それは、偶然なのか、あるいは必然だったのか。そんな事を思う事が最近増えてきた。
 偶然ならば、少しだけ納得できるだろう。しかし、必然だったとすれば、憤怒するだろう。
 薄暗い空間の中、その部屋を照らす照明の光を淡々と浴びるシリンダーを見上げる。仰々しい機材がそのシリンダーを取り囲み、自分の身長よりも太いパイプのようなケーブル。部屋には絶えず機材の冷却ファンが重低音を奏でていた。
 男はずっとシリンダーから目を逸らさなかった。曇ったシリンダーの中は窺えない。だが、彼は確かにその中を見つめていた。たとえ見えなくても、彼は少しでも感じていたいと見つめ続けた。

「……やはりここにいたか」

 少しだけ躊躇いを含んだ声が耳朶を打った。振り向けば、いつも以上に気難しい表情を浮かべる知人がいた。
 ゼスト・グランガイツ。
 彼は、男にとって一時的な仲間だった。
 ゼストは知っている。この場に足を踏み入れる事がどれだけ無粋なことかを。だからこそいつも以上に顔を顰めている。彼にはその無粋を冒してでも足を踏み入れなければならない理由があった。

「なにか、用か?」
「スカリエッティが呼んでいる」

 自分を呼びつけた人物を聞いて、少しだけ頷いて見せた。なるほど、あの男ならば自分で態々足を運ぶ事はしないだろう。今の時期、彼は何かと忙しい身の上 なのは承知している。時間を作ってまで自分に会うよりも、人を寄越すのは道理だ。ならば、通信で呼べば良い。離れた場所と話せる技術がこの世界にはあるの だから。

「何故、通信で呼ばない?」
「忘れたのか? ここは電波も魔力も遮断されている事を。あれを守るためだと聞いているが?」
「……ああ、そうだったな。思い出したよ」

 ゼストが視線を送った先は低く唸るシリンダーだった。それに彼は納得する。
 この部屋は外界からの影響を出来るだけ無くさなければならない。何が影響するか解らない事もあるが、外部に知られてはならないことも行っているからだ。特に、この場所にはその類のものが一つある。

「内容は知らないか?」
「奴の趣味だ。ある程度の露払いが欲しいようだな」
「……いつもの奴か。解った。詳しい話を聞いてこよう」

 ここ半年の、変わり映えのない頼まれ事だった。それならば慣れている。いくらでも引き受けてやれる。

「油断しない事だ。どこから綻びが出るか、解らないからな」

 激励か、忠告だったのだろう。そのゼストの言葉は、彼の足を止めさせた。
 機械式の兜を被った彼は、ゆっくりと振り返り、口端を吊り上げた。

「――油断できる余裕なんて、もう捨てたよ」

 それだけを言い残して、彼は今度こそ暗がりへと消えて行った。
 後姿を見送るゼストは、彼が見つめていたシリンダーを見上げ、やりきれないと言った表情を見せた。

「人を変えるのは信念、か」






















Dual World StrikerS

Episode 02 「初出動」
From "Lyrical Nanoha StrikerS" (C) 2007
Presented by 大岩咲美 [TRASH BOX type2]





















 機動六課設立から一ヶ月。
 今のところ大規模な出動はない。と言うか、皆無だった。六課の存在意義とは、対応が遅れがちになる管理局の潤滑油的な物になる事だ。しかし、今のところ その役割を全うしているとは言いがたい。本当に大丈夫なのだろうか、色んな事に対して、と疑問が尽きない所であるが、忙しくないに越した事はないので、恭 也は満足いくまで自己研磨に勤しんでいた。
 彼が前の部隊にいた頃は、出動が頻繁に起きていたので経験値と言う観点から見れば、相当な稼ぎ場だったのだが、純粋な剣士との斬り結びが全くと言って良 いほどないなので如何せん技が荒くなりがちだった。疲労もあるし、なによりも噛み合わない相手に無理矢理噛み合うように戦ってきたので技の骨子が変形して いる。それをこの一ヶ月で是正しようとしていた。効果は上々と言ったところだ。
 六課は恭也から見れば現在閑古鳥が鳴いているようなものだった。常に命を秤にかけた死線に立ち、自分を研ぎ澄ましてきた彼としては、この緩みは許容しが たい事態だった。キレが鈍くなっている自覚がある。それなりに救助活動などの業務依頼に出向いてはいるが、何分救助であり、鎮圧戦などの戦闘の字は見当た らない任務ばかりだ。
 何とかこれまで培ってきた勘を鈍らせぬようにと、朝と夜の鍛錬にシグナムを捕まえては組み手をしてはいるが、実戦から遠のけば遠のくほど腕が落ちていくのは否めない。そもそも、自己修練以外で体を動かすことがないから、当然の帰結と言える。
 仕方ないと言えば仕方ない。それもこれも前線部隊の育成が終わっていないからだ。最低でも後一ヶ月はこの状態だろうな、と恭也は予想している。
 シュツルム分隊の隊長に任命された恭也の主な任務は、部隊長である八神はやての護衛と他の分隊のアシスト、及び時折飛び込んでくる外課からの出頭依頼を 受けることくらいだ。まあ、それとは別に最大の敵であるところの書類仕事が立ちはだかっているのだが、幸いな事に実働がないのでまだ楽な状態だった。一ヶ 月書類を溜め込まないとは、とカルチャーショックを受けたりもした。

 ――純粋な剣技、か。

 魔法を手にして十年。なるべく便利すぎるこの力に頼らず、剣士と言うかび臭い物にしがみ付いて来たが、自分はもう剣士とは呼べないと、恭也は自覚していた。
 魔法。
 拙いながらも使用できるこの物理法則を捻じ曲げる力。恭也の戦いにおける選択肢に、必ず混ざるようになった手段の一つ。選択肢が増えれば、それだけ動き が鈍くなる。それは、剣士としての速度ではない。言うなれば魔法剣士としての速度だ。翻せば、選択の幅が広い魔法剣士は、剣士より速度が遅くなる。
 それが、恭也には耐え難いことだった。

 ――今更手放せないのが、憎い話だ。

 忌み嫌う、まではいかないが、はっきりと使いたくないと言う感情はある。しかし、使わなければ打破できない状況がいくつもあった。刀が通じない場面が幾度もあった。人を超越した力がなければ、超えられない壁が存在した。
 そんな時だけ魔法に頼った。都合の良いときだけ、主義を捻じ曲げて使ってきた。
 本来ならばそこで敗れる。
 本来ならばそこで死んでいる。
 本来ならば、だ。
 今こうして、刀を振っている自分がいるのは魔法のおかげ。そう、恭也は幾度も魔法に助けられて来た。この力を忌避する事は出来ても捨てられない事は解っているつもりだ。

 ――ジレンマだな。深く考えるべきじゃないか。

 長年悩んできた種だ。扱い方も年季が入っている。極力考えなければ良い。いつかまた悩むだろうが、その時はまた考えないようにすれば良いだけだ。
 問題の先送りにしかならないが、どうしようもない問題であることは自明の理。流して、目を向けないようにするしかない。逃げている自覚があり、そしてなにもしない自分は自嘲の対象でしかなかった。

「……切り上げるか」

 鋭く風を斬った刀を止めて、恭也は呟いた。十分に汗は流した。老化による反射の陰りはまだないが、体力は二十代のそれよりも劣り始めている。
 御神流では三十代でも、体力的には問題ない剣士もいたらしい。しかし、恭也のように連日戦地に赴き、本来以上の力を使わなければくぐれない修羅場に向 かっていた剣士は少ないだろう。酷いときは、神速を限界以上に使い、倒れたことさえある。入院騒ぎにはならなかったが、体に相当な無茶をさせていることは 承知していた。
 だから、今の鈍りはその代償だろう。

「後どのくらい行けるのか」

 それが問題だった。
 いつまで刀を振っていられるか。
 いつまでこの手で人を守っていられるか。
 動かなくなった体の所為で、人を傷つけてしまうのは、我慢ならないことだった。

「出来れば生涯現役……高望みしすぎか、それは」

 苦笑が浮かんできたことも手伝ってか、高めていた集中力が切れた。刀を納め、一礼する。誰に対してもない。強いて言えば、周囲に生息しているかもしれない動植物に対してだった。
 頭を上げ、思いっきり息を吸い、そして吐いた。それだけで、大分体から熱が抜ける。空を見上げれば、朝日が眩しい。そろそろ六課の連中が起き始める時間帯だった。

「さて、今日も仕事するか」

 そう自分に発破をかけて、恭也は隊舎に戻ろうと踵を返した。

〜・〜

 早朝の穏やかな日差しを体一杯に浴びながら、スバル・ナカジマは大きく伸びをした。寝覚めでまた硬い筋肉を解しながら、今日一日の活力を漲らせている。体力担当と揶揄される彼女であるが、その快活さは見ている人間にも活力を与えてくれるから不思議なものだ。
 低血圧で朝に弱いティアナ・ランスターは、そう言う部分ではスバルを認めていたりする。決して口にしないが。言えば絶対に調子付く。それは二年コンビを組んできて出した結論の一つだった。

「おはようございます」
「ん、おはよう」
「今日も良い天気ですね」
「おっはよー!」

 隊員寮から出てきたのはエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエだった。年少組は若干眠たげな目を擦りつつも、気力は充実しているようだ。

「今日も一日頑張りましょうね!」
「そうね。頑張らないと、生き残れないしね」
「あ、あはは……」

 安全を保障されているとは言え、訓練であっても怪我をするし、下手を打てば死に直結する事故もあり得る。訓練の度合いが白熱すればその確率も自ずと上が るものだ。ただ、それはかなり先の話であり、現状彼女達新人四人は訓練メニューを消化するので手一杯の状態だ。血肉になるにはもう少々時間が必要である。
 愛銃のコンディションを確認して、ティアナは訓練場に向かおうと三人に声をかけようとしたところで、キャロが人影に気付いた。つられて、ティアナもそちらを見る。

「あ……」

 日の出間もないこの時間に一体誰だろう、と首を傾げるキャロだったが、近づいてきた影の輪郭がはっきりするとすとんと腑に落ちた。
 ああ、あの人ならなにやっても不思議じゃないなぁ、と。

「おはようございます」
「おはよう」

 エリオの挨拶に、彼――恭也は普通に返した。結構レアな場面である。

「朝練か。どうだ? 一ヶ月やってきて」

 そう言えば、と思い出した恭也は、隊長としての業務と単純な好奇心から質問していた。

「死に物狂いです」

 と、スバル。

「むしろ死んだ方がマシです」

 顔色が悪いティアナ。

「まだ行けます!」

 一人元気なエリオ。

「私はちょっと……」

 自信なさ気なキャロ。
 そんな四人を見渡して、恭也はやれやれと殊更大きく息を吐いて見せた。

「年上が情けないことしか言ってないな。少年達は元気なのに」
「あの、私あんまり……」
「な、モンディアル」
「はい!」
「あああああ聞いてない」

 半分涙目のキャロであるが、恭也は気付かない振りで押し切った。

「まあ、頑張れ。応援はしてる」
「応援『だけ』してるんですか」
「よく解ってるじゃないか、ランスター」
「くぬ不良局員は……」

 荒っぽい言い方でティアナは吐き捨てる。だが、そんな悪態を目の前でやられても、恭也は何事もなかったかのように薙いでしまう。何を言っても受け取らないのは卑怯じゃないか。
 詰まる所、恭也は新人達がどう苦戦しているかにはあまり興味はなかった。ただ、若い内の苦労と言うものに自分の過去が重なっただけの話だ。独りだけの鍛錬と、仲間と共に鍛える訓練がどう違うのか。それが少しだけ気になっただけ。
 いい加減後ろを振り返る習性を治したい所なのだが、昔の記憶と未練が直結してしまっているため、どうしても治る見込みがない。ふと思い出す何気ない出来 事が、昔を思い出させ、連鎖してホームシックを引き起こす。三十過ぎのおっさんとしては見っとも無いので、極力周囲には出していないが。

「あれ? お兄ちゃん?」
「おはようございます、高町一尉」

 早朝訓練の時間が迫ってきたようで、高町なのはが隊舎から出てきた。畏まって敬礼する恭也になのはは、いつものように顔を顰める。

「……いい加減、その畏まった態度どうにかならないかな」
「ご命令とあらば」
「命令しても聞かないよね?」
「六階級も上の方に敬語を抜いて会話するなど、考えられません」
「フェイトちゃんとは普通なのに?」

 棘満載の視線に恭也は仕方ないと肩を竦めた。

「あの子は正式には上司ではないからなぁ。階級も一尉相当と言うだけで、一尉じゃないし。へつらう必要は無いだろ」
「け、権力に屈服してるよ。お兄ちゃんて反権力主義者じゃないの?」
「長いものには巻かれておけ。この十年で得た悟りだ」
「そんなの悟っちゃ駄目だよ!」

 いや、減俸六ヶ月は本当に苦しかったんだ。もう二度と味わいたくない。

「業務中はせめて格好だけでもやっとかないとな。どこでどんな噂を立てられるか解ったもんじゃない」
「まあ、それはそうだけど。こんなところまで態々来る人って査察部の人くらいしかいないと思うけど」
「その査察部が流すんだろ、多分」
「多分って……」

 最近知り合った査察部の人間には、世間話程度に六課の内情を話しているので、漏れるとしたらそこだ。何か困った噂が流れたら真っ先に奴が疑われ、問答無 用で蛇腹剣が舞い踊ることだろう。非常に面白そうな場面である。ちなみに、流した本人である恭也は全てを煙に巻く気満々だった。
 さて、そんな兄妹の会話を眺めている四人は、ひそひそと内輪会議中だった。

「高町隊長って、ホント適当よね」
「適当って、まあ、仕事もいい加減って所はそうなんですけど……」

 ティアナの愚痴にエリオも同意の意思を見せる。書類仕事が進まなくて、ロングアーチのスタッフにあれこれ聞きまくっている姿が一ヶ月続いているのを見れ ば、そう思ってしまうのも無理ない。そろそろと言うか、なんで未だに日誌の書き方くらい覚えられないのだろうか。謎である。

「それもそうなんだけどさ、さっきは敬語以外は使わないーみたいなこと言っててすぐフランクになってるし。主義主張が全部適当なのよ」
「おお、そう言えば。ティア、よく気付いたねぇ」
「あんたはもう少し観察力を付けなさい」

 多くの場面に置いて、恭也が一貫して貫いているのは、業務態度と面倒ごとを避けようとする姿勢である。全部ネガティブな印象しか出てこない。人として信 用できない振る舞いなのだが、何故か彼個人についてはあまり悪評はない。気安い性格ではないが、ある程度の関係を築ければ、退屈しない人間だと言う事が解 るからだ。仕事以外の事に関しては誠実な態度だし。
 知り合ってから一ヶ月経つティアナたちもその辺りは聞き及んでいるのだが、如何せん恭也と接する機会が殆どない。六課の長であるはやてよりはあるが、自 分たちが所属する隊の副隊長よりもない。今日みたいに偶然ばったり出会ったのも両手で数えられるほどである。あまり相手の事が解らないのも当然だった。

「悪い人じゃないと思うんですけど……なのはさんもフェイトさんも楽しそうですし」
「なのはさんは、まあ、兄妹だし、フェイト隊長とは十年近く付き合いがあるらしいから、距離の置き方と言うか、扱い方が解ってるんでしょ」
「あ、八神部隊長もそうだったよね?」
「三人は幼馴染だって聞いてます」

 フェイト経由の情報を流すエリオに、ティアナはあの三人が階級を別にして親しいのはそう言うわけなのかと納得した。
 ただ、一つ彼女に忠告しなければならない事がある。あの三人娘でも、未だに恭也の扱いに関しては、制御不能なのだ。今のところ、唯一はやてだけが口先だ けでなら抑え込めるだけ。それだって、脅威のお笑い空間――通称恭也フィールドが発生していないときに限る。一度フィールドに飲まれると、抑え役のはやて が自ら率先して暴走するので、実ははやてが抑え役に回ることは諸刃の剣なのである。
 偽称Fランク単体特化型魔導師(命名リィンフォースU)と呼ばれる高町恭也とSSランク広域型魔導師である八神はやてがタッグを組んだとき、世界は滅亡するのではないかと言うのが、専らの見解だ。
 できるならば、早急にティアナ以下、新人組の認識を改めなければならないのだが、果たして彼女たちの勘違いに気付ける人間がいるのだろうか、疑問である。

「高町隊長については、追々なんとかしましょ。今は、メニュー消化しないと。――死ねるから」
「ティアナ、微妙に体力ないもんね」
「体力馬鹿のあんたに言われたくないわ」

 にはは、と無邪気に笑うスバルに、ティアナは深めに息を吐いた。軽口が効かないって言うのは、結構クるんだなぁ。
 四人組のひそひそ話が一段落したところ、あっちもそろそろ落ちに向かっていた。

「はやてちゃん、人事部への報告書の内容、悩んでるんだからさ。少しは良いこと書けるようなことしようよ」
「なら、適当な仕事を寄越せ。救助支援なんて、入隊カリキュラムでやった限りだったんだぞ。全部忘れたから、適当な応急処置しか出来なかったし」
「え? それホント?」

 その割に、処置が完璧だったのだが。骨折に対する添え木の当て方から、止血、消毒、ついでに移送もほぼ完璧だったと報告を受けている。なんでか、恭也の 業務報告書には、助けた人数と傷の具合くらいしか書かれていなかったので、フェイトの伝手を使って、救助隊の隊内報告書と照らし合わせたのである。
 確かに傷害の診断は正確だった。しかし、助けた人数は少なく書かれていた。この事について、はやては恭也に報告偽称と評価するしか出来なかったのである。つくづく、好評とは無縁の男だ。

「あのね? 報告は正確にって知ってるでしょ?」
「別に間違った人数を書いたわけじゃない。あれは俺が助けた数であって、差分は俺が対処法を教えただけの人間だ。そいつらよりも深刻なのがいたから、そっちを優先したんだよ」
「……なら、それも報告書に書いてよ」
「マジか。そんな長ったらしい文章なんて書けないんだが……」

