「あれ? はやて?」
「ん? おお!? ユーナ君!?」
「……ユーノね、うん、ユーノだから」
「あら? 私の必殺ボケを華麗にスルーしたね?」

 戦後報告を受けようと思い、オークション会場の講堂から一時的に外に出たはやてを見つけたのは、ユーノ・スクライアだった。通称を管理局のデータベース ――無限書庫の司書長である彼がここにいるのは、今回出品されるオークションの鑑定を依頼されたためだ。一応、全ての品目に目を通しているが、デモンスト レーションの意味合いで今回この場に出席していたのである。
 オークションが開始されるまで、小一時間ほど空きが出来たので、ホテル内をなんとはなしに散策していたら、ドレス姿のはやてを見つけたのだ。

「それにしても珍しい格好だね。確か、六課が護衛で来てるって聞いたんだけど」
「そやよ。ただ、私等は室内警備で、外は恭也さん達に見張っててもらってるんや。さすがに局員制服で会場内をうろつくのは体裁が悪ぅてな」
「ああ、なるほど」

 なら、後で挨拶にでも向かおう。ユーノがそう思っていると、はやては彼女の父代わりを自称する男がよくやる目をした。所謂、いやらしい目と言う奴である。

「あとでなのはちゃんにもユーヤ君がおること教えとくさかいな。しっかりやるんやで?」
「ユーノね、ユーノ。うん、それだったら後で会いに行くよ」
「……なんや詰まらん。なんか、最近のユーノ君はあしらい方が確立しちゃってからかい甲斐があらへんな」

 そりゃ、はやての師匠筋に散々鍛えられましたからね。しかも定期的に。心の突っ込みはとりあえず口にしなかった。彼との公約があったからだ。

「あ、そうそう。はやてはアコース査察官と知り合いだったよね? 彼も来てるから、後で会うと良いよ」
「ん? ロッサが来てるん? サボりやなくて?」
「ナチュラルに酷いね。でもちゃんと仕事できてるんだって。大体、査察官がどれだけ敏腕なのかは知ってるだろうに」
「それと人格は別と私は思とる。特に身近にそう言う人がおるでなぁ」
「同感だね、非常に同感だ」

 ふははは、と高笑いをする影が二人の脳裏に浮かんだ。あそこまで悪役笑いが似合う人間も早々いないだろう。

「ま、初めの休憩時間までは会えへんし、後で挨拶しておくわ」
「そう? あ、僕はそろそろ行くね。時間だ」
「ん、ほなな」

 その別れ際、はやては思い出したようにユーノの背中に言葉を投げた。

「私はええけどな、なのはちゃんに会ったら服の一つくらい褒めたれなー」
「わ、解ったよ!」

 微妙に顔を赤くして返事をするユーノに、はやてはやれやれと肩を竦めた。あの様子じゃ本人達が言うように色恋関係は全く進展していないようだ。それはそ れでプラトニックな話であるが、お互い歳も華やぐ時分だ。男女の縺れとか、確執の一つや二つあってもよさそうなのに、知り合った頃と同じような清い関係の ままで居られる事に、はやてはかなり驚きつつも、もどかしい思いをさせられているのである。
 どうしてこうあの二人はそんな関係で居られるのか、その関係でよしとできるのか彼女には理解しがたい。普通、好きな人間がいて、一緒にいたいと思うのが普通であり、少しでも深い関係になりたいと思うのが人としての性だろうに。

「……それとも私が変わっとるんやろか?」

 もしかして19年間培ってきた自分の価値観とかが世間ずれしてたりするんだろうか。フェイトもいい人を見つけずに子持ち状態になってるし……。
 いかん、本当に自分がおかしいって思えてきた!

「そ、そんなはずはあらへん! 好きな男の人がおったらとりあえず餌付けするのが普通やろ!?」
「それはそれでかなり間違った恋愛観じゃないかな?」
「馬鹿な! 人間、胃袋を握られたら大人しゅうなるのが筋やんか!!」

 人は食べ物なしには生きられない。なら、そこを抑え込んでしまえば勝ったも同然のはず! やはりこの論理に穴はない!

「私は間違ってへんよ!」
「そこで考えを決め付けてる時点で君も相当歪んだ考えの持ち主だね、はやて」
「馬鹿なっ!!」
「劇画調になるくらいショックなのかい?」
「私の人生を9割否定されたからな!」
「け、結構な割合だねそれは。――ところで、そろそろ僕がここにいる事に対して一言くらいあっても良いと思うんだけど? 機動六課の課長さん」
「あ、おったの?」
「とってつけたようなボケだね!」
「あかん! 私的に今のボケは低レベルやった。――あ、詐欺師がおる」
「人生に編集点を!? と言うか、それは人に対する呼称としてかなり最低だよね!?」
「査察官は全員詐欺師と思い込めと教えられまして」
「誰の教育!?」
「無論、ヴェロッサ・アコースと言う一流の女誑しを見て得た教訓や」
「……義姉さん、僕等の妹はいつの間にか世の中の酸いも甘いも噛み締めた擦れた女性になってしまったようだよ……」

 そう言って泣き崩れる長髪の男は、今しがたはやてが扱き下ろしたヴェロッサ・アコースだった。ちなみに、今はやてが言った事は管理局の女性ネットワークで時折流れる人物評である。

「ところで、何でここにおるんや? いやマジで」
「今回はスクライア先生の付き添いだよ。査察官として、今回のオークションに不正の品物が流れてないかってね」
「で? あったんかい?」
「あったけど、なくなってしまったよ」
「……どう言う事や?」
「おや、まだ聞いてないのかい? さっき襲撃があった折りに、密輸品が一つ盗まれてね」
「むぅ、部隊長より事情通と言うのは問題ありやなぁ」
「ま、その様子だと今から報告を受けようとしてたみたいだし、いいんじゃないかな?」

 そう慰められても、自分の部隊が扱っている案件に別の部署の人間が精通している事実が面白くなかった。

「それで、その盗まれた言うのはなんなんや?」
「A級ロストロギアさ。ああ、次元系のものじゃなくて出力系のものだよ。法的に問題あるけど技術的には代用可能な代物だ。ちなみに、解析も済んでて生産も出来るよ」
「そら、きな臭いな話やな」

 技術的に代用可能となれば、態々強引な真似までして盗む代物ではないはずだ。
 となれば、別の狙いがあったと見るべきだろう。しかし、それを導き出すにはピースが足りなさ過ぎた。

「うーん、なんかこう、喉の奥に魚の骨が刺さったままのような感覚で落ち着かんなぁ」

 下手すれば手術ものだ。それだけ、この一件に関して、はやてははっきりさせておきたいのだ。今まで存在や手札をひた隠しにしてきたスカリエッティ陣派が 大きく動き出している。つまり、あらかたの準備が終わったと見るべきだろう。こちらは何の手がかりも得ていないまま、事を構える事態に陥ってしまう。後手 に回る事はどうしても避けたいのだが。

「ロッサ、なんかないん?」
「そう大雑把に言われてもねぇ。まあ、天才って人種は一手で三つの利益を生むらしいから、今回のことも何かのメリットを見込んで起こしたんだろうね」
「そのメリットに盗まれたロストロギアが入ってると?」

 はやての疑問に、ロッサは少々考え込んで言葉を切り出した。

「……個人的には否定するね。資料で読んだだけでもあの男はかなり用心深く、臆病だと見れる。その慎重さと起こしてきた事件の内容が一致してないけどさ。 今回奪取された品物は彼の技術で代用が可能なはずだ。過去に類似的な機械とシステムを作り上げているんだからね。となると、密輸品が目的と言うのは先ずあ り得ないと思うよ」
「やっぱかぁ。なら、他に何があるんかなぁ」
「現場の報告が欲しい所だね。機械相手とは言え、実際に相対した彼らなら肌で感じたこともあったはずだし」
「ほなら、さっさと連絡受けよか。じゃ、私は報告受けるからこの辺でな」
「後ほど伺うよ。それじゃあね」

 颯爽と去っていくロッサに、はやては手を振って答え、通信を開いた。

「あ、恭也さん? さっきの戦闘の報告なんやけどな?」






















Dual World StrikerS

Episode 05 「強さ」
From "Lyrical Nanoha StrikerS" (C) 2007
Presented by 大岩咲美 [TRASH BOX type2]





















「とまあ以上だ。損害は樹木が51本。岩が七つ、北側の崖が約130m崩落。広域戦にしては被害は自然物だけ。中々の成果だ」
『ん、了解や』

 先ほどはやてから報告をせっつかれた恭也は、戦闘経過とその結果、現時点で判明している被害を述べた。後々本報告としてあげようと思っていたのだが、どうやら巻きで情報が欲しい様子と見て、手短に纏めたのだが……はやての顔は浮かなかった。
 そんな表情を見るに、やはり上に立つと悩み事が多そうだなと上昇志向を減衰させる恭也である。しかし、さすがに身内同然の少女が、眉間に皺を寄せて唸っ ているのを見るのは忍びないようで、仕方なしに恭也は助言なり聞き役なりを引き受ける事にした。いや、決してはやての眉間の皺の深さが乙女的にやばいとか そう言う理由は一切ないよ?

「納得行かない顔だな。新人の動きが悪いとでも考えたか?」
『え? あ、うん、それは全然考えてへんよ。今回はヴィータ達が頑張ったさかい、あんまり出番がなくて逆に拗ねてるんちゃうかなって心配はあるけど』
「そうか? とりあえず、全員に戦闘させるように動いたんだが……」
『は?』

 今の恭也の言葉はかなり聞き捨てならなかった。思わずはやては間抜けにも口を開けて驚いてしまった。

「今回は、背中が重いからシグナム達に出張ってもらったが、それでも折角出たからにはそれなりに戦わせないと経験値が溜まらないだろ? だから、二人には 大型だけ相手させて、小型を俺達で引き受けたわけだ。で、布陣的にライトニングフォースが後方に居るから、五機後ろに抜けさせたんだが……ランスターの射 程範囲が意外に伸びてな。二機撃墜された。結果三機で、しかも二手に分かれたもんだからちと気を揉んだが、結果としては上々だっただろ? モンディアルが 意気込んでなきゃ、十体ほど回すことも考えたんだが……」
『ちょ、ちょう待ってや、え? なに? 恭也さん、あの五機は態と撃破しなかったって事?』
「ああ。あの程度の機動力だったら走って追いつけるし」

 やばい。直感的にはやてはそう感じた。戦場に、それも最前線で碌に戦局を見れない戦闘指揮官であるはずなのに、経験値を積ませると言う目的の為に、態と 敵を見過ごすなんて、普通やるだろうか? もしエリオとキャロがガジェットを破壊、もしくは足止めできなかったらどうしていたと言うのだろうか。
 いや、彼の事をよく知る人間ならば自ずと解る。もしも最終防衛線が抜かれたときは、彼が直々に相手をするつもりだったのだろう。その力がある事は百も承知だが、予想通りに事が運ばない戦場と言う、先の見えない暗闇の中でこの男はそんな余裕すらあったのか。

 ――あったんやろなぁ。

 自分の義父はとことん規格外だと思い知った瞬間だった。

『えーと、まあそれでええわ。後でなのはちゃんにも同じ事言っといて』
「面倒だな」
『口頭報告なら書類はある程度省略できるけどなー』
「懇切丁寧にご報告します」

 お互い、うむ、と頷きあう。

「だが、これが悩みでもないんだろう? さっきから何が引っかかってるんだ?」
『……スカリエッティの目的や』
「ふむ……」

 その言葉だけで、恭也は大筋を把握したらしく、若干の沈黙の後、口を開いた。

「二つだが、敵情視察とガジェットの編隊の効果測定と言うのを思いついた」
『敵情視察って、今まで何度かガジェットは相手にしてるのに、今更かいな』

 疑問符を並べるはやてに、恭也は肩を竦める。

「所詮機械だからな。あと、段々改良されてるんだろう? 今までのはむしろあまり指標になってなかったんじゃないか?」
『あー、そうとも考えられるかー』
「さっきも言ったが、赤騎士なんてのも出てきたし、あっちの主力と見る人間が剣を交える場面を用意したのもあるだろう。むしろ、こっちが目的だと俺は考えるが」
『何で態々顔を合わせさせるんや? リミッターつきのシグナムと互角やったんやろ? ロングアーチの解析だとS+って出てるのに』
「さあ? そこまでは解らん。シグナムもあのまま戦い続ければ潰されていたと愚痴ったしな。あそこで退いた理由なんて予想すら出来てない」
『あっちはあっちの事情があるわけか』
「でなきゃ管理局と事を構えるなんて考えられないな」

 衝突するには、管理局と言う組織は大きすぎる。次元を跨いで存在する組織を相手取るには、自身も同じく次元を跨ぐ組織でなければ、簡単に消されてしまう のがオチだ。もし反抗を企てるなら、部隊単位で少しずつ潰すしかない。とは言え、一部隊潰す頃には、管理局が万全の体勢でその組織を探し出し、威信を賭け て壊滅するだろう。
 恭也が考える限り、管理局を敵に回すほど面倒で厄介な事はないのだ。

『あんまり納得できへんけど、まあ一旦置いとこか』
「考えても無駄だろうな。情報が足りてない」
『ぬぅ、足跡一つ見つけるのも苦労なんよね、スカリエッティっちゅう天才は』

 抜け目ないと言うか、慎重すぎると言うか。本人に手が伸びるような証拠を一切残さないのが憎らしい。

「一先ずはそんな所か。報告書は明日で良いか?」
『んー、今日中に草案だけでもくれん?』
「日本語で?」
『日本語で』
「了解した」

 速度重視ならば仕方ないだろう。今回もまた翻訳係が選抜される事が確定した瞬間だった。前回はザフィーラが代筆したが、今回は誰になることやら。

『あ、そうそう』

 通信を終えようとする恭也に、はやてはふと思い出した事を伝えておこうと思った。

『さっきユーノ君に会おたよ。今回の競売品の鑑定士に任命されたって言ーてた』
「ユーノが? あいつ、そんな暇あるのか?」

 恭也が先日無限書庫を訪れたとき、受付の人間が司書長がいないと作業が滞るだかなんだか言っていたのに、こんな場所で油を売っていて良いのだろうか。さっさと次の本棚を開拓してくれないと、自分の目的も止まるんだが……。

「まあ、見かけたら声でもかけておく。ついでになのはにけしかけるか」
『あ、それもう私が言ーたから』

 似た者同士。

「もう連絡事はないか?」
『んー、ない』
「じゃあ、俺は現場検証に戻る。フェイト嬢にはなるべく早めに来るように言ってくれ」
『はいはーい』

 通信を切って、恭也は少し考えた。

「騎士か。なんだかな……」

 シグナムとの一騎打ちの映像を流し見る。相手の獲物は自分が予想した形。背丈もほぼ予想通り。この事には別段何の感慨もないが、相手の剣腕が気になった。
 剣筋は正統派だが、ところどころ邪剣染みた軌道を描いている。騎士然とした格好の割りに、泥臭い戦い方をする。蹴りを出す事に躊躇いがない。剣筋は正統派、邪剣仕込み、足癖は悪い。なんともちぐはぐな全体像だ。一体どういう経緯を辿ればそんな形になるのか。
 正統派の流派に師事し、実戦を潜り抜けていく内、ある程度流派の教えから外れなければならない事はしばしばある。ボクサーがキックを出さなければならな いような時があるかもしれない。その時に、教えを忠実に守って死ぬか、忠誠を捨て生を見出すかは個人の見解によるが、この男は生きる事を選択したのだろ う。だからこそのちぐはぐさと言うわけか。そう言う経験を通したのなら、あの形になることも一応は納得出来る。

