十年前の事だ。
 この街で大きな火事が起きた。
 街の住宅地で発生した火事は、火の手を広げ、街を、家を、人を焼いた。
 火災発生の時間は深夜近くで、住民達が寝静まった直後だった事が禍して、多くの人達が逃げ遅れてしまった。
 死者三百人。それが、その火災で数え上げられた命だ。
 男も女も老人も子供も、みんな等しく死んで逝った。その中で、生き残った幸運な人間もいる。火の手から逃げ延びた者や、人の手で助け出された人間だ。
 俺――衛宮士郎は後者の人間だ。
 死が蔓延る紅い街の中を当てもなく彷徨い、偶然にも通りがかりの男に助けられた、らしい。その時の記憶はあやふや――いや、そもそもその火事があった以前の記憶を失ってしまっていた俺は、当時の事自体を詳細に覚えていなかった。
 一番古い、源記憶とでも言うべきものは焼け爛れた街の『ような』景色であり、明確に記憶しているのは、消毒液の臭いと白いもので囲まれた部屋からだ。
 意識を取り戻してから、三日くらいベッドに転がっていた気がする。何時起きて、何時寝たのか、それすら定かじゃないから確かなことは言えないが、後で看護婦の人に聞いたらその程度の日数ほど病院にいたようだ。
 そこで、訳も解らずベッドの上で寝転がっていた俺に面会者が来た。それが、衛宮切嗣だった。
 よれよれのコートに無精髭を生やした男……その老成した雰囲気から、後に爺さんなどと呼んだ男は、情動を失っていた俺にこう切り出した。

「僕の子供にならないかい?」


 七年前の話だ。
 切嗣に引き取られた俺は、欠落していた名前――苗字の方を貰い、衛宮士郎として生活していた。生活自体はやや貧乏だった。
 と言うのも、切嗣が住まいとして深山町の中でもとりわけでかい敷地を持つ武家屋敷を買ったため、貯金がほとんどなくなっていたのだ。
 生活は苦しいと言うわけでもなかったが、裕福と言うわけでもなかった。時たまの豪華な食事がありがたられる、そんな家計事情だった。
 切嗣は時折、ふらりとどこぞへと出かけていた。短くて半日、長くて半年。それだけの時間、家を空けて帰ってくると札束を俺に渡してきて、好きなように使えと言った。無論、全額貯金し、生活費に当てた。
 そんな生活を続けていたので、家計簿は赤かったり黒かったりと、微妙な変動を見せる。今読み返すと、よくもまあ生きてこれたなと感心できる数字だ。なんだ、赤字二十万って。
 俺が成長期だったと言うこともあり、食費と衣料費なんてものがかかった。子供の成長は、思ったよりも早く、去年買った服が次の年の同じ時期には着れなくなるなんて事がざらだった。付け加えて、子供は学校に行かなければならず、学費なんてものも支払わなければならず、家計は不安定、さらには学費がいると言うこともあり、削れるものは何でも削った。
 光熱費、水道代、電気代にガス代。土蔵に転がっていたガラクタもリサイクルショップに叩き売って日銭を確保していた。
 とにかく節約を念頭に生活を続けていた俺に、あるチラシが郵便ポストに投函された。
 バザーのチラシである。最近はフリーマーケットと言うのだろうか。ともかく、家庭でいらなくなったものを安く売る市場が催されると言うことらしい。
 切嗣に文面の意味を聞いた俺は、当日朝早くから足を運んだ。バザー開始の三時間前に家を出たのは、バス代を削るためだ。とは言え、当時小学生だった俺には、新都の教会まで行くのは長い道のりだったが。
 道中に建設工事中のビルなどを眺めながら、えっちらおっちら小高い丘を登って、俺はバザー会場に辿り着いた。確か、時間はバザー開始十分前だったか。我ながら予定通りの行動にちょっとだけ褒めたいと思う。
 会場にはバザーでの提供品を並べている主婦や、俺と同じくバザーで掘り出し物を見つけに来た人達が居た。開場前の様子を一頻り見渡して、子供服を売っている組を探す。目星をつけたのは、三つか四つだったと思う。
 そうして、バザーが始まり、俺はやや駆け足で当たりをつけた一角へと向かい、服選びに入った。今着る服、来年着る服、再来年着る服の三種類を選んでおく。流行やらなんやらは俺の頭にはなかった。とりあえず寒さが凌げれば良いだろうと考えていた。
 服を買っていく過程で、どうやら買う品物を値切る事が出来るらしいことを知った俺は、二つ目の所で、値切り交渉をしてみた。こちらの希望価格と、あちらの希望価格の衝突に鎬を削って、いくつかをこちらの言い値で買った。細かくは覚えていないが、多分当時の俺は小さく拳を握ったに違いない。
 それで、確か三つ目の組での交渉を終えたとき、あいつを見つけたと思う。
 バザー会場の一番奥――運営者が仮設する本部みたいなところで、古本を売っていた少女。シスター服を着た白い髪の彼女を、何故か俺は見つめた。
 俺の視線に気付いた彼女は、隣に居た女性に二、三言しゃべると、一礼して俺の方へとやってきた。
 最初は、彼女は俺の方角に何か用事でもあるのだろうと思っていたのだが、彼女は俺と視線があってからこちらに来たのだ。まず間違いなく俺に用件があったんだ。

「なにか、用ですか?」
「――え?」

 最初、訊ねられた意味が解らなかった。言葉が理解できなかったわけじゃなくて、何故俺に声をかけたのか、その意味が解らなくて、俺は訊き返した。

「別に、何の用もないけど……」
「では、何故私を見ていたんですか?」
「理由はないよ。たまたま目に入っただけだから」
「そうですか。……本当に用件はないんですね?」
「だから、ないよ。大体初めて会っただろ? 声をかける理由なんかない」
「あら。では、あなたは用向きがないと言うだけで、困っている人に手を差し伸べないのですか?」

 その言葉に、俺はカチンと来た。そんな薄情人みたいな言い方をされて、頭に来ない奴なんて居ないだろう。思い出してみるに、あいつの言い分は前後が繋がってなかった気がする。まあ、子供だから仕方ないといえばそれまでだが、当時から焦点をずらすことに関して才能を発揮していたと言うことだろう。

「なんだよ。俺に何か手伝って欲しいのか?」
「ええ、そうです。私のところでは古本を売っているのですが、会場に運び込んだ分がなくなりそうでして。教会にはまだまだたくさん積まれているので、それを運んでくれないでしょうか」
「解ったよ。やるよ」
「ありがとうございます」

 してやったりの顔をするあいつに、俺はなんだか悔しくなった。でまあ、何か言い返そうとして、見当違いの事を言ってしまったんだ。

「――でも、けしかける様なこと言われなくたって、手伝って欲しいって言えば手伝うぞ」
「え――?」

 言ってしまってから負け惜しみにもならない理由付けに頭を抱えそうになったが、きょとんと、本当に心底びっくりした顔をするあいつに、俺は顔をニヤつかせた、はずだ。この時はそういう顔が出来てたのか、自信はないけど。

「ほら、何処の何を運べば良いんだよ」
「あ、はい。では、案内します。私も運ぶ予定だったので」
「あ、俺の荷物、何処に置こうかな」
「でしたら、礼拝堂の席にでも置いてください。どうせ誰も入ってきませんし」
「解った」

 結局、その日はダンボール一杯に詰まった本の山を、俺とあいつで汗を流しながら運んだだけで、一日が終わってしまった。
 カラスの鳴き声すら聞こえなくなった時間になって、何時の間にかやっていたバザー会場の後片付けの手伝いを終えて、ようやく俺は帰ろうとしていた。

「――お待ちなさい」

 そんな俺を呼び止めたのは、あいつだった。

「なんだよ? まだ何かする事があるのか?」
「いえ。今日手伝ってくれた礼を述べたいと思いまして。ありがとうございました」
「……どういたしまして」

 素直な礼に、俺は少し意外に思った。こいつでも素直なときはあるんだなと、考えさせられたんだ。

「まさか一日中手伝ってくださる暇人だったとは、私的にいいネタをゲットできて幸いです」

 訂正、こいつを見直した俺が馬鹿だった。

「……帰る。じゃあな」
「お待ちなさい」

 先程同じく、あいつは俺を呼び止めた。
 胡乱気な視線で振り返ると、彼女はすまし顔で言った。今だからこそ断言するが、あれは絶対に照れていたに違いない。

「あなたのお名前を聞いていません。一両日手を貸していただいた方の名前を知らないなどと言う事は天罰が下ります。あなたのお名前をお聞かせ願えますか?」
「……衛宮、士郎」
「えみや、しろう、ですね。覚えました」
「――待てよ」

 そのままテクテクと教会へと戻っていこうとする彼女を、今度は俺が呼び止めた。
 意外そうな顔をする彼女に、俺は不機嫌顔で言った。

「俺の名前だけ教えるのは変だろ。俺はあんたの名前、知らないぞ」
「――ああ、これは大変失礼しました。あなたの名前を聞くことだけで頭が一杯だったようです」

 両手を握って祈る姿勢。自分の失態を神様にでも報告していたのだろう。当時の俺にはその仕草の意味が解らなかったが。
 あいつは、祈りの姿勢を解くと、恐らくは謝罪の意味で軽く頭を下げて、名乗った。

「――カレン・オルテンシアです。この教会の修道女です。御用があれば承ります」
「カレン……おる……?」
「覚えにくいのであれば、カレンだけでよろしいです」
「解った。カレン、だな。一応覚えとく」

 それだけ言うと、俺は手荷物を腕に引っ掛けて、家路についた。帰り道の途中、その日出会った少女の事を考えながら。

 この日が、俺とあいつ――カレンが会った最初の日だった。

 ちなみに、昼飯の用意をすっかり忘れていた俺は居間で干上がっている切嗣を見て、溜息を吐いたのは言うまでもないことだった。


 六年前の事だ。
 聞いた話だが、カレンの父親が死んだらしい。これを知ったのはもっと後のことで、そう言えば、この時期、カレンの姿をあまり見なかったと辛うじて思い出せる程度だった。
 新都の教会の責任者が持病を悪化させて亡くなってしまい、教会は責任者が不在となった。教会側としては、責任者不在の状況は好ましくないらしく、しかし、当時はあの教会に回せる人員が居なかったため、緊急的かつ超法規的に無期限で暫定としてカレンを代理司祭としたらしい。今考えてもむちゃくちゃな処置だ。
 その後も、司祭の不在は続いたが、半年もすると教会側からはうんともすんとも連絡が来なくなったらしい。俺が思うに人員を探して東奔西走しているのだろうと予想したが、カレンは否定した。どうやら、人事部の方で手違いが起きたらしく、正司祭を探す申請をした書類が紛失して、捜索が打ち切られていたらしい。しかも誰もその事を思い出しもせず、今現在もその問題は棚上げ状態だそうだ。
 それで、超法規的に代理司祭に収まっていたカレンは、無期限の代理司祭を務めることになったようだ。本人の弁に寄れば、この街は神頼みや懺悔しに来る人間が少なく、割と暇だったらしい。だから子供でも問題は起きなかったようだった。
 で、無駄に暇だった彼女は、ちょくちょく俺を呼び出しては暇潰しをしていた。
 教会に寄付されたボードゲームをしたり、トランプをしたり、適当に暇潰しの相手を勤めさせられた。彼女はポーカーやチェスと言った戦略性の高いゲームは無類の強さを発揮するが、双六に代表される運試しの要素が強いゲームは軒並み弱かった。

「あんた、運ないなぁ」
「……大変遺憾です」

 珍しく悔しがっていたと思う。と言うよりも、俺はこの場面以外に彼女が悔しがっている様子を見た事がない気がする。
 ――ああ、今思い出したが、この会話には続きがあった。いや、その言葉だけがぽっかり抜けてたのだ。その言葉が抜けてしまったのは、先の会話と、次にカレンが言った言葉は別個に記憶しているからだろう。それだけ、その言葉は印象的だったんだ。

