ひっど! 酷い! 身を粉にして働いてる僕らの成果を掠め取る悪魔め!』
「暴言が過ぎると暗殺しに行くぞ」
『うわーん! 暴力が僕を苦しめるー!!』

 いかん苛め過ぎた。回復に時間がかかりそうだと、恭也は後悔し、仕方なしにユーノはいかに存在感をアピールすべきかの相談をしてやることにするのだった。

〜・〜

 14:24に第108部隊は交通事故の通報を受けた。トラックの横転事故だった。これがただの事故ならば、交通課の人間が対処するだけに留まるのだが、ドライバーの証言と輸送していた積荷が108部隊が追っているものに近いものらしいと報告があったのである。
 事件担当官のギンガ・ナカジマは急ぎ、現場に急行した。
 トラックは市内のトンネルの中腹で倒れていた。現場周辺は道路封鎖をしており、日中はそこそこの交通量があるのだが、今はエンジン音も聞こえない静かな空間となっていた。
 ギンガは現場の調査員に敬礼しつつ、事故の内容を聞いた。

「ご覧の通り、不可解な事故です。現場は直線道路で、トラックを横転させるようなものは転がっていませんでした。走行速度も法定基準内です。とても横転するような要素がないです」
「そうですか。積荷の方は?」
「食料品が殆どですね。魚介類の缶詰、小麦粉、砂糖、塩、食用油。一部を除いて全部食べ物でしたよ」
「その一部は?」
「こちらです」

 案内された先にあったのは、何らかの機械の一部だった。形は正方形。厚さは10cm程。正方形の中央に向かう形で円形に凹みがあり、その中心は直径20cm程の円が貫通している。薄く煤を被っており、所々から数本のコードが伸びていた。

「これが一体何なのか、見当がつかなかったんですが、本部のデータベースと照合して、似ている部品があるとの事で連絡した次第です」
「連絡ありがとうございます。確かにこれは、私達が追っているものの一部です」

 ギンガはこれを知っている。108部隊がこの事件を扱う前に見たことがある。
 これに関して、彼女には苦い記憶しかない。だが、今は思い返すときではない。一時的に、記憶を押し込めて、ギンガは最後に残った証言者の下に向かった。

「先ほどから状況を聞きだしてはいますが、かなり混乱しているらしく、要領を得た回答が出てきてません。有効な証言はまだ取れないと思いますが……」
「構いませんよ。少しでもピースが欲しいところですから」
「了解しました」

 ドライバーと思しき男性は、調査員に宥められていた。だが、よほどショックを受けたのか、視点は定まらず、感情のままにうわ言を繰り返しているようだった。

「こ、こーどが伸びてきて、生えてきてっ! おおお俺の腕、腕つかんで! コンテナが爆発して!!」
「ご覧の通りで。混乱してることもあって順序だった説明も無理なんですよ」
「…………」

 ギンガは腕を組んで考え込んだ。厳しく眉を顰めて、ある決断をする。
 彼女は徐にデータウィンドウを開き、一枚の画像を男に見せながら、こう言った。

「――あなた、これに見覚えありますか?」

〜・〜

 15:42。緊急連絡が入った。
 送り主はエリオ・モンディアルだった。

「エリオ二等陸士、報告をお願いします」

 通信を受けたルキノ・リリエ二等通信士だった。勤勉で生真面目な彼女はマニュアルに沿った対応をする。この一面は応用力がないと見られることがあるが、このときばかりはマニュアル通りの対応がエリオに状況説明をスムーズに促す一因になった。

『は、はい! クラナガンの繁華街、えっとB4−2の大通りから隣のB4−1に繋がる細い道で気を失ってる女の子を保護しました』
「了解です。今、隊長たちに通信を送ります。それと、救急隊を派遣します」
『ま、待ってください!』
「え?」
『この女の子、レリックの入ったケースに鎖で繋がれてるんです!』
「――! 了解。救急隊の派遣は取りやめて、シャマル医師に向かってもらいましょう」
『うん、ええ対応やルキノちゃん』
「あ、ありがとうございます、八神部隊長」
『と言うわけで、折角の休日やったけど、お仕事や。気張っていくよ!』
『了解!!』
『――あの、八神部隊長』
『え? なんやの? グリフィス君。折角のイケイケムードに水を注してからに』
『高町隊長と連絡がつきません』
『あ、ほうなの? なら別に問題は――あるやんか!?』
『ヴィータ、恭也はスパイクフォースの知人に会うと言ったんだな?』
『あ、ああ、そうだけど』
『なんで? なんで通信繋がらへんの? え、地下にいるとか?』
『部隊長、地下にいる程度で通信が繋がらないことはありません。恐らく、通信機の電源を切っているんだと思います』
『なら、念話や!! 誰か念話したって!!』
『じゃあ、私がするね。……あれ? 通じない? レイジングハート?』
『Protect magic.(魔力が弾かれています)』
『え゛!?』
『あの、とにかく現場に急行した方が良いのではないでしょうか? 女の子の確保がかなり重要だと思うんですが……』
『ちぃ、あの宿六、後で折檻や。一先ず恭也さんには引き続き呼びかけといて、フォワードは現場に向かったって』
『了解!!』

 今度こそ六課の出動と相成ったのであった。

〜・〜

 エリオ達のいる現場に最初に辿り着いたのはティアナとスバルだ。比較的近い繁華街にいたのが幸いした。ヴァイスに借りたバイクは近場のデパートのパーキングに停めてきた。

「エリオ、キャロ、状況は?」
「女の子の怪我は、調べた限りは大きなものはありませんでした」
「ただ、相当疲れてるみたいで、さっき少し魘されてました」

 キャロに膝枕されている少女は、浅く短い呼吸を繰り返している。頬は泥で汚れていて、体に巻きつけているマントも泥まみれだ。裾から覗く白い素足は、見ていると痛々しいほど擦り傷が絶えなかった。
 エリオとキャロの報告に、ティアナは軽く頷くと、隣のスバルを見る。彼女も軽く頷いて答えた。

「――じゃあ、短い間の休日は堪能した?」
「はい!」
「ま、焦んなくてもまた休みはあるわ。今日の分は次の休みにプラスすることにしましょ」
「そうだよねー。ティア、後ちょっとで最高点だったのにねー」
「今すぐクロスミラージュを叩き込まれたいのかしら?」
「うわ、冗談! 冗談だってば!」
「……とりあえず、各員戦闘準備。なのはさん達がここに来るまで、この子の保護を最優先するわよ」
『了解!』

 四人はデバイスを起動させる。瞬時にバリアジャケットを纏うと、周囲を警戒し、確保要員の到着を待った。

〜・〜

 恭也が通信ブースを出た途端、通信端末がけたたましく鳴り響いた。周囲にいた局員が何事かと彼を見るが、恭也は軽く会釈を返して、その場を足早に退散した。

「こちらシュツルム01」
『ああ! やっと繋がりました!! どこにいたんですか!?』

 通信を開くと、血相を変えたシャリオが現れた。何かただ事ではない事態のようだが、逆に相手が取り乱していると冷静になれるもので、一種醒めた視線でシャリオを見る。

「通信センターだが?」
『通信センター? どうしてそんなところに』
「色々あってな。それで、緊急通信まで使ってなんの用だ?」
『なんの用だ? じゃないですよ! 緊急事態です! 今送ったポイントに急行してください!』
「それは良いが……事情を説明しろ」

 恭也としては状況が飲み込めないまま動く気にはあまりなれなかった。それでも歩く足を速めつつ、シャリオに説明を求めた。

『今から約十分前にエリオ君から緊急報告が入りました。身元不明の八歳前後の女の子を保護。その子の足に鎖で繋がれたケースにレリックが入ってたんです!』
「成る程、了解した。十分と言うと、他の奴らは到着してるのか?」

 通信端末を開きっ放しのまま、受付に向かう。多少会話を聞かれても、言葉の断片だけでは自分達の仕事内容は見えてこない。それでも、若干小声にしつつ、恭也は通信を続けながら受付を出た。

『フォワード四名が現場を確保してます。シャマル先生を乗せた輸送ヘリが現在現場に向かっています。後三分で現場に着きます』
「シャマル? 病院には……ああ、レリックを持ってるからか」
『ええ。機密性が高いので、六課で預かるしかないと部隊長の判断です』
「……その現場には間に合わんなぁ。ここからだと十五分はかかるぞ」
『あ、待ってください。今、ティアナから報告が』

 そう言われて恭也は歩くことに集中した。バイクを止めている駐車場は地下にある。エレベーターホールの混み具合から見れば、階段で降りたほうが早そうだと判断し、エレベーター横の階段へ向かう。

『お待たせしました! ティアナからの報告で、女の子に繋がれてた鎖は二つ! 内一つは確保したので、もう一つを確保するために、高町隊長にはそちらへ向かってもらうことになりました』
「了解。もう一つのケースを確保すればいいんだな?」
『そうです。ケースがあると思われる場所を転送しますね』

 転送されてきたマップを確認して、恭也は少し眉を顰めた。

「……広いな」
『それはまだ簡単な割り出しだけです。詳細なデータは後々送れると思います』
「期待する」

 バイクを止めた階に到着した。メットを被ろうとして、思い直す。レリックが絡むのなら、戦闘になる可能性が高い。となると、いちいちメットを外すのか、または被ったまま戦うのか。どちらも論外である。外している間は隙になるし、被ったままでは頭が重く、視界も悪い。
 この世界の道交法は地球の日本と同程度の締め付けだが、こちらは緊急の任務だ。つかまったらそれで押し通すと決めて、恭也はメットを被らず、エンジンを始動させた。

「俺の脚だとここに行くのがさらに遅れる。地下もバイクで走れるように手配してくれ」
『もうしてあります』

 得意げに言うシャリオに、恭也は意外と感じ、しかして嘆息した。この程度で得意がっては困る。

「それが出来て当たり前だ」
『むむ』
「現場に向かう。何かあったら連絡をくれ」
『了解です』

 通信を切った恭也はバイクを唸らせ、一路現場へと向かった。

〜・〜

 少女の状態を診たシャマルは、明るい声でなのはに言った。

「大丈夫みたい。足とかの怪我も、痕も残らずに治るわ」
「そうですか」
「ただ、かなり衰弱してるわ。隊舎に点滴を用意してもらっておいた方が良いわね」
「それって、結構まずい状態なんじゃ」

 かなりの衰弱、となればこの少女の回復には時間がかかると言うことだろう。そして、その状態のままでどうしてこんなところで、裸同然で倒れていたのか。そのあたりの事情を聞くにも、数日間を空けなければならないようだ。
 しかし、シャマルはなのはのその心配を杞憂と断じた。

「診断上は衰弱って言ったけど、要はお腹が減ってるだけよ?」
「へ?」
「胃の状態と脂肪の付き方から診て、一週間ないし、同程度の期間ご飯食べてないみたい。口にしたのは水くらいじゃないかな。下水じゃなくて、上水道にいたからそうだと思うけど」

 何も食べてない。その言葉を聞いたキャロが、未だに気を失っている少女を心配げに見た。

「何も食べないのが続いた状態で、ものを食べようとしても、胃が過剰消化して結局吐いちゃうわ。体の機能が正常になってないからね。それで点滴を打って、体力と栄養を送って元に戻せば、またご飯が食べられるようになるわ」
「じゃあ、深刻な状態じゃないんですね?」
「ええ。今のところは。帰ってから、傷口にばい菌がないか確認しなきゃいけないけど、今のところは大丈夫よ」
「解りました。この子の事お願いします」
「はい、任されました。じゃあ、なのはちゃん、その子、ヘリに運んでくれる?」
「はい」

 なのははキャロの膝枕で眠る少女を抱きかかえた。
 小さい。
 なのははそう思う。
 あどけない表情で眠り続ける少女をなのはは見る。
 軽く口を開けた少女は、言葉にならないうわ言を言っている。腹に置かれていた手が何かを求めるように動き、なのはの制服の襟を掴んだ。

「…………助けるからね、絶対」

〜・〜

 そのとき、ルキノの報告が響いた。

「レーダー、感! ミッドチルダ沖合いに機影を確認! 数は……100!?」
「ガジェット二型です! 三機編成で、三部隊に分かれてこちら――なのはさん達に向かっています!!」

 ロングアーチの司令室の空気が一気に固くなった。
 その中でも、はやては自分が纏う空気を変えず、指示を発する。

「空中戦は、高町一尉とハラオウン一尉に任せよか。残りのフォワード陣はもう一つのケースの確保に向かってや」
『了解!!』

 はやての指示でいくらか緊張が和らいだ。おのおの、自分の仕事をこなし始めたのを眺めながら、はやてはグリフィスに訊ねた。

「狙いはなんやと思う?」
「レリックの確保、と思いたいですが、私は今回保護した少女が目的ではないかと思います」
「私も同意見。あの子がなんでレリックの入ったケースに鎖で繋がれたのか、がポイントやろうね」
「はい」

 もう一つのケースに入っているものもレリックだと推測されている。何故それを持っていたのか。それがはやての最も知りたいところだった。

「報告! ガジェット空戦機に援軍! 数五〇……七〇! どんどん増えます!!」
「こりゃあ、なのはちゃん達の足止めかな?」
「それもあると思いますが、これだけの数ですから、攻略も考えたのではないでしょうか?」

 そう考えるグリフィスだったが、はやては詰まらなそうに息を吐いた。

「ふん、あの程度の数でエース・オブ・エースが落とされてたまるかい。空戦部隊は任せるな、高町一尉、ハラオウン一尉」
『了解だよ』
『一機たりとも街に上げないよ』
「作戦は変更しないよ。皆、気張りや」
『了解!!』

 威勢のいい返事を貰ったが、はやては漠然と不安を覚えた。彼女たちには失礼な話だが、はやてにとっては万の軍よりも、一人の男の了解が聞きたかった。

「お父さん……」

 隣に控えるグリフィスに聞こえないほどの小さな声で、はやては男を呼ぶ。
 傍にいて欲しいと思い、念願叶って同じ部隊にいる事になったのが、彼女を弱くした。

 ――あかんなぁ。近くにいるとこんなに頼りたくなってまうんか、私は。

 ここまで依存が高いとは思ってもみなかった。しかも、この心を全く悪いことだと思ってない自分がいる。縋る事に抵抗のない自分がいる。
 一部隊を抱える身の上で、そんな行為は承服できない。だから、無理して抑え込む。

 ――頼むから、顔を出さんでよ? あの人に嫌われるんは嫌やろ?

