翌朝、である。
 久しぶりにゆっくり寝たためか、体は軽い。滅茶苦茶軽い。軽すぎてすぐにでも舞い上がってしまいそうだ。いや、実際舞い上がってるわけだが。
 手元には八景と不破の二刀がある。ここのところフラストレーションが溜まりに溜まっていたのだ。魔力の蒐集に協力できず、ヴォルケンリッターの危機に駆けつけても、辛うじて囮のような事が出来た程度。実に役立たずだった。しかし、これでもう少しマシな働きができるだろう。そしてもっと役立つ為に、俺は魔法と言うものを知らなければならない。
 と言うわけで、早朝の鍛錬にいそいそと出かけようとしたんだが……、

「なんで二人が……? シグナム、シャマルさん」
「なんでって、お手伝いですよ。高町さん、魔法に関してまだまだ初心者ですし」
「だからこれから訓練しに行くんですが」

 何故か、玄関先でシグナムとシャマルさんが待ち構えていた。別にその事に関しては驚きはしない。起きていたのは知っていた。魔力の蒐集に出るのかと思っていたし、ついでに俺の見送りでもするのかと予想はしていたからだ。
 が、この二人の雰囲気とシャマルさんの言葉から見るに、俺の訓練について来る気らしい。

「高町さん、どこで訓練しようとしてました?」
「え? いつもと同じで桜台の山ですが……」

 そう答えたら、二人が安堵の溜息を吐いた。いや、なんなんだよ。

「魔法と言うのは、使えば誰が何を使ったのか特定できるんだ」
「ちゃんと下準備をすれば隠す事は出来ますけど、高町さんはまだそんな事出来ませんし」
「……なるほど」

 そう言うものなのか。
 危うく八神家に迷惑をかける所だったらしい。そりゃ、胸を撫で下ろすはずだ。

「そうだとすると、何も出来ないんだが……」
「そのために私達は待っていたんだ。管理局の目に付きにくい世界をいくつか見繕っておいた。そこならばどれだけ暴れても構わん」
「と言うわけで、ちょちょいと行っちゃいましょー!」

 朝っぱらから元気ですね。もしかして起き慣れない時間に起きてテンションが確変入ってませんか?
 気が抜ける号令と共に、俺は光に包まれるのだった。




















Dual World

From "Lyrical Nanoha A's" (C) 2005
Presented by 大岩咲美 [TRASH BOX type2]





















「フェイトさんは、リンカーコアに酷いダメージを受けてるけど、命に別状はないそうよ」

 若干の安堵感を滲ませながら、リンディ・ハラオウンはそう告げた。
 ミッドチルダのいくつもある会議室の一つに集まった今回の事件の協力者達――特にアルフはフェイトの状態を聞いて、緊張を解いた。

「私の時と同じように、闇の書に吸収されちゃったんですね」
「アースラが稼動中でよかった。なのはの時以上に救援が早かったから」
「だねぇ」

 そもそも今回の闇の書に纏わる一連の事件が本格的に拡大したのは、高町なのはが襲われた事が起因となっている。奇しくも、ミッドチルダと深い関わりがあったなのはにヴィータが目をつけた事により、それまで目的が不明だった魔導師襲撃事件との関連が見られ、本局が本腰を入れて捜査を指示したのだ。これにより、闇の書の守護者との戦闘が展開され、追い詰められ始めた闇の書陣営は魔力蒐集を精力的に行うようになってしまう。これを阻止する為に、武装局員を動員し、武力行使に打って出たのだが、辛くも逃げ延びられてしまった。
 上層部では、下手な手出しで被害が拡大したと言う意見も出ているが、最終的に集めなければならない魔力は決まっている。それを集めきるまで蒐集は終わらないことから、管理局関係者の被害が大幅を占めているのがせめてもの慰めだろう。ともかく、これ以上の被害拡大を望まないのは変わらない。次に接触した時を決戦とし、アースラスタッフは準備を進めている。

「二人が出動してしばらくして、駐屯所の管制システムがクラッキングであらかたダウンしちゃって。それで、指揮や連絡が取れなくて……ごめんね、あたしの責任だ」

 落ち込むエイミィに、なのははかける言葉を見つけられなかった。多分、どんな言葉をかけても、何もならないだろう。同情も叱咤も激励も、恐らくは意味がない。彼女が失敗と感じた事に決着をつけなければ、前に進めないからだ。
 それを感覚的に解ったなのはには、黙って見つめる事しか出来なかった。

「――んなことないよっ」

 重くなった空気を吹き飛ばしたのは、リーゼロッテだ。

「エイミィがすぐシステムを復帰させたから、アースラに連絡が取れたんだし。仮面の男の映像だってちゃんと残せた」

 手元の端末から目下最大警戒人物の画像を表示させる。ものはフェイトがリンカーコアを抜き取られた直後のものだ。あまり長く眺めていたいものではない。

「でも、おかしいわね。向こうの機材は管理局で使っているものと同じシステムなのに……。それを外部からクラッキングできる人間なんて、いるもののなのかしら?」
「そうなんですよ!」

 リンディの言葉にエイミィは過剰に反応した。彼女は、今回のクラッキングに薄気味悪い感覚をずっと抱き続けている。

「防壁も警報も、全部素通りで……っ。いきなりシステムをダウンさせるなんて……」

 セキュリティシステム上、外部からのアクセスは制限される。上位権限のあるアースラからの接続は別だが、アクセスログを洗ってみても、アースラからはあの瞬間はアクセスしていない。別ルートから入るとしても、アクセス監視は行っているのだ。これが許可コードを発していない接続先だった場合、システム内に侵入する事を防ぐ。例え、アクセス監視を逃れ、内部に入ったとしても、システムを根こそぎダウンさせるためには、システムの中枢ブロックを制御する為に、ユーザー権限を書き換えなければならない。しかし、そんな事をすれば、システム監視プログラムや、オペレーター達の目に留まり、やはり不正アクセスは発覚する。
 だからこそ、その全てを掻い潜ってシステムを停止させる事は難しい。やって出来ない事ではないが、下準備が必要であり、ここ最近活発化した闇の書事件との連動性を考えると、非現実的だ。もし人の手で行ったとするなら、神業的なプログラマーが闇の書側についている事になる。