「シグナムが標準と考えてはいけないと言う事か」

 騎士といえばシグナムと言うのは恭也の価値観に深く刻まれたイメージだ。主に真正面からの全力衝突を望む精神は気高い。時折、恭也もその主義を羨ましく 思ったりもする。剣士として正面から力をぶつけると言う事は、無上の喜びだからだ。だが、恭也は相手が力を出す前に潰しにかかる。
 全く対極に位置する戦闘理念。
 そんなスタイルを突き通せるのもシグナム自身の力量があるからこそ可能なのであって、並の腕の存在が真似をしても格好は付かないだろう。ああいう戦いが出来る存在とは、自分の力によほどの自信を持っていることなのだから。
 考えるに、この赤い騎士は恭也と同じなのだろう。魔力量が規格外に多いとしても、苦戦し続けて今の力を手に入れたのだ。

 ――奴に、才能はない。

 ならば、自分にも幾ばくかの勝機はあるかもしれない。同じ苦汁を舐めたと言えど、その摂取量は断然に恭也が上だと思える。赤騎士には強大な魔力があっ た。程度の低い脅威は力技で押し返せたはずだ。対して、こちらは切り札と呼べるものこそあれど、回数制限に時間制限付きの酷く使い勝手の悪い札だ。出し惜 しみをし続けて、結局切った時には全てが遅かったこともあった。総合力では負ける。だが、

「剣なら勝てるか……」

 敵対するとして、純粋な剣の勝負ならば、勝つかどうかは別として、負ける事はないだろう。ただ、手の内を全て見せていないので、油断すれば斬られるやもしれない。つまりは、やってみなければ判らない。

「実際に斬り結んでいればまた違ったんだろうが」

 相手をしたのはシグナムであって、恭也ではない。それが少し悔しく、羨ましい。
 胸中に渦巻く名状しがたい感情を持て余すが、持っていても損しか生まないのでさっさと忘れる事にした。

「詮無い事を考えても時間の浪費だな。やれやれ、仕事に戻るか」

 戦闘現場の検証に向かうべく歩き出す恭也の脳裏に、一瞬ある想像が掠めた。

 ――そう言えば、奴の振り下ろし、あれは剣道の振り下ろしだったような気がするな。

〜・〜

 未だに火花を散らせるガジェットの残骸を足元に見て、キャロはどうしよう、と悩んでいた。別段、ガジェットの扱いが解らないとか、ショートしているので 触りたくないと言う訳ではない。視線を足元に落としているのは、目のやりどころがないので、たまたま下を向いているだけだ。
 少女は自分の傍らで簡易報告書に報告を書いている少年を見る。その表情は常と変わっていない。戦闘中の気負った、少し危うい気配は微塵も見えない。た だ、戦闘の終わりが宣言される間際、エリオが何かを惜しむような表情をしていたのを見た気がする。はっきりと見たわけじゃない。自分が振り向く直前、戦い の疲れを忘れるためかエリオが空を見上げようとしたとき、一瞬だけ見えた横顔がキャロにはそう見えた気がしたのだ。それから、彼女はなんて声をかければ良 いのか、言葉が思い浮かばないまま黙っていることしか出来なかった。

「判明している事は以上です」
『了解。ライトニングフォースは一時間の休憩。ちゃんと交代要員に引き継ぎしろよ』
「了解しました」
「了解でありますっ」

 モニターの中に映る恭也は、一連の報告を受け取り、通信を切ろうと思ったが、先ほど課員の一人が報告を被せた不満を言ってきたのを思い出した。

『ああ、そうそう。いい加減フリードがストレスで死にそうなんで相手してやってくれ。今にも火事を起こしそうだ』
「あ、はいっ」

 戦後の調査にフリードはあまり役立てないので、作業の邪魔にならないようにホテル待機の課員に預けていたのだが、やはり母親役であるキャロがいないこと と自由に動き回れない事がフリードを苛つかせているらしい。幸いここには広大な森が広がっている。故郷にあった森とは違うが、森林浴をすればフリードの気 も落ち着くだろう。

『モンディアルは、どうする?』
「え?」

 何故か、恭也はそれを訊ねた。他の六課の面々ならば、キャロとセットで考えてしまうので、個人個人の予定を訊ねる事は滅多になかったのだ。

「えっと、キャロと一緒だと思ってたんですけど」
『そうか、そこまで一緒にいたいって言うなら別に構わんが? ああ、フェイト嬢にはさりげなく詳細に事の仔細を伝達して置いてやるから安心していちゃつ』
「ないことないこと吹き込もうとするのは止めて下さい!!」
『む、失敬。俺を苦しめた人種と同じ事をしてしまった。素直に詫びる』
「え? あ、はい」

 本当に反省した風に頭を下げるので、エリオは思わず許してしまった。誰に対しても引かないこの男が素直に頭を下げるとは考えがたいことなのだ。

『それで、お前は何したいんだ?』
「えっと……」

 とりあえず反論したはいいが、何がしたいと言う事は考えてなかった。そもそもキャロとセットでいるのだとばかり思っていたからだ。その扱いに関して何も思うところはないが、先ほどのような揶揄をされてしまったからには抵抗するしかない。男の子の意地と言う奴だ。
 では、なにか別行動を取るべき理由があるのかと考えて、エリオは閃いた。

「じゃあ、ちょっとお願いがあるんですけど」
『叶えるには内容によるが、話してみろ』
「あのですね……」

〜・〜

「やっぱりそうだ……」

 そう呟いたのはティアナ・ランスターだった。
 彼女の双眸は先ほどの戦闘経過を記録した映像に釘付けだった。何故彼女が、戦闘後の調査を真面目にやらず記録に目を通しているのかといえば、最後の集団戦で五機のガジェットを後逸させた恭也の行動を不審に思ったからだ。
 恭也とスバルが合流した辺りから見直していて、彼女は己の疑問に確信を抱く。戦闘中、彼女が口走ったように恭也とスバルの戦闘位置が徐々にずれ込んでい るのだ。戦局的にどうしようもなく移動せねばならないときもある。だが、今回の戦闘でその危険な場面はなかった。なのに、ティアナがフォローしきれる範囲 を数メートルの誤差で離れていっている。

「誘い込まれてたってこと?」

 いや、それはない。ガジェットは一目散にホテルへと向かってきていた。進路も特に変えず、進行速度も同じだ。進路上に恭也達のような障害となる存在がい た事で戦闘行動を取ったに過ぎない。彼らの行動は、敵を誘い出すような意図は見えない。そもそも、囮として誘い出すにしてもその場所を確保している訳がな い。ガジェットを確認したのは森の外だ。なのに、森の中のどこに待ち伏せを用意しておけると言うのか。
 だから、これは誘い込まれたのではなく、単にガジェットを倒すために恭也とスバルが戦闘区域を広げたのだろう。敵を倒そうとして深追いをしていった結果、ティアナのフォロー範囲から逸脱したと。

「……納得できないわね」

 渋い顔をしてティアナは眉間に皺を寄せた。今の考えに賛同できる根拠がない。恭也とスバルの戦い振りを見る限り、いくらかの余裕があった。恭也に至って は腰の剣を使っていなかった。あれが主力武器だと言う事は、アームドデバイスであることからして明白だ。本人も剣士と言っているのに剣を使わないのは名折 れだろう。

「……か、考えたくないけど、もしかして」

 ――態と?

 故意に戦線を拡大させたのだろうか? カバー範囲を無駄に広くして、防衛線に穴を開けて、敵を後ろに送った。

「……いやいや、それはありえないでしょ」

 そんな事をして何の意味があるのか。だって、恭也は出撃前に言ったではないか。自分達の肩には重い責任が圧し掛かっているんだと。守らなければならない 大切なものがあるんだと。例え、自分達に発破をかける為に言った事だとしても、あの理念は管理局が掲げる理念そのものだ。それに反逆するかのような言動を 取る訳が……、

「いいえ、あの人なら平気でやりそう、と言うかやるわね」

 六課内での噂を聞く限り、好き勝手やっているような人物だ。規則を規則と思わない態度と発言、その言動によるリスクを平気で背負い込む度量。確かに何をやっても納得できる人物像ではある。

「……だとしても、態々市民を危険に晒すのは重罪よね。ましてや今回の護衛対象は財界人ばっかり」

 下手を打てば、社会的に抹殺される。それは肉体的な死より苦痛なことだろう。肉親を亡くし、一人で生きてきた自分は程度こそあれ、その辛さを知っている。
 それを知っているからこそ、彼女は訊かねばならなかった。高町恭也が、どういう考えの下、あんな行動を取ったのか。
 ティアナはそう決めると恭也を呼び出そうと通信端末を開こうとして、止めた。丁度、半透明の中空モニターの向こうに恭也と、その後に続くエリオの姿を見たからだ。都合が良いとばかりに、ティアナは二人の後を早足で追いかけた。

 ――程なくして、ティアナは二人に追いついた。既に駆け足になっているにも拘らず、二人に追いつかなかった事に若干の疑問を持ったが、それよりも先ず彼女は訊きたい事が頭の中で先行していて、些細な疑問として頭の隅に追いやってしまったのだ。
 辿り着いた先は乱立した木々と、草薮が生い茂る、凡そ話をするには不向きな場所だった。
 一歩、ティアナは足を進めようとしたところで、その歩みを止めざるを得なかった。
 雄叫びが聞こえたのだ。

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 裂帛の気合、と言うのか。その声に反射的に視線を合わせれば、見知った少年が愛槍を抱え、その矛先を黒尽くめの男に向けていた。
 驚きの声を上げる暇もなく、エリオは手に持った槍を迷いなく突き出した。
 しかしそれは虚しく空を切る。半歩だけ身を引いただけで、その刺突を避けて見せた。そして、すれ違っていくエリオの足を蹴り払い、転ばせる。その一連の 動きは、自然体ゆえに見逃しそうになるほどだった。むしろ、エリオが勢いを殺しきれず転んだように見えるほどだ。遠目から見ていたティアナだからこそ、高 町恭也が何をやったのかが見えていた。

「闇雲に近づくもんじゃない。ましてや攻撃なんてな。先ずは相手の動きを見る事だけをしろ」
「は、はい!」
「では、行くぞ。良く見て、対処してみろ」

 そう言って、恭也は無造作にエリオとの間合いを縮める。先ほど自分で闇雲に近づくなと言っておきながら、自分は躊躇なく近づくその所業、相変わらず言動に一貫性のない人間だ。
 二歩、それだけ歩いて、恭也は右腕を振り上げた。
 拳撃。
 単調な動きだ。この程度の攻撃ならば、エリオにとって躱す事は容易い。
 拳速を見切り、エリオはカウンターを決めにかかろうとして、躱したはずの拳が頬に突き刺さった事に驚愕した。

「なっ!?」

 ダメージはない。拳撃のはずなのに、絶妙に力加減がされている。ただ触っただけと言っても良いくらいの感触だった。
 何が起きたのか。それを考える間を与えず、恭也は次に蹴足を振るう。
 見え見えの動作だ。左足を横に振る中段蹴り。明らかに手加減されている事だけは解ったエリオは、ダメージを気にしない事にして、果敢な突撃を敢行した。
 恭也が放った蹴りは、エリオの腹を狙ったものだった。二人の間にある身長差からして、これを掻い潜れば、リーチは短いがその分小回りの利くエリオにとって有利な展開に持っていける。それを確信して、エリオは体を沈めて恭也の懐へ侵入を試みた。
 寸隙。
 それを突こうとして、エリオは吹き飛ばされた。

「なっ!」

 ジン、と右肩が痛む。枯葉と土に塗れて転がりながら、エリオは自分が何故吹き飛ばされたのか解らずにいた。

「……ふむ」

 何かを確認したように恭也が頷く。エリオは、デバイスを無意識に強く握った。そこで、そう言えばよく手放さなかったなと今更ながらに気付いた。
 矛先を恭也に向け、三度目の突撃をする。とにかく、近づかなければ話にならない。どれだけ防がれようとも何度でもトライし続ける事が必要だ。
 少年の突貫に恭也は迎撃の態勢も取らず、それを待った。
 突き出される矛先。胸部のやや左側――心臓の位置を狙うそれを、恭也は左足を引いて躱してみせる。それに驚く事無く、むしろ当然の事だとエリオは胸中で納得しながら、次の狙い目に決めていた右の大腿部を突くべくストラーダを引こうとして、ガクンと体がつんのめった。

「え!?」

 気がつけば、恭也がストラーダの柄元を握っていた。槍の引き手を見抜いて掴んだのだろうが、これでも槍捌きに自信を持っていたエリオは、その現実が直視できなかった。
 その呆然とした姿。棒立ち状態のエリオに、恭也は容赦なくボディーブローを打ち込んだ。

「ぐふっ!!」
「……ふむ」

 先と同じくゴロゴロと転がるエリオを眺めて、恭也は再び頷いた。何に納得したのかは知らないが、彼は闘志を燃やしてやる気満々の目をするエリオを制止した。

「な、なんでですか!?」
「大体解った。もう良い。あと、そこの二丁使い。そろそろ出て来い」

 ――う、二丁使いって、考えるまでもなく私、よね?