 十年ミッドチルダに住んでいるが、恭也は未だに読みは出来ても聞き取りと書き取りに難がある。流石に二十歳超えてから、新しい言語を学ぶにはちょっと遅 かったらしい。何より、言語の勉強時間と鍛錬の時間が諸にかち合ってたのである。彼がどちらを優先したかは、皆まで言わずとも明白なことだった。

「今度からはちゃんとやってね?」
「……今までの倍時間がかかっても良いなら、善処する」
「それが半分になるように頑張ってね」
「解った」

 了解していても頭を抱えたままの恭也を置いて、なのはは後ろで待っていた四人に振り返った。

「ごめん、待たせちゃったね。じゃ、朝練、行こっか」
『はい!』
「じゃね、お兄ちゃん」
「……ああ」

 やや元気がないのは報告書の影響が大きいからだろう。さながら、作文の宿題が出た小学生ような気の落ち込みようである。
 そんな彼を気にする事無く、なのはは四人を連れ立って訓練へと勤しむのだった。

〜・〜

 始業時間を迎えて、六課は業務を開始する。移送隊はヘリの整備、ロングアーチは目下レリックの捜索と他の課や隊から集まった情報の分析に追われている。それぞれが任務に向かっている中、恭也は自分に宛がわれたデスクに座って、気合を入れていた。
 彼の最大の敵、日報である。今朝なのはに言われた通り、詳細な報告を書くのならば、前もってかなり文章を考えて、更にそれをミッドチルダの公用語に書き直さなければならないので、恭也にとっては難敵なのである。ああ、日本語をミッドチルダ言語に変換できる辞書が欲しい。

「まあ、頑張るしかないか……」

 とにかくやるしかあるまい、と発起し、文面作成に取りかかろうとしたところで、恭也はとある気配に気付いた。カツカツと急ぎ足のヒールが彼の耳に飛び込んできたのだ。くどいようであるが、周囲のスタッフはドアを隔てた足音なんて聞こえてはいない。
 靴音と気配から見るにフェイト執務官のようなので、またどこぞで事件でも起きたのだろうと思い、執務官なんて忙しい職業を率先して選んだ彼女には彼なりに少々同情する。忙しいってレベルじゃない激務なのは、傍から見ていて良く解るからだ。
 フェイトの苦労を頭に思い浮かべて、勝手に鬱になった恭也は、それを振り払うべく改めて書類作成に向かおうとしたのだが、またまた遮られた。

「あ、恭也さん」
「……おはよう」

 恭也の作業を遮ったのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官だった。何故急いでいる様子なのにデスクルームに来るのか。この時点で彼はかなり嫌な予感を覚えた。

「おはようございます。ああ、これは運命なんですね」
「は?」

 ヤバイ。彼女はいつから運命論者になったのだろうか。どちらかと言うと運命破断者だったはずなのに。いつも不遇な目に陥っている人々を助けたいと豪語していた彼女が、何故運命とか口にしちゃうんだろうか。

「恭也さ」
「さーて仕事仕事」

 関わってはいけない。長年の勘がそう告げていた。なので、恭也は強引に話を切り上げて、私仕事してます、とパフォーマンスして俺に近寄るなとアピールしたのだが、

「ちょっと捜査に協力してください」
「やだ」
「…………」
「…………」

 沈黙。
 重苦しい沈黙が降りた。
 そんな二人を遠目から見守るのは、たまたまオフィスにいたロングアーチのスタッフだった。何気に高性能な恭也の耳は周囲の囁き声を拾ってしまう。憎い耳だ。

「今度はなにかしら?」
「なんだか、フェイト執務官の要請を、高町隊長が拒んでるっぽいですよ」
「よく言えるよなぁ。上官の命令に形だけでも反抗できるなんて」
「俺、査定怖くて絶対できないなぁ」
「つか、フェイト執務官の頼みだったら普通断らないだろ」
「あー、それは厭らしいですよー?」

 外野は勝手な憶測と欲望で喋ってやがる。

「恭也さん、これは上官命令ですよ?」
「……君まで上位権限を使う気か……」
「普通は上司の言う事は聞く物ですけど」
「しかし、俺にはやらなければならない仕事があるんだ」
「え、それって急ぎなんですか?」
「ああ」

 提出は夜だけど、今からやらないと間に合わない。そう確信できる。

「……後に回せませんか?」
「無理だ」
「…………」
「…………」

 少し苛つき始めるフェイト。どういう事情なのか知らないが、時間が押していることは見て取れる。恭也としても、手が空いていれば協力してやらないこともないのだが、如何せん敵は強大だ。前以って準備をしなければ潜り抜けられない。
 フェイトには悪いが、ここは諦めてもらう方向で行かせて貰うと恭也は決めていた。

「ちなみに、その急ぎの仕事ってなんですか?」
「日報だが」
「…………………………………………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………………………………………」

 ひゅごっ、とフェイトの右腕が突き出された。
 ざっ、と恭也は椅子から立ち上がり、フェイトから五メートルほど離れた位置にたった。その間、一秒と経っていない。

「何をする」
「朝っぱらから日報書こうとしないでください!!」
「馬鹿な。今からやらなければ間に合わないんだぞ!」
「そんな事あるはずないじゃないですか!」
「そんな事あるんだよ!」

 あのな、と恭也は前置きして言う。

「君らは楽々と書けるんだろうが、俺にとっては言語変換が一番難易度の高い任務なんだよ。正直、Sランク魔導師相手にするよりも厄介な敵なんだぞ!!」
「そんなこと比べないでください! と言うか、Sランクに勝てるんですか!?」
「逃げるに決まってるだろ」
「……ああ、もう、この人は本当に」

 なんでそんなしょーもないことが出来ないのに、戦闘力が変なところで突出してるんだか! バランス悪すぎですよ、人として!  しかし、とフェイトは思う。書類程度の仕事なら、後回しにしても構わないだろうと言う事に。それよりも、今は彼が必要なのだ。ここは強引にでも引っ張っていこうと彼女は決めた。

「ほら、行きますよっ。時間がないんですから」
「だから嫌だと言ってるだろ。なのはの白い目は沢山なんだ」
「う……」

 それは同意できる。できてしまう。だが、こっちも仕事があるのだ。

「日報は私が手伝いますから、こっちを手伝ってください」
「よし行こう場所はどこだ?」

 颯爽とジャケットを羽織って、オフィスルームの入り口に立つ恭也。内心、フェイトは脅威を感じる。移動の挙動が一切見えなかったのだ。

(だから、何でこの人こんなに凄い技能をしょうもない事に使うんだろう……)

 十年経ってもその思考回路が全く解らない。恐ろしく謎めいた人だ。
 それら全てをとりあえず脇に追い遣って、フェイトは仕事モードに無理矢理入る事にした。気にしたら負けなのだ。事、恭也に関してはっ。

「車で向かいます。道は教えますから、運転頼んでも良いですか?」
「任せろ。慣性ドリフトの真髄、見せてやろう」
「やらないでください」

 そんな会話を残して、二人は六課の隊舎を後にした。
 この一連のやりとりに周囲が全くの無反応であるところを見るに、しょっちゅうあることのようで、別段珍しい光景でもなんでもないようであった。いかに彼が変人と評されているのかがお解かりいただけただろう。

〜・〜

 辺り一面に蔓延する焼け焦げた匂いが鼻についた。周囲は、消し炭になり原形を留めていないものが殆どだ。辛うじて残っている鉄骨も、爪先で少し小突くだ けで脆くも崩れ去る。恐ろしいほどの熱量で、一気に燃やしきったとしか考えられない。鉄骨が溶けもせず炭化しているなど、彼は初めて見たのだ。

「ジェーキンス警部」
「なんだ?」

 現場検証とは名ばかりの撤収作業を眺めていたソルディエット・ジェーキンス警部は振り向いた。

「機動六課のフェイト・テスタロッサ執務官がおいでです」
「執務官が? まあいい、通せ」
「了解」

 老年の警部は部下に指示を出すと、再び現場を一巡り眺めた。確かに異様な事件だが、執務官が出張ってくるほど奇怪な事件ではなさそうだと彼は思ってい た。ここは廃棄された旧都市の一画で、更にはうらぶれた倉庫街だ。目ぼしいものは何もないここで、管理局の執務官が首を突っ込んでくるほどの何かがあると は到底思えなかった。
 強いて言うのならば、これだけの火事を引き起こした犯人だろうが、彼には執務官クラスが関わってくるレベルの事件ではないと思っていた。理由は簡単だ。人的被害も資源的被害も殆どないからである。

「警部、テスタロッサ執務官をお連れしました」
「御苦労。お前は仕事に戻れ」
「はっ」

 仕事に戻っていく部下の背中を何気なく見送って、ジェーキンスはようやく執務官の顔を拝んだ。
 若い女性だ。少々若すぎる嫌いがある。管理局の雇用制度が緩いのは知っているが、こんな若い女性が執務官をやっているとは、嘆かわしい限りだと老警部は内心溜息を吐いた。

「フェイト・テスタロッサ執務官です」
「ソルディエット・ジェーキンス警部だ。……ん? そっちの男は?」
「高町恭也三等陸士です。まあ、彼女の補佐のようなものです」
「ふむ?」

 三等陸士と執務官と言う取り合わせに、ジェーキンスは首を傾げた。二人の関係が良く見えなかったのだ。階級で言えば、両者には六階級ほど間が空いている。しかし、今の高町と言う男の言動はかなり気安さがあった。
 個人的な知り合いのようだが、それにしても歳が離れすぎている。更に言えば、恭也の歳格好で三等陸士と言うのも妙な話だった。その年齢ならば、悪くても二等陸士、順当に行けば三尉程度にはなっているはずなのだが……。
 そこまで考えてしまい、ジェーキンスはかぶりを振った。余計な詮索をしてしまうのは職業上の悪い癖だ。

「まあいい。それで? 執務官が何用ですか?」
「実は、今私が追っている事件とこの事件に関係性がありまして」
「ほう? と言うと?」
「現場検証の中間報告で、強力な魔力反応があったと報告を受けまして」
「……どちら・・・ですか?」
「持ち出された方です」
「……そうですか。じゃあ、そいつがあった所に案内しましょう」
「お願いします」

 二人が連れられたのは、倉庫の奥まったところだった。そこは、やはり消し炭の瓦礫が転がっていた。

「原型は殆ど留めてませんが、この一画だけやたら念入りに燃やされてましてな。魔力の痕跡もここが一番強いもんで、燃やした奴はコイツに何か用があったんだろうってのがうちらの見解です」
「でしょうね。ありがとうございます。自分たちでも調査してみます」
「じゃあ、私等は仕事に戻らせてもらいますよ。ああ、鑑識は終わってますんで、あとはご自由に」

 御座なりな礼をして、ジェーキンスは現場指揮を執るべく戻っていた。
 フェイトは、燃え残ったそれを触ってみた。指先についた灰を見て、眉を歪める。

「なあ、フェイト嬢」

 事件現場を調査する、と言う恭也には縁の薄い光景を何とはなしに眺めた。彼はどちらかと言えば、事件現場で戦う人間であり、調べることは一際した事がなかった。
 それはともかく、彼は何故自分がここに連れてこられたのか、年下の上官に訊ねた。

「なんですか?」
「これをやったのはレリックとやらに関係あるのか?」

 彼女が追っている事件については恭也も聞き及んでいる。機動六課がメインで追いかける事件の一つだ。この火災にそれが関係あるのか、恭也には判断がつかなかった。

「ええ。朝方届いた報告に、レリック反応と同じ波長の魔力を探知してます。ほぼ間違いなくレリックがここにあったと私たちは考えてます」
「なにやら不確実っぽいな」
「まあ、反応があっただけで、現物がありませんし。レリックを保管していたはずのコンテナはこの通りですし」

 指についた灰を叩き落して、フェイトは恭也に向く。

「さっき、ジェーキンス警部が魔力反応が二つあるって言ってましたよね?」
「ん? そうだったか?」
「あの、自分のことじゃないからって聞いてないって言うのは狡くないですか?」
「そうか?」

 なんでそこで意外そうな顔をするんですか、あなたは。

「恭也さんを連れてきたのは、そっちのもう一つの魔力反応で見て欲しい事があるんです」
「……おいおい、俺に捜査の真似事をしろって事か? 自慢じゃないが、考えるのは向いてないぞ」
「そうですか? 恭也さんなら凄腕の捜査官になりそうなんですけど」

 どう言う根拠があるのか解らないがフェイトはその言葉に結構な自信を持っているようだ。ただ、恭也としては捜査官になる気はないので、どうでも良い話だった。

「それで? 俺に運転手までさせて見せたいものってのはどれだ?」
「確か、こっちの方に……」

 中空に捜査資料を表示させて、フェイトは目的のものがある場所に歩き出す。それがあったのは丁度、レリックが安置されていたと思しき場所の裏手だった。辛うじて壁の名残が残る炭の欠片をフェイトは指差した。

「これ、どう見ます?」
「…………」

 それを見て、恭也は怪訝な顔を見せた。目の前にしゃがみ、極力壊さぬように手でそれをなぞる。様々な憶測が恭也の中で飛び交ったが、最初に感じたものがどうしても拭い切れず、ならば、それが結論なのだろうと考えを纏めた。

「そうだな。俺の見解で良いのなら――」

〜・〜

「――刃傷にんじょう、だな」

 表示された現場写真を見て、シグナムはそう断じた。六課の会議室で開かれた捜査会議に出席したシグナムに、フェイトがいの一番に見せたのは、それだった。

「位置から見て、恭也と同じか、それ以上の身の丈だろう。と言っても誤差5cm程度だろうが。刃筋から見て、上段からの振り下ろし。獲物はレヴァンティンより長いな。重量で斬ったと私は見るが」
「よう解るなぁ、シグナム。傷見ただけやで?」
「この程度は造作もない事です。剣を握る者なら、自ずと身に付ける技能です」

 彼女の主に対し、実直に頭を下げた。
 会議室には、課長である八神はやて、ロングアーチからグリフィス・ロウラン、シャリオ・フィニーノが出席している。また、実質的な捜査主任であるフェイトと、その副官であるシグナム、そして今回強制的に引っ張り出された恭也が在席していた。
 ちなみに、隊長格であるなのは現在訓練中なので、この場には出席していない。

「恭也さんも同じ見解です。と言うか、殆ど一緒です」
「殆ど? 何か違う所があったのか?」

 自分とは違う意見と言う事と、剣士としての着眼点の相違に興味が湧いたシグナムが恭也に問いかけた。

「犯人像に関しては同じだ。獲物について、少し追加点があるくらいだな」
「と言うと?」
「十中八九、犯人が持っていたのは剣、それも直剣にして片刃。しかも形状が特殊だろうと言う点だ」
「片刃? 何を根拠にそう言う?」
「切っ先だ。傷の始まり、そう、下の方だ。切断ではなく、削られた後があるだろ? その傷が出来るのは、お前のレヴァンティンや俺の刀のように、切っ先が 丸く弧を描いているものしかない。両刃でも同じような傷は出来るが、そんな形をとるには片刃の形状くらいしかないだろう」

 その削られた部分と言うのをはやては注視してみたが、何のことか良く解らなかった。それを補足したのはシグナムだ。

「ほんの些細な違いですが、その削られた部分の長さと角度の緩やかさから見ると、両刃ではそこまでの緩やかさは出せません。典型的な西洋剣はもっと削られ た部分が短く、角度も急なのです。よしんば私や恭也の刀のように切っ先が弧を描いているとすれば、やはり片刃でなければ剣としては三流の代物になります」

 この部分は適切な丸みとその丸みを担う範囲、刃の幅と言うものが存在する。それ以上では傷が浅く出来、それ以下であれば、斬り裂くことは叶わない。

「切っ先が弧を描くものは、大概が斬り裂く事を前提としています。その極地が刀であり、レヴァンティンは刀と直剣の両方の特性を持っています。ただ、レヴァンティンの場合は斬り裂くより、斬り押す事に重点を置いてますが」
「うーん、説明されてもよー解らんなー」
「別に解らんでも問題ないだろ。シグナムが解ってるならそれで十分だと思うが?」
「ま、そやけどね」

 シグナムははやてのお抱えの騎士だ。ならば、シグナムの知識や力ははやての知識と力になる。だが、シグナムがいないときはどうすれば良いのだろうか、と はやては考えたのだが……その考えは怖い想像しか呼び起こしてくれなかった。そうならぬように尽力しようとひっそりと決意して、恭也に話の続きを求めた。

「あと、これはかなり悩んだんだが、剣の形が相当特殊だと言う点だ」

 恭也は立ち上がって、周囲が注目する中、ホワイトボードに細長い五角形を描く。その図の上に「刀」と書こうとして、読めない人間がいる事を思い出し、慌てて消した。絵だけでは説得力がないので、恭也は念入りに前提条件を言った。

「雑だが、これが俺やシグナムが使っている剣の断面だと思え。思い込め」
「そんな力説せんでええから」

 はやてのツッコミに、恭也はそうかと頷いて、その五角形の隣にこれまた細長い二等辺三角形を描いた。

「これが俺が考える犯人が持っている剣の断面だ」
「……本当にそう思ったのか?」
「ああ」

 念を押すシグナムに、恭也は力強く肯定した。それにシグナムは未だ納得できていない様子だった。そんな二人のやり取りを見ても、はやてには何がおかしいのか判らなかった。

「恭也さん、なんかおかしいん? それ?」
「まあな。剣として、この形は、理想的とは言えないんだ」
「でも、そっちの方が斬れそうな気がしますけど……鋭そうですし」

 シャリオの素朴な意見に、恭也も頷いた。まあ、そう思えるものだろうな。しかし、そうではない。

「この二等辺三角形の断面を持つ刃物がある。身近なもので言えば包丁だ」
「包丁?」
「ああ。基本的に、包丁はこの形だ。だが、剣や刀はこの通り五角形だ。この違いが解るか?」
「や、普通は解らへんよ」