「ユニットの組み換えはしてるけど……もっと強力なブロックを考えなきゃ」
「それだけ、凄い技術者がいるって事ですか?」
「もしかして、組織立ってやってんのかもね」

 そうリーゼロッテは言うが、クロノはそれはないだろうと思った。闇の書の守護者プログラムは、今まで確認できて四人。この前背中を取られた男を入れるとしても五人だけだ。管理局のセキュリティシステムを突破するとしたら、もっと人手が欲しい。さらに、守護騎士の内、二人はフェイトとなのはを相手にしてる。残りの三人がセキュリティを突破したとは考えにくい。
 この考えを補強する話もある。

「君の方から聞いた話も、状況や関係がよく解らないな」

 クロノは隣に座っているアルフに話を訊いた。

「ああ。あたしが駆けつけたときには、もう仮面の男はいなかった。けど、あいつが……シグナムがフェイトを抱きかかえてて、『言い訳は出来ないが、すまないと伝えてくれ』って」

 その言葉を信じるなら、シグナムは今回の事態を仕組んでいた訳ではない事になる。あくまで仮定の話だが、守護騎士に助勢している仮面の男は一方的に協力しているのではないか?
 だがそうなると、彼の目的が解らなくなる。闇の書の力を欲するのならば、それを操る方法を探るはずだ。そして、闇の書は自らが選んだ持ち主以外に魔力を付与しない性質を持つ。そして、もし持ち主を洗脳したとしても、闇の書の覚醒時に洗脳も解けてしまうのだ。過去にあった事件の一例がそれを示している。
 闇の書の力は強大であるが、持ち主以外には扱えず、その持ち主を操る事も不可能。絶大な力であるが、制御が出来ない。故に、犯罪者や権力者は喉から手が出るほど欲しいが、事実上手に持てない事から、醜い争奪戦の対象にはならない稀有なロストロギアなのだ。
 だからこそ解らない。仮面の男の目的がなんなのか。まさか、この世の破滅なのか?

「……いや、絶対に何か狙いがあるはずだ」

 それを探し出さなければならない、とクロノは視線を厳しくした。

〜・〜

 目の前に広がるのは荒れ果てた野だった。緑など見えず、岩肌しかない殺風景な土地。凡そ、観光に来たいと思う場所ではないな。
 空を見上げれば、惑星が三つ見える。特にでかいのは表面の大陸まで見えている。あっちは緑豊かで、こっちは荒れ放題。どうせならあっちでもいいのではないだろうかとも思うが、まあ、機械頼りでしか跳ぶ事が出来ない俺が文句を言えるはずもない。
 ともかく、この状況を確認しなければならないな。

「どこだ、ここは」
「ちょっと近い異世界だ。この星の大気が地球とほぼ同じだったんでな」

 そう言えば普通に息をしていた。いや、そもそも息をする、しないを考える前に跳んで来たし。まあ、問題なければいいんだが。

「あっちは駄目なのか?」
「あれか? あれは……」
「あの、北極と南極を足して十をかけたくらい寒いところでも大丈夫なら、あっちでもいいんですけど……」
「砂嵐が気持ちいいなー!」

 そんなところ、生物の住む世界じゃない。
 なにやら詳しく聞いてみると、あの星、見た目通り殆どが植物で覆われているらしい。緑がなくなっていく事が問題となってる地球環境を考えると非常に羨ましい事である。が、沢山あればいいと言うものではなく、あの星で行われる光合成で大気中の二酸化炭素が激減し、酸素まみれなそうな。人間があの星で呼吸をしたら過呼吸みたいな症状になって、窒息死するらしい。更には、二酸化炭素が非常に少ない――温室効果が得られないため気温が低下し続け、極寒世界と化してるとか。正直、そんな世界死んでも行きたくないところである。

「ここの他にもいくつか転移先を見つけておいた。日毎に、出来れば訓練の度に場所を変えたいんだが」
「異論はないが、そこまでしてくれていいのか?」
「お前が強くなれば、その分だけ主はやてを任せられるしな」
「……頼りなくて悪かったな」
「冗談だ」

 色々言いたい事はあるが、ここは言葉を呑んでおこう。

「で? 先ずは何をすればいい?」
「そうですね。じゃあ、今までの復習からしていきましょう」

 シャマルさんの言葉に頷き、今までの授業を思い返す。
 魔導師適性の低い俺は、基本的に一人だけで魔法を使う事は出来ない。これまではシャマルさんに無理矢理魔力を引っ張り出してもらい、それをどうにか使おうと四苦八苦してきた。だが、今は手元にシャマルさんの代わりとなるデバイス――不破がある。

「最初にデバイスを起動させましょう。それから……そうですね、鋼糸、ですか? あれを作ってみてください」

 了解、と答え、意識を集中する。
 一人でやるのはこれが初めてだ。殊更慎重に、魔法を使う事を意識する。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………あのー?」

 な、何故? ちょ、俺しっかりやってるって! そんな白けた目で見るなシグナム!

「あ、あれ? なんで?」

 シャマルさんに手伝ってもらった時は、拙いながらも出来てたんだって! ヴィータ嬢にだって、初めての割りによく出来てるって感心してもらったんだって! だから白けた目で見るなシグナム!!
 呆れ返っているシグナムは、皺のよった眉間を解しながら、ついと不破を指差した。

「高町……デバイスを起動してないだろ」
「は?」
「だから、デバイスを起動させないままやっても、お前には出来ないだろ」

 起動って、何の事だ?