 そう何とか自分を言い聞かせて、はやては目の前のモニターを睨むのだった。

〜・〜

 飛び込んだ地下水道を進みながら、ティアナは考える。
 敵の空戦部隊の襲撃。そして、こちらの航空対抗力は隊長陣に絞られる。当然の帰結として、レリックを確保するのは経験の浅い自分たちになる。一応、恭也 がこちらに向かっているらしいが、間に合うかどうかは微妙とシャリオから聞かされている。なら、現戦力でイレギュラーに対応しなければならない。
 イレギュラー――つまり、別戦力との交戦だ。
 ティアナの考えでは、相手はレリックを確保しに来るはずだ。なのに、航空戦力を投入してきた。これはなのは達を足止めしたいのだろう。大きく戦力が減衰したフォワード部隊を敵の主力が撃退し、レリックを確保する。恐らくはそんな筋書きを描いているはずだ。

「マジで気張らないと駄目ね」
「ん? なんか言った? ティア」
「気合を入れるって言ったのよ」
「うん。絶対にレリックを確保しようね」

 ローラーを滑走させながら、スバルは元気に頷いた。薄暗い地下水道でも、彼女の明るさは全く陰りを知らないようだ。この状況でそのスタンスを貫けるのは、非常に頼もしい。後ろを付いてくるキャロとエリオの緊張が若干和らいだのをティアナは背中で感じた。

「あ、そこを左です!」
「解ったわ! エリオ、フォローして」
「了解です」

 曲がり角で一旦止まり、壁に背をつけて、横道に続く水道を覗き込む。上下左右を確認。念のため水路にも気を配る。
 そのティアナの後ろでエリオが半径三十メートルをスキャンする。生体反応はゼロだった。

「反応ゼロです!」
「オッケー。じゃあ、先に――」

 先に進もうとしたとき、デバイスを通して通信が入った。

『こちら第108部隊所属ギンガ・ナカジマ陸曹です。機動六課フォワード部隊の方、応答願います』
「っと?」
「え? ギン姉?」

 突然知り合いの声が聞こえて、ティアナとスバルは足を止めてしまった。その様子を不思議がるエリオ達にティアナは少し待てと目配せして、応答する。

「こちらフォワード部隊。一時的に指揮を預かってるティアナ・ランスター二等陸士です」
『久しぶり、ティアナ。まあ、再会の言葉は後にして、私も今回の一件に関わる事になったわ』
「了解です。では――」

 そこで通信を聞いていたはやてが指示を飛ばした。

『ああ、ギンガはティアナ達と合流したって。マップから見ても、合流ポイントに着くまでにガジェットは全部片付けられそうやし』
『ナカジマ陸曹、ランスター二士。合流ポイントを送信しました。そこに向かうまでにガジェットに遭遇したら全て撃破してください』
『了解』
「了解しました。……聞いたわね? ギンガさんと合流するわよ」
「うん、解った」
「はい!」

 四人は同時に頷き、合流ポイントに急いだ。

〜・〜

 発射された魔力線を、ローラーを巧みに操りながら潜り抜け、すれ違いざまに利き腕の拳を見舞わせる。物理攻撃が弱いといっても、それなりの剛性を持つガ ジェットの装甲を一撃で拉げさせるのは見事と言える。続く後続のガジェットのカメラレンズに高速回転するローラーつきの踵を蹴り込み、出会うガジェットを 粉砕しながら、ギンガは六課の作戦に参加した経緯を説明していた。

「事故に遭った男性はただの労働者でした。背後関係は無関係だと思われます。積荷に関しても、企業側は関知してませんでした。ただ、運搬途中で積荷を入れ替えられたとは思えません。初めからダミーの企業を使って、運ばせようとしたとこちらは考えてます」
『うーん。列車の一件があるからなぁ。その線は濃いやろ』

 手元のウィンドウで現在位置を確認。一〇メートル先の水路を右に曲がるようだ。

「それで、問題の積荷ですが、生体ポッドだったんです。大きさから見て、十歳以下の子供が入る程度の大きさだと思われます。そして、事故現場から何かを引き摺ったような痕を追いかけていました」
『十歳以下……具体的にどのくらいの背の子が入れるん?』
「100cm以下の子供なら入れるかと思います」

 敵機感知。何故か一体のみ現れたガジェットをドロップキックで蹴り飛ばし、ガジェットは水路の壁に激突して爆発した。その爆煙を突っ切って、予定コース通りに、ギンガは右折する。

『グリフィス君』
『はい、恐らくは保護した女の子が入っていたんだと思います』
「被験者を保護していたんですか?」
『偶然な。ともあれ、少しは事件の線が見えてきたわ。報告ありがとな、ナカジマ陸曹』
「はっ」

 敬礼を示し、ギンガは合流ポイントに向かうべく、眼前にいるガジェット・ドローン十機に向かって疾走した。

〜・〜

 合流ポイントまであと200メートルのところまで来ていたティアナ達一行。一番足が遅いキャロに合わせての行軍だったが、六課に来てからの基礎訓練で体力と足の速さが向上した事が幸いした。ティアナの予想より五分早くポイントに着きそうだった。

「あんた、足速くなったわねぇ」
「はいっ。毎日走ってましたから」
「まあ、あれだけやってればそうなるよね」
「むしろ、六課に来る前より痩せたし」
「あー、あるある」

 女性陣で話しが盛り上がる中、少しだけエリオは居心地が悪そうだった。

「うぅ、居辛い」

 なんだか仲間はずれにされたような気がする少年は、ここに来るまでに疑問だったことを思い出し、話の流れを変えることにした。

「あの、ちょっとスバルさんに訊きたいんですけど」
「ん? なーに?」
「さっき通信に出てきた、ギンガ・ナカジマ曹長ってスバルさんのお姉さんですか?」

 別件からこの事件に参加したギンガ・ナカジマの名前に引っ掛かりを覚えていたエリオは、スバルにギンガとの関係を訊きたかったのだ。
 当然の疑問を受け取ったスバルは、若干胸をそらして、自慢げに説明した。

「うん。ギン姉――えーと、ギンガ・ナカジマは私の姉だよ。二つ年上で、階級も二つ上。所属は第108部隊。この前、高町隊長が挨拶に行った部隊がそこだよ」
「ああ、あれですかー」
「どういう人なんですか?」

 その場面を思い出したのか、キャロが感嘆をあげた。今度は人となりを知りたくなったエリオが続けて質問する。

「うーん、見た目に反して活動的な人ね。あー、でも、スバルと違って考えなしじゃないわ。むしろ反対ね」
「ティア、酷いー」

 華麗に無視。

「思慮深くて行動力がある人よ」
「ティアナさんは会ったことがあるんですか?」
「何度かね。と言うか、こいつが連れて来たりとか、わざわざ会いに来てくれたりとかね」
「結構親しいんですね」
「まあ、ね。あの人を嫌うのは結構難しいんじゃないかしら」

 基本的に善人であり、底抜けに善人であり、魂的に善人である。そう断言できる、とティアナは彼女をそう評した。

「それって、普通に善い人って言えば良いんじゃ……」
「キャロ、会話ってのは、ウィットに富んでないと回らないのよ」
「完全に高町隊長に毒されてるよぅ。シャマル先生に相談しないとっ!!」
「あー、無理だと思いますよ、僕は」
「そんなぁ」

 スバルの嘆きはエリオに一蹴された。
 そんな軽快なやり取りをしつつ、彼女達は遭遇するガジェットを撃破しながら、ポイントに到達。
 周囲の索敵を済ませて、一息ついた。

「さて、後はギンガさんを待つ――」

 その時、爆風がティアナと、ついでに隣にいたスバルを包んだ。

「おぶぅ!?」
「ゲホッ、エホッ!!」
「――お待たせ!! ……あら?」

 爆煙の中から勢いよく飛び出したのは、スバルと同じ髪の色を長く伸ばした女性だった。
 左手にスバルと同じ形式のデバイスを着け、両足も同じくブレードブーツを履いていた。

「ギンね゛え゛!」
「あらあら、スバル、だみ声よ?」
「誰の所為ですか!?」
「あ、ティアナ。お久しぶり」
「朗らかに手を振っていらっしゃる!? あ、なんかこのマイペース、身に覚えがっ!」
「高町隊長ですね、解ります」
「やっぱし?」
「はい」

 偶然にも二人に共通の特性を見つけて、戦慄するティアナとエリオだった。

「あの、初めまして! 私、キャロ・ル・ルシエ三等陸士であります!」
「ギンガ・ナカジマ曹長よ。今回、事件に協力させてもらうわね」
「はい!」

 そんな二人を尻目に、ギンガは元気よく挨拶をしてきたキャロに笑顔を向けていた。

「綺麗な人ですね、スバルさん」
「だよね! 自慢のお姉ちゃんだよ!」

 満面の笑みでそう言うスバルを見て、エリオは本当にギンガを慕っているのだと解った。エリオには兄弟姉妹と言う感覚は理解しがたい。けれど、家族と言うものは知っている。今は遠くなってしまったが、彼も家族を大事にする心はあるのだ。

「ここに来るまでのガジェットは全部叩いてきたから、先を急ぎましょう」
『周囲3kmにガジェット反応ありません。フォワード部隊は指定ポイントに向かってください』
「了解。じゃあ、行きましょう、ギンガさん」
「了解!」

 ギンガを加えた一行は、レリックがあると思しき場所へ走り始めた。

〜・〜

 沖合いの上空。迫りくるガジェットの編隊を前に、なのはとフェイトが交戦を開始した。
 ガジェットが目指す先は恐らくはヘリで輸送している少女だろう。相手の戦略目的が予想できるのなら、対処もまた確立できる。なのはは北西部から、フェイトは迂回進路を南に取りつつ、ヘリに向かっていくガジェット編隊の先端部分を目指していた。

「程度は大した事ないけど、数が厄介だね」
『うん。打ち洩らしはしないだろうけど、他に注意が行きにくくなる』
「それを狙ってるんだろうけどね」
『相手の術中にはまったけど、あの子達なら大丈夫だよね?』
「私が鍛えたんだから、大丈夫だよ。それにお兄ちゃんが向かってるし」
『そうだね』

 ここにいない人物をそうなのはは評した。当人にしてみれば当然の信頼なのだが、評価された方は苦虫を潰しきった表情を見せて、憎々しげにこう言うだろう。

 ――ざけんな。

 フェイトは高速で飛びながら、それを想像して不謹慎ながら笑みを浮かべてしまった。すぐさま表情を引き締めたが、誰かにばれただろうか?

『――こちらスターズ02。ロングアーチ、応答してくれ』
『こちらロングアーチ。スターズ02、ヴィータ副隊長、どうぞ!』
『現在航空戦場区域に向かってる。108部隊の演習中だったけど、ナカジマ三等陸佐が救援許可をくれた。指示をくれ』
『了解や。じゃあ、ちょうど東から来てくれてるから、リインと合流して、そのままなのはちゃんたちと三方から迎撃してや』
『了解!!』

 ヴィータの増援が加わり、航空戦力に関して懸念は減った。今は下のみんなを信じて、ガジェットを撃墜することを考える。
 なのははレイジングハートを握りなおし、ガジェットを見据えた。

「絶対に守ってみせる!!」

 白衣の魔導師は大空へと羽ばたいた。

〜・〜

 指定ポイントに着いたティアナたちは、レリックが収められているケースを探していた。
 開けたそこは、列車の車庫だったらしく、幾本かのレールが並んでいた。当然廃棄された旧市街の車庫だ。照明もない暗闇をライティングで照らしながら、周囲を捜索する。
 そして、レリックを発見したのはキャロだった。

「あ、ありましたー!」
「ホント!?」
「女の子が持ってたケースと同じものですし」
『レリック反応もそこから来てます。それが目標物です!』

 シャリオのお墨付きを貰って、キャロはケースを抱きしめるように抱えた。彼女がケースを持つと、そのアンバランスさが微笑ましく感じてしまうが、スバルは努めて表情を消した。

「スバル、にやけるんじゃない」
「うぇ!? 何で解ったの?」
「あんたの考えそうなことなんてお見通しよ」
「さっすが私の相棒!」
「うっさい」

 レリックを確保して少しだけ気を緩めた面々の耳に、異音が混じりこんだ。
 何かを砕くような鈍い音が響く。
 いや、硬い何かを蹴る音だ。

「何かいます!」
「え!?」
「キャロ!」
「きゃあ!?」

 咄嗟に反応できたエリオがキャロを守るべく、見えない何かの前に立ちはだかった。
 勘を頼りに槍を構える。
 運良くなのか、不可視の攻撃を防げたが、気配の去り際、エリオの頬を何かが切った。

「うっ!」
「エリオ君!」
「大丈夫。かすり傷だよ」

 実際傷は大した事はない。切られ際に派手に血が飛び散った所為でキャロが過剰に反応しただけだ。
 それを伝えるとエリオはストラーダを構え、気配を探った。

(……く、気配が読み取れない。高町隊長なら読めてるんだろうけど)