 そうだろうな。恭也もその感想は納得できる。

「少々生々しくなるがいいか?」

 そんな前置きをして、恭也は語り始めた。

「両者の違いはその形状から来る、斬り抜けの良さに関係がある」

 刀が五角形の形を取っているのは、人体や物体に刃を入れたとき、刃筋を一定に保つための処置だ。最初の鋭角の部分で斬り開き、続く直線部分で刃筋を直線に保つ。これにより、刀は刃先がぶれる事無く、真っ直ぐに刃を滑らせる事が可能になる。
 対して、二等辺三角形の形は、斬り開き続けることはできても、刃先が一定せず、断面がずたずたになる。更に言えば、その角の幅が広がるに連れてブレーキの役目も担ってしまうのだ。西洋剣に代表される両刃の剣が何故潰し斬る剣なのかがここにある。

「包丁は、押し潰して食材を切る。大抵は刃の中ほどの大きさの食材を切るだろう? だから、二等辺三角形でも別段問題はない。が、これはあくまでも切るものが刃の幅よりも小さいときだ。今回のようにコンクリートの壁を斬り抜けるには、かなり不向きな形なんだ」
「ははぁ、だから恭也さんは変な形だって言うんですか」
「ああ。基本的に、剣は人を斬る。ただでさえ、筋肉やら骨やら油やら柔らかいやらで斬りにくいことこの上ないものを斬ろうと言うのに、こんな形を取るなんてナンセンスだ」

 それでもここまで綺麗な刃筋を繰り出せる事を鑑みれば、犯人は相当の手練れだろう。

「でも、あくまでも恭也さんの推測やよね?」

 あんまり信じ込むのは危険なのでは、とはやては言う。しかし、フェイトは苦虫を潰したような顔をして、否定した。

「……それが、周辺のスキャニングの結果からの解析も、犯人像が恭也さんとシグナムの推測と同じなんだ」

 フェイトは手元のコンソールを叩き、ウィンドウに傷周りをスキャンした結果を表示させた。

「これは魔力残滓の波長と透析で出した床の断面図。魔力の痕跡から最低でもAA+、最高で恐らくS−と見てる。あと床の方なんだけど……」

 魔力解析の後ろに隠れていた断面図のウィンドウを前に持ってきた。白黒が反転したネガポジの写真だ。はやてはつい先日、一ヶ月ほど前に受けた健康診断で撮ったレントゲンを思い出した。

「足跡が出てきてね。科学班からの中間報告なんだけど、二人の見立てと殆ど一緒だったよ。足の大きさと、踏みしめたデータから計算した結果が同じなの」
「……ついにシグナムも人外の領域になってもうたかぁ」
「私は元からそう言う存在ですが、こいつはなるべくしてなった本物です。一緒にしないで頂きたい」
「おい、喧嘩売ってるな? 買うぞコラ」
「? 当然の事実を言ったまでだが?」
「本気で不思議がるな! それは俺の十八番だ!!」

 純粋な意見だったらしい。尚腹立たしいとばかりに恭也はテーブルを叩いて抗議するが、それを真実だと思い込んでいるシグナムを説得するのは不可能と言えた。

「と言うか、やっぱりあれは演技だったんですか」
「あーちゃうちゃう、100%素やで。ただ、自分の決め台詞取られたのがちょう悔しいだけやねん」

 もうちょっと格好良い台詞を考えてください。フェイトは滂沱の涙を流してそう願った。

「え、えーと、お話はともかく、高町隊長とシグナム副隊長の予想に加えて、科学的な確証も得られたと言う事で、今回の火災とレリックと思しき魔力反応の関係は一致すると考えて良いでしょうか?」

 グリフィスは話をまとめて、この場を落ち着ける事にするらしい。まあ、バックミュージックに剣戟アクションのSEは勘弁してもらいたいのは誰もが同じである。

「んー、でも、その傷を作った人と火事を起こした人が同じって考えるのは安直じゃないかな?」

 シャリオは素朴な疑問を言ってみた。それにグリフィスは決定的ではないが、根拠を示した。

「でも、この傷はレリックがあったと思しき装置の裏にあったんだ。殆ど確定じゃないか?」
「うーん、納得しきれないんだけど……。大体、その前についた傷ってこともあるんじゃない?」

 確かに明確な証拠とは言いがたい。しかし、関係がありそうなのも頷ける話だ。確証が欲しいのは誰でも同じだった。そこで、はやては傷を見ただけで犯人像を言い当てられる人外に訊ねてみた。

「その辺りどうなん? シグナム」

 シグナムは恭也の袈裟斬りを凌ぎつつ答えた。

「写真だけでは判断できません。実際に現場で見た恭也に聞いた方が早いです――そこぉっ!!」

 恭也に解説を託しながらも、彼の剣閃の隙を見つけて何故か彼女は刺突を繰り出していた。行動が完全に矛盾している。どうやら戯れに剣を交えている内に本気になり出したらしい。

「甘いわっ!! 傷の周りの爛れ具合を考えると、十中八九下手人は同じ奴だな。焼ききっている部分があった――足元注意だっ」
「ちっ、狭さが命取りか!!」

 狭い室内でシグナムの直剣の長さは恭也を相手にしては不利に働いてしまう。全てを斬り破る威力を発揮するレヴァンティンだが、取りまわしの早さでは恭也 の剣速に劣る。調度品を壊す訳にも行かず、シグナムは動きを制限されていた。そこに容赦なく付け入る恭也は、なんと言うか、完全に大人気なかった。

「そらそら、どうしたぁ! いつもの豪快さがないぞ!」
「くっ、無礼めるなぁ!!」

 完全に悪役である。まあ、後十分も戦ってれば二人とも満足するので、フェイト達は放置していた。それよりも会議を進めなければならないのだ。

「ってことは炎熱系の魔導師ってことですか」

 流石に魔法を使ってないが、火花は散らしているシグナムを見ながらシャリオは小首を傾げた。

「まさしくシグナムさんのような魔導師がやったんですね」
「とゆーことはベルカ式を使うんかな?」

 シグナムと同系との魔導師ならば(ギャキーン!)、当然アームドデバイスを所持している可能性が高い(ギャキーン!)。傷自体は剣で付けられたものだ (ギャキーン!)。それに加えて(ギャキーンキーン!)魔導師ならば(ギャギャキーン!)、ベルカの騎士に相当する(ギャギャギャキーン!)だろう。ミッ ドチルダ式はデバイスを武器にすることは殆どない(シャキーンキーン!)。括りとしては、魔法を行使する(キン! キン! キーン!)際に使用する演算機 だ。武器としての性能は求めていない(チャキーン!!)。
 しかし、フェイトのように(飛龍一せ虎乱!)、デバイス自体が武器と言う者もいる。(ギャキーンギャキーンギャキーン!)一概に、武器の使い手で魔導師がそのままベルカの騎士であるとは明言できないのだ(バッキーンッ!!)。

「そこは判らないかな。でも、そうだとすると、相手にするのは少し厄介だね」
「まあ、この件はレリックと関係有りそうやし、これも含めて調査するゆーことでええか?」
「了解」
「こちらでも解析を進めます。進展があったら報告します」
「ん、頼むわ。あー、あと、そっちそろそろお昼にしよかー」
『ちっ、命拾いしたな』

 鍔迫り合いで膠着状態に陥った剣士は、はやての一言であっさり剣を引いた。そんな簡単に引けるなら最初から戦うなよ、とはグリフィスの弁である。これでなにも壊していないから叱るに叱れないので性質が悪い。無駄に高性能な技術を持ち合わせるのはホント止めて欲しい。

「飯は食堂か?」
「外に食べに行ってもええよ?」
「そこの高給取り。ちなみに昼飯の予算はいかほどと考えてやがりますか」
「んー? 恭也さんのいつもの予算の三倍くらいかなぁ」
「じゃ、俺、コンビニで握り飯買ってくるから」
「待ちぃや」

 ひゅばっと豪快な風斬り音を伴って、はやての幻の右手が恭也の肩を掴んだ。彼が回避できないほどの速度を見せるはやての成長振りに、父として育て方間違えたなぁと内心泣いた。

「おお! あれは基本の右手!」
「なに!? 知ってるのかテスタロッサ!?」
「ええ。あれは、恭也さんが直々に伝授した痴漢撃退用の初手。鎖骨に親指を押し込んで、その痛みで相手が怯んだ隙に膝を横隔膜に叩き込む極道技です!」
「主、痴漢如き、この私が一刀両断しますぞ!」

 せっかく待機モードにしたレヴァンティンを再びデバイスモードにするシグナム。ちょっと上気した顔なのは、さっき寸止めされてしまった決着をつけたいが為だろう。その気持ち、よく解ります、とフェイトも内心頷いていた。
 さて、そんな男塾な二人を放っぽって、生粋の関西人と海鳴のコメディアンの漫才が展開されていた。

「私な? 恭也さんの食生活は大変乱れてる思うんよ」
「自分でも自覚してるが、こればっかりは、な。高栄養価で即座に食べられるものが当たり前になってしまったしなぁ」

 緊急出動を控えた身の上では、おちおち落ち着いて食事が取れなかったのだ。なので、某製薬会社が発売している自然と一口で食べきれるものなどを重宝した のだ。しかし、今恭也は六課に席を置いている。ならば、そんな食生活とはおさらばして当然だろう。はやてとしてはそう考えていたのだ。

「そうやよ? 恭也さん家の冷蔵庫の悲惨さと言ったら、私、「腐ってやがる」と吐き捨てたい気分やったわ」

 別に本当に腐ったものが入っていたわけではない。むしろ何もなかった。
 冷蔵庫本来の役目である食材を長期保存すると言う機能が全く使用されていなかった故に、である。氷も、水も、調味料も、飲み物さえも入っていなかった。付け加えれば電源も入っていなかったのだ。入ってないものばかりである。
 長期任務や緊急出動でほぼ出ずっぱりの恭也にとって冷蔵庫の存在価値がゼロだった。なので、家の空間を埋める非常に重い箱に成り下がっていた。一端の料理家として、はやてにはその状況を見過ごすことは出来なかった。

「一家長として情けないったらありゃしない。私がご飯作りに行かなかったら今頃倒れてますよ?」
「君には非常に感謝している。シャマルには恨みが募っていったが」

 まあ、あの緑も時々失敗する程度なので、実害は少なかったが。それでも作りに来て失敗するとは何事か!? である。こちらはありがたく頂戴しようとした のに、カルピス味のシチューとか、どこから何が混ざったのかさっぱり解らないものを食卓に並べられたときの怒りと言ったらもう、尋常じゃなかった。
 そんな会話を傍から聞いていたシャリオとグリフィスであるが、彼等にとっての極一般的なエピソードにも大変興味があったが、それよりも好奇心をくすぐら れたのは、「はやてが恭也の家に食事を作りに行っていた」と言う点である。シャマル? あの人は今はどうでも良いんです。

「これは、課長ってひょっとしてひょっとするのかな?」
「さあ? 大体、そう言う事にすぐ持っていくのはどうかと思うっていつも言ってるだろ」
「そう? 今回はかなり確率高いと思うんだけど」

 歳の差、実に14。歳の離れた兄妹とも言えるが、シャリオが見るに、はやてのあの甘え方はどっちかと言うと、好きな人に甘えているように見える。変な色 眼鏡がかかっていることは重々承知しているが、どうしてもそう思えてしまうのだ。間違っても恭也やはやてが時々使っている父子関係と見るには無理がある。

「うわー、そうすると、いつから好きになったんだろ。と言うか、何処が好きなのかなぁ?」
「……毎度の事だけど、僕の話全く聞かないよね、シャーリーって」
「あの、あんまり気にしない方がいいよ?」

 知ってるんだけどさ、といじけてしまうグリフィス・ロウラン。フェイトとしては「頑張れ、とにかく頑張れ」と、それしか言えない。

「ま、たまには美味しいもの食べて英気を養うのもまた大事なお仕事って私は思いますけど? 恭也さん、体が資本なんやし」
「……口ばかり達者になりおって」
「捜査官やってましたから」

 あと、あなたの影響が大きすぎます。

「……ちっ、解った。たまにはそれも良いかもな」
「やたっ!」

 無邪気に喜ぶ娘分に、三十絡みの男は苦笑を浮かべる他なかった。
 この子は、昔から何かと自分と何かしたがるのだ。七ヶ月ほど海鳴の八神家で生活していて、一緒に何かをしようと誘われたのは数知れず。食事に始まり、読 書やテレビ鑑賞や音楽鑑賞や炊事掃除洗濯等々、とにかくなんでも一緒にしたがった。写真でしか知らない親と言うものを求めていたのかもしれない。おそら く、彼女自身にもその辺りは把握できていないだろう。答えを出すべき問題ではないので、恭也は何も言わずにおいていた。

「でも、ホント高いのは勘弁してくれよ」
「そう言う事は言わないのが男の人じゃないん?」
「と言うか、決まりませんよね、いつものことですが」
「こいつが格好よく決まったら世界が滅亡するぞ」
「格好いい高町さんって想像できませんよねぇ」
「あの、みなさんそのくらいで……」

 さすがにそんなに言われたら誰だって傷つく。六課の良心とも言えるグリフィスが、暴言を吐きまくる女性陣に自重を促そうとするが、女所帯の機動六課では、悲しいかな、男の地位と言うものは低めなのである。

「さて、コンビニはどっちだったかなー」
「ああ! 嘘嘘! 冗談ジョーダンやって! なっ? みんな」
「しかし、真実は真じ」
「ああ、シグナムさん、そう言うのは程々にしましょうね! ね!?」
「そ、そうだな、うむ、それよりも食事にしよう」

 実直であるが故に、妙なところで融通が利かないのがシグナムである。それを早期に察したシャリオは咄嗟にシグナムの言葉を止めた。密かにはやてが親指を 立てていたのに、同じく親指を立て、意思疎通を図ってる辺り、何度も同じようなことがあっただろうことは容易に推測できた。
 シグナムも、自分の失言で恭也の機嫌をまた損ねるのは得策ではないと判じたらしく、強引に流れを変えていた。
 当然、十年もそんな彼女達に付き合ってきた恭也が、その辺りの機微を知らない訳ではなかったのだが、追及するのは自重しておいた。今日は本当に気まぐれが続く日である。

「じゃあ、どこかお勧めの名店でも教えてくれ」
「はいな。ちょう遠いけど、その分の味は保証できますよ」
「期待してる」
「課長のお勧めって、かなり期待できますね!」

 一料理人でもあるので、味にはめっぽう五月蝿いのがはやてである。なにせ給茶機に地球産の麦茶を使ってるほど拘りがあるほどだ。なので、昼食には期待が持てると言うものだった。
 何が出てくるのか期待しつつ、六人ははやてご推薦の料理店へと足を運ぶのだった。

〜・〜

「首尾の方は?」
「いつも通りさ。問題はなかった」

 そう言って男は兜を脱いだ。数時間ぶりに外気を浴びて、少しだけ気分が紛れた。

「……現場をあそこまで焼き尽くしたのにか?」

 小さな疑問をゼストは口にした。今回のような管理局の目に留まるような事件の起こし方はしなかったはずだ。そう、言うなれば穏便に事を進めていた。それが、今日に限っては少々派手に動いている。一体何を考えているのか。

「スカリエッティの意向さ。俺の意見は反映されてない」
「なに? ここに来て、事を荒立たせるのか?」
「――ああ、そろそろ準備が整ってきたからね」

 二人の会話に割り込んだのは、白衣を羽織った科学者然とした男だった。
 ジェイル・スカリエッティ。二人の、言ってみれば雇い主のような存在だ。彼はある目的のため、レリックを必要としている。それに二人が加担するのは、単に三者の利益が一致しているからに過ぎない。少しでも利益が損なわれれば、脆く崩れ去る砂上の城のような関係だった。

「だが、まだナンバーズのいくつかは目覚めていないはずだ」
「騎士ゼスト、計画と言うものは常に流動的に動かすものだよ?」
「…………」

 君も知ってるはずだよ? とスカリエッティは薄く笑ってみせる。
 ゼストは黙り込むしかなかった。

「まあ、そろそろあの子達にも戦闘データを取らせないといけない時期なんでね。後半のナンバーの子は、今の子達よりも上を目指すから」
「しかし、管理局と事を構えるとして、対応できるのか? ガジェットと残りのナンバーズだけでは無理だ」
「もうすぐ二型と三型が完成するのだよ。生産体制も出来上がってるんでね。あとは必要なデータを得るだけなんだ」

 ああ、だからこうしてこんなところで悠長に会話をしていると言うわけか。彼の秘書である最初のナンバーズ、ウーノがここにいないと言う事は、大方の仕事が片付いたのだろう。

「そのためにも、そろそろレリックを本格的に集めたいんだ。協力、してくれるね?」
「元からその約束だろ」
「そちらがこちらの邪魔をしない限りは動いてやる」
「そう、それでいい。じゃ、僕は残りの仕事を片付けるとしようか」

 白衣を翻して、スカリエッティは去っていった。始終にやけた笑いを浮かべていたのは、計画が本格的に始動できるからなのだろう。彼も彼で、このために様々な事を準備してきたのだ。長年の苦労が報われるのならば、喜色の一つも浮かべる。

「よほど嬉しいらしいな」
「俺としても、上手く行って貰わなければならない。喜ぶのは良いがそれで隙が出来るのは困る」
「その点は杞憂だろう。ウーノがついている」

 冷静さと言う点で見れば、彼女ほど冷静な人格はいない。スカリエッティの補佐役と言うコンセプトが遺憾なく発揮されている証拠だ。

「……なら、いいさ」

 彼は軽く頷いて、兜を脇に抱えていつもの場所へと赴いた。

「また、いつものところか」
「……そうだよ」

 咎められたと思ったらしく、キツイ視線を寄越され、ゼストは慌てて否定した。

「いや、別に悪いとは言っていない。ただの確認だ」
「そうか。じゃあな」
「ああ。快復、祈っている」
「――ありがとう」

 形だけの礼を口にして、彼は今度こそ立ち去った。常のようにそれを見送るゼストは、この先に待つ戦いを少しだけ憂いた。

〜・〜

 それからの数日は特にこれと言った出来事はなかった。六課は変わらずに忙しいのか忙しくないのか、そんな微妙な仕事を任されている状態であり、安穏とした空気が続いていた。

