さて、翌日になり、朝も早くからヴォルケンリッターは出かけていった。くれぐれも見つからないようにと注意をして、俺ははやて嬢を病院のリハビリに送り届けた帰り道、何故かシャマルさんに左腕を抱きかかえられた。

「ちょ、え!? なんなんですか、一体!?」
「来て下さい! 飛ばしますよ!」
「うお!? 危な!? て言うか、俺の話聞いてますかあ!?」

 いきなりの登場と問答無用で飛翔する彼女に抱きかかえられて、超特急で八神家に着陸。怒涛の如くシャマルさんは、

「武器全部持ってきてください! 早く早く早く早く早く! ハリィハリィハリィハリィハリィ!」
「キャラ変わってますって! うあ!?」

 どすこいどすこい背中を押されて、部屋にまで押し込まれた。とりあえず、言う通りにしとかないとこの人落ち着きそうになかったんで、指示に従う。

「えーと、持って来ました」
「じゃ、行きます!」
「なんつーかもう、どうにでもなれって感じだな」

 またしても腕を取られて、よく解らん内に光に包まれた。
 光が晴れて、見えたのはやや広い部屋と様々な機械類にシグナムにヴィータとザフィーラ、そして初老の老人がいた。

「お前たち……」
「連れてきましたよー!」
「よし。本人を連れてきたぞ。これで文句あるまい」
「ま、見てからだな」

 突っかけのようなものの踵を鳴らしながら近づく御老人に、俺はどうしたものかと困っていると、鋭い視線で射抜かれた。

「……………………」
「ほーう? 真っ当な魔導師じゃねぇなぁ」

 ジロジロと顔やら腕やら足やら眺められている中、俺は現状の説明をヴォルケンリッターに求めた。問答無用で連れてきたシャマルさんをちょっと睨みながらだったが。

「こちらの人、フリーのデバイス製作者なんですけど、自分のデバイスなんだから本人が頼みに来るべきだって仰いまして……」
「そういえば、当然の礼儀でしたね」

 とは言え、俺に時空間を跳ぶ力などないので彼女達に頼むしかないのだが。

「それで、満足しましたかね御老人」
「け、俺はまだジジイじゃねぇよ。けんどまぁ、いいぜ、やってやる。久々に面白そうな奴が来やがった!」

 拳を手に打ちつけると言う古典的な気合の入れ方をする御老人。って、待て。気合の入れ方も同じなのか。おお、これは意外な共通点かも知れん。

「で、どんなのを造んだ? あ? 面白いもん作らせてくれんだろうなぁ?」
「これは喧嘩を売られてるのか?」

 シグナムの呟きにちょっとだけ同意する。なにやら彼を興奮させる要素が満載らしい。
 だが、シグナムの呟きが気に入らなかったらしく、御老人がヴォルケンリッターを追い出しにかかった。

「じゃかぁしいわ! テメエらにはもう用はねぇ。さっさと帰れ! 邪魔だ邪魔だあ!!」
「え、あ、きゃ!」

 ばたばたとヴォルケンリッターを追い出してしまう御老人。彼女達の正体を知らないとは言え、その強引さ、少し見習いたい気がする。

「よっし、静かになったな。で? お前ぇさんは一体どんなのが欲しいってんでい」
「……ふむ、そうだな」

 ヴォルケンリッターの戦いを見て、そして自分の戦い方、あと俺の頭の具合も考えると、

「高機動、近接打撃、遠隔操作か? あと飛べれば文句はないんだが」
「あぁ? なんだよ。そんだけか? もっと他に楽しい機能とか付けねーのか? 剣がビッグサイズになるとか、幻影使って分身攻撃とか、剣なのに銃弾発射するとかよ」
「奇策など欲しくはない。欲しいのは確実で堅牢な基盤だ。変に奇をてらっても何度も使えるもんじゃない」

 そんな俺の言葉に、御老人は俯いてしまった。う、期待に添えない要求をしてしまったか。なにやら制作意欲に燃えていたし、複雑なものを造りたかったのだろう。それを裏切るような仕様を求めてしまった事に落胆していると――、

