転送魔法で送られた先で待っていたのは、杖で俺を狙う武装集団だった。

「…………」

 睨み合う。敵は十七人。佇まいから恐らくは手練れ。集団戦闘訓練を積んだ魔導師相手に、俺がどこまでやれるのか、絶望的な想像しか沸いてこない。しかも、残念な事に刀は鞘に納めたままだ。ここから抜いて相手を斬り払うのは少々難しい。
 どうする?
 そう自問した時、彼等は自ら杖を下ろした。

「……どう言う事だ?」

 武器を納めた理由に思い至らない。俺を憎む理由は少なからず解る。前回は彼等を斬り潰した。他にヴォルケンリッターが迷惑をかけてもいる。適当に弱い俺を叩く理由なら枚挙に暇がない程だ。なのに、杖を下ろした理由が、俺には解らなかった。

「……いや、あなたは『被害者』だと知ったまでだ。元々、あなたに我々を害する気はなかったと報告は受けている」

 俺は何も言っていないのに勝手にそんな風に認識されているのは何故だろうか。しかし、その回答は得られそうになかった。

「事件は解決した。我々はそれで構わない。戦う為にいるが、戦う理由がなければ武器を振るう事はない」
「そうか」

 武人、とまでは行かないが、戦う事を制御できる人物のようだ。もしかしたら俺やあいつらを恨んでいるのかもしれない。それは筋だ。あいつ等が行ってきた事自体は許せるものじゃない。しかし、俺が被害者だと知って、止むを得ず戦っていた事を知ってしまった。明確な敵ではない。それは難しい板ばさみだろう。
 そう思っているか、または別の事を考えているのかは想像の埒外だが、それでも俺を、ひいてはあいつ等を許すと言ったこの男には感謝したい。

「この先の部屋に執務官がおられる。あなたに話があると仰っていた」
「執務官……?」
「クロノ・ハラオウン執務官だ」
「ああ、あいつか」

 いつだかシャマルさんに杖を突きつけていたな。しかし、ハーヴェイではないらしい。どうやらクロノは俺の知っている彼ではなく、こちらの世界のクロノと言う事らしい。

「……案内ありがとう」
「それが仕事だ」

 その実直な態度に、俺は深い礼で返して、隣へ続くドアへと足を向けた。




















Dual World

From "Lyrical Nanoha A's" (C) 2005
Presented by 大岩咲美 [TRASH BOX type2]





















『やはり、破損が致命的な部分に至っている。防御プログラムは停止したが、歪められた基礎構造はそのままだ。私は――夜天の魔導書本体は遠からず新たな防御プログラムを精製し、また暴走を始めるだろう』
『やはり、か』
『修復はできないの?』
『無理だ。管制プログラムである私の中からも、夜天の書本来の姿は消されてしまっている』
『元の姿が判らなければ、戻しようもないと言う事か』
『そう言うことだ』

 壁越しにそんな話を聞いた。
 少々躊躇いを抱きつつも、俺はノックをした。

『誰だ?』
「恭也だ」
『なっ!?』

 ドア越しにどたどたと走る音と共に、エア音を鳴らしてドアが荒々しくスライドした。

「恭也!」
「無事だったんですね!」
「おー、五体満足だぞ」
「無事で何よりだ」

 四者四様の言葉を貰ってしまった。どうやら、相当心配してくれたらしい。それは確かに嬉しい事なんだろうけどなっ。

「お前、等、し、配し、たとし、ても、ぜ、いん、で、抱きし、める、のは、やめ」
「あー、お前達、そろそろ恭也の背骨の強度限界だぞ」
『あ、ああ! つい興奮して……』

 ぐぼぐへごばぼふげほげぼげぼっ。
 はぁはぁ、落ち着いた。

「相変わらずその回復力はおかしいと思うんだが」
「と言うか、会った時に腹怪我してたのって結構重傷だったよな?」
「私、傷口見たんだけど、あれだけ血が出てたのに生きてるのが不思議だったわ」
「もしかしたら我等よりも頑丈なのかも知れん」
「絶対に違う」

 お前等と一緒にするな。今のはたまたま対処方法を知ってただけだ。主に月村とか月村とかフィアッセとかフィアッセとか高町母とか高町母とか高町母とかっ。
 不安定になる動悸をどうにか落ち着かせる。ふぅ、さて、確認しなければならない事がある。

「クロノから概要は聞いた。初めまして、がこの場合は正しいか?」
「お前の事は中から見ていた。とは言え、私は主から新しい名前を貰った。言うなれば生まれ変わりだ。私は祝福のエール、リインフォース。だから、この場合は初めましてでも正しい」
「……なんだこれは。なんでこんな真面目くさった奴が管制プログラムなんだ!?」
「どう言う意味だろうか?」

 心底解ってない顔を傾げる管制プログラムに、俺は声を大にして訴えた。

「こいつ等を見ろ! 一人は鍋に関しては何人たりとも自由行動を許さない火加減の騎士に! 一人はやることなす事計算づくの腹黒参謀家に! 一人は外では自分は狼とかほざいてるのに家では犬本性丸出しの無口野郎に! 一人は甘いものばっか食う甘党にして何故かロケットハンマードリルなんて男の夢を武器にした見た目幼女だ! この面子を管理するお前がそんなまともでいいのか!?」
「……軽く私の人格が否定されてる気がするんだが」
「その前に私達が物凄く虚仮にされてます!!」
「恭也、主はやてがお目覚めになる前に貴様を屠る!」
「と言うか一発殴らせろやー!」
「俺は犬じゃない、狼だ!」
「黙れや、はやて至上主義者どもめええええ!」

 がっきんがっきん刃とかハンマーとか拳とか打ち合う俺達。唯一戦闘要員ではないシャマルさんだけが傍観していた。いや、なんか振り子みたいなのを俺に向けてるのは、あれで何かする気なんだろうか?

「お前達、嬉しいのは解るが少しは落ち着け」
「嬉しくない!」
「喜んでもねー!」
「心底怒りが湧いてくる!!」
「うふふ、恭也さんのリンカーコアってどんな色なのかしら?」

 今度はリインフォースに矛先が向かった。若干一名相変わらず俺に狙いを付けてるが。各々全力で否定するが、短い付き合いながら本気で怒ってない事だけは解る。その事が照れくさかった。こいつ等との付き合いも深いものだったんだな。

「だから、落ち着け。主が目を覚ましてしまうぞ」
「あ」
「ぬ」
「む」
「ああっ」

 一斉に黙り込むヴォルケンリッターは犬属性がある、って電波が飛んできた。
 いや、ともかくだな。

「……はやて嬢は大丈夫なのか?」

 ベッドで眠り続ける少女の詳しい容態は知らされていない。いや、知らせてもらっていない。クロノは、はやて嬢と融合していたリインフォースの方が容態を把握していると言い、経緯だけを俺に教えて、後は彼女に訊けと言ったのだ。
 ヴォルケンリッターとの再会の際に、話の種にしろとでも言うつもりらしい。

「何も問題はない。私からの侵食も完全に止まっているし、リンカーコアも正常作動している。不自由な足も、時を置けば自然に治癒するだろう」
「そう……。それなら、まあ、よしとしましようか」
「ああ。心残りはないな」

 シグナムの言葉に、俺は眉を顰めた。どういう意味だ?

「防御プログラムがない今、夜天の書の完全破壊は簡単だ。破壊しちゃえば暴走する事も二度とない。……代わりにアタシらも消滅するけど」
「…………」
「すまないな、ヴィータ」
「なんで謝んだよ。いいよ別に」

 シグナムの言葉を強く否定して、しかしヴィータ嬢は俯いた。その視線の先にははやて嬢が静かに眠っている。

「こうなる可能性があった事くらい、みんな知ってたじゃんか」
「…………」
「彼女達は」

 唐突に、リインフォースは俺に向かって話しかけた。その真意は、すぐに解った。事情が解らない俺への配慮だった。

「彼女達は、主の足を治す為に、魔力の蒐集をしていた。魔導書の頁を埋めれば、主は真の主人として覚醒する。そうなれば、不随の足が治るはずだと。だが、主が覚醒すれば、主を護る騎士は不要となる。強大な力を得た主に逆らえるものはいない。守護騎士とは、主が覚醒するまでを守護する防衛プログラムなのだ」
「だから、はやて嬢がお前の主になった時、彼女達は消えると言う訳か」
「そうだ。だが、今回に限っては違うがな」
「え?」

 ヴィータの驚きの声にリインフォースは、動かなかった表情を和らげた。

「お前達は残る」
「なに?」
「往くのは、私だけだ」

〜・〜

 視界に揺れるのは白い結晶だった。分厚い雲が空を覆う中、街は白化粧を施し、静粛な音を奏でていた。
 海から吹く風はない。舞い散る粉雪は静かに、静かに空から下りていた。

「――寒くないのか?」

 発した言葉は、白く濁った。
 隣に居るリインフォースは袖のないシャツと、少々短いと思えるスカートを穿いている。真冬にそんな格好をしたら寒いに決まっているはずなんだが、彼女は寒がりもしていない。

「ああ。暖房を利かせている」
「便利だな」

 防寒着要らずか。生活のちょっとした事にも使えるらしい。俺はさっきコンビニでホッカイロ買ったんだぞ。それでも寒いと言うのに。

「なに、その内できるようになる」
「何年後の話だ」
「さあな」
「無責任すぎるぞ」
「お前の努力次第だ」

 不確定要素満載の未来予測なんて面白くもなんともないぞ。

「それにしても、先ほどの視線ちょっとぞくぞくしたぞ? これが視姦されたと言うのだな?」
「なにぃ!?」
「ふむ。これが恋と言う奴か」
「頬を赤らめるな顔を近づけるなちょっと暖かいとか思っちゃうだろ!」

 と言うか、全然言葉の前後が繋がってない!