 ないもの強請りをする自分を歯噛みし、エリオは集中力を高めて周囲を警戒する。
 その警戒網に、一つの気配がかかった。
 その気配は自分の背後、キャロの横に感じた。

「キャロ!」
「え? あ!!」

 横から伸びてきた小さな手が、キャロが抱えていたケースを奪い取った。

「返して!」
「……邪魔」

 ぼそりと呟き、黒い衣装を纏った少女が手を翳した。
 掌に紫の魔力光を集め、まさに放とうとしていた。
 それを見て、日ごろの訓練からの反応がキャロの体を動かした。
 反射的に抗魔力壁を張った。
 だが、その壁は脆くも砕け散り、キャロの体を吹き飛ばした。
 水平に飛ばされるキャロ。
 その向かう先は鉄の柱だ。
 頭からぶつかれば重傷を負う。
 キャロと柱の間に、エリオは稲妻の如く走った。

「間に合っ――た!?」

 キャロの頭を受け止めたものの、吹き飛ばされた勢いを受け止めきれず、エリオは背中から柱に激突した。

「ぐっ!」

 だが、少年の腕の中には少女がしっかりと抱きしめられていた。背中の痛みを我慢しながら、エリオは腕の中のキャロの様子を調べる。
 幸い、怪我らしい怪我はないようだった。そのことに安堵の息を吐いた。

「キャロ、無事!?」
「大丈夫です! 怪我はありません!」

 スバルの問いに、気を失っているキャロの代わりにエリオが答えた。
 そのことに安堵するスバルは、キャロを吹き飛ばした少女を見る。
 こちらの様子には無関心のようで、ケースを抱えて歩み去ろうとしていた。
 スバルは慌てて少女を呼び止める。あまりに自然に立ち去ろうとしたので、一瞬躊躇ってしまったのは隠しておきたい。

「ちょ、そこの女の子! それ、危ないものなんだよ? 怪我とかしちゃうかもしれないから、こっちに渡して!」
「…………」

 スバルの呼び止めに一瞥をくれただけで、少女は歩みを止めようとはしない。

「くっ、公務執行妨害の罪であなたを拘束します!」
「ギン姉!?」
「スバル、フォローして!」
「え、あ、うん!」

 ローラーを唸らせて少女に迫るギンガだが、眼前に暗色の人形ひとがたが彼女の進路を塞いだ。

「――――!!」

 無言で、いや声を発する器官がないのか、その黒い影は右腕の爪を伸ばし、それに魔力を込めて突撃してきた。
 先に反応したのはギンガだった。左腕のリボルバーナックルを唸らせ、拳を振った。
 衝突する拳と爪は魔力干渉による爆発で互いに吹き飛んだ。
 両者の体が流れる。その隙を逃さず、今度はスバルが前へ躍り出た。

「貰ったあー!!」

 息巻いてスバルは飛び蹴りをかます。
 スバルの蹴りは、当たりはしたが直撃ではなかった。あの体勢できっちり防御されていた。

「コイツ、強い!」

 それを肌で実感したスバルに、ティアナの悲鳴が飛び込んだ。

「スバル! 防げ!!」
「え……」

 横合いから熱風が迫っていた。
 目の前を紅蓮の炎が覆っていた。
 ティアナの声に反応して、体がシールドを張ろうとするが、遅い。
 直撃する。
 その衝撃に、思わず体を固まらせたスバルだったが、ついにその衝撃は来なかった。

「くっ」

 ティアナが膝を突いて、荒く息を吐いていた。
 クロスミラージュが排莢し、次弾を装填する。
 どうやら、ティアナが助けてくれたらしい。その事だけを理解して、スバルは礼を言った。

「ありがとっ! ティア!!」
「馬鹿! 前見なさい前!」
「前……む」

 果たして、言われた通り前を見たスバルは、そこに見慣れない人間がいることを知る。
 赤い仮面を被り、長剣を携えた男がそこにいた。

「あ、この前の!!」
「……グレン、だ。悪いが、その子に手を上げるのは止めてもらおう」

 剣で振り払うように持ち直し、仮面の男は少女を守るように立っていた。
 男の出現を感知できなかったことにヴィータが叫んだ。

『ロングアーチ、なにやってんだ!!』
『転移反応から出現までのタイムラグが殆どなかったんですよ!』
『言い訳になるか!!』
『すみません!!』
『ともかく、ティアナ達は退きや! あんたらが相手になるやあらへん! ヴィータ! リイン! 救援に向かって!』
『解った! 待ってろよ、お前ら!!』
「りょ、了か――」
「悪いが、退かせる訳にはいかないんだ。少々怪我をしていってもらう!」

 グレンは剣を振りかぶった。剣身に煌々と炎が灯る。
 暗闇だった地下通路を赤々と照らすそれを、仮面の騎士はスバルに叩きつけんと、剣を振り下ろし――!!

「っ、なんだ!?」

 直前、周囲にうねる様な爆音が轟いた。
 その音は徐々に大きくなっていく。
 時折、聞こえる甲高い音が混じっているのが解ってきた。
 騎士はその音に聞き覚えがあった。もう半年も聞いていない音だ。
 何故か、胸が早鐘のように高鳴る。
 何かが迫ってきている。
 それが自分に対して何かを意味することなのか。
 その答えが、今見えた。
 遠方から光が現れた。
 2ビートのエンジン音を撒き散らしながら、それは風を切って迫ってくる。
 高速回転するタイヤが、時折地面を空転し、直後に接触してゴムの焼けた臭いを後ろに靡かせた。

「高町隊長!!」
「――――!!」

 名を呼ばれた恭也はアクセルを目一杯開く。
 暖められたタイヤは地面を噛み、その回転に合わせて前進する。
 恭也はシートから腰を浮かせた。
 前傾姿勢を保ちつつ、左手で不破を抜いた。

「雄っ!!」
「くっ!!」

 スバルと騎士の間に滑り込んだ恭也はすれ違いざまに斬撃を放つ。
 体重は言うに及ばず、バイクの加速と重量も加味した一撃だ。
 その一撃を防いだ騎士は、数トン単位の衝撃に踏ん張ることも叶わず、派手に吹き飛ばされた。

「凄い……」

 その攻防を見て、ギンガはそう零した。
 今の一撃。普通の人間がやれば、どちらの剣も破砕されていたはずだ。
 あれだけの衝撃を受けて、細い鉄の棒が耐え切れるはずがない。
 しかし、二人の剣は折れも曲がりもせず、手中にあった。
 その技量を目の当たりにして、ギンガは戦慄を覚えたのだ。
 横滑りにバイクを止めた恭也は、エンジンを切ながら、短く息を吐いた。

「やれやれ、ようやく着けたか」
「遅いですよ! 何してたんですか!?」
「ここに向かってたに決まってるだろ、ランスター。本部からここまで都市部を横断してたんだぞ」
「うーん、それなら仕方ない?」
「それで納得するんじゃない、馬鹿スバル!」

 地下道を通ってきたので、地上を走るよりはるかに早く到着したのだが、今までピンチだったティアナたちにしてみれば遅いと思ってしまうのである。
 ティアナたちの抗議は右から左へ流して、恭也は眼前の敵を見据えた。

「……さて、やるか」

 澄んだ気配を纏いながら、ゆっくりと八景を抜いて、恭也は騎士に振り返る。
 丁度恭也の隣に立っていたギンガは、恭也のその佇まいに表現できない安心感を覚えた。
 圧しかかるでもなく、叩きつけられるわけでもない戦いの気配。それは決して戦う意思が弱いわけでも、経験が少ない新兵が出す精一杯のものでもない。
 確かな自信と実力から来る『強者』の気配だった。

「そっちも加勢が来たんなら、こっちも加勢を呼ぶか」
「ほう?」
「まだいるの!?」

 騎士の言葉に若い、いや幼い声が降りかかった。
 声の主は天井近くの物陰に隠れていたらしい。不満顔を隠しもせず、グレンの横に下りてきた。
 その姿にエリオは既視感を覚えた。
 あれは――、

「リイン曹長に似てる……」
「――と言うより、同じユニゾンデバイスなんでしょうね」

 エリオの呟きにティアナは補足を入れた。
 これであちらの戦力は4。
 全員の戦力分析は未だ不定のまま。
 厳しい状況に陥っていた。

「おい! いきなりアタシがいることばらしてどーすんだよ!? 折角背中にぶち込んでやろうと思ったのに!」
「悪いが、その時は容赦なく踏み潰す。タバコの吸殻の如く、こうグリグリと」
「はあ!? コイツ、コイツムカつく! このアタイを踏み潰して、あまつさえグリグリするだとぉ!? こんがり焼き上げられてーのか!!」
「煮ても焼いても食えない男と呼ばれる俺には向かん決め台詞だな」
「ぜってー燃やす! 灰になれー!!」

 頭から本当に湯気を出しながら、炎の化身のような性格をした妖精が火球を連射してきた。

「うわわわわわ!」
「アチッ!」
「く、凄い熱量! あの子並みじゃない!」

 周囲が火の海に飲まれる光景を妖精――アギトは満足気に見ていた。

「どーだ! アタイの炎の味は!」
「――焚き火だな」
「な!?」

 唐突に背後に現れた黒尽くめがそんな評価を下した。
 アギトの火球は可燃物もないのに未だに地面を燃やし続けている。
 暗闇に点けられた明かりがある中で、自分達に気づかせず移動することなんて無理のはずだ。
 その思考を読み取ったのか、恭也はアギトに小太刀の先を突きつけながら、言った。

「閉塞空間で暗闇の中、強烈な光源は逆に死角を生む。柱から伸びる影なんて、格好の隠れ場所だな」
「くっ、テメェ!!」
「お前と俺の相性は悪い。さっさとここで縄に付けば、痛い思いはせんが?」
「――いや、その前にお前に痛い目を見てもらう」

 グレンが剣を振った。その勢いに咄嗟に刀で受け止めようとした恭也だったが、反応した体を無理矢理意識下に置き、離脱した。

「ち、剣圧はシグナム並みか。まともに打ち合うと、負けだな」
「すばしっこい奴だな。まずは足から行くか」

 お互い、口の中で相手の厄介さを口にし、じりじりと仕掛ける間合いを計り始めた。
 両者とも隙らしい隙は見せなかったが、恭也は全域に張った剣の結界の中で、身動き一つしない集団に罵声を浴びせた。

「そこの馬鹿共。いつまで呆けてる気だ。ケースを奪い返せ」
「はっ、はい!!」

 恭也の言葉に我を取り戻したギンガはケースを抱える紫髪の少女――ルーテシアの身柄確保に動いた。

「ルールーに手は出させねえ、ぜ!!」

 それを妨害すべくアギトが火炎弾を放つ。
 床に着弾し、噴煙を巻き上げて視界が塞がれた。
 その土煙の中から、黒い人形が飛び出してくる。

「ガリュー! やっちまえ!!」

 甲殻の拳闘士――ガリューが吶喊する。
 迎撃に移ったのはギンガだった。

「コイツは私が抑えるから、みんなはケースを!!」
「解った!」
「了解です!!」

 気を失っているキャロを守るエリオは攻撃に参加せず、後方に退いた。
 スバルはウィングロードを作り、ルーテシアの頭上へ向かう。
 それに気付いたアギトは、その進行を阻むべく魔力弾を投げつけた。

「させっかよ!!」
「甘い!!」

 スバルに向かう魔力弾をティアナの銃撃が撃ち落とした。
 この程度の弾幕を撃ち落とすのは造作もない。
 なのはのディバインシューターの方が何倍も厄介で速い。それを撃ち落とす訓練をしてきたティアナにしてみれば、アギトの攻撃は止まっている的と同じだ。

「くっそおお!!」

 華麗に防がれ焦るアギトは、やけくそ気味に魔弾を撒き散らした。

「うわ!」

 その中の一つがスバルを軽々と吹き飛ばした。
 煙で視界が狭くなったティアナが見逃した一つがスバルに向かってしまったのだ。

「スバル!」
「だいじょーぶ!」

 直撃はしなかったようで、ティアナは安堵の息を吐いた。
 その一瞬の空白が生んだ休息時間に、ティアナは恭也の様子を探った。
 場所をこの場からやや離したところに、恭也と赤い騎士が交戦している。
 両者の姿に、ティアナは不覚にも目を奪われた。

〜・〜

「態々隙を晒すなんてな」
「それを突いてこなかった貴様に言われたくない」
「違いない」

 すり足で互いに有利な距離を取ろうとする両者は、じりじりと間合いを狭めていた。
 恭也は八景を前に、不破を体の影に隠す構えに移る。
 騎士はさらに足幅を開き、前傾した。
 弾ッ!!
 両者ともにコンクリートを蹴った。
 同時に突き進んだ両者だが、恭也の方が三歩速い。

「――――っ!!」

 息を止めて、剣を閃かせる。
 弧を描いた斬線が騎士の腹を襲う。
 騎士は直剣の腹に手を添えて、恭也の斬撃を防いだ。
 お返しとばかりに、騎士は突きを放った。
 包丁剣の切っ先が恭也の右肩を狙う。
 寸前、左足を踏ん張って、騎士の頭上へ跳んだ。
 逃がすものかと、騎士は突き出した剣を翻すが、恭也は宙を返りながらジャケットの内側から短刀を一刀引き抜き、投げつけた。
 騎士はたまらずそれを払い落とす。
 刀身の半ばから断たれた短刀に、恭也は顰め面を残しながら、騎士の周囲を回り始める。
 決して速いわけではない。だが、気を抜くと視界から消えそうな不安定なリズムで騎士を中心に旋回し始めた。
 それに惑わされぬためか、騎士は早々に恭也に仕掛けに行った。
 彼の魔力が剣身に伝わり、赤い光を帯びていく。
 赤光が恭也の体を覆いつくした。

 ――――ッ!!