「――ですが、運は良いようです」

 何を以ってしてカレンがそう言ったのか、俺には解らない。今でも解ってない。いつか解る日が来るのかも解らない。
 けど、そう言った彼女の顔は少しだけ朗らかで、嬉しそうだったのはよく覚えてる。
 ああ、けど、余計なもんまで思い出しちまった。

「それよりも次は別のものをしましょう。ダイアモンドはどうですか?」
「カレン、そう言うのめちゃくちゃ強いじゃないか」
「負けるのが怖いんですか? 男の子の癖に」
「む、そんな挑発には乗らな」
「臆病者、怖がり、ヘタレ、見栄っ張り、チキン野郎」
「勝負だ!」
「では、負けた方は勝った方の言う事を一つ聞くと言うことで」
「受けて立つ!」

 勝負の結果は……訊かないでくれ。封印したい過去だから。


 五年前の事です。
 私の唯一と言って良い下ぼ――いえいえ、友人の衛宮士郎とはこの時期を境に疎遠になりました。彼の身内に不幸があったらしく、その事後処理に追われていたようです。
 葬儀は和式だったようで、教会の修道女である私には縁のない話でした。
 お葬式を済ませ、家人が残した幾許かの遺産を衛宮士郎は相続したそうですが、同時に生きていくには金銭を稼がなくてはならなくなったそうです。受け継いだ遺産は土地と家だけで、貯金などの現金化できるものが殆どなかったらしく、相続税と生活費と学費を稼ぐため、日の出前と日の入り前に町内ランニングをするバイトを始めました。要は新聞配達です。相続税の方は流石に払える見込みもなかったので、頼める人間に立て替えてもらったようです。現在もその借金の返済をしているのだとか。
 ご町内では勤労少年として認知されていたらしく、ご近所から色々と食材を分けてもらったりと周囲の人に支えられながら生活を続けていたようです。
 衛宮士郎の生活が一変して多忙になり、私との交流は日に日に減り、何時しか顔を見ることもなくなりました。
 私は仕事がありましたから教会から出ることは出来ず、衛宮士郎は生きるために仕事を勤めなければならず、私たちはその後数年に渡って交流を断ちました。
 件の葬儀の後、彼と最初に会ったのは、お葬式の日から丁度一ヶ月経った日でした。私が頃合いを見て呼び出したのです。
 やや落ち込みの色を見え隠れさせていた彼は、何時ものような張り合いもなく、苛め甲斐がありませんでした。それを詰まらなく思い、私は呼び出す頻度を下げ、最後には呼び出す事をやめました。
 今考えてみれば、彼を呼び出すことは迷惑だったのでしょう。彼の家と、私が住まう教会は冬木市の東西に位置します。いちいち街を横断してこなければならないので、疲労は多く、さらには時間もかかります。ここに来るだけで一日時間を潰してしまいます。彼の仕事内容を鑑みれば、私の呼び出しは快いものではなかったでしょう。
 大変不甲斐ないことに、この事実に気付いたのはかなり後でした。夕食の支度をしていて、ふと気付いたと言う脈絡もない話ですが。
 当時の私も幼かった、と言うことですね。これでも私は聡明と自他共に認めていた事もありましたから、彼の事情を配慮していなかったことに愕然としたものです。ですが、この事は一生話さないでしょう。失態を失態として語るなどと言う、彼に弱味を見せる暴挙は絶対にしてはなりません。ええ、私は常に上位に立たなくてはならないのです。
 この後、私達が再会するまで、四年の月日を必要としました。待ち遠しかったのか、それともあっと言う間だったのか、未だ釈然としませんが、私と彼との記憶はここで一度切れるわけです。


 二年前の話だ。
 高校進学の合格通知をどうにかもらえた俺は、即座にバイト先を切り替えた。新聞屋の親父さんや先輩方に別れを告げて、もうちょっと実入りの良いバイト先を探すことにしたんだ。高校生ともなれば、給料も上がるからと言うわけだ。
 いくつか仕事先を選んで、結局決めたのは藤ねえ――近所に住んでいる馴染みの教師――の知り合いがやっている喫茶店だ。軽食も扱っているらしく、賄いも出ると言う。貧乏人としては願ったり叶ったりの職場だ。
 その喫茶店――コペンハーゲンの調理場で従事する日々を送っていたわけだが、俺の生活に少しだけ変化がおきた。バイトの給料が上がったことで、就労時間が微妙に減った。つまり、微妙に暇になった。
 さて、この暇になった時間をどう使おうかと悩んだ。学生らしく部活動でもするかと、思いもしたが、新入生の入部時期を微妙に逃していたので、今更部活に入部するのは気が引けた。
 そんなわけで、部活動と言う選択肢はなくなったわけだが、さてそれじゃあ、何をするかだ。
 家事をもうちょっと気合入れるか? とも考えたが、今まででも十分こなして来たんだし、今更の話だった。あーだこーだと考えを巡らせて、ようやく閃いたのはやや疎かにしていた魔術の鍛錬だった。
 これまでも鍛錬はしてきたが、何分今まではバイトの都合があり、あまり力を入れられなかった。人目につくことは厳禁と切嗣に言い含められていたこともあったから、昼間に鍛練するわけにも行かず、でも朝早くから仕事が待っているため、夜に鍛錬は行えず、遊びに来る藤ねえが来ないと確信できた時以外はあまり時間が取れなかった。
 だけど、コペンハーゲンに職場を移したことで、朝方の用事はなくなり、夜の時間帯が空いた訳だ。なら、この時間を魔術の鍛錬に割り当てようと思った。

「――えーと、どうするんだっけ?」

 間抜けなことに、バイトに明け暮れていた所為で魔術の起動キーを失念してしまった。もの凄く恥ずかしいことなのでこの事は一生誰にも話さないだろう。無論、カレンにだって、いや、カレンにこそ秘密だ。あいつに知られた日には、俺は首を吊ってこの世に別れを告げるかもしれない。無論、俺の首に巻きついているのはあの赤い布だ。

「あ、ああ、そうか。そうだった。思い出した」

 背中に冷や汗を流しながら、なんとか思い出せた俺は、久々の魔術行使に緊張した。起動キーすら忘れていた俺が、まともに魔術を使えるのかどうか、もの凄く不安だったからだ。

「とりあえず、こいつからやってみるか」

 手にしたのは角材。日曜大工で作った卓袱台の切れっ端だ。

「――同調トレース開始オン

 組織構造と構成材質を解析し、魔力を通してみる。

「――同調トレース完了オフ

 自分の身体の一部として、角材を認識する。感触としては先程までの握っていると言う感触は薄れて、意識は握っていない状態で角材を持っている、そんな認識が生まれた。
 角材の先端で床を突付いてみる。手足の延長と自己認識している分、普段の感触とはやっぱり違う。
 一先ず、久々の魔術は成功、と見て良いみたいだった。

「じゃあ、強化してみるか」

 強化の方向性を『強度の硬質化』として、魔術を始める。

「――強化トレース開始オン

 先程の同調の魔術の時に組織構造と構成材質は読み取ったので、成長に至る過程を読み取りこの角材がどうやって育って切り取られたのかを脳裏に複写していく。成長過程を見ることで、成長の筋を見つけ、そこに魔力を流し込むことで強化していく。
 その内、『硬く育つ』と言う成長筋を見つけ、魔力を注いだ。

「――強化トレース完了オフ

 とりあえず、魔力を注げるだけ注いでみた。軽く振ってみるが、重さは大して変わらない。

「じゃあまあ、試してみるか」

 藤ねえが何処からか拾ってきた鉄パイプがあったはずだ。それを空手のデモンストレーションによくあるように、両端に台を置いて、中心を宙に浮かせる形で乗せる。
 手に持った角材を握る。もしこの角材が硬くなっているなら、鉄パイプは大きく拉げる筈だ。……拉げてくれるのを願って、俺は思いっきり角材を振り下ろした。

「っっっっっっ、硬ぇっ」

 鈍い打撃音と金属音が土蔵に鳴った。
 手首に走った衝撃を堪え切って、問題の鉄パイプの状態を見てみる。狙い通り、パイプの中央が潰れていた。急角度のUの字にパイプは曲がっている。どうやら、強化は成功したみたいだ。しかし――、

「……あれ?」

 そう、俺は気の抜けた声を出した。
 確かにパイプをひしゃげさせることには成功したが、角材の方も変形していた。角材で狙い打った場所、つまりパイプを打った場所が陥没していたのだ。角材もある程度変形するとは思っていたが、素人目に見ても陥没しすぎなのが解る。

「……これ、強化の意味、あんのか?」

 多分、俺がかけた強化は、実のところかかっていなかったんだろう。注いだ魔力が足りなかったのか、そもそも強化の仕方自体が間違っているのか。独学でやる事の限界が、早くも見えていた。

「はぁ、片付けるか」

 鍛錬再開の初日は、実に暗澹たる結果で終わった。


 一年前の事だ。
 高校生活がそろそろ一年を満たそうかと言う時期、一本の電話が入った。その時俺は台所で枝豆を湯がいていた。虎の酒のつまみだ。いい加減、未成年しか住んでない家の冷蔵庫にビール缶を貯蔵していくのはやめて欲しいんだが。

「はいはーい」

 陽気に電話のある廊下へと出たのは藤ねえだった。やや足元が危ういが、意識はまだはっきりしている方のようだったので、とりあえず任せる方向にした。
 枝豆の熱を冷ました後、ザルで水をよく切って、皿に盛り付けたとき、

「なんなのよー!! わたしがいったいなにをしたあああああああああ!!」

 虎の絶叫が木霊した。

「っぁ」

 至近距離だった。障子一枚隔てた程度であの絶叫を緩和できるはずがない。ああ、ご近所の皆さん夜分遅くに騒音を発生させて申し訳ありません。虎は厳しく叱っておきますし、後ほど煮物などをご提供させていただきます。
 錯乱気味だった頭を振って、意識を取り戻す。とりあえず、何よりも優先しなければならないのは、廊下で騒いでいる虎を押さえつける事だ。

「コラッ! 藤ねえ!! 暴れるのは止めろ!」
「ウワーン! 私の脳みそにだって皺の一つや二つくらいあるわよーぅ!!」
「それじゃ少なすぎだろ!? とにかく、受話器を放せっつの!!」

 どうにか虎を取り押さえて、受話器を引っ手繰った。事情は飲み込めないが、ともかく電話の相手にあんな声を聞かせるもんじゃないと廊下から居間へと放り込んだ。体育座りのままこてんと転がる虎を確認してから、一つ咳払いをして電話の応対に臨んだ。

「もしもし、先程はすいませんでした。彼女は後できつく叱っておきますので、どうかお許しください」
『――許すわけがないでしょう。受話器越しに鼓膜を破られそうになる体験をされて、謝罪一つだけで許せるほど、私は心広くありません』

 この時、俺は少しだけ脳裏に引っかかるものがあったが、そんなことよりも許してくれないと言う相手の言い分の方が重大だったため、その点を無視した。

「……どのような対処がお望みでしょうか。こちらとしても、できる限りの謝罪をしますが」
『そうですね。別に治療代をせびるつもりはありませんが、私としては謝罪だけでは許容出来ない事件です』
「では、どうしたら良いでしょう?」

 ここで金銭を請求された場合、雷画爺さんに全て報告するつもりだった。まあ、脅迫とかは専門だろうし、何より、相手先に迷惑をかけたのは孫だ。尻拭いは引き受けてくれるだろう。そんな打算を脳裏で計算しながら、相手の言葉を待った。