「よいではないかよいではないか」
「どこで覚えたそんな言葉!?」
「主がよくテレビを観ていてな」
「あの子はそんなもの観ないぞ!」
「こっそり、シグナムの横で観ていたぞ」
「あいつはああああああああああああああああ!!」

 なんて情操教育に悪いものを見せてるんだ馬鹿野郎! きっとはやて嬢が「ええやんか。一緒に観よ?」とか言って強請ったに違いない! あいつは顔をデレデレさせて諒解したに違いない! そうに決まってる!! はやて至上主義者めがっ!
 そう叫びつつも擦り寄りを止めないリインフォースを押し留める。
 駄目、駄目だって! こんな変なノリで俺の貞操を明け渡してたまるか!

「性格変わってるぞ、お前! 開き直りすぎだ」
「そうか? 私自身は別段何も感じないが」
「こう言うのは、得てして本人は自覚できないものなんだ」
「そう言うものなのか」

 しきりに頷いている。なんか、見た目とのギャップが激しい奴だな。言動が幼すぎる。

「第一、お前にあのノリは似合わんぞ」
「別に冗談ではないんだが」
「は?」

 真顔でそう言うと、俺に警戒心を抱かせないほど、するりとリインフォースの両手は俺の頬に添えられた。

「え? あ、な!?」
「動くな。何分初めてなんだ。狙いが逸れる」
「何の狙いだ!? や、止め、やめろって!!」

 力の限り抵抗を試みる。肩を目一杯押すと、割とすんなり身を引いてくれた。
 あ、危なかった。一瞬、瞳に魅入りかけた。あれ以上覗き込んでたら確実にぼうっとしていたに違いない。その後に来るのは定番の接吻イベント。
 あ、ありえないっ。そんな事で初めてを失うなんてありえないっ。

「お、お前がやると本当に冗談に取れないぞ!」
「だから、冗談ではないんだがな」

 それも冗談ですよね? 真偽の程を確かめたいんだが、噛み合わない問答が続くと予想されるので止めた。絶対に冗談だと思い込んで記憶の危険物一覧に彼女の名前を書き加えておく。
 極太マジックでリインフォースの名前を書いたところで、二人して後ろを振り向いた。
 視線の先には制服の上にコートを羽織った少女が二人いた。
 一人は、昔の妹の姿をしている少女。
 一人は、幾度か顔を見た少女。

「……そう言えば、正式には名乗ってなかったな」
「そうでしたね。フェイト・テスタロッサです」
「高町恭也だ」

 味気ない自己紹介だが、俺もフェイト嬢も気にしていない。隣にいるなのはは訝しげな顔をするだけだった。

「リインフォース、さん」
「そう呼んで、くれるのだな」

 海鳴の上空で繰り広げた戦い。いや、それ以前からずっと、夜天の魔導書はずっと自分の名前を忘れていた。悲しみの淵に落ちる主に涙を流し続け、自分の悲しみとしてしまった優しい魔導書は、いつしか主を護る為に自らを改編していく。その過程で、魔導書は自らの題を忘れてしまった。
 自分は何の魔導書だったのか。何を願って自らを変えたのか。長い年月の中で、それを失ってしまった。残ったのは、主の願いを叶え、悲しみから救うと言う健気な想いだけだった。
 そして、彼女は失っていた名前を得た。優しい主に名前を貰った。
 ――だが。

「あなたを空に還すの、私達でいいの?」
「お前達だから、頼みたい」

 彼女は還る事を決めた。自分の存在が、厄災に変わってしまう前に。

「お前達のおかげで、私は主はやての言葉を聞く事が出来た。主はやてを食い殺さずにすみ、騎士達も生かす事が出来た。……感謝している。だから、最後はお前達に私を閉じて欲しい」
「はやてちゃんとお別れしなくていいんですか?」
「主はやてを悲しませたくないのだ」

 確かに別れは辛く悲しいものだ。もう会えない別れは特に。……少し、昔を思い出す。

「リインフォース……」
「でも、そんなの、なんだか悲しいよっ」

 せめて一言残せないのか。若い二人はそう言い募る。
 若いからこそ、そう思うんだろう。だが、別れは知らずになす事も優しさになる。特に、あの子はリインフォースも自分の家族と思っている。その家族が、もう二度と会えないと聞かされ、別れを告げられれば、悲しみに暮れてしまうかもしれない。いいや、きっと泣きじゃくる。そうさせたくないから、ここで還ろうとしている。

「お前達にも、いずれ解る」
「お兄ちゃん……」
「逃げと見えるかもしれない。臆病と感じるかもしれない。身勝手と思えるかもしれない。だが、そう別れる事で傷を浅くする事が出来るんだ」

 とーさんの訃報を聞かされた時、まるで現実感がなかった。唐突な別れ、と言うのもあったが、それ以上に死んだその瞬間を見ていなかったから、実感が湧かなかった。居なくなった事を少しずつ自覚していった時、俺は自棄になってしまった。まあ、あれは俺が勝手に気負いすぎた故の自爆だった訳だが。
 だが、それはまだよかったんだろう。今思い返せば、俺はかなりとーさんに依存していた。目の前でとーさんが死んだのを見たら、無鉄砲な事をやってどこぞで野垂れ死んでいた、なんて事が簡単に想像できる。それだけに、膝を砕いただけだったのは幸いかもしれない。
 あくまでも予測でしかないが、確実に言える事は、目の前で大切な人が居なくなってしまうのは、本当に辛く、悲しいものだと言う事だ。

「海より深く愛し、その幸福を護りたいと思えるものと、出会えれば、お前達も解る」

 リインフォースの言葉に、なのは達は口を閉じた。彼女の固い決意を感じ取って、二の句が告げなくなったんだろう。

「来たか……」
「待たせたか?」
「いや」
「そうか」

 姿を現したのはヴォルケンリッターだった。ギリギリまではやて嬢の様子を看たいと言っていたので、到着がここまでになったのだ。
 こうして、重要な一人を欠いた、別れは始まった。

「――では、始めようか。夜天の魔導書の終焉だ」

〜・〜

 雪の絨毯に描かれる幾何学模様。
 直線と曲線が織り成すそれは、淡く光を放ちながら、そこにある。俺にはその魔法陣の意味は解らない。だが、これから何するのかは解る。
 リインフォースを囲む魔法陣。一つの頂点にはヴォルケンリッターが立っている。それは、最終的な守護騎士プログラムとメインプログラムとの乖離をするためのものだ。管制プログラムたるリインフォースからの乖離は、即ち独立を意味する。闇の書の一機能だったものが、一つの独立した機構として再構成される。はやて嬢の家族を護るための処置。自分が消えなければならないのは覆せない事だが、それに巻き込む事はリインフォースの望むところではない。
 主の幸せを願う魔導書は、最後の最後に主に真の意味での望みを叶えたいのだから。
 また、リインフォースを中心とする魔法陣に二つの魔法陣が接続されている。円を基調とした魔法陣に乗るのはなのはとフェイト嬢だ。二人は、彼女を送るためのトリガーの役だ。実際にどうやるのかは想像外の話だが、リインフォースのシステムコアを破壊するのだと言う。
 別れの時間が迫る。静かに、そして確実に。誰もが黙り込んでいた。誰もが何も言わなかった。ただただ静謐に、別れの時を待っていた。

『Ready to set』
『Standby』
「ああ、短い間だったが、お前達にも世話になった」

 意思があり、またデバイスでもある三者は何かしらの共感を持っているようだ。親し気に語り合うのは、全力でぶつかった事に加え、そう言った共有する理念があるからだろう。

『Don't worry』
『Take a good journey』
「ああ」

 差し迫るその時を前にして、リインフォースの顔は穏やかだった。自らが消える事に恐れも抱かず、しかしこれで肩の荷が下りると思うでもなく、ただ柔らかく微笑を浮かべ続けている。何が彼女をそう微笑みさせるのか。俺には解らなかった。

「そうだ。お前達に、いくつか言っておかなければならない事があった」

 ふと思い出した様に、彼女は言う。

「なんだ?」
「今後、守護騎士としてではなく、人として生きてくれ」
「は?」
「守護騎士プログラムは、私が消滅すれば独立する。しかし、それは今後一切の支援がなくなると言う事だ。即ち、死ねば生き返る事もない。プログラムである以上、劣化や老化する事はないが、人と同じく一度限りの命となる」
「あんだよ、そんな事か。アタシらが死んだらはやてが泣いちゃうだろ。ぜってー死なねーよ」
「そうか、それは心強いな」

 さらりと重要な事を口にするが、それをヴィータ嬢は強がりながら否定した。
 そうだな。先ずは傷つかず、ましてや死ぬ事もなく、はやて嬢と共に生きていかなければな。

「それともう一つ。――恭也」
「……なんだ?」
「短い間だったが、お前と話せてよかった」
「半日もなかったがな」
「お前の言動は守護騎士達の記憶から覗かせてもらった。実際に顔を合わせたのは半日だが、私はずっとお前の事を見ていたに等しい」

 なるほど。振り返ってみれば妙に気慣れしていると思える節がある。

「あいつ等から見た俺はどうなんだ?」

 興味本位でそんな事を訊ねた。本人達の口からは絶対に出ないことも、もしかしたら喋ってくれるかもしれないしな。

「全面的に好意的だ。安心しろ」
「ちょ、リインフォース!?」
「プライベートを暴露するな!」

 やはり自分の心境を他人に語られるのは、流石に恥ずかしいらしい。昔、リスティさんに覗かれて、とある人物に対する印象を暴露された事がある俺としては、十分に共感できる話だ。でもまあ、訊くんだがな。

「具体的には?」
「兄、友人、家族、変人と言ったあたりか」
「……最後の一つを思った奴は誰だ!?」
「全員だ」
「あ、やっぱりシグナムもそー思ってたんだな」
「あいつは変人だろう」
「同意する」
「えーと、私が変人って思ったのは最初だけですからね?」
「お前等あとで校舎裏に来いやー!!」
「どこの校舎裏ですか!?」
「無論、聖祥だ!」
「えぇー!? なんでウチの学校なのー!?」

 なんとなくに決まってるだろう!

