「入院!?」

 西日が差し込む病室で、はやて嬢は残念そうな声を上げた。すっかり帰る気でいたのに、今日は帰れない事を知ってしまえば、誰でもそう思ってしまうだろうな。俺も同じだからよく解る。

「ええ、そうなんです。定期検査をちょっと繰り上げようって話になったんですよ」

 出来るだけ明るく言うシャマルさんの顔は、ちょっとだけ暗かった。この人も、はやて嬢がいないのは寂しいと感じているからだろう。俺も、短い付き合いながら寂しさを感じているから、ヴォルケンリッターのそれはもっとだろう。
 残念がるはやて嬢と一緒に帰れない事に不満顔をするヴィータ嬢を見て、シャマルさんは慌てて付け加えた。

「ああ、でもでも、予定を繰り上げるだけですから、いつも通りぐらいに帰って来れますよ。ね?」
「はい」

 シャマルさんは、丁度花瓶に花を挿して戻ってきたシグナムに同意を求める。素直に答えたシグナムだが、よくよく見れば少々表情が暗い。はやて嬢の入院と言う事実が、彼女達に影を落としてるんだろう。

「それはええねんけど、私が入院しとったら、みんなのご飯は誰が作るんや?」
「う」
「そ、それはまあ、何とかしますから」
「そうですよ、大丈夫です……多分」
「自信のなさが露呈されてますよ?」
「うー、私だって頑張ってるんですよ?」
「なら、胸を張ってもいいと思いますが」

 最悪、俺が台所に立たねばならないかもしれない。大雑把な男料理を、はやて嬢の腕に慣れてしまった彼女達が受け入れるか、大いに疑問であるが。

「毎日会いに来るよ! だから……大丈夫」
「ふふ、ヴィータはええ子やな。せやけど、毎日やのうてもええよ。やる事ないし、ヴィータ退屈やん」

 ヴィータ嬢の頭を撫でながら、はやて嬢は微笑んだ。言葉を聞く限りは他人を気遣ういい子だが、この子はまだ九歳。詳しくは聞いてないが、親の存在が見えない以上、殊更寂しさを感じているはずだ。ヴォルケンリッターを家族としている所から見れば、今の言葉は殆ど嘘だろう。
 だからこそ、俺達はこの子に寂しい思いをさせてはいけない。闇の魔導書の完成まであと少し。完成すれば、彼女は自由に歩きまわれる。そうすれば、今よりも幸せになれるだろう。俺は、それを実現したいと強く思った。

「ほんなら私は、三食昼寝付きの休暇をのんびり過ごすわ」
「この先あるかも解らない休暇だ。世話をかける俺達の事は脇に置いて、たっぷり堪能するといい」
「ふふ、そうさせてもらいます」

 何せ五人の食事を賄ってるのだ。料理がそれだけで大仕事なのは、家庭柄よく知っている。まあ、いちいち喧嘩する二人を見ていると、なんかそうでもないような気がしてくるが、それはあの二人が特別なのであって、普通は大変なのは承知の上だ。この子におんぶに抱っこでは、大人として情けないので、これはいい機会だと思っておこう。ついでにシャマルさんの特訓にもなるし。

「あ、あかんっ。すずかちゃんがメールくれたりするかも……」

 ぴくりと動きが固まってしまう俺。目ざとくシグナムが気付いて、はやて嬢に見えないように間に入ってくれた。目線で謝辞を述べておく。

「ああ、私が連絡しておきますよ」
「うん、お願い」
「では、私達はこれで。ご希望がありましたら、明日伺います」
「うーん、なんにしようかなぁ?」

 ベッドの上で欲しいもので悩むはやて嬢に手を振って、俺達は帰路につく事にした。駐輪場の近くに縄で留めていたザフィーラを回収して、病院の正門を出ようとしたとき、ヴィータ嬢が不安げな顔で病院を見上げていた。
 俺達は顔を見合わせて、少しだけそっとしてやった。程なくして、満足したらしいヴィータ嬢は、小さく「悪ぃ」と呟いた。シグナムは静かに微笑んで、シャマルさんは満面の笑みで、ザフィーラは優しく見守り、俺は頭をくしゃくしゃと撫でた。
 当然、グラーフアイゼンで殴られそうになった事は言うまでもない。




















Dual World

From "Lyrical Nanoha A's" (C) 2005
Presented by 大岩咲美 [TRASH BOX type2]





















 数冊の本に囲まれた中、リーゼアリアは闇の書の検索を続けていた。
 この無限の情報が安置されている書庫で、一つ一つを丁寧に調べていく事は出来ない。情報の検索は、ある種の経験則と勘が必要だ。その点では、肉体労働派のリーゼロッテよりも検索速度は速い。
 ただ、彼女の隣で黙々と検索を進めていく少年の前では、リーゼ達でも霞んでしまう。