 爆風が密閉空間に広がった。
 熱風に晒され、ティアナ達は思わず、物陰に避難した。それでも、ルーテシアから目を放すことはしない。

「高町さん!!」

 局地的な爆発の中心地にいた恭也を、ギンガは呼んだ。しかし、ほかの面々は全く心配していない顔だった。むしろルーテシアが逃げ込んだ柱の影を凝視している。
 その事にいぶかしんだ彼女は怒鳴った。

「あなた達! 心配しないの!?」
「あー、心配するだけ無駄と言うかー」
「無意味と言うか」
「無価値?」
「えーっと、心配は要らないと思います」

 なんて薄情!?
 そう思ったギンガがさらに言い募ろうとするが、四人は首を横に振って、同じ場所を指差した。
 ギンガがその先を見ると、爆煙を巻き込みながら恭也が騎士の背後に迫っていた。

「ちぃっ!!」

 手応えを感じなかった騎士は、すぐに気付いていたようだ。
 だが、恭也の刃のが騎士に届く方が速い。
 反応し切れなかった騎士の左肩口に八景を切り込ませた!

「なっ!!」

 その光景に、ギンガは言葉を失った。
 白刃は、止まっていた。
 騎士の肩まであと3cmのところで、赤い障壁にその進行を阻まれた。

『――アクティブ2』
「チェアッ!!!」

 騎士は剣を大きく横に振った。
 ただ、狙いを恭也ではなく、未だ障壁と鎬を削る刀にした。
 あからさまな狙いに対して恭也は大した反応が出来ず、騎士の狙いのまま不破で防がざるを得なかった。
 十数メートルの距離を置いて、恭也は着地する。
 その間隙。剣士を狙って、グレンは魔力を収束させる。
 騎士は周囲に五つのスフィア――攻性魔力射出帯を生み出した。

『アクティブ3』
「灼烈!!」

 赤いフレームで剣を模して形作られた魔弾が恭也を襲った。
 撃ち込まれる剣弾に、恭也は回避を迫られる。
 右に向かって走る。
 一つ目の剣は恭也が着地した場所に着弾した。
 深さにして三〇cmほどの穴が開いた。
 それを横目にして、恭也は思う。

(一撃死か)

 いつものことだ。
 基本的に防御に関して、恭也はからっきしだ。
 自身の保有する魔力量が足りず、魔導師の基本防御魔法であるバリアジャケットすら構築できない。擬似的に、中空に足場を作る魔法を壁として使ったことも あるが、あれは基本的に物理系にしか対応しておらず、魔法攻撃に対しては紙同然だった。そして、自分に撃ち込まれているのは魔力弾だ。こうなると恭也には 避けるしか選択肢がない。
 幸いにして、相手はどちらかと言えば近接格闘向きのようだ。遠距離戦や砲撃戦、弾幕系の戦闘形式を得意としていないらしい。
 それを確信しているのは、剣を合わせたからだ。あの剣筋は魔法と並行して身に着けるには、少々腕が立ちすぎる。

(恐らくは俺と同じ類)

 魔法の知識がないところで、肉体を鍛えていた人間。
 そうでなければ、あれだけの魔力量を持っていながら、あの程度の数しか弾を作らないはずがない。
 ただ、決定的に違うことは、自分よりは剣の才能がなく、自分より魔法の才能に秀でている点か。
 総合的に見れば相手の方が強いだろう。あらゆる状況に対応できる素質が、この赤い仮面男にはある。対して、自分は局地的な場面でしか己の力を最大限に引き出せない。

(ここも密閉空間と言えばそうだが、少々広い。せめて天井が半分でも低ければ話は変わるんだが……)

 かと言って、柱を斬って、低くするわけにも行くまい。長い間放置されてきた旧都市の地下施設でそんなことをすれば、極普通に落盤するだろう。現状のシチュエーションでやるしかない。
 恭也は、二発、三発目を不破と八景で寸断した。
 直後、前へと走りながら、懐から短刀を四本取る。
 左右の指に二本ずつ挟み、向かってくる残り二つの火炎弾に向けて投擲した。
 短刀が接触した衝撃を感知し、火炎弾は爆発した。
 その炎風の中、恭也は三度目の接敵を挑む。
 相手もこの動きは読んでいたのか、剣を両手に握り、迎撃体勢を整えていた。
 互いの視線が絡んだのは〇.一秒。
 その時間で、騎士は恭也の呼吸を盗み取った。
 斬撃のタイミングが合わせられた。
 方や片手の小太刀。
 方や両手の直剣。
 走っている分の慣性力を見込んでも、力負けするのは目に見えていた。
 だから、恭也は一つ小細工をする。
 左のつま先を敵と水平に踏む。
 恭也の体にかかっていた全ての力のベクトルが左足にシフトする。
 その流れを殺さず、踵を軸に、体を回転させる。
 左に握った不破。
 刃を水平にし、薙ぎ払いの予備動作を騎士に見せた。
 当然、騎士はそれに対応すべく動く。
 恭也は見る。
 騎士が柄を下げ、こちらの薙ぎを往なそうとする動きを。
 それを見て、恭也はほくそ笑んだ。

「がっ!?」

 騎士は驚愕する。
 恭也のあからさまな、誘うような横薙ぎを防御した。
 それはいい。だが、その衝撃は他に類を見ないほどの威力を腕に、体に伝えたのだ。
 思わず剣を取り落としそうになるのを、歯を食いしばり、気力で指に力を込めて、小太刀を振り終わりつつある恭也の脳天に目掛けて、振り下ろした!
 だが、無理な体勢、無理矢理な握りから出る剣の一撃は、恭也にしてみれば余裕で回避できる代物だった。
 それでも追撃をやめたのは、先ほど見せられた魔法での迎撃だ。あれで対処されると、恭也には逃げの一手しかない。
 やむなく、距離を取って、様子を見るしか出来なかった。

「……くそ、なんなんだ? 一体」

 未だ腕が痺れている。それに騎士は悪態を吐いた。
 今までの数合は受け止められていた。それなのに、ここに来て急に攻撃の威力が上がった。
 火事場の馬鹿力か?
 いいや、その割には相手を追い詰めてはいない。それほど必死になっているとは到底思えない足取りと表情だ。
 なら、何かしらの方法で威力を上げられるのだろうと、騎士は結論する。
 となれば、あまり剣の打ち合いはしたくない。どうにも、自分とこの剣士との間には、埋めがたい腕の差があるようだ。

「あまり趣味じゃないんだが、四の五の言ってられないか」

 一人ごちて、騎士は頭脳ブレインに呼びかけた。

「ブレイン、アクティブ4だ」
『了解。アクティブ4、スタンバイ』

 また騎士の剣が光り始めた。
 だが、先ほどと違い燃え盛るでもなく、眩い光を放ち続けている。
 何をする気だろうか。
 それを考えることなく、恭也は突っ込んだ。
 俊足の踏み込み。
 この速度に反応できるのは早々いない。
 案の定、グレンもまた反応しきれず、防戦態勢をとらざるを得なかった。
 五連。
 斬撃が入った。
 その全ては赤い壁に阻まれる。
 だが、斬撃は入った。

「ぐっ!?」

 バリアジャケットに走った衝撃が、グレンをぐらつかせた。
 追撃にと恭也は刀を走らせる。
 続けざまに繰り出された三撃が決まった。

「はああ!!」

 これ以上はやらせるものか。
 その気迫がグレンを叫ばせた。
 闇雲に振った剣が、偶然にも不破の刀身に絡んだ。
 グレンの剣が不破に触った瞬間、小規模な爆発が起きた。
 接触起爆。
 グレンのアクティブ4は、彼が持つ剣を起爆剤とする爆発の魔法だったらしい。
 思わぬ状況と、予期せぬ威力に、恭也の左手から不破が弾き飛んでいった。

「ち……」

 恭也は思わず、舌打ちをした。
 戦闘中、極力物も言わず、ただひたすらに敵を斬る事のみ考えるのが、恭也の戦闘形式だ。敵を弄する為に戯言を零すことはあるが、そんなことは稀だ。そんな彼が舌打ちをするほど、今の状況は不利らしい。
 そんな恭也の舌打ちを聞き取ったグレンは、仮面から唯一覗く口元を緩めた。

「どうやら、お前のデバイスらしいな、それは」
「…………」
「だが、今まで魔法らしい魔法を使ってないから、油断は出来ない。まあ、これで魔法の脅威がなくなったと考えれば、お前を倒すことは格段に楽になったのは確かか」

 剣士は何も言わなかった。
 だが、その険しい表情が騎士の言葉を肯定していた。

「…………」

 恭也は思う。
 この場面で、不破は必要だろうか?
 今のところ、魔法なしでも相手と戦えている。加えて、奥義の一つも見せていない。
 なら、切り札たる奥義を以ってして、この騎士を倒せるのか?
 否だ。
 男が持つ障壁は、彼の妹や娘分達のそれとほぼ同じ強度がある。壁越しに攻撃を徹すことは出来るが、それが決定打にはならない。自分が持つ奥義では、騎士を打倒することは不可能。
 となれば、援軍に賭けるしかない。自分は物理攻撃に特化した人間であり、魔法攻撃は新兵以下だ。その間に時間稼ぎをするのならば、デバイスである不破は必須だった。あれがあるのとないのでは、逃げ幅が一次元違う。

(回収、は難しいか。奴は、不破に狙いをつけている。俺が取り戻す仕草をすれば、即座に破壊しに行くだろうな)

 不破までの距離はグレンの方が近い。恭也の足でも、向こうの方が速く着くだろう。いや、そんな必要はないか。ただの剣型のデバイスを破壊するだけなら、火炎弾一発で事足りる。
 この状況を覆すのは、容易ではなかった。
 それは、グレンも確信していた。
 恭也はあのデバイスを手に入れたいはずだ。今までの驚異的な体術は、確かに厄介なものだ。だが、凌ぎきれないものでもない。現に今までは凌ぎきれてい る。障壁を越えてダメージを与えてくることはこの際考慮外とする。あの程度なら、戦闘に支障はない。しかし、魔力弾を物理攻撃で破壊するなんて芸当をする くらいの人間が、魔法を併用し始めるのは危険すぎる。
 敵の切り札は恐らく何らかの魔法だろう。絶大な威力なのか、奇札なのかは想像の埒外だが。なんにせよ魔法に関連する何かだろう。ブレインの解析では、あ のデバイスはベルカ式のアームドデバイスらしい。さらに詳細なデータをブレインが見せる。恭也に気を配りながら斜め読みをすれば、ベルカ式のデバイスを持 つ人間は総じて騎士と呼ばれる武人らしい。なら、あの動きは大体の納得が出来る。
 ミッド式のような、グレンが思う、所謂魔法使いではなく、魔法も使用する戦士。それを騎士と称すのだろう。
 先日剣を合わせた女性の魔導師も、騎士なのだろう。
 事戦う相手が騎士なのは、今後は避けたい事柄の一つになりそうだ。

「どうした? さっきとは打って変わって静かじゃないか」
「……抜かせ。例え、魔法抜きだとしても、俺は負けはせん」
「へえ? 面白いこと言うじゃないか? なら、試してやろうか!!」

 騎士が己のデバイスを呼ぼうとした直前。
 恭也の腕が霞んだ。
 何かが鋭く通り過ぎる音。
 その音よりも速く、それはグレンを襲った。

『アクティブ2』

 ブレインが障壁を張った。
 一定距離内に、一定値の速度を持った飛来物がグレンに衝突すると判断したとき、ブレインは規定パターンに沿って障壁を展開する。その自動防御システムが、不可視の一撃からグレンを守ったのだ。

「なんだ!? 何をした!?」
「誰が言うか」

 明らかに恭也の仕業だが、グレンの目には何も映っていない。
 さらに恭也が両腕を振った。
 風切り音。
 それが一瞬聞こえたと同時に、グレンの障壁に二つの衝撃が加わった。
 大した威力はないが、グレン自身がそれに反応できていないのがまずい。
 このままではこの場から一歩も動くことが出来ずに終わる。
 なら、少しでも相手から隙を出させるために、グレンは動いた。

「今の攻撃、ワイヤーか何かか?」
「…………」

 恭也の気配が若干揺らいだ。どうやら当たりらしい。

「極細のワイヤーによる攻撃か。確かに人間の目じゃそれを追う事は出来ないな。だが、コイツにしてみれば、まだ反応に余裕がある。第一、その程度の衝撃で俺のバリアを砕けないだろう?」

 グレンは自分を襲ったものの正体を大よそ言い当てていた。
 この薄暗い中で、一ミリ以下の高速物体を見切ることは不可能だ。しかし、それだけ細いとなると、斬り裂くには十分かもしれないが、どうしても重さが出ない。
 そして、グレンの障壁は重さも加えた本物の斬撃でなければ、突破することは不可能だ。あの時、恭也が刀で加えた衝撃は自分の体を痛めるに至ったが、今の攻撃は壁抜きも出来ずに弾かれた。
 つまり、あの攻撃は脅威足りえない。
 そして、デバイス――刀を一本失ったこの剣士は、攻撃力が半減したと言うことだ。

(勝てる要素は出てきたな。後はどうやってあいつを捕まえるか、だな)