『――そうですね。では菓子折りと、夕食を作りに来てください。それでチャラと言うことにしましょう』
「は? はあ」

 訳の解らない解決法を口にされ、俺は困惑した。菓子折りはまだ良いとしよう。だが、夕食を作るとは一体どう言うことなのだろうか。食事に誘うとかならまだ理解できるが、飯を作りに行くと言うのは、戸惑う要求だった。

『一応こちらの要望を口にしますと、分厚いステーキとカニですね、それとエビ。あの生意気そうな鋏をくり抜いて身を取り出すのは快感です』
「……もしもし?」

 なんか、何処かで聞いた事がある話し方だった。丁寧な口ぶりで、嫌味ったらしくて、かつ容赦なく弱味に付け込んでくる女。
 俺の中の古い記憶が蘇ってくる。教会、修道服、白い髪、小生意気な瞳、鬼のような口調。そこまでいって、俺は鮮明に電話の主を思い出した。

『ああ、カニとエビ一匹ずつで結構ですよ? カニは鍋にして、エビはボイルドして特製ソースで頂くのも――』
「カレン」
『――はい? なんでしょう?』
「カレンなんだな?」
『確かに私はカレン・オルテンシアですが。――もしや、今頃思い出したのですか? まったく、四年近くの空白程度で私の名前を忘れるとは。所詮一時の縁など、薄情なあなたは忘れてしまうのね、伊藤四郎』
「誰がだっ! 俺は衛宮士郎だ!!」

 わざとらしく間違えやがって! だが、カレンはずっと俺の事を覚えていたらしく、すっかり忘れていた俺の旗色は最初から悪かったわけだ。だから、彼女の言い分の半分――菓子折りと食事を作りに行く事を約束した。無論、カニだのエビだのステーキだのは全部却下した。

「それで、一体何の用だよ?」
『――ああ、あまりにも久々だったので少々羽目を外してしまいました。危うく用件を忘れるところでした』

 本題を思い出させてしまった事を俺は酷く後悔した。

「昔みたいに暇潰しの相手しろってんじゃないだろうな?」
『それもそれで懐かしいですが、残念ながら違います。それはまた後日伺うとして、今回は頼み事です』

 記憶にある限りカレンからの頼み事はこれが初めてだった。一体全体何を要求してくるのか、俺は緊張に唾を飲み込んだ。

『私、今度の四月に高校生になります』
「……ああ、そう言えば年下だったよな」

 そして再確認してしまう。今まで年下の女の子に言い包められて来たと言う事を。相変わらず、カレンと会話するだけで俺の心はどんどん荒んでいく。

「とりあえず、入学おめでとうと言っておく」
『不本意そうで何よりです』

 嫌味も通じない。こいつを悔しがらせる方法はないものかと思考を巡らしてみるが、これと言った有効打は思い浮かばなかった。そんな思考に俺が陥っているとき、カレンはこの電話の真の用件を切り出した。

『入園先は穂群原学園です』
「……………………………………………………………………は?」
『つきましては、学園内の案内を頼みます。あなたのことですから? 相変わらずの責任感を発揮して? 案内してくださいますよね?』

 返事は、イエスとしか答えられなかった。


 八ヶ月前の事です。
 入園式から一月経ち、学園生活にそろそろ慣れてこようかと言う時期、少々不思議な噂を耳にしました。
 この頃になると新しい顔ぶれとの集団生活にも慣れが現れ始め、学生達は特定の集団を形成するようになります。まあ、基本的には男子、女子それぞれ性別で集団形成しますが、中には男女混合のものもあるようです。この年頃で男女混合となれば、刃傷沙汰の一つでも起こしてくれるのではと少し楽しみにしつつ、私は何処の何にも属さず、日々を送っていました。
 特定の友人と呼べる人間は作らず、ある程度の顔見知りの人間が幾人か出来ただけです。どうやら、私の没個性的な性格では友人が作りにくいらしく、これからの学園生活が楽しみ――いえ、暗いものになりそうで溜息ばかりが出てきてしまいます。
 そうそう、噂の話でした。親しい人間があまり居ないとは言え、私の耳にも噂と言うものは聞こえてくるもので、さらには私自身が噂の中心人物と目されているのならなおさらです。
 どうにも、私を取り巻く噂と言うのを分析していくと、

『可愛らしい容姿だが、消毒液の臭いのする少女。聡明だが相手の瑕を抉りたがるサディスト』

 と言うことになりました。中々的を射ていると言えます。私はこれでも自分の見てくれはちゃんと自覚していますので、『可愛らしい容姿』と言われるのは吝かではありません。
 こんな噂が立ち始めたのは、入園式から時折受ける『告白』と言うものを断ってきたからでしょうか。見ず知らずの人間に好きだといわれることの不愉快さを懇切丁寧に教えて差し上げ、また最初からこちらにはそう言う意思はない事を、これまた懇切丁寧に教えて差し上げました。
 告白をしてきた男子生徒は、私への思慕が断たれた事に涙して、走り去っていくのが定番でした。番外としては殴りかかってきたことくらいでしょうかね。まあ、『巻いて』あげましたが。ああ、記憶はしっかり消してます。その辺りの偽装工作で抜かった事はありませんので。
 また、噂には続きがありました。やはり、噂と言うものは一つの出来事を伝聞で伝えていってしまうもので、多くの噂を耳にして全ての話の共通点を洗い出して、ほぼ確定的だと思われる事実を浮き上がらせると、

『そんな彼女に近しい男子生徒がいる。彼は確実にマゾヒストに違いない』

 後半は私の捏造ですが、ほぼ間違いなく確信してますので問題はありません。
 結局、噂の大元に心当たりがありましたから、私は噂には興味を失せました。自分が噂の当事者となれば、少しは面白いことでも起こるのかと思いましたが、自分の置かれてる状況を他人が見て適当に妄想するだけの娯楽であり、当人には全くメリットがないだけでした。
 これならば、彼と会話していた方が心休まると言うものです。あの悔しがりの顔は実に私の琴線に触れます。あ、今日の放課後にでも、彼を訪ねてみましょうか。きっと、私を悦ばせるリアクションをしてくださることでしょう。


 今日の事だ。
 一年の時から同じクラスで親しくなった柳洞一成とともに俺は二年三組のストーブを直していた。専ら、修理しているのは俺で、一成は俺の作業を眺めているだけだけど。
 今取り掛かってるストーブは、今朝方不調を訴えていたらしく、しかし直す時間もないままどうにかこうにか使っていたらしい。症状としては点けてもあまり暖かくならないとの事。とりあえずの状況を聞いた俺は、一成の――生徒会の依頼と言う形で修繕を引き受けてみた。
 こういうことは今までもあったから、この手のことは手慣れてると言っても良い。俺は早々にストーブのメンテナンスに入った。

「少し、良いだろうか」
「ん? なんだ?」

 各パーツを新聞紙を敷いた床に広げて、取り掛かろうとしたところへ一成がやや気後れしたような声で訊ねて来た。振り返り質問を待つ俺に一成は作業は続けながらでいいと言う。まあ、会話くらいならしながらでもできるけど。

「訊ねたい事が、あってだな……」

 背後に一成が立っているので彼の顔は見えないが、声色を聞くに認めがたいものを口にするような感じだ。結構言いたいことはズバッと言う性質だと思ってたけど、一成でも言い淀むって事があるんだな。

「その、実はだな……」

 そう切り出しながら言いにくそうに説明したのは、俺にまつわる噂だった。いや、俺自身は渦中の人間ではないかな。渦の中心付近にいると言うだけの話だ。とは言え、それを聞いて俺はしかめっ面をした。一成には俺の表情は見えてないだろうけどさ。

「で? 真相はどうなのだ?」

 喋ってしまったからか、一成の雰囲気が少し軽くなった。一番言い難い所を話してしまったんだし、そりゃ気が楽になるだろう。
 俺は、当たり前の事実を口にした。

「どうもないさ。俺とあいつはそんな仲じゃない」
「しかし、唯一まともに会話出来ているのは衛宮だけだ。他の面子では、泣きを見ている。あの間桐慎二ですら、手玉に取られたのだぞ?」

 女子に対しては撃墜率99%を誇る間桐慎二も、あの似非シスターには敵わなかったようだ。まあ、見え切った結果ではあるが。ちなみに失敗した1%は学園の才媛とあいつだ。高嶺の花とも言うらしい。俺には無縁の話だけど。

「衛宮とオルテンシアが『そう言う仲』なのなら、話は解るのだが……」

 解るなよ。そっちの方が俺には解らないぞ。

「適当なこと言うなよ。俺だって話すたびにヘコんでんだぞ?」
「なに?」

 一成は驚きを口にしていた。そんなに意外だろうか。彼の予想では、衛宮士郎には別の態度を取っていると思い込んでたんだろう。恐らく九分九里でそうだろうって決め付けてたらしい。
 甚だ遺憾だ。

「俺は昔の付き合いがあるから耐性があるだけよ――っと、修理、終わったぞ」
「ん、そうか。毎度すまんな」

 今回のストーブは部品が壊れていたわけではなく、灯油の噴出孔が炭で詰まっていただけだった。炭を削り落としといたから、問題なく使えるだろう。

「またなんかあったら呼んでくれ。出来る限りは受け持つから」
「承知している。とは言え、頼りすぎるのも不甲斐ない話だな。俺は高槻教諭に報告――」
「――ああ、ここにいましたか」

 一成の言葉に割り込んだのは、白い髪の手に包帯を巻いた少女だった。何時もの楚々として、しかし狡猾そうな瞳を俺に向けている。どうやら、探し人は俺らしい。

「オルテンシア」
「御機嫌よう、柳洞生徒会長。備品の修繕は済みまして?」
「今終わったところだ。それで、何の用だよ、カレン」

 出した工具を工具箱に入れて、留め金を留める。忘れ物がないかどうか周囲を確認しつつ、俺はカレンを見た。

「少しお話がありまして……」

 あいつはちらりと一成を見た。どうやら、内密な話をしたいようだ。
 カレンが込み入った話をしたい事を察した一成は、先程言った通り職員室へと向かうことにした。

「どうやら、俺は邪魔のようだ。では、俺は先に失礼する。――ああ、このまま帰ってくれて構わんぞ」
「解った」
「お手数かけます」
「……いや。二人とも暗くならない内に帰る事だ」

 後ろ髪を引かれるように、一成は退室間際まで俺たちを見ていた。カレンの性格を知っているが故か、あるいはさっき訊ねられた事柄を気にしていたのかは定かじゃないが、まあ俺が考えてもしょうがないことだ。

「で、どこでするんだ? 話」
「それは帰りながらしましょう。会長の言う通り、遅くなるのは物騒ですので」

 その言葉に同意して、俺は工具箱を生徒会室に戻して、カレンと一緒に下校することにした。


 夕日で染まる校舎を横見しながら、俺たちが学園の校門を出た所で、彼女は話を切り出した。

「手伝い?」
「ええ。教会関連の仕事でして、少々ゴタつきそうなので人手が欲しいところでして。適当な暇人を探していました」

 歯に布を着せないのは知っているが、俺にはことさら着せてない気がする。いや、そもそも槍だとか剣だとか、物騒なものでも持ってるんじゃないかってくらいチクチク刺されるんだが。
 俺は悔し紛れに反論した。

「……あんたが頼めるような知り合いって他にいるのか?」
「いいえ? ですから、最初で最後に当たるのがあなたです」

 友達いないからなぁ、と内心で呟く。
 見た目はその名の通り可憐とも言えるのに、口元で嘲る表情が堂に入ってる所為で、全然友人が出来ないようだ。事実、カレンが入園してからこっち、彼女に友人が出来たと言う話は聞いた事がない。
 カレンは話を続けた。

「それで、どうですか? 意外にもご多忙な衛宮士郎も流石に引き受けてはくれませんか? 困っている人がいるのですから? 手を差し伸べてくれるのが正義の味方偽善者でしょう?」
「……聞こえた?」