『ここまでで解った事を報告しとく』

 ユーノは念話でアースラにいるクロノに、現在まで調べ上げた事を報告していた。

『まず、闇の書ってのは本来の名前じゃない。古い資料によれば、正式名称『夜天の魔導書』。本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して研究する為に創られた、主と共に旅する魔導書。破壊の力を揮うようになったのは、歴代の持ち主の誰かがプログラムを改変したからだと思う』
『ロストロギアを使って、むやみやたらに莫大な力を得ようとする輩は、今も昔もいるって事ね』
『その改変の所為で、旅をする機能と破損したデータを自動修復する機能が暴走してるんだ』
「転生と無限再生はそれが原因か」
「古代魔法なら、それくらいはありかもね」

 どちらの機能も、現在の魔法体系では実現は不可能だ。治療用の魔法はあるが、瞬時に完全に再生しきるほどの術式は確立していない。大半が失われている古代に存在した魔法ならば、現在では非常識とされている力をも具現できる可能性はある。事実として過去の事例から闇の書にそう言った能力が備わっている事は周知の事実だった。

『一番酷いのは、持ち主に対する性質の変化。一定期間蒐集がないと持ち主自身の魔力の資質を侵食し始めるし、完成したら持ち主の魔力を際限なく使わせる。……無差別破壊の為に』

 そして、際限なく魔力を搾取された末路は、死だ。

『だから、これまでの主は、完成してすぐに……』
「ああ。停止や封印方法についての資料は?」

 ユーノにその先を言わせず、クロノは話題を変えた。

『それは今調べてる。だけど、完成前の停止は難しい』
「何故?」
『闇の書が真の主と認識した人間でないと、システムへの管理者権限を使用できない。つまり、プログラムの停止や改変が出来ないんだ。無理に外部から操作をしようとすれば、主を吸収して転生しちゃうシステムも入ってる』
『そうなんだよね。だから、闇の書の永久封印は不可能って言われてる』
「元は健全な資料本が、なんと言うかまー」

 リーゼ達の言葉にエイミィは苦笑してしまった。事は深刻な問題なのだが、この二人が言うと、些細な問題に聞こえてしまうからだ。その笑いを誤魔化して、エイミィは言った。

「闇の書――夜天の魔導書も可哀想にね」
「調査は以上か?」
『現時点では。まだ色々調べてる。でも、さすが無限書庫。探せばちゃんと出てくるのが凄いよ』

 普通ならばないのだ。過去に管理局が遭遇した事例だけが頼りだった。それすらも接触に失敗したり、既に暴走し終えた後であったりしたので、闇の書の詳細を得る事は出来なかっただろう。それを探し当てたユーノの検索能力は群を抜いている。

『と言うか、私的には君が凄い。すっごい捜索能力』
「じゃあ、すまんが、もう少し頼む」
『うん』
「アリアも頼む」
『はいよ。ロッテ、後で交代ね』
「オッケー、アリア」
「頑張ってね」

 通信を終えて、エイミィはユーノの捜索能力に驚いていた。

「ユーノ君凄いねぇ」
「うん。アタシも正直驚いた」

 ユーノが用意してきた検索魔法もそうであるが、それを使いこなすのもまた才能だ。膨大な情報が無造作に収められている中で、必要な情報を見つけ出していくのは驚嘆すべき事である。更には見つけた情報をついでに整理してたりする。これは彼の癖のようなものだが、書庫の司書官達はむちゃくちゃ喜んでたりする。
 それはさておき、クロノはもう一つ気になっている事があった。

「エイミィ、仮面の男の映像を」
「はいな」
「何か考え事?」
「まあね」

 モニターに表示されたのは、前回の砂丘と森林地帯で展開された守護騎士との戦闘映像だ。

「この人の能力も凄いと言うか、結構あり得ない気がするんだよね」

 端末から、砂丘と森林地帯の画像を表示する。また、両世界の各種データを表示させた。

「この二つの世界、最速で転移しても二十分はかかりそうな距離なんだけど……。なのはちゃんの新型バスターの直撃を防御、長距離バインドをあっさり決めて、それから僅か九分後にはフェイトちゃんに気付かれず、後ろから忍び寄って一撃」
「かなりの使い手ってことになるね」
「そうだな。僕でも無理だ」

 なのはのディバインバスターを防御するのだって難儀するのだ。クロノでは例え防ぎきったとしても、直後に長距離バインドを使う事は出来ないだろう。さらには、他世界に転移してフェイトのリンカーコアを抜くなんて余裕はない。
 仮面の男の凄さは驚異的な魔力ではなく、恐ろしいほどの総合力にある。

「ロッテはどうだ?」
「あー、無理無理ぃ。アタシ、長距離魔法、苦手だし」
「アリアは魔法担当、ロッテはフィジカル担当できっちり役割分担してるもんね」
「そーそー」
「昔はそれで酷い目に遭わされたもんだ」
「その分強くなっただろ? 感謝しろっつーの」