 正直、恭也の足を止める手段を思いつけない。自分の魔法はどれも大味であり、敵を拘束する魔法を持っていないのだ。今まではそれで十分だったこともあり、新しい魔法の開発や習得をしなかった。それが今に響いている。
 自分の怠惰を笑おうとし、グレンは内心で首を横に振った。
 争い事に拘泥するつもりはない。
 確かに準備不足なのは事実だが、ここで主義を曲げる必要もない。
 自分に課せられたものは――、

「倒す事じゃない。守る事だ」

 言って、グレンはデバイスを呼んだ。

「ブレイン、アクティブ3」
『了解。アクティブ3、スタンバイ』

 再びスフィアが現れた。数は――一〇。
 それを見て、恭也は一言、漏らした。

「やばいな」

 恭也が動いた。
 後数瞬で敵は炎を放ってくるだろう。
 その前に――届け!!
 恭也は指に絡めた八番鋼糸を力強く振った。
 先よりも太い鋼糸がグレンに駆けた。
 衝突。
 恭也が向けた鋼糸はグレンに当たった。
 だが、それだけだった。
 壁に阻まれた鋼糸は空しく弾かれるだけ。射出されようとしている火炎弾の破壊すら出来なかった。
 その結果に、グレンは笑みを深めた。

「もらった!!」

 発射された紅の矢が、片刃の剣士を燃やし尽くさんと殺到した。
 それを前にして、恭也は諦めの表情は浮かべなかった。
 いや、何かの確信を持った表情を浮かべてすらいた。
 何故?
 そうグレンが思った瞬間、彼の視界の外から、何かが恭也に向かって飛んでいった。
 自分が撃ち出した魔弾を擦り抜け、それは恭也の手に収まった。
 不破だ。
 独りでにあの刀が恭也の左手に飛んでいったのだ。

「馬鹿なっ!!」

 恭也が叫んだ。

「不破!」
『Rock'n Roll!!』

 内蔵していたカートリッジに撃鉄を打ち付ける。
 放出されていく魔力をコンデンサーに充填し、恭也の身体を薄く覆った。

「身体強化!!」
強化プログラム(Circuit of SOLDIER)

 衝撃緩和の魔法を身に纏い、恭也は意識を研ぎ澄ませた。
 その先に、御神の剣士の本髄がある!

 奥義之歩法――神速

 世界から色素が抜ける。
 白と黒のモノクロの世界が構築された。
 薄暗い地下通路が、更に視界が悪くなったが、煌々と燃える魔力を身に纏ったグレンの存在感は、尖らせた全感覚で簡単に察知できる。
 踏み込む。
 衝撃緩和の魔法が、本来ならば体にかかる衝撃を和らげてくれる。この魔法が使えるようになって、恭也の神速回数は二回分増えた。それ以上は、神速の領域まで集中力を高められない。これは、自分にとっての限界なのだろう。
 一歩、二歩、三歩。
 その歩数で、自分に襲い掛かってきた火球を潜り抜ける。
 四歩目にして、恭也はグレンの懐に進入した。
 続けざま、刀を振るう。
 縦横無尽に走った斬閃が、騎士の絶対防御を斬り破った!

「くぁぁぁぁぁああああっ!!」

 斬り裂かれた防壁。
 そして、破られた甲冑。
 血を噴出して、紅蓮の騎士が崩れ落ちようとする。
 だが、彼は耐えた。
 耐え抜いて、反撃すらして見せた。
 体が崩れることを良い事に、腰を落として、足払いをかける。
 それに反応した恭也が、足が届く間合いから離脱しようとした。
 そこに目掛けて、騎士剣が突き出された。
 バックステップで宙に浮いていた恭也は、回避が出来ない。
 やむなく体を捻って躱す。
 それにグレンは超反応を見せた。
 突き出した剣を捻り、伸び切った腕を無理矢理横に流す。
 肩の腱が痛むのを知覚しながらも、恭也に一矢報わんと剣を振るった。
 その追撃に、恭也は八景を体とグレンの剣の間に割り込ませるが、体勢もさることながら、腕力に勝るグレンの一刃に片手では耐え切ることが出来なかった。
 胸を裂かれた。
 血が飛び、床に散る。
 受身も無様に、恭也はそのまま数メートルを転がった。どうにか起き上がっても、勢いを殺せず、瓦礫に背中を強かに打った。

「くっ……」
「はあ、はあっ!」

 両者、息が荒かった。
 特に、グレンは消耗が激しい。
 魔法の連発に慣れていないこともさることながら、血を流している事が大きい。
 何より、恭也から浴びせられる殺気が、彼の精神を磨り潰していた。
 グレンは少しでも休む時間を確保するため、恭也に話しかけた。
 今はそれしか出来る事がなかった。

「お前、今どうやって剣を手に取った? 魔法、使えないはずだろ」

 その問いかけに、恭也は意外にも答えた。
 どうやら、少しでも休みをおきたいのはあちらも同じらしい。

「……簡単な話だ。巻きつけて、引き寄せたに過ぎん」
「……そのワイヤーをか」

 種は簡単だった。
 つまり、恭也は先ほどのワイヤーでの攻撃は、飾りだったのだ。本命はデバイスを回収すること。グレンに攻撃したのは、苦し紛れの行動と思わせるためのものだったらしい。

「お前、危険だな。Fランクで三等陸士の癖に」
「……管理局のデータベースが筒抜けとはな。お前の後ろにいるのはよほどの大物か、データを見れるほどの技術者か」
「……しゃべりすぎたな。まあ、その辺りは勝手に想像してくれ」

 言って、グレンは立ち上がった。
 恭也も同時に立って見せた。
 双方のダメージは、恭也の方がやや軽い。
 だが、当たれば死ぬ恭也にしてみれば、負傷していることはマイナス評価だ。足が鈍くなることだけは、絶対に避けねばならない。
 だから、恭也は決断した。するしかなかった。

「……切り札は、出来れば切るべきではないんだがな」

 不破が空になったカートリッジを吐いた。
 新規のカートリッジを装填し、恭也は呼んだ。
 相棒の名を。

「起きろ『不破』」

〜・〜

 六課の戦闘風景は、別の場所にも転送されていた。
 地上本部の最上階。レジアス・ゲイズ中将の執務室にだ。

「なんだ、これは?」
「本局遺失物捜査課機動六課の戦闘風景です。彼女達が敵対しているのは、先日から確認されているAMF機能を保有するアンノーンです」
「そんなものをいちいちわしに見せる意味は何だ」
「今までは小規模の戦闘でしたので、書面での報告に留まっていましたが、現在三〇編隊以上の敵戦力と交戦しているので、中将にご覧になっていただくのと、本局預かりの機動六課の戦力についてご意見をいただきたかったからです」

 モニターを眺めるレジアスに秘書官は更に説明を続けた。

「この部隊を纏めているのは、魔力ランク総合SSの八神はやて二等陸佐です」
「八神はやて? あの八神はやてか!?」
「はい」

 八神はやての名を聞いて、レジアスは声を荒らげた。

「重規模次元侵食未遂事件の根源。あのギル・グレアムの被保護者。どちらも犯罪者ではないか」
「八神二佐の執行猶予期間はすでに過ぎています。グレアム元提督の件は不問となっています。とはいえ、元提督はすでに退役しておりますが」
「同じことだ! 犯した罪が消えるものか!」

 レジアスの過激な発言に秘書官は予想通りと内心で嘆息し、中将を嗜めた。

「不用意な発言です。公式の場ではお控え願います」
「解っておる。戦局はどうなのだ?」
「無人戦闘機械ですが、規模が規模です。現状、分隊長クラスが抑えに回っており、後逸はしていません。首都に被害はないでしょう。ですが」
「なんだ?」
「この規模を抑えているのがたった二名なのです。これだけの戦力を保有しているのは、いささか問題があると思われます」
「二名? それだけ優秀な分隊長がいるのか?」

 秘書官はモニターを切り替え、ガジェット相手に奮戦する魔導師を映した。

「高町なのは一等空尉とフェイト・テスタロッサ=ハラオウン執務官です。どちらも魔導師ランクはSを超えていますが、部隊の保有戦力量の兼ね合いのため、リミッター制御によりAランク付近になっています」
「……どちらも本局所属か」
「はい。また、副隊長陣もリミッター制御が施されていますので、潜在的な戦力は規定値以上でしょう」
「この部隊の後見人は誰だ?」

 戦闘映像とは別のモニターを表示させ、秘書官は詳細を説明した。

「後見人は本局所属のクロノ・ハラオウン提督と、リンディ・ハラオウン統括官。聖王協会所属の騎士カリム・グラシアのお三方です」
「ちっ、下手に手出しは出来んか」

 部隊の背後関係はしっかりしていた。特に聖王協会の承認が含まれているのが効いている。本局所属の二名だけならば、地上本部の自治権を行使できるが、地上を本拠地としている聖王協会の承認が地上部隊として機能させるに十分な理由となっていた。

「また部隊の構成員の大半は地上本部所属の者達です。主戦力は本局所属ですが」

 そこまでレジアスは説明を遮った。

「近く、お前が査察に入れ。何か一つでも失点があれば徹底的に叩け。本局の奴らに地上の平和を任せるなどもってのほかだ」
「はっ」

 レジアスはそう言い渡し、もう見る価値はないと全てのモニターを閉じたのだった。

〜・〜

 その言葉の意味に、グレンは首を傾げた。
 今までデバイスを使っていたはずだ。
 それをもう一度起動する?
 デバイス『不破』はカートリッジを開放した。
 各種回路がオーバーフロー一歩手前まで稼動し、高まった内熱を排気する。
 数瞬の間を置いて、空薬莢を破棄。恭也は即座に次のカートリッジをセットした。
 デバイスコアのディスプレイが光った。
 流れた文字は第97管理外世界の英文だった。

『Load System [Reinforce/Fuwa] set up.』

 再びカートリッジに撃鉄が打ち付けられた。
 注がれる魔力を糧に、基盤が焦げる程に処理が連綿と行われていく。
 その時間は刹那と言えるものだったが、『彼女』にしてみれば、『遅い』と苦言を呈しているだろう。
 そして、恭也の相棒――『彼女』が目覚めた。

『――――ふぅ、久方振りだな』
「ああ」

 言葉短く、恭也は答えた。
 それに不満を覚えたのか、彼女は不貞腐れた声色で言う。

『三ヶ月近くも私を起こさないとはなんと暢気な世の中になったものか。もしや、次元世界に一時の平和でも訪れたのか?』
「相も変わらずこの世界は波乱と戦いの渦の中だ」
『それは何よりだ。お前がいる理由があれば、私が起きる理由もまた出てくる。ふん、なんとも物騒な人種だな、私達は』
「無駄口はいい。それよりも目の前のあれをどうにかするそ」
『……推定Sか。どうにも、お前は高ランクと戦う星の下に生まれてるらしいな』
「黙れ元凶。お前を斬った時から憑いて回ってる厄だぞ」
『私の所為にするな。魔法的に非常識な事が出来るお前の特殊性にそう言う類が惹かれているに過ぎん』
「何か、俺が悪いのか」
『強いて言えば、お前の存在自体が悪い』
「……後で整備してやらん」
『む、それは頂けんな。なら、間を置いた手前、その分だけ派手にやろうか』
「俺に派手さはいらん」
『盛り上がらない奴だな、全く』

 気安い会話だった。
 そして、有り得ない会話だった。
 ティアナが、スバルが、エリオが、キャロが。
 なのはが、フェイトが、ヴィータが。
 シャリオが、アルトが、シャマルが、ルキノが。
 言葉を失った。
 その中でも即座に復活を果たしたのは、デバイス整備技師である、シャリオ・フィニーノだった。

『なんで!? なんでストレージデバイスで登録されてるはずの不破にAIが!?』

 シャリオの疑問を恭也と不破は黙殺し、眼前の敵を見据えた。

「……それが、お前の切り札、って事か?」
「さてな。手札は、何枚でも持つものだ。そして、何枚持っているかを教える必要はない」
『まあ、私が目覚めた時点で、恭也に敗北の二文字はなくなったわけだがな』

 彼らの言葉を借りるなら、相棒であるAIを起こしてから、明らかに恭也が持つ雰囲気が変化した。
 今まで以上に厚いプレッシャーを感じる。いや、質量になってこうして自分を凪いでいる。
 グレンは拙いと直感的に悟った。
 この男を前にして、自分が勝つ未来が完全に見えなくなった。
 今の状況を好転させる事が出来ない。せめて、ルーテシアを逃がせればと頭を巡らせるが、何も浮かんでこない。
 正常な精神状態でいられない。
 それほど、恭也が持つ剣気がグレンを萎縮させていた。

「行くぞ、紅蓮の騎士」
「……ああ、来い!!」

 その瞬間、恭也が消えた。
 神速による移動だ。
 それを察知した紅蓮が、全方位に障壁を張る。
 これならば致命傷は避けられる。
 耐える。
 耐えられれば、こちらの攻撃を届かせられる。

(肉を斬らせて、か。骨まで行かなきゃいいけどなっ!)

 最悪の展開を想像して、グレンはそれを振り払った。
 それを見届けたかのように、恭也の斬撃が降り注いだ。
 ドンッと言う衝撃音が、グレンの耳に響いた。
 だが、それを耐える。
 予期していれば、耐えられる。
 そう自己暗示し、グレンは攻撃の間隙を突こうと剣を握って振り返るが、すでに恭也はいなかった。

(まだ動くか!!)

 人間が視認出来ない速度で移動すると言うことは、それだけ何か代償を払っているはずだ。
 なら、そう長い間続けられるものではない。
 先の動きからブレインが最大稼働時間を割り出した。
 五秒。
 それがブレインが弾き出した結果だ。
 そして、すでに二秒過ぎている。

(あと、三秒――!!)