「まあ、概ね好かれてるから安心しろ」
「今まさに斬りたいんだが」
「嬉しいのをそうやって誤魔化すのは止めておけ」

 その言葉に、シャマルさんはぽんと手を叩いた。

「あ、やっぱり照れてるんですね」
「そーなの?」
「私もなんとなく解る」
「一目瞭然だ」
「げ、解んねーの、アタシだけ?」
「あのー、別に解っても凄いって訳じゃないんですがー」

 なのはの突っ込みにフェイト嬢は苦笑するが、ヴォルケンリッターは全く取り合っていない。なのはの言う通り、解った所で凄い訳がない。むしろ俺はその辺りを悟られてしまうのは拙いんだが。

「私の中には守護騎士達の記憶と思いがある。主はやてとの生活の全てがここにある。直接の世話は出来なかったが、この思いがあれば十分だ」
「……そうか。それで、満足できたか」
「満足、するしかないのだがな」

 本当なら、もっとずっとはやて嬢の傍にいたいんだろう。そんなの容易に想像がつく。だが、自分は消えなければならない。主の幸せを願えば。ままならない、な。
 そして、リインフォースが何かを言おうとした時、少女の叫びが木霊した。

「リインフォース!」

 振り返れば、そこには必死に車椅子を漕ぐ少女が居た。小さい体で、必死に雪道を進んでくる。この寒空の下、冷えた車輪を握っていた手は赤く悴んでいる。握る手には恐らく感覚が残っていないだろうに、それでも強く握り締めて車椅子を漕いでいた。
 来てしまったか。いや、ようやく来た、と言うべきか。あの子との絆は、そんな柔なものではないのだと、強く思い知らされた。

「はやてちゃん……」
「はやて!」
「動くな! 動かないでくれ。儀式が止まる」

 はやて嬢を心配してヴィータが駆け寄ろうとしたのをリインフォースは制した。もう術は待機段階まで来ている、ここで動いてしまえば、騎士達は独立できない。

「あかん! 止めて! リインフォース止めて!」

 昨晩と同じく、はやて嬢は泣いていた。目尻に溜めた涙が今にも流れ落ちそうだった。
 家族を失いたくないと言う想い。家族が消えてしまう事の悲しみ。別れを告げられないまま居なくなってしまおうとする、リインフォースに対する少しの怒り。

「破壊なんかせんでええ! 私が、ちゃんと抑える! だから、大丈夫やっ。こんなん、せんでええ!」

 恐らく、彼女も解っているんだろう。魔導書の力を抑える事、抑え続ける事がどれだけ難しいのか。だが、それを解っていても、はやて嬢はリインフォースにいてもらいたいと思っている。傍にいて、共に暮らしていきたいと思っている。リインフォースもまた、はやて嬢の家族に違いないのだから。

「主はやて、よいのですよ」

 はやて嬢の必死の訴えを、リインフォースは柔らかく拒んだ。もう、取るべき道はこれしかないから。
 だが、それをはやて嬢が許すはずもない。

「いい事ない! いい事なんか、なんもあれへん!」
「随分と永い時を生きてきましたが、最後の最後で私はあなたに綺麗な心と名前を頂きました。騎士達もあなたの傍にいます。恭也もあなたの傍にいます。何も心配ありません」
「心配とか、そんなん……っ」
「ですから、私は笑って往けます」

 心配する事は何もない。後を預けられる存在が居る。その強さも、優しさも知っている。だから、安心できる。
 それでもはやて嬢は認められなかった。だから、叱り付けた。

「っ、話聞かん子は嫌いやっ。マスターは私や、話聞いて!」

 絶対に、絶対に失わないと、少女は言う。

「私がきっとなんとかする。暴走なんかさせへんて、約束したやんか!」
「その約束は、もう立派に守っていただきました」
「リインフォース!」
「主の危険を払い、主を護るのが、魔導の器の務め。あなたを護るための最も優れたやり方を、私に選ばせてください」
「……ゃけど……せやけど、ずっと悲しい想いしてきて、やっと、やっと、っ、救われたや、ないかぁっ」

 だから、この先は幸せを求めてもいいではないのか。それを放棄して、夜天の魔導書を破壊してまでして、主の幸福を求めるのは、虚しすぎるのではないか。
 はやての涙はそう訴えた。

「私の意志は、あなたの魔導と、騎士達の魂に残ります。私はいつも、あなたの傍にいます」
「そんなんちゃうっ! そんなんちゃうやろ、リインフォース!」
「駄々っ子は、ご友人に嫌われます。聞き分けを、我が主」
「リインフォース!」

 どれだけ言い募っても、どれだけ求めても、彼女は首を縦には振らなかった。
 そんな彼女に、はやて嬢は思い余って、恐らくは抱きしめて捕まえようと車椅子を進めた。

「あ!」

 なのはの息を呑む声が聞こえる。
 走り出した車椅子は、雪で隠されていた段差で車輪を跳ね上げてしまう。唐突なベクトルの転換に、車椅子はバランスを失い、倒れる。その渦中で、はやて嬢はその身を雪上に投げ出されてしまった。
 倒れた格好のまま、少女は涙を流す。

「なんで……? これから、うんと幸せに……これからうんと幸せにしていかなあかんのに」

 それを拒む理由が解らない。消えたくないはずだ、ずっとここにいたいはずだ。それを望んでるくせに、なんで消えようとするのか。
 理由は知ってる。でも、解りたくないのだ。
 解らないと泣くはやて嬢に、リインフォースはそっと歩み寄った。

「大丈夫です。私は、世界で一番幸福な魔導書ですから」

 そう言って、はやて嬢の頬を撫でる。はやて嬢は涙声で彼女を呼んだ。
 魔導書は、ただ微笑んでいるだけだった。

「主はやて、一つお願いが」

 魔導書はそう切り出した。

「私は消えて、小さく無力な欠片へと変わります。もしよければ、私の名はその欠片ではなく、あなたがいずれ手にするであろう、新たな魔導の器に贈ってあげていただけますか」

 自分はもういないのだから、その残滓にすらにもならない欠片に思いを馳せるのはやめて、自分の生まれ変わりに名を受け継がせて欲しい。未練がましく思い出されるよりも、そっちの方がいい。
 そう、魔導書は言った。

「祝福の風、リインフォース。私の魂は、きっとその子に宿ります」
「リイっ、ン……フォース、……っ」
「はい、我が主」

 名を呼ばれ、彼女は微笑んだ。貰った名前を呼ばれる事が、彼女は好きなのだろう。優しい主から贈られた綺麗な名前。それを彼女は胸に抱いて、羽ばたいていく。
 リインフォースは魔法陣の中へ――向かう前にその歩みを俺に向けた。

「先ほどの続きを。お前には、騎士達も、主も救われていた。僅かながらその礼をしたい」
「礼、と言われてもな。むしろ恩があるのは俺の方なんだが」

 見知った、しかし見知らぬ土地を彷徨う俺を、彼女達は快く受け入れてくれた。傷の手当てを、雨風を凌げる家を与えてくれた。それはありがたい事だ。血を流して、目つきの悪い、無愛想で不審な男を良くぞ受け入れる気になってくれたと思う。どう見ても彼女達が相当のお人好しであった事が救いだった。だから、恩があるのは俺であり、礼をしなければならないのも俺だった。

「相互補助、だ。互いに恩があり、礼をしたいと思っている。それに、礼は貰っておく事に越した事はないのだろう?」
「まあ、な。なら、礼を貰っておこうか」

 そうまで言われてしまえば、受け取らない訳にはいかない。それに、これでもう会えないと言う事もある。ここで断るのは無粋極まる事だ。

「では――主と我等を救い、癒してくれた事の感謝を込めて」
「むぐっ!?」
『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』

 むちゅっと、それでいてずかずかと、更に加えて中身をぐちゃぐちゃと、リインフォースの舌が俺の口に侵入した。
 そんな馬鹿な。一応の警戒はしていたのに、全く反応できなかった。こんな場面でするはずがないと思っていたのもあり、そして突然の事態に、情けないかな、俺は無抵抗にリインフォースの陵辱を受けていた。

「は、んっ、ん、ちゅ、れろ」

 絶大に官能的な水音がやけに辺りに響いてる気がするのはきっと俺の気のせいじゃないはず。こいつ、わざと音をでかく立ててる!?