 サーチャーか何かでティアナの存在は承知していたらしい。なら、隠れていてもしょうがないので、素直に姿を顕す事にした。ちなみに、今更説明するまでも なく、付け加えてくどいようではあるが、恭也は範囲探査系の魔法は使えない。ティアナが近くにいるのは、彼が固有に持つ気配察知の技能があるからだ。

「ティアナさん……」
「あー、ごめん。盗み見るつもりはなかったのよ。ちょっと、高町隊長に訊きたい事があって……」
「その質問は後で受ける。一先ず、モンディアルの寸評と行こう」

 恭也は結果的に奪ったストラーダをエリオに返して、一連の評価を下した。

「まず、全体的に直線の動きしかしていない。曲線も円もない。ただの線一本だけではヴァリエーションが足りん。機械相手ならまだしも、この先相手取るだろう人間に対して、この程度の組み立てではほぼ確実に封殺される」

 事実、恭也に対して全く通用していなかった。

「俺は避けただけだが、相手に技量があれば弾いたり、逸らしたり、真っ向から防いだりと反応が返ってくる。それに対して直線機動だけでは対応に難が出るのは明白だ。せめて曲線攻撃を覚えるべきだな」
「はいっ!」
「付け加えて、槍を扱う上で重要な事が欠けている」
「重要な事?」
「何だと思う?」

 素人考えですけど、とティアナが前置きをして答えた。

「やっぱり突く速さですか? 攻撃が重要だと思うんだけど」
「ふむ。じゃあ、モンディアルは?」
「えっと、間合いの取り方でしょうか。槍は剣よりも死角が多いですし」

 二人の答えを聞いて、恭也は少し難しい顔をしてから、正解を口にした。

「槍を扱う上で重要なのは、引き手だ」
「引き手、ですか?」
「あ、もしかしてっ」

 エリオは解ったらしい。ティアナは恭也の話が終わるまで待つ体勢だった。

「さっき、俺がストラーダを掴んだだろう? あれは本来槍使いにとって屈辱に近い行為だ。槍ってのは剣と違って矛先にしか刃が突いてない。つまり、柄の部 分が広い。そうなると、敵にとっても気をつけるべきは棒の先で、握っても問題ない柄の部分は狙い目になる。それをまんまと握られたとなれば、槍使いにとっ ては死活問題だ」

 何せ、自分の獲物を敵に捕られる事になるのだ。これは原始的な武器を扱う人間からすれば屈辱以外の何物でもない。

「他の武器だとそうは行かない。ナイフも剣も、安全に握れる位置は大体自分が握っていて満員状態だ。槍だけが唯一閑古鳥が鳴いている。それを承知してるからこそ、そう簡単に敵に掴ませない為に引き手の速度が重要だとも言われてるんだ」
「そ、そうなんですか?」

 そうだ、と恭也は頷く。そして、嘆いた。

「まあ、その辺りの教育や教本がないのがこの世界の悪いところなんだがな。大抵、魔法でどうにかできるから、体術やら武器の扱いやらなんて重要視されな い。それで回るんなら別に俺もどうこう言うつもりはないが、その所為で人の限界を超える方法のいくつかが失われるのは嘆かわしい」

 心身を鍛え、技を磨き、知識を得、見識を広げる事だけでも、人は成長できる。魔法も確かに鍛える事で伸びるものだが、それだけに価値を置くのは勿体無いと恭也は言うのだ。

「まあ、この世界じゃ体を鍛えるのは武装隊くらいで、更にその中でもベルカのような『武』に重きを置くような考えをする人間は殆ど居ない。ベルカの騎士でも、果たして真に『武』を修めてる奴が何人いる事やら」
「それだったらシグナム副隊長とかはそうじゃないんですか?」
「あれは魔法騎士であって、武芸者じゃない。あいつが真に力を発揮できるのは剣と魔法が一つになったときだ。俺が言っているのは魔法なしでどれだけ鍛えているかって意味だよ」

 そんな奇特な人間一人しかいないと思います。そんな意味が篭った視線を受ける恭也は、それに取り合わず、話を進めた。

「まあ、横道に逸れたが、槍を使うんであれば相手に掴ませない方法や戦法を考えろと言う事だ。それと引き手もな。突くよりも速く引くくらいでないと槍を持つ意味がないぞ」
「了解しました!!」
「今回はこのくらいにしとこう。そろそろ戻らんとなのはが五月蝿い」
「あ、ちょっと!」
「お前の話は帰りながらだ」
「へ!? あ、はい」

 忘れてなかった事に安堵しかけるが、帰りながら聞くなんて事は自分の話をさほど重要視してないって事だと気付き、少しだけティアナはむくれた。
 三人は獣道のような道のように見えなくもない道を進んでいく。さっきまで恭也たちが模擬戦闘を行っていたのは、ホテルから結構遠い場所だった。ティアナ が小走りに追いかけて一〇分少々。このペースで帰るとしたら大体三〇分くらいと見る。確かに話をしてから帰るには少々時間がかかる距離だ。

「それで、俺に訊きたい事とは?」

 話を切り出したのは恭也だった。好都合とばかりにティアナは口火を切った。

「さっきの戦闘で、五機後逸しましたよね?」
「ああ、したな」
「それって態とですか?」
「態とだ」
「……………………………………………………」
「……………………………………………………」
「…………あのー?」

 黙りこんだ二人の沈黙に耐え切れずエリオがおっかなびっくり二人を呼びかけるが、完膚なきまでに無視された。
 十数秒の沈黙の後、根負けしたティアナは更に追撃する。

「私のフォロー範囲から段々離れて行ったのも態とですね?」
「それについては反論する。お前のフォロー可能範囲は確か百メートルが精々だったな?」
「うっ」

 何故それを!? と慄くティアナに、恭也は当然の事を言った。

「上司が部下の能力を把握してないでどうする。なのはから貰った能力表より広い範囲を指定して、その言い分は認められんな」
「ティアナさん、そうなんですか?」
「…………そうよ」

 この戦闘で、少し背伸びをしたのは、それだけの範囲をカバーする気でいればその分だけ成長できると思ったからである。事実、訓練では100メートル前後 が効果範囲だったが、戦闘中の効果範囲は115メートルまで伸びていた。実戦はかくも経験値を溜めるに打ってつけの舞台なのだ。

「でも、それがあったとしても態とガジェットを素通りさせるなんて何か企みがあったってことですか? 例えばトラップを仕掛けておいたとか」
「別に何も? 後ろに控えさせた二人にも餌をやらなきゃならんと思っただけだが」

 僕はペットか何かですか!? と言う少年の抗議は黙殺された。

「高町隊長、あなた出撃前に言いましたよね? 自分たちの背中には守る人たちの大切なものがあるって」
「言ったな」
「じゃあどうしてその大切なものが壊れるような行動をしたんですか!?」

 ここでフォローが可能だったからこそ後逸させたと言うのは簡単だ。それだけの能力がある事は自分でも把握しているし、隊長陣も知っている。だが、新人たちにその力の一端を見せていない今では、それを言ったところで何の説得力もない。
 しかし、この男は高町恭也である。そんな世間体とか説得力とか気にして発言を控える事などしない男なのだ。

「あの程度の距離なら五秒あれば詰められる。五秒程度ならモンディアルとルシエ嬢の二人でも足止めできるだろ。その程度は見越していたさ。だからまあ、ランスターが気にするほどの問題じゃないし、俺は自分の言葉を反故にしたつもりもない」
「そんな自分勝手な言い分が立つとでも!? と言うか、あの距離を五秒ってどれだけの飛行能力か知ってますか!? そもそもあなた飛べないじゃないですか!!」
「ま、そこは裏技がある」
「どんなですか、それは!? と言うか、出鱈目を言わないでください!!」
「そこまでいきり立つ事はないだろうに。ともかく、その件ならはやて嬢にも報告してるんで、罰が下るかどうかはあの娘に任せてやれ」
「それならそれでいいですが……」

 まだティアナは納得いかない様子だった。罰が下ると解っている作戦を採る事の意味が理解できないのだ。自分にメリットがなく、かつ被害を悪戯に増やすよ うなやり方を態々選ぶなんて馬鹿のする事だ。自分が賢いとは微塵も思わないが、間違っても恭也が採ったような作戦だけは立てないと断言できる。
 だからこそ、ティアナには恭也の考えが全く解らないのだった。

〜・〜

「おや? 誰かと思えば……」

 森を抜けたところで、恭也達三人は、白のスーツを着た男と出くわした。長い髪を手櫛で整えながら、彼――ヴェロッサ・アコースはにこやかに挨拶をしてきた。

「いつぞやはお世話になりました、高町三等陸士」
「こんな所で油を売ってて良いのか?」
「れっきとした仕事ですって。これでも僕、査察官ですよ?」

 さりげなく告げられた役職に、ティアナとエリオは慌てて畏まるが、ヴェロッサは別にそんな態度は気にしない人間だ。必要な時、必要な場面で、適切な態度 が取れていれば普段の素行は問わない。この点では恭也と似通った価値観を持っている。ただ、恭也の場合は時と場所を適切に選んで『外す』ので、性質の悪さ はヴェロッサの上を行く。
 気軽に会話をする男二人を見て、ティアナは多少不審がった。何故しがない三士と査察官が気軽に会話を楽しんでいるのだろうか。先の言葉からすれば顔見知 りのようだが、恭也がそこまで外交に関して活動的だとは聞いた事がない。むしろ、輪を広めずに一人で行動する事が多いとなのはが言っていたのだが……。

「そちらこそ、現場責任者が現場を放っておいていいんですか?」
「お得意の査察か? それは」
「いえいえ、指揮権をいつの間にか高町一尉に委任してる辺りはさすがに手際が良いと褒めてるんですよ」

 恭也とヴェロッサが話し込むのを尻目に、ティアナとエリオもこそこそと念話で話し合っていた。話題は勿論目の前の二人の関係についてだ。

『どこで知り合ったんだと思う?』
『えーと、やっぱり監査の時かと……』
『よね』

 査察官と顔を合わせるとなれば当然それは監査が入った時だ。恐らく、前に所属していた部隊の定期監査の時にでも知り合ったのだろう。

『だとしても親しすぎじゃない?』
『仕事を抜きにしての関係じゃないでしょうか。高町隊長、あれでお友達を作るのって得意そうですし』
『個性が強いのは同意だわ』

 あのキャラクターだ。取っ掛かりは十分にある。ただし、その後長続きするかは別として。

「そちらの二人は、スターズとライトニングの子かな?」
「はっ。ティアナ・ランスター二等陸士です」
「エリオ・モンディアル三等陸士です!」
「僕はヴェロッサ・アコース。聞いての通りしがない査察官さ。はやて……八神部隊長とは個人的に親しくてね。あの子の兄貴分的な関係なんだよ」
「そうなんですか?」

 ちらり、と自称八神家の父に目を向けるが、恭也の様子は平時と変わらなかった。ヴェロッサが兄貴分である事は認めているらしい。

「高町隊長と親しい間柄みたいですけど……」
「知り合ったのは一ヶ月くらい前だったかな。はやてから聞いてた通り、面白い人でね。ちょくちょく連絡を取り合ってるんだ」
「……まあ確かに取り合ってはいるが、大半のネタがはやての近況に終始してる辺り、良い度胸してる奴だ。こう言うのをナンパ師と言うんだぞ、モンディアル」
「勉強になります」
「……勿論、今のは冗句だよね?」
「モンディアルは純朴な少年だぞ? 穢れなき純粋さはルシエ嬢とツートップだ」
「ナンパ師じゃないからね!? 僕はこれでも一途なんだよ!?」
「じゃあその証拠としてお前のアドレス帳の女性比率を教えろ」
「時にエリオ君、女所帯のこの部隊で苦労してる事はないかい?」
「ありますけど、とりあえずアコース査察官には頼れません」
「近づかないでもらえますか、査察官殿」
「僕の評価がどん底に!?」

 懊悩するヴェロッサであるが、三人は特にフォローとかしなかった。放置プレイは六課では常套手段なのである。

「まあ、その程度の些事は置いてだ。現場責任者はどこだ?」
「些事!? 僕の評価が些事!?」
「他人の評価なんてどうでも良いじゃないか。大切なのは自分の評価だろ?」
「だからこそ苦悩してるんですけど!?」
「しかし俺の苦悩じゃない」
「当然だけどね!!」

 憤懣やるかたない青年は、話を強引に戻す事にした。と言うか、これ以上自分を攻撃されたらどうなるか解ったものじゃない。

「それで、お三方はどこで何をしてたんです?」
「軽い打ち合わせと質疑応答だ。個人的な話も含んでたんで人目につかない場所に行っただけだ」
「ちなみに、内容は話してもらえるんでしょうかね?」
「話しても構わんが、お前が追ってる事件とは全く関係ないぞ」
「そうなんですか? うーん、じゃあ聞かない事にします。ああ、そうそう。高町一尉が探してましたよ」
「怒ってたか?」

 それを最初に訊ねる辺り、普段の二人の関係が見える言動だった。と言うか、誰かが恭也を探す時は、大抵彼が何かしでかした時に叱るのがパターンなのであ る。六課に来てからはその頻度は激減しているが、ないこともないので恭也にとって呼び出しとか、探されていると言う状況は大方嫌なものが待っていると言う ジンクスがあるのだ。

「いえ、別に。質問と疑問があるからと言う話でしたから」
「解った。そう言う事だから、俺はなのはのところに行って来る。お前達も持ち場に戻れよ」
「了解です」
「じゃ、僕も仕事の続きをしますかね。今度は立ち話じゃなくてお茶も交えて対談したいところです」

 そういい残して、ヴェロッサは自分の仕事に戻るのか、森の方へと入って行った。その彼にティアナとエリオは敬礼をし、小走りにホテルの方へと向かう。二人を見送り、恭也もなのはがいるはずの戦闘現場に足を向けた。

〜・〜

 今回現れたガジェットの総数は九十八機。一度の戦闘で遭遇した数は今回が一番多い。一型と三型の編成で、三型を中心とした編隊を組んでの進行だった。シ グナムの見解では、編隊プログラムの試験運用だったのではないかと見ている。事実、これまで個別で、それこそここに状況判断を行っていた様子だったガ ジェット達が、多少歪ではあるが統率が取れた行動をしているのが分析されている。
 ここに至って、ようやくガジェットを戦力として使用し始めたのだろう。今まではどちらかと言えば、性能実験の過程で、今は運用実験の段階に入ったと見れる。そうなると、やはり焦燥感が出てくる。

「拙いね」

 なのはは周囲の調査員に聞こえないように、苦言を洩らした。現状で、六課が抱える戦力は上と下で大きく差が開いている。新人四人のチームワークが副隊長と同格。これは、部隊運用を考える上で、難しい力配分になっている。
 新人四人と一括りにしているが、本来は別チームに所属する四人なのだ。四人が纏まって行動する機会は、今後減っていく事になる。今はまだ半人前なので四人一まとめに考えているが、後々は個別に任務を任せる事になる。
 だがそれは、一年後の話なのだ。この六課に所属している間にそこまでの実力を付けられるとは教導官であるなのはも考えていない。一人でも任務が遂行でき るようになれる土台を作る事を前提に訓練を行っている。彼女が立てる訓練メニューの殆どが基礎訓練の反復と多少の応用に留まっているのはその為だ。本来の 教導官の役割である、高度な戦闘理論の講釈と運用法を伝授するには、彼女達はまだ未熟すぎる。
 だから、六課内の戦力的には、リミッターを抱えたS+が二人とS−にAAA+、そして新人四人を一まとめに考えたときの戦力概算としてのA+しかない。 さて、ここで意図的に外されたFランクの男がいるが、彼の場合、状況によって戦闘力が激変するのでまともな戦力には換算していない。場面によっては全く使 えない場合があるので、常に一定の力を発揮できる戦力を羅列しただけだ。

「はぁ、出来ればまともな戦力に数えたいんだけどなぁ」

 数年来口にしている不満を、なのははまたしても洩らしていた。だが、それがどうあっても叶う事のない願望である事も承知している。恭也の魔力がFである ことは覆らない。魔導師としての常識があまり通用しないからと言っても、ランクに差があれば、当然どう足掻いても何も出来ないのだ。こればかりは致し方な い。

「私の魔力の三分の一でもあれば良かったのに」
「――俺としては、全くない方が良かったんだがな」
「お、お兄ちゃん!?」

 突然背後から聞こえた声に、毎度変わらず驚きの声を上げてしまった。いい加減、心臓に悪い登場の仕方を控えて欲しいのだが、何度言っても聞き入れた試しがない。なので、ここ最近は嗜める事すらしなくなったなのはである。

「お勤め御苦労。何か進展はあったか?」
「突然指揮権渡したと思えば、そんな台詞言うの?」
「まあ、多少身勝手だったとは思うが、同僚の頼み事だったんでな。許せ」
「同僚? 頼み事ってなんだったの?」
「それを言うのは憚られるな。すまんが、追求はしないでくれ」
「うーん、解った。でも、今後は自重してね。ほいほい上司が居なくなるのはだめなんだからね」
「心得た」

 どう言う事情があったのかは判らないが、恭也が秘密にしたいと言うからにはそれだけプライベートな事を含むと言う事だろう。そう言う問題になってしまえば、なのはもあまり踏み込んだ事を聞く事は出来なかった。