「あの、ですね。何をやるにしても、高町さんはデバイスを経由してしか魔法を使えないんですから、この子を起こさないと」
「起こす……一体どうやって?」
「…………」
「…………」
「…………」

 砂まみれの風が、虚しさを演出した。

「なっ!? お、お前デバイスの起動の仕方も知らないのか!?」
「使うのはこれが初めてなんだぞ! そんなもの解るか!!」
「あのおじさんに何も聞いてないんですか!?」

 えーと、ちょっと待てよ? 確かこの辺に仕様書を突っ込んだはず。
 ジャケットのポケットを漁って、デバイスのスペック表を取り出す。三人、額を寄せ合って仕様書を確認する。

「あ、これ! これです!」

 シャマルさんが指差す先には文字が書かれている。しかし、俺には読めない。と言うか、読めないのに俺は何で仕様書を凝視してるんだ……。

「あ、なんだ。音声認識じゃないですか」
「と言うと?」
「一言『起きろ』と言えばいい」

 そんなあっさりでいいのか? 今までのちょっとした恥ずかしい事が極大に恥ずかしい事にジョグレス進化してるぞ。

「えーと、改めて。『起きろ』」

 言霊ではないが、俺なりに意味を込めて呼びかける。すると、微妙な振動を不破から感じた。

『Wake Up. Now loading program [SIiiiiMPLE IS BEeeeST!]』

 一部親父さんの叫び声が入ってるんだが。巻き舌が激しくて発音が怪しいぞ。
 その声に吃驚してる二人を他所に、不破はディスプレイによく解らない言葉を並べていく。そして、最後に[COMPLETE]と打ち出した。どうやら、準備が整ったらしい。

「うわー、納品直後のストレージデバイスって、こう言う風になってるんだ」
「初めて知った」

 おいおい。大丈夫かよ、この二人に任せて。

御機嫌はどうだい? 早速だが、俺の名前を教えてくれないか?Good morning my brother. Let's call me please!

 聞こえてきたのは一つだが、頭に響いたのは二つの言語だった。どう言う原理か知らないが、日本語対応してくれてるのは素直に楽だな。

「お前の銘は不破だ」
了解。俺は不破だな。楽しく行こうぜ、兄弟!Ok. I am Fuwa. Enjoy to the party, my brother!

 聞いていて思うんだが、こいつノリが軽くないか? 俺の疑問とは方向性は違うが、シャマルさんもコイツの口調に一つ思う事があるらしい。

「なんか、物凄く贅沢なインターフェースですね」
「贅沢?」
「普通、ストレージデバイスって、こんなに喋らないんですよ。私のクラールヴィントやシグナムのレヴァンティンとかは、AIが組み込まれてて、ある程度の会話はできます。でも、ストレージデバイスにはAIはないから、肯定と否定くらいしかできないんです」
「じゃあ、これはAIが積んであると?」
「いえ、これはストレージデバイスです。AIとしての知性は感じられません。多分、あのおじさんが趣味でこんな風に仕様にしたんだと思います」

 趣味かよ。いや、まあ、使えるなら問題はないんですがね。

「ともかく、もう一度魔法を使ってみろ。今度こそ出来るだろうな?」
「にやけながら言うな。ちょっと怖くなっただろ」

 シグナムの言葉にちょっと拗ねる俺。あと、そこの苦笑いの人、少しくらいフォローしてくれ。
 さて。手間取ったが、ここにいる目的は俺が魔法を使えるようになることだ。デバイスの起動はあくまでも副次的なもの。さっさと訓練に入らなければな。時間もない事だし。

「――――」

 魔法を使う上で、まず思い浮かべなければならないのは明確なイメージだ。どういう形状で、どれ程の強度で、どんな動きを求めるか。これを総合して具体的に想像しなければならない。現在の魔導師は魔法が体系化しており、その形にはマニュアルがあるらしい。治安組織と言う形上、多人数での連携を想定しているからこそ、誰もが把握している技術がある方が対応を決めやすい。
 逆に、ないものをイメージするのはかなり難しく、新しい魔法を開発するのは時間と手間、そして才能が必要だと言う。まあ、俺が作り出すものは慣れ親しんだ武器だ。齟齬は少なく、だからこそ成功しやすい。
 想像したのは八番鋼糸。一番丈夫で、一番最初に触った鋼糸だった。

魔力精製Circuit of METAL LINE

 不破の声を聞きながら、俺は右手に何かを握りこんだ。持ち上げてみれば、それは確かに鋼糸ほどの細さを持つ長い糸だった。

「やりましたね!」
「おめでとう、と祝おう」
「むぅ、なにやら恥ずかしいな」

 初めて立った子供みたいな喜ばれ方だ。…………それって、よくよく考えてみると、凄く恥ずかしい事なのでは?

「恥ずかしがってる場合ではない。それがちゃんと使えるのか試してみろ」
「やってみよう」

 辺りを見渡して、目標物になるようなものを探す。あった。手頃な岩が七つほど転がっている。その内、一番大きいものに向けて鋼糸を投げつける。獲物に襲い掛かる蛇の機動を見せながら、岩に巻きつかせる。鋼糸を引いてみるとちゃんと引っかかっているようだ。そのまま力任せに引くと、岩も若干ながら動いた。とりあえず、強度は問題なさそうだな。

「ほう、鋼糸はそう使うのか」

 感心した声を出すシグナムに、そう言えばヴォルケンリッターの前では使った事がなかったなと思い出した。と言うか、御神流の殆どを見せた事がなかったな。

「この八番鋼糸はこう使うが、これとは別に切断用のものもある」
「八番、と言う事は、後七種類あるのか?」
「まあ、な。番目によって、長さも違う……が、今度からは気にしなくてよさそうだ」

 実は零番鋼糸なんてものもあるが、身内でも手の内を明かさないのは最早癖か。今更付け足すのもなんなんだし、このままにしておこう。魔法なら長さも太さも自由自在だろうしな。バレないバレない。

「ああ、そうだ。親父さんと煮詰めたものが一つあってな」
「煮詰めたもの?」
「少しやってみる」

 精製した鋼糸を霧散させる。もう一度鋼糸を作り出す。今度は四本。片手で握れる数だけだ。太さは三番鋼糸。長さは最長の十五メートルほど。それを――投げる!
 鋼糸は片方の先端を握って使うものだ。だが、今試みるのはそこから逸脱した反則技。