「ちゅば、ん、ぅんっ、は……ぁぁ、くちゅ」

 抵抗らしい抵抗が出来ない。完全に思考回路はショートしている。だってのに、キスの感触だけは俺の脳髄に美沙斗さんの神速がけの射抜並に突き込まれてくる。なんの意識操作だこれはっ。

「んく、んく、れろ、ちゅぶ……ふはっ」

 終いにはキュポンとか言って、リインフォースは俺に口付けを終えたのだった。なんか、やたら満足そうに俺から搾取した唾を大事に飲み込んでいらっしゃる。

「主はやて、守護騎士達。……それから小さな勇者達。ありがとう。そして――さようなら。あ、あと口付け、美味しかったぞ」

 最後は口早にそう言ってさっさと旅立って往ってしまった。残った俺達は全員硬直し、茫然自失となっていた。そんな中、俺は受けた衝撃が全く処理できず、処理できないながらも見えたのは、この後絶対に吊るし上げを喰らうと言う確定した未来だったので、早々に気絶してしまえと全てを放り投げて倒れたのだった。

〜・〜

「認めへん! 認めへんよ! なんであそこでキスやねん! なんであん時キスやねん! もうちょっときれいな終わり方とかできへんのかいな!?」
「え、えーと、しんみりしないようにって配慮したとか……」
「その割には本気でしてたが」
「黒助、完全に固まってたぞ」
「憐れな……」

 目を覚ましてみれば、はやて嬢が滅茶苦茶憤慨していた。さっきまで泣きじゃくってたにしては物凄く元気である。いや、まあ泣くよりかはいいかもしれんが、怒らせるのもどうかと俺は思います。叱られるのはどう考えても俺だけだし。
 目は閉じたまま、聞こえてくる会話に耳を傾ける。実のところ、どのタイミングで起きればいいのか解ってなかったりする。狸寝入りを決めて、どーしたもんかと頭を捻っていたのだが、やや遠くに小さい気配を二つ感じ取った。

「おじゃましまーす」
「おはようございます」

 声からして、なのはとフェイト嬢だと知れる。よかった。これなら俺が起きても支障はなさそうだ。

「う……」
「あ、恭也さん、起きたん?」
「……ああ。今、何時だ?」
「朝の十時って所です」

 シャマルさんの答えに窓の外の雪景色を見る。どうやら半日以上眠っていたらしい。俺はあの一撃にどこまで深刻なダメージを受けたんだろうか。心理分析とか受けたくないなぁ。

「お兄ちゃん、もしかしてずっと寝てたんですか?」
「らしいな。疲れが溜まってたんだろ」

 色々あったからな。昨日、と言うかもう一昨日か。あれから間断なく騒動が降りかかってきた訳だからな。イレインとそのオプションと戦った時より連戦だった気がする。

「えっと、その、昨日はお疲れ様でした」

 色々慮ったらしいフェイト嬢が苦笑しながら言った。言ってしまったとも言う。ああっ、穿り返して欲しくなかったのにっ。

「ああ! そうや恭也さん! なんであそこでよけへんのや!? 避けられたやろ!? あそこはそう言うボケするところちゃうなんて基本中の基本やん!!」
「俺はボケだが、あれは狙ってやったものじゃない。と言うか、俺も被害者だぞ!!」
「役得とか思とるやろ!」
「あれを得と思えるほど俺は女性慣れしてない!」
「男の子はみぃんなそんな見え透いた言い訳するんや!」
「見え透……はやてじょおおおおっ。男の純真な心をそんな蔑むように見る事は許さんっ!」
「純真も何も、恋人おらへん人間失格に言われとうな――あれ?」
「人間失格とかまで言うか!? 大体だな、俺はどう見たって被害者であって、あそこであんなのが来るなんて誰が予想できるか! 避ける避けないの以前に、あいつが空気読まなさすぎなのが問題なんだ!」
「――ねえ、恭也さん」
「なんだ!? まだ俺を虚仮にしたいのか!?」
「恋人おらへんのやったよね?」
「前も言っただろうか。生まれてこの方そんなの出来た事なんてない」

 寂しい人生と言える事を臆面もなく言ってしまえる自分がちょっと馬鹿だと思う。
 そこではやて嬢とフェイト嬢は顔を見合わせて、呟いた。

「……と言う事は」
「俗に言うファーストキス?」
『なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?』

 途端に騒ぎ始める女性陣。今までの俺の怒りなど完全に思考の外に放り出して、勝手に騒ぎ始めた。
 俺は両手で、ザフィーラは肉球でそれぞれ耳を押さえる。

「ちょ、え、なに? それってホントなの? はやてちゃん!」
「うん。以前恋人がおるんですかって訊いて、出来た事ないて言ーてた」
「実を言えば、月村すずかと主はやてがご歓談している時に、彼女の姉とこの世界の高町恭也が恋人同士だと聞いて悶絶していたが」
「も、悶絶……」

 フェイト嬢が引きつった顔をするのが見えた。ちらちらと俺を盗み見ては何を想像したのか、ちょっと頬を赤く染めてたりする。いや待てや。何を想像した!?
 唇が「可愛い……」とか動いてるのが見えるんですがっ!?

「ええ!? 恭也さん、恋人いないんですか!? 私、てっきりいるのかと思ってました」
「まあ、あの性格だ。出来ることの方が難しいと思うぞ」
「変人だしなー。あいつの面倒見るのだけでも大変そうだし」
「そこの三人。こっちに来い。リンゴを握り潰せる手で、全力で撫で撫でしてやろう」
「え、遠慮しますー!」
「つーか撫でんじゃねー!」
「俺の頭を撫でたら咬むぞ」

 好き放題言いやがってからにっ。

「おおおおおお兄ちゃん! ホントに初めてだったの!?」
「ああ。そもそも、俺がそんなことする訳がない。そんなに女遊びしてるように見えるのか?」
「いえ、見えないですけど……でも凄く意外です」

 フェイト嬢は本当に驚いた顔でそう言う。何を以ってして意外なのか訊ねたいところだが、薮蛇はゴメンなのでツッコミは不可の方向で一つ。

「……はぁ、俺の事は脇に置いて、あれから何があった?」

 気絶していた間の事を誰ともなしに訊ねると、シグナムが答えてくれた。

「リインフォースが還った後、お前をここまで運んだ。その後、主が病院を抜け出した事が露見してしまって、さっきまで説教を受けていたが」
「止むを得ん、とは言えないか。あっちもあっちで治療に必死なのだし」

 魔法やら霊能やらとはかけ離れた位置にいる人達だからな。足に不自由するはやて嬢が勝手に病院抜け出したら、そりゃもう大騒ぎだろう。大体、一度は病院に帰ってきたと思ったら、すぐさま抜け出してるし。説教の一つや二つ貰って当たり前だな。まあ、その間神妙に話を聞かなければならない事には同情するが。

「あ、そう言えば、ちゃんと言ーてへんかったけど、私の足、治るみたいなんや」
「そうなんですよっ。夜天の魔導書からの侵食がなくなって、後は自己治癒でちゃんと回復するってお墨付きが出たんです!」
「どこの墨ですか?」
「管理局だよ。執務官が軽く検査したら、そうだって言ったんだ」

 ヴィータ嬢の言葉に軽く驚いた。
 だから別れの悲観に暮れていなかったのか。嬉しい事と悲しい事が半々で、そこにリインフォースが俺にあんなことしたもんだから、怒りゲージが跳ね上がったんだろう。あいつ、本当に厄災しか運んでこないな。
 後は、なのは達がここにいる理由を訊いてみた。

「二人がここに来たのは、見舞いか?」
「それもあるけど、今日はこれから一日遅れてたクリスマス会なんだ。それではやてちゃんを迎えに来たの」
「すずかやアリサも呼んでるんです」
「……そう言えば、約束をまだ果たしてなかったな」
「約束?」

 首を傾げるなのはに、さてどう言ったものかと悩んだが、詳細は話さず頼み事をする事にした。

「……あー、あの二人がお前達に俺の事を訊いて来たら、二人の暇な日を訊いておいてくれないか? 予定を合わせるから」
「いいけど、なんの約束なの?」
「話をするだけだ。色々、な」

 恐らくは彼女達が知る高町恭也と俺の違いについて、話すと約束した。詳しい事は無理だが、概要だけは教えておかないと混乱するだろうし。

「あ、そっか。それなら、私からしておく?」
「他人任せにする問題じゃない。それに、お前も俺の事は詳しくは知らないだろ。説明するなら俺がした方がいい」

 事情を知ってるのは俺とリンディ提督とクロノに若干の事情説明をされたらしい武装局員の面々。ここにいる人間には何も教えていないのは、まだ調べてるからだろう。確か……明日には一応の結論が出るとか言っていたな。

「じゃあ、私達も同席していいですか?」
「……つまらない話だぞ? 何より、五分程度で終わるものだし」
「ご、五分に纏めちゃうの? 私、お兄ちゃんの話、聞きたいのに」
「あ、私も興味ある。恭也さん、なんも教えてくれへんかったから」
「あのー、私も聞いてみたいんですけど」
「アタシは別にどーでもいいけどな」
「おいおい。そんなに客が増えたら逆にあの二人が萎縮するだろ」

 俺に連れてく気がない事を知ると、全員残念そうな顔をした。俺の昔話なんて生臭いものしかないんだが。C級スプラッタとどっこいどっこいだぞ。

「えー?」
「駄目、ですか?」
「この際、全部暴露しちゃいましょうよ」
「ケチや、恭也さん!」
「ケチじゃない。第一、八割が傷の治療の話になるぞ。熊と遭遇して背中引っ掻かれたとか、崖から落ちて体中血だらけとか、肩に銃弾喰らって血がドバドバ出たとか、それを半死半生の意識のまま「俺、このまま死ぬのかな?」とか思いながら包帯を巻いた、なんて話が聞きたいのか?」
『あ、あはーははは――遠慮しますぅ』

 四人とも冷や汗流しながら俺から遠ざかる。いや、まあ、いいんだがな。

「ともかく、クリスマス会なんだろ? 三人とも楽しんで来い」
「うん!」
「はい」
「今日は騒ぐでー!」
「あー、シグナム。定時になったら迎えに行けよ?」
「無論、そのつもりだ。病院も外泊許可は出してないしな」

 シグナムの力強い頷きに、俺も安心しかけて、はた、と気付いた。

「なのは」
「え、なに?」
「クリスマス会とやらは、どこでやるんだ? 月村の家か?」
「ううん、翠屋だよ?」
「――――」

 その時! 俺の脳裏には閃光の如く、一つの光景が広がった。
 酒が入った高町母。彼女は何よりも増して面白い事を優先する関西人だ。酒がその性格をブーストして、周囲の人間をとにかく巻き込む酒乱なのである。それに幾度となく巻き込まれた俺には解る。シグナムは、シグナムは確実にそれに巻き込まれる事を!