 それを差し引いても苦い記憶だと思うが、これ以上言うとくだらない言い合いになりそうなので、クロノは言葉を飲み込んでおいた。

「エイミィ、帽子の男の方も見せてくれないか」
「え、いいけど、大体の分析は報告したよね?」
「いいから」

 不思議に思いながらもとりあえず帽子の男を表示させた。

「この人、絶妙のアングルで顔が見えないんだよね。帽子の唾で全部隠れてるんだよ?」
「狙ってやったとしたら凄いよねぇ」
「偶然だろう。ただ、今後彼が現れた場合、どうするかが悩みどころだ」
「なんで? 数で押せばなんとかなるでしょ?」

 見も蓋もないリーゼロッテの言葉にクロノは苦笑する。
 どれだけ強くても、魔法を使えない人間が魔導師に勝てる訳がない。確かにこの映像を見る限り、近接戦闘能力は高いが、それだけだ。生身一つなら、数の暴力の前にはすぐに潰れる。

「闇の書の陣営にいるんだぞ? 魔導師じゃないって考えるのはおかしいだろ」
「とは言っても、データには魔導師適性はFって出てるし、脅威にはならないでしょ?」

 あの時に計測できた限りのデータを分析するに、帽子の男には魔導師としての適正が最低ランクしかなかった。あってないようなもの。なら、それは無視して構わない要素だろう。しかし、クロノはずっと引っかかっているのだ。数言だけ交わした間だが、彼を侮ってはいけないと小さい警鐘がクロノの中で鳴っている。

「仮面の男とは別の意味で、得体の知れない人なんだ。なのはの縁者と思ったけど、調べた限り、この背格好に似た人物は二人。内一人は怪我でここまでの動きは出来ないと出てる。そしてもう一人は、なのはには悪いが内密に調べた結果、魔導師適正はなかった」
「ふーん? なら遠慮はいらないんじゃない? 数で押せば勝てる相手なんだから、武装局員二十人くらいで囲めば、大丈夫でしょ」
「その油断が、逃走の原因なんだけどな。まあ、二十人もいれば何とかなるか。前の倍だし」

 そう方針を決めて、クロノは作戦を練るのだった。

〜・〜

 リンカーコアから直接魔力を抜き取られたため、魔力が回復しきっていないフェイトは、聖祥小に通う事にした。しかし、これは副次的な意味合いであって、今回の事件に進展、もしくは急転がない限り、学校に通うようにとリンディから言われていたのだ。言うなれば、魔力を回復させるのはついでであり、本来は学校に通うのが目的である。
 幼少の頃から情操教育に難があった事をアースラスタッフは知っているため、集団生活を学べる場所を探す中、フェイトの友人であるなのはが通う聖祥小が適当だろうと結論に至り、フェイトを入学させたのだ。
 やや体がだるいと感じながらも、フェイトはなのはと共に登校した。体のだるさは二〜三日中に治ると医者からも聞いていたので、そんなに気にしてはいないが、なのはの顔を見る限り自分は結構疲れた顔をしてるらしい。しきりに心配するなのはに、フェイトは苦笑するしかなかった。
 そんな時、教室の自分の席に着いたフェイトは、不意に月村すずかから不穏な言葉を聞いた。

「入院?」
「って、はやてちゃんが?」
「うん……。昨日の夕方に連絡があったの。そんなに具合は悪くないそうなんだけど、検査とか色々あってしばらくかかるって……」
「そっか……」

 少し場が暗くなってしまったのを吹き飛ばすため、アリサ・バニングスは努めて明るく言った。

「じゃあ、放課後皆でお見舞いとか行く?」
「いいのっ?」
「すずかの友達なんでしょ? 紹介してくれるって話だったしさ」

 そう言う約束があるから、と言う訳ではないが、心配そうなすずかの様子を見る限り、見舞いに行きたいのだけは解っていた。アリサはそこを読み取って、自分から提案したのだ。控え目な性格のすずかでは、自分達を誘うのを遠慮しそうである。とは言え、自分一人で行くのが不安だったのだろう。その矛盾に悩むすずかに助け舟を出したのだ。事実、アリサの提案にすずかは嬉しそうな顔をしている。

「お見舞いも、どうせなら賑やかな方がいいんじゃない?」
「うーん、それはちょっとどうかと思うけど……」

 兄や姉が時々怪我をして一日入院した事があるなのはとしては、病院で騒ぐのは少々遠慮したいところだった。しかし、怪我人達の話を聞くに、病室とは退屈極まりない場所らしく、人がいてくれた方がいいと言っていた。実際に会った事がないはやてと言う子も、恐らくそれは同じだろう。なのはとしても、見舞いに行くのには賛成だった。