「高町さん高町さーん」
「ん?」

 そんな折、トレーニングルームで基礎体力訓練を終えた恭也をシャリオが呼び止めた。

「どうした?」
「ちょっとこっち来てください!」
「は?」
「いいから!」
「だから、用件をだな」
「着いたら説明します!」

 有無を言わさず背中を押されて、恭也は大人しく従うしかなかった。避けようと思えば避けられたものだが、なにやら切羽詰った状況らしいので、とりあえず言う通りにする恭也だった。
 恭也が連れてこられたのは第二工作室――デバイス工作室だった。シャリオにやや強引に部屋の中に押し込まれ、彼女は部屋のキーをロックしてしまった。

「おい?」

 別に鍵をかけられようと恭也にとっては大したことはない。最終手段になるが、斬り破れば良いのだ。それは彼女も承知しているはずだ。あくまでも鍵をかけ たのは、この部屋に誰も入れないと言う事と、逃げようとすればただじゃ済まさないと言う意思表示だろう。そうまでして自分を連れ来た理由を、残念ながら彼 には思いつけなかった。
 シャリオはやや踊るような足取りで端末に向かい、あるデータを表示させた。

「これ、見てください」
「…………」

 と言われて見せられた物は、恭也には理解できないものだった。辛うじてウィンドウの名前が愛刀である不破である事くらいだ。

「さっぱり解らんのだが?」
「えっとですね、ここ、ここを見て欲しいんです」

 とシャリオが指し示したのは円グラフだった。グラフの十分の一ほどが黄色く塗られ、「Operating System」とミッドチルダ語で書かれているのが辛うじて読み解ける。次にやはり全体の十分の一ほどが緑に塗られ「Application」と書かれて いるのを四苦八苦して読んだ。
 そして、それ以外の赤く塗られた場所には「Unkwon」と書かれていた。彼女が指しているのはそこである。

「で? これがどうかしたのか?」

 そこでそんな質問!? と驚いた表情を見せるシャリオだったが、気を取り直して説明した。

「これ、高町さんが使ってる不破の記憶領域を円グラフにしたものなんですけど、OSとアプリケーション、えーと解りやすく言うと、デバイスを動かすために 必要なシステムと魔法を使うためのプログラムがあるのはいいんですよ。でも、ここに何が入ってるのか、解析出来ないんです」
「ほう?」
「不破の開発書を拝見したんですけど、OSとアプリケーションの初期容量とここにある容量はほぼ一致してます」

 詳細を述べるならば、OS、アプリケーション共にデータが少々容量が減っている。だが、それは大した問題ではない。
 魔導師は魔法を使い続けていくうちに、プログラムを最適に、あるいは必要な機能を付加する事がある。それによりデータ量が増減することはよくある事だ。 不破の稼動時間は十年。その間に恭也が改良を加えたのだろうと彼女は思っていた。なのでその点はシャリオも不思議には思わなかったのだが、それ以上に、何 も解らない正しくブラックボックスと呼ぶに相応しい謎のデータが半分以上存在していることが不可解だった。
 一体何のデータが、そしてどんな役割を与えられているのか、設計主任として知らなければならない事だと思ったらしい。

「と言われても、俺にはデバイスのことなんてさっぱりなんだが?」
「じゃあ、これが何のデータなのか解らないんですか?」
「ああ」

 肯定する恭也に、シャリオはそれもそうかと納得する。未だにミッドチルダの公用語に難がある彼にしてみれば、デバイスの中身がどうなっているのかなんて全く解らないだろう。どう見ても製作サイドではなく、使用者側に彼はいる。

「じゃあ、設計者に訊くしかないですね」
「だが、設計書には書かれていないデータなんだろ?」
「ええ。……もしかしてウィルス感染とかしてませんよね?」
「定期検査では別段何も言われてないが?」
「うぅ、そうすると新種のウィルスなのかなぁ」

 可能性として高いのはやはりウィルスだろう。しかし、検査にも引っかからず、ましてやこれだけ膨大な記憶領域を使っているのに今まで発見されなかったこともおかしい話だ。かと言って、今まで実害がなかった事を考えるとウィルスと決め付けるには少々難がある。

「潜伏期間中? でも、それだったらもう不破のメモリは一杯だし、次の感染先を探すと思うんだけど……」

 そんなシャリオの呟きに、恭也は答えず、そもそも何故こんなところに連れてこられたのか訊いてみた。

「そもそも、何で俺のデバイスを調べてたんだ?」
「ああ、それはですね。今度、新人の子達に新しいデバイスを支給するんですよ。なのはさんとフェイトさん、レイジングハートさんとリイン曹長に手伝ってもらって、もう完成はしてるんですけど、もう少し何か出来ないかなって、皆さんのデバイスを調べてたんですけど……」
「その途中に不破のデータを見たと」
「そうなんです」

 そして不可解なものを見てしまい、恭也に確認を取ってみたと言うわけだ。なるほど、と彼は頷いたが、それだけだった。恭也にしても、技術者でもなんでも ない体育会系の人間なので小難しいことはさっぱりである。ただ、今まで使ってきてなにも問題がないのならそれで良いのではないだろうかと思うだけだ。
 頭を抱えるシャリオ。このままうんうん唸っていてもなにも解決には至らないだろう。恭也は部屋にかかっていた時計を見る。そろそろ昼食の時間が迫っていた。

「悩む前に腹に何か入れたらどうだ? 空腹は思考を鈍らせるぞ?」
「そう、ですね。ご飯食べれば何か思いつくかも」

 と言うわけで、さしたる波乱もなく、この問題は先送りにされる事になった。
 食堂へ向かうシャリオの背中を何の気なしに見送りつつ、恭也はこの一件をどうするかと思考を巡らせる。

「……はやて嬢に相談するか」

 事情を知る人物は今のところ二人。恭也を六課にスカウトしに来た当人である八神はやてとその随伴のリインフォースUだけだ。幸いな事に、事情通の片方は課長だ。権力なりなんなりでどうにかしてくれそうである。
 だが、腰元の相棒は沈黙を保ったまま。会話はある程度は聞いてるはずだが、特に何も言ってこないのは問題にするような事柄ではないと思っているらしい。なら、恭也はとやかく言うつもりはない。
 彼は了解の意味を込めて、腰に下げた不破の柄を軽く叩いて見せるのだった。

〜・〜

「うわー、これが……」
「……私達の、新デバイス、ですか?」

 スバル達前衛組は、午前の訓練を終えると、第二工作室に連れてこられた。今朝の訓練中、デバイスに無理をさせすぎたスバルと、動作不良を起こしたティア ナのワイヤーガンを見て、なのはは彼女達に自作ではなく管理局謹製の正式なインテリジェントデバイスを渡そうと思ったのである。
 各自、基礎は固まってきたので、そろそろ本格的な戦力として考えなくてはならない時期に差し掛かっていた。実戦において、今まで愛用してきたデバイスでは少々心許ないとはやて以下上層部は考え、専用のデバイスの作成を技術部に頼んでいたのである。
 四基のデバイスの設計主任はシャリオが担当した。歳若い彼女に任せるには大役と言える任だが、これも六課に所属する人材が軒並み若い事が関係している。 無論ベテランも在籍しているが、彼等はこの場ではでしゃばらず、自分の技術を若い世代に伝える事に専念していた。ベテラン勢はそろそろ定年を迎える御仁ば かりだ。彼等が次世代に残したい技術を、若い世代に託すため、はやての勧誘を受けたのである。

「いやー、凄く勉強になりました。今だと、設計書とかマニュアルがあるんでそれにデータを入れれば大体の欲しいものとかが手に入るんですけど、回路の端子一つまでこだわるとマニュアルが要らなくなりますからねー」

 技術屋として、ベテラン達が伝えてくれた裏技と呼ぶべき知識は大いに彼等の創作意欲を刺激してくれたようだ。

「六課の技術と経験の粋を集めて作ったデバイスだよ。突飛さはあんまりないけど、トータルバランスは管理局でも最高峰って自負できるかな」
「そ、そんなもの頂いてよろしいんですか?」

 なのはがそこまで豪語するのならば、本当にそうなのだろう。そんなものを未熟な自分たちが受け取って良いのか、ティアナには解らなかった。
 そんな彼女の様子を察したのか、なのははデバイスを支給する意味を教えた。

「今は分不相応って思えるかもしれないけど、その子達がインテリジェントデバイスだってことにはちゃんと意味があるんだよ?」
「って、言いますと?」

 キャロは首を傾げる。AIが入っている事に何が関係するのか、想像がつかなかったのだ。

「インテリジェントデバイスはマスターをサポートしてくれる。でも、この子達はまだ生まれたばかり。一緒に育っていく中で、お互いに成長できるんだ。自分の成長はデバイスの成長、デバイスの成長は自分の成長。自分がどれだけ頑張ったかは相手を見ればよく解るよね?」
「なるほどー」
「この子達がちゃんと成長できるかはキャロ達にかかってくる。これからより一層頑張ってもらいたいって意味も込めて、この子達を作ったの。だから、大事にしてあげてね?」
『はい!』

 四人はそれぞれ自分たちがこれから愛用する相棒を手に取っていた。こう言う初々しい光景は、実を言えばなのははあまり見た事がない。戦技教導官とは、現 行で任務に勤める隊の力を更に高める為に派遣される。なので、大方の隊員は既に自前のデバイス、あるいは支給されているデバイスをある程度使いこなしてい る。
 また、彼女の相棒であるレイジングハートは、出会ったときには既にかなりの稼動暦を持っていた。言うなれば、彼女にしてみれば、レイジングハートは相棒 であり教師でもあったのだ。だから、今のスバル達のような新しいデバイスに目を輝かせている光景を見るのは、新鮮な光景だったのだ。

「ところで、なのはさん」
「ん? なに? シャーリー」
「高町さんのデバイスなんですけど……」
「お兄ちゃんの?」

 少し声を潜めてシャリオはなのはに今朝発覚した問題について訊ねていた。

「これ、見ていただけますか?」
「んー? ……なに、これ」

 怪訝な顔をするなのはに、シャリオもどうしましょう、と困り顔を浮かべる。なのはに見せたのは恭也に見せたものと同じデータだった。結局、何をどう調べても有効な解析方法が発見できなかったので、なのはに、そしてレイジングハートに何かしらの意見を貰いたかったのだ。

「この解析不能領域ってどのくらいのデータが入ってるの?」
「全体の八割、そうですね、規模で言えば、丁度成熟したAIが一つ入ってるような容量です」
「お兄ちゃん、こんなに何のデータ入れてるのかな?」
「それ、午前中に聞いてみたんですけど、あの人も何なのか知らないみたいで……」
「え゛。と言う事は、ウィルス……」
「ではないんじゃないかって考えてます。今まで管理局の定期検査でも何も言われてないそうですし」
「何かあったら整備の方から連絡が来るもんね」

 少々補足するならば、定期検査を行っている整備員たちも、この領域に関しては何も解っていないのである。強固なプロテクトと暗号化されたデータを複合で きずにいたのだが、他の機能に関してはしっかり動くし、何より、そのデータは外部出力を何も持っていないのは確認できていたのだ。出力も何もない、ただ記 憶されているデータであり、もしかすれば任務に関係した極秘事項なのかもしれないと、本格的に調べる事をしていないのである。
 無論、そんな極秘事項が詰まったデータをそのまま放置して整備に回してくるなど考えられないのであるが、万一と言う事もあるので、放置するしか方法がなかったのである。

「まあ、最悪お兄ちゃんが納得してるなら、良いんじゃないかな。あの人、使えるんなら別に他には拘らないし」
「うーん、技術者としてはプライドが傷つく話なんですけど」

 せっかく様々なギミックを搭載しても、必要な分だけしか使ってもらえないのでは無価値だ。無理矢理に全てを使う必要がないのあらば、使わないと言うのが彼――高町恭也である。

「一応、ウィルスって可能性もありますから、八神部隊長に報告――」

 そこに、耳を劈く、音が割り込んだ。

「……え、あ、これって」
「警報!?」
「一級警戒態勢ですよ!」

 工作室を赤く明滅させるランプと、緊急事態と五月蝿いばかりに表示されるウィンドウの中の一つに、なのはは叫んだ。

「グリフィス君!」
『はい! 教会本部から出動要請です!』

〜・〜

『なのは隊長、フェイト隊長、恭也隊長、グリフィス君、こちらはやて』
「状況は?」

 先日起きた火災事件の事後報告を受けたその帰り道、フェイトは六課からアラートを受け取っていた。首都を円状に結ぶ環状線を愛車で走る中、彼女は瞳をきつくしながら現状報告を待った。

『教会騎士団の調査部で追ってたレリックらしきものが見つかった。場所はエイリム山岳丘陵地区。対象は山岳リニアレールで移動中』
「移動中って……」
『まさか……』

 レリック自体は移動能力を持たないただの置物だ。だが、それを輸送する存在は要る。六課も、レリックを捕獲すると言う点ではそうである。骨董品としての 価値も持ち合わせているレリックは、主に密輸ルート上で浮かび上がってくる。今回は恐らく密輸組織が運び込んだのだろうと言うのが騎士団の見解だった。
 そして、それが今まさに敵の手が伸びているとはやては言う。

『リニアレールに侵入したガジェットの所為で車両の制御が奪われとる。リニアレール車内のガジェットは最低でも三〇体。大型や飛行型、未確認タイプもおるかも知れへん』

 列車が暴走している事が災いした。内部のスキャンにしても、高速で移動する列車を詳細にスキャンすることは難しい。更に、ガジェットはアンチ・マギリンク・フィールドAMFを搭載している。透析魔法が正常に作動してくれないのである。辛うじて拾えた反応が三〇であるだけで、詳細な数は判明していない。

『いきなりハードな初出動やけど……なのはちゃん、フェイトちゃん、行けるか?』
「私はいつでも」
『私も』

 状況は切迫している。暴走するリニアがこのまま大人しく貨物駅に停まってくれるとは限らない。よしんば停まってくれたとしても、ガジェットが駅員を襲わないと誰が言えるだろう。早急に食い止める必要がある。

『スバル、ティアナ、エリオ、キャロ、皆もオッケーか?』
『はい!』
『よし、いいお返事や。シフトはA−3。グリフィス君は隊舎で指揮。リインは現場管制。なのはちゃんフェイトちゃんは現場指揮』
『うん!』
『恭也隊長は、前衛部隊についてってな』
『……ふぅ、忘れられてたのかと思った』

 やっと名前を呼んでもらえた事に恭也は安堵した様子だった。初めに呼ばれて、それっきりだったので不安だったのだろう。しかし、長いこと放置したにも関わらず、はやては悪びれもせず悪戯が成功したように笑顔を輝かせた。

『いややなぁ、私が恭也さんのこと忘れるなんてありえへんやん。主にお笑いの方向で』
『一言余計だこの関西娘。部下侮辱罪を適用するぞこら』
『その前にそんな書類が恭也さんに書けるのかが焦点やね』
『……さあ、仕事だ!』
『……ホントにこの人大丈夫なの?』
『……さ、さあ?』

 呆れた様子と困り果てた様子のティアナとスバルのついもらしてしまった会話を聞いて、上手いなぁ、とフェイトは思った。
 二人は意図して、ああ言う演出をしたのだろう。スバルとティアナは別として、エリオとキャロは正真正銘初めての実働だ。少しでも肩から力が抜けるよう に、配慮したと思われる。いつも通りの光景を見せれば、多少は心を落ち着ける事が出来る。自分にはあまり出来ない気配りの仕方だった。
 ただ、一つ懸念事項があるとすれば……、

「素でやってそうなんだよね、あの二人」

 と言う事だった。
 ウィンドウの中のはやては、軽く咳払いをすると居住まいをただし、勇ましく声を張った。

『ほなら改めて。これが機動六課の初陣や。全員怪我せず、元気に帰ってきいや。――機動六課、出動!!』
『了解!!』

 ついに、そして、ようやく機動六課はその真髄を見せる事になったのだった。

〜・〜

 ローター音が響く機内の中、操縦席に座るヴァイス・グランセニックは隣のコパイ席で瞑想する恭也に話しかけた。

「どうすっかね、新人達は?」
「……さあな。俺は訓練には関与してないから、程度は知らん」
「いや、まあ、あれっすよ、初の実戦に向けてのあれこれって奴です」

 少しだけ不安の色を覗かせたヴァイスに、恭也は極当たり前な質問を返した。

「心配なのか?」
「そりゃ、そうですよ。前途有望な若者がこんな所で駄目になるなんて、見たくないじゃないですか」
「それについては大丈夫じゃないか? なのはもフェイト嬢もいるのだし」

 確かにあの二人が実戦に使えると判断したのなら、使えるのだろう。それに、失敗してもあの二人ならば余裕でカバーできる。その点については、恭也はあまり気にしていない様子だった。

「そこで自分の名前は出さないんっすね。謙遜ですか?」
「俺は自分の事で手一杯だ。他人の面倒なんて、余裕がある時しかできん」
「いつでも余裕そうですけどね」
「そう装ってるだけだ」
「うっそだぁー」

 恭也は肩をすくめるだけだった。
 彼にしてみれば、心配する要素は少ない。むしろ、魔法があまり使えない自分が足手纏いになるのではと危惧しているくらいだ。それぐらい、魔法は脅威であり、利便性の高い力なのだ。

「そろそろ、目的地に着きます。旦那も準備した方が良いですよ」
「そうだな」

 席を離れて、恭也は持ってきたトランクを開けた。そこに入っていたのは一着のジャケットである。腕章は「Spike Force」と打たれていた。彼が今まで所属していた隊で使っていた愛用のジャケットである。
 このジャケットは、長年使用してきたこともあり、着心地に慣れたものだ。加えて、彼自身の手で色々と改造を施した一品である。正しく戦闘用と言えるものだった。