 その三秒間に、グレンは十六の斬撃を受けた。
 周囲に瞬くように現れては消えていく魔法陣。
 天井、柱、鉄片が怒涛のように砕け散っていく。
 グレンの周囲を恭也が跳び回っているのだろう。
 裂傷で流していく血が、バリアジャケットに染み込んで行く。
 しかし、グレンは耐えた。
 この時間を過ぎれば、恭也は姿を現す。
 これだけの無茶をすれば、その反動で数秒、いやもしかすれば数瞬だろうが、動きが止まる。
 そこにありったけの魔力を注ぎ込んで、一撃を見舞う。
 最早、直撃は期待していない。
 このまま恭也と戦い続けるのは損でしかないと、グレンは理解していた。
 撤退。
 それしかなかった。
 負けることは構わない。
 だが、この調子ではいずれ自分はこの男に斬り殺される。
 それだけは絶対に駄目だった。
 そして、五秒経った。

 ――――恭也は、現れなかった。

 変わらず、自分を囲むように魔法陣が出現し続け、消え続けている。
 ありとあらゆる所を足場にして、跳び回るが故に、破片が舞っている。
 恭也の超高速の攻撃は五秒経っても終わらなかった。

「馬鹿なっ!! そんな事を続けていれば、死ぬぞ!!」

 グレンの叫びに、恭也は答えない。
 実際、これは確かに無茶をしてはいる。してはいるが、魔法なしの神速一回分の疲労に近い消耗なのだ。
 全ての要は、彼女に起因する。
 魔法式が杜撰な恭也は、魔力を効率よく変換、使用することが出来ない。
 そのロスと制御の甘さが彼にFランクのレッテルを貼る一因でもある。
 しかし、不破がそのロスをなくしている。
 小型デバイスの貧弱な処理回路をやりくりし、コンマ九桁台の速度で最適化し続けている。
 この時の魔力消費量は小型カートリッジ一発分に相当する。
 魔力を馬鹿食いし、その状態を保っていられるのは精々が三〇秒。
 それは、恭也の切り札である神速の最長時間でもあった。
 体にかかる負荷はほぼない。
 問題は神経にかかる負荷だ。こればかりは、恭也の持つ魔法では補強できない。また、不破の回路でもその処理を行うには規模が小さすぎた。
 故に三〇秒。
 これが、恭也に与えられた、最速の機動時間だった。

「ぐっ!!」

 障壁越しにグレンを斬る。
 返す刀で、障壁自体にも斬撃を加える。
 不破が刀身に接触した際に解析した魔法の綻びに、恭也の技量を以って加えられる白刃を合わせれば、敵の魔法障壁を斬り裂くことは可能だ。ただ、今までで成功した最高ランクはAA−まで。
 Sランクは未知の領域だった。

『残り十二秒だ。いけるか?』
「無理だな。バリアを破ることは出来そうにない」
『ふむ。では徹で徹底的に殴れ』
「言われなくてもそうしている!」

 不破の柄に内蔵されている思考解析素子を通して、二人はそんな事を話し合っていた。
 彼らは解っていた。自分達では、この騎士を倒すことは出来ないと。
 不破の助力があればどうにかと思っていた恭也でも、ここまでの堅牢な守りを突破するのは難しいと感じていた。
 なら、傷を負わせて退かせるしかない。
 いつしか障壁を斬る分も打撃分に替えて、恭也は時間の許す限り、刀を打ち込んだ。

〜・〜

 高まった熱を吐き出す。
 各装置に異常がないことをチェックし、不破は報告した。

『ジャスト三〇秒。最大稼動にしてはパーツの消耗は予想値より下か。六課に来る前に新品に換えていたのが功を奏したな』
「痛い出費に見合う分だけはあったようだな」
『でなければ、クレームだ』
「……親父さんに文句を言えと? 冗談じゃない」
『言え。相棒の性能がお前の命綱だろう』

 不破の軽口に恭也も合わせながら、場にそぐわない会話をしていた。
 その間も、グレンに向ける意識を逸らす事はない。
 恭也の意識の先。紅の騎士は片膝を突き、剣を杖にして辛うじて起きていた。
 グレンは顔を上げる。彼が見る先には、変わらず恭也の姿があった。
 そのとき、視界に立て筋が一本入った。
 頭蓋を覆っていたデバイス『ブレイン』が割れたのだ。
 ずり落ちたデバイスは、乾いた音を立ててグレンの足元に転がった。
 仮面の下から現れたのは、青年だった。
 年の頃は、恭也と同等か。
 頭のどこかを切ったのか、額から血を流している。
 それも気にせず、グレンは恭也を見つめていた。
 やがて、グレンは息荒く問うた。

「……どうして、止めを刺さない?」

 その問いに、恭也は言う。

「……管理局員だからだ」

 しかし、グレンはそれを否定した。

「その前に、お前は剣士じゃないのか?」
「そうだ」
「なら、敵を前にして刀を止める理由はないだろう?」
「そうだな」

 あっさりと恭也は肯定した。
 それを聞きとがめた赤い騎士がいたが、言葉にはしなかった。

「だが、これでも管理局に身を寄せてるんでな。ここを辞めさせられるのは俺としては困る」
「何故だ?」

 その理由に、恭也はしばしの逡巡を経て、答えた。

「帰りたい」

 ――――。

「それがあるからだ」
「…………解った。アギト! ルーテシア! 退くぞ!!」
「なっ!? アタシはまだやれ――」
「……駄目。グレンが負けたなら、逃げた方が良い」
「ルールー!!」
「待ちなさい! あなた達を逃がすわけにはいかないわ!」

 ガリューと競っていたギンガが叫んだ。

「スバル!!」
「任せて! ティア!!」

 逃げようとするルーテシア達を捕縛すべく、フォワードが動く。
 しかし、それよりもアギトが速かった。

「スターレン・ゲホイル!!」
「うわ!?」

 アギトが放ったのは言ってしまえばスタングレネードの魔法版だった。
 強烈な光と音で一時的に身動きを封じる。あらかじめルーテシアとグレンに防御魔法をセットしておいたので、彼らはその影響を受けることなく、離脱できた。
 音と光が止んだ。
 そうして周囲を見回して、エリオが天井を指差した。

「あそこです!!」
「天井を突き破ってったのね。スバル!!」
「おお! ウィングロード!!」
「ギンガさんとスバルが前、エリオがその次! 私とキャロと恭也さんが最後! 良いですね!?」
『了解』
「ヴィータ嬢、そう言うことになった。地上で落ち合おう」
『……解った。黒助、後で全部吐いてもらうからな』
「まあ、この際仕方ないだろうな」

 恭也は不承不承頷き、ティアナ達の後に続いた。

〜・〜

「最後の一機!」
「よし! はやて! 私達もキャロ達の救援に向かうよ!」

 全てのガジェットを撃墜したなのはとフェイトは、別働隊に合流すべく飛ぼうとしたが、はやての待ったが入った。

『ちょい待ち。あっちはヴィータの増援でどうにかなるみたいやから、フェイト隊長たちはヘリの護衛について。レリックより人命優先でお願い』
「解った! スターズ01、ライトニング02、ヘリの護衛に移るね!」
「飛ばすよ、なのは!」
「負けないよフェイトちゃん!」

 命令を受け、二人の隊長はヘリを追った。
 その飛行速度を見て、ヘリパイロットの資格を持つアルトは引き攣った顔で言った。

「人の出せる速さじゃないわね……」

 うっかり通信が入っていた訳だが、幸いにも今の声はマイクには拾われなかったようで、アルトは不規則に鼓動する心臓を落ち着かせる作業に勤しむ事になってしまった。

〜・〜

 地上。
 快晴の空の下、巨大な虫が廃棄都市に鎮座していた。
 ルーテシアが召喚した地雷王だ。
 地下にいる恭也達をこのまま瓦礫の下敷きにしようと、彼女が喚んだのだ。
 しかし、ルーテシアに人殺しをさせたくないアギトは必死に言い募っていた。

「やめなよ、ルールー! これは流石に拙いって!! あいつら殺すのは駄目だって!! ……黒いのは別にどうでも良いけど」

 アギトの中で、恭也は特別枠のようだった。

「ルーテシア。ケースはこっちが持ってるんだし、足止めするよりはさっさと逃げた方が良いんじゃないか?」
「駄目。三人になると、転送に時間がかかるから」
「……そうか」

 グレンは一人でも転移は可能だが、怪我と魔力の消耗、何より集中力の欠如がそれを許さなかった。現状、ルーテシアに運んでもらうしか、スカリエッティのラボに戻る方法がない。
 自分の情けなさに歯噛みするグレンを尻目に、アギトは未だに説得を続けていた。
 しかし、それも終わる。地雷王が立っていた場所が陥没したのだ。あれでは、先ほどまでいた地下は瓦礫で埋まっているだろう。管理局の人間が出てきた様子もないので、恐らくは死んだはずだ。

「……やっちまった。くそっ、旦那、止められなかった……?」

 ルーテシアに殺人をさせたくなかったアギトは、その約束をした男にこのことどう言えば良いのか、悩んだ。だが、唐突に感じた強い魔力に、下げかけた頭を振り上げた。

「デカイ! なんかデカイ魔力持ったのが来てる!」
「増援か。もう一働きするか」
「あんたは逃げろよ! ここなら隠れられるとこたくさんあるだろ!?」
「それも魔力を嗅ぎ付けられて見つかるよ。俺は、魔力を扱うのに慣れてないんでな」

 苦笑して、グレンは剣を握った。
 どこまでやれるか判らないが、せめてこの二人が逃げ切れるだけの時間を稼ぐつもりだった。

「ガリュー、二人を守れよ?」
「…………」

 物言えぬ従者は、丁寧に礼をしてルーテシアの傍に控えた。

「アギト、デカイ魔力ってのはどっちから来てる?」
「あっちだ」
「なら、ここで解散だ。全員無事に……!」
「あ! 他からも来た!」
「……おいおい、容赦ないな」

 アギトが言うに、この場所を取り囲むように魔力が迫ってきているらしい。
 デバイスブレインを失ったグレンはアギトのように肌で魔力を感じることが出来ない。魔法を使うのも、必死で覚えた飛行と攻撃用の二つだけだ。魔力量はあっても、扱いに関して彼は素人同然だった。

「とにかく、逃げるぞ!」
「ああ、解った!」

 そう言って、各々飛び出しはしたが、グレンにはヴィータが、ガリューにはティアナとスバルが、ルーテシアにはエリオとキャロが、アギトにはギンガと恭也が襲い掛かったのだ。
 負傷していたグレンは、ヴィータの一撃を受けきれず、ルーテシアは六課のフォワードコンビに押さえ込まれ、アギトはギンガのウィングロードを走ってきた恭也に摘まれて縄に着いた。

「…………」

 四人を手近な場所――旧都市の高速道路に集めたヴィータは、無言だった。
 四人の言動を警戒し、各々武器を突きつけている。代表で尋問を行うヴィータは、視線をグレンと彼の首に八景を当てている恭也に向けていた。

「ヴィータ嬢、さっさと始めたらどうだ?」
「機嫌悪そうだな、お前」
「それはお互いにだろう。盛り上がってきたところで逃げを決め込まれたんだ。巡りに巡ってきた好敵手がいると言うのに、これでは詰まらん」
「違え! あたしが言いたいのはなあ!!」
「話がずれてる。今やるべきはこいつらが持ってる情報を全部吐き出させることだろう」

 恭也の言葉に、ヴィータは湧き上がってくる感情を全力で飲み込んだ。
 そして、グレンの顔を思いの限り睨み付けた。

「なあ、俺なにかしたのか?」
「さあな? お前とあいつは今回が初対面だろう?」
「そうだけどさ」

 恭也とグレンが小声でそんなやり取りをしていると、ヴィータは改めて尋問を始めた。

「お前らはスカリエッティの仲間だな?」
「…………」

 無言のルーテシアに、アギトのフォローが入った。

「そうだよ」
「なら、あいつらは今どこにいるんだ?」
「……言えねぇ。あの変態医者に肩入りするつもりなんてさらさらないけど、それは言えない」
「どうしてです? 管理局で解決できそうなことならもちろんそうしますし、例え難しくてもその為の努力は惜しみませんですよ?」
「うっせえな、バッテン印! 管理局じゃ出来ねえから、あっちに協力してんだろうが!!」
「バッ、バッテ――! ヴィータちゃん! リイン、ちょっとベルトの調整して良いですか!? 直径をあと二〇cmくらい縮めてやるだけですから!!」
「良い感じに絞殺だな」
「止めろリイン。黒助も煽るんじゃねえ」

 恭也の機嫌の悪さは相当らしい。普段なら、こんな性質の悪い冗談は口にしないのだが。

「管理局は無理でも、スカリエッティなら出来そうなのか? それは」
「……まあな。ま、アタシはそれとは別に管理局は大っ嫌いだけど。」
「グレン、あんたはどうなんだ? 確か奥さんがどうとか言ってたな」
「ああ。半年前、妻は重傷を負って、それを治療したのが奴だ。ほとんど死に掛けてたのを治してもらっている。奴いわく、当時の状態から蘇生できるのは自分だけだと豪語してたよ」
「つーことは、今はほとんど治りかけてるんだな?」
「ああ。傷は塞がってるらしい。素人考えだが、後は点滴か何かで栄養を送ってれば、目を覚ましてくれそうではある」
「じゃあ……」
「悪いんだが、俺も管理局には協力できないんだ。妻の治療とは別に、奴にしか出来ないことがあるんでな」
「それは?」
「そこまでは言えない」
「ルールーも同じさ。あの変態薄笑いにしか出来ないことがあるから協力してんだ」
「そうですか」