 もしかして、無意識に喋っていたんだろうかと口元を押さえた。いや、そんなのはもう遅いんだけど、思わず。相変わらずの舌技に、やはり心を抉られていく。一成、俺とこいつが『そう言う仲』なんて、絶対にありえないって。

「顔を見れば大体解ります。なんだかんだと付き合いは長いのですから、この程度のこと造作もないことです」

 そうは言うが、俺にはちっともカレンの心内と言う奴が解らない。男と女って言うことも相俟って、俺に理解できる範疇を超えているわけだ。藤ねえによく言われる女心が解っていないってのも反論できないな。

「手伝いって、何するんだよ?」
「祭事ですよ。この街に昔からある行事のようでして……」
「そんなのがあったのか?」
「ええ。あるようです」

 それなりに長くこの街に住んではいるが、そんな行事があるなんて知らなかった。一体どう言うものなのか詳細を訊ねてみる。

「どんな事をするんだ? その祭事って」
「聖なる杯を奪い合うそうです」
「聖なる杯って、聖杯? あんなものを奪い合うのか?」

 あれだろう? 教会に安置されてるあの聖杯のことだ。あれ自体にそんな価値があるんだろうか。祭事に使うくらいなんだからそれなりに金はかかっていると思うが、奪い合いって言うほどの価値があるとは思えない。張りぼてだし。いや、祭事って言うんだから、昔に会ったエピソードを模した劇みたいなものでもやるんだろうか。

「あなたが想像するものとは違います。聖杯は歴とした本物のようです」
「本物?」
「聖杯に満たされたものを飲み干せば、この世で叶わぬものは何もない。つまり、なんでも願いが叶う真作です」

 願望器とも呼べますね、とカレンは付け加えた。
 しかし、そう説明されても俺にはよく解らない。なんでも願いが叶うって、いくらなんでも胡散臭すぎる。
 懐疑的な目で見られていることに気付いたカレンは、仕方なさそうに溜息を吐いた。

「まあ、十年近くも独学で学び続ければ知識が偏るのも頷けます」
「……え?」
「あなたの無知を責める気はありません。環境が環境ですから致し方ないことです」
「……なんの、話だよ?」

 まさか、とも思った。
 でも、カレンは俺の全てを見透かしているかのような瞳を向けてきた。

「――魔術のお話ですよ、衛宮士郎」
「……っ!!」

 咄嗟に、カレンと距離を取った。取ってしまったとも言える。背筋に走った悪寒が、そうさせていた。冷や汗と脂汗が混じった生温い感触が、背中を伝う。
 どうする? 何で知ってる?
 二つの疑問が脳裏にちらついた。

「私から危害を加える気はありません。私は教会の者です。神に祈るのを仕事とする神職者ですから、物騒な人間ではないですよ」
「嘘吐け。お前の言動自体が物騒だろ」
「安心しました。口を利いていただけるようで幸いです」

 何時もと変わらないカレンの言動に、俺は顔を顰めた。何時もと変わらなさ過ぎる彼女に、俺は疑問を持った。

「もう一度言いますが、私は教会の者です。教会と魔術協会は仲が悪いそうですが、地方派遣のしがない代理司祭には実感のない話です。とは言え、この地の管理者には煙たがられてますが、私個人としては魔術師に対して大した恨み辛みはありませんので。ですから、睨むのはやめていただけませんか?」

 言われて、気付いた。眉間に刻んだ皺を殊更伸ばすように顔から力を抜く。内圧を下げるため大きく息を吐いてから、カレンを見た。

「お前、俺が魔術師だって、知ってたのか?」
「ええ、そうです」
「……いつからだよ?」
「割と昔ですね。三度目にお会いしたとき、体から魔力を発散させながら教会へやってきた時がありました」

 思い出してみる。三度目と言っているから、恐らくは七年ほど昔の話だ。一度目の出会いと、二度目の再会と、三度目の呼び出し。
 ああ、思い出した。三度目に会ったあの日、カレンからの呼び出しを受ける直前まで、魔術の鍛錬をしていたんだった。突然の呼び出しに急き立てられて、慌てて家を飛び出したんだっけ。あんまりにも慌てすぎて、魔力をそのまんまにしちまったんだろう。分散なり発散なりする暇もなかったからな。

「驚いたものです。知人が魔術師だったのですから」
「……確か、教会は魔術師を目の敵にしてるんだろ? なんであの時見逃したんだよ?」
「その理由は先程言いましたよ」

 まあ、納得は出来るけどな。

「あの時の私は大変時間を持て余していたこともありまして、暇潰しの相手がいなくなってしまうのは非常に退屈だったのです」
「あんたの暇潰しのためだけに見逃されたのか……」

 真実だろうと虚言だろうと、情けないことには変わりない。
 魔術は秘匿するもの。それを怠った俺の全面的な落ち度だったからだ。

「そう悲観なさらなくても良いではありませんか。子供の頃の貴い記憶と言うものが築けたでしょう?」
「思い出したくもない過去ばっかりな気がするぞ」

 事実、俺は思い出しても楽しい気分にはならない。

「――話を戻しましょう。私からの頼み事は冒頭で言った通り、教会の祭事の手伝いです」
「聖杯を奪い合うって奴か」
「ええ。もしかしたらあなたにも参加資格があるのかもしれませんが、そんなのことは関係なく手伝ってもらえますね?」

 断定口調なのが腹立たしいが、頼まれてしまうと断れないのが衛宮士郎だった。しかし、不承不承、嫌々引き受けてやったと言う顔を作って頷いておく。このくらいしか、カレンに反撃できる事がなかった。

「具体的に何をすればいいんだよ?」
「祭事――聖杯戦争と言うらしいですが、それが始まると教会は二十四時間体勢で開いていなければなりません。しかし、私たちは学生の身分ですので、昼間は仕方ないことですが、夜間は開きっぱなしにしなければならないようです」
「いいのかよ? 昼間閉めちまって。二十四時間体勢なんだろ?」
「奪い合いが活発になるのは夜間のようです。魔術師や教会が絡んでいるので、人目につかない時間帯さえ押さえておけば文句は出ないでしょう」

 そう言うものなんだろうか。カレンが言うからには抜け目はなさそうだが、なんだか心配になってきた。いいのか、そんなずさんで。

「資料によると、教会の役割は敗北者の保護のようです。命からがら教会へと逃げ込んできた彼らを私達が守るのが主な仕事だと資料に記載されています」
「保護って、何から守るんだよ?」
「敵ですよ。戦争と言うのですから、殺し合いなのでしょう」

 殺し合い!?

「どういう意味だよ!?」
「この聖杯戦争は魔術師達が、己の技術を競い合って聖杯を手に入れる儀式らしいです。魔術師が関わる時点で血生臭いものになることは明らか。命の奪い合いなど、彼らにとっては日常茶飯事なのでしょう」
「だからって、それだけで納得できるわけがない!」
「別段、納得しなくても良いです。あなたが参加したら存分に悩んでください。参加資格がない外野が何を喚いた所で、彼らが止まるはずがありません」

 俺は押し黙るしかなかった。切嗣の話で聞いた事があったからだ。
 魔術師とは、利己主義の塊でその為なら外道に落ちることも厭わない連中だと。いや、そもそも魔術、それ自体が外道の法なんだ。それを信奉する人間の時点で、俗世とは隔絶した認識を持っている。
 半人前以下の俺が喚いた所で、いやそもそもどれだけ実力のある魔術師が止めろと言っても、止めるわけがない。魔術師とはそう言う連中なんだと切嗣は言っていた。

「あなたのその正義感偽善は、今は関係ありません。始まってもいませんし、こんな所で悩んだ所で何が出来る訳ではありません」
「だけど……!」
「あなたが何に対して憤りを感じようとも私からの要請がなくなるわけではありません。あなたは私の仕事を手伝うのでしょう?」
「確かに承知はしたけどさ」
「私の手伝いをすればある程度の情報は入ってきます」
「……む」
「何をするにしても、私の傍にいるメリットを鑑みれば、それほど悪い話ではないのではないですか?」

 確かにカレンの言い分はそう言った意味ではメリットはある。だけど、少し頭を働かせれば強引に教会の手伝いをさせようとしているのは解った筈だ。だが、俺は頭に多少血が上っていたこともあって、カレンの策略に気付く余裕なんてありはしなかった。

「――解った。大人しく手伝うよ」
「ふふ、ありがとうございます。とは言え、了承するのなら早めにしてもらいたいものです。なんだかんだと文句を言っても最終的に受諾するのですから、さっさと頷けば良いものを」

 カレンの何時ものそれを強引に無視して、俺は言うべき事を言っておく。口が悪く、狡猾な奴だけど、約束は破らないって事は知っていたからだ。

「……だけど、これだけは言っておく。もし、その聖杯戦争って奴を止められそうなら、俺は止めに入る。それで良いか?」
「構いません。まあ、あなたにそう言う事が出来るとしたら、マスターの資格を得たときだと思いますが……」

 カレンの言うことはやや解らなかったが、約束は取り付けた。後は、お互いに違えなければいいように動くだけだ。

「話は終わりか? そろそろ暗くなる頃だし、早く帰った方が良いぞ」
「ええ。それでは御機嫌よう、衛宮士郎」

 絶対皮肉で言っている挨拶をして、俺たちはそれぞれの家路についた。


 その日の夜の事だ。
 空腹の虎に餌をやって、俺も腹を膨らませていた時、電話が鳴った。軽快に存在を知らせてくる電話の音を聞いて、藤ねえはびくっと体を反応させた。ああ、未だに八ヶ月前の後遺症が残っているらしい。あの時どんな会話をしたのか、藤ねえもカレンも話してくれないので、両者の間で何があったのか未だ解らないが、藤ねえの怯えようを見ていれば、大体の見当はつく。
 まあ、そんなことはともかくとして、夜分に電話をかけると言うことは緊急の用事かもしれない。俺はいそいそと立ち上がって、受話器を取った。

「はい、衛宮ですが」
『ああ、あなたですか。具合が良いですね』
「……せめてそういうことは胸の中にしまっておいてくれ。それと電話口なら名乗り上げろ」
『相手が解っているのですから良いではないですか。どちらにも問題は無いでしょう?』
「それで前に藤ねえの絶叫を耳元で喰らったんだろうが」

 そして、謝罪として俺が菓子折りと夕食の食材を持って四年ぶりに教会に足を運んだんだ。相変わらずの殺風景なカレンの部屋を見て、色褪せていた記憶が途端思い出されたものである。

「で、何の用事だよ。夕方の件か?」
『いえ、全く関係ありません』

 じゃあ、なんで電話なんかしてきたんだろうか。大抵は呼び出しをするためにカレンはかけてくるが、それだって今すぐ来いみたいな感じでかけてくる。こんな中途半端な時間帯にかかってきたのは、初めてだった。

『お話と言うのは頼み事です』
「またか。珍しいな、同じ日に二度もあんたから頼まれるなんて」
『私もです。数奇なことは続くものですね』

 一拍置いて、カレンは頼み事を話し始めた。

『実は学園に忘れ物をしてしまいまして、それを持って来て貰えないかと言うことです』
「……明日まで待てないのか? と言うより、自分で取りにいけよ」
『夕方の件をお忘れですか? 私は現在教会から出れないのです。自分で取りに行くのなら最初から行っています』

 なるほどと、思わず頷いていた。確かにそれじゃあ仕方ない。仕事があるのなら、それに勤めるべきだ。

『忘れ物と言うのは英語の教科書でして。今日出された宿題が出来ないのです。私の学年の英語を担当している教師は、ご存知でしょう?』

 居間で食い倒れている虎である。

『罰則はありませんが、容赦のない方でもあります。その点は認めますが、彼女に負けを晒すのは遺憾とするところです』
「……要は、意地でも藤ねえに負けたくないって事か」
『そう取ってもらって構いません。普段からして、あまり良好とは言えない仲なので。敵に弱味を見せることは私の主義に反します』