「それで、今のところ判った事は、あんまりないね。ガジェットたちの動きが変わったって事くらいで、それも詳しい分析をしてから出す事だし……」
「あのSランクの魔導師は?」
「それもまだ。現場検証を優先してるから」
「じゃあ、何が判ってるんだ?」
「戦闘中に密輸品が強奪されてたの。奪われたのは魔力の出力変換をする機械、まあロストロギアなんだけどね。それが奪われたみたい」
「ふーん? 今回の襲撃の目的はそれかね?」
「それにしちゃ大げさすぎるよ。普通、物を盗む時って人の目を気にするはずだよ。こんな騒ぎを起こすなんて意味ないもん」
「そりゃそーだ。恐らくは、顔見せが目的だったんじゃないか? 何の意味があるかは知らんが、それくらいしか俺には考え付かん」
「戦略的に意味ないよね」
「まあ、それを考えるのははやて嬢の仕事だ。俺達は俺達の仕事をするしかない」
「それはそうなんだけど……」

 悩みが深くなってしまったなのはに、恭也は何も言わなかった。実際、手元にあるピースだけでは向こうが何を望んでいるのか見当もつかないのだ。悩むだけ 無駄なのだが、それを言ってしまうと上官としての業務に疑いを挟む事になる。つくづく、上司と言うものは頭を悩ませるものだと実感してしまった。

「それで、お前、俺に何か質問があるらしいと聞いたんだ?」

 一先ず、話題を一旦変えるべく、恭也はヴェロッサから聞かされた用件を訊ねてみた。

「ああ、そうそう。ティアナの様子、どうだった?」
「どうもなにも、俺から見れば何が変わってるのかは解らないんだが」
「そう? 焦ってそうとか、悔やんでそうとかなかった?」
「フォロー範囲で背伸びをしたにはしたが、これと言って焦ってる様子はなかったな。戦闘中は冷静だった。撃墜数も上々だったし、何か不満を抱えてるようには見えなかったぞ」
「背伸びって、どのくらい?」
「三〇メートルサバ読んだ程度だ」
「……それって結構なサバじゃない?」
「本人は出来ると言っただけだ。実際には一二〇程度で精度が落ちたが」
「そっか。一応、伸びてはいるんだね。じゃあ、スバルは?」
「ナカジマの場合は、もう少し視野を広くさせた方が良いな。一対一に持ち込むのに手間取ってたのは、相手の連携があまり見えてない所為だろう。単体での打撃力は申し分ない。あの子には考える力が必要そうだ」
「うん、解った。ありがとね。今後の訓練の参考にさせてもらうよ」
「あー、まあ、そうしたいならそうしろ」

 自分の意見がそこまで重要にされても困る。何せ、見たままの事しか言ってないのだ。しっかりとした根拠もなく、挙動を見ただけの感想である。それをそんな大事そうに受け取られると、居心地が悪い。

「この後はどうするんだ?」
「そろそろフェイトちゃんが来るから、私はフェイトちゃんに説明してくるよ。お兄ちゃんはここで指揮執ってて」
「任された」

 その後、フェイトを連れてきたなのはと共に今回の戦闘結果の報告をまとめ、引き続きホテルの警備に当たった。

〜・〜

「ドクター」
「んー? なんだい、ウーノ」

 スカリエッティはモニターから目を離さず、ウーノの呼びかけに答えた。

「何故彼を管理局と接触させたのですか?」
「さて、なんでだろうね? 君の見解を聞かせてくれるかな?」

 スカリエッティの声は愉快そうに、しかし視線は厳しくモニターを睨んだままだった。モニターには音速域で戦闘機人のメインフレーム――所謂骨格がどれだ け耐えられるかのシミュレートを行っている最中なのだ。本来なら、ウーノの呼びかけにすら答える事も邪魔になるはずなのに、スカリエッティは律儀に反応を 見せ、あまつさえ質疑応答に答えようとしていた。
 どうやら自分の主が御機嫌らしいと悟ったウーノは、多少踏み込んだ意見も今なら言えるだろうと判断し、己の見解を述べた。

「はい。今回の作戦にメリットはほぼありませんでした。編隊プログラムの試験運用との事でしたが、航空戦力が整っていない現状で編隊プログラムの試験運用 は意味がありません。そして、今回強奪したロストロギアは、結果的に製造ラインを一本増やせる出力を持っている事が判明した程度です。本作戦において、私 達の計画に必要な要素はどこにも見受けられませんでした」
「うん、そうだね。っと、この辺りでぶれてくるか、ふむ」

 頷きながらもキーをタッチするスカリエッティにウーノは自らもガジェットの生産状況と、管理局のネットワーク上で拾える話題を検索しながら、話を続けた。

「ですが、それは私達に対しての純然たるメリットです。外部介入、外部協力者のファクターを加味すると、今回の行動が見えてきます」
「それはなにかな?」
「ミスタ紅蓮です。彼を管理局と敵対させる為に今回の襲撃を計画なさいましたね?」

 ウーノはこの考えに確信を持っていた。分析してみれば解るのだ。今後、計画に必要な資材、人材、下地が裏切らないようにするためには何をするべきなのか。
 一番望ましいのは、協力者一同がスカリエッティに対し崇拝や忠誠を誓えば、ウーノや長い事会っていないドゥーエの苦労は激減する。だが、彼らもまた表の 社会を裏の力で伸し上がった人間ばかりだ。誰かに組する事こそが危険であると知っている。一度枠に入ってしまえば、抜け出す事が容易ではないのだ。そう、 一度貼られたレッテルが中々引き剥がせないが如く、周囲の印象と言うものは個人的感情が含むと拭い去る事は非常に難しい事になる。
 そして、これは今回の襲撃とも関連する。
 一度でも管理局と事を構えたと言う事実。これが、今後紅蓮の立場を縛る茨になるのだ。

「万が一、管理局が何処からか見つけてきたロストロギアで、彼が帰還できる事になってしまった場合、彼は奥様を連れてここを出るでしょう。そして、恐らくは突破されます。そのまま管理局に亡命してしまえば、私達の計画はそこで破綻します」
「その通りだよ。いやはや、君もようやく私に追いついてきたかな?」
「滅相もございません。これは単純に、こちら側の事情を知っている人間ならば、自ずと出せる答えです」
「それでも、私が言わずとも正解に辿り着いた事は喜ばしい事だと思うけどね」

 本当に嬉しいのか、邪気のない笑顔を見せて、スカリエッティは噛り付いていたコンソールから身を引いた。休憩用に設置したソファーに座り、ブランデーを一口グラスに誑した。

「今回の一件は必要だったからねぇ。スケジュールを見ると、もう今しかなくてね。この後、一旦なりを潜めるつもりだから、今しかなかったのさ」
「そうでしたか。しかし、一旦潜伏するのですか?」

 生産状況は大体80%まで来ている。このまま行けば、一ヵ月後には計画を実行段階に移す事が可能になる。だが、彼女の創造主はそのつもりがないようだ。

「まあ、色々理由はあるけど、強いて言うならスポンサーの方々に提出しなきゃならないあれこれが結構あってね。そちらを片付けてしまいたいのさ」

 そのスポンサーの大半は管理局に属する官僚達なのだが。

「それは、無駄な労力を割いているのではないのですか?」
「そんなことないさ。彼らには、もう少し私と遊んでもらうってだけの話。さすがの私でも管理局の全てを相手にする事はしないさ。彼らとの信頼関係はそのまま私達の身の安全に繋がる。こう言う根回しは非常に重要な事だよ」
「了解しました、ドクター。では、計画はそろそろ中盤に差し掛かったと判断すればよろしいですか?」
「ああ、そのつもりでいてくれ。あと、君の妹たちにもこの話をしておいてくれ」
「ご命令、承りました」

 その有能な助手は恭しく一礼をすると、手元の端末を落として去っていった。既に彼女はこの場での作業を終えていたらしい。会話の傍らに済ませている辺り、我ながら有能な知性を作り上げたと言う感想が少々自尊心をくすぐった。

「ふむ、予定よりも速く成長しているね。喜ばしい事だ。自分の予想をはるかに超える現象と言うものは、研究者にとって一つの財産なのだから」

 今まで以上に御機嫌となったスカリエッティは、グラスに残ったブランデーを飲み干すと、作業の続きに戻るのだった。

〜・〜

 翌々日。
 ホテルでの一件から、恭也の指揮能力に関して、重要な会議(吊るし上げ)が行われた。

「……おい?」
「えー、では、これより「第一回 高町恭也って実は上官に向いてるんじゃね? 会議」を開きます。はい、みんな、拍手!!」
「わー」
「ぱちぱちぱちぱち」
「口だけによる賛辞、ホンマありがと。では、早速恭也さんに弁明してもらおか」

 朝一に会議室に呼び出された恭也を待ち構えていたのは、はやて、なのは、フェイトの三名だった。これに恭也を加えると、六課の上層部の出来上がりなのだが、この男がそこに入る事に激しく違和感が生じるのは何故だろうか。

「その前にこの状況の説明と言うか、経緯を言え。いきなりすぎて普通のツッコミしか思いつかん」
「んじゃ、僭越ながら私から説明させてもらいます。事の起こりは、一ヶ月前の暴走列車事件。恭也さんの仕事振りに関して、ウチでモニターした限り、ミスら しいミスもなく滞りなく任務を完遂した事実。そして、報告書を日本語でなら事細かに書けると言う事実が浮き彫りになりました」

 別に隠してた訳でもないのに、なんだか悪事をばらされている感がある。

「さらにさらに、アグスタでの戦闘で、全般的に指揮が執れていた事。エリオとキャロの戦闘経験の蓄積として、故意にガジェットを防衛線から逸脱させた事も ありましたが、それを差し引いてもプラス査定で通ります。と言うか通します。で、この一件の報告も日本語なら満点の出来で仕上げてくれるので、私達三人は 今回の議題について大いに本人から弁明と弁解を求めたいと、まあこう言う塩梅や」
「弁明1。列車とホテルの指揮は見よう見真似で、機械相手だったから上手くいっただけだ。もし相手が人間なら自分から斬りに行く方を選んでただろうな」
「あれだけ出来てまだそんな事言うのかな、このお兄ちゃんは」
「弁明2。日本語での報告書は上司が日本語を理解できるからこその例外的な措置であって、評価するならば下の下。きっちりミッドチルダ言語で書いてから出直せと言われるのがオチだ」
「その点に関して、シャーリーに翻訳ソフトを作ってもらってますから、他の部署に行ってもばっちり仕事をこなせるようになりますよ」
「……フェイト嬢。小さな親切、大きなお世話って知ってるか?」
「はい?」
「いや、知らんのなら良い。良くないが」
「良くないのに良いんですか?」
「そうだ」

 多分、善意100%なんだろうなーと比較的俗世に染まってない金髪の子の優しさが痛い恭也だった。

「はぁ、まあ、それで? 朝っぱらから俺をここに引っ張ってきたのはそう言う理由だった訳か?」
「そうだよ。お兄ちゃんが如何に今までおサボりしてたのか、よーやく判明したんだよ?」
「別段、手を抜いてきた訳じゃないんだがな、特に書類関係は」

 どう足掻いても書けない物は書けないのである。無理な事をできるようになれって言うほうが酷いのだ。出来るように助力をすべきだと思います。具体的には、代筆とかっ。

「とーもーかーくっ! これで恭也さんの昇進はほぼ確定やねっ」
「よし、とりあえずヘマをしよう」
「そんな事を上司の前で堂々と言ってる辺り、本気でやる気だよね、お兄ちゃん」
「無論だ。上に昇ったって何も良い事がないのは傍から見てるだけで解る。大体、俺から剣の修行時間を取ったら、最早書類さえまともに書けない駄目局員が出来上がるだけだぞ」
「そう言いつつもどうにかしそうやよね、恭也さんは」
「そんな期待したって無理なものは無理だ」

 恭也は、重々しく溜息を吐いた。どう言う訳なのか、彼の身内は彼を昇進させようとする事がままある。今までも軽い冗談話のように話の種として用いた事はあったが、今回は本気のようだ。彼女たちには本気で解らせる必要があると言う事が、彼に重い息を吐かせたのだ。
 冗談紛いに話していても、恭也の一貫した考えを理解している人間なら、そんな事をする必要がない事、彼自身が望んでいない事なんて一目瞭然のはずだった。改めて、釘を刺さなければならないほど血の巡りが悪い三人に言い聞かせるべく、恭也は意識して、低い声を発した。

「あのな、はやて、フェイト、なのは」

 あえて名前を呼び捨てる。いつもの軽い雰囲気を払拭した彼は、生来の鋭さと歳を重ねた深い存在感を纏っていた。

「お前達に剣士の性を理解しろとは言わん。だが、他人が志しているものを邪魔する事は許されない事だ。特に、強制的にこの状況に甘んじている俺に対して、俺が望んでいない事を強要するなら、こちらも相応の対応をするぞ」
「あ、いえ、えっと……」
「でも、その……」
「だ、だからね……」

 恭也の逆鱗に触れた事をようやく理解した三人は、何とか言葉を口にしようとするが、上手く出てこなかった。それほど本気で怒りを見せる恭也に飲まれてしまったのだ。

「身内だからと言って贔屓が過ぎるのは気に入らないな。正当に評価されようがなんだろうが、俺にとって必要な事はとりあえず揃っているんだ。それを崩すような真似は、もうするなよ」

 それだけ言い残して、恭也は部屋を出て行ってしまった。後に残った三人は、顔を俯かせて、しばし呆然としたままだった。

〜・〜

 なのはに言い渡されていた早朝訓練のメニューを全て消化したヴィータは、朝食前の軽い報告をするためなのはを探していた。彼女は今朝の訓練になのはが参 加しない理由を知っているので、恐らくはやて、フェイトと共に恭也に迫っているのだろうと決め付けて、課長室を訪ねていた。

「はやてー、はいるぞー。……?」

 ノックしても、入室の許可がなかった。はやての午前中のスケジュールは戦後報告の書類処理をする予定になっている。だから、この時間は既にここに居なければならないはずだ。
 さすがに不審に思ったヴィータは、意を決してドアの開閉ボタンを押した。

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 果たして、そこにあったのは、頭を抱えて床を転げまわる年頃の乙女な三人だった。

「ど、どうした!? ってか、はやて!? パンツ見えてるって!! お前等も服が肌蹴てるぞ!!」
「格好なんか気にしてられるかいな! きょ、恭也さんを怒らせてもうたあああああああああああああ!」
「は? いや、それは後で聞くから、今は服直せよ三人とも!!」

 ヴィータと言う第三者が現れた事で、ようやく三人の無限に落ち込む思考が一旦停止された。
 その隙を見計らって、ヴィータは事のあらましを説明される。初めこそ恭也の態度――つまり、はやてに凄んで見せた事に腹を立てたが、三人の様子と話の流れを見ると、中々難しい問題だと言う事に気付いた。
 単純な構図で言えば、はやて達は恭也に昇進してもらいたい。恭也は昇進する事によって部下に対して教育や訓練監督などをする事で剣の修行の時間が取れない事を嫌がっている。この二つの意見が対立している訳だ。
 それ相応の実力を持っている事を前回と今回の出動で恭也に指揮能力が備わっている事が立証できた。今まで最大のネックだった日本語をミッドチルダ語に翻 訳できなかったことも、専用のソフトを作る事で解決が見えた。だから、三人は恭也が昇進を蹴るための材料がもうない事を伝えて、潔く受け入れてくれる事を 期待した。
 だが、恭也にしてみれば、指揮能力だとか、書類処理能力だとかがどれだけ低かろうとも関係がない。彼にとって重要な事は『剣』なのだ。それに対し、一生 を捧げた存在に対し、別の事に感(かま)けろと納得させるには、少々理由が軽すぎた。そも、恭也がこうして管理局で武装隊に所属しているのは、ただ単に戦 いが頻発する場所だと言う事だけだ。もし他の場所で今以上の激戦区があると知ったら、迷わずそちらに行ってしまうだろう。
 それだけ、高町恭也は『剣』に心酔している。だから、それを邪魔するような行為に出た三人を叱ったのだろう。
 そこまで理解して、今度はヴィータが頭を抱えた。この問題は一方が折れるしかない。だが、恭也が主義を違えた事なんて一度もない。決めた事は必ずやるし、決して短くない付き合いの中で、あれほど己の信念に忠実な男が安易にその程度の理由で信念から外れるとは思えない。
 となれば、折れるしかないのはこちら側――はやて達の方しかないのだ。