「でも、いいと思うよ。ね?」
「うん、ありがとう」

 こうして少女達は、放課後はやての見舞いに行く事を決めたのだった。

〜・〜

 打つ。
 今日はその動作を繰り返した。シグナムに一度連れてきてもらい、今日は一人で鍛錬していた。
 鈍くなっていた勘は未だに取り戻しきれていないが、最初に比べれば随分馴染んできたものだ。不破の重さも大体把握した事もあり、型打ちに関してはほぼ問題はないだろう。時々いつもの感覚が出るのが悩み所だが、実戦で出ない事を祈るだけか。
 いやいや、そんな神頼みしないように鍛錬しなければならないんだがな。こればっかりは時間の積み重ねが必要な作業だし。

「ともかく、魔法と言う概念には慣れてきたか」

 後ろを振り返れば、粉々に砕かれた元は岩だったものの数々が転がっている。徹を試し続けた結果がこれだ。身体強化の度合いを見る為ぶち込み続けてみたが、腕に来る反動がかなりなくなってる。その他、移動にかかる反動も少なくなっていた。走った時なんか、あまりに感覚が違っていたから豪快にすっ転んだぞ。あいつ等に見られなくてよかった。最初にシグナムと組み手をした時なんか、転ばなくて心底良かったと思ったぞ。
 まあ、着地の時の衝撃も緩和されてるから、今まで以上に立体的な攻撃が出来る事は確かだな。とりあえず、三十メートルの落差があっても平気で着地できたし。

「さて、今度は飛針と鋼糸の練習を」
『高町!』
「うお!? シグナム?」

 上下左右ついでに後ろも確認したが、シグナムの姿はない。

「? どこにいる?」
『お前の世界から少し遠いところだ』
「ああ、なるほど」

 見渡す周囲にはいないわけだ。いや、そもそもこう言う風に別の世界と軽々と連絡が取れてしまうのって、実はかなり凄い事じゃないか? まあ、そんな瑣末事は置いとくとして、だ。

「何かあったのか?」
『シャマルがパニックになっている。なんでも、主はやての見舞いにテスタロッサと高町なのはが来ると言っていてな』
「そうか。それは驚くな」

 …………………………………………………………………………………………………………はあ!?

「なのは!? 高町なのはと言ったか!?」
『あ、ああ。言った。いや、ともかく今はシャマルを宥めに行って欲しい。私よりもお前の方が近いからな。私もすぐに向かう』
「あ、ちょ、待てコラ!!」

 その後も叫んだが、さっきまでの感触がない。くそ、問題を先送りにしやがった!
 仕方なしに転移を開始する。降り立ったのは八神家の庭。一応通りには誰もいない事を確認して、リビングへ急ぐ。そこには、まさにオロオロと右往左往してるシャマルさんがいた。うわー、ホントにこういうことする人いるんだなー。

「あ、た、高町さん!? 高町さーん!」

 ちょっとほのぼのしてた俺を見つけて、シャマルさんが俺に抱きつこうと飛んできたのを、

「ふみゅ!?」
「あ、失敬」

 華麗に足払いしてソファーにダイブさせる。いや、月村やかーさんやフィアッセ相手に往なし続けた癖が、ですね?

「し、しどい……。傷心の女性を足蹴にするなんて……っ」
「ちゃんとソファーに転がしたでしょう?」
「そう言う問題じゃありません!!」

 確かに。

「まあ、そんな事はゴミ箱に捨てまして。シグナムから何かあったらしいと連絡を貰ったんですが」
「その処理の仕方はどうかと思いますが、あ、はい、ええと、見た方が早いですよね」

 と言われて渡されたのは携帯電話。そこに表示されたのは、『はやく良くなってね』と書かれた横断幕を手に持った四人の女の子達。三人ほど、知人に良く似てる気がするなぁ。一人は近くで顔見たから間違えようがないし。

「あのー、なんか遠い目してません?」
「してますか?」
「してました」

 そうですか。

「えーと、で、これが一体?」
「あの、その、この子達が今日はやてちゃんのお見舞いに来るって言ってるんですよぉっ」
「? 俺が見られるのはともかく、何か問題が?」
「あれ? あ、あー、そっか、高町さん知らないんだっけ」

 一人で納得してる。

「この横断幕の右端を持ってる金髪の子がフェイト・テスタロッサちゃん、反対側を持ってる子が高町なのはちゃんて言いまして、管理局の魔導師なんです」
「…………ほ、ほほう?」

 頭の中に心臓に悪い想像が湧いて湧いてぐるぐる回ってるのだが、俺はおくびにも出さず続きを待つ。

「この二人とは何度も戦ってきてて、顔も見られちゃってるんですよ! はやてちゃんには蒐集のことは話してないから、このままだと私達の事喋っちゃうか、聞かされちゃうかも知れないんです!」
「……あっちからはともかく、はやて嬢には黙っててもらうしかないですね」
「でも、それって不自然じゃないですか? 私達の事、黙ってて欲しいなんて……」
「いや、俺の事を言っておけば何とかなるでしょう。あまり言い触らさないで欲しい事を説明しとけば、納得はしてくれるはずです」