制御プログラムCircuit of OPERATE
「――縛」

 四本の鋼糸は、視界の四隅を飛びながら先ほど鋼糸を絡めた岩に殺到する。一本が巻きつき、二本が巻きつき、そして全てが巻きついた。

「これは……」

 シグナムはその先の言葉を洩らさなかった。
 鋼糸の動きは物理法則を無視していた。放物線を描くでなく、ライズボールのように伸び上がったものもあったからだ。

「――遠隔操作。ただ創り、投げるだけでは芸がないと思ってな。だがまあ、四本全てを扱うのは難しいみたいだ」

 実際、意識的に軌道を変更できたのは二本。下から上へ昇ったものだけだ。他二つはただ単に岩に投げつけた。当たる直前に、巻きつくと強く意識したからこそ巻きついてくれたが、感触にしても心許ない。多分、あの魔力鋼糸を引っ張ったら簡単に解けるだろうな。

「なんでもないように言ってますけど、結構高等技術ですよ?」
「まともに使えるのは二本だけですがね。それに、使う場面が全く思いつかない宴会芸です」
「……確かに、使いどころに難儀する技だな」
「全くだ。まあ、これは本命じゃない」
「なに?」
「俺が主軸に考えてるのはこっちだ」
魔力精製Circuit of METAL SPIKE

 言って、また指の間を握りこむ。そこには三本の飛針がある。暗器の精製に関しては、ヴィータ嬢との地獄の特訓の効果が表れてるな。グラーフアイゼンにぼてくり回されたのも、もはやいい思い出だ。

「質量は鋼糸よりも軽いし、使用場面はこっちの方が多い。最低でも三本を自在に操れる程度になりたいところだ」
「ふむ」
「とりあえず、魔法を使える事は解ったからな。これの練習は後でもいい」

 魔力の使い方自体は大分慣れてきた。一週間みっちりやった事も手伝って、一先ず初級段階は卒業だろう。次の段階は、どう戦闘に活かしていくか、になる。こればっかりは組み手を重ねていかなければ身に付いて来ないものだ。

「よし、じゃあ次はカートリッジだな」
「ええ。昨日頑張って作り置きしてきたから、存分にやっちゃってください」

 やっちゃってって……。まあ、何も言わないでおこう。
 シャマルさんからカートリッジを一発受け取る。不破の供給口に押し込むと、供給口が閉じてしまった。確か、装填数は一発だけで、撃発時の熱で手を焼かないように閉じるんだったか。

「高町、カートリッジ・ロードを」
「解った。――不破、弾丸撃発」
『Rock'n Roll!!』

 ガン、と手首に来る衝撃。次いで、全身を満たしていく未知の力。淡い光が俺の全身を薄く包んでいく。

「カートリッジは暴発しませんでしたね」
「と言うか、えらくファンキーな音声確認だな」
「非常に同感だ」

 親父さん、趣味に走りすぎ。

「ともかく、感触はどうだ?」
「そう、だな。なんと言うか、静電気を溜め込んだセーターで全身を包まれてるような感覚だ」
「それって最悪に気分悪い状態じゃないですか」
「いえ、不快ではないんです。どうにもこそばゆい様な、表現しにくい感触だ」

 本当に形容しにくい。力が漲っていく訳でもないので、少し拍子抜けと言った所だな。

「魔力の循環は出来てるから、問題ない。先ずは一番必要な身体強化からやってみろ」
「よし――身体強化」
強化プログラムCircuit of SOLDIER

 体に纏わり付いていた無属性の魔力が、方向性を与えられ俺の体を補強していく。

「……力が湧く、と言うのとは違うんだな」
「そうだな。どちらかと言えば、頑丈になったと言う方が正しいか」
「体組織全体に魔力を充填させますから、怪我も治りやすくなりますよ」
「ふむ。ちょっと動いてみるか」

 両手に刀を握るのは本当に久しぶりだ。若干、左に握る不破の重量が重いが、その辺は慣れるしかないか。ともかく、型打ちからやってみよう。
 不破を逆手、八景を順手に持つ。一度、二度、とややゆとりを持ちながら型をなぞる。筋力や反射速度が上がっている訳ではないようだな。ただ、動作で起こる衝撃がかなり和らいでる。頑丈になるとはこういう意味か。力の限り岩を殴っても骨折しないと思っていいかもしれないな。しかし、どうにも不破の重さが違和感を伝えてしまう。これは、厄介な問題だ。
 型打ちの合い間を狙って、シグナムが訊ねてきた。

「どうだ?」
「……重い。勘が鈍ってるのも入れても、この違和感は拙い」
「そうですか……。どうしましょう?」

 シャマルさんが如何にも困った顔をしている。慣れ親しんだ獲物を変える事の怖さをよく知ってるのか、シグナムも深刻な顔だった。
 武器――特に日本刀は、自分の体の一部になるまで振り続け、長さ、重さを体に刻み付ける。漫画や時代小説にあるように、人や鉄板を斬り裂く事はよほど修練を積んだ達人でなければ出来ない。そして、それを可能にするには慣れた刃でなければ駄目なのだ。刃筋と剣速、それに角度が噛み合うように振るのは、それだけの技術と慣れがいる。これは才能よりも努力や触ってきた時間で培われるものだ。

「時間の問題だな。とにかく、振り続けて慣れるしかない」

 結局はそうだ。その慣らしがいつになるかは解らないが、体の一部として操れるようになるには、どれだけ刀を振ったかに比例する。我武者羅に振るしかない。

「よし、ならその慣らしに付き合おう」

 言って、シグナムは自分の剣を抜いた。
 直刃の剣。剣身の幅と長さが騎士剣だと言う事を全面に放っていた。
 レヴァンティン。
 シグナムの愛剣。
 同時に衣服が変わる。

「現状の厳しさから、あまりゆとりはない。お前には一刻も早く魔法に慣れてもらう必要がある。手っ取り早く組み手をしてもらおう」

 全く、顔がにやけてるぞ、烈火の将。

「それが目的だったんだろう?」
「そうだ。前々から、お前の剣が見たいと思っていた」

 ひけらかすものじゃないんだがな。とは言え、相手をしてくれるのならありがたい。シャマルさんには下がってもらって、俺達は対峙する。
 シグナムはレヴァンティンの切っ先を真上に上げ、肩口に構える。薩摩の示現流に似た大斬撃を狙う構えだ。
 対して、俺は不破を下段、八景を上段に寝かせた。
 俺は前足に、シグナムは後ろ足に体重を落としていく。