「……無理じゃね?」
「ヴィータ、簡単に諦めすぎだよっ」
「別に簡単に諦めたつもりはねーよ。ただ、剣の事が絡んだあいつは多分殺されたって拒むんじゃないかって思っただけだ」
「それは、そうかもしれないけど……」

 なのはとフェイトにも簡単に想像できる。事、剣術に対して恭也は異常なまでにストイックだ。彼を『剣』と言うものを、なのは達に当てはめるなら、魔法を 一種の業務上のツールとして認識している訳ではない。自分が極めなければならない道であり、技法。そして、それを次の世代に残さなければならないと考える べき、神聖なものとして認識しているのだ。
 ここで価値観がずれる。方や仕事場の道具、方や冒してはならない聖域。どちらがどれだけ大事なのか、明白だった。
 今回、はやて達は彼の聖域を汚そうとしてしまったのだ。あれでいて懐の広い恭也が怒りを顕わにしたのは、それだけ腹に据えかねての事だろう。

「はやて、残念だけど、今回は折れた方が良い。このままで行ったら、あいつどっかに行っちゃうぞ?」

 もしこのまま昇進を強行したのなら、この十年ではやてやなのは達が築いた絆をあっさり放棄して、彼はどこかの世界へ旅立ってしまうだろう。その程度の事を平気でする男だ。

「そ、そんなぁ。折角、折角昇進できる証拠が揃った言ーのに……」

 はやての目尻に涙が浮かんだ。それは悔し涙だった。彼女は、ここ数年、ある事を言われ続けて不愉快な思いをし続けたのだ。彼女の身内とも言うべき他人で ある高町恭也の事をどこかで聞きつけた局員が、彼の無能振りを嫌味の種として向けてくるのである。歳若いながらも二佐と言う地位にいる彼女にはやっかみの 声が多い。
 能力『だけ』は評価できる。ただ単に魔力量のおかげで昇進できただけ。特殊技能があるだけの小娘。
 散々そう言われて来た。その事に関しては、半分は当たっている。捜査官の資格だって、半分は固有技能が有能だったから合格できたようなものだ。魔法だっ て、精密な調整が出来ない。魔導師としては破格でも、技術者としては二流も良いところなのだ。だから、自分の事を貶されるのは我慢できた。
 だが、彼女が慕う男の事を、態々彼女に言う事だけは我慢できなかった。過去に一度、恭也の査定を聞きつけた捜査部長が彼を揶揄したとき、はやては完膚な きまでにキレた事がある。その部長を殴りつけ、止めに入った局員を軒並み吹き飛ばし、苛立ちが治まるまで部屋中に当り散らしたのだ。二週間の謹慎を言い渡 されただけで済んだのは、彼女が真に優秀な捜査官であり、捜査部長の心無い言葉があったと言う温情が出たためだ。
 この事は恭也には話していない。だが、意外に広い耳を持っている恭也の事なので、既に知っているかもしれないが、自分から切り出さない限り彼からも話を振ってこないので、それに甘えている状態だ。
 そこまではやては恭也を慕っている。もし恭也が不当に評価されているのなら、正当に評価してもらいたい。そう考えて、人事部に掛け合ったのだ。

「……最初の一手を間違えてしもうたんかな、私」

 誰にともなく呟くはやてに、フェイトが答えた。

「たぶん、ね。最初に恭也さんを説得するべきだったのかもしれない。焦りすぎちゃったね、私達」
「そうかもしれないね。お兄ちゃん相手に外堀を埋めたって本丸が凄く強いから、そっちから納得させないといけなかったんだね」

 当たり前の話だ。本人が了承していない事を強制するのは独裁と変わらない。恭也のあの性格に翻弄されて、当たり前の事実を忘れてしまっていた。

「でも、そっちが一番難しいんやなぁ。と言うか、無理やない?」
「だから、アタシは無理だって言ってんだけど」
「そこをどうにかできるように頑張ろうよ」
「実際出来そうにねーから言ってんだけどな」

 既にヴィータは諦めている様子だった。だが、ヴィータが諦めたからと言って、はやて達が諦める道理はない。恭也が昇進すれば、周囲の評価が改まる。そう する事で、彼に対する理解も広まってくれるだろう。それは、彼の剣に対する姿勢が広まると言う事だ。つまり、ある程度恭也の身勝手が利くと言う事になる。
 今現在は、下っ端と言う事もあり、こき使われる事で彼の言うところの無駄な時間を取られているが、この先昇進していけば、副官や補佐がつく事になる。こう言ってはなんなんだが、書類仕事はそちらに任せる事が出来るし、今よりもっと時間を取れる筈だ。

「大丈夫。説得できる要素はあるよ。私から話をしてみる」
「そうやね。フェイトちゃんの話なら、恭也さんも聞く気になりそうやしなぁ。……ふと思ったんやけど、これって所謂「恭也さんのお気に入り」に認定されてる事とちゃうの?」
「え!?」

 はやてのその言葉に、必要以上に体を強張らせたフェイト。その可能性は全く考慮していなかったようだ。

「私の場合、先ず以ってまともな会話から逸れてくからなぁ。いつの間にか話の趣旨忘れて漫才してた事が多数……」
「はやてちゃんはまだいいよ。私の場合、なんかいつもデコピンされてるよ」
「デコピン!? デコピンは堪忍してぇー!」
「スイッチ入れちゃったー!?」
「と言うか、これも既に話の筋から外れてるよね?」
「気にすんな、いつもの事だからさ」
「それって一番駄目な気に仕方だと思うんだけど……」

 一応、三人の精神は回復したようである。その事にヴィータは密かに胸を撫で下ろした。あの男が絡むと大抵、誰かが凹むのだ。凹むだけならまだしも、数日 使い物にならなくなるほどトラウマを植えつけられることもある。はやてのデコピンに対するあの反応もそうだ。昔はもっと酷かったものだ、と少し遠い目にな りかけるのを何とか持ち直す。
 しかし、とヴィータは思う。この三人の恭也に対する懐きようと言うか、信頼の仕方はあまり良いものではないかと思うのだ。恭也は大人であり、彼一人でも とりあえずは生活できている。それに対して、周りが心配するのはまあ良いとしても、この三人の気にかけ方は少々行き過ぎなのではないだろうか。
 恭也にしても、それが鬱陶しいから今回のような脅しをかけたのだろう。他人がどう気に揉もうとも、恭也は現状に満足しているからこそ、昇進もしないし文句もあまり言わないのではなかろうか。
 ヴィータは、真に行動すべきは恭也の望む事を最初に訊く事ではないかと思ったのだが……、

「では! 恭也さん昇進させ隊! 作戦開始や!!」
『おー!!』
「……無理かも知れねぇなぁ」

 と呟いてしまうくらい、先が見えきった未来を想像するのだった。

〜・〜

「え? 昇進、ですか?」

 その話を聞いた時、ティアナは耳を疑った。

「うん。と言っても、本人が断固拒否の姿勢を崩さないんだよねぇ」

 昼食を取り終えて、先日の戦闘報告の仔細についてなのはと会議染みた報告が一段落したところで、なのはが世間話のように、恭也の昇進の一件を切り出してきた。
 正直に言えば、ティアナはあまり興味はなかった。強いて言えば、アグスタでの戦闘中の後逸に関してお咎めがなかったのが気になった程度で、自分の事で頭 が一杯だった彼女に他人の評価を気にしている余裕がなかったのだ。だから、何の気なしに話を伺っていたのだが、話を聞くにつれて恭也の態度が腹立たしく なってくる。

「自分の力が評価されたんでしたら、それは名誉で誇らしい事だと思いますけど……」
「お兄ちゃんはそう言うの全然気にしない人って言うか、むしろ嫌がってるんだよね。なんで嫌がるかって言えば修行の時間が取れないの一点張り。で、その問 題だったら解決の道があるってフェイトちゃんに説明してもらったんだけど、そしたら今度は管理責任なんて負いたくないって言い始めちゃって」
「なんと言うか、子供ですか、あの人は」

 自分勝手にしたいからやりたくないと言うのは子供の我侭である。それが通じるのは子供だけで、大人になれば嫌な事であろうともやらなければならない場面がいくつもあるのだ。それが出来てこそ、大人と言える。
 それを放棄している恭也は、確かに子供だった。

「前回と今回の出動の態度と実績、それと十年間の勤務歴を見れば、すぐにでも二等陸士になれるんだよ。こっちはその根回しが出来てるんだけど、ほら、最後は必ず本人のサインが必要でしょ? それを書かない限りはこっちも何も出来なくて……」
「それは、どうしようもないですね……」

 通常、昇進を辞退する事は出来る。何らかの怪我を被った場合、または病気が発病した場合。軍事組織ならば、ある程度の階級と実績を持っていれば、現場に居続けたいと進言すればそれが通る事もある。同様に、何かの役職を続けたい場合も同じだ。
 しかし、恭也の場合、階級が上がる事で部下を持つ事の責任と、管理作業に時間が割かれる事を嫌っている。――と言うのは表向きの理由で、彼自身が戦場 で、最前線で戦い続けたいからこそ下っ端に甘んじているのだ。使いぱしり、大いに結構。捨て駒、任されよ。つまりは、実戦で、死線を潜り続けたいからこそ 兵士(駒)であり続けたいのだ。
 一種戦闘狂と取られるかもしれないが、既に覚えているだけの御神流の技は習得してしまったため、これ以上に腕を磨くためには戦い続ける事しか道はないのだ。
 だから、彼はレティ・ロウランに言ったのだ。常に戦い続けられる部隊はないか、と。それがスパイクフォースだったに過ぎないのである。

「でも、なのはさん達はどうしてそんなに高町隊長を昇進させたいんですか? 確かに実力はあると思いますけど、人の面倒を見れる人じゃなさそうなんですけど」
「それはお兄ちゃんの一面しか見てないからじゃないかな。あんな態度取ってるけど、人を育てる事に関しては凄いんだよ。何せ、小学生――こっちで言うと小等部の時に、お弟子さんを一人抱えてたから」
「はあ!? 弟子!?」

 小等部と言ったら、最高でも十二歳。十二歳で弟子を取れるほど、あの男は昔から規格外だったのかっ。

「そのお弟子さんと言うのが、私のお姉ちゃんでもあるんだけど、えーと、どう言えば良いのかな。うーん、話を聞く限り当時の私のお姉ちゃんより強いっぽいんだよね」
「? なんか、表現変じゃないですか?」
「そこは気にしないで。とりあえず、そんなちっちゃな頃からお兄ちゃんは弟子を取って、自分も鍛えられる人なの。で、鍛えた結果があれ」
「……あの人に常識ってないんでしょうか?」
「常識があるから非常識になれるって言ってた事があったよ」

 それって言葉遊びじゃないんですか?

「まあともかく、上に行っても大丈夫って周りが評価してるんだけど、お兄ちゃんは嫌だとか、必要ないって言ってばっかりでねぇ。なんとか説得は続けてるんだけど、それもやりすぎると怒らせちゃうし」

 朝のあれは本当に怖かった。ほんの少しだけ見せた怒りは、なのはをして身を竦ませたほどだ。できるなら、もう二度と味わいたくない。

「……時間をかけるしかないんじゃないでしょうか。隊長が折れるまで根気よく説得し続ければ、引き受けてくれますよ」
「うーん、それしかないかなぁ。出来れば、ここにいる間中にそうしたいんだけどね。ほら、ここは見知った人ばかりだから、融通が利くし」

 多少公私混同であるが、公私混同でもしない限り恭也を昇進させる事は難しいのだ。

「ティアナも出来るなら口添えの一つだけでも良いからしてくれないかな。本人は嫌がってるけど、折角力があるのにそれが評価されないのって、理不尽だと思うからさ」
「――そうですね。それはそう思います」
「? ティアナ?」
「じゃあ、私はこれで。夕方の訓練は五時からですよね?」
「え、うん、そうだよ」
「了解です。それまで自主訓練しますので、これで失礼します」

 足早に立ち去っていくティアナの様子に、なのはは首を傾げるしかなかった。もしかしたら、自主訓練がしたかったのを無理に引きとめたのだろうかと理由を考えてみるが、結局判らず終い。仕方なくなのはは次の面談相手のスバルを呼び出すのだった。

〜・〜

 実力、実力、実力。
 示さなければならない力。
 認められなければニセモノ。
 一つの価値、指標。

 ――ランスターの弾丸は本物でなければならない

 強さは信頼だ。
 強ければ強いほど、それは増していく。
 だから手に入れたい、強さを。
 そして、それを認めさせなければならない。

「なのに……っ」

 高町恭也は、無類の強さを所持しているにも拘らず、認められたくないとほざく。
 理解できない。
 人は認められる事に喜びを見出す生物だ。
 誰しもが自己を認識してもらう事を望んでいる。
 ここにいて良い。
 君が必要だ。
 あなたでなければならない。
 そう言う言葉をかけてもらえるように、人は生きている。
 なのに、

「隊長は変人だ」

 どうして認められたくないのだろうか。
 その意味が、ティアナ・ランスターには理解不能だった。
 解らない問題をつらつらと考えながら、ティアナはトレーニングルームに向かっていた。なのはに告げたように夕方からの集団訓練の前に、基礎体力訓練を済ませるためだ。
 目下、彼女に足りないのは持久力と魔力量だった。この二つは一朝一夕には向上しない。日々の絶え間ない訓練を経て、増やしていくものだ。元々魔力量が豊 富にあるスバル達に比べ、ティアナはそれほど多いわけではない。それでも一般の局員に比べれば総量は多いし、この先まだまだ成長の余地はある。しかし、身 近にいる同僚達の才能をまざまざと見せ付けられるこの状況では、焦りしか生まなかった。

「――ランスター、そのまま行くと頭を打つぞ」
「へ!? た、高町隊ちょっつあ!?」

 突然名前を呼ばれ、しかも呼んだ相手が相手だけに驚きが倍増されたティアナは、いつになく大げさなリアクションで振り向こうとして、足を絡ませ、前方に何故かあったモップの柄に頭突きをかました。

「あー、……これは俺の所為か?」
「っぅ、い、いえ、私の不注意です」
「そこで自分の過ちを認められるのは良い事だ。なのは達は恥ずかしさを紛らわす為に『ぶっ放す』からな、色々」
「は、はあ……」

 打ち付けた額を撫でながら、ティアナは不意に声をかけてきた高町恭也の顔を見た。平時の通り、感情があるんだかないんだか解らない表情で、しかし声色は 酷く疲れたように響かせている。見た目からしてギャップのあるこの人物に慣れるまで、ティアナは二月以上かかったのは、新しい記憶である。