 ただ図書館で月村すずか嬢に喋ってしまった手前、話題に上る可能性がある。その時は、喋ってもいいと言っておかなきゃならないな。

「それはシグナムも言ってましたけど……」
「――そうだ。他にいい方法はないしな」
「シグナム!?」
「……お早いお着きで」

 玄関口に現れた気配には心当たりがあったので、たっぷりの皮肉を混ぜて迎えてやった。

「拗ねるな。今回は時間がないんだ。お前の意見も欲しかったんだが、私と同じなら話は早い。早急に主に知らせなければ」
「そうよねっ。じゃあ、行って来ます!」
「私も蒐集に戻る。後の事は頼んだぞ」
「え、あ、おい!?」

 飛び出して行ってしまう女性二人に取り残される男。そんな寒い光景に耐え切れず、俺も家を飛び出そうとして、少々考えてシャマルさんの後を追う事にした。

〜・〜

 あの後、シャマルさんに追いついた俺は、『高町なのは』なる少女の事をいくつか訊ねた。
 話を纏めると、魔力の蒐集の一件が管理局に完全に知られてしまったきっかけがなのはだと言う。ヴィータ嬢がなのはから魔力蒐集したまでは良かったらしい――と言っても、個人的には複雑だ。それで、なのはを最初に襲った時、邪魔が入った。それが先ほど教えてもらったフェイトと言う少女。この二人とは、その後何度も戦ってきた相手で、管理局に属する魔導師らしい。

「この先も多分戦う事になると思います。もうすぐで闇の書が完成する今、私達の事が知られちゃうのは凄く拙いんです」
「ですね。とは言え、今日を乗り切らなければ明日はない訳ですし」
「とにかく、はやてちゃんが喋らない事を祈るしかないんですよねぇ」

 そう言って、サングラスの位置を調整するシャマルさん。ついでにコートの襟を立ててるし。風貌的は如何にも探偵ですと言いたげだが、病室の前に陣取って中を窺う姿は、どっからどうみても怪しいご趣味をお持ちの変質者にしか見えなかった。
 中からは少女達の楽しげな声が聞こえてくる。一人、物凄く心当たりのある声の持ち主がいる事に、若干動揺する。それを紛らわせる為、俺はシャマルさんに話しかけた。

「あの、正直な感想、言っていいですか?」
「え? あ、はやてちゃんを一人にしちゃった事ですか? それとも、私の格好についてですか?」
「あんた、自分で怪しいって解ってんのかよ!?」
「しー!! ちょ、もう少し声のボリューム下げてください!!」

 こ、この人、狙ってそんな格好してたのか!?

「こんな格好なのは、いつもだったらしないような服装が望ましいと思ったからしてるんです」
「いや、だったら帽子ぐらい被ってくださいよ。金髪丸見えじゃないですか」
「ああ! 何か忘れてると思ったらそれだったんだー」
「結構余裕ですね。いや、まあ、パニクってるよりいいんですが」

 天然か? 天然なのか!? 天然が参謀とか勤めていいのか!? ヴォルケンリッターの将来が気になるぞ。

「今回は帽子を忘れましたけど、次こそは完璧に変装しきって見せます! あ、高町さんの借りればいいですかね?」
「いや、そんな事に意気込んで欲しくないんですけど。あと、俺の知り合いがここにいるの解ってて言ってますか?」
「――あら? シャマルさんと高町さん?」
「え?」

 ビックリ顔のシャマルさんの向いた先には、クリップボードを持った石田医師がいた。やっぱりと言うか、変装の意味が全くない。見る人が見れば解る髪だしなぁ。

「あの、何してらっしゃるんです? 中に入ってはどうですか?」
「い、いえ、あのー、そのっ」
「子供は子供だけにしておこうかと。まあ、ちょっと心配で覗いてた訳でして」
「ふふ、ちょっと解る気がしますね」

 そう笑う石田医師は少し話があるらしく、場所を変えないかと提案してきた。シャマルさんはちょっと名残惜しそうだったが、これ以上残って醜聞を晒すよりはいいと説得して場所を移動した。

「変な言い方かもしれないですが、はやてちゃんの主治医としてシャマルさん達には感謝してるんです」

 俺は買ってきたコーヒーのプルタブを開けながら、石田医師の話を聞いた。

「皆さんと暮らすようになってから、はやてちゃん、本当に嬉しそうですから」

 やはり、そうか。
 年端もいかない女の子が、たった一人で、しかも下半身不随で生活する事は酷だ。誰の支えもなく、ただただ病院を行き来する毎日。そんな生活、大人だって耐えられないだろう。
 家族の写真と言えば、あの子は迷わずヴォルケンリッターとの写真しか見せない。両親の存在が見えてこない。それだけに、家族に飢えていた。温もりに飢えていた。そんな時にシャマルさん達が現れた。はやて嬢は心底喜んだに違いない。初めは戸惑ったかもしれないが、今では家族と呼べるほどの絆を持った人が出来たんだ。嬉しくない訳がない。