「言っておくが本気で来るなよ? こっちは初心者なんだからな」
「明日には中級者になってもらう。手抜かりをしてる暇は――ない!!」

 言葉尻と共に、シグナムが走った。
 直線。身は屈めない。天に掲げた剣を振り下ろすつもりなんだろう。ち、力勝負は避けたいところだが、一通り試せねばならんか!
 今から走っても速度に乗れない。上から来る攻撃に打ち合うには今居る場所は不利だ。せめて、頭一つ分の高さが欲しい。

八艘プログラムCircuit of FIELD)
「なに!?」

 シグナムの驚きは俺も同じだった。目前に現れた灰色の、三角形と小円で描かれた魔法陣。直感的に、俺は動いた。
 跳ぶ。粉塵を巻き上げながら、魔法陣を目指して。
 シグナムが迫る。残り五メートル。
 魔法陣に足を下ろす。しっかりと踏みつけられた。いける!

「でぇあ!!」
「はぁあ!!」

 魔法陣を足がかりに突っ込む。シグナムは三メートルを残して、跳び上がった。真っ向勝負に乗ってくれた事に感謝しつつ、左の不破をぐるりと回転させ順手に持ち替え、そのまま斬りつけた!
 刃が重なり、火花が散る。
 重い。
 やはり、シグナムの斬撃は重い。武器も身体も、彼女の剣の前には軽量だ。威力を相殺できず、空中だったため押し戻された。

「いきなり足場を創って見せるとはな」
「勝手に不破が創ったんだ。俺は知らん」
「……なに?」
「あ、思考解析端子が組み込んでありますよ? これ」

 と、観戦者のシャマルさんからの説明が入った。
 仕様書を読んでみて曰く、その端子に触れながら、設定された思考をすると自動的に定められたプログラムを起動してくれるらしい。

「うわー、これ後でお金請求されたら、払えないかも……」

 青褪めるシャマルさん。お気の毒だが、一介の武人には金銭管理は解らないので後はよろしく。

「続けるか」
「応」

 場が白けない内に再戦開始。
 今度は俺から仕掛けるか。あらゆる状況の経験が欲しいからな。
 走る。出来る限りの前傾姿勢を取り、前と言うより上に登り進む感覚で駆ける。
 シグナムは遣り難そうな顔をしつつ、剣を下段に下げ、迎撃の態勢を取った。
 こちらの攻撃を受けるつもりなら、付き合ってもらおう!
 接敵する直前、伸び上がりながら逆手に握った不破の一刃を見舞う。難なく往なしたシグナムに、上昇到達点から八景の振り下ろしを伸ばす。取り回しに難儀する長剣の癖に、これも防がれた。
 ちぃ、面白いじゃないか!
 重力に逆らうことなく着地しつつ、不破をシグナムの右側面に叩きつける。剣身に手を添えてシグナムがそれをしっかり防御したのを、確認した瞬間、後ろ足だった右足を大きく前に出し、八景を突き出す!
 シグナムの脇腹を狙った刺突は、しかして防がれた。剣身に添えていた左手に突如として現れた鞘で軌道をずらされた所為だ。
 それに一瞬動揺する。その間隙に、シグナムが鞘を小さく振り、お返しとばかりに俺の脇を狙ってきた。
 突き出した右腕を慌てて戻し、鞘の打撃を柄の余りで打ち返す。
 互いに体勢が崩れる。
 俺はシグナムの打撃にバランスを崩され左へ、シグナムは鞘を弾かれた右へ体を傾ける。そこでシグナムは左足で踏ん張ろうとした。それを見た瞬間、俺は右足を跳ね上げていた。

「ぐっ!」

 蹴足。
 狙ったのは側頭部だったが、シグナムは直前に俺の攻撃を察知したのか、体を捻って肩で蹴りを受けた。小さく呻いたのは、覚悟が決まりきらなかっただろう。
 蹴りを放った事で、一本立ちになった。ちょうどシグナムを支えにして倒れるのを防ぐ形になっている。このまま連撃に移らせてもらおうか!
 体の捻りを開放する。左から右へ回転する体に合わせ、左の斬撃。
 辛うじてレヴァンティンだ間に入った。しかし、先ほどまでの堅牢さはない。肩の一撃が一時的に握力を落とさせたようだ。
 右の一刃。逆袈裟を狙う。防御の硬直から脱し切れなかったシグナムは、その場からの離脱でしか刀を躱せなかった。
 瞬間、勝機が生まれる。
 体を捻ったのは左。体の奥に引いた不破を順手に持ち変える。駆け出す力を足に篭め、爆発させた。

 ――奥義之参 射抜

 長距離型の刺突。技の速さ、射程範囲が長所のこれならば、シグナムの後退にも追いつく!
 俺の追撃に険しい顔を見せたシグナムは、己の愛剣に命じた。

「レヴァンティン!!」
『Explosion』

 撃鉄音。
 レヴァンティンが排莢する。
 直後、レヴァンティンの剣身が分断された。

『Schlangeform』

 蛇腹剣!?
 直線の攻撃に曲線の攻撃が絡みつく。ここで技を止める訳には行かない。止まれば蛇の餌食。活路は前進のみ。もはや選択の余地などない!
 俺の切っ先が先に到達する。しかし、蛇の鱗が俺の刃を止めた。だが威力までは殺せず、俺に接近を許す。
 八景を納刀、砂煙を上げながらシグナムの懐に滑り込む。咄嗟にシグナムが剣を引き戻そうとするが、遅い。
 射抜の最大利点は技後の硬直の短さだ。故に、唯一奥義から奥義へ派生できる高位術技として、敵を殺す役割を持っていた不破家に伝えられたんだ。