「……お兄ちゃん、その腕章、取らないの?」
「ん? ああ、別に問題ないだろ。今のところは」

 問題になってから考える、と嫌な事を先送りにする恭也に、なのははどうしたものかと思うが、それは後に取っておく事にした。今はガジェットの方が重要だったからだ。
 恭也は一応隊長としての責務として新人たちの様子を窺ってみた。四人ともそれなりに緊張をした顔を見せている。適度に力を抜けているのはスバルとティアナの二人だった。年少組は、かなり顔が強張っているキャロをエリオが必死に宥めていた。
 フリードとエリオの励ましに何とか笑う事がで来ているキャロの様子を見るに、気にかけておくか、と頭の片隅にメモしておく。何はともあれ、実際に動いてみなければどうしようもない。使える使えないの問題ではなく、どう使えるようにするかが問題なのだから。
 なのはに目配せすれば彼女も軽く頷いた。彼女もキャロがこの中で一番臆病風に吹かれやすいことは承知している。親友から預かった娘に怪我をさせるわけには行かないと、肝に銘じ、列車に降下しようとヴァイスを呼んだ。

「じゃあ、ヴァイス君、列車の上に……」
『ガジェット反応! 空から!?』
『航空型、現地観測隊補足!』

 事態が厄介な方向に向いた。
 どうやら敵は新型を出してきたようである。今回は地上自走型だけがいるものとばかり思っていたところにこれである。一応はやてからの事前情報に新型の存在が仄めかされていたが、まさか航空勢力があるとは思いもしなかった。
 事態の急変に戸惑いを隠せない四人を見て、さて教導官は一体どうするのかと、恭也は推移を見守った。

『こちらフェイト。グリフィス、こっちは今パーキングに到着。車停めて現場に向かうから、飛行許可をお願い』
『市街地個人飛行、承認します』

 通信の内容を聞いて、やはり飛べることは便利であり、また不便でもあるなと改めて思った。
 飛行能力を持つ魔導師は、当然その戦うためのスタイルが格段に広くなる。人の絶対的な死角である空を制すると言う事は、それだけアドバンテージが取りやすい。
 ただ、管理局では飛行可能な魔導師を規則で縛っている。それは、むやみやたらと飛び回られたら、輸送機やヘリなどの航空交通網が混乱するからだ。特に市 街地での飛行許可は緊急時を除いて全面禁止となっている。この規則が徹底されているからこそ、航空部隊は重宝されていた。彼等は任務その他のあらゆる状況 で、基本的には飛行許可を取らずとも飛べるのだ。恭也やなのはの世界で起こった近代戦争に於いて、航空火力が物を言ったのと同じである。

「ヴァイス君、私も出るよ。フェイト隊長と二人で空を抑えるっ」
「ウスッ、なのはさん、お願いします!」

 ストームレイダーは状況を察し、ヘリのハッチを開けた。何も言わずとも仕事をこなす相棒に、ヴァイスは思わずにやけた顔をした。幸い、正面を向いていたため中の乗員には見られていなかったようだが。
 なのははハッチの前に立って振り返った。不安に彩られる四人の若い魔導師に笑みを見せて、安心させるよう勤めた。
 大丈夫、何も心配はいらない、と。

「お兄ちゃん」
「ん?」

 呼ばれると思っていなかったのか、恭也は意外そうな顔をした。この土壇場で何を言われるのか、考え付かなかったのだ。

「後のことよろしくね」
「……それだけか?」
「うん、それだけ」
「いや、もう少し業務の引渡しについては詳細な話し合いを」
「じゃ、行ってきまーす」
「あ、逃げんなこら!!」

 あっさりとハッチの向こうへ飛んでいった異次元妹に、恭也は「この世界のとーさんはどう育てたんだろうか」と激しく疑問に思う。
 さておき、なにやら任されたしまったようだが、一体何を任されたのか恭也にはさっぱりである。

「孫さん、孫さん、一体俺は何を任されたんだと思う?」
「現場指揮に決まってるじゃないですか」
「……おい?」
「だって、お爺さんは分隊長さんシュツルム01ですよ?」

 え、でも、それって形だけのものじゃないの? と半ば現実逃避してみたり。

「幸いな事に、なのはさんとフェイトさんが航空勢力を抑えてくれましたから、お爺さんに現場指揮を委任するです」
「上官業務の実績が皆無の俺に現場指揮とか無理だから。お前がやれお前が」
「リインもするですよ? でも、レリックと列車のコントロールを奪還しなきゃなりませんから、二手に分かれますです。で、片方はリインが、もう片方をお爺さんが指揮するんですよ?」
「よ? じゃない! 何だそれは! ほんとにやらせんのか!?」
「これもお爺さんの昇進がかかった大事な査定なんですけど……」
「いらんわ!」
「あー! 問題発言しないでください! 報告書に書かなきゃいけないじゃないですか!」

 任務中の会話は秘匿通信を除いて全て録音されている。思いっきりぶっちゃけてしまった恭也の発言を隠匿するような事が起きては、監督官であるはやての評価も下がってしまう。翻って、自らのマイスターであるはやてが困ることをリインフォースUが容認できるはずもなかった。
 んが、そんな事は気にしないのが我等の困ったちゃん、高町恭也なのだった。

「査定なんかどうでもいいんだ。薄給でも良いからさ、刀が振れて、それなりに経験値積める任務がある部隊に回してくれよ、いやホントに」

 彼にとっては切実なのだが、リインにとっては理解できない話である。

「全然解りませんよ、お爺さん! なんでそんな意固地なんですか!」
「お前に剣士のなんたるかを聞かせて理解できるとはこれっぽっちも思ってない。まあ、今はとにかく任務が先か」

 やれやれ、とあからさまな溜息を吐き、恭也は何故か呆然としている四人に言った。

「聞いての通り、何故か現場指揮を任された。あー、役割の割り振りはどうなってる?」
「ライトニング隊は列車のコントロールを奪還してください。スターズ隊はレリックの捜索です。いずれも、ガジェットは逃走させず破壊、もしくは捕獲できるようでしたら捕獲します」
「なるほど」

 スターズには足の速いのが一人いる。敵よりも先にレリックを見つけるには確かにその機動力が必要だ。

「あと、リインはレリックの捜索のためにスターズにつきますから、お爺さんはライトニング隊をお願いしますね」
「子守か」

 その発言に、エリオは少しだけむすっとした。反対にキャロは幾分安心している。これでリインフォースUがつく事になったら、不安で胸が一杯になっていただろう。何せ、子供しかいないのである。大人が一人でもいるならキャロは少しだけ安心できると思ったのだ。

「まあ、その方がバランスが良いか」

 恭也もキャロと同じ考えであり、リインが年少組についていくとなっていたら、気を揉んでいたに違いない。子供だけに任せるにはまだ荷が重いだろうと言う 考えだ。逆に、リインがティアナたちにつくのなら、多少は安心できる。あくまでもまだ全員子供であるので不安は拭いきれないが、四の五の言っていられない 状況である事は確かだ。

「二分隊は車両前後からレリックが安置されている重要貨物室のある七車両目を目指します。ライトニング分隊は、先に列車のコントロールを取り戻してください。最悪レリックを取り逃しても、列車は停めないといけませんからね」
「はい!」
「了解です!」
「あと忘れちゃいけない事が一つあります」

 リインの前置きに、四人は疑問符を浮かべた。他に何か重要なことがあるのかと。

「みんな怪我をせずに帰りましょう。勿論、デバイスたちも、ですよ?」
『了解!!』

 得心の行った顔を見せて、四人は力強く頷いた。それを見て、恭也は思う。こう言う発破のかけ方は、自分には無理だろうな、と。やっぱり、隊長には向かないなぁ。

「良いお返事です!」
「そんでもって、暇なく任務の始まりだぞ! なのは隊長とフェイト隊長が空を抑えてくれてるおかげで、安全無事に降下ポイントにご到着だ! 全員、準備は良いか!!」
「いつでもどうぞ!」
「行けます!」
「おーし、初陣、派手に飾れよ!」
『はい!』

 よくやった、と恭也はヴァイスにサムズアップを見せる。ヴァイスも心得たもので同じく指を立てて見せた。全てには勢いが大事だ。そして、その勢いを生み 出すには、最初は誰かが手を引いてやらなければならない。威勢の良い激励は、隊員の気持ちを高揚させる。程度の薄い緊張ならば、少しだけ忘れていられる。
 背中を押すのはここまでだ。後は、自分の足で走り出してもらわなければならない。

「スターズ03、スバル・ナカジマ!」
「スターズ04、ティアナ・ランスター!」
『降下します!!』

 勢い良く飛び出していく二人。恭也が見守る中、二人の魔力光が一瞬煌いた。バリアジャケットへの換装も問題なく済んだようだ。それに続け、とばかりに恭也はライトニングの二人をハッチの前に手招きする。

「次はライトニングですよ! 頑張りましょうね!」
「は、はい!」
「大丈夫。皆一緒だから」
「――うん!」

 恭也は自分の心配が杞憂である事を知る。大人の自分よりも、同年代の男子の方が守られ甲斐もあるだろう。フェイトも良い息子を持ったものだと、場違いな郷愁に駆られてしまった。

「ライトニング03、エリオ・モンディアル」
「ライトニング04、キャロ・ル・ルシエとフリードリヒ」
『行きます!!』

 仲良く手を繋いで降りていく二人に、子供は純粋で良い、と昔から汚れきっていた自分を自嘲する。自分が子供の頃はああも純粋にはなれなかったからだ。それは、恭也の境遇がそうさせたとも言えるし、それに適応出来てしまった恭也自身の適性とも言えた。
 ともあれ、新人たちは無事列車に降下完了。自分も後に続くとしようか。

「じゃ、行って来る」
「ウッス。リイン曹長じゃないっスけど、無事に帰ってきてくださいよ? 旦那に何かあったら誰もが心配しますからね」
「善処する。お前も、撃墜されるなよ」
「これでも腕には自信がありますんで」

 軽口を叩きあい、それに満足した恭也は躊躇わず大空へと舞い降りた。
 全身に受ける烈風に晒されながら、恭也は愛刀の不破の柄を握り、意識を傾けた。

「飛針、鋼糸精製」
魔力精製(Circuit of METAL SPIKE and METAL LINE)

 愛用のデバイス『不破』のディスプレイに文字が浮かんだ。恭也は不破を通じて一本の飛針と鋼糸を生み出す。鋼糸の太さは八番を選択。飛針に鋼糸を結び、恭也は飛針を列車の遥か前に投げた。

制御プログラムCircuit of OPERATE

 滑空する飛針は恭也の意思を受け、中空に制止した。それを起点に、鋼糸を握る恭也の体はブランコの要領で下から上へと昇っていく。飛行が出来ない恭也に は、この方法でしか空から列車に乗れない。彼が使う身体強化の魔法も、流石に50メートル以上の高さから飛び降りるには強度が足りない。結局のところ、こ んな曲芸紛いの乗車方法しかなかったのである。

「無茶苦茶ね」

 ぐいーんと上がってきた恭也に、ティアナはそんな感想を漏らす。ティアナたちも飛行技能はないが、バリアジャケットが大方の衝撃を緩和してくれる。しか し、恭也はその魔力量の狭量さから、バリアジャケットすら維持する事が出来ない三流魔導師だ。そんな人間をあの高さから放り出す方も放り出すほうだし、何 事もなく対応してみせる恭也にも問題がある。

「正直どうやって降りてくるんだろって思ってたけど、まさかああやって来るなんて……」
「相変わらず規格外な人だなぁ」

 キャロはエリオのその言葉に目を見開いた。今の言葉は、恭也とそれなりに長い付き合いがあると言う事を示している。

「エリオ君、高町隊長のこと知ってるの?」
「うん、少しだけね。小さい頃に何度か会ったことがあるんだ」
「へぇー」

 フェイトの元で生活していたエリオは、六課に来る前から、なのはやユーノ、八神家とは面識があった。フェイトが引き合わせたのだ。それはエリオに人生経 験をさせると言う意味も勿論あったが、フェイトが子育てに関して周囲の助言を求めたことにも拠る。その中で、エリオは恭也と二度ほど顔を合わせたことが あった。

「少し話しただけなんだけど、大体の感じが掴めたと言うか……」

 言葉尻を濁したのは、初対面のときに繰り広げられた強化型恭也フィールドが原因だ。ご存知の通り、脅威のお笑い空間を発生させる恭也フィールドである が、その強化型とは、八神家の家長が恭也側に付いた時に生じるものである。そして、容易に想像できることであるが、八神はやてが動けばその守護者も動くわ けであり……、詳細は省くが、管理局本局から(実際にはクロノから)厳重処罰として、無料奉仕一週間を言い渡されたほどである。彼曰く、「夜天の王とヴォ ルケンリッターって本当に一騎当千だったんだな」だったそうな。
 そんな騒動に巻き込まれたエリオには、「恭也は変人、八神家は最強」と刷り込まれてしまっているのである。それはさながら、すずめが踊りを忘れない程度 に脳に刻み付けられている。なので、今更恭也が何をしようと相当おかしい事でなければ驚けない認識を得ているのである。これも情操教育の一環なのかは果て しなく疑問の余地が残りまくるが。

「まあ、見たままの人だよ」

 自分を偽ることがない人を正直者と言うが、恭也の場合、本当に偽りがなさ過ぎるので人間性を理解するのには苦労しない。ただし、人間性と本心は別であるが。
 そう言われたキャロは、「じゃあ、やっぱり変な人……」とやはり周囲の共通見解を呟くのであった。
 その時、唐突に強い風が吹いた。

「あ、痛っ」
「だ、大丈夫エリオ君!? 目にゴミが……」
「だ、大丈夫」
「駄目だよ擦っちゃ! ちょっと見せて!」
「あ、うん……」

 と、定番のやり取りをする二人であるが、一番の問題は恭也であった。
 下から吹き上げる突風を、当然の如く空中で体一杯に受けた彼は、滞空時間が秒単位で延ばされてしまい、結果――、

「あ、落ちる」

 と言う、スバルの直感にもよく似た未来のヴィジョンが示した通り、彼は着地地点をずらされ、列車の向こう側へダイブした。

「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 ドップラー効果を残しながら、恭也は列車に足をかける事すら無く、四人の目の前を華麗に通り過ぎて行ったのだった。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――沈黙。

『ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』

 度肝抜かれたのは、フォワード四名にスターズ、ライトニング分隊の隊長二人、ならびに戦況をモニターしていたロングアーチのスタッフ……つまりは、それを見ていた全員だった。

「お兄ちゃん!?」
「恭也さん!?」
「お爺さん!?」
「た、高町さん!?」
「高町隊長おおおおおおおおおおおおお!?」

 飛べない魔導師はただの三流。高高度からのリカバリーは無理と自他共に認める恭也が、その高高度から落下したのである。周囲は断崖絶壁とレールを支える 鉄柱のみ。ヘリからの降下による相対速度から、絶壁に足をかけることは危険すぎる。かと言ってなにも出来なければ木の枝に突き刺さるか、地面に叩きつけら れるかのどちらかしかない。
 周囲が慌てるのも無理はない。が、高町恭也は周囲の期待を裏切る男であることを忘れてはならない。

「あ、あれ!!」
「え、な、なに!?」
「あそこです、あそこ!!」

 と、キャロとエリオが指差す先に、腕がにょきっと一本生えていた。いや、実際に生えているのではなく、車両の絶壁側から腕が這い出していた。慌てて四人はそこに駆けつける。
 果たして、そこには全員の肝を冷やしてくれた三十絡みの男が息せき切っていた。

「し、しぬかとおもった」
「だ、大丈夫ですか!? 高町隊長!!」
「なんとか」
「でも、どうやって登って来たんです?」

 列車の屋根に登りきり、呼吸を整えた恭也は腰に差した不破を見せ付けた。

「咄嗟に車体に突き刺してなんとか掴まった」
「よくできましたね、そんなこと」
「まぐれだ。自分でもそう思う」

 顔が引きつりすぎて笑みにもならない。本当にヤバイと思ったらしい。
 そこに恭也専用に作られた耳元の機械式の通信機に、なのはから通信が入ってきた。

『お兄ちゃん、冷や冷やさせないでよ』
「俺が一番驚いた。あそこで突風なんて、どうやって対処しろってんだ」
『そこはそれ、理不尽なお兄ちゃんパワーでどうにか』
「できるわけないだろ! 大体、俺にそんなパワーとやらがあると本気で思ってるのか?」
『……………………………………………………………………………………』
「……おい? 何だこの沈黙は。ロングアーチ? おい? 何でそっちまで黙る?」

 一様に、どんなことでも何とでもやる男だと思われているらしい。周囲の反応でそれを悟った恭也は、後日きっちり意識改革してやる腹積もりだ。俺がどれだけ役立たずか、念入りに説明してやると、かなり間違った方向に意気込んでいた。

「え、えーと、ともかく、皆さん無事に降下できましたから、作戦を開始しましょう。ライトニング隊は先頭車両から、スターズ隊は後方車両から、それぞれガジェットを撃破、あるは捕獲しながら、貨物室を目指すですよ!!」

 強引に話を元に戻す。余計なツッコミが入る前に動きたいと思ったのは周囲も同じらしく、慌しく状況報告が飛び駆り始めた。

「帰ったら覚悟しておけよ」

 恨めしく呟いた恭也の発言をキャロは聞き取ってしまい、「ああ、帰りたくない」と小さく震えた。

「じゃ、後で会いましょう!」
「三人とも、気をつけて!」
「うん、そっちもね!」
「レリック取ったら、手伝いに駆けつけるわ」
「お、お待ちしてます!」

 駆け出していくスターズにエリオとキャロは、少しだけ心配げに、そして元気に見送った。対して、恭也は無言で軽く手を振っただけだった。

「――さてまあ、仕事するか」
「はい!」
「は、はい!」

 まだ若干の緊張が見えるキャロに、恭也はどうしたものかと頭を巡らせる。彼女の性格と能力を考慮すると、一歩ずつ、段階を踏んだ方が緊張を和らげられる かもしれない。戦場と言う独特な雰囲気は、例え構えていても、いや構えているからこそ肩に力が入りやすい。一度でも経験してしまえば、ある程度自分でもリ ラックスる出来る方法を見つけられるようになるのだが、10歳の少女にそれを期待するのは酷だろう。
 恭也は少しだけ手を引いてやる事を決めた。