「はやてちゃんの病気は正直難しい病気ですが、私達は全力で戦ってます。一番辛いのははやてちゃんです。でも、皆さんやお友達が支えてあげる事で、勇気が元気が出てくると思うんです」

 昔、あったな。護衛対象の御老人が病に伏せった時、主治医に同じ事を言われた。あの後、御老人は少しだけ生気を取り戻して、依頼主だった男性に長い間溜め込んできた問題を謝り、男性に手を握られながら逝った。
 ただ要人の護衛と言うだけで派遣された俺でも、彼に勇気や元気を分け与える事が出来たと知って、少し誇らしかった事を覚えてる。人は、見も知らぬ他人からでも生きる力を貰える。それが友なら、家族ならもっと多くの力を貰えるだろう。

「だから支えてあげてください。はやてちゃんが病気と闘えるように」
「……はい」

 涙ぐんで、ついには泣いてしまったシャマルさんを石田医師が宥めるのを横目に、俺ははやて嬢の事を思った。彼女に必要なのは、生きる力だ。生きたいと思う心だ。彼女には、それが足りてない。

「支えなければ、な」

 その後、なのは達が帰っていったのを確認して、俺とシャマルさんははやて嬢の病室を訪ねた。はやて嬢の様子を見る為でもあるが、何よりはやて嬢が俺達に話したがってるだろうと思ったからだ。新しく出来た友人の事を嬉々として話す彼女は、ヴォルケンリッターに対する抱擁的な態度ではなく、歳相応の女の子に戻っていた。

「また時々来てくれるやって」
「それはよかったですね」
「そやけど、もうすぐクリスマスやな。皆とのクリスマスは初めてやから、それまでに退院してぱーっと出来たらええねんけど」
「そうですね。できたらいいですね」

 先ほど泣いてしまったからか、シャマルさんの声に張りがない。仕方ない事かもしれないが、はやて嬢が舞い上がってる内に回復してくれるようにしなければ。

「騒ぐのはいいがな、はやて嬢。酒だけは、酒だけは勘弁願えないか?」
「ほえ? なんや、恭也さんお酒呑めへんの?」
「ああ。いや、美味い酒なら呑めるが、それ以外は呑めないんだ。つまりは下戸」
「うっわ、めっちゃゼータクな舌持っとるね」
「知り合いに言われたよ」

 かーさんの話では味覚が鋭いらしいが、本人としては別にそう言うつもりはないんだよな。

「でも、宴会言ーんは、お酒呑まな盛り上がらへんし」
「盛り上がる事は盛り上がるだろ。素面だって、いけるぞ?」
「えー? お酒入った方がオモロイやんかー」
「断じて否! 酒は脳細胞を破壊する毒物だぞ! 百薬の長とかそんなもの酔っ払いの言い訳だからな!!」
「そう? 私が思うに、シグナムは脱ぎ上戸だと思うんよ」
「もし万が一間違ってシグナムが酒を呑んだら、俺は公園で寝る」
「うわー、それ女の子に対してごっつ失礼な態度やね」
「間違い起こすよりマシだろ。ああ、ザフィーラは縛っておけよ? あと目隠しもな。自分は犬だからとか言い訳したら張り倒していい」
「あ、それは賛成や」
「あ、あの、と言うか、はやてちゃんも呑む事前提で話してないですかぁ?」

 そこへ漸く復活したらしいシャマルさんがツッコミを入れてきた。

「え?」
「ん?」
『ああっ』

 一瞬意味が解らなかったが、俺とはやて嬢は同時にポンと手を叩いて解りあった。

「私そんな事しないで?」
「そんなもの前提にする訳ないですよ」
「で、ですよね?」
「これは漫才やねん。今のシャマルのツッコミはちょう鋭さに欠けてたなぁ」
「ツッコミは涙声じゃなくて、少々怒鳴り声の方が見栄えしますよ」
「あ、そうなんですか。次からは気をつってぇ! なんで私のツッコミの評価がされてるんですか!?」
「おお、ノリツッコミ。シャマルの天然が生み出した文化の極みやな」
「いや、それ言っちゃうと、首がポッキリいうから止めとけ」
「???」

 微妙にグレーゾーンなネタはシャマルさんには解らなかったようだ。まあ、解ってたから怖いしな。

「じゃあ、俺達はこれで帰るとするよ。また明日な」
「あ、うん。また明日ー」

 そう言って、病室を出る。戸が閉まりきる前、寂しそうな顔をしたはやて嬢が見えた気がした。俺はそれを確認すべく、シャマルさんを見たが……彼女も深刻そうな顔をしていた。ああ、やっぱりはやて嬢は、