「ま、気を付けろよ」
「? 何の話だ?」
「なに、夜道は明るいところを歩けと言う話だ」
「当たり前だ。主はやての御身は必ずや護り通す」

 色々燃え上がってるシグナムに、俺はこれから起こるであろうエピソードを想像するとにやけ顔が治まらなかった。

「おにーちゃん、絶対悪い事考えてる」

 なのはのツッコミは華麗に無視する俺だった。

〜・〜

 翌日。
 昨晩、管理局経由で俺に連絡があった。アリサ嬢とすずか嬢の予定が決まったと報告された。
 まあ、それはいいんだが、俺はなのはに頼んだのに、何故管理局から連絡が入ったのか疑問だったんだが、どうもクリスマス会が宴会にクロックアップしたらしい。未成年以下、参加者全員二日酔いで潰れたとの事。翠屋は大丈夫なのかと思ったが、俺の世界だと松尾さんが仕切って、バイトさんに思いっきり肉体労働を強いるのが通例なので、こっちでも同じだろうと勝手に思っておく。
 二人との落ち合い場所は海浜公園。冬の海風はかなり冷たいが、吹くのは時折だからそこまで寒い思いはしない。公園から眺める沖合いは穏やかだった。とても一昨日激戦が広がっていたとは思えない。確か、闇の書の残骸だかなんだが漂ってたが、今は見かけない。管理局が撤去したのかどうかは解らないが、こうして事実は隠蔽されていくんだな、なんて柄にもない事を考えてしまった。自分だって裏の世界に首を突っ込んでると言うのに。

「きょ、恭也、さん……」
「お、お待たせ、しましたぁ」
「……あー、水、飲むか?」

 時間丁度に現れたアリサ嬢とすずか嬢だったんだが……二日酔いが覚めてないらしく、今にもリバースしそうな顔だった。一先ず、落ち着くまで待つ事にしよう。夕方まで時間はある事だしな。

「す、すみません。助かりました」
「うぅ、アタシまだだめぇ」

 水を飲んで人心地ついたらしいすずか嬢は幾分すっきりした顔だ。対して、アリサ嬢は未だに気分が悪いようである。この辺りの回復力はあっち側の能力なんだろうか。
 その後も、アリサ嬢が落ち着くまで待とうとしたが、彼女に止められてしまった。

「い、いえ! これ以上お待たせする訳にはいきません! ――うっ」
「ああ、アリサちゃん! 興奮しない方が……」
「だ、だーいじょーぶよっ。アタシはアリサなのよ!?」
「いや、うん、解ってるから、落ち着こうね?」

 なんだろう。この二人から、妹的居候二人に物凄く近い感覚がするんだが。

「え、えーとお見苦しいところを見せました」
「気にしてないよ。大体、子供に酒を飲ませる高町大魔神が悪い」
「あ、あはははは……」

 あの人のあのテンションにどれだけ振り回されたことか。特に酒は駄目だ。酒が入ると全てがブーストされる。さながら、悟りを開いてしまった格闘家、友人の死の悲しみで限界を超えてしまった宇宙人。マイクを握れば放さないし、なんにでも絡むし、悪の思考回路がスパークして俺が窮地に立たされるし、いい事なんて全くない。

「も、桃子さんは、楽しくなっちゃうと見境がつかない人で……」
「す、すずか!? それフォローになってないから!!」
「あ、え、えーと、愉快な事にお酒を注いじゃう人と言うか……」
「それもフォローじゃないから!」

 なおも、高町母を擁護しようとして失敗し続けるすずか嬢。もしかして、まだ酔ってるんじゃないか? この子。

「別にフォローせんでも、かーさんの生態は大体理解してるからいらないぞ? 『こっち』も相変わらずなのが解ったのはいいがな」
「あ、そ、そうですか」

 恥じ入って顔を赤くする少女に、なんだか和む。ホント、なんで俺の周りにはこう言う優しい性格の人間がいないことかっ。
 まあ、そんな事に嘆いても意味はないので、話を始めよう。

「――約束を果たそうか。まずは、何が訊きたい?」

 その誘いに、二人は矢継ぎ早に質問するのだった。

〜・〜

 高町なのはとフェイト・テスタロッサが海鳴病院を訪れたのは昼を少し過ぎた辺りだった。顔色が見るからに悪い。それを見れば恐らくは診察を受けに来たのだろうと思うのが大半の感想であろう。だが、これは昨晩、無理矢理アルコールを注入されたからである。未成年にアルコールなんて! と思いはするものの、飲んだ後のあのなんだかぽやぽやした高揚は結構好きだと内心で思った二人は、母の勧めそっちのけで酒を摂取してしまった。
 調子に乗って呑みすぎたため、頭が痛い。それで診察を受けるのかと言えば、全く違う。小学生が二日酔いで薬を貰いに来たなんて事が発覚したら事件沙汰である。その辺、しっかり認識してる二人は、病院の受付で看護士が心配そうな顔をするのを引きつった笑みで誤魔化して、八神はやての病室を訪れた。

「こんにちはー」
「おじゃましまーす」

 病室の扉が空いていたので、ひょこっと顔を出して伺いを立てる。病室の主はベッドの上で、普通そうにしていた。昨晩はなのはやフェイト以上に酒を浴びるように呑んでいた筈なのだが、この歳にして酒豪の才能を開花させているのだろうか?

「あ、なのはちゃん、フェイトちゃん」
「こんにちは、はやてちゃん」
「今日もお邪魔するね」
「ええよええよ。毎日来てくれたってかまへん。っちゅーか、二人とも調子悪そうやね?」
「昨日はがぶ飲み一気飲みちゃんぽん飲みしていたな」
「や、やー! それは言っちゃ駄目! 駄目なんですー!」
「私も酒を嗜むが、あそこまで男気溢れる飲み方はついぞしたことがない」

 しきりに感心するのはシグナムだった。彼女に悪意はない。ただ、正直に二人のあの飲みっぷりに感心しただけである。

「いえ、あの、あれは酔った勢いと言うか……」
「人間、酒を飲めば大体本性が見えると言うが、あれがお前たちの本性だったわけだな?」
「違いますってばー!」
「シグナム、恭也さんがおらんから遊び相手に飢えててな。堪忍してや」
「ふむ、やはりあいつでなければ、いい返しは返って来ないようです」
「そんな事試すんですか!? あうっ」
「ツッコミに気合入れんのはええけど、頭痛い時に大声は控えた方がええよ?」

 相当響いたらしく、なのはは頭を抱えて蹲ってしまった。見かねたシャマルが手を二人に翳した。

「あ、あれ? 痛くなくなった」
「これは……?」
「肝臓の動きを少し元気にしました。あと頭痛も和らげたんです。夕方くらいにはすっきりするはずですよ」
「ありがとうございます」
「助かりました」
「いえいえ。はやてちゃんも朝は地獄で釜茹でされてるのかってくらい唸ってましたから、コツは掴んでたんですよ」

 笑顔にちょっと苦味があるのは主の蛮行故にだろうか。なんにしても、既にはやてで実験は済んでいるので二人の二日酔いも楽に治せたわけである。

「か、釜茹で?」
「うぅ。お、お前等は聞いてないからフツーだろうけどなっ! あれ、すんごく怖かったんだぞ!?」
「ヴィ、ヴィータちゃんがはやてちゃんを?」

 先ほどから元気がない上に、部屋の隅で震えてるのでどうしたんだろうかと思っていたのだが、そう言う理由があったらしい。
 それにしても、はやてに心底懐くヴィータをそこまで怖がらせるほどの呻き声って一体なんなんだろう? となのはは怖い想像をしてしまいそうだったので止めた。

「私がどれだけ言ーても近づいてくれへんねん。私、寂しーわー」
「う、で、でも、う、う゛ーっ」
「ほらほら、悩む必要なんてないからこっちおいで?」
「う、うん」

 ヴィータは恐る恐ると言った足取りではやての横に来た。怖がるヴィータの手をはやてはそっと掴み、その手を優しく撫でてあげた。それがヴィータを安心させたらしく、怯えの色が消えていくのがなのはには判った。
 その時、突然宙にウィンドウが現れた。そこに映るのはクロノ・ハラオウンだった。

『全員揃っているようだな』
「ああ」

 全員を代表して、シグナムが頷いた。

『昨晩、飲酒したと聞いたから後日改めて話してもいいが……』
「駄目です。私達に取って大事な事やって聞きました。延ばすなんて事できません」
『そうか……、なら予定通り進めようか』

 そう言って、クロノは手元に書類を持ち、それに少し目を落としてから、話し始めた。

『まず、集まってもらった理由から言っておこう。高町……いや、本人の希望から不破恭也さんと呼ぶ事にしようか。ともかく、彼の事についてだ』
「不破……。確かあいつのデバイスの名前、それだったよな?」
「ああ。実家の家名、と言っていたか」
『そのようだな。なのはの国では、片刃の剣の事を刀と呼ぶ。そして、それに名を付ける大半の銘が鍛冶屋の家名だったらしい』
「恭也さんもそんな風に言ってました」

 なのははよく解らなかった。何故違う苗字を名乗るのか。そもそも、自分は兄に旧姓があることや、その姓が『不破』なんて苗字だった事すら、知らなかった。それはなんとなく、寂しい気がした。
 なのはが若干落ち込んでいる間に、クロノの話はすぐに核心に触れた。

『端的に言えば――彼は迷子だ』
「え?」
「自分でそう言っていたな」
「私がそう言ーたら暴れたけどな」
「あの時は取り押さえるのに梃子摺った」
「今更って感じがすっけどな」
『それは彼が諸々の事情を圧縮して迷子と言っただけだ。こっちは本当の意味で言っている』
「どー言う意味だよ?」