 どんな主義だよ。そもそも教会関係者の癖に妙に戦闘的な思考を持ってるのはなんでだ。

「でも、俺にそう言うこと頼んで良いのか?」

 俺だってカレンの事を敵とまでは言わないが、苦手としてるし。弱点、汚点があるなら突付いてみたくなったりするもんだ。
 しかし、電話口の彼女は声からでも解るくらいに嘲りの色を含ませて言った。

『あなたに罵倒されたところで馬耳東風です。私に対してあなたからそんな言葉が聞ける日はこの先ありはしない事を確信してます』
「……そうかよ」

 なんでそこまで自信満々なのか解らないが、俺の嫌味では一生彼女に煮え湯を飲ませることは不可能らしい。口下手な俺も薄々は感じてたけどさ。

『どうもあなたとお話をすると主題がずれてしまいますね。路線復帰して、私の忘れ物の話です。お引き受け願えますか?』

 そう頼んでくる彼女の声色は、ほんの少しだけ申し訳なさそうだった。カレン・オルテンシアと言う人間は、嘘を吐かない人物だ。素直な人間だが、性根がひん曲がっている所為で、本音で話すとデフォルトで相手を罵倒してしまうが、まあ信用は出来る。多分、信頼も。妙な確信だが。
 俺は、彼女の頼み事を引き受けることにした。

「解った。持っていくよ」
『あなたのお人好しに心から感謝します、衛宮士郎。ああ、私の席は知ってますね? とりあえず、破損や異臭がしない限り何をしても構いませんので教科書をゲットしてきてください』

 破損とか異臭ってなんだ。俺が何をすると思ってんだこいつ。

『では、お待ちしていますので』
「なるべく早く持ってってやる」

 俺は受話器を置くと、溜息混じりに居間でイビキを掻いている虎の回収を依頼するため、虎の飼育係に連絡することにした。


 学園は一種異様だった。
 形容できる語句が思いつかないが、夜の校舎と言うのは何度見ても不気味に映る。これまでも生徒会の依頼で備品を修理して夜遅くまでかかった事はある。誰もいなくなった建物ほど心寂しいことはなく、急かされるように帰宅するのが常だった。それでいて後ろ髪を引かれる様な感じが校舎を出るまで続くんだから、楽しい場所じゃない。
 頼まれたとは言え、こういういらない苦労を背負ってしまうのが衛宮士郎と言うことだろうか。まあ、あいつが困ってるなんて状況、早々ないんだし、ここで恩を売っておくことは吝かじゃない。
 気を取り直して俺は目的地へと急いだ。

「……これだな。にしても、綺麗に使ってるんだな」

 目的の英語の教科書をぺらぺら捲ってみる。本にはあんまり癖はなく、痛みもない。学年が変わるこの時期になれば使い古された感じが出てくるはずなんだけど、カレンの教科書は綺麗なものだった。折り目も強くは付いていないし。……実はあんまり開いたことないんじゃないか?
 確か、文系の成績は高かったはずだから、頷ける話か。と、そこまで考えて教科書の角になにやら書かれていた。印刷されたものではないことは暗がりでもよく解る。なにせ、棒人間が描かれてたんだし。

「……て、典型的な」

 本を一端閉じて、最初の部分を探す。ご丁寧にも一番初めからスタートしていた。興味本位でパラパラとしてみる。

「…………おい」

 棒人間の頭の部分に『士』と描かれた人間がぼこぼこに殴られ、剣で斬られ、槍で突かれ、巨大な何かで押し潰され、最後に布っぽいもので巻かれていた。
 確実に最後のはあいつの趣味だろうが、その前にあいつは授業時間中に一体何やってるんだ?
 そこまで考えて、途端にサディスト色で塗りたくられた笑みを浮かべながら、教科書に落書きをするカレンの顔が思い浮かんだ。きっと藤ねえもあいつのその顔に退いたに違いない。

 ――堪えきれない笑い声をどうにか堪えながら、嬉々としてペンを振るカレン。

 すまん、顔も知らないクラスメート達。ナチュラルサディスト似非シスターと同じクラスになってしまった不幸を嘆いてくれ。俺にはどうしようもないけど。

「……行こう」

 俺は何も見なかった事を固く誓って、教室から退散した。


 昇降口でそれは聞こえてきた。遠くから聞こえる音。何か、固いものを打ち付ける甲高い金属音だった。
 この時間に何処かで工事でもしてるのだろうか。こんな夜更けに工事するなんて近隣住民にえらい迷惑だって事解ってんのかな。住民からの抗議が殺到すれば行政は不評を買うことになるし。でも、そんな子供でも解るようなこと行政府の役人が解らないはずはないか、と自分の考えを否定する。
 じゃあ、他の原因は、と考えても、特には思いつかなかった。学年末の迫るこの時期、体育祭も学祭もないんだ。夜遅くまで学校関係者が作業する主だった行事はない。一体なんだろうと疑問に首を傾げつつ、俺は音のする校庭へと向かった。
 そこに二つの武を見た。

「――はっ!」
「――おぉ!」

 刺し迫る矛先。夜に濡れる澄んだ空気をいとも容易く切り裂きながら飛翔する赤い刃。見えたのは一条。しかし、音に聞こえたのは三連の剣戟音。
 目で追えぬほどの神速の突き。その速度で撃ち出されれば、人の体など楽々と貫くであろう刺突の雨を、二振りの剣が防いでいた。
 やや幅広の中華剣。対照的な白と黒の刀身を霞ませながら、命を刈り取ろうとする閃光の一撃を撃墜していく。一つ二つ、三つ。三つ目の突きを払ったとき、剣が零れ落ちた。弾き飛んだ剣は鋭く回転しながら校庭に突き刺さり剣舞の続きを見守る。

「――もらったぁ!」
「させんっ――!」

 武器を手放した事を勝機と見て、槍の速度が加速する。先程までだって、目にも追えないほどの速度で繰り出されていたにもかかわらず、今度の攻撃は完全に目に見えぬほどの不可視の一撃――!
 突きこまれたその先には対峙する敵の心の臓がある。このまま行けば確実に死が訪れるだろう。鮮血を吹き上げながら死んでいくヴィジョンが、一瞬見えた。
 だが、そんなものは俺の臆病な想像に過ぎなかった。心臓を狙っていたその一撃は、もう片方に持っていた剣の腹で受け止められていた。そうだ。剣は対で持っていたんだ。一つが弾かれたところで、武器はもう一つあったんだ。防ぐくらいなら片手だって出来る。
 そして、俺は不可解なものを見た。双剣だった男は受け止めた剣の反対側から斬り付けた、、、、、、、、、、

「……え?」

 おかしい。変だ。さっき、あの男は右手の剣を弾き飛ばされたはずだ。幾ら二人の攻撃が早くたって、武器の一つが消えれば嫌でも目に付く。それに、弾かれた剣が校庭に突き刺さるのまで見ていたんだ。それからあの剣を取りに行っていないのは、今なお校庭に剣が突き刺さっているのを見れば解る。
 突き刺さっている剣と全く同じ剣を男は手に持っている事が、俺には全く理解できなかった。

「……ち、今ので二十七。一体幾つ持ってんだ?」
「用心深い性格でね。持てる分だけ持っているのだよ」
「はっ、訳解んねぇやつ。けどまあ、弓兵に近接戦で互角ってのは、槍使いとしては許しがたいことなんでな」
「ようやく本気と言うわけか。しかし、手加減されていたにしては殺気は本物だったが?」
「程度の問題だろ。戦うんなら、殺す気でかかるのが当然だ」

 何の話をしているのか。物騒な事を喋っているのは解るが、何故あの二人が戦わなくちゃならないのか、まるで解らない。一体何を争っているんだろうか。
 益体もない事を考えつつも、俺は逃げ出す算段を立て始めていた。彼らが、どんな理由があるにせよ、殺し合いをしているのは確かだ。普段ならやめさせるって考えが思いつくはずなんだけど、今の俺は逃げることしか考えられない。人に頼まれてたことを達成できないかもしれないことと、仲裁に入ったとして、果たして彼らが俺の話を聞いてくれるのかどうか、それが心配だったからだ。
 さっきまで眺めていた攻防は、人間の域を超えてる。視認出来ない速度で武器を振るなんて芸当、生身の人間で出来るものか。関わったら殺される。そんな予感すらしてくる。

「――さて、手早く終わらせる。相手はお前らだけじゃないんでな」
「言ってくれる。勝ちを確信したかのような物言いだな、ランサー」
「最後まで減らず口だぜ、アーチャー」

 槍の男がそう言って、校庭が凍りついた。いや、物理的現象で気温が下がったわけじゃない。人の本能が感じ取るんだ。死の気配を孕む、冷たい殺気に。
 かつてないほどの恐怖を抱いた俺は、その怖さのあまり足を一歩だけ下がった。そこに落ちていた枯れ木を、気付かぬまま踏みしめてしまった。

「――誰だ!」
「ぐっ!」

 逃げる。
 その一言だけが、俺の頭の中にしかなかった。何処へ、どうやって逃げるのか。全く考えず、見えるもの全てが目に入らないまま、焦りで狭まる視界の中で、目に付く道に入り込んで行った。
 そこで、自分の死が立っていた。

「――小僧、随分遠くまで逃げたな」
「……っ」
「あー、睨むな睨むな。だけどまあ、その気持ちは解るがよ。だからって、逃がすわけもないんだが」
「……なんなんだよ、お前」
「教えるわけねぇだろ。こっちも追われる身だ。さっさとお前を殺して、俺も逃げるんだよ」

 つーわけで、なんて軽い調子でその男は俺の心臓に槍を突き刺した。
 痛みも感じぬまま、ゆっくりと床に倒れていくのだけが見えていた。


 その日の深夜、私はもの凄い憤りを感じていました。端的に言えばキれてました。はしたないとは思いますが、しかし私の命令を守れない駄犬っぷりに怒りが湧いてくるのは仕方ありません。
 先刻、衛宮の家に電話をして、私の教科書を取ってくる事を頼んだのですが、連絡をしてから三時間、彼が来る気配はなく、日付は一時間ほど前に変わっていました。
 約束も守れない駄犬には躾が必要と決め付けて、行き違いになるかもしれないのも構わず、私は学園へと向かう事にしました。今までのところ誰ともすれ違っていません。時間帯が時間帯ですから、公共交通機関は使えないはずですし、教会と学園までの道のりで最短を選んでいるので、高確率で彼とすれ違うはずなんですが、今のところまだ出会ってはいません。
 小高い丘にある学園へと続く坂道を登りきろうかと言うとき、私はようやく彼を見つけました。なにやら足を引きずっているようにも見えますが、そんなことすら目に入らず、私は珍しく怒りに思考が阻害されていました。

「――こんばんは、衛宮士郎」
「――カレ、ン?」

 殊更平坦に彼を呼びつけ、惚けた声でそう返してくる彼に、私の怒りゲージがMAXで火を噴きかけましたが、街灯に浮き上がる彼の胸元を見て一瞬で冷めました。

「……新手のマゾプレイですか?」
「そんなわけ、あるか」

 力なく反論してくるところを見ると、それなりに意識はあり気力もあるようです。ですが、体力はかなり減衰しているようで、声に何時もの力はありません。どうやら、胸元の血痕は嘘っぱちではないようですね。

「何がありました?」
「襲、われた……。赤い槍で、胸を、突かれた」

 そこまで聞いて、彼が遭った惨状に一つの推察が浮かびましたが、一先ずそれは脇に置き、彼の手当てをするとしましょう。

「掴まりなさい。あなたの家まで行きます」
「…………」

 意識を失ったのか、喋る気力もなくなったのか定かではありませんが、私は衛宮士郎の体を抱えて彼の家まで運び込むことになりました。この謝礼はまた食事でも作っていただくことで返していただきましょうか。