「まあ、何に悩んでたのかは知らないが、あまり思い詰めない事だな。大体の悩みは、考える事を捨てて、土壇場になった時に取った行動が自分の本心として出てくれるからな」
「それって悩んでないじゃないですか。と言うか、本能のまま生きてるだけでは?」
「それが一番生きやすい生き方じゃないか?」
「ただの馬鹿だと思いますが」

 違いない、と恭也はかすかに頷いた。ティアナは、もしかしたら彼なりに自分の悩みに対してアドバイスしているのかと思ったが、常日頃のこの男の行動を見るに、今の言葉も彼のライフスタイルを口にしただけのようだ。

「何をどうするかは知らないが、それが元で怪我をするのはやりきれないだろうから、深く悩むなよ」
「……じゃあ、深く悩まないために一つ訊ねても良いですか?」
「うん? 俺にか?」
「はい」

 投げかけるなら、今しかなかった。次の機会に改まって話すよりも、今の気持ちを吐き出してしまいたかった。そうすれば、何か見えると思ったのだ。

「どうして、昇進の話を蹴るんですか?」
「……何かと思えば、お前、それで悩んでたのか」
「ええ、まあ。それで、どうしてなんですか?」
「……ふーむ」

 恭也は軽く逡巡し、己の考えを言った。恐らくは、理解できないであろう考えを。

「何度か言ったと思うが、俺は魔導師じゃなく、剣士だ。最近は魔導剣士なんて思われてるらしいが、正直に言えば魔法なんて使いたくないし、いっそ使えない 方が良かった。だが、その一方でこの魔法に助けられても来た。手前勝手な言い草だが、都合の良い時だけ利用してきたのは事実だ。今更それを弁解しようは思 わないが、それでも俺は剣士であり続けたい。その為には、剣の腕を磨ける環境が必要なんだ」

 剣腕を上げるためには戦いがなくてはならない。死闘がなくてはならない。そこで得た何かを糧に、侍の血を濃くしていく。それこそが高町恭也が望むもの。
 それを成す為には、戦地に赴かねばならない。それを願って、彼は武装隊へ志願し、その中でも対人テロ対策部隊に身を置いたのだ。

「戦闘経験を溜め込めるのは戦地に放り出される兵士役が適してる。だから俺は、指揮官になどなりたくもないし、ましてや部隊の隊長なんて役職にも就きたくない。戦地にいながら剣を振るえないなど本末転倒だからな。これが俺の理由だ。……理解できるか?」

 恭也の期待のない問いに、ティアナは首を振って答えた。

「残念ながら、私はあなたの考えが理解できません。その力があれば、管理局でも十分上に立つ事は出来るはずです。戦闘指揮だって、アグスタで執ってみせた じゃないですか。高町隊長は昇進できる力を示していて、上官がそれを認めて昇進を勧めたのに、なんで断る事が出来るのか、理解できません」
「だろうな」

 損得ではない。いや、ある意味損得か。
 恭也にとっての得とは、即ち剣の究極を得るための礎を獲得できる環境であり、ティアナのような一般的な人間の損得とは、金銭や地位を獲得することだ。
 根本的な価値の優先順位が違うからこそ、周囲に理解されず、恭也の力の一端を知るものはそれを惜しいと嘆く。

「力とは、人に認めさせないと価値が出ないものです。それがあって、初めて『強さ』になります。隊長は強くなりたいんじゃないんですか?」
「……ふむ、着陸点は違うが、概ねその通り、か。確かに俺は、今よりも強くなりたいと思っているな」
「でもそれは本当の『強さ』じゃありませんよね?」
「お前の定義で括ればな」

 ティアナの言う『強さ』とは、周囲に自分の価値を認めさせると言う事だ。別に腕力に限った話ではない。ユーノ・スクライアは考古学の知識と、古代文字の 解読に秀でていたからこそ無限書庫の司書長に選ばれた。それは周囲がユーノの能力を評価し、その地位が必然だと認められ、彼自身もそう望んだからこそ、今 彼はそこにいる。
 地位を得る、名誉を得る。それはつまり、他人に自分が認められたと言う事に他ならない。ティアナが言いたいのはそう言うことだろう。

「まあ、理解しろなんて言わん。と言うか、理解できなくて良い。人に認められない強さを得ようとする人間がいるとだけ認識すれば、お前の悩みも消えるさ。奇特な人間がいたとでも思えば……」
「納得できません」
「…………」

 恭也の言葉は、強い否定で遮られた。
 恭也を見据えるティアナの表情は、我慢ならない怒りを抑え込もうとして歪んだ物になっていた。何が彼女をそこまで憤らせるのか解らないが、これまで会っ た人間の中でも特に自分の考えを認められない人種のようだと恭也は判じる。そして同時に理解もした。これは、時間が必要だ、と。

「今すぐにどうこうしようと言うのは急ぎすぎだ。少し時間を置いて考えればいい」
「いつまで考えようとも認められないものは認められません」

 強く、いっそ意固地になったように否定してくるティアナに、恭也はようやく彼女の言い分が理解できた。

「それは――お前の信念に反するからか?」
「……そうです」

 ならば、納得できないのも仕方あるまい。恭也は内心で苦笑を浮かべた。自分のこの主義に反する信念を持つ人間が、管理局に、それも身近にいるとは思わなかったのだ。
 大抵の職員たちは、恭也の考えを理解できず、最終的に彼と関わらない事でこの問題に決着を着けてきた。時には、理解できない事に怯えて、彼を潰そうとす る人間もいた。そう言う事が起こる度に、恭也は自分から近づく事をしなくなり、もし問題や諍いが起きた時は、全面的に自分の非を認め、処分を受けてきた。 ただ、その処分を素直に受ける事は自分の査定を下げることも期待しての事だ。恭也が持つ信念が剣である以上、一般的な社会的価値観の中に身を置く人々とは 避けられないものだったのだ。
 今まではそれで解決できた。しかし、真っ向から自分の主義と対立する主義を持つ人間がいるとは予想していなかったのだ。特にティアナがそうだとは思って もいなかった。典型的な管理局員のモラルを持っているはずのティアナ・ランスターとは少なからず衝突する事は避けられないとは思っていたが、ここまで正面 切って対立する事になるなんて、誰が想像できたか。

「力が認められないなんて、あってはならないんです。強さが全てなんて言えませんけど、けど、それがなければ人に認めてもらう事なんてできないんです。だから、隊長に力があってそれを周囲が認めているのに、隊長自身が認めないなんて私には理解も納得も出来ないんです」
「……俺は、主義を曲げるつもりはない」
「同感です」

 話は平行線だった。互いに抱いてきた信念。それに縋って生きてきたのだ。それを覆すことは、今までの人生を捨てる事と同義だった。過去を捨てる事など出 来ない。捨てたくないのだ、両者は。過去が大事と言うわけではない。掲げてきた物に捧げたものを捨てるなど、出来ない。ただそれだけの事だった。

「……見逃す気はあるか?」
「ないからこそ、悩んでいました」
「……俺達は互いに平行線だ。決して交わる事はないだろう。その場合、どうするつもりだった?」
「どちらかが折れるまで対立すべきかと」
「だが、言葉程度で曲げる事がないのは理解しているな?」
「勿論です。だから――」

 ティアナは腰のホルダーから待機モードのクロスミラージュを引き抜いた。
 この時、ティアナの頭には服務規程の条項は消えていた。緊急時以外でデバイスを使用する事で受ける処罰よりも、彼女は己の価値観を優先したのだ。
 愛銃を戦闘モードへ変形させ、バリアジャケットも着込む。両手に握った銃身を恭也に向けて、ティアナは固い口調で宣言した。

「――私はあなたを潰す」
「よく吠えた、若造」

〜・〜

 緊急時のサイレンが鳴った。
 エマージェンシーではない。六課の隊舎内のトラブルを知らせるものだ。

「はあ!? なんなんだ、一体全体!?」
「解りませんよっ! とにかく避難経路に従って外に出ないと!!」

 唐突な状況に陥ったヴァイス・グランセニックとアルト・クラエッタは半ば混乱しながらも、必要データと私物を鞄に放り込んでいた。

「って、待て! 俺の宝のヘリがっ!!」
「それより命ですって!」
「俺のヘリがあああああああああああああああああああああああああ!!」

 非常口へ引き摺られていくヴァイスの慟哭は、それはそれは響いたそうである。
 また、所変わって隊舎の課長室では、こんな事になっていた。

「ななななななんですか!? なんなんですかー!?」
「わ、解らんけど、敵襲やないし、火事か? いやともかく確認せな……」

 パニック状態のリインフォースUを宥めつつ、はやては端末から隊舎の現在状況をモニタに出した。隊舎の略図には、退避しつつある課員の状況が映っている。それとは別のウィンドウには、この警報の意味を示すエラーコードが表示されていた。その意味とは……、

「な、な、なっ」
「ど、どうしましたかはやてちゃん!!」
「なんで無許可戦闘しとるんや、恭也さん!!」
「はええええええええええええええええええええええええええええ!?」

〜・〜

「ふむ、大方の人間は避難したようだな」
「これで思う存分あなたを潰せます」
「良い気迫だ、ランスター」

 二丁の銃口を向けられても、恭也は怯む様子を見せなかった。表情は変わらないが、彼からの存在感が増していくのを感じる。自分を押さえつけてくる圧迫感を吹き飛ばすため、ティアナは強気な言葉を口にする事で己を奮起させる。
 目の前の男は、誰もが認める実力者だ。階級など関係ない。だが、今は彼女にとって邪魔な存在だった。最早言葉で解り合えないのなら、力で屈服させる他ない。

 ――倒す。それだけを考えろ。余計な思考に感(かま)けられる余裕なんてないのよっ。

 恭也が剣を鞘から抜いた。それはデバイスのない、ただの剣だった。デバイスではなく、ただの剣を抜いた意味を察したティアナは、鋭い目つきで恭也を射抜いた。

「私には魔法なんて必要ないって事ですか」
「そうだ」
「っ」

 馬鹿にされているわけではない。眼前にいるのは剣士なのだ。だから、剣を抜く事は当然で、彼の主義からすればデバイスを最初に抜く事はあってはならない事だっただけだ。
 それでも、魔法もなしに射撃型の魔導師に挑むと言うのは、自分を舐めているとしか思えない。

「絶対へし折ってやる」

 言うや否や、ティアナは引き金を引いた。
 乱発される魔力の弾丸は、過たず恭也を狙って飛翔する。射軸は直線と曲線を混ぜた一種の壁を形成する形だ。この廊下では周囲からの包囲射撃は出来ない。 空間が限定されている以上、ティアナと恭也は真正面から対峙する事になる。なら、その間に自分の領域を作ってしまえば、後は押し潰せる。そう考えたからこ そ、廊下を埋め尽くす弾丸を放ったのだ。
 逃げ場のない壁として迫ってくるティアナの弾幕を前に、恭也はやや体を右に捻る。相手に肩口を見せるような構えを取った。ティアナは知る由もないが、それは彼の流派の中での奥義の一つを放つ姿勢だった。

「――なっ!?」

 恭也は臆せず自分を飲み込もうとする弾丸の渦へ飛び込んできた。抉りこまれるように放たれた突きは、恭也の進路上にあった弾殻を貫き、ティアナの弾幕を 易々と突破して見せた。接触次第爆散する設定だったはずだが、恭也の刺突はそれが発動する前に魔導式を突き殺したらしい。

 ――出鱈目にも程があるでしょ!!

 その突きの勢いのまま自分に迫ってくる恭也に、咄嗟に銃を上げた。本能から来る自己防衛がその姿勢を作らせたのだ。それは功を奏し、恭也の突きを銃身で受け止めていた。もし、そのまま棒立ちだったなら、喉を串刺しにされていたはずだ。

 ――本気で殺しに来てるっ。

 恭也は突きを防がれた反動を利用し、足の運びを入れ替える。一歩、懐に深く踏み込み、ティアナの腹に左の拳をぶち込んだ。

「が――はっ!!」

 その威力にティアナの華奢な体は吹き飛んだ。磨かれた廊下を滑り続け、観葉植物の鉢に背中を打ちつけて、ようやく滑るのが止まった。

「か……ぁはっ、ぇは」

 浅い呼吸しか出来ない。未だに痛みがやってこない腹部は、それでも『重さ』だけは伝えてくる。あまりにも痛すぎて脳が痛覚を遮断しているらしい。
 たった一撃でこれか。スバルのパンチより重い。

「立て、ランスター。俺は、まだお前の信念を折っていない」
「無論、です」

 指先に力が入らなかった。膝も酷く笑っている。視界なんてぼやけて遠近感が消えてる。息だって満足に出来ない。ただ、恭也の声だけがはっきり聞こえる。
 たった一発でこれだけダメージを受けた。自分と恭也とにこれほど差があったとは思わなかった。しかし、ティアナはその事に絶望しなかった。
 自分は、屈服する訳には行かないのだから。
 笑う膝を思い切り叩く。一時的に持ち直したところで、一気に立ち上がった。
 震える指が頼りない。なら、片手ではなく両手で握るしかない。
 定まらない焦点の中で、それでも恭也の姿を見据えて、ティアナは銃を構えた。

「私は、力が人に認められて、そこで初めて『強さ』と呼べるんだと思います」
「俺は、『強さ』とは自分が求めるもので、自分が認めれば良いものだと思っている」
「私は、あなたを認められない」
「俺は、お前などどうでもいい」

 ティアナは、力の篭らない指先で引き金を引く。弱った思考でも、愛銃(クロスミラージュ)は的確に魔導式を組み立ててくれる。覚束ない標的のつけ方を補正してくれるこの相棒は、自分には過ぎたものだと自覚しながら、ティアナは恭也を討つべく、走り出した。
 ティアナの銃撃は恭也を狙った。しかし、鋭さを失ったそれは、恭也に掠る事すらなく後ろへと流れ、自販機の一つを粉砕するだけだった。
 恭也は後方に通り過ぎた弾丸には見向きもしなかった。目前に駆け寄ってくる銃士を優先したためだ。
 銃士が剣士に接近戦を臨むのは、捨て鉢になった時か、あるいは策を弄する場合だ。形勢から見て、恭也は後者だと断じ、その少女の策を潰すべく、構えを取った。
 彼我の距離は五メートル。それは恭也の間合いだった。
 己を侵してくる敵に、恭也は容赦の欠片もなく右の一刀を振った。肩口を狙う斬撃。それが決まれば、返す刀でティアナの頭蓋を割る。実際には恭也はそこまで考えていなかった。ただ、初撃の位置と『殺す』と言う意思があれば、後は体が勝手に反応する。
 恭也の振り下ろしはティアナの右肩を斬り裂いた。バリアジャケットは物理的な衝撃を防ぎ、ある程度の環境変化も魔導師を守る機能がある。だが、恭也の前では並の物理防壁など意味を成しえない。
 先ほどのティアナへの拳撃は御神で言えば徹と呼ばれる衝撃を透過させることでティアナの肉体に直接ダメージを与えたものだ。対して、斬とは対象にしたも のを斬り裂く技法だった。打撃はまだしも、魔法なしでジャケットまでをも斬り裂ける恭也の技量は、既に剣豪と呼べるほどに達している。
 恭也は即座に刀を切り返した。振り下ろしから振り上げ。ただの二連斬。しかし、何よりも必殺の斬閃だった。
 八景の刃がティアナの顎先に迫る。その一瞬前に、ティアナは辛うじて反応した。
 体を無理矢理捻り、血に濡れた肩を恭也の腹に押し付けるように前のめりに倒れこんできた。それを嫌った恭也は距離を離すべく、後ろへ逃れる。そのまま密 着すれば、バリアジャケットのない自分はティアナの射撃の餌食になっていただろう。さすがに零距離で撃たれてしまえば、躱す事が出来ないからだ。