 それを今から説明するとクロノは制した。
 通信ウィンドウの隣にデータと一つの報告書が表示される。

『これは、とある次元転送系ロストロギアの調査報告書だ。第十七調査艦が調べた時に事故が起こった。不良動作を起こしたロストロギアが暴走したんだ。経年劣化による暴走だった。それは回避しようのない事態だった事は、一応の言い訳になるが、それで巻き込まれた人達に納得してもらう気はなかったらしく、第十七調査艦の艦長は相当無理をしてランダム転送されてしまった人達を追い続けた』

 有機物、無機物、そして知性体。可能な限り探し出し、可能な限り元の世界に送り返した。その迅速な対応と正確な対処は正当に評価されるものだ。彼がいなければ事態は未だに解決していなかっただろう。それだけ彼等は身を粉にして飛ばされた人達を探し出していたのだ。

「……大体察しはつくな。恭也はそれに巻き込まれてこの世界に来たのだろう?」
『そうだ。最後まで見つからなかった内の一人としてここには明記されている。発見できなかったのは、君達が匿っていたから、とこちらは見てる』
「セキュリティ、万全にしてたからかしら?」
「だろーよ」

 こそこそとシャマルとヴィータが話していたが、クロノは咎めずに先に進んだ。

『大方の人間は送り返せたんだが……問題は不破恭也さん自身だ』
「どう言う意味です? あの人、変人やけど、そこまで問題あるようには思えへんよ?」
「なんか、はやてちゃん、毒舌?」

 なのはの疑問は全員聞き流した。無論、誰もが知っていることだったからである。

『彼個人の性格や肉体的な問題じゃない。彼が飛んできた世界が問題なんだ』
「? どう言う事だ?」

 シグナムの疑問に、クロノは顔を少し濁らせながらも言った。

『不破恭也がやってきた世界は――存在しない』
「なっ!?」
「えぇ!?」
「ど、どう言う事ですか!?」
「なんでなん!?」
『落ち着いてくれ。それを今から説明する』

 全員の反応を予想していたらしく、クロノは冷静に鎮めた。ここから先、小難しい話が続くのだ。こんなところで騒いでたら、いつの間にか眠ってるなんて事になりかねない。
 息を呑んで続きを待つ彼女達に、クロノは言葉を慎重に選んで言った。

『そもそも管理局が確認している時元世界は簡単に言えば一つの宇宙と言える。一つの世界は一つの星。世界を繋ぐ時元空間は星を包む宇宙と見ればいい。広大な宇宙の中を全て探し出す事は、物理的に無理だ』
「物理的に探し出せない――だから、存在しないに等しいと言う訳か?」
『それもあるが、もっと確かな根拠がある』
「根拠? それってなに?」
『それが彼自身、と言う事に繋がる』

 解らない、と首を傾げる一同に、クロノは一息に説明した。

『――次元世界に同一人物が存在する世界はない。学会でも、存在座席が多重に存在する事はないとされている。レコードは常に一枚だけ。そこに書き込める記録も一種類だけだ。だから、似通った人物と言うのは、確率論としてはあるが、全く同じ人物は存在しえない』
「お兄ちゃんの家族と私の家族って少し違うみたいだったけど……」

 闇の書と戦っている時、恭也は『晶』と『レン』、二つの名前を挙げた。その二人に対して元気にしているかとなのはに訊ねたのだ。しかし、なのはは『晶』や『レン』と言う名前に心当たりはなかった。恐らく、恭也の世界での家族、あるいは親しい知り合いなのだろう。
 似ているが、違う世界。
 そうならば、物理的に探し出すのは大変な労力が必要だが、帰れるはずだ。世界は無数に存在するのだから、この世界と似た世界があると考えられる。物理的に探すのは無理でも、理論的には存在している事になる。なのに、恭也が帰るべき世界が存在しないなんて結論に至る事が、解らなかった。

『難しい話になるんだが……例えば、僕――クロノ・ハラオウンと言う人間がいる。そしてこの広い世界には僕に似た人間がいるだろう。ただ、僕とその僕に似た人は別人だ。決して同一人物じゃない。血の色や、遺伝子、体組織そのものが違うかもしれない。でも、似た人物、似た存在がいる可能性はある。だが、不破恭也さんは違う。この世界には高町恭也さんと言う人がいる。彼となのはのお兄さんは同一人物なんだ』
「その論法から言えば、そっくりさんにはならないんですか?」
『違う。そもそも、僕に似た別人だとしても、それは容姿が少し似ていて、性格が少し似ているものとか、そう言った相似関係だ。名前も違うことだってある。でも、恭也さん達の場合はそれとは異なる。その生い立ちと、彼を取り巻いている環境、この地球と言う星と保有している科学力、国の勢力図、人口の数、それぞれが似通いすぎている。つまり、なのはがいる世界そのものが似ている事になる。これは、理論上あり得ないんだ』
「すっげー偶然が重なったとかって可能性はねーのか?」
『ない。高町恭也、ないし不破恭也という席は一つだけしかない。かつ、地球と言う星や、太陽系に連なる惑星においてもそれは同じだ。席は一つしかないからね。つまり、広大な宇宙そのものが多重して存在する事になる。そう言う世界が二つあると考えるには、レコードと言うものの懐は広くない、らしい』

 クロノだって全てを理解している訳ではない。学者の話を伝えてるに近いレベルなのだ。クロノ自身、不破恭也と高町恭也の差は、ほぼないのではと思っている。しかし、それでも別人だとも、また言えるのだ。
 なのに、世界は彼等を同一の存在として捉え、加えて不破恭也の存在を許し続けている。学者が説明するに、既に世界に個体存在しているため、消去が出来ないのではないかとの事。クロノにはそんな推論などに興味はなく、彼が帰れるのかどうかが訊きたかっただけなのだが、その結論を訊き出すのに三時間もかかったのが腹立たしい。

『もう少し砕いて言うなら、不破恭也さんと高町恭也さんは魂が同じと言う事だ。魂はその世界において唯一無二。似ている事はあっても、同じ事はない。無機物、有機物、この世に存在するありとあらゆる物質に魂があるとして、それぞれが同じ魂を持つと言う事はあり得ない。もし、今のように同じ魂を持つ存在が同時にある状況を想定するなら、それは別のレコードを持った世界が重なったと言う事になる。だが、僕達が観測できるのは一枚のレコードだけだ。決してもう一つのレコードの中身を知る事は出来ない。そして、一旦レコードの外へと流れてしまうと、戻るのは大変難しくなる。この世界ですら広大なのに、さらにそれが無限に連なっている事になるからね』

 魂と言う人間の命を比喩したことで、朧気ながら一同は現状を理解し始めた。それを察したクロノは話を詰める。

『話を纏めると、不破恭也さんは本来存在しないはずの世界からやってきた事になる。この世界……いや、この次元世界とも隔絶された、そしてこの世界と似た別世界から彼はやってきたと推察される。そして、管理局は時空間の外へアクセスする方法を見出していない。そもそも、そんなものがあるのかすら疑わしかったから、碌な調査もなにもやっていなかった』
「でも、恭也さんがやってきてしまった」
『その通りだ、フェイト。想像していたが、来る事はないと思っていたら来てしまった歓迎できない来訪者。――いや、あの学者の言葉を借りるなら、不運にも、そして幸運にもこの世界に流れ着いてしまった異次元漂流者だ』

 沈黙が、部屋に下りた。
 帰るべき場所が存在しない。いや、もしかするとあるのかもしれない。だが、帰る手筈が何もないのだ。
 彼の家族、彼の居場所――彼の故郷。
 それは全て、手に入らない。

「な、なんとかする方法はないんですかっ? このままじゃお兄ちゃん……」
『僕もそれは問い質したよ。だが、答えは「不可能」とだけ返ってきた』
「何故だ? 理論はあるのだろう?」

 時元の外があると提唱されているのだ。つまり、基礎理論はあるはずだ。そこから何か打つ手を探る事ができるはずではないかと、ザフィーラは問うた。
 しかし、クロノは首を横に振るのだった。

『こんなもの、学者に言わせれば妄想だよ。ただでさえ時元境界理論があって、世界は全て繋がってると思っているのに、更に別の世界があるなんて、誰が思いつくんだ?』
「…………」
『人は、時空間を発見した事で、全ての世界へ飛べると思ってしまった。広大すぎる世界が目の前に広がってるんだ。更に外の世界があるなんて誰も思いやしなかった。戯れに、もしかしたらそんなものがあるかもしれないと笑い話にする事はあっても、誰も真剣に考えなかったんだ』
「だから、恭也のいた世界を見つけることが出来ないと言う事か」
『その通りだ。管理局は、不破恭也さんを帰す事は出来ない』

 それならばと、声を上げたのははやてだった。

「なら、私の……夜天の書の力で送る」
「あ、そうですよ! はやてちゃんの力ならきっと……!」
『期待を潰して悪いが、それは無理だ』
「な、なんでやの? 本を捲ればそれっぽい魔法があるかもしれへんのに」
『数千に昇る魔法を記述した夜天の書ならそう言った期待は出来る、と思いがちだが、結局魔導書は昔の魔導師の魔法を記録しているに過ぎない。まだ時元境界理論が確立していなかったときからあったものだ。世界を渡る機能があったとしても、内輪の世界の移動法だけであって、外に向けて移動できるものはないだろう』
「そんなん、探してみてから言うてや!」
『今のは可能性だが、確実に言える事が一つある。はやてが次元の外を認識できるのかと言う問題だ』