「先ずはコントロールの奪還だ。コントロールルームは……」
「先頭車両です。ただ、ここにはガジェットが七体います」

 エリオはスキャンマップを表示させ、今から向かう第一目標の周囲を拡大した。

「コントロールを奪ってるのは?」
「三体です。他の四つはフラフラ動いてますから、多分護衛の役目があると思います」
「ふむ」

 エリオの意見に、恭也は頷いた。彼は視線を横にずらし、キャロにも発言を求める。

「ルシエ嬢、君ならこの状況、どうする?」
「え?」
「え? じゃない。君ならば今この時、何をして列車を止める?」
「え、えっと……」

 突然振られた質問に、キャロは戸惑った。今まで、あまり自分の意見や考えを訊かれたことはなかったし、言ったこともなかった。だから、言葉にするのに少々手間取った。それでも恐る恐るながら、キャロは言ってみた。自分の考えを。

「その、列車の中に入って、フリードのブラストフレアで一気に燃やします。列車の中は狭いし、訓練のときみたいに、避けられることはないと思います」
「30点」
「あ、あう」

 恭也はばっさり評価した。かなり低い。
 何がいけないのか、キャロは恭也を見上げた。

「列車に入る方法を言っていない。どんな風に入るんだ? それに、フリードのあの炎を密閉空間で使えば、酸素欠乏で君が意識を失う可能性がある。第一、列 車を止めるにしても、先頭車両を燃やすなんてナンセンスだ。もし爆発でもしてみろ。他の積荷が目を当てられないことにもなりかねないぞ」
「す、すみません」
「まだある。列車が爆発した場合、レールも恐らく壊れるだろう。そうすると、この路線は幾日か使用不能になる。それは貨物会社に赤字を出す事になるし、私物施設破壊で始末書を書いた上に減俸にもなる」
「あ、あう」

 ボロボロと至らない点を指摘されて、キャロは完全に萎縮してしまった。緊張を和らげるべき時に相手を萎縮させて、この男は一体どうしたいのだろうか。

「ま、これは全部君一人でやろうとしている事が一番の問題点なんだがな」
「え? ……あ」

 そう言われて、キャロは自分の考えを振り返って、確かに自分一人で全部をこなそうと考えていた事に気付いた。

「列車への侵入はモンディアルか俺に任せれば良い。ガジェットの始末、と言うより俺たちが取りこぼしたものを君が外から待ち構えていれば良い。何もしてい ないと君は思うかもしれないが、俺達は君が後詰めにいる事で、全てを破壊しなくてはならない責任から解放されて思いっきり戦える。後ろに一人でも仲間がい ると言うものは、前線で戦う人間からすれば、とても安心できるものだ」
「は、はいっ」

 戦闘補助。それは、戦う人間を補佐する、と言う抽象的な内容しか思い浮かべられない役職だ。補助にもその人間の適性があり、それが理に適っているかは個々人で違う。基本的なことは教えられるが、専門的な事になると己で見つけ、気付き、確立しなければならない。
 恭也が教えたのは初歩の初歩に過ぎない。だが、補助がいる事の第一の意義を教えられたキャロには天啓が降り注いだような気がした。
 自分は仲間を支えられる。それが彼女を勇気付けた。

「今回は見てるだけでも構わない。ささやかながら俺がいるしな。大抵のことは斬り破れる。君は、余裕があれば俺達を手助けしてくれ」
「了解であります!」
「よし、じゃあ、先ずは今の状況の実践的な対処の仕方だ。二人とも着いて来い」

 子供二人を自分の下に招きよせる。二人は一体何をするのかと恭也を見上げると、デバイスが組み込まれていない剣――彼の愛刀である八景を腰のベルトから取り外しているところだった。

「どうするんです?」

 エリオの疑問に、恭也は一つ頷きを返した。

「一つ君らに知恵を授けよう。敵が重要な場所、または拠点にいる場合、攻め手、つまり俺達は敵の懐へと踏み込まなければならない。それは非常に危険だと言う事は解るな?」
「はい」
「そう言う場合に於いて、敵を倒す手立ては三つある。一つ、敵を外におびき出す。二つ、篭城戦を強いる。そして、三つ目。俺が最も得意とするのが――」

 剣客が、一太刀、風を斬った。
 キャロは何かが通り過ぎたような気がした。
 エリオは辛うじて恭也が納刀する仕草だけが見えた。
 その剣捌きに驚く暇もなく、直後、

「うわ!?」
「――奇襲だ」

 列車の屋根が真円に切り抜かれ、支えを失った屋根は三人の体重に押され、結果落下した。

「モンディアル! お前は右からだ! 物を壊させるなよ!!」
「りょ、了解です!!」

 落下途中にキャロを小脇に挟み、着地を決めてから走り出すまでコンマ五秒。キャロはいつの間にか自分が恭也に抱えられている事に気付いたが、抗議をする前にガジェットからの射撃がそれを邪魔した。

「わきゃ!?」
「舌噛んでも俺の所為じゃないからなっ!」

 ――思いっきり高町隊長の所為だと思います!

 キャロにしては珍しく相手を罵倒している。内心で、であるが。温厚な彼女でもこの扱いは腹を立たせるには十分な扱いらしい。無論、恭也もそれは解ってい るが、奇襲は不意打ち攻撃までのタイムラグが短い事にメリットがある。逆に言えば、足を止めるようなことが起きてしまえば奇襲は失敗に終わる。
 それを重々承知している恭也は、小脇に抱えていたキャロを適当な物陰に置いた。すぐさま踵を返して、自分に照準を合わせてくるガジェット三体を睨む。

「不破、弾丸撃発!!」
『Rock'n Roll!』

 装填されたカートリッジを解放する。コンデンサーに一時的に魔力を蓄え、不破が空薬莢を廃棄した。
 約一月ぶりに聞いた相棒の声に、恭也は少しだけ笑みを零す。彼にとって、本当に久しぶりに、体を動かせる機会を得たのだ。不謹慎ながら、嬉しいと感じてしまうのは剣士の性だ。
 体に染み込んでいく魔力を不破を通して変換する。思い描いたのは鉛筆大の針――飛針だ。
 左手に挟めるだけ挟み、恭也は今まさに自分を撃たんとしている機械玩具に投げ放った!
 一本は目立つレンズに突き刺さる。上手く機能を削れたのか、火花と煙を巻き上げながらがくりと落ちた。他に狙った二体は、飛針が突き刺さる直前にフィー ルドを展開した。ガジェット最大の脅威として目されているアンチ・マギリンク・フィールドだ。魔力で形成された現象、即ち魔法の大方の威力を減衰、または 無効化する鉄壁とも言えるフィールド。
 しかし、魔導師と偽る剣士には魔力が無効化されようが全く関係がない。事実、灰色を煌かせながら飛び荒ぶ飛針は、その煌きを失いはしても、鋭利な針先は 寸分違わずガジェットを撃ち貫いた。ガジェットのレンズに突き立てられたのは、恭也が愛用する普通の飛針だ。魔力光を纏っていたのは、単に飛針全てを魔力 で構成する必要がなかったからだ。
 恭也はある程度ならば、投擲の軌道を操れる。ただ、それは微々たる物であるし、なのはやフェイトのように180度旋回など夢のまた夢だ。辛うじて出来るのが砲撃地点の変更と加速付与なのだ。
 伝え聞いていた通り、ガジェットは魔力を無効化する事に関しては自慢できる一品らしいが、物理攻撃に対する装甲があまり考慮されていないようだった。確 かにそれなりに頑丈なようだが、チタニウム合金でない限り、恭也ならば何かしらの傷が付けられる。結果、魔力で運動加速を付与された飛針は、その効力を 失っても加速運動を止める事無く、ガジェットにあっさり到達したのだ。

「ふむ、まだこの手は通じそうだな。そっちはどうだ!」
「な、なんとかついていけます!」
「多少の傷を負う覚悟で追いかけろ! 今のお前は、ここで一番遅い!」
「はい!」

 恭也の一言が効いたのか、訓練時のガジェットの動きとの違いに戸惑っていたエリオの仕草から多少力みが取れた。それを目端に捕らえつつ、恭也は、制御用のコンソールとケーブルで繋がったガジェットが間合いを取り始めたのを確認する。

「おいおい、列車と俺を両方相手にするのは少々欲張りすぎだろう」

 ことさらに大きく息を吐いて見せた恭也に機械が隙でも見出したのだろうか。ガジェットは魔力をただ圧縮しただけの魔力弾を正射してきた。
 目視できる弾丸など、御神の剣士にとって避けることなど児戯以下だ。誘導性も何もないただの射撃ではサブマシンガンの嵐を切り抜けられる超人にしてみればないにも等しい。
 恭也は極端に体を前に倒す。倒れた勢いを利用し、低空を滑空するように走り出した。当然、棒立ちの恭也を狙っていた魔力弾は標的に当たらず、床に穴を開けるだけだった。
 恭也の体は既に彼が得意とする一刀足の間合いにあった。走りながら納刀した不破と八景を、呼気と共に閃かせる。
 二刃。
 それだけでガジェットとコンソールを繋ぐケーブルを全て断ち切った。両翼の回転を右に変換する。小規模の竜巻のような速度を実現した恭也は、その軌道に 刃筋を立てる。それだけで斬線上にいた二体のガジェットを胴から真っ二つに斬り落とした。ごとりと鈍い音を立てずれ落ちたガラクタには目もくれず、恭也は エリオの様子を窺った。丁度、彼の方も一応のカタをつけたところのようだ。
 一番後ろで、いや物影から全容を見ていたキャロは、戦いが終わったと確信するや否やエリオの下に駆け出した。後ろから見ていただけに、エリオが怪我をしていることが良く見えていたのだ。

「大丈夫? 止血は……必要ない、かな?」
「あ、うん。掠り傷だよ。これくらいならほっとけば治るよ」

 キャロはエリオの二の腕に出来た斬り傷を診て、大した事がなくてよかったと安堵した。エリオにしても、これは怪我らしい怪我には入ってないと思っているようだ。
 確かに戦うことには支障のない傷だが、そんな殺伐とした考えを子供がするのは、如何に擦れ切った大人でも看過出来ない場面だった。

「あー、経験者として言わせて貰うなら、あとでシャマルに診て貰え。最近は男でも体に傷があるのはモテないらしいからな」
「私、そう言うの気にしないけど……」
「へ?」
「あ、ううん! なんでもない、なんでもないよ?」
「あ、うん、そう?」

 不意に恭也は昔を思い出す。ああ、このやり取りは、昔経験したなぁ。あれか、フィアッセと初めて風呂に入った時に言われたんだよなぁ。
 それはともかく、第一目標は達成できた。その前に、褒めとかないとな、と年長者としての考えから恭也はエリオの戦いっぷりを評価しておく。これも隊長業務の一つだと、はやてに徹底的に刷り込まれたのである。

「実戦レベルのガジェットとはやった事がなかったようだが、まあどうにか対処できたようだな」
「でも、結構苦戦しました……」
「初陣なんてそんなもんさ。むしろ最初が上手くいくと調子付いて後々失敗したときに復活できなくなる。失敗は成功の母。苦戦したことが今後君の課題になる。精進するんだな」
「了解です!」
「まあ、そこら辺はなのはかフェイト嬢辺りが面倒見るんだろうが……」

 しかし、他人におんぶされるのは楽であるが身につきにくいものである。それに、エリオは少年――男だ。女性からものを教えてもらうと言う事に少々抵抗を覚えているようでもある。女傑ばっかりな身内ですまん、と内心謝罪を口にし、自分も多少は構ってやろうと決めた。

「それで物足りなかったら俺に突っかかって来い。暇潰しの相手は大歓迎だ」
「は、はあ?」
「ま、その内解るさ」

 子供だからこそ解らないが、思春期になれば嫌でも解るときが来る。それまで自分も現役でありたいものだと願いつつ、彼は連結路を指差した。

「傷が大した事がないのなら、貨物室を目指せ。俺はここのコントロールを正常に戻しておく」
「了解!」
「ルシエ嬢」
「はいっ、なんですか?」
「多少の傷は男の勲章だ。大きな傷は男の屈辱だ。一応、覚えておいてやれ」
「は、はあ?」

 恭也の言った意味が良く解らなかったキャロは、あからさまに解らないと表情に出していた。恭也はそれに苦笑を返すだけ。重要なところを説明しないのは、彼女自身が答えに辿り着いて欲しいからか、はたまたただ生来から来るからかい癖からだろうか。

「キャロ? どうしたの? 行くよー?」
「あ、ま、待って! じゃ、行ってきます!」
「こっちが終わり次第追いかける」
「はい!」

 通路の先へと消えていった二人を見送り、恭也はコンソールのパネルを何気なく撫でてみた。一応、ガジェットは物理的な損傷を与えていなかったようだ。自 分自身、その辺りを気をつけて戦ったつもりだ。エリオもそれを命じられたからこそ、最初の動きがぎこちなかったのだろう。

「見たところ大丈夫か? まあ、やるだけやるか」

 そう呟いて、恭也は不破を抜き、適当な場所に突き刺した。

「制御系支配」

 音声と不破の柄に仕込まれた思考解析端子が、ある機能を呼び起こす。

『システム解析......掌握。全権委任』
「相変わらず、凄まじい強引さだ」

 列車の制御システムがどれ程の規模かは恭也の知るところではないが、過去この機能を使って、あらゆるシステムの管理権限を握るのに五秒かかったことがない。今まで使った場面の中で恐らく一番時間がかかったのがポートタワーの管理システムだ。それでも四秒半程度だったが。
 六年ほど前、ポートタワーで起こったテロリストの立て篭もり事件に、前日まで二週間フル稼働で辺境世界で起こっていた内紛の鎮圧に駆り出されていたにも 拘らず、スパイクフォースは引っ張られた。全員疲労困憊で最高に「ハイって奴だ!」状態の隊員たちは、目を血走らせて任務に当たっていた。
 そんな中、やはり極度の疲労は気力では補いきれず、手痛いミスを犯した。テロリストからの逆襲を受け、タワー内は乱戦の渦へと飲み込まれたのだ。その状 況を打破するため、恭也は不破を使った。テロリストがタワーのシステムを掌握していたのを逆に奪い返したのである。無事立て篭もりの一派を確保する事に成 功し、事件は解決を見た。
 ただ事件関係者各位は、恭也がハッキングし返した事は知らない。恭也自身語りたがらなかったこともあるが、彼にも何がどうなってシステムを奪い返したのか解らないので説明しようがなかった。
 事件解決後、解析班が謎のハッカーの究明に乗り出したらしいが、ログを見ても、解読できなかったようだ。ファイル形式が未知のものであり、データの中身 がろくすっぽ判明しなかったらしい。全てが伝聞形式なのは、恭也が調べたのではなく、自称管理局の事情通と豪語する同僚が垂れ流していた話題の一つだから だ。

「列車停止。ああ、ゆっくり停まってくれ」
『承りました』
「……寝てるにしても、これの場合の受け答えがあいつの声と言うのはなぁ」

 何故かこの機能だけはデフォルト設定のファンキーな男声ではなく、怜悧な女性の声なのである。隠れたがりは寂しがり屋とは誰が言ったのか。

「さて、のんびりするのはこのくらいで良いか。子守の続きだ」

 体感的に列車の速度が落ち始めたのを確認して、恭也も連結路へと足を向けた。心持早足なのは、生来の面倒見のよさがそうさせていた。

〜・〜

『ライトニング隊、シュツルム隊列車のコントロールを奪還!』

 通信に入ってきた報告に、ティアナは安堵と若干の疑問を抱いた。
 安堵は隊員たちの無事を聞いたからだ。年端も行かぬ年少組の無事を確認した事で、少しだけ肩から重いものが降りた気がする。ただ、後者の疑問はかねてから抱いていたものが再浮上したに過ぎない。
 ティアナは思う、嫌に早すぎる、と。着地地点が先頭車両近くだったこともあるが、10歳であり初任務であるエリオとキャロを連れ立っている上に、六課の 端々から恭也がFランクの魔導師だと吹聴されていたし、事実彼は魔導師としては三流らしい。そんな力不足の編成だと言うのにこの早さだ。
 もしかしたら、昇級試験を受けていないだけで恭也の魔導師ランクはもっと上なのかもしれない。どんな事情があってその力を隠しているのかは知るところではないが、実力があるのならば、正当な評価を受けるべきだ。
 力は、評価されて初めて本物になる。
 ティアナはそれを身を持って知っている。強さは、人に認められなければ本物にならないと。

「とどのつまり、認められるには最低でもあっちより上に行かなきゃいけないのよね」

 エリオ、キャロの二人は生まれ持った才能がある。エリオは強大な魔力。キャロは召喚と言う特殊な技能。どちらも自分は持ち得ない才能だ。それを羨ましいと思うときは確かにある。だが、羨んでいるくらいならば引き金を引く事をティアナは選んできた。
 人一倍の努力はしている。だが、努力は自分を成長させてくれるが、強さをくれるわけではない。結果を出し、人に認めさせたときこそ、努力が報われる。その時が強くなった時と言えるだろう。

「……とやかく言ってる場合じゃないわね。私は前に進むしかないんだ」

 デバイスを握る手に自然と力が込められる。明らかに力みすぎだ。しかし、ティアナはそれに気付かなかった。何が彼女をそうまでして強さを求めさせるのか は定かではないが、余計な思考や緊張は失敗の温床となる。命令の聞き間違えか、あるいは負傷によって表面化するかはティアナ次第だが、危険な兆候であるこ とだけは確かだ。
 そんな彼女を偶然にも素の状態に戻したのは、リインフォースUからの通信だった。

『ティアナ、そちらはどうですか?』

 愛らしい声が若干厳しめの色をつけて問いかけてくる。その声に、ティアナは反射的に頭の中を整理した。上官への報告と言う形が、彼女の軍人としての冷静さを取り戻させたのだ。

「あ、はい。遭遇したガジェットは、今のところ全部撃破してます」
『了解です。引き続き、貨物室に向かってください。スバルはどうですか?』
『現在、交戦中! なんか、でっかいのがいます!!』

 乱れた息でスバルが叫んだ。報告の通り戦闘の最中なのだろう。それを聞いた途端、ティアナはスバルの位置をマップで確認して、走り出した。
 その間も通信は続いていた。主に会話をしているのはリインフォースUと恭也だ。

『新型だな。こっちも遭遇した』
『大型が二機!?』
『決め付けるな。まだお宝を手にしたわけじゃない。ゲートキーパーみたいに待ち構えてる可能性もある』
『うぅー、マイスターはやてからの情報だと大型は強力なAMFが搭載されてるみたいなんですけど……。そうだとしたらリインはほとんど何もできませんよー!』
『……あー、うん、そうだな』
『お爺さん、何か打開策は!? こう言うときこそお爺さんの普段の理不尽で卑怯な手が効果的に使えるんですよ!?』
『お前、後で説教な』
『リインの口が滑りました!?』

 …………殴りたい。
 その純粋な思いをティアナは力の限りねじ伏せた。

『あー、なのはかフェイト嬢、聞こえてたか?』
『聞こえてたよ。でも、リインには昔対処法教えたと思うんだけど』
『効果範囲が広すぎるんです! 一車両全部カバーしてますから、最悪列車をぶっ壊して攻撃するしかないです』
『……恭也さん、リインの口調、誰の影響ですか?』
『間違いなくヴィータ嬢だな。後で言い含めておく』
『お願いします』

 泣きたくなってきた。おかしくね? この切羽詰った状況下で、なんで上層部は漫才してるんだろう?