「くっ」

 考えを読まれた事を悔やんだのか、ティアナは短く息を吐くと、引き金を三度絞った。直線に並んだ弾を見て、恭也はその射線から身を引く。それを見て、ティアナは薄く笑った。

「っ、誘導弾か」

 満身創痍の体では三つまでが限界だった。だが、三つあれば隙の一つくらいは作れる。それが出来たとき、ティアナは己の全てをかけて、引き金を引く気概だった。
 蛇のようにうねりながら自分を取り巻く弾丸に、恭也はどうするかと思案する。一つ一つの威力は然程でもないはずだ。全てを迎撃しても良いが、それではこ ちらの隙を虎視眈々と狙うティアナに踊らされる事になる。付き合っても良いが、それでは相手と同じ土俵に立つ事と同じだ。この戦いは、自分の主義主張を掲 げ、相手のそれを葬る為に行っている。なら、態々付き合ってやる必要は無い。敵に対し、圧倒的な存在として自分を刻み付けてこそ、勝敗が決するのだから。
 恭也は、空いていた左手で鋼糸を引き抜く。太さは六番だった。別段、どの番目でも良かった。ただ指に引っ掛かったのがそれだっただけの話だ。
 引き抜いた鋼糸を手首の返しだけで振る。自分を中心に円形に広がった鋼の糸が蛇の一頭を強かに打ちつけた。小規模な爆煙が周囲に広がる。多少視界が塞がれたが、自分を狙う魔弾は見失っていなかった。一つが破壊された故か、残りの二頭の蛇が鋭角に恭也の懐へ侵入してくる。
 前後。律儀に死角を狙ってくるのは、恭也を相手にしているだけ本気の攻撃なのだろう。しかし、セオリーに過ぎるこの反応を防げないほど、高町恭也は不良局員ではない。
 目の前に迫る誘導弾に対し、恭也は八景を突き刺した。今度は爆発せずに、魔弾が塵へと還って行く。
 その攻撃。背中に隙を晒す事になったその姿勢が最大の好機だった。
 ティアナは、後ろから向かわせていた誘導弾の予定軌道路に二つ命令を下す。同時に、両手で握っていたクロスミラージュの照準を恭也に合わせた。
 恭也は突きの体勢から、体を捻り強引に振り返った。しかし、それは彼にしても無茶な行動だったらしく、前に倒れこみながらの転身だった。倒れ続ける体をそのままに、恭也は背後から迫ってきていた誘導弾に鋼糸を横薙ぎに振った。
 風斬り音をさせ、弾殻を破砕せんと白刃と化す鋼糸。それが接触する直前、魔弾は突如として軌道を変えた。まるで意思があるかのように、自らが破壊される直前、斬閃を潜るように下に進路を変更したのだ。
 ティアナは、恭也のこの行動を読んでいた。前後からの強襲に対して取る行動は限られている。その中で、目の前の脅威を最初に排除したと言う事は、後ろの 危険も対処できる算段があったからだろう。そして、恭也の武装を見る限り、背後からの脅威を払うには、体を回転させる他ない。そしてそれは、横軸からの攻 撃になる可能性が高かった。
 だからティアナは、予め軌道変更を入力しておいたのだ。それが間に合うかどうかは勘頼りだったが、幸運にも上手く噛み合ってくれたらしい。然らば、この最大の勝機、逃すはずもない。
 横薙ぎの攻撃を空かされた恭也は、左腕を大きく振った。無理矢理に鋼糸に魔弾を追わせる為だ。偶然なのか、先読みであの軌道を取ったのか、恭也には判断 がつかなかったが、身の危険が近づいている事は確かだった。刀ではまだ遠いその間合いで、迎撃できる武装は左手に握る鋼糸のみ。
 しかし、鋼糸を扱う上で弱点となるのは取りまわしの上でどうしても半瞬遅れてしまう事。広い間合いから攻撃できる故の懐の深さだ。魔弾を迎撃する為に鋼 糸を使用しなければならないこの状況で、半瞬の遅れは手痛い隙を露呈する事になる。翻って、それはティアナに自身の隙を見せる事と同じ意味だった。

「ファントム――」

 構えた銃身が重い。握力が戻ってこない。それでも照準だけはずらさないと決意を固めて、ティアナはありったけの魔力を振り絞り、必殺の意を唱えた。

「――ブレイザー!!」

 ティアナが現在持ち得る最大にして最長の遠距離狙撃砲。これを使うには距離が近過ぎるが、この札を切った理由はただ一つ。自分が持つ手札の中で、最速の 弾速を誇っているからだ。通常弾も誘導弾も、恭也に対しては「遅い」。確実に当てる方法はこれしかなかったのだ。周囲の被害など頭になかった。非殺傷設定リミッターも切っている。正真正銘、渾身の一撃だった。
 恭也は振り返った体勢のまま、背後から迫っていた最後の魔弾を鋼糸で寸断していた。

 ――った!!

 恭也の体勢は完全に死に体だった。鋼糸を振り切った体勢。例えティアナのファントムブレイザーに反応できたとしても、防壁を張るのが精々。その防壁もFランクだ。その程度の壁が貫けないほど、この魔法はやわではない。
 必勝の状況だった。この状況に持ち込めたティアナはそれを確信した。
 クロスミラージュの照準の先――最早当たる事が確定したこの状況で、ティアナは見た。恭也の口元が愉快そうに歪んだのを。
 その時、恭也の姿が、掻き消えた。

「えっ!?」

 思わず声が出た。そして、ティアナの渾身の、必勝の砲撃は標的たる恭也を撃ち貫く事無く、隊舎の二階の廊下を悉く破壊していっただけだった。
 その驚愕の中で、奇跡的にティアナは背後で砂利を踏みしめる音を耳に出来た。
 反射的に振り返った先には、刀を己に向けて振り下ろさんとする修羅がいた。

「――そこまでや!!」

 間一髪。二人の私闘に割り入った声で、凶刃がティアナの眼前で止まった。
 数瞬、ティアナは自分が陥っていた状況が理解できず呆然としていた。目の前にある刃が自分の命を断つものだと理解できた時、腰が砕けてその場に座り込んでしまった。

「……はやて嬢か」
「ええ、はやて嬢です。あなたの上司の、この六課の課長の八神はやて」

 未だに恭也の視線はティアナに向いたままだった。刀もティアナの顔に貼り付けたまま。恐らく、腕を引くだけでティアナの顔を引き裂けるだろう。それを寸前で止めているのは、恭也にまだ理性と分別を守る意思があると言う事だ。

「何の用だ」
「態々それを訊ねますか?」
「何の用だ」

 再度同じ事を訊ねられ、はやては呆れ混じりに用件を言った。

「……二人を拘束しに」

 同時に、ティアナと恭也にバインドが仕掛けられた。ティアナはまだしも、恭也ならば逃れられたはずだが、彼は大人しくされるがままにされていた。二人が 拘束されたと同時になのはとフェイトを筆頭としたフォワード陣が二人を包囲した。それぞれがデバイスを構え、少しでも妙な真似をすれば直ちに「鎮圧」され るだろう。

「なに、やってるの? 高町三等陸士」
「喧嘩を売られて、買っただけだ」
「喧嘩、にしては被害が尋常ではありませんね」
「俺がやった訳じゃない」
「この場合は同罪やな」
「処罰したいならしろ、覚悟の上だ」

 言葉が少ないのは、それだけ彼女達が怒りを抑えている証拠だろう。恭也もまた平時とは違い、低い声色なのもこの場の緊張を重くしている一因を担っている。その中、スバルは未だに自失状態のティアナに駆け寄った。

「ティア? ティアッ!」
「…………」

 反応を返さないティアナの肩を揺さぶるが、効果はなかった。

「ともかく、恭也さん。詳しい話訊くから、一緒に来てもらうで」
「承知した」
「スバル、ティアナを医務室へ。フェイト執務官と高町一尉は修繕の手配を頼むわ」
「了解」
「解ったよ」
「んじゃ、解散」

 その一言で、恭也は今まで纏っていた殺気を消し去った。それだけでその場の空気が一気に軽くなる。あからさまに変わった空気に、エリオとキャロは深く息を吐いたのだった。

〜・〜

「――ほんで、実のところ何がどうなってあないなことしたん?」

 はやては恭也を課長室に連れてきていた。執務席の前に恭也を立たせ、はやては無表情に佇む三等陸士に次第を話すように言う。

「主義の相克だ」
「ほう?」
「ランスターは『強さ』とは他人に認められ、初めて存在すると言った。俺は『強さ』とは己が認めるだけで十分だと言った。ランスターは俺の主義を気に入らず、喧嘩を売ってきた。流れとしてはそんなもんだ」
「ふーん。で、恭也さんは大人気なく喧嘩を買ったと」
「心は少年なんでな」
「……私、今漫才する気分やない」

 はやては頗る不機嫌だった。ようやく恭也を昇進できる手札が揃ったと言うのにこんな不祥事を起こしてくれた事に、心底腹を立てているのだ。人の厚意をこうも裏切ってくれるとは思わなかったのもある。

「もしかして、私等が昇進の話を持ちかけたからこんな事したん?」
「残念ながらそれは考えてなかったな」
「どうして流さなかったのか、聞かせて」

 一拍間を置いて、恭也は語り出した。

「ランスターの信念は、最早あいつの存在意義になっていた。その信念が俺を認めないとなれば、俺がどう流そうとあいつの方から突っかかってきたと判断した。なら、あらかたの責任でも被ってやるのが上司の務め、なんだろ?」
「そこだけ上司の自覚出されても意味ないねんけどな。それに、さっき喧嘩売られて、それを買ったって言ってもうてるやん」
「事実は事実だ。ただ、それをお前が言うところの「大人気ない態度」で受けた俺の方が罰則は重くなるだろ」
「無駄なところだけ頭回る人やね、ほんま」

 重い息しか吐けなかった。色々感情が混ざって何がなんだか解らなくなりそうなのを、無理矢理吐き出そうとした結果が、それだった。

「処罰、めっちゃ重いよ?」
「さっき言っただろ、覚悟の上だと」
「まあ、詳しい話は後日伝えるから、一先ず反省室に――」
『入電! ミッドチルダ東部海上にガジェット二型が接近中! 総員、第一種戦闘配備! 繰り返す、総員、第一種戦闘配備!!』
「敵襲っ、悪いけど反省室は後まわしやな。今回だけは待機してもらうで?」
「どうにでもしろ。二型と言えば、空戦型の奴だろ。俺の出番はないしな」

 一種、拗ねている様な言葉だが、紛れもない事実でもある。恭也がいたところで何が違う訳ではないが、別働がないとも限らない。保有する戦力を拘束したま まで敗北なんて、目も当てられない状況にだけはしたくなかった。それも恭也は承知しているのか、言葉とは裏腹に素直にはやての後を追うのだった。

〜・〜

 最初に見えたのは、目に差し込む蛍光灯の緩い光だった。
 ぼやけた意識の中で、彼女は何とはなしに周囲を見回して、白衣の背中が見えた。

「シャマル、先生……?」
「あら? 気が付いた?」

 シャマルは手元の医療器具――ティアナの具合を診る聴診器や体温計を置き、ティアナが眠るベッドの傍にあった椅子に腰掛けた。

「気分はどう?」
「……最悪です。お腹がジンジン痛いです。吐き気もします。頭の中がぐるぐる回ってます。さっきの事を思い出すだけで死にたくなります。と言うか死にたいです。先生、砒素を、この際塩化ナトリウムでも良いですから注射してください」
「うん、元気そうね」

 ティアナの訴えは無視された。医者としてそれはどうよ、とティアナは思うが、それを言うだけの気力は湧かなかった。何せ腹の中が未だにカーニバル開催中なのである。

「それにしても、良かったわね」
「は?」
「恭也さん相手にたったそれだけで済んで。あの人が本気なら肩から先は無くなってたでしょうし、お腹なんてもっと酷い事になってたはずよ。具体的には肋骨を全部折られて、内臓に突き刺して即死させてるはずだし」
「さらっと怖い事言いますね」
「昔の戦闘記録にあるわよ、やってるのが。その後減俸と謹慎処分受けてるけど」

 実例があるのか。その事実に、ティアナは少し背中が寒くなった。

「出血が酷かった肩の傷は繋げたわ。一日安静にしてれば、違和感も消えるはずだから。お腹の方も同じよ。相変わらず絶妙な力加減よねぇ」
「同意しかねますけど、治るんならいいです」

 自分は文句を言える立場でない事は解りきっていた。デバイスまで使った私的な戦闘行為。しかも器物破損で被害は甚大。今すぐ首を切られても不思議ではないのに、シャマルの態度はいつもとあまり変わっていない。その事が不可解でならなかった。

「どうして」
「ん?」
「どうして、訊かないんですか?」
「喧嘩の事?」
「……喧嘩」

 喧嘩、なんて優しい言葉で言われた事に少しだけ抵抗があった。あれは自分の存在意義をかけた、決戦とも言うべきものだったのに。

「まあ、はやてちゃんやなのはちゃんにこってり絞られるだろうから私からは言う事は何もないわよ? まあ、恭也さんは私からもこってり絞らせてもらいますけど」

 何がどうあれ同僚を斬って殴った事は叱らねばならない。それで反省するかと言えば反省しないのだろうが、それでもシャマルは言い含めなければならないだろう。

「それとさっき非常召集かかってたんだけど、行く? あと十分くらいで出るみたいだけど」
「……行きます」
「じゃあ、肩貸すわね」

 ティアナは短く礼を言い、発進準備を進めているヘリポートへと向かった。

〜・〜

 ティアナがそこに着いた時、既に発進準備は整っていたらしく、なのは達が輸送ヘリに乗り込む直前だったようだ。

「あ、ティア」

 目ざとくティアナの姿を見つけたスバルがそう呼んで、全員が彼女を見た。全員の視線を受けて、ティアナは肩を貸してくれていたシャマルから離れて、自分の足で歩き出した。

「だ、大丈夫なの?」

 ふら付いている足元を見てスバルが思わず駆け寄るが、ティアナはそれを制した。やがて、ティアナはなのはの前に立ち、敬礼をした。

「御武運を」
「あ、うん、行って来るね」

 送り出しの言葉を向けられて、なのはは戸惑いつつも返礼し、ヘリに乗り込んでいった。
 ヘリが飛び立つ。ローターが打ち付ける風に髪を靡かせて、待機組が夜空へ消えていくのを見送ったティアナは、何も告げずその場から立ち去ろうとした。立ち去れなかったのは、振り返った先にはやてが立っていたからだった。

「八神部隊長……」
「ま、今は何も言わんよ。恭也さんと一緒に反省室入っててや」
「了解です」
「行こか、リイン」
「あ、はい……」

 あっさりと頷いたティアナは隊舎の中へと行ってしまった。それを見送ってしまったスバルは、慌てて彼女の後を追っていった。エリオとキャロもまた二人を 追いかけていく。はやては航空管制と指揮の為、後に残ったヴォルケンリッター達に会釈して、後ろ髪を引かれるリインフォースUを連れて司令室へ向かった。
 それを見送った上司陣――シグナム、ヴィータ、シャマル、そしてザフィーラは、一つ嘆息して件の男を見た。