 結局、聞き出せたのは何故彼らがスカリエッティに協力しているのかだった。
 そして、それぞれスカリエッティの技術力がなければ実現できないと聞かされているから協力しているのだと言う。口惜しいことに、スカリエッティに握られ ている弱みを管理局が代わることは出来ない。あの男は精神的に破綻しているが、腕はあるのだ。管理局の技術を超える技能を持っていて、彼にしか出来ないこ とがある。それでなければ彼らの望みは叶えられない。

「……それを諦めて投降する事は出来るか?」
『できない』

 異口同音にアギトとグレンは言った。
 渋面を作るヴィータとリインは、恭也を見た。
 意見を求められていると察した恭也は、自分の考えを無責任に言った。

「俺に言わせれば、問答無用で豚箱に放り込め、しかないが?」
「まあ、そうなるんだけどさ」
「こいつらの事情なんて知ったこっちゃないだろう。スカリエッティとやらを捕まえて、無理矢理でもこいつらの要求を実現させれば良いんじゃないのか? 要は、それが管理局の監視下にあるかないかの違いだけだろ」
「でも、こいつらアジトの場所吐く気ねえし。そうなると捕まえられるって保障がない、口約束になっちまうだろ」
「……そこまで合わせてやる必要性があるのか?」
「前にいた部隊みたいに、問答無用で叩き潰すにはデリケートな問題なんですよ?」

 頭を抱えるヴィータとリインに、恭也は肩を竦めた。

〜・〜

 廃棄都市の高層ビル群の一つ。その屋上に二つの人影があった。
 一人はマントを羽織い、一人は長物に布を巻きつけたものを抱えていた。

「ディエチちゃん、ちゃーんと見えてるぅ?」
「ああ、見えてるよ。ここは新都市と違って空気が澄んでるからね。天気も良いし、風も素直だ。狙うには絶好のロケーションだ」

 長物を抱えた少女は、前方、遥か遠くを見た。瞳の奥のレンズが遠方にある輸送ヘリにフォーカスを合わせていた。
 その機能から見る通り、彼女達は人間ではなかった。
 戦闘機人。スカリエッティが生み出した機械化された人間だった。

「でもさ、撃っちゃって良い訳? レリックはまだしも、マテリアルは無事じゃすまないよ? 最悪死ぬかも」
「ふふふ、その点はだいじょーぶって話よ? 砲撃程度で死んでしまうことはないらしいし。例え死んでしまっても、それならそれで聖王の器ではないってことよ。今後の作戦には役立たないわぁ」
「そう? なら遠慮なくやるけどさ」

 言って、ティエチと呼ばれた少女は、抱えていたそれの布を取り払った。
 布が巻かれていたそれは、長い砲身だった。彼女の保有技能『ヘビーバレル』の射出体だ。
 ティエチが照準をセットしているのを眺めていたクアットロは通信を受けた。彼女の姉、ウーノからだった。

「なんです? ウーノ姉様」
『クアットロ。ルーテシアお嬢様と、アギトさん、魔導師グレンが捕まったわ』

 それを聞いて、クアットロは己の予想通りと思った。先ほどから興味本位でルーテシア達の動向を眺めていたのだ。当然、捕まった経緯は知っている。それに 手出しをしなかったのは、命令もあったからだが、彼女自身が別段他人がどうなろうとどうでも良いと考えていたからだ。ルーテシアやアギト、グレンはスカリ エッティの計画にはいてもいなくてもいい存在だ。戦力として見積もるには、彼らはスカリエッティに対し嫌悪を持ちすぎている。

「あ〜あ、そー言えば、チビ騎士に捕まってましたわねぇ」
『今はセインが様子を伺っているけど……』
「フォローします?」
『お願いね』

 策士型として調整されたクアットロが指揮を執れば、それだけルーテシア達の救出の成功は高まる。それを見込んでウーノは話を持ちかけたようだ。無論、ク アットロもそれは承知している。このままヘリを撃墜するのは構わないが、それでは面白くないと感じていたのだ。策士として、この単純な作戦は面白みを感じ なかったが、ルーテシア達の救出と言う二面作戦となれば、俄然楽しみが増す。
 クアットロは即座に汲み上げた作戦の実行のため、ルーテシアの傍に潜んでいるだろうセインに呼びかけた。

『セインちゃん、聞こえる?』
『はいよー、クア姉』
『こっちから指示を出すわ。お姉様の言う通りに動いてね?』
『ふふーん、了解ー』

 さーて、楽しい楽しい戦闘と行きましょうか。
 クアットロは湧き上がる楽しみを隠すことなく、嘲笑ったのだった。

〜・〜

 尋問を続けるヴィータ達だったが、大した情報を引き出せていなかった。
 捕縛したその場で尋問を続けるのもそろそろ限界だろう。これ以上深い内容を聞き出すには、場を改める必要がある。ただ、それは管理局の設備の中になる。 そうなってしまえば、強制的に口を割らせることになるだろう。それはあまりしたくないヴィータは何とかスカリエッティの居場所を聞きたかった。
 ルーテシアは見たところ、キャロと同年代の少女だ。自分も外見は同じ程度だが、佇まいや持っている雰囲気からして子供に見られることは少ない。管理局の 制服を着ていれば階級章でその判断が出来るからだ。だが、ルーテシアは分不相応な落ち着きは持っているものの、所作から感じる雰囲気は子供のものだった。

(限界か。出来れば、ここで素直に言って欲しかったんだけど)

 はやてに掛け合えば、恐らくは手厚く保護されるだろう。しかし、保護している人間に尋問は行えない。そんな事をしてしまえば、管理局は信用を失うから だ。保護対象を手荒に扱ったと知られてしまえば、管理局は世界から権威を失う。そして、犯罪者の処遇をそのように決めたはやては局から問題視されるだろ う。上手く取り計らっても、いい評価はもらえない。
 それを思えば、ヴィータは今すぐにでも口を割らせたかった。
 それを内心で抱えているヴィータを、何とはなしに眺めていたルーテシアに念話が届いた。

『はぁい、ルーテシアお嬢様』
『クアットロ?』
『なにやらピンチのようで。お邪魔でなければクアットロがお手伝いいたしますっ』
『……お願い』
『はーぁい』

 通信を続けるクアットロは、ヴィータ達に隙を出させるため、ルーテシアにあることを言わせた。

〜・〜

 ロングアーチの魔力探知がアラーとを告げた。
 旧市街地の一点に急速に魔力が高まる場所がある。言わずもがな、ディエチが砲身を構えている場所だった。

「旧市街地に高エネルギー反応! 魔力値計測中!」
「AAAランク突破! なおも上昇中!」

 その報告を受けて、はやては焦った声をだした。

「拙い。狙いはどっちや!?」
「魔力量から見て、捕獲した地点に打ち込むことはないと思われます。恐らく、狙いは輸送ヘリです!」

 隊長補佐のグリフィスの予想に、はやては一秒だけ考える。そして決断した。

「ヘリの安全を最優先! ヴァイス陸曹! 全力で飛ばして! シャマルは防御を!!」
『了解! シャマル先生、ちっと無茶しますぜ!』
『解ったわ! 直撃されない限りは防いでみせる!』
「なのはちゃん、フェイトちゃん、急いでや!!」
『了解!』
『ヘリは肉眼で確認できてる! もう少し!!』

〜・〜

『逮捕はいいけど』
「逮捕はいいけど」

 唐突に今まで黙っていたルーテシアが喋り出した。
 それにその場にいた全員が耳を傾ける。全員の視線を受けても、何も揺るがず、彼女は先を続けた。

『大事なヘリは放っておいていいの?』
「大事なヘリは放っておいていいの?」
「!!」

 その言葉に、驚きの声を隠せなかった。
 その驚愕の中、ルーテシアは更に付け加えた。
 視線をヴィータに向けながら、

『あなたはまた、守れないかもね』
「あなたはまた、守れないかもね」

 それを聞いて、ヴィータの瞳孔が急激に縮んだ。

〜・〜

「インヒューレントスキル『ヘビーバレル』、発動」

 砲撃に特化した先天技能を以って、戦闘機人ディエチはトリガーを引いた。

「発射!」

 極大の砲撃が、輸送ヘリ目掛けて、放射された。

〜・〜

 着弾。

〜・〜

「確認急いで!」
「駄目です! ノイズが酷くて、センサーが機能しません!」
「光学映像も同じです!」
「通信もか!!」

 砲撃による魔力の散乱が通信妨害を起こしていた。
 砂地を晒し続けるモニターにはやては手を握り締めて睨んだ。

「大丈夫。大丈夫や、きっと助かっとる!!」

 そう願うように、はやては目を閉じて、センサー類の復旧を待った。

〜・〜

 ロングアーチの報告を聞いていたフォワード達は、一様に呆然としていた。
 いや、恭也だけは常と変わらず表情は平然としていた。グレンに向けている刃も、一度も揺らがなかった。

「ヴァイス陸曹と、シャマル先生が……」
「テンメェ!!」

 思わず、ヴィータはルーテシアに掴み掛かった。その剣幕にスバルが抑えに回るが、ヴィータは聞き入れなかった。

「おい! 仲間がいんのか!? どこにいる!? 言え!!」

 激昂するヴィータに隊員達は唖然としていた。
 確かに仲間の安否が不明の状況で冷静ではいられはしないが、それにしてもヴィータの取り乱し具合は異常に写った。
 ヴィータがルーテシアに詰め寄るのを見ていたギンガは、ふと背後が気になった。振り返れば、そこには道路から右手が突き出ていた。人差し指を立てたそれは音も立てずに、ケースを抱えるエリオに近づいていた。

「エリオ君! 足元に何かいる!」
「え!?」

 言われて、エリオが振り返ったとき、人が地面から飛び出してきた。
 インヒューレントスキル『ディープダイバー』。
 無機物ならばどれでも通過・潜伏できるセインの先天技能だ。
 不意を突かれたエリオはケースを奪われた。
 空へ舞う影を目で追いかける。
 が、それは人の大きさではなかった。

「え?」

 変わりに、舞っていたのは人の腕だった。

「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 悲鳴が全員の耳を貫いた。
 見れば、片腕をなくした少女が道路に転がっていた。
 それを理解する前に黒い影が疾風の如く動いた。
 痛みに悶えて転がるセインの腹に爪先を突き立て、対面のガードに蹴り付ける。
 止めとばかりに、不破を腹に投げつけ、ガードに縫い付けた。
 直後。

「不破」
『解っている。解析開始』

 阿吽の呼吸で黒い影――恭也と不破はセインを拘束していた。
 更に、不破は刀身からセインのシステムに侵入し、解析を始めていた。
 二秒。その場にいた人間にしてみれば一瞬で過ぎた時間だった。その時間で、不破は目的を遂げた。

『固有技能のスイッチをカットした。これで逃げられる心配はない』
「そうか」

 不破の報告に恭也は頷き、セインが未だに持っていたケースを奪って、キャロに投げ渡した。
 キャロは何とか落とさずにそれを受け取るが、そこからは一歩も動けなかった。彼女の足元からセインが流した血が広がっていたからだ。

「さて、そこの奴らよりは情報を持ってる奴がのこのこ現れてくれた訳だ。不破、どの程度まで読める?」
『アジトに関しては『記憶』の分野になるな。どこかの回路に記述されているなら別だが、意識の奥まで覗くには、この身では無理だ。精々、その記憶チップが頭にある、とだけ言っておこう』
「ふむ、では首を斬ればいいか」
『ああ。解析は本部に投げれば出来るだろう』
「ではそれで」

 残る一刀を抜いて、恭也はセインの首を斬らんとゆっくりと構えた。
 不破に貫かれて、未だ意識があるのかセインは必死の抵抗をした。手近にあった瓦礫を恭也に投げつけるが、力の入らない投擲は恭也に触れることすらなかった。

「……先に両腕を斬った方がいいようだな」
「ひっ」

 恐慌に陥るセインの表情に躊躇うことなく、恭也はもう片方の腕を斬り落とした。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 二度目の悲鳴に、恭也はその煩さに顔を顰めた。非道をしている自覚はあるが、もはや慣れた作業に、それ以上の感情は持ち合わせていなかった。

「さっさと黙らせるか」
『耳元で叫ばれるのは不快だ。さっさとやってくれ』
「お前、耳なんてないだろ」

 不破の言に、多少相好を崩したが、恭也は二刃の為、刀を握りなおした。
 そのとき、声が聞こえた。

『ちょ、ちょっと待ちなさい!!』
「……誰だ?」
『さあ? そんなことよりさっさとしてくれ。刀身が血で錆びるぞ』
「そうだな」
『待ちなさいと言ってるでしょう!? この外道!!』
「誰だか知らんが、人を外道呼ばわりするとはな。これはもう、コイツを八つ裂きにして憂さを晴らすか」
『だから、待ちなさいと言ってるでしょう!? 私はクアットロ!! ドクタースカリエッティの戦闘機人、クアットロですわ!!』

 そう声の主は名乗った。その通信を聞いていたロングアーチはレコーダーの録音を急いで作動させた。

「だから?」
『なっ!?』
「こっちは任務中だ。貴様らを捕まえる為のな。ああ、別に今はお前に用はない。恐らく、コイツで事足りるから今から逃げるなりなんなりしてとっとと消えろ。後で潰しに行くから首を洗って待っていればいい」
『あ、あらあら? お仲間を失って頭がスパークしてますの? それに、今はあなたたちに狙いをつけてますのよ?』