「き、緊張感が……」
『Don't worry』
「無理、無理っス」

 相棒のデバイスの慰めでも、ティアナの荒んだ心は癒せないようである。
 それはともかく、ティアナは気付けばスバルが戦っている車両の連結路まで来ていた。壁を隔てた向こうからは爆発音と滑走音が聞こえてくる。それがティアナの意識を戦闘に向けさせてくれた。
 彼女は中の様子を探るため、スバルに念話を飛ばした。

『スバル! 援護に来たわ! 今どうなってる!?』
『えっと、でっかいのがビーム撃って、ムカデみたいなので殴ってきてる!』
「アフォか!! あたしが聞いてるのはあんた達がどんな場所にいるかってことよ!!」
『う、ご、ごめん』

 ムカデて、言う事欠いてムカデて! 想像して背筋が寒くなったじゃない! 思わず声で叫んでしまうほどに動揺してしまった。ああ、気持ち悪い。
 身震いを一つして、ティアナは恐ろしい想像を何とか振り払う……ことはできなかったので、無理矢理思い出さないようにした。うん、あたし何も考えられませんよ?

『えっと、丁度ティアとあたしの間にでっかいのがいるよ。多分ティアの事にまだ気付いてないと思う』
「よし。こっちもスキャンで確認できたわ。いい? あんたはその位置であと15秒耐えなさい! 壁越しに撃ち貫くわ!」
『りょーかい! 期待してるよ!!』

 任せなさい、とティアナは答え、クロスミラージュを構えた。
 弾体生成、魔力殻のコーティング。今まで散々苦労して作り上げてきたが、両手で握るインテリジェントデバイスが魔力の流体を最適化してくれる。
 頼もしいものだ。インテリジェントデバイスが何故強力なのか、身を持って知る事が出来た。これならば、もうストレージデバイスは使いたくなくなってしまう。
 そんな余計な事を考えられるくらいに、ティアナは余裕を持てていた。横道に逸れた思考だったが、弾丸形成が終了すると同時に余分な意識を封印する。射撃には、高い集中力とある程度の度胸が必要だからだ。

「ヴァリアブル――」

 壁越し。相手の位置は肉眼では確認できない。脇に浮かべたスキャンデータとスバルのデバイス『マッハキャリバー』から随時更新されるマップだけが頼り だ。心許ない情報だが、問題ない。シューターには動体目標を撃墜する為にある程度の先読みが必須だ。自分の目が見えずとも、何がどこにあり、どのように移 動しているかの経緯さえ解れば、

「――シュウウウウウゥゥゥゥゥゥトッ!!」

 目標を撃破できるのだ!
 発射された弾殻は、薄い鉄板を容易に貫き、狙い違わず新型と呼ばれた大型ガジェットの中心を捉えていた。
 迫り来る魔力弾に、ガジェットの魔力カウンターが反応する。優先行動順位の2位に従い、魔力乖離誘発場を形成する。
 ガジェット御得意のAMFにティアナの魔力弾は為す術なく魔力結合を解除されていく。だが、それは外殻のみの話だ。
 外殻が剥がれきった間際、弾丸の本殻は前進を続け、ガジェットの装甲に達する。

 ――届いた!

 その事実にティアナは内心で拳を握る思いだった。訓練で出来たことが実戦でもできた。その喜びもあったが、何よりデータのない新型に対して、自分の魔法が通じたと言う事実にティアナは喜びを抱いたのだ。
 ガジェットの装甲に届いた弾丸は、装甲を破り機体内部へと侵入を果たした。

「やった!」

 それを見たスバルは、ティアナとは対照的に、喝采を顕わにする。
 だが、ティアナはそれに同意できなかった。

「……まだ! スバル!!」
「え!?」

 手応えはあった。だが弱いものだったのだ。新型が搭載していたAMFはティアナの想像以上、実力以上に強力なものだったらしい。中核を貫く前に、発生し続けていたフィールドに魔力結合を解除されてしまったようだ。つまり、致命的なダメージには至っていない。

「このぉ!!」

 皆まで説明せずとも、スバルはティアナの呼びかけを動物的勘とも呼べる直感に従い前進した。
 ブレードローラーを全力回転させる。半秒のスピンの後、初速から最高速へ到達したスバルに、ガジェットはぎこちない反応を見せる。ティアナの射撃は、行 動を奪うまでは行かずとも動作不良を起こさせることは出来たようだ。相棒が作ったその隙を逃すものかと、スバルは右手を握り締め、大きく振り被った!

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 鉄甲を纏った拳は、球体の下部に抉り込まれた。
 デバイス・リボルバーナックルの動輪が回転する。動輪の回転が拳を前進させ、指先に何かの手応えを感じた。スバルは握った拳を開きその何かを掴み取り、力の限り引き抜いた!
 割れた基盤とそれに繋がった幾本ものコードを連れ立って、スバルは掴んだ何かを握り締めてノックバックした。
 電気系統がいかれたのか、ガジェットは火花を散らして、その場に転がり落ちた。
 ティアナとスバルは数秒様子を窺うが、火花を散らし続けるだけで、動く気配を見せない事を確認すると、大きく息を吐いた。

「いやー良かったよー。適当に掴んだのを無理矢理引きちぎったけど、当たりみたいだったね」
「まあね」

 言葉少なくティアナは同意する。
 彼女の胸中には、悔恨が渦巻いていた。訓練通りに弾は形成れた。だが、それでは通用しなかった。もっと頑強に、もっと緻密に魔力を編む必要がある。それには自身のレベルアップが必要だった。
 デバイスであるクロスミラージュは、AIが入っているとは言え機械だ。機械とは、要求通りの仕事を果たす。与えられた魔力をプログラムに基づいて、魔法 に作り上げてくれる。デバイスが全てを担う訳ではないが、人間では把握しきれない精密な魔力の分配と編成を行ってくれるのがデバイスなのだ。
 そう、デバイスはきちんと仕事をした。だが、成果が及ばなかったのは自分の魔力が低かったからだ。自分が持つ魔力の低さが、魔法を編むには量が足らなかった。だからこそ、外殻の遊離が早く、中核もガジェットの中心まで届かなかった。
 単純な話だ。ティアナには決定的に魔力が足りない。自分の夢を叶える為の魔力が足りないのだ。

「……行くわよ、スバル。レリックを確保しないと」
「うん!」

 反省は後。ティアナは頭を切り替える。今は任務を優先するときだ。
 二人は一路、貨物室を目指した。

〜・〜

 三連の射撃に、エリオは大きく間合いを取った。その着地地点すら狙われ、少年は足をついた途端、無理矢理右手に飛び転がる。貨物車両の中に転がっていた コンテナの影に入り込んだ。なおも敵からの攻撃が来るが、コンテナに阻まれエリオが潜んだ場所までは貫通できないようだ。その事に彼はようやく安堵の溜息 を吐いた。

「あれが新型か……!」

 今までの一型とは全く違う。反応も攻撃能力も強化されている。あの図体だけに動きは鈍重だが、それを補うだけの反応速度を持っていた。あれでは容易に近づく事ができない。
 どうする?
 自問するエリオに、天から声が降りてきた。

「やる事は変わらないぞ、少年。近づいて殴る。これだけだ」
「高町隊長……」

 後から追ってくると言っていた恭也が追いついたようだ。ただ、何故かまたキャロを小脇に抱えているのが解せない。

「あ、あのー、何で私また抱えられちゃってるんでしょうか?」
「ここに来たとき、君の後頭部を狙ってた奴が見えたんでな。君を安全なところに運ぶ駄賃に蹴り飛ばしたんだが?」
「あ、そうなんですか。ありがとうございます」
「……う、む。素直なことは良い事だ」

 少し戸惑った対応の恭也。彼が関わってきた彼彼女等は、大体ここで皮肉を三つほどつけて返してくるのだが、世間に揉まれていない純真な子供のキャロの素直な感謝の言葉に、恭也は面食らってしまっていた。

「……ヤバイ、こんなに汚くなってたのか」
「? え、ど、どこがですか?」

 自分のバリアジャケットを広げてヨゴレを探すキャロ。ああ、その純真な反応が眩しい!

「気にしなくて良い。大人の戯言だ」
「は、はあ?」
「で、モンディアル、行けるか?」
「いや、だから、それが難しくて……」
「無理ではないんだろ?」
「で、ですけど……」
「無理ではないんだろ?」
「……はい」

 ――言わされた。
 ――言わされてる。

 そんな感想がエリオとキャロの胸中に流れるが、恭也は解っていて全部無視する。

「やる事は本当に変わらない。射撃を誘って、隙を出させて飛び込む。基本だな」
「いえ、でも、射撃の間隔が……」
「シビアか?」

 端的に訊ねる恭也に、エリオは閉口する。
 大型ガジェットの攻撃はとにかく隙間が小さい。タイミングは既に把握したが、飛び込むための速度が足りないのだ。これがAMF下でなければ魔法で目一杯 加速できるが、子供の足ではその間隙を縫う事が出来ない。この歳でそこまで自己分析できていることも凄いことであるのだが、と恭也は内心で零し、現場責任 者として手助けをする事にした。

「要するに飛び込むための隙があれば撃破は可能なんだな?」
「……解りません。新型ですし、槍が中枢まで到達しないかもしれません」

 謙虚だ。
 一般的な10歳の少年なら、もう少し向こう見ずで考えなしが当たり前だと言うのにこの落ち着きよう。なるほど、と恭也は納得した。彼はエリオのプロ フィールを知っている。育ての親であるフェイトからもちらほらと話は聞いていた。隣にでオロオロしているキャロとエリオの対比が、その異常性をあからさま にしている。
 だからと言って、恭也は別に何も考えず、何も感じなかった。歳背格好など至極どうでも良い。任務が全うできるのならば、年齢は関係ない。経験不足は不安 要素であるが、その経験をさせる段階なのだから当たり前だ。一度でも経験させてしまえば、あとは勝手に覚えるなり対策を考案するなり勝手にやってくれるだ ろう。その程度には、彼はエリオを買っていた。

「ま、破壊できなければできないでいい。とにかくお前はあれに接近して槍をぶち込め。他は俺がどうにかする」
「了解です」
「それと、ルシエ三等陸士」
「え、は、はいっ」
「AMFだったか? それが解けたら周囲の索敵だ。壁越しにガジェットがいないとも限らないから、調べてくれ。可能なら、君がやっつけてもいいぞ?」
「が、頑張ります!」

 元気の良い返事に恭也は深く頷いて、件の大型がジェットを睨んだ。

「じゃあ行くぞ。モンディアル、タイミング、間違えるなよ?」
「はい!」

 エリオの返事を聞いて、恭也は飛び出した。
 センサーで動態反応を捉えた大型ガジェット――ガジェット三型は、砲線をその動態に向ける。しかし、その動作はどうしても機械的な段階を踏まなければな らない。自機回転、火気管制システムの立ち上げ、射的ロック、魔力充填、そして最後に発射。これらの動作をガジェット内のCPUは常に繰り返し処理してい る。ただ、集積回路の処理能力は電気的な速度で行われている。こうした手間でさえ、一秒にも満たない。だからこそ戦闘能力としてみるならば全く問題ない。
 問題ないのであるが、

「だからどうして避けられるんですか!?」

 恭也が走り出したのをエリオは見ていた。
 ガジェットの気を自分に向かわせ、エリオに攻撃の機会を与える為に貨物室の中を縦横無尽に駆けていく。時に床を、時にコンテナを、時に壁を足場にし、ガジェットからの射撃を誘い、事如くを躱していく。
 恭也の走る速さはそれほど速くはない。エリオが昔見たフェイトの高速機動には遠く及ばない。だが、方向転換――つまり、緩急織り交ぜた進行変換はフェイ トにはない特色だった。勝手気ままに走り回っているようで、その実、ガジェットの撃ち気を読んでいるかの如く、直前になって直角に曲がったり、時には危険 を顧みず足を止めたりするなど、虚実を交えた回避行動を取っている。
 御神流の観点から言えば、この歩法は多くの流派が持ちえる間合いを崩すための一手段だ。実際、刀同士の斬り結びと言うのは驚くほど少ない。刀が打ち合い に向かない強度であると言う事もあるが、何よりも、刃を体に受けた時点で殆どが戦闘が無理な傷となる。一刃でも受けてはならない。ならば、如何に相手の間 合いに入らず、如何に相手の隙を突き、如何に自分の呼吸でもって斬りかかるかが問題となる。その三つを成立させるため、相手が狙いを付けづらく、自分のリ ズムで攻撃を可能とする歩法が各流派で研究されてきたのだ。
 人間相手に効果があるものが、機械に効くのかは恭也も半信半疑だった。彼が相手をしてきた機械とは、大抵が自己を持つ人間と変わらない思考をする存在だった。だからこそ、機械らしい機械とはこれが初めての戦闘となる。だが、どうやら自分の技術は十分に通じるらしい。
 フェイントを織り交ぜた行動にガジェットは全て反応してくれる。虚実を判断できないと解れば、多少は気が楽になる。避けに徹するだけならば、この十年磨きに磨いてきたのだから。
 その見事な逃げっぷりに、エリオは疑問が尽きない。AMFが支配するある意味リアルな世界の中で、恭也だけが異常な存在だった。アクロバティックな動き は恐らくスバルも出来るだろう。しかし、彼女の場合、身体能力にものを言わせた強引な動きだろう。しかし、恭也の場合、そう言った強引な印象を受けない。 自然体に、かつ繊細な動きは攻撃から難を逃れるには向かない気軽とも言える身振りだった。
 それに見とれそうになるのを無理矢理現実に戻す。今は恭也ではなく、ガジェットだ。
 槍を構える。矛先をガジェットの中心に向け、走り出した。
 遅い。
 常ならば魔法で自身を加速させていた。一歩踏み出せば三メートルは進める。だが、今は子供の歩幅では精々一メートルが精一杯だ。
 遅い。
 間に合うのかと不安がよぎる。だが、エリオはそれを考えなかった。間に合わせるとは言わない。だが、失敗はしないとだけ考える。この突撃がもし防がれても、絶対に破壊はする。
 それだけを胸に秘めて、少年はガジェットに突き進む。
 あと二歩。
 そこまで来たところで、ガジェットがエリオに反応した。恭也への射撃はやむ事無く続けるが、スバルがムカデと称したマニピュレーターがエリオを払おうと風を切ってやってくる。
 エリオはそれにまだ気付かない。ガジェットの巨体で視界が塞がっている上に、人の死角である所の頭上からの一撃に、彼は未だ反応を見せていなかった。
 物陰から二人の様子を見ていたキャロは気付いた。ガジェットの腕がエリオを叩き潰そうとしているのを。嫌に冷静にその先の事が想像できた。だからこそ、 彼女は悲鳴を上げた。悲鳴を上げられたとも言える。もしかしたら、喉が恐怖で凍り付いて、悲鳴すら上げられなかったかもしれない。そうなれば、エリオは危 機に気付かないまま息絶えていたかもしれないから。

「――――っ!!」

 背後の金切り声に、エリオは少しだけ現実に還った。走る事と突く事ばかり考えていて、周囲に気を張っていなかった。
 自分が招いた危機。それを回避しようとするも、自身の体勢がそれを許してくれない。
 前に傾けた体をどう捻っても近づく死の気配を躱せない。迎撃するには踏ん張りが利かない状態だった。
 エリオは死を覚悟した。子供ながらに覚悟した。死に対する悔しさは実感がなかった。ただ、漫然と死を受け入れてしまった。
 振り下ろされる豪腕。
 覚悟を決めた少年。
 叫ぶ少女。
 それらを車両の天井近くで見た恭也は舌打ちすると同時に、指は鋼糸を引き抜いた。
 八番鋼糸。今持っている中で一番頑丈なそれを引き抜く。
 鋼糸が大気を斬り裂きいて向かう先は、今まさに小さな命を潰さんとする蛇腹の腕だった。
 恭也は鋼糸をしならせる。
 波を受けた鋼糸は、先端の重りを左右に激しく振る。反動を付けられた鋼糸は、狙い通り腕に絡みつく。
 同時、恭也は不破を抜いて、足場にしていた天井に突き刺した。
 鋼糸がピンと音を立てて目一杯に張る。
 肩が抜けそうになるのを必死に堪えた。
 刀を握る左手がずるりと下がる。それでも柄先ぎりぎりでそれを止めた。
 その場の三人が想像していた激突音はしない。
 変わりに、恭也の怒声が響いた。