「あれ? 首がポッキリいくんじゃなくて、ガブリって食べられちゃうんでしたよね?」
「そっちは父親です! と言うか、ネタ解ってたの!?」

 それをずっと悩んでたのかよ! 俺、勘違いしちゃったよ!!
 なんか、色々余韻が台無しになったまま、俺達は家へと帰ったのだった。

〜・〜

 ミッドチルダのドックでクォーウッドは自分の船を見上げていた。船体がなにやら三つくらいに見えるのは、疲労の蓄積から来る目眩だろう。目頭を押さえて疲れを取る。当然そんなもので疲労がなくなる訳ではない。ただの気休めだ。しかし、そうでもしないと物をまともに見れない。
 クォーウッドは疲れを吐き出すように息をした。
 乱雑転移事件と銘打たれたそれは、とりあえずの解決を見た。確認できるだけの物は元の世界に戻した。ただ、確認できなかった対象がいる。無機物ならばいい。植物程度の有機物なら、自然に淘汰されるだろう。だが、人だけはどうなるか解らない。原住民と交友が取れればいいが、原住民がいない場合もある。調べた限り、サバイバル能力があるのは二人。だが、その他の人物は科学なしでは生きていけないだろう。それを思うと、彼はこの事件が『解決されてしまった』事が悔しくて仕方がなかった。

「艦長、ここにいたんスか」

 肩を杖のデバイスで叩きながらやってきたのはグスタフだった。報告書らしき電子メモリを指に引っ掛けてくるくると回している。

「まーだ、拘ってんスか? でも、仕方ない事でしょー? 転移先が特定できないんだから」
「それでも探し出すのが我々の仕事だろう」
「んな事言っても、いつまでも探してる訳にはいかない事は知ってるくせに。慢性的な人手不足の管理局で、一つの事件だけ追っかけてられない事は百も承知でしょ?」
「だが」
「あーあー、聞こえなーい。艦長、仕事に対するアンタのその姿勢は俺好きだけどさ、ハマり過ぎんのは良くないっスよ」
「…………」

 黙りこむクォーウッドに、グスタフは苦笑いしか浮かべられなかった。周囲から堅物やら生真面目やら言われてる上司であるが、仕事に対して杓子定規なのではなく、仕事の意味を知っていて、絶対に成し遂げなければ気が済まない頑固者である事は、知られていない。
 実直なのも、融通が利かないのも、全てはクォーウッドの中にある達成しなければならない事が達成していないからこそ、退かないのだ。それが解ってしまえば、この男がどれ程不器用で、どれ程仕事に情熱を注いでいるか解るだろう。
 五年ほどの付き合いで、グスタフはつい最近この事に気付いた。いや、この事件がなければ、ずっと気付かなかっただろう。一週間前までグスタフの机の引き出しに突っ込んでいた辞表はもうない。彼は、クォーウッドにずっと付いてく事を決めたからだ。

「まあ、この先受ける任務で、ついでに探せばいいじゃないっスか。艦長、命令で探してた訳じゃないんでしょ?」
「当たり前だ」

 即答するクォーウッドに、グスタフは嬉しそうに笑うのをひたすら堪えた。

「んなら、話は早い。今の休暇が終わったら、バリバリ仕事しましょーや」
「……私に付き合わなくても、いいのだぞ」
「んー、俺等探索班だから、結局のところ、ついでもなにもないんですけどね」
「……よろしく頼む」
「ほいほーい」

 律儀に頭を下げる上司に、部下は恥ずかしいやら嬉しいやらで早々にその場を退散したのだった。

〜・〜

 俺とシャマルさんが帰宅した時、八神家には誰もいなかった。どうやら、三人ともずっと蒐集活動を続けているらしい。はやて嬢が倒れた事で、精力的に蒐集できるようになったとは、皮肉だな。恐らく、それは全員が感じていることだろう。この矛盾を誤魔化しながらも、早く蒐集を完成させなければならない。
 はやて嬢に残されている時間は、少ない。