 ヴィータ達は、咄嗟に身構えた。
 逃走経路を念話で相談する中、恭也とクアットロの会話が続く。

「撃ちたきゃ撃て。その前に頭だけ回収する余裕はある」
『あなた達全員が逃げ切る確率はかなり低いですわ。生殺与奪があるのはこちらだと理解して欲しいですわね?』
「別に俺たち全員が逃げる必要はないな。首だけヴィータ嬢に持たせて、一人で離脱すればいい。他は死ぬかもしれんが」
『なっ』
「お前ら、勘違いしてないか? こっちはお前らの親玉を捕まえれば勝ちだ。その間にどれだけ人を消耗してもな、それが出来ればいい。それに対して、お前らは一機足りとも管理局に渡すわけにはいかない。どちらが不利か、再確認できたか? 俺が上、お前が下だ」

 見下された。
 それを理解したとき、クアットロの顔が醜く歪んだ。
 その表情を見て、恭也は直感的に知る。この種類の人間は、虚仮にすればそれだけ情報を吐露する人種だと。

「ついでに言えば、お粗末な作戦だった。いや、作戦と言うのもおこがましいほど幼稚だ」
『わ、私の作戦を幼稚、ですって?』
「お前はあの子に言わせるべきではなかった。あの言葉をな。あれを口にしたお前らは、俺が息の根を止める」

 クアットロは、その時、恐怖を感じていた。
 モニター越しだと言うのに感じる殺気が、身の毛を立たせ、冷たい汗をかかせた。
 上手く息が出来ない。焦点が合わなくなる。
 それでも思考が鈍らなかったのは流石と言えよう。

『セインは渡しませんわ』
「セインと言うのか」
『ちなみにクアットロと言うのは四番と言う意味がある。恐らくは製造番号だろう』
「それで? この圧倒的不利な状況を覆す作戦でもあるのか? 四番」
『ディエチ! 撃ちなさい!』
『ええ!? 本当に!? だってセインが』
『ここで奴らに情報を渡すよりはマシよ!!』
「ふむ、いい外道振りだ。悪を気取りたいなら、その程度出来なくてはな、策士殿?」
『ディエチ!!』
『くっ! どうなっても知らないよ!?』

 ロングアーチから二次砲撃の情報が入ってくる。それに加えて飛び込んだ情報をはやてがまとめ、各人に伝えた。
 念話を通して、恭也がヴィータと相談して下した決断は、

『撤退する。全員全速力でこの場を離脱。ケースの保護を最優先にする。ヴィータ嬢が持っておけ。人質は放置だ』
『ああ。スバルはキャロ、ギンガはエリオ、あたしはティアナを抱えて飛ぶ!』
『高町隊長は!?』
「走るさ」

 恭也の言葉がきっかけだったのか、ディエチの二次砲撃が発射された。
 ロングアーチからの報告を受け取り、即座に離脱を開始するフォワード。
 ローラーを最大稼動させて、高速道路を滑る二人にヴィータ、その後ろに身体強化を使って全力で走る恭也が続いた。
 砲撃が着弾した。
 ディエチはクアットロほど非情にはなれず、狙撃地点をかなりずらした。無論、恭也達が逃げる方向を予想しての砲撃だ。それでも、恭也達に直撃させられなかった。

「遠すぎるよ!」
「くっ、あの男、絶対許せないわ!」

 着弾確認の内容にクアットロは激怒していた。
 あの忌々しい男。能力値は最低レベルの癖に自分の作戦を幼稚と決めつけ、妹の両腕を斬り飛ばした。
 その怒りで腹が煮え繰り返りそうなクアットロに、通信が入った。相手はナンバーズの三番、トーレだった。

『クアットロ、セインは回収した! 血流は制御したが、意識が回復しない! 早急にドクターに見ていただく必要がある!』
「…………」
『クアットロ!!』
「……わ、かりましたわ、トーレ姉様。これから私達も離脱――」
「見つけた」

 二人の背後に魔導師が着地した。
 長い金髪を風に流しながら、フェイト・T=ハラオウン執務官が愛斧バルディッシュを突きつける。

「げっ、見つかった!」
「くっ!」
「公務執行妨害、ならびに殺人未遂で、あなた達を逮捕します!」
「ディエチ!」
「うん!!」
「待ちなさい!!」

 逃走を図るクアットロとディエチだが、速度はフェイトの方が速い。
 このままでは追いつかれる。その前に、クアットロは己の能力を発動させた。

「IS発動! 『シルバーカーテン』!!」

 魔法に因らない幻術行使。それがクアットロが持つ先天技能だ。
 風景と同化した二人を肉眼で捕らえることは出来ない。探査魔力が必要になるが、それを使えばその場から動けないデメリットがある。高速で逃げる相手には使えないものだった。

「くっ。ゴメン、逃がした」
『ええよ。とりあえず、今回は私らの勝ちやしな』

 フェイトの謝罪にはやては笑って許した。そして、もう一つのチャンネルに問いかける。

『それで、怪我はないんやね? 全員』
『うん。無事だよ。私も、ヴァイス君も、シャマルさんも、あの子も』
『……おし、了解や。ご苦労さん、みんな』

 そう。ヘリは無事だったのだ。間一髪なのはが間に合い、砲撃を全て受けきったのである。
 防御力が高いなのはだからこそ出来た荒業と言えるだろう。速度ではフェイトが先に到達できるだろうが、全てを完全に防ぐには、若干の不安があった。よって、なのはがヘリの防御を、フェイトが狙撃手の逮捕に向かったのである。
 ヘリの無事はフォワードにも伝えられていた。それが伝えられたのは、ディエチの二次砲撃の直前だった。放置した人質は、フェイトが確認しに行った時には すでにいなかった。期待していた訳ではないので、それには落胆しなかったが、あの状況まで持っていけておきながら、逃がしてしまったのは純粋に惜しいとは やては考えていた。

『ま、今回はお疲れさん。みんな、帰ってきや』
『了解』
「解ったよ」
『後、恭也さん』
『ん?』
『帰ってきたら言い訳と説明、してもらうからな』
『……なんか戦う度にそれだな』
『とことん別の意味で期待を裏切りまくってるからやないですか?』
『だそうだが?』
『黙れ。なんならお前がやるか?』
『私用でカートリッジを消費していいのなら代わってやるが?』
『じゃ、それで』
『承知した。では、後ほど』
『ほな、そう言うことになったんで、皆覚えとくように』

 了解。

〜・〜

 隊舎に帰投し、それぞれが報告書の作成に勤しむ中、恭也は自分のデスクを立った。
 休憩かとティアナは思った。恭也がこれほど早く報告書を書けるとは思っていないからだ。それが六課の共通認識だが、今回は事情が違った。

「休憩ですか?」
「いや、終わったから出しに行く」
「そうですか。お疲れs――ええ!? 出来た!? 報告書が!?」
「うっそぉ!? 高町隊長! 適当に書いたんじゃないんですか?」
「お前らな。ほれ」

 証拠とばかりに恭也が自分の電子報告書を見せた。
 そこにはしっかりとミッドチルダ語で書かれた報告書が鎮座していた。

「ほ、ホントに出来てる。しかも、私より上手い!?」
「どんな裏技ですか、これ!?」
「それもまとめて説明してやるから、今は自分のを書け。ではな」
「あ、え、ちょ、ええ!?」

 足早に退室していった恭也に、ティアナとスバルは呆然とするしか出来なかった。
 それにしたって、前回は彼の出身地である言語で書いていたのに。上司が同じ故郷出身と言うことでそれが罷り通っているのも問題といえば問題だ。しかし、それ以前は拙いミッドチルダ言語で書いていたのだ。ここに来て急激に言語能力を上げたとは到底思えない。
 だとすれば、外的要因があるはずだ。
 しかし――、

「そんなの解る訳ないしなぁ」

 となってしまう。それに、今は自分の報告書を作る方が大事だ。
 もろもろの疑問を捨てて、ティアナは自分の作業に戻る――前に、未だに悩み続けているスバルを叩くのだった。

〜・〜

 報告書の提出をすべく、恭也は部隊長室にやってきていた。
 ドアをノックする。普段ならここで小芝居の一つでもつけるが、生憎とこの後に用事がある。時間も迫っているので、手早く終わらせる気だった。

『誰やー?』
「恭也だ。入るぞ」
『あ、はい、どうぞ』

 一応の断りを入れているのも、前述の一環からである。
 はやての許可を得て、恭也はドアを開けた。
 どうやら部屋にははやてだけのようだ。リインフォースUがいるのかと思ったのだが、見える限り、部屋周辺二〇メートル圏内にはいないようである。

「何の用や?」
「いや、報告書を出そうとな」
「あ、そうなの? ――え? まだ日付変わっとらんよ?」
「お前もか、と言いたいところだが、この後用事があってな。残念だが漫談は次回にしてくれ」
「え、あ、はい。じゃあ、ちと見ますね」

 そう言って、はやては右手を差し出してきた。
 それを見て、恭也は一瞬何のことかと思ったが、すぐに気付いた。

「ああ、今回は電子書類だ」
「へ?」
「データは……今送った。どうだ?」
「あ、はい。受け取りました」

 手元の投影ディスプレイにデータ受信完了の表示が出たのを確認して、はやてはふと思った。

「報告書出すだけなら、態々ここに来んでもええのに」
「いや、口頭で言っておくことがいくつかある」
「口頭で?」

 つまり書類に残すと具合の悪い話と言うことか。

「それで、その話っちゅうのは?」
「今回の戦闘で判明させてしまった不破の処遇についてだ」

 それを聞いて、はやては若干姿勢を正した。

「申請してあるデバイスカテゴリーをAI非搭載型アームドデバイスに変える」
「…………それだけ?」
「それだけだ」

 え、ホントにそれだけ?

「もっと重要なことがあると思うんですが」
「嫌だ」
「あー、解りました」

 実に解りやすい態度である。報告の虚偽は重大な服務規程違反だが、この男にそれを強要すると姿を晦ますので、はやては見つからないことを祈るのみだった。近く査察が入ることになっているのだが、まだ彼女の耳に入っていないので、大きな混乱は免れたのである。

「他には?」
「さっきも言ったが、この後用事がある。ここを抜けるんで許可をくれ」
「どこに何しに行くん?」
「昼間の続きだ。友人と飯を食いに行く事になってる。久しく会ってなかったんでな。昼間会って、その後改めて酒でも飲み交わしながら、と言う塩梅になった」
「恭也さん、下戸でしたよね?」
「一献程度なら問題ない。まあ、下戸と言うか、不味い酒は飲めない舌なだけだ」
「はあ?」

 初耳だった。よし、今度飲む機会があったら、恭也さんも混ぜられるな、とはやては脳内の特記事項に追加した。

「最後に。隊員達にどう言う教育してんだ、お前ら」
「は?」
「目の前でスプラッタ映画真っ青の拷問を見せられて冷静ってのは、拙いんじゃないか? 血を見ることはあるだろうが、俺の言動に対して反応が薄いのは、異常だ」
「…………」
「まあ、まだ冷静になりきれてない部分はあるんだろうがな。明日の反応を見てから、俺なりに結論を出すが……精神面の教育が足りてなさそうだと、言っておく」
「……了解です」

 はやては神妙に敬礼した。教育の類について、はやては恭也の言葉を重要な位置に置いていた。時折聞く、『恭也が育てた美由希』はかなり普通の感性を持っ ているらしい。幽霊が怖いだとか、ホラー映画が苦手だとか、血を見るのも苦手としている(それでも剣士である以上我慢しているらしいが)だとか。あちらの 美由希が最初から普通の感覚を持っていたと言うのもあるだろうが、その感覚を残したまま剣士として育てた恭也にとってみれば、六課のフォワードの少女達は 異常に映っているようだ。
 メンタルケアが必要だと、はやては認識した。この後シャマルにカウンセリングを受けさせるとスケジュールを組むことにしよう。

「ま、そんなところだ。ではな」
「貴重なご意見、ありがとうございました」
「……いや、半分感傷でもある。そう畏まらなくていい」

 そう言い渡して、恭也は部屋を出て行った。
 恭也が出て行ったドアを見つめながら、はやては部隊長椅子に深く身を預けた。

「やっぱ、頼りになるなぁ」

 私のお父さんは頼もしいなぁ。
 それがはやての胸に去来した思いだった。

〜・〜

 午後七時十分前。
 恭也は待ち合わせの居酒屋を訪れた。待ち合わせの時間は七時だ。どうにか間に合ったようだ。
 自動のスライドドアが開き、店主の老成したご婦人が迎えの声をかけた。恭也は待ち人がいるかどうか確認しようとしたが、相手の方が恭也を見つけたらしく、よく通る声で呼びかけてきた。

「おーい! こっちだ!」
「……と言うことなので」
「はい。じゃあ、席までご案内しますねぇ」
「ありがとうございます」

 恭也は恐縮したように頭を下げて、ご老人の後を付いて行き、席に座った。
 席はお座敷で、靴を脱いであがらなければならない。ミッドチルダではかなり珍しい図式だ。更にこの店は輪をかけて珍しい。お座敷の床は畳張りだった。クッションは座布団である。完全に日本の居酒屋式だった。

「お飲み物だけでもご注文なされますかねぇ?」
「む、そうですね。では――」

 恭也は店内にかかっていた木札を素早く読み取って、その一つを口にした。

「麦焼酎を熱燗で」
「はい、ありがとうね。十分くらいで持ってくるから、その間ごゆっくりどうぞ」

 柔らかい笑みを見せながらご老人は厨房へと入っていった。それを見届けつつ、恭也は待ち人の正面に腰掛けた。
 待ち人は男だった。顔は、当時とあまり変わっていない。いや、少し彫りが深くなっただろうか。
 昔の記憶が薄くなっているのを、恭也はこの時初めて自覚した。

「久しぶりだな――――高町」
「十年振りだな――――赤星」

 二人は、喉を鳴らして短く笑い合った。