「モンディアル!!」

 生死の確認を篭めて、恭也は叫んだ。

「っ、はい!! だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 一拍遅れた返事に、恭也は頭でも打っていたのかと余計な事を考える。それでも、腕の影から飛び出した小さな人影を見て、今のところの無事を確認した。
 キャロは一部始終を見ていた。
 エリオが潰されると思った瞬間、上から細い糸のようなものがガジェットの腕に巻きついたのを。その細い糸は、拳一つ分を残してエリオの頭上で止めてくれ た。その光景に、キャロは安堵から膝の力が抜けてしまった。目の前に起こるだろう惨劇を想像できていただけに、その落差から気が抜けてしまったのだ。
 それでもキャロの双眸はエリオの背中を見ていた。
 元気に走っていく背中に、少しだけ恐怖の色を残し、少年は愛槍を振り被る。
 全力の突き。
 ガジェットの装甲板を貫き、伝送系のケーブルを斬り破って、そこで槍の刃の根元に達してしまった。このままでは中枢まで届かない。ならばと、彼は槍を頭 上に力任せに振り上げた。斬り裂いてく中身の感触に、槍を手放してしまいそうな突っかかりを感じる。更に力を込めようとして、ガジェットのもう片方の腕 が、エリオめがけて振るわれた。
 二度目の危機に、流石にエリオは反応する。だが武器はガジェットに突き刺さったままだった。引き抜いて応戦するか、デバイスを手放してでもその場から退くか、少年は迷いを抱いてしまった。その迷いは彼から行動する余裕を奪った。
 逡巡など必要なかったのだ。直感に任せて迎撃に移っていれば、そんな後悔を抱き、少しでもダメージを減らそうと、腕を交差させる。なけなしの防御だ。最 悪両腕が使い物にならない事になるかもしれない。それでも、さっきの一撃よりは生き残れる可能性があった。死を受け入れた事実を忘れて、エリオは生きる可 能性に手を伸ばしていた。
 そんなエリオの状況に対応したのは恭也だ。握っていた鋼糸を自ら手放す。抵抗を失ったガジェットの腕が列車の床を激しく叩いた。
 恭也は天井に突き立てた不破を起点に、体を振る。
 天地逆様の体勢を取り、不破を引き抜くと同時、意識を鋭角にした。
 視界から色素が抜ける。
 白と黒で彩られた慣れ親しんだ世界で、恭也は天井を蹴った。
 落下速度を超える跳躍。
 真下へと落ち進む恭也はエリオに迫る蛇腹の腕の鈍重な動きを目で追う。
 狙い違わず、恭也の落下軌道と腕の振り下ろしの軌道が交差した。
 右手を八景の柄にかける。

 ――抜刀。

 初速にして神速の抜刀。本来加えられるべき、体重移動による攻撃の重さを落下速度で補ったその一刀は、豪腕をあっさりと両断した。
 世界が鮮やかになる。
 だがそんな変化を確認する余裕は彼にはなかった。着地と同時に、横へ飛ぶ。
 飛んだ先は、鋼糸の戒めから開放されたもう一つの腕。
 自由になった右腕が動態センサーが関知した物体二つを効率的に弾き飛ばすため、水平に振られている最中だった。
 恭也は左に逆手に持った不破で真正面から腕に立ち向かった。
 だが、人間一人の体重と跳躍による運動エネルギーでは、機械の馬力には敵わない。
 当然、恭也は上空へ弾き飛ばされた。

「――――!!」

 その光景にキャロは息を呑んだ。だが、それも束の間だった。
 攻撃を受けた恭也は体を無理矢理捻る。
 彼は無事だったのだ。
 エリオへ向かう腕の盾になろうと思ったのだが、先ほどの一撃が予想以上に重く、咄嗟構えた不破で打点をずらし、自分の体を上空へと逃がしたのだ。
 恭也は首を上へと向ける。今まさにエリオを潰そうとする腕。またさっきと同じ光景だ。この秒刻みの流れの中、彼は苦笑を浮かべ、腰のホルダーから再び鋼糸を引き抜く。
 だが、引き抜いた金具の先には何もなかった。いや、リールはしっかりと回転していた。ただ、それがあまりにも細すぎて視認出来ないのだ。
 零番鋼糸。
 0.04mmの極細のチタンワイヤーを容赦なく放った。
 列車内を照らしていた照明の光を受け、鋼糸が煌く。
 それが見えて、ようやく恭也が何かを振ったと言う事だけが解る。
 ガンッ、と強い音が鳴った。
 切断音がないまま、ガジェットの腕は解体されていた。
 腕の振り途中で斬り分かたれた腕の先が列車の壁へとすっ飛んで行ったのだ。
 轟音は、床を跳ね、壁に衝突したものだったのだ。
 これで脅威は去った。ならば、もはや心配する種はない。
 エリオは一度突き入れたストラーダを引き抜く。魔法が使えない子供の自分では斬り裂くことはできないと学習した。ならば、一番効果のあった攻撃を取るだけだ。

「はああああああああああああああああああ!!」

 突く。
 ガジェットに新しい穴が穿たれた。
 突く。
 二撃目。目のようについているレンズを貫いた。
 突く。

 三撃目、四撃目、五撃目、六撃目――。
 ――突く、突く、突く、突く、突く、突く!

 ただひたすらに矛先を突き入れる。ガジェットが反撃を試みようとするそばから刃を食い込ませていく。
 一心不乱に、ただそれだけしか出来ないかのようにエリオはストラーダを放ち続けた。
 やがてそれも終わった。
 都合、十四撃を叩きつけて、ガジェットはようやく沈黙した。

「はぁっ、はあっ、ぁっはぁっ」

 ストラーダを杖代わりにして、肩で息を大きくする。乱れた息を整えていると、キャロが心配そうに気遣ってきた。

「大丈夫? 怪我とかない?」
「あ、うん、ないよ。高町隊長に助けてもらったから」
「あ! そ、そうだ! 隊長は!?」
「ん? 呼んだか?」
「あっさり登場!?」
「キャロ……すっかり毒されてるね」

 キャロのリアクションに、そこはかとなく悲しい気持ちが胸いっぱいに広がるエリオだった。それはともかくとして、恭也は今まで一体何をしていたのか。ガジェットの両腕を断ったところまでは周知の通りだが、その後から全く行動を見せていなかった。

「それで、隊長はなにをしてたんです?」
「そこのコンテナからちっこいのがぞろぞろ出てきたんで退けてた」
「ぞろぞろ?」

 子供たちが恭也の後ろの方を覗き込むと、そこには彼の言ったとおりガジェット一型が山積みにされていた。異常な光景である。山積みになるほどのガジェッ トがコンテナに納められていたこともそうであるが、それをエリオや、まして後ろで隠れていたキャロに気付かせることなく、二〇体近くのガジェットと密かに 戦っていたとは誰が思うか。

「一型、だったか? まあ、あれなら俺でも何とかなる。何も一斉にあれだけの数が飛び掛ってきたわけじゃないしな」
「そ、そうですよね、うん、そうですとも」

 だとしても、キャロはあれだけの数が一斉に襲い掛かってきても、恭也なら難なく撃退できるんじゃないかと思ってたりする。実際は、彼が言った通り、数で 襲われたら一溜まりもないのだが、日頃の行いの所為か、何でも出来る超人とか、常識の通用しない存在に見られてしまう様で、本人としてはそのギャップを早 々に正さなければならないと心に決めているのだが、これが中々上手く行かない。どうにもイメージが完全に凝り固まってしまっているようで、誰も彼の言葉を 信用しないのだ。
 閑話休題。無関係の話をするのはこのくらいにしておこう。

「ルシエ嬢、索敵はしてくれたか?」
「あ、はい。とりあえず、周囲にガジェット反応はないみたいです」
「よし、ここは制圧したと見て良いだろう。少年、息、整えておけよ」
「りょ、了解です」

 恭也はエリオにそう告げると、耳元のインカムのスイッチを入れて、報告を送り出した。
 それを何とはなしにエリオは見ながら、先ほどまでの戦いを反芻する。
 ガジェット一型は訓練でも度々相手をしてきたこともあり、対処はそれなりに心得ていた。実際、訓練で覚えた作戦や戦法が通用した。ただ、新型機を前にし て、エリオは何をすれば良いのか頭が真っ白になっていた。恭也がいつも通りにやれと言ってくれたが、いつも通りでは通用しないと彼は思っていたのだ。
 支えにしていたストラーダを強く握る。情けないな、と少年は落ち込んだ。敵を目の前にして物怖じした。二の足を踏んだ。その所為で自分は死にかけた。今回は運良く助けてもらえた。でも、もし恭也がいなかったら、自分は今頃墓の下だ。
 少年は胸の内で臍を噛む。もう少しやりようがあったのではないか? もっと気を張っていれば、恭也に余計な負担をかけずに済んだのではないか? 後悔の念しか浮かび上がってこない。
 その様子を察したのか、キャロが何か言葉をかけようとしたが、何を言えば良いのか良く解らなかった。慰めか、同情か、諦観か。彼女にはどれが相応しい言葉なのか判らなかったが、一つだけ確かなことは言える。だから、それを口にした。

「エリオ君は、頑張ったよ? ちゃんとガジェットやっつけられたんだから」
「でもそれは……」
「隊長に手伝ってもらったし、助けてもらってたけど、やっぱりエリオ君がガジェットをやっつけた事は変わらないと、私は思うな」
「そう、かな?」
「うんっ、そうだよ」
「……ありがとう、キャロ」

 さてさて、そんな微笑ましい光景を盗み見ていた約一名の大人はどうしていたかと言えば、

「フェイト嬢、とりあえず挙式の資金提供に一枚噛んでやる」
『えーと、気が早くないですか?』
「善は急げだ」
『と言うか、それこそ恭也さんが真っ先にそう言うことせなあかんとちゃう?』
「じゃあ、レティさんにでも連絡を取るか」
『――はやてちゃん?』
『じょ、冗談やってなのはちゃん! と言うか、レイジングハートカメラに向けるのやめてっ、ね? ね?』
『全くもう』

 いつもの軽口を叩きあっていたのだった。緊迫な雰囲気はどこへ行ったのやら。
 エリオの回復を待って、三人は重要貨物室へ向けて動き始めた。

〜・〜

 その直後のことである。

『スターズ01、ライトニング01制空権獲得!』
『ほな、あとはレリックだけやな』
『あ、八神部隊長、レリック発見しましたー!』
『お、ええタイミングや。中身は無事やった?』
『欠損、破損は特に見当たりませんですよー。一件落着です!』
『じゃあ、列車一旦停めたって。現場記録するから。あー、運送会社と交通省にも連絡』
『全部してあります』
『手回し良いね、グリフィス君。じゃあ、ヴァイス陸曹がそっちに着くまでレリックの護衛頼むわ』
『了解』

 と、至極あっさりレリックを確保したのである。まあ、事件が解決してめでたいことなのだが、もう少し盛り上がりが欲しいと、恭也は不謹慎な考えを抱い た。それは個人的な願望からだった。強敵、と言うよりも自身の研磨の機会がやっと来たと言うのに、あまり糧にならなかったからだ。
 だが、そんな罰当たりな事を言うわけにもいかず、自分の不満を奥にしまって、命令に従って動く事にした。
 列車を止めた後、レリックが安置されていた貨物室の屋根の上で、恭也はテンポよく流れる通信を聞きながら、隣に立つスバルとティアナを見た。先ほどから妙に視線を寄越してきてたので、なんなのだろうと不思議だったのだ。
 恭也が振り向くのを察知したのか、二人は自然を装って視線を外した。穿った見方で言えば、避けられていると感じられる。気のせいとすることも出来るが、判然としない微妙な対処だった。
 恭也は内心で首を捻った。別段彼女達に何かした覚えは……まあからかった事は数度あるが、まさかまだそれを根に持っているのだろうか。意外に陰険ではないか。いや、なのはやはやてが選び抜いた人材だ。性格面でも問題ない人間を選んでいるはずだ。
 とすると、やはり自分が何かしたのだろうか。これまでの経緯を振り返ってみるが、恭也には見当もつかなかった。

「なあ、スターズの二人」
「え、あ、はい? なんでしょう?」
「さっきからこっち、いや俺をジロジロ見てたが、何か言いたい事でもあるのか?」
「ないですよ? と言うか、私達そんなに見てましたか?」
「俺はそう感じたんだが」
「じゃあ、気のせいですよ」
「そうか?」
「はい」

 そう言われてしまえば、恭也は追及の手を緩めるしかなかった。突っ込んだ事を聞いて関係が拗れるのは、面倒にしかならないのだ。この先これが原因で何某かの問題が起きるならば考えなければならないが、今はどうすることも出来ない。放置するしかなかった。
 思考を切り替えて、恭也はもう一つ気になっていた事をなのはに訊ねた。

「なのは」
「ん? なにかな?」
「航空戦力ってのは、どうだったんだ?」
「どうって言うと……?」
「感触としてだ。強いのか、弱いのか、面倒なのか、厄介なのか」

 自分自身に飛行技能がないので、航空戦力がどのような戦力を保有しているのか気になったのだ。有事の際、地上から迎撃、ないし撃墜しなければならない時の対処法を考えておきたかったのである。

「旋回能力はそんなになかったね。簡単に後ろ取れたし」
「お前が取れるなら、機動性は大した事ないか」
「こっちの攻撃も避ける様子がなかったし」
「……避けない? 普通、回避行動くらい取るだろ」
「一型と一緒だよ。最初に見た時は大した動きをしてなかったけど、ここ最近のガジェットは悪い意味で良い動きしてきたから」
「ヴァージョンアップされてますねぇ。やっぱり誰かがあれを作ってるって話は本当のようなのです」

 リインフォースUの言葉に、恭也は眉間に皺を寄せた。

「大体どのくらいで動きが変わる?」
「ガジェットが作られた時期と私達が遭遇した時が一致するのか解らないんですけど……」
「時間軸で見るなら、大体平均して七〜八ヶ月ほどで動きが変化してきてますよ。最短では半年です」

 捜査官としてガジェットに関する資料を頭に叩き込んでいるフェイトの補足に、三人は唸った。

「半年か……短いのか、長いのか判らないな」
「私は短いと思うけど」
「リインもです」
「根拠は?」
「管理局で同じような事をするには、施設や生産環境が同じ条件であったとしても一年以上かかるって聞きました」
「誰にだ?」
「クロノ提督です。はやてと一緒に聞いた事があって」
「ふーん? で、その間隔は厄介なのか?」
「どうでしょう。AMFは確かに魔導師にとっては脅威ですけど、ガジェット自体がそれほど多く目撃されてないところと、それほど多くの数があるとは思えません。超長距離からの砲撃や、それで起こした物理攻撃で十分に対処できると思います」
「つまり、今のところ、ガジェットに他の魔導師が襲われても対処は可能と言う事か」
「ええ、そうです。六課で得たデータ――特にガジェットに関しては他の部隊に通達を出してますから」
「なら、問題ないとしよう。今のところ、航空戦力と言っても、ただ飛んできてただ攻撃するだけのようだからな。まあ、恐らく次遭った時は多少回避してくるかも知れんが」

 そうなったらそうなったで、何かしらの対策を講じなければならないが、それはその時にならなければ考えられないだろう。ガジェット二型がどのような回避 を取るのかを実際に見なければ対策も何もないのだ。初遭遇が六課であれば、ポテンシャルに物言わせてゴリ押しできるが、他の部署が遭遇してしまった場合 は、残念ながら頑張ってくれといわざるを得ない。そこまでは流石に面倒見切れない。データを持ち帰ってもらえれば万々歳と言えるだろう。
 そこで、恭也の耳がヘリのローター音を捉えた。

「迎えが来たな」
「え?」
「あ、あそこ」

 フェイトが指差す先には、渓谷を縫ってこちらに向かってくる一機のヘリの姿が見えた。ただし、大きさは豆粒だ。あんな遠くのローター音は普通聞こえる訳がない。

「だからなんで聞こえるんですか、お爺さん」
「聞こえるものは聞こえるんだ」

 元々は暗闇で相手の気配を掴む為に五感を研ぎ澄ます訓練の課程で、副次的に聴覚や嗅覚、触覚が鋭敏になっただけの話である。御神流を納めているならば、当然出来る事なのだ。

「じゃあ、全員帰還だね。あ、現場説明の為にお兄ちゃんはここに残ってもらうから」
「……まあ、いいだろ」
「後のこと、よろしくお願いします」
「よろしくですー」

 満面の笑みを浮かべてそんな事を抜かすリインフォースUに恭也は宣告した。

「孫よ、お前は残れ」
「ええー!?」
「肩書きは隊長だが、階級は三士だぞ? 説明には上官が必要だ」
「なっ!? お兄ちゃんがまともな事言ってる!?」
「これはお爺さん御得意の屁理屈ですよ!」

 とは言え、恭也の言っている事は正論である。階級と地位がちぐはぐな恭也が説明するなんて事は現場が混乱してしまう。本当に階級の上の存在が一人でもいなければ体裁が繕えないのだ。

「それだったらなのはさんかフェイトさんでもいいじゃないですかー!」
「なのはは新人の報告を受けなきゃならんだろ。あと書類のまとめか? フェイト嬢もはやて嬢に色々報告せにゃならん。暇そうなのはお前だけだ」
「リインだって報告書書かなきゃいけないんですよ! お爺さんの監督日誌を!」
「……それって、ますますリインが残らなきゃいけない気がするんだけど」
「はっ!?」

 うあー、そうでしたー! となんだか知らないがかなりショックを受けている身長12cm。とりあえずリインフォースUは放置しておく。

「そう言うわけだから、お前等は帰って良いぞ」
『了解!』
「今日は訓練はないから、皆体を休めておいてね」

 と言うわけで、新人と部隊長の六人は迎えのヘリに乗り込み、引き上げて行ったのだった。後に残った中年男と未だに自分のうっかりにショックを受け続けるちびっ子は、運送会社の組員に恙無く事情説明をしたのだった。
 ちなみに、説明に関しては問題なかったので、リインフォースUがつけた恭也評価表はまあまあの成績が記されていた事を追記しておく。
 こうして、隊員の胸中には様々な問題が露出しはしたが、機動六課の初出動は無事に解決を見たのだった。