『闇の書がはやてちゃんを侵食する速度が、段々上がってきてるみたいなの。このままじゃ、保って一月。もしかして、もっと短いかも……』

 取り急ぎ、俺は着替えをバッグに詰めて家を出た。他の連中が外に出ているのなら、俺もできるだけ鍛錬して一日でも早く不破に慣れたかった。蒐集を手伝えない俺には、せめて足を引っ張らないだけの力を手に入れる必要があったからだ。
 それから、幾日か過ぎていく。
 最初はすぐに退院できると思っていたらしいはやて嬢は、入院が伸びると聞いた時は流石に暗くなった。俺やシグナム、ヴィータ嬢が必死で言葉を取り繕ってみたものの、無理矢理に笑わせてしまった。その事をシグナムとヴィータ嬢も感じ取ったらしく、帰路で激しく落ち込んでいた。
 三日前、はやて嬢がカップを受け取り損ねた。俺が近くにいてよかった。ギリギリカップを掴み取り、中身も受け止めた。我ながら神業だったと思う。ヴィータ嬢に賞賛され、はやて嬢も絶賛してくれた。それに気分良くして、もう一度挑戦したのが運の尽き。調子に乗って頭上にカップを投げ上げてキャッチしようとしたのだ。カップは掴めたものの、紅茶は全部受け止めきれず、熱い液体を頭から被ってしまった。なんか、前にもこんな事があった気がする。
 いや、俺の失敗談なんてどうでもいい。問題ははやて嬢がカップを受け損ねた事だ。手が滑った訳じゃない。取っ手に指がちゃんとかかっていた。ただ、カップと中身の重さを持てるだけの力がなかった。石田医師によれば、麻痺が広がってきているらしい。少しずつ、少しずつ、はやて嬢から自由を奪っている、と。
 石田医師も焦りを見せていた。あちらが思ってる以上に進行が早いんだろう。原因を知っているだけに、彼女には悪い事をさせていると思う。医学では治らないと言ってしまいたい。それが出来ない事は解ってるのに。
 胸に蟠りを残しつつも、俺は着替えと食事を取るため家に戻ってきた。丁度そこで、シグナムと通信しているシャマルさんを見つけた。

「ええ、ここまでは上手く行ってるわ」
『ああ。そっちに戻らなくなった分、管理局もこっちを追いきれていないようだ。主はやては寂しがってはいないか?』

 愚問だ、それは。
 思うが否や、俺はシャマルさんのデバイスに向かった。

「寂しくない訳がないだろう。俺やシャマルさんが毎日顔出してるとは言え、お前達が来なければ意味はない。なのはやすずか嬢が来たって同じだ。家族が来なければ、寂しいだろうがっ!」

 いつの間にか、俺は怒鳴っていた。
 いくら時間がないからと言って、蒐集にかまけてばかりで、シグナム達はあまり顔を出さない。それでははやて嬢の心が負けてしまう。そうなれば闇の書の侵食だって進んでしまう。今ここで支えなければならないのは、あの子が支えて欲しいと思うのは、お前達だろう!

『……すまない。明日、そちらに戻る。朝一で主に顔を見せに行く』
「いや、今日だ。お前、まさか寝不足の面で行く気か? 聡いあの子が俺達の隠し事に気付かない訳がないだろう。せめて顔に出さないように、隠してる事がバレてない演技が出来る面で会いに行け」
『……重ねて謝る。今から帰るよ』
「ああ」

 知らず力の入っていた肩を落とす。最近感じていた苛立ちをぶつけてしまった事を悔やみはするものの、本当の事だからこそ、言わなければならない。皆焦っている。大事な事を見失っている。

「お前達の望みはあの子の幸せだろうに……っ」
「……ごめんなさい。私達、焦ってましたね」
「焦る気持ちは解ります。俺だってそうだ。でも、それであの子を蔑ろにしては元も子もない」
「本当に、その通りです……」

 落ち込むシャマルさんに、俺は食事の支度を勧めた。何もしないでいるよりも、何かしている方が気が紛れる。俺も出来るだけ話しかけて、考え事をしないように配慮した。とは言え、大した話題も話術もある訳じゃないが、何も話さないよりマシだろう。
 程なくして、三人とも帰ってきた。顔を見れば疲れと焦燥が丸解りだった。それだけ蒐集を頑張ってきたんだろうが、明日顔を見せに行くには相応しい顔じゃない。帰るように言ったのは正解だったみたいだな。

「実のところ、少し意地になってたのかもしれないな。俺達に出来る事はこれしかないと思い込んでいた部分がある」
「気付かせてくれた事、感謝する」
「その、ありがと」
「気にするな。俺も蒐集が出来たのなら、お前達と同じような考えになってただろうしな。なまじ出来てしまうと、見えないものもあると言う事さ」
「お前を招いてよかったと思うよ」
「恥ずかしい事を言うな。それよりもガツガツ食って、さっさと寝ろ。主に腑抜けた顔見せるんじゃないぞ」
「うわー、恭也、照れてるぜ?」
「なるほど、恭也はこう攻めるのか」
「この攻略法は大事ね。今度からは私がやり込めて見せますよー、恭也さん」
「お、お前等ぁっ」
「まあ、男が口で女に勝てない事は古来から決まっている。諦めろ、恭也」

 ザフィーラに肉球で肩をポムポムされたのが無性に悲しかった。それといつの間にか名前で呼ばれてる事は、この時完璧にスルーしてた。思えば、この時俺は、ようやく家族として受け入れられたんだろう。ただ、それを噛み締めさせてくれなかった事は少し恨んでいるがな。
 そして、明日――十二月二十四日が来た。