 ――奥義之壱 虎切

 通常斬撃よりも高速の居合いを抜く。寸でのところまでシグナムが反応を見せたが、八景はそれを超えて、シグナムの胴体を斬り抜いた。

「くぁっ!」

 悲鳴を上げながら、シグナムが吹き飛ぶ。何もない荒野だからこそ、そのまま砂地を滑っていった。
 柄を握り直す。手応えはあったが、明らかに感触がおかしかった。肉を斬った手応えではなかった。例えるなら、そう、鉄板を斬ったような痺れが手首に来ている。だから、シグナムはまだ向かってくると思った。
 そして、その予想は正しく、シグナムは滑りながらも立ち上がって見せた。彼女の胸元から腹部にかけて、服が裂けている。どうやら、俺の刀は届いていたらしい。だが、刀傷まで行っていない。俺のような身体強化の魔法で威力を減少させたからだろう。

「……まさか、これほどとは」
「驚くのは後にしてもらいたいな。体術を見せただけだぞ、俺は魔法を覚えに来たんだ」
「抜かせ。お前に魔法が必要だとは思わなくなってきたぞ」
『Schwertform』

 蛇腹剣を元の直剣に戻した。どうやら、俺と蛇腹剣との相性の悪さを悟ったらしい。

「まあいい。こちらもお前相手なら申し分ない」

 柄元にカートリッジを仕込むシグナムに、俺は首を傾げる。何か別の意味があるようなニュアンスで言っていたが、何の話だろうか。
 いや、余計な事を考える暇はないか。シグナムが本気になったのなら、俺も全力で挑まなければ潰される。

「高町」
「なんだ」
「先ほど手抜かりをしないと言ったが、あれを訂正したい」
「ほう?」
「あくまでこれは訓練であり、試合だ。だからこその手加減がある。だが――」

 レヴァンティンが排莢した。俺の目に見えるほどの強い魔力が、レヴァンティンを包み、その身を猛々しく燃やし始めた。

「――それも止めだ。お前を全力で殺しに行く。でなければ、こちらが首を取られる」
「……別にそこまでする気はないんだがな」

 小さくぼやきながらも、俺は体が疼いているのを自覚していた。
 シグナムほどの剣士が、更に魔法を使って全力をぶつけてくる。恐らく、俺は彼女に勝てないだろう。剣技に関しては五分に持ち込めても、魔法では大人と子供。総合力は負ける。

「だからと言って、素直に負けるのは癪だな」
魔力精製Circuit of SPIKE

 右手に飛針を握る。数は二本。恐らく制御できるであろう数だけを創った。

「はああ!!」
「おおお!!」

 同時に走り出した。別に示し合わせた訳じゃない。どちらも間合いを詰めなければ相手を倒せない。それならば、自分の呼吸で間合いを決められる方法を選んだに過ぎない。結果として、それが同時だったんだ。
 これで間合いと呼吸に関しては平等。崩すか、整えるか、どちらかを選ばなければならない。ならば、俺は――崩す!
 真っ直ぐに走りながら、正面に足場を創る。水平ではなく、盤面を左に傾けて位置取っている。
 足場に足をかける。両足を揃えて、跳躍。
 シグナムの左に飛び出す形だ。この鋭角な軌道に、シグナムは足裏で踏ん張り、疾走の勢いを殺しながら迎撃体勢を整える。
 俺の体が失速し、地面へと落ちていく。その間にシグナムは勢いを殺しきり、俺に向かって飛翔した。文字通りの飛翔だ。前傾姿勢を保ったまま砲弾のように飛び込んでくる。
 俺は着地地点の前に意識を集中する。そこに足場が現れる。やはり水平ではない足場。そこに足を付け、再び跳ぶ。

「くっ!!」

 跳んだ方向は、シグナムがいる方向よりも左だ。
 シグナムは飛行の勢いを殺しはせず、そのまま上空へと昇りあがっていく。上からの奇襲をかける気なのは丸解りだった。馬鹿正直に付き合うには、こっちの攻撃力が足りない。
 急降下してくるシグナム。
 手には炎を纏ったレヴァンティン。
 飛行加速と重力加速にレヴァンティンの攻撃力。
 これに立ち向かうには、重力加速を少しでもなくす為に、自ら空へと登るしかない。
 片足分の足場を創り、上へと登る。
 間に合うか!?

「はあああああああああ!!」

 気勢を発しながら、シグナムがレヴァンティンを大きく担いだ。
 狙い目はここか。
 今まで右手に握っていた飛針を放つ。遠隔操作で飛針の速度を上げる。狙った通りに加速してくれた事に、安堵を付くことなく、シグナムを迎える。
 傷口を狙って投げた飛針はシグナムの手前の何かに当たって散った。魔力精製が甘いのか、シグナムの防御力と言うものが高いのか解らないが、牽制にもならなかった。
 シグナムの一撃。
 俺を殺しに来る一撃。
 避ける事は叶わない。そんな逃げ、シグナムが許すものか。

「紫電――」

 立ち向かわなければならない。
 奴が一撃必殺ならば、こちらも一撃必殺だ。
 逃げを許されない俺に、唯一ある活路はそれしかなかった。

 奥義之肆――

 シグナムが剣を振る。
 振り下ろしてくる。
 全てを焼き斬ってくる。
 俺は、

「――一閃!!」

 ――雷徹!

 活路を見出す!!
 不破と八景を十字に打ち付ける。同時に二撃を加え、且つ衝撃を対象に浸透させる『徹』を篭める。それが雷徹の正体だ。
 徹は通った。だが、それでもシグナムは止まらなかった。炎剣は俺の刀を押しのけて、遂には押し潰した。

「が……ぁっ!」
「う……ぉっ!」

 競り負けた。
 生涯最高位の威力を見せた俺の奥義は、確かにシグナムに届いた。
 徹が彼女の体に走ったのを俺は見た。
 だが、足らなかった。
 だから俺は、刀を弾かれ、刃に晒された。

 ――――――――――――!!