 その意味に、はやては首を傾げる。どう言う問題なのか、想像がつかなかったのだ。

『通常、時元跳躍は術者の把握能力がものを言う。これは先天的なものだから、鍛えようがない。そして、どんなに優れた、または特化した術者であっても、飛びたい世界を捉えられるのは十に満たない。そんな程度では次元の外を認識する事は出来ない。付け加えるとすれば、外の世界が探している世界で正しいのか、中身を調べなければならない。この世界自体全容を把握できないのに、他の世界まで気を配るなんて事が、人間に出来るはずがない』
「じゃあ、そう言う処理を機械にさせるって言うのはどうですか?」

 シャマルの提案に、クロノはしばし考えて、言った。

『システムの確立と実際に作り上げて完成させるのに何年かかるのか全く想像がつかないな。数年後でないことは確かだ。恐らく百年単位で製作すればあるいは』
「ひゃ、ひゃくねん!?」

 どう考えても誰も生きていない。使いたい人間がいる内に完成しなければ意味を成さないというのに。

『それだけ大掛かりで、大袈裟なことなんだ。だから、管理局は不破恭也さんの帰還に関しては助力できないと結論した』
「それは、今後帰る手立てを探さないと言う事か?」
『そう言う事になる。ただ、助力しないのは帰還に関してだけで、彼の住居、及び生活の保障はするつもりだ』
「管理局に勧誘する気か?」
『そう言う意見も出てるってことさ。今回、恭也さんの処遇は特殊すぎる。僕達がいる世界の外から来訪し、あまつ今回の事件に深く関わっていて、さらには一般人だったのにいつの間にかデバイスまで持って魔導師になっている。更には近接格闘戦にかけては、武装局員の上を行っていた。今までやって来た事が突飛過ぎて、逆に上層部は警戒すらしてる』
「……改めて振り返ると、滅茶苦茶な経験をしてきてるな」
「でも、んなのあいつに言わせりゃ『いつもの事』っぽいぜ?」
「ひ、否定できないのが悲しいわね」

 シグナム、ヴィータとシャマルの言葉に、はやてとフェイトは苦笑を浮かべた。しかし、なのはは少しだけ寂しそうな顔を見せる。違う世界とは言え、恭也は自分の兄である事には変わらない。なのに、自分は恭也はどんな風に生きてきたのか知らないのだ。恐らく、ここにいる人間の中で、恭也の事を一番知っているのはヴォルケンリッターの面々だろう。
 その事に、なのはは先ほどから寂しさを覚えていた。

『それで、彼の身柄をこっちで預かる事を提案した。戦闘技術に関しては指折りだからな。それに魔導師としては大成できないと見れる。もし、何らかの反逆行動に出ても取り押さえられると踏んだ』
「反逆って、お兄ちゃんがそんな事するって思うの!?」
『可能性の一つ、と言うのは冷たい言い方になるな。でも、彼が心底元の世界に返りたいと思い、そしてそれを管理局に訴えたり、または別の組織、例えば管理局の情報を欲しがる犯罪組織に手を貸さないとは誰も言えないだろう?』
「お兄ちゃんはそんな事しないよ!」
「……どうだろうな」
「ど、どう言う事ですか?」

 シグナムの呟きを耳聡く聞き取ったなのははシグナムに詰め寄る。シグナムは、やや考えて、自分の意見を纏めた。

「あいつは、利益のない事は極力しない人間だ。普段は道化のような言動が多いが、それは別にあいつにとって利益にならないからふざけられるからだろう。もし、あいつが何か目的を持ち、それを実現する為に動くとすれば、仲間すら裏切ると思った」
「わ、私達も?」
「ああ。私も剣を取るから、多少共感できる。刃とは、持てばそれだけで脅威になる。そして、それを振るう時、迷いがあっては何も斬れない。剣とは、持った時から、握った時から何かを傷つけると言う業を背負わなければならない。迷いがあればそれだけ刃は鈍る。故に、剣士とは迷いを振り切るものなのだ」

 思考を、思想を、信念を研ぎ澄まし、斬る事に躊躇いを無くす。
 それを掲げる剣士は、普段の行動原理もそれに従う事になる。決めてしまった事については、絶対に覆さない。死ぬまで覆さない。最後の最後まで抱えた物に疑問を抱かない。そうでなければ剣が振れないからだ。
 そして、その信念に基づくのなら、何も躊躇いはしない。なにせ、もう覚悟を決めたのだから、その信念が生む業を背負うと決めたが故に、躊躇わない。

「もし、恭也が元の世界に帰れる方法があると知った時、私達が邪魔になるのなら、奴は確実に私達を消しに来る。あれは、そう言う男だ」
「そんな、お兄ちゃんが帰れるんだったら、私達、喜んで手伝うのに……」

 愚にもつかない戯言に、真剣に悲しむなのはにシグナムは薄く微笑みながら、頭を撫でた。

「私達もそうするだろう。しかし、恭也の行いそのものが許容できない時もある。まあ、どちらにしろ、恭也は損得勘定で私達や管理局を敵に回すことも厭わないと言う事だけは知っておいて欲しい」
「…………」
「酷い話をしているのは承知だ。だが、そうなってしまわないようにするのもまた私達の役目だ。せめて、彼が抱く目的と天秤にかけられるくらいの存在になりたいものだ」
「あ……はい!」

 そうだ。もう殆ど帰れない事は決まってしまったのだ。そして、今後この世界で生きていく事になる。もしも、帰れる手段があると知ってしまっても、この世界に居続けたいと思ってもらえるように努力すればいい。自分の兄と戦うなんて事、なのはは想像すらしたくなかった。

『――さて、僕からは以上だ。今後の細かい事に関しては本人と取り決めて行く事になってる』
「そう言えば、お兄ちゃんって今の話知ってるのかな?」
『不破の姓を使って説明しただろう? 不破と言う名前を聞いたのは、この話を彼に話した時に区別の為に教えてもらったものなんだよ。今頃は月村すずかとアリサ・バニングスに概要を説明してるはずだ』
「あ、そうなんだ」

 恭也は一体どういう気持ちで今の話を聞いたのだろうか。
 絶望だろうか? 寂寥だろうか? 悔恨だろうか? 憤怒だろうか?
 もしかしたら、この世界は恭也から見れば全てが偽者に見えているのかもしれない。知り合いに似た他人。世界の全てが恭也を騙しにかかっている。そしてそこにはなんの種も仕掛けもない。純然たる事実としてそこにあり、それが恭也を騙す事になる。
 しかし、彼はこの世界で生きていかなければならない。それはどう言う気分なんだろうかと、なのははぼんやりと考えた。

〜・〜

 大まかな説明を終えて、俺達は公園のベンチで休んでいた。
 隣に座る二人は聞かされた事実を必死に飲み込もうとしている。小学生には突飛過ぎる話だろうに、そこまで必死になるの姿に、不謹慎ながら笑みを浮かべる。俺がこの世界では偽者だと知ってなお、俺を一人の個人として認めようとしてくれるその姿勢は、素直に嬉しいものだ。子供達の純粋さに、不覚にも涙が出そうでもあった。

「まだ、頭がこんがらがってるかもしれないが、他に質問はないか?」
「この後、恭也さんはどうするおつもりですか?」

 すずか嬢の問いに、俺は何も決めていないと答えた。

「管理局と言う組織がどう言ったものなのか、知らないしな。ただ、人間生きていくには労働しなければならん。この世界にはもう一人の俺がいるから、多分あっち関係の世界で何かしら職に就く事になると思うが」
「じゃあ、もう会えないって事?」

 幼いからか、はたまた感情が表に出やすいからか、寂しそうな顔を隠しきれず、アリサ嬢はそう言った。

「そう……なるだろうな。なにせここは知り合いが多い。この世界の俺に迷惑かけるのは構わんが要らん混乱を招くのは承服できん」
「あ、自分に迷惑かけるのはいいんですか」
「なんと言っても俺だしな。自分の責任だから、勝手に背負ってもらうさ」
「この恭也さん、結構酷い?」
「今頃気付いたのか?」

 意地悪く笑うと、二人は困った顔をした。

「もし、どうしても俺に会いたいと思ったならなのはか、あるいはフェイト嬢か、ともかく魔法関係者に頼むといい。約束を取り付けてもらえば、会いに来るのは吝かではない」
「吝か止まりですか」
「吝か止まりだ。想像してみればいい。小学生と喫茶店でお茶する二十代の男を。性犯罪者だろ」
「それなら私達の家に……って、パパ達恭也さんの事知ってるからマズイわよね」
「魔法世界に行ける様に頼んでみればいい。まあ、駄目な時は駄目なんだがな」
「実も蓋もないこと言っちゃいますね」
「慰めはしない主義だ。むしろされたい側だ」
「意味が解りません」

 だと思う。
 どうやらこっちの俺は月村と付き合うことで周囲の騒動を回避したみたいだしな。俺の場合、はぐらかし続けて、ツケを溜めてしまったのが悪いんだが。しかし、返事もしないままこっちに来てしまったのは、少々心残りだ。

「他に何かあるかい?」
「んー、特には。あ、でも、魔法、使ってみたいです。私も魔法使いになれるのかな?」
「さあ。無責任な事は言わないぞ」
「そこは夢を持たせてくれてもいいじゃないですか」
「夢を持たせて、それが叶わないって知って恨みを持たれたくない」
「そんな事!」
「しないとは言えないだろ」
「う」

 二人とも図星だったようで、必死に表情を取り繕っていた。まあ、その程度の恨みだったら可愛いものだから笑って受け止めてやるがな。

「――今回は迷惑をかけた」

 改めて頭を下げる。
 怖い思いをさせてしまった事、それを和らげる事が出来なかった事、その他色々迷惑をかけてしまった。

「そ、そんなっ。恭也さんだって被害者じゃないですかっ。恭也さんが謝る事なんてないですっ!」
「アリサちゃんの言う通りです! 私達、なのはちゃんや恭也さんがいてくれたおかげでこうしてここにいられるんですから」
「……全く、器の大きい子だな、君達は」