「――外的損傷は浅い傷のみですか」
「えぇ!? そんな馬鹿な! 俺、確実に死んだんだぞ!?」

 衛宮邸に二人とも倒れこむような形で入り込んで、目下最大の問題であろう傷の手当てをしようと無駄な抵抗をする衛宮士郎の服を脱がしたのですが、見た目の通り彼の胸に浅い傷があるだけです。とてもではありませんが、制服を濡らせるほど血が流れる傷ではありません。最初は彼の頭の悪い虚言かとも思いましたが、それにしては彼からする血臭は本物です。一体どう言うことなのかと、視線で問い詰めても、彼も何も解っていないようですね。

「確か、槍の男に襲われたと言いましたね?」
「え、うん。あんたの教科書取りに行って、帰ろうとしたら校庭で、槍を持った男と、二つの剣を持った男が斬り合ってた。それで、関わっちゃいけないって思って逃げ出そうとして気付かれて」
「抵抗も出来ずに殺されたわけですか」
「っ、ああ、そうだ」

 一瞬、悔しそうな顔をしましたが、実際私が言った通りに殺されたので文句は言えないようです。
 彼の話を聞いて、最早心当たりは確信へと変わりました。嫌な変わり方ですが、致し方ありません。とは言え、溜息の一つも吐きたくなるものです。

「やれやれ、面倒なことに巻き込まれたものですね」
「……そうなのか?」
「ええ。昼間言いましたが、あなたに手伝ってもらいたかった祭事に、不運にも巻き込まれたようです」
「聖杯戦争って奴か? 魔術師の殺し合いの?」
「ええ。しかし、関わるのならもう少し格好がつきませんか? 無抵抗で死んだなど笑い話にもなりません。巻き込まれるならもう少しマシに巻き込まれてください」
「知るかよそんなこと。大体、マシに巻き込まれるってどんなんだよ」
「それは私の知るところではありませんが、どう考えてもあなたは通行人A程度の役柄を演じただけですよ?」
「ぐっ」

 あっさり殺される一般人と言う奴ですね。アクション映画で災害に巻き込まれる一般市民役。おお、意外にぴったりかもしれません。特に、悲惨な死に方をするくせにカットが数秒もない使い捨てのエキストラなんて、はまり役ですよ。

「ともかく、傷はそれほど深くありませんね。どう言う原理かは知りませんが、粗方塞がってます。失った血は何か食べれば元に戻ることでしょう」
「そっか。看てくれて、ありがとう」
「いえ、神職者として当然です」

 巻き込まれた原因に私の物忘れが入ってそうですが、そこは全力を以って忘れさせます。私に責任はありませんので。

「ああ、そうそう」

 そんなことを言いながら、衛宮士郎は背後に置いてあった何かを取ろうとして――、

「――っ」
「なんですか、この音は」
「敵襲だ!」

 突然鳴った鳴子のような音に衛宮士郎は顔を強張らせました。さすが魔術師の住まいですね。敵の進入を知らせる結界があることで、ようやく彼が魔術師だと言う事を思い出しました。普段からして、一般人と変わりないので時々忘れそうになって困ります。

「武器……なんてないかっ。くそ、土蔵に行けばまだ何とかなるかっ?」
「考えてる時間はなさそうですが」

 居間の天井からすり抜けてきた男を見ながら、私はさりげなく衛宮士郎を盾に出来る位置に移動しました。もしもの場合は彼を盾にしてでも逃げる心算です。願わくば、私に害が及ばないように頑張って刃を止めてください。

「よー、また会ったな小僧」
「……二度と会いたくなかったぞ、俺は」
「ま、殺された側からしたらそりゃな」

 快活に笑う男に、衛宮士郎の首筋から大粒の汗が流れました。どうやら、相当切羽詰っているようです。まあ、無理もありませんか。

「にしても、お前、自分家に女連れこんでたのか? そりゃ悪いことしたな。これからお楽しみだったろうに」
「ち、ちが「ならさっさとどこかへ行って欲しいんですが。続きが出来なくて困ってます」カレン!?」

 私の軽口に慌てふためく駄犬を無視して、背中越しに言いたい事を言っておきます。もし死んだとしても、とりあえず未練だけは残しておきたくはないですし。

「中々腹が据わってる嬢ちゃんだな。しっかし、微妙に年齢がやばくないか? お前って、そう言う趣味なのか?」
「違う! そもそも俺とこいつはそんな仲じゃない!!」

 衛宮士郎の必死の弁明に男はからからと笑うだけです。単に面白がってからかっている事が解らないほど、衛宮士郎は取り乱しているようですが、そこまで貞操観念が強いんですかね? 見るからに頭が固そうではありますが、昨今の若年層の気の緩みから考えてそう言う行為を思いつくくらいあるでしょうに。

「ま、お前らがどんな仲だろうが、俺がやることは一つだ」
「……っ」

 何処からともなく、と文字通り何もないところから槍を握った青い男が、軽く私達を睨んできます。

「槍、ランサーですか」
「後ろの嬢ちゃんは関係者か? なら、殺しとく方が良いか?」
「私は教会の監督者です。私を殺すと言うことの意味、あなたのマスターに伝えなさい」
「……ふむ、どうやら嬢ちゃんは殺さないほうが良いみたいだな。んじゃまあ、小僧だけ殺っとくか」

 そう言って、矛先を向けてきましたが、ランサーは踏み止まりました。

「何のつもりだ?」

 そう訊ねるのは、私と衛宮士郎を囲うように現れた赤い布のがあるからでしょう。それを操るのは私であることは一目瞭然ですしね。
 私は一歩だけ進み、衛宮士郎の肩越しにランサーを睨みました。

「彼を殺すのは契約違反ですよ。彼は私が雇った雑用係です。つまり、教会関係者ですから、彼を襲うのなら教会を敵にするということです」
「おいおい。妙な屁理屈捏ねるなよ」
「いえ、事実です。偶然にも昼間にその約束を取り付けましたので」

 運が良いのか悪いのか、解らない話ですが。ともかく、衛宮士郎は一応教会側に属していることになっているわけですから、これで退いてくれる事を望みます。

「……ふーん? だがよ、こっちとしては魔術師は殺しておきたいんだぜ? たとえ教会だろうがなんだろうが、危険物は除けとくのがマスターの考えだ」
「大変合理的で正しい考えですが、彼は私のものです。勝手に殺されるのは大変気分が悪いですね。第一、彼を傷つけるのは私の専売特許で、勝手に権利を横取りするのは止してくれませんか」
「……愛されてんな、小僧」
「いや絶対違うから」

 コンマ零の間隔で否定する衛宮士郎に、ランサーは苦笑を浮かべた。なにやら詰まらない雲行きです。命を奪うものとして、ランサーはあまりに軽い調子過ぎます。まあ、半分以上彼の地なのでしょうが。

「それで、何時まで睨みあいをするのです? 退くのか、来るのか、さっさと決を下してください」
「……ふう、うちのマスターは合理主義のようだぜ? そっちの嬢ちゃんはともかく、小僧の方は放っては置けないらしい」
「……くっ」
「では、私も出来る限りの抵抗をしてよろしいですか? ああ、その過程で私が死ぬような事があれば、あなた方――とりわけマスターの方はマムシのように追いかけられるでしょうけど」
「ま、その辺は上手くやるさ。標的を間違えるってことはしたことないんでな」

 構えられた槍の先端が、縁側から差し込む月光に照らされ、淡い光を放つ。殺気と言うものを身近で感じ取っている私でも、ランサーから放たれるそれに身が竦む思いだった。それを必死に押し殺しながら、私は目の前で私を庇うように立つ彼に言った。

「出来る限り守りますが、駄目だった場合は恨まず天に昇ってください」
「気の利かない台詞だな。でも、俺も守られてばっかりじゃいられない」

 その会話で気が一瞬だけ逸れた隙を、ランサーは突いてきた。いいえ、例えそんな隙を突かずともランサーならば一息で衛宮士郎を串刺しに出来たでしょう。ただ、彼を守るように聖骸布を展開してはいますが、果たして盾にすらなるのだろうか。そう片隅に思ってはいても私は衛宮士郎を守るために布を――、

「きゃっ!?」
「逃げるぞ!」

 何を血迷ったのか、衛宮士郎は私を抱えて中庭へ続く縁側を飛び越え、閉め切っていた硝子を突き破って走り出しました。強引に抱き上げられ、さらには全力で走っていることもあり、乗り心地は最悪で、しかも思考が一時期乱れてしまいました。
 それも一瞬のことで、状況を理解した私は後ろの状況を見て、息を乱す彼に進言します。

「来ますよ」
「くのっ!」

 余裕の態でこちらを追いかけるランサーが、何気ない顔で槍を突き出してきました。先程居間で見た突きよりも、はっきりと解るくらいに遅いものです。どうやら、私を抱えているが故に滅多な攻撃が出来ないようですね。
 まあ、こんな計算が出来るほど衛宮士郎のおつむは優秀でないことは熟知しています。彼はただ、私を守りたいが故にこうして抱えているのであり、ランサーからの攻撃を緩める為にしたことではありません。
 当人の思惑に関係なく、とりあえずこの状況は吉に動いたようですが、このまま生きながらえると思えるほど私は楽観視出来ません。

「はぁっ、はぁっ!」
「頑張りますね」
「あんたを巻き込んだからなっ」
「そう思うなら放してください。私だけは見逃してくれるようですし」
「解ってて言ってんのか!?」
「あら、あなたが解っている方が驚きですが」

 もし私を放した所で、あの槍の名手は私を見逃しはしないでしょう。衛宮士郎は教会の管轄下にあると、監督者である私が明言したにもかかわらず襲い掛かってくるのですから、あちらは教会に追われることよりも殺すことのメリットを取ったのです。そして、衛宮士郎を殺すのであれば私もまた殺しておけば、多少の言い逃れが出来ます。聖杯戦争の余波で死んだと言うことにすれば、多少不審な死でも教会側は口を挟めません。
 つまり、監督者であろうとも下手を打てば死ぬ。そして、どうやら私は下手を打ったようですね。

「うわっ!」
「うーむ。微妙に避けるやがる。痛くないように殺してやろうとしてんのに」
「余計なお世話だ!」

 言いながら、私を抱えたまま土蔵に飛び込みました。流石にランサーも一応の警戒をしているのか、安易に飛び込んできません。月明かりが差し込む薄暗い土蔵の中で、衛宮士郎は息を乱しながら、何かを探すように周囲を見渡しています。
 と言うか、その前に降ろしてくれませんか?