 背中に衝撃。
 痛みで呼吸が止まる。
 吐き出してしまった空気を求めて、喉が喘ぐ。
 すぐさま呼吸が出来た。苦しさから開放されて、夢中で空気を吸い込んだ。

「ぐふっ、えは」

 背中の痛みと、未だ治らない呼吸不全で咳き込む。咳をする度に体に痛みが走った。
 空を見上げる。シグナムが俺を見下ろしている。剣はもう燃えていない。廃熱処理をしていた。彼女も動けないらしい。今の内に、できるだけ己を整える。
 体の痛みは依然ある。しかし、あれだけの高さから叩きつけられたにしては、痛いだけで済んでいる。身体強化で防御力が上がった所為と見ていいだろう。腕の痺れはまだある。経験から後数分で治ると思うが、それまで相手が待ってくれない事は百も承知だ。牽制しなければならない。
 何よりも、奥義が通じない事が拙い。雷徹は御神流でも最高位の破壊力を持っている。それこそ並の剣士と刀ごと潰せるほどのだ。それを潰し返された。相殺ではない。潰されたのだ。今の俺は、シグナムよりも攻撃力が劣る。今の一撃が連発できないような大技ならいいが、そうでないなら拙い。ゴリ押しに付き合う気はないが、あれを振り回されるのはぞっとしない。

「まさか、紫電一閃に真向かいに挑むとは思っていなかった」
「俺もだ。今考えても馬鹿な事をしたと笑ってやりたい」

 何故か、シグナムは地上に降りてきた。
 俺も空に昇れるとは言え、その機動力は飛翔できる彼女の方が上だ。何故、有利を捨てて降りてきたのか。

「不破は無事か?」
いい気分だぜFeel so nice
「……全く、本当にストレージデバイスか?」

 呆れた顔をするシグナムだが、俺はストレージデバイスと言うものを知らないのでなんとも言えなかった。なんとなく解るのは、不破が無駄に高性能っぽい事だろうか。

「お互いに一撃貰った。これで五分と五分」
「…………」
「今しばらく続けたいが、そろそろ主がお目覚めになる。次で一先ずの決着をつけるぞ」
「いいがな。決着とか言って、本当に俺を殺すなよ?」
「減らず口を叩く奴だ」

 お互いに笑い合って、剣を構えた。
 その後は省略する。
 結局、決着は着かなかったからだ。

〜・〜

 朝食が終わって、俺とヴォルケンリッターは会議していた。真昼間で、しかもはやて嬢が上の階にいるが、緊急を要する話らしい。俺は四人の言葉に耳を傾けた。

「助けてもらったってことで、いいのよね?」
「少なくとも、奴が闇の書の完成を望んでいるのは確かだ」
「完成した闇の書を利用しようとしているのかも知れんがな……」

 議題は仮面の男の事らしい。先日シグナムやヴィータ嬢が助けてもらったと言う話は聞いていた。闇の書の事について、ある程度詳しく、蒐集に関しても手助けをしてもらっている。それは俺も見たから解るが、奴はどうにも信用できない。こちらを信用させようと言う気がない態度が、気に入らない。

「ありえねぇ!」

 やおら、ヴィータ嬢が立ち上がった。

「だって、完成した闇の書を奪ったって、マスター以外には使えないじゃん!」
「完成した時点で主は絶対的な力を得る。脅迫や洗脳に効果があるはずもないしな」
「脅迫はともかく洗脳もか?」
「ああ。主がマスターとして覚醒した時、マスター自身の魔力がマスターを守る。つまり、洗脳が解ける」

 ザフィーラの回答に一つ引っかかる事がある。

「じゃあ、魔法的なものではなく、科学的な催眠や洗脳はどうだ? あと薬とか」
「……うーん、こう言っては何なんですが、闇の魔導書は完成したときマスターを超健康体にするんですよ」
「は?」

 超健康体……。意味は解るが、何故超健康体にするのかよく解らないんですが。

「闇の書の力を使うには、主の器が大きく関係します。はやてちゃんはその魔力の大きさから主に選ばれたんです。それで、魔法を使うにはその人の体の調子が関係するので、強制的に健康状態になるんです」
「なるほど」

 だから蒐集を頑張る訳か。具体的にどう治るのかちょっと疑問だったんだが、これで謎は解けた。

「話を戻しましょうか。えっと、どこまで話したっけ?」
「闇の書の力を奪う奪わないの話だ」
「ああ、そっか。まあ、家の周りには厳重なセキュリティを張ってるし、万が一にもはやてちゃんに危害が及ぶ事はないと思うけど」
「念のためだ。シャマルと高町は主の傍を離れん方がいい」
「そうだな」
「うん」

 俺もある程度戦えるようになったからと言っても、蒐集ができる訳じゃない。朝、シャマルさんに聞いたが、魔力の蒐集を行えるのは騎士だけらしい。と言うか、そもそも魔導師適正の低い俺では出来ないとの事で、蒐集には協力できず。だが、攻めて来る敵を打ち払う事は出来る。
 御神流は護る事が本懐だ。はやて嬢には、この世界に居場所をくれた恩がある。御恩と奉公は侍の仕事。それがなくたって、あの子を護るのに異存などあるはずがない。

「ねえ、闇の書を完成させてさ、はやてが本当のマスターになってさ、それではやては幸せになれるんだよね?」
「なんだ、いきなり」

 俯くヴィータ嬢に、俺達は訝しげに眉を顰めた。

「闇の書の主は大いなる力を得る。守護者である私達は、それを誰より知ってるはずでしょ?」
「そうなんだよ。そうなんだけどさ。アタシはなんか、なんか大事な事を忘れてる気がするんだ……」

 不安を顕わにするヴィータ嬢に、ザフィーラ達は理解できないと言う顔をする。
 ヴィータ嬢の不安。俺は守護騎士ではないし、ましてや最近魔法使い見習いになったばかりだ。この子が言う大事な事なんて思いつきもしない。
 そんな時に、不安を助長する音がした。

「――――!」
「今のは!?」
「はやてだ!」

 一番先に飛び出した俺の後に、四人が続いた。
 リビングの向かいにあるはやて嬢の部屋に押し入る。そこには、ベッド脇に苦しそうに胸を押さえて蹲るはやて嬢がいた。

「はやて! はやてぇ!!」
「はやてちゃん!」
「動かすな!」

 飛びつくようにはやて嬢に縋りつくヴィータ嬢を捉まえる。病状は解らないが、下手に触って悪化させたくない。

「病院! 救急車!!」
「シャマルさん、お願いします。シグナム、はやて嬢の着替えを」
「わ、解りました!」
「すまん、任せる」

 二人の了解を聞いて、本格的にはやて嬢の様子を診る。
 呼吸は浅く、短い。痛いのか、苦しいのか判断がつかないが、胸を両手で押さえている。呼吸器官が変調したか?