 今はそれに感謝しておこう。

「困った時は呼んでくれ。勉強以外のことだったら、手伝おう」
「それ、物凄く情けないです」
「自覚してる」

 まあ、勉学で誰かに頼る、なんて事はこの二人にはなさそうだが。話してみて、頭の良さは伝わってくるし、教養の高さも窺えた。知能、知識、共に小学生では高レベルにあると見える。

「ではな。次に会うのはいつになるか解らないが、それまでお互い元気でな」
「はい。今日はありがとうございました」
「絶対、また会いましょうね」
「……そうだな。今度は他愛無い話をしようか」

 三人笑う。
 これで縁が切れる訳ではない。ほんの少し会う事が難しくなるが、それでもこの縁は長く続くだろうと俺は思った。
 俺は、二人が見守る中、ポケットに入れていた時元転送装置のスイッチを押すまで、二人に手を振ったのだった。

「――ふぅ、相変わらずこの感覚には慣れん」

 それに二人と別れてすぐに目的地についてしまうのはなんとも風情に欠ける。しかし、そんなことも言ってられない。夕刻を少し過ぎているんだ。店が閉まる前に顔を出しておきたかった。

「ごめんください」

 慣れ親しんだドアをノックする。しばし待ってみるが、返事がない。確認の為にドアノブを捻ると、鍵がかかっていなかった。と言う事は、中にいるのか。
 無遠慮に屋内へと入る。ここの家主はこう言った事には頓着しない。特に顔見知りには勝手に入って来いと散々っぱら言っていたのを知っていたからだ。足を奥へと向ける。作業音はしていないので恐らくは暇潰しに設計書でも眺めているはずだ。人の気配もそこにあったので、俺はそこに向かった。
 かくして、彼はそこにいた。椅子に背中を預け、きっと何度も広げて、何度も手を加え続けて、くたくたになった設計書を眺めていた。

「――来たか」
「ええ」

 挨拶はない。
 俺達の間に生まれた連帯感と言う奴は、挨拶すら要らなかった。声を聞けば、大体の事が解るからだ。

「なんでぇ、壊れでもしたか?」
「いえ。ただ、こちらの状況が落ち着いたので、礼を述べに来ました。後ほど支払いもしますが」

 俺の言葉にはあまり興味はないらしく、彼――親父さんは設計書を丁寧に畳んで机の上に置き、椅子から立ち上がった。

「そんで? あいつは役に立ったのか?」
「十二分に。もう立派な俺の相棒です」
「そうかい」

 その答えに満足したように、親父さんは頷いた。

「壊れたら持って来い。絶対に直してやるからな」
「期待します。ここ以外には預ける気はありませんから」
「買い被ってくれんのは嬉しいがよ、俺より腕がいい奴は山ほどいるからな。メンテナンス程度ならそいつらに預けときゃなんとかなるだろ」
「のっぴきらなくなったら持ってきますよ」
「そうしろ。俺はそんなに暇じゃねえからな」

 そう言う割には、親父さんは何もしていなかった。今日は珍しく客がいないのだと知れる。
 俺がデバイスを作ってる間、何度かこの人を訪ねて来る人達がいたのだ。家電製品の修繕だったり、また別のデバイスの製作だったり、頼み事は様々で、今は一つの依頼にかかりきりだから、後回しになると説明して納得してもらっていた。普通、こう言った職業は即応性が売り上げに響く。一件が駄目なら、他のところに頼むのが顧客と言うものだ。だが、親父さんを訪ねてきた人達は、親父さんに直して貰う事を望んだ。
 恐らくはそれだけ親父さんの腕を信頼してるんだろう。後はこれまで面倒を見続けてきた信用もある事は想像に難くない。まあ、つまりは真摯に仕事に臨み、そして得た人徳だ。俺は、彼等に悪いと思いつつ、デバイス製作にかかっていたのだ。

「無茶な依頼に応えてくれてありがとうございました。命を預けるに足る、心強い相棒を造ってくれた事、深く感謝します」
「こっちも礼を言うぜ。日頃の鬱憤が晴らせて気分がよかったぜ。お前ぇさんに会えて、俺も嬉しい」

 お互い、男臭い笑いを浮かべて、手を強く握り合った。
 幾億の言葉より、それだけで十分だった。

「では、今日のところは帰ります。支払いに、後日また伺います」
「ああ」

 親父さんはぶっきら棒にそれだけ返して、また椅子に座った。俺はそれを後ろに見ながら、親父さんの家を後にするのだった。

〜・〜

 その後の話をしよう。
 あの事件の後、俺は身の振り方の選択を迫られた。最早、自分の帰るべき場所に帰れないと知らされ、この先どうやって生きていくのかを選べと言われた。生き方はいくつか思いついたが、結局のところ、俺は剣を振るしか能のない人間だ。そして、剣を振るには理由が要る。その理由で一番マシだったのは管理局だった。
 悪の為に振るのは趣味ではなく、自分の為に振るには目的がなく、正義の為に振るのなら一応の納得が出来た。それが勤め先を管理局に選んだ理由だ。
 また、俺と同じく八神家も管理局へ所属する事になった。こちらは夜天の書関連で起こした事件の償いと言う形だ。管理局の保護観察処分を受けて、はやて嬢達は、福祉活動に従事するとの事。それなら俺も同じく罪を背負い、共に償いをするのが筋なのだが、そもそも俺は管理局が起こした不遇の事故でこの世界にやってきた被害者だと言う事で、差し引きゼロにしたらしい。
 最初はそれに不満を持ったものだが、考えてみれば、はやて嬢達の福祉活動と言うのは各世界で起こっている怪物だとか抗争だとかを調停する物騒極まりない内容だ。刀二本で挑むには規模がでかすぎる。元から手伝えるようなものはなかったのだ。
 俺の配属先は、対人型暴徒鎮圧部隊第三〇二分隊。別称、スパイクフォース隊と言うらしい。等身大から巨人程度の知性体が起こす犯罪に対して武力制圧をする部隊だ。前の世界で聞いた香港警防隊のようなものをクロノに希望したら、この部隊を紹介された。主だった作戦と戦果、部隊特性を説明され、俺が望む働きができると判断して、そこへ入隊したい旨を伝えた。
 書類審査と実技審査を受けて、辛うじて合格を貰い、連日新入りいびりをされている。ミッドチルダと言うところは、就職年齢が異様に低いので、年下の先輩方が大勢いたりする。スパイクフォースもまた年若い隊員が多く、二十三でしかも三流魔導師の俺は落ち零れと捉えられているようだ。まあ、別にいいんだが。事実だし。
 管理局に勤めるようになって、なのは達の噂を耳にすることが多くなった。彼女達の活躍は、平局員の俺には眩しいもので、何より俺よりも役立ってることが嬉しく、少し悔しかった。と言っても、各々役割と言うものがある。あっちはやる事なす事大規模で派手だ。こっちはよくて新聞記事に小さく事件の顛末が載る程度の規模である。事件の大きさで重要度が変わる訳じゃない。自分に出来る事をするだけなのだ。と自分を慰めたり慰めなかったり。
 ま、この世界で生きていく事を決めて、安定した収入を得られるようになって、やりたい仕事がやれて、住居まである生活がここにある。何を文句が言えようか。
 もう会えない家族よ。届くのかどうか解らないが、聞いてくれるか? 俺の事は死んだと思ってるだろう。ある意味で、俺は死んだに等しい。でも、こっちはこっちで好き勝手に生きてる。
 かーさんが常々望んでいた自分の為に生きると言うのが、半強制的にだけど出来てるよ。まあ、こんな事になってるのを知ったら、それはそれで怒るのかも知れんがな。
 月村とフィアッセには悪い事をした。いつか返事をすると後回しにしていたツケが、お前達を悲しませてしまった。その事には頭を下げることしか出来ない。もしそちらに帰れるような事があれば、土下座して詫びを入れようと思う。許さなくてもいいし、殴ってもいい。甘んじて受けるよ。
 あー、馬鹿弟子に関しては知らん。一つ気がかりがあるのは美沙斗さんがどうなったのか、だが……お前ならなんとかするだろう。皆伝を受けたんだからそのくらいできろよと勝手に期待するぞ? お前はもう俺の手を離れたんだからな。和解したのか、それとも戦ってどちらかが散ったのか、それは見当もつかないが、自分の信念だけは曲げるなよ。
 なのはとレンと晶。三人纏めて言うと、元気に育て。
 なのははクロノが護ってくれるだろう。奴に取られるのは癪だが、奴ほど任せられる奴を知らないしな。ただ、悲しませたら次元を超えて細切れにしてやる。
 レンは、まあそのままのほほんと進んでいけばいいだろう。最近はちゃんと自己主張するようになったし、他人に遠慮していらん苦労を背負うこともなくなった。ますますしっかりしてきて、俺としてはあんまり構ってやれなくて、寂しいとも思ったが、これが成長する事だと考え直す事にする。馬鹿弟子? 奴は成長はしても学習しない生き物だ。
 最後に晶。そろそろ観念してスカート穿け。お前は磨けば綺麗になるんだから。男勝りなのはある意味で好感だが、女性としてはマイナス要因だそうだから、慎みと言う言葉を辞書で引いとけ。間違った物にはその拳をくれてやるといい。ま、それも程ほどにと注釈を入れるがな。

「――さて」

 家族に思いを馳せるのも、そろそろいいだろう。今日は先日の作戦の報告書を書かなきゃならんからな。

「まあ……ぶっちゃけ、一行で終わってしまったんだがな」

『逃げた。怖かった』だけで受理してくれるんだろうか、ウチの隊長。
 その後、提出した報告書の書き直しを命じられる駄目局員な俺だった。こんな俺でも、日々四苦八苦しながら生きているのであった。