「――あ、ああ、すまない」
「いえ。次があるのなら、もう少し丁寧に抱いていただけると幸いです」
「つ、次なんか来ないってっ!」
「そんなことに反論する暇があったらこの状況をどうにかする術を見つけたらどうです?」

 衛宮士郎は溜まった鬱憤を思いっきり叫びたいのを堪えながら、何か使えるものはないかと土蔵の探索に入りました。とは言え、私には何が何処にあるのか知らないので、土蔵の入り口を見張るくらいしか出来ませんが。

「……あー、くそ。木刀くらいしかない」
「ないよりマシですね。ですが、生きて撃退できるとも思えません」
「……どうする。――いや、あいつの狙いは俺だ。俺が飛び出して、少しでも抵抗するから、その間にカレンは逃げろ」
「逃げても殺されることは解っているはずですが?」
「でも、生き残れる可能性は出てくるだろ」

 俺は絶望的だけどさ、と気分の悪い事を言い出しました。彼にしては珍しく弱気で、後ろ向きな発言です。無駄に前向きで無鉄砲な姿勢は何処に行ったのですか。あなたの事で私が買っている部分なのですから、もう少し期待に応えなさい。

「私の足では敷地から出ることすら叶わないと思いますが。なんにせよ、絶望的と言える状況ですね。やれやれ、あなたの不幸に巻き込まれるとは、私も焼きが回ったものです」
「……事の発端は、お前が教科書忘れたからだろ。しかも、横着して人に取って来させようってんだから、原因はあんたにあるんじゃないか?」
「あら、こんなことになったのは全くの偶然です。予期していたのであれば、別段頼みはしません。流石の私でも、こんなことで死なれるのは寝つきが悪くなるので」

 取り繕った理論に納得しない顔で、彼は土蔵の入り口を睨みました。どうやら、あちらも私たちに何の策がない事を悟ったようです。静まった夜の空気が、草が踏まれていく音を鮮明に届かせます。
 衛宮士郎は、私を背後に庇うように立ちました。手には木刀。彼が剣術を習っていると言う話は聞いた事がありませんし、先ほどからの攻防ともいえないものを見ている限り、剣の腕の方はまったく期待できないでしょう。
 私も聖骸布を纏って、抵抗らしい抵抗をしましょうか。

「待ち伏せ、って訳じゃなさそうだな。万策尽きたかい? お二人さん」
「不本意ながらそのようです。まあ、あくまで抵抗はさせていただきますが」
「嬢ちゃんは殺さねぇって言わなかったけか?」
「二度目ですが、彼は私の下僕です。教会所属の私の所有物ですので、彼を殺すと言うことは教会と事を構えると言う事だと考えてください」
「下僕って……」

 小さい何かが聞こえましたが、意図的に無視します。

「だとしてもだ、正式な教会の人間の嬢ちゃんを殺すことにはならんだろ」
「彼が殺された場合、私は上に報告します。教会関係者が不本意に殺されたとなれば、あなたのマスターはこの星で常に追われ続けることになるでしょう。そうなるのは都合が悪いはずです。少しでも教会からの干渉を遅らせたいのならば、彼と私を殺しておくことで、いくらかの時間を稼げます。その間に聖杯を手に出来れば、後はどうとでもなるのではないですか?」
「納得は出来るけどな。とは言え、今は小僧を殺すってことしか命令は受けてねぇぜ?」

 下げていた矛先を衛宮士郎に向けます。ランサーの言葉通りならば、今ここで私が逃げれば見逃してくれる可能性はありますが、事が終わった後は何が起こるのかわかりません。しかし、大体のところ予見できますね。私を見逃す可能性は低そうです。

「ま、運が悪かったと思ってくれや。いや、これもまた幸運ってな」

 笑えない冗談の言葉尻、ランサーの腕が霞みました。初速からして神速、そして衛宮士郎の心臓を穿つときには閃光へ加速する必殺の一撃。
 私はそれに全く反応できなかった。あらかじめ狙われている胸元に聖骸布を挟み込ませていたが、果たしてこの速度の前に布切れ一枚でどうにかなるのか。

「……こんなとこで」

 零れ落ちたその言葉を、私は聞いた。大気を貫く刃の風切り音の中で、何故かしっかりと聞こえました。

 ――魂の咆哮を。

「死ねるかよ――!!」

 その叫びとともに、衛宮士郎は木刀を振り下ろす。速度だけ見れば、ランサーにも迫るのではないかと言うそれ。振り下ろしたその渾身の一刀が奇跡的にランサーの突きに当たる――!
 ですが、速さに加え力は比較するまでもなくランサーが上。衛宮士郎の渾身を持ってしても、弾き返すなど到底不可能。が、それでも彼の一撃は槍の目指す先を変えるだけの事は出来た。
 己の全てを賭けたその攻防。絶対的に命を奪えるはずだった一撃を凌がれたことで、ランサーの敗北は決まっていたのかもしれません。
 少しだけ着弾点を変えた矛先は、衛宮士郎の脇腹を抉り取り、鮮血を滴らせます。じわじわと服に広がっていく血が、事の終わりを告げていました。

「良い気迫だ。だが――」
「――ぐっ!」
「足りなかったな、小僧」

 そう。衛宮士郎にとって全てを賭けた最後の一撃。ですが、そんなものランサーにとっては小手先の攻撃に過ぎないもの。たった一撃凌げた所で、寿命が少し延びただけ。
 足りなかった。力も、技も、運も。そう、全てが足りず、私たちの命運はここに尽きることになる。

 ――そう、思ったのですが。

「ぅぉっ!?」

 声にもならない驚きを漏らして、ランサーは突如として後ろに下がりました。驚愕の表情のまま私達――いいえ、私達の後ろを凝視しています。振り返った先には、金髪の白銀の鎧を纏った騎士が、その深い碧眼でランサーを見据えていました。

「冗談にも程があるぜ。七人目だと!?」
「――――!」

 未だ驚きが続くランサーに、その騎士は無言で踏み込みますが、ランサーは土蔵の外へと飛び出しました。恐らく、狭い室内では取り回しの効かない槍で戦うことの不利を考慮したのでしょう。私達程度の相手なら、ハンデにもならないことですが、この騎士の前ではそのハンデが命取りになる。
 そう、ランサーがそれだけ警戒するほどこの騎士の存在感は凄まじいものでした。見た目麗しいその容姿が纏う清澄の風の中に、研ぎ澄まされた剣を想起させる瞳が、ランサーを警戒させたのでしょう。
 その白銀の騎士は、私達を見下ろしながら、鋼を思わせる固い声で告げました。

「――サーヴァント・セイバー。召喚に従い参上しました。この先、我が剣は我が望みと、我がマスターとともにあります」
「つっ……!?」
「ぐっ……!?」
「契約を確認しました。……幾つか疑問はありますが、まずは目先の脅威を払います」

 左手の痛みに驚く。馬鹿な、ありえません。
 考えもしなかった異常事態に私は半ば錯乱しかけていました。想定外――いいえ、一体誰が考えると言うのですか。私が――、

「カ、レン……」
「あ……」

 ずるりと、腕の中にいた衛宮士郎が顔を上げました。血を流しすぎたことと傷の痛みから憔悴しきっています。目の焦点も合っておらず、私が見えているのかどうか。

「無事、か……?」
「……こんなときまで、他人の心配ですか」

 変わらない衛宮士郎の歪みを見て、私はようやく気分が落ち着きました。いえ、一気に冷めたともいえます。なんにせよ、冷静になったのならば、色々と考えが出てくるものです。

「どう、なった?」
「ランサーはセイバーが迎撃に入りました。名も知らない英霊ですが、最低でも追い返してくれるでしょう」
「……なんだ、て?」

 一人状況を把握できてませんが、そんなものは後でどうにでもなります。今すべきことは、止血ですね。ここに来る前にも心臓を破られているのですし、失血しすぎてぽっくり逝きかねません。
 聖骸布で適当に体を絞っとけば、まあ何とか。

「か、かれん……血が、出てる、飛び出してる」
「ああ、すいません。気付きませんでした」

 傷口から血が噴き出していました。単純なミスですね。

「なんで、笑って、るんだよ」
「――なんでもありません」

 言われて、根性で表情を消しました。ああ、やはりこの人を苛めるのは愉しいですね。


 止血を終え、肩に怪我人を背負って土蔵を出た頃には、表のごたごたは決着が付いていたようです。
 対峙する二人。ランサーは丁度塀を飛び越えて逃走していく所で、中庭に残っていたセイバーは肩を押さえて、膝を付いていました。どうやら負傷したようですが、顔色は特に悪くはないようです。

「――傷は?」
「後一回の戦闘ならば支障はありません」
「そうですか。一先ず無事ならば良しとしましょう。ああ、これ屋敷の中に運んでくれませんか?」
「これって……」

 私のもの扱いに不満そうな声を出しますが、意図的に無視します。ランサーに言った通り、彼は私の所有物になりましたので、どう扱おうが私の自由ですので。
 私の頼みに、セイバーは若干顔を顰めましたが、割と素直に頷きました。気難しい顔をしてる割に従順だったのは助かります。

「――どうしました?」

 肩の荷物を渡そうかと言うとき、セイバーはなにやら塀の外を睨みつけていました。険しい表情のまま彼女は私に告げたのです。

「敵です。この近くにサーヴァントの気配がします。あなた方はここにいてください。迎撃します」

 止める間もなく飛び出して行ってしまったセイバーを数瞬呆然と見送っていると、肩の怪我人が呻きながらも言いました。

「追い、かける、ぞ……!」
「……何故です? 彼女に任せておけば危険はなくなると思いますが」
「馬鹿、やろう……っ。女の子に戦わせるなんて、出来るわけないだろ!」

 勝手な言い分を口にして、足を引きずりながらも進もうとする衛宮士郎に、私は嘆息しながら彼が望むように手を貸す事にしました。不本意ながらに、ですが。


 玄関の門を潜ったとき、決着は付きかけていました。彼女セイバーの向こうに誰かが尻餅をついて座り込んでいるのが見えます。セイバーは手に何も持たないと言うのに、そこに剣を向けるかのように腕を伸ばし、人影は微動だにせずにセイバーを見上げていました。セイバーはなんの躊躇いもなく、向けた剣先を少しだけ引き、人影へと突き刺す姿勢を見せましたが、付きかけた決着を止めたのは、他ならぬ衛宮士郎でした。

「止めろ!」
「……っ」

 不意に、左手が焼けたような痛みが走りました。見れば、左手に描かれた文様の一角が黒ずんでいます。どうやら、これが令呪のようですが、何故私にこれがあり、しかも使う意思もなかったのに一角分失われているのか。
 だんだんとからくりが見えてきましたが、それを吟味するのは後にした方がよろしいようですね。

「……どういうつもりですか。返答次第では貴方でも容赦はしない」
「どうもこうも、ないだろ。なんで女の子が戦って……人を殺そうなんてしてるんだよっ」
「…………」

 会話の無意味さを悟ったのか、セイバーは視線を私に向けてきましたが、生憎と私は彼女の足元で倒れている人物の方に目が行っていました。
 月光のおかげで、暗い路地でもその顔はよく見えます。ここ最近新調したと言うコートにも見覚えがありましたし、ほぼ確定ですね。

「遠坂凛、夜道で座り込むのがあなたの趣味ですか?」
「――はん、そんな趣味持った覚えはないわ。で? なんであんたがここにいるのかしら? カレン・オルテンシア」
「……遠坂? え、カレンと知り合いなのか?」
「彼女にしてみれば不本意ながら、と言ったところでしょう」

 射殺さんばかりに睨んでくる凛に、私は不服を顕にして言いました。

「私がここにいるのは偶然からの成り行きです。まあ、彼とは知人ですし、ここにいることはそれほど不自然ではありません」
「不自然ありまくりでしょ!」
「――さて、そんな瑣末ごとはどうでも良いです。この状況であなたの生殺与奪を握っているのは誰か、解っていますか?」
「……くっ」

 焦りを浮き上がらせる凛に、私は殊更嘲りの笑みを浮かべました。今、彼女の頭の中では、この状況を切り抜けられる算段を立てているのでしょう。しかし、重大な事を見落としています。私はこれでも神職者です。見知らぬ他人でも、命を刈ることは教義に反します。敬虔な信仰者である私が、例えどれだけ憎しみを抱く相手でも命を取るまではしません。元々、誰かを憎むことなどしたこともありません。
 付け加えて、そんな言動に我慢ならない人もいることですし、私の言葉が戯言だと言うことはすぐに解るでしょう。

「なに、言ってんだっ。なんで、遠坂を、殺さなくちゃ、ならないんだよ?」

 つっかえつっかえ喋る衛宮士郎に、セイバーと凛は目を大きくして驚いていました。まあ、ここまで場を読んでいない言動に驚くのも無理ない話です。予想通りの事を言っていただいて、私もまた予定通りに動くことができます。何時までも彼を背負っているのは辛いのですし。

「――と、彼も言っていることですし、凛は逃がしてやってください、セイバー」
「な! それの意味するところを解っているのですか!?」
「知っていますが、どうにも彼は頑固一徹なので私が説得できるとも思えません。彼もまた主たる資格があるようですし、その言葉を無視しますか? 剣の騎士」
「……ちょっと、どういう事?」