「はやて嬢、何処が苦しい?」
「だ、いじょうぶや、て。こんなん、すぐ、治る……」
「ああ、そうだな。だが、今は苦しいんだろう? だから何処が苦しいか教えてくれ」

 出来るだけ柔らかい言葉を使う。出来てるのかどうか解らないが、この子が不安がらないようにしなければ。

「せ、なか……ちょう、苦し、かな?」
「他にはあるか? はやて嬢」
「あ、足の付け根……」
「ヴィータ嬢、足の付け根を摩ってやってくれ。ザフィーラは背中を頼む」
「わ、解った!」
「うむ」

〜・〜

 その後も、はやて嬢の手を握りながら、出来るだけ言葉をかけ続けた。病院に着く手前くらいには、苦しみも治まってきたらしく、診察の為に一端離れた後、病室でもう一度見た時はいつものはやて嬢に戻っていた。

「うん、大丈夫みたいね、よかったわ」
「はい。ありがとうございます」
「はぁ、ホッとしましたぁ」

 見た限り、元気そうではあるが、さっきの状態を見てしまうと俺はあまり楽観的になれない。だがまあ、不安を表に出すと伝染するから、安堵の表情を取り繕っておくが。

「せやから、ちょう目眩がして、胸と手が攣っただけやって、言ったやん。もう、皆して大事にするんやからぁ」
「でも、頭打ってましたし……」
「息浅かったし」
「何かあっては大変ですから」

 俺達に言われて、ちょっとだけむっとするはやて嬢。傍目から見ても、さっきのはやばいと思わせる症状だったんだぞ?

「まあ、来てもらったついでに、ちょっと検査もしたいから、もう少しゆっくりしてってね」
「はい」

 だろうな。はやて嬢の病状は一進一退。ここに来てあんな発作が起きたなら、調べなければならないだろう。

「さて、お三方、ちょっと……」

 顔を見合す二人に俺は頷くと、石田医師せんせいに付いて行った。
 病室から少し離れた廊下で、石田医師は口を開いた。

「今回の検査では何の反応も出てないですが、攣っただけ、と言う事は無いと思います」
「はい、かなりの痛がり様でしたから」
「麻痺が広がり始めてるのかもしれません。今までこう言う兆候はなかったんですよね?」
「と、思うんですが、はやてちゃん、痛いのとか、辛いのとか隠しちゃいますから」

 ……はぁ。そう言うところも、あの子に似てるな。全く、どいつもこいつも迷惑って言葉の意味が解ってなくて困る。

「発作がまた起きないとも限りません。用心の為にも、少し入院してもらった方がいいですね。大丈夫でしょうか?」
「はい」

 躊躇いなく頷く俺に、シグナムとシャマルさんが驚いた気配を見せるが、取り合わない。素人考えで申し訳ないが、医者が入院するべきだと言うのなら、なるべく従った方がいい。今回の発作を見るに、どれだけはやて嬢が重い病と闘っているのかが、少し解った。そして、危険な兆候であるとも。なら、治せる手段のない俺達は医者に任すしかない。石田医師は信頼できる。これまで顔を会わして来て出した結論だ。
 それとは別に、俺は石田医師に訊ねたいことがあった。

「一つ質問があるんですが」
「なんでしょうか?」
「あの子の麻痺が広がる事と今回の発作の関連性が見えないんですが……。下半身の麻痺だとしても、今回苦しがったのは胸部です。まだ内蔵器官は麻痺してないのでしょう? だとしたら、胸を苦しんだ原因が解らない」

 食事はちゃんとしてる。物を吐いた様子もない。だから、内蔵器官はまだ麻痺してないと思う。他にそれらしい原因が俺には思いつかなかったのだ。

「今さっきやった検査は本格的なものではないんですが……」
「推察でもいいです」
「なら、お話ししましょう。はやてちゃんの麻痺は原因不明ですが、神経系の伝達に齟齬はありません。足を触れば、触っていると感じてますから。ですから、恐らくは脳神経の運動野が、何か誤作動しているんだと思います。現代医学ではそれを探る手段が無いので確証はありません。今まで見てきた中で、恐らくはそれだろうと言う考えだけです。ですが、私はこれが一番可能性が高いと見てます」
「足を動かすための命令が出来ないと言う事ですか?」
「ええ。足そのものは健康です。ただ、脳というものは、ある部分が誤作動すると、連鎖的に他の部分にも影響を及ぼす場合があるんです。どのような影響を与えるのか、予測が出来ません。ただ、今回の発作を見るに、恐らくは体の変調が、一つの傾向だと思います」
「……このまま悪化すると?」

 俺の言葉に、シャマルさんが息を呑む。石田医師は冷静に言葉を返した。

「解りません。このまま病状が進行するのか、止まるのか、それさえも。ただ、私達は止めるための努力をし、治す努力をします、としかお答えできません」
「……いえ、その言葉だけで十分です」

 石田医師は顔色の優れないまま、僅かに笑って見せた。彼女自身、状況が悪化しているのは解っているのだろう。そして、このままはやて嬢が命を落とす可能性が高い事も承知している。それでも諦めない彼女に、俺は心底感謝している。

「じゃあ、私は入院の手続きをしてきますので」
「お手数おかけします。あの、はやてちゃんの事、よろしくお願いします」
「はい」

 白衣を翻して立ち去る石田医師を見送って、俺達は時間一杯まで、はやて嬢の病室にいる事にした。