「で、どうするつもりだ?」
「何が」
「今回の事についてだよ」
「どうもしないが? なんで俺が何かしなきゃならん」
「買ったんだから責任取った方がいいと思うんですけど……」
「知らん。むしろ買ったんだから俺がどう扱おうと俺の勝手だ」
「相変わらず最悪な奴だな」
「しかし、これはメンタル的な問題だ。即解決が難しい問題であり、しかしだからこそ早期に手を打たなければ取り返しの付かない事になり得るはずだ」

 ザフィーラの言葉に、全員が頷いた。ティアナの精神状態を考えれば、今回の事で何かしらの妥協点を見出さなければ、これ以降に、もし恭也と似たような考えを持つ人間と出会った場合同じ事を繰り返すかもしれない。

「その頃にはランスターも「大人」になってるんじゃないか?」
「その前にお前が「大人」になれ三十路」

 ヴィータの非難に恭也は苦い顔をした。四人から寄って集って責められるのは不利だと見たらしい。

「反省室に行く。後は任せた」
「……そうやっていつまでも逃げられるとでも?」
「背負いたくない責任は背負わない。この世界ここで重荷なんて作りたくないんでな」
「なっ、恭也さん!」
「じゃあな」

 聞く耳持たず、恭也は足早にその場を後にしてしまった。

「恭也さん、まだ……なのね」
「あいつのあれは、一生ものだろうな……」
「アタシらでも無理なのかな」
「それはないだろう。しかし、奴の意思が硬いのは確認するまでもない事だ。それ故、ランスターとの衝突は避けられん」
「どうにかできないのかしら……」

 シャマルの暗い言葉に誰も答えられず、夜空へ消えていった。

〜・〜

 ずかずかと歩いて行ってしまう相棒に、スバルは追いついた。意外に追いつかなくてアタッカーとしての存在意義に疑念を抱きかけたところだった。
 一瞬、躊躇う。声をかけていいのだろうかと。だが、その不安を一瞬で振り払い、スバルはティアナの名を呼んだ。

「ティア!」
「……なによ」

 反応が帰ってきた事に安堵し、スバルはティアナの顔が見えるように少し屈みながら訊こうと思っていた事を口にした。

「あのさ、何があったのかは解らないけど、高町隊長に謝らないといけないと思うんだ、私」
「…………」

 話の内容を知らないと言うのに、対処の仕方だけは的確に当てる自分の相棒にティアナは苦笑にもならない苦い表情しか浮かべられなかった。

「解っちゃいるわよ。あんたに言われるまでもないわ」
「そう? ホントに?」
「しつこいわよ。それ以上踏み込む気なら、クロスミラージュをあんたに叩き込む」
「そこは撃ち込むんじゃ……」
「叩き込む」
「わ、わかった」

 異様なまでの凄みを利かされていつの間にか後ずさっていた。怒気を孕むティアナに、スバルはその次の言葉を繋げるのに苦労する羽目になった。

「ティアナさーん!」
「待ってくださいー!」
「あ、エリオとキャロ」

 ティアナはまた厄介なのが来た、と頭を抱えてしまう。今は寝たいのだ。全てを忘れて、寝てしまいたいと言うのに、何でこうも誰も彼も邪魔しに来るんだろ うか。スバル達が自分を心配しているのは解る。だが、本人はまだ気持ちの整理が付いてない。そんな精神状態で周囲から気を配られるのは鬱陶しいことこの上 ない。
 だが、こう言う善人気質な人間はどのタイミングであろうとも心配し続けるのだ。二年共に居たスバルが典型的なそれだったので、対処法は心得ている。こう言う類の人間は、とにかく一言でもいいから会話をして相手を満足させなければいつまでもしつこく付いてくるのだ。

「あ、あの、わたし……」

 駆け寄ってきて、しかし言葉を詰まらせたのはキャロだった。幼い故に言葉に表せないのか、言い難い事を言おうとして口が回らないのか。どちらにしたところで、ティアナは今言葉をかけられても丸投げする事しか出来ない。何もかもは明日にしたいのだ。

「言わなくても大体解ってるわ。と言うか、そこの馬鹿にも言われたし」
「む、馬鹿はないんじゃない?」
「今余裕ないから謝れないわよ。全部明日にしてくれない?」
「え、あ、はい。解りました」

 ある種鬼気迫る雰囲気でティアナはキャロの話を強引に打ち切った。顔は冷静で、声の調子も普通なのは、回りまわって一周してしまった所為なのか。キャロにはそこまで察せなかったが、ティアナに余裕がないのは解った。何を言うにしても時間をおいた方が良さそうである。
 だが、少女の隣にいた少年は下がるのではなく前に踏み出した。

「ティアナさん」
「なに?」
「高町隊長と話をしてください」
「明日ね」
「今すぐです」
「……なんで。大人気ない喧嘩したばっかりの当人にそんな難題をやれと言いたい訳?」
「言います。とにかく話してください。あの人は大事な事だけは守りますから。だから、話さないと大事なものが何か解らなくなります」
「その大事なものを守る為にデバイスまで使って戦り合ったのよ」
「尚更、話をした方が良いと思います」
「……強情ね、アンタ」

 頑として譲らないエリオにティアナの苛立ちが高まってくる。このタイミングであの男と話なんてしたらまた一騒動起こす。そう確信できたからこそ、ティアナはエリオの頼みを飲むなんて出来なかった。

「あんな奴と話したって何の得もないわよ。じゃあね」
「あ、ティアナさんっ!」

 呼び止めるエリオに答えず、ティアナは三人を残し、背中越しに周囲の拒絶を纏って立ち去った。
 後に残った三人は、一様に浮かない顔をしあって、ティアナの後姿を見るだけだった。

〜・〜

「――げっ」
「出会い頭にそれか。まあ、解らんでもないが……」

 私的戦闘を行った人間が反省室に放り込まれるのは道理。だが、反省室前で相手方とかち合う事を考えてなかったティアナは、思わず呻いてしまった。
 ティアナを呻かせた高町恭也は、反省室前の廊下に佇んでいた。部屋に入るでもなく立っているだけなので、不審である。黒い服装も合わさって胡散臭いことこの上ない。

「なにやってるんですか」
「鍵待ちだ。フィニーノが取りに行ってる。ちなみにお前の部屋はそっちだ」
「はあ、そうですか」

 鍵が開いてないのでは仕方ない。ティアナは恭也と同じく壁に背を預けて、大人しく待つ事にした。

「軽くだが処罰の内容を聞いたぞ」
「……どうなりましたか」
「減俸六ヶ月。謹慎二週間。まあ、六課の特性上、謹慎なんてあってないものだがな。タダ働きになるだけの話だ。あー、あと器物補修代も個人負担だそうだ」
「…………」

 向こう一年、ひもじい生活が花開いたようである。一時の感情に身を任せた結果、受けた報いが痛すぎた。割に合わない。この男に関わると、絶対に破滅する。ティアナはそれが今回の事でよく解った。
 そんな恭也は天井の照明を何とはなしに眺めながら、不意に語り始めた。

「『強さ』とは」
「――――っ」
「『強さ』とはな、他人が認める必要はないものだ。自分が認めればそれで良い」
「まだ言いますか」

 睨み付けるティアナに、恭也は視線を合わせず、口元を小さく歪ませる。慌てるな、と一言置いて、先を続けた。

「――が、これは自分本位の主義だ。自分の為に強くなると考えてる人間なら、この主義に賛同はしなくても反対はしない。しかし、お前の場合は違う」

 主眼が違っているのだ。恭也は自分自身を中心に捉えた主義であり、ティアナのそれは他人に主眼を置いたものだ。

「他人に認められる事で本物になる。確かにそれがなければ『強さ』と言うものが量れないのは確かだ。比較する何かがあって、初めてどちらが上かが解る。相対評価でしか、事腕力における『強さ』は解らない」
「それは正しいはずです。他人に認められなくちゃ、どれだけ強くても『強さ』になってくれません」
「この一面も正しいには正しいが、お前の場合は若干意味合いが違っているようだと見るが?」
「……どう言う意味ですか?」
「この主義もまた『自分の強さ』を他人に認めさせていると言う点だ。結局、自己の一面を相手に押し付け、自分はこうだと言っているに過ぎない。だから、お前と俺の考えは大きく違っているものじゃない」

 なら、何故ティアナは恭也と対立したのか。

「お前の場合、根幹が違うんだろうな。俺のような個人技を磨く輩と、ランスターとでは根本の重点が異なっている」
「根本の重点……」
「――お前、まさか他人の夢とか背負ってるんじゃないだろうな?」
「っ!?」

 ティアナは驚愕に彩られた顔を見せた。何故この男がそれを知っているのか。唐突に投げかけられた疑問に、ティアナは何も返す事が出来ずにいた。混乱するティアナの様子を見て、恭也は一瞬だけ懐かしみ、次に悲しげに目を伏せた。

「もしそうなら、止めておけ。他人の何かを背負って進むのは、大概荷が勝ちすぎて背負ったものに押し潰される」
「あ、あんたには関係ないっ!!」
「ああ、無論だ。関係あっても困る。ただ、お前の末路としては二、三後悔を口にさせてくれ」
「末路、って……」

 どういう意味なのか取りかねたティアナは、恭也の話に耳を傾ける事にした。それを聞いてから、判断しようと思ったのだ。

「俺には父親がいて、母親がいなかった。生まれて六、七年くらいで、親戚一同が死んだ。その後、俺はずっととーさんの後を追い続けていた。大飯喰らいで、 飲兵衛の癖に甘党で、俺の知る中で最強の剣士だった。だが、あの人は死んだ。どれだけ体を鍛え上げようと、どれほど剣の道を極めようと、たった一個の爆弾 の前になす術なく死んでいった」

 その日、目標を失った少年は、目に焼き付けた父の幻影を追い続ける事にした。普通の子供がテレビの中の虚像ヒーローに憧れるように、少年は父親に憧れて、父親のようになりたいと思ったのだ。

「今でも思い出せる。足の運び、呼吸の位置、視線、指に挟む飛針の数、得意な鋼糸と好む振り方。全部、自分の目標だった。追いつきたい場所だった。だが、その場所は目の前にしかなかった。目に焼きついてしまった為に、永遠に追いつけないままだった」

 前に見えるから追いかけたくなる。追いつきたくなる。横に並びたくなる。ただ、その欲求に突き動かされて、高町恭也は休む事を忘れて走り続けてしまった。

「それだけ走り続けられたのは、とーさんが俺に言った言葉があったからだ」

 ――お前を最高の剣士にしてやる。

 ビクリとティアナの肩が震えた。

「あれは、今考えれば呪いだったんだろうな。掛ける気もなく、掛けられた気もなかったが、あれは呪いだったんだろう。とーさんは俺を最高の剣士にすると言い残して、俺はその期待に応えようとして、失敗した」
「なにを、失敗したんですか?」
「膝をな、砕いたんだ」
「え?」
「戦闘者として致命傷だった。もう治らないと医者に言われた。俺は自棄を起こして、そこら中に当り散らした」

 当時は、何かに怒りをぶつけていないと平衡を保てないほど錯乱していた。家族に罵声を浴びせ、少しでも気に入らなければ殴る蹴るをして、息が上がるまでそれを続けていた。

「その後、紆余曲折あってどうにか歩けるように、走れるように、戦えるようにまで回復させた。これは余談だな。まあ、結局言いたかったのは、他人の念で動 くと手痛い落とし穴に嵌まりやすいと言う事だ。人の為、人の為と考えていると、『自分の為』を考えなくなるからな。特に、『自分の大事な人の為』だと陥り やすい傾向にあるようだ」
「……結局、何が言いたいんですか」

 知っている。この男は自分の夢を、叶えなければならない夢を知っているっ!

「さて、なんだろうな。お前に過去の自分を見たからかもしれないし、上司気分を味わいたくてこんな話をしてるのかもしれないな」

 ティアナにとってはどちらでも良かった。ただ、自分の目的を知られてしまった事が悔しかった。

「なにやら気落ちしているようだが、俺はお前の事なんて何も知らん。なのは達は知ってるようだが、俺は知る必要がなかったから聞いてもいないし、今後も知 りたいとも思わないだろう。お前の主義が俺を気に入らないと言うなら、かかって来い。あの時も言ったが、お前の事はどうでも良いんだ、俺は」
「酷い、人ですね。あなたは」
「その方が嫌いやすいだろう?」

 ティアナはそんな意味で言ったつもりはなかった。いや、態と言葉の意味を汲み取らなかったのだろう。それもまた酷い事だ。
 高町恭也は、人の大事なものだけは護ると言う。そして、彼に護られて初めて、自分の大事なものが何なのか知る事も出来る。そう、今のティアナのように、忘れかけていた、いや、思い違いをする寸前だったそれを正してくれたように。

「隊長」
「ん?」
「あ、ありがとう……ござい、ました」
「……ああ」

 いつしか、ティアナは涙を流していた。思い詰め続けたが故に、間違いを犯し掛けていたのを救ってくれたこの人に、ティアナは感謝のあまり、泣きはらした。

「泣くほど、大それた事は言ってないつもりだが? 答えすら俺は言ってない」
「それでも、気付かせてくれました。私にはそれだけで十分です」

 自分の夢は、兄の遺志を継ぐ事。
 兄の無力を雪ぐ為じゃない。
 自分は、兄のようになりたいから、銃を握ったのだ。
 復讐じゃない。
 憧れなんだ。

「ご迷惑、おかけしました」
「処罰は両方に下ってる。謝る必要はないさ」
「それでも、です」
「それでも、か」
「ええ」

 先ほどまでとは違って険の取れた顔になった。その顔なら、背中を任せてもいいかと恭也に思わせる顔だ。

「お、お待たせしましたー! ホントにホントに待たせてすいませんー!!」

 そこへ丁度良くシャリオが息を切らせながら登場してきた。そう言えば随分待たされたと思いもしたが、そのお蔭で救われたのだからティアナは遅れた事を責めはしなかった。
 が、

「かれこれ一時間近く待たされたんだが?」
「い、いえ、ちょっと航空管制のほうに駆り出されちゃったりしちゃったり?」
「雑魚相手に管制もクソもあるか。お前、実は忘れてたんじゃないだろうな?」
「にゃ、にゃいですよ?」
「ほほう? 舌噛むほど動揺しても白を切る根性、恐れ入った。ならばこちらもそれなりの対処を踏まねばなるまいて」
「それなりの対処と仰いますと?」
「爪をやんわりと剥がしながら、優しく聞き出す」
「どこも優しくないですよねそれ!!」
「嫌だったら潔くゲロしろ」
「実はー、なのはさんとフェイトさんの空中戦のデータをストラーダに組み込もうと思ってばっちり録画してました!!」
「よろしい、爪剥がしだ」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「あー、えーと、高ま……恭也さん」
「ん? なんだランスター」
「その辺にしておいた方が。これ以上罪状を重ねるのは得策ではありません」
「一理ある。残念だったなフィニーノ」
「むしろ喜ばしいです! じゃ、鍵開けますね。ちゃんと反省するんですよ?」
「お前がな。むしろお前を入れたくなってきた」
「私はこれで!!」

 瞬く間に遠ざかって言ったシャリオに、ティアナは「ま、負けられないっ。設計技師に負けてたまるもんかっ」と気合を入れ、恭也は「逃げ足はそこそこか。しかし、獲物には不向きだな、やっぱ」と呟きつつ、反省室に引っ込むのだった。