 なにやら人生の瀬戸際にいるくせに口を挟んできた女がいました。強い疑問を持った語調で訊ねてきますが……さて、応えるべきか応えざるべきか。
 そうこう考えているうちに、一番喋ってはいけない事を喋ってしまう大馬鹿者が一人。言わずもがな、衛宮士郎です。

「そんなことより、お前ら一体何のこと話してんだ? 殺すとか殺さないとか、何の話なんだよ?」
「――――」
「…………」

 黙りこくるセイバーと凛。私は呆れ返って、このまま眠りたい気分になりました。相変わらず、場をぶち壊すことだけは得意のようですね。

「彼は特殊な事情で、聖杯戦争の事を殆ど知りません。今の言動は忘れていただけると幸いです」
「……ちょっと? じゃあなに? 何にも知らない奴にセイバーが召喚されたの!?」
「……まあ、そのようですね」
「…………」

 一応の肯定をしておきます。何かを訊きたいような視線を寄越してくるセイバーに、軽く首を振っておきます。私がそうであることは、今はまだ誰にも知られないほうが良いでしょう。

「カレン、あんたは何もそいつに言ってないのね?」
「ええ。後日にでも概要を教えようかと思っていましたが、この有様ですし」
「なら、私が説明役を買うわ。同じ魔術師として、そこまで唐変木なのは個人的に許せないのよね」
「都合よく逃げ出そうとしていますね。最早なりふり構わないと言うことですか?」
「それもあるけど、何にも知らずに巻き込まれたのだけは同情する余地があると思ったのよ」

 それと、あんたに子飼いにされる不運もね、と皮肉を投げてきますが、何処吹く風。元からそのつもりでしたから、どこに怒りを抱く必要がありましょうか。

「……と、言っていますが、衛宮士郎。彼女の取り引き、受けますか?」
「――――っ」
「セイバーは黙っていてください。これは彼が決めることです」

 口を挟もうとする前に釘を刺しておきます。頑固なくせに状況に流されやすい彼に、余計な意見は邪魔です。

「……解った。説明してくれるってんなら、してもらう。それで、遠坂は助かるんだろ?」
「だそうですが?」
「……解りました。その命令に従います」

 殊更不満を表すセイバーに、私は肩を竦めるだけでした。


 場所を居間に移して、俺は傷の痛みを堪えながら、目の前に座った遠坂を見た。俺の傷を押さえるためにカレンが隣に座るのはまだいい。いや、色々落ち着かないからよくはないんだが、それは今はおいといて。けど、なんでさっきからセイバーと呼ばれていた子が真後ろに立つんだろうか。

「座らないのか?」
「いいえ、私は結構です」

 鋭く睨まれた俺は何も言えなかった。彼女の態度が初めからそうなのか、怒っているから殊更棘があるように聞こえるのか。どっちにしたところで、後ろから感じる視線に落ち着かなかった。
 そんな俺の心境を慮ってくれたのか、遠坂から話を切り出してくれた。助かるよ、遠坂。

「それじゃ、何処から話しましょうか」
「えーと、とりあえず全部」
『…………』

 殺気が前後から二つ、呆れが横から一つ俺に向けられた。いや、こればっかりはどうしようもないだろ。本格的に学んでいたわけじゃないんだし。とにかく、前と後ろからチクチク来る殺気を和らげるためにも、少しは弁解しなくてはならない。

「お、俺は親父から魔術を教えてもらっただけなんだよ。その親父だって教えたがってなかったし。家にはそっち関係の資料は全然ないんだ。だから、何も知らないのは仕方ないだろ」
「彼の言葉は事実です。相当世間知らずなのは勘弁してあげてください」
「……ふーん?」
「…………」

 訝しげな遠坂と、見えてはいないけど多分眉を顰めてるセイバーの視線に耐えつつ、これ以上こんな視線を受けたくないものあるから、話を先に進めてもらうことにした。

「とにかく、説明できるところは全部説明してくれると助かる」
「……解った。手短に話してあげるわ」

 そうして始まった聖杯戦争と言う魔術師の儀式の実態の話。
 数十年に一度、この冬木の地に現れる聖杯を、サーヴァントと呼ばれる使い魔を使役して奪い合う争奪戦。その中身は血生臭いものだった。魔術師が争うと言うことは、相手の命を奪うと言うこと。そして、そのために強力な使い魔を所有すると言うこと。
 令呪と呼ばれる、三回の絶対行使権を持つ魔術師をマスターと呼び、契約したサーヴァントに命令させるものだと言う。令呪はただ命令を下すのではなく、サーヴァントに出来ないことでも、自分の魔力やサーヴァントの限界を自発的に超えさせるブースター的な役割を持つと言うこと。
 そして、この聖杯の争奪戦が戦争と称される理由。それは、サーヴァントと言う特殊な使い魔に由来するらしい。本来、使い魔は魔術師の肉体の一部、血や髪などを媒介に生み出す魔導生物だが、サーヴァントの正体と言うのは、この星の抑止力――英霊そのものだと言う。
 英霊は、人々の間で語り継がれたい業や伝説が昇華されたものだそうだ。そして、彼らには必ずと言って良いほど、シンボル的な武具を持っている。一振りで山を砕くとか、海を割るとか、人には到底不可能な事をしでかす宝具。その切り札を切る事は即ち、英霊の正体を明かすことであり、またその英霊の弱点を露見する事にも繋がる。
 宝具の威力はそれぞれだが、その威力は、人の身でありながら一騎当千。そんな力が七つあり、全力で衝突するのだから、最早争奪戦や戦闘なんて言葉では足りず、戦争と言う物騒な名が冠せられているらしい。

「七つの役割に割り振られた英霊を駆使して、他の参加者を下し、聖杯を手にする。これが、聖杯戦争と言うものよ」

 まあ、概要は解った。昼間にカレンから聞いた事も思い出しつつ、遠坂の話を聞いていたのでとりあえずの理解は出来た。聖杯の価値は俺にはよく解らないが、英霊なんてものを呼び出してまで欲しがるんだから余程凄いんだろう。

「……大体は解ったかな。まあ、今は言われた事を覚えるのに必死なだけで、後から疑問とか出てくるかもしれないけど」
「流石に私もそこまで親切じゃないわ。後から湧いた疑問は隣にいるサドシスターにでも訊けば良いでしょ」

 あ、遠坂もそう思ってるのか。
 そんな一言だけの共通点だけで、俺は遠坂にもの凄く親近感を覚えてしまった。カレンに虐げられる俺自身の被害者意識がそう思わせてるんだけどさ。

「……訊けるのは今の内よ。今思いつく疑問はある?」
「……ない、かな。理由はさっき言った通り」
「そう? じゃあまあ、私はこれで帰るわ。とりあえず、日が昇るまでは襲わないであげる。そこからは敵よ」
「……納得は出来ないけど、解った」

 俺の言葉に不機嫌そうな息を吐いて、遠坂は家から出て行った。まあ、俺の物言いも随分勝手な事だし、彼女を不快にさせるような形になってしまったのは少し残念だ。でも、俺だって譲れないものって物がある。その線引きは絶対にしとかないといけない。
 何時の間にか降りた沈黙を破ったのは、やっぱりと言うかカレンだった。

「――さて、黙っていても話は進みません。今後の行動指針、質疑応答、疑問の解決、あるいは推測をするべきだと思いますが?」
「賛成です。現状、私達が陥っている状況はイレギュラーだ。早急に解決する必要がある」
「……なんだ? 何か問題でもあるのか?」

 俺の疑問に、セイバーはちょっと怖いくらいに睨みつけてきて、カレンは何時もの平坦な顔で説明した。

「まずは最大の疑問から片付けましょう。衛宮士郎、令呪を見せなさい」
「ん? ああ」

 令呪と聞きなれない言葉の意味を思い出すのに若干時間が必要だった。えーと、令呪って言うと、これか。
 俺は左手の文様のようなものを見せた。

「……あれ? なんか、減ってないか?」
「……セイバー?」
「ええ。あの時、彼は無意識的にですが使っています。だからこそ、私は彼女を殺せなかった」

 物騒な事を言っているが、俺には何のことか解っていない。説明を求める目をするとカレンはかったるそうに言った。

「先程セイバーが凛を殺そうとしたのを止めたとき、左手に痛みが走りませんでした?」
「……どうだったかな。慌ててて、覚えてないんだけど」
「まあ、令呪の一画が消えているのですから、使ったのでしょう。――見てください」

 カレンは左手の包帯を取ると、俺にその小さい手の甲を見せた。そこには、俺の左手に浮かんでいる令呪と全く同じ文様があった。

「これも令呪なのか?」
「ここに来て未だ事の重要性が解ってない辺り流石です、衛宮士郎」

 にまにまと楽しそうに俺をなじるカレン。何がそんなに楽しいんだよ? お前。

「どういう事だよ?」

 俺の疑問に答えたのはセイバーだった。ああ、こっちの方が助かる。カレンだと中々本題に入らないからなぁ。

「本来、一騎のサーヴァントに令呪は一つ。ですから、マスターとサーヴァントはともに一人ずつとなるのが通常ですが、あなた方には令呪がそれぞれあります。しかも、その令呪は二つとも本物のようです」
「……結局、何が言いたいんだ?」
「ですから、本来は一人に一つであるべき令呪が二人にあり、かつその令呪は独立しているのではなく二人で一つの令呪を共有しているのですっ」

 早口にまくし立てられて、俺はちょっと引いた。セイバーはその厳しい顔と同じく、駄目な子にはとことん厳しいらしい。いや、すまん。無条件に謝ってしまう。
 でも、大体の意味は解ってきた。確認のため、俺側の理解を示しておく。

「つまり、俺とカレンの令呪は同じもんなんだな? 一つ使えば、互いに一つ消える、いや消えたわけだ。となると、カレンも令呪を使えるって事だよな?」
「ええ、そうです。試すために使う気はありませんが、あるのなら使えるのでしょう。私に魔術師としての資格はなかったはずなのですが、顕れたのならばなんらかの役割が与えられたと見るべきですね」

 カレンのその言い方は、まるで聖杯戦争と言うものに意思があるとでも言っているようだった。戦争なんて概念にそんな意思があるものかと思ったが、カレンは俺の考えを見透かすように言った。

「聖杯と言うものは、聖遺物に区分されます。超常的な『なに』か。魔術師流に言うのなら、根源、神学上で言うのなら神に置き換えられるものが持っていた、或いは宿ると思われているものです。となれば、何かしらの不可思議な力が残っていると思っても不思議ではありません。そこに意思がないと誰が言えましょうか」
「こじ付けだな」
「そうは言っても、これは天の采配と思えるほどのものではないですか? あなたは再び立ち向かうことになる。今度はただ成す術なく飲み込まれるだけではなく、抵抗できる手段があるのですよ?」

 視線はセイバーに向かった。
 剣の騎士。七騎の内で最優とされるサーヴァント。見た目は少女だが、ランサーを撃退できるほどの強さを持つ過去の英霊。
 もしかしたら、できるのだろうか。あの時出来なかったことが、今度は出来るのだろうか。

「――どうしますか?」

 そう訊ねてくるカレンは場違いなほど神秘的に見えた。両手を組んで、祈りを捧げる様は敬虔な修道女そのもので、純粋な姿だった。神に代わって言葉を聞く代行者。
 俺は、言った。神の代行者にではなく、カレン・オルテンシアと言う俺の友人に対して。

「戦う。あんなことをもう起こさせないために」
「――そうですか。あなたは正義の味方偽善者であり続けるのですね?」
「そう思うならそう思っておけば良い。俺は、助けるために戦うんだ」
「いいでしょう。では、略式ですが、あなたの参戦を持って聖杯戦争の開幕とします。今宵、今を以って聖杯戦争の幕開けです」