「良くぞ言った!!」

 思ったのだが、全くの俺の見当違いな妄想だったと言う事が今証明されました。

「最近の奴等は多機能で高速処理だのなんだのデバイス依存症ばっかりの腑抜け野郎共で心底ムカついてたんだ!! シンプル・イズ・ベスト!! この言葉の前に小難しい事は全て蹴散らせる! おーし、お前が望むのはそれだけだな? 他にないか? 他にあったら殴るぞゴラァ!!」
「いや、満面の笑みで言うな。とりあえず、笑顔が生理的に受け付けないと言っておく」
「がっはっは! 頼もしい! 頼もしいぜえ!! 任せろ! お前に相応しいデバイスに仕立ててやるぜ!!」
「まあ、こっちも色々背負っているので妥協しない」
「それでいい。こう言うのは妥協なんてするもんじゃねえ。よっしゃ、早速取り掛かるぞ! まずは仕様を煮詰めるぜ!」

 とまあ、そんな感じに俺のデバイス製作は始まったのである。




















Dual World

From "Lyrical Nanoha A's" (C) 2005
Presented by 大岩咲美 [TRASH BOX type2]





















 時空管理局のデータベースと言えば、中央蓄積体を指す言葉だが、これとは別に真の意味でのデータベースなるものが存在する。
 無限書庫。古今東西――いや、時空間に方向に関する概念はないのだが、まあ様々な時空の調査書、ならびに歴史書、考察、学説、哲学、思想、宗教、生態学、宇宙形態などなど、出来うる限りの事象を集めに集めた情報蓄積所。それを書庫と指差すのは、媒体の表示形態を書籍としたからだ。幾万もの時空の事象レベルから個人の日記レベルまでを網羅した書籍は、時間単位で増えていく。素直に考えれば、そんなものを管理する手間と暇は抽出できない。無理、駄目、できないって。
 現在、人手不足に悩んでいる管理局が、対面災害に対し手数の少なさを嘆いている状況で、本局内の情報整理に時間を割いている余裕がないのは周知の通り。なので、無限書庫は加速度的に増えていく情報を無造作に蓄積していくデータベースと化し、探せば出てくると言われるが探す事が不可能と認識される不遇な存在として扱われていた。

「本来なら、チームを組んで年単位で調査する場所なんだけど……」

 そうぼやくのは、聴覚器官が頭に生えている女性、リーゼアリアだ。人の形を取っているが、彼女の正体はギル・グレアムの二匹の猫を元にした使い魔の一人だ。

「過去の歴史の調査は僕らの一族の本業ですから。検索魔法も用意してきましたし、大丈夫です」
「そっか。君はスクライアの子だっけね」

 ユーノの言葉に納得して見せたのはリーゼロッテ――前述のグレアムの二匹の使い魔の片割れだ。
 スクライア一族は管理局の一部では名が通っている。遺跡調査を生業とし、一族単位で発掘と調査を進め、管理局に情報提供をしている。遺跡調査の手は管理局でも欲しいので、こう言った民間協力者の存在はありがたいものだった。

「私もロッテも仕事があるし、ずっとって言う訳にはいかないけど、なるべく手伝うよ」
「可愛い愛弟子、クロ助の頼みだしね」

 実はこの二人、クロノの師匠筋に当たる。リーゼアリアは魔法面、リーゼロッテは格闘面を得意とし、それぞれ面白半分に教え込んだのだ。使い魔であるが、そのポテンシャルは高く、したがってそれを従えているグレアムが一級の魔導師であることは疑う余地はない。使い魔の実力はそのまま等しく主の魔力適性の高さを物語るのだ。
 だから、使い魔は自分の主が嘗められないように自らを鍛え、忠誠を尽くす。主を慕うからこその行動であり、役立てる事を望むのだ。
 書庫内の検索を開始する。リーゼロッテは検索魔法を苦手としているので、専ら資料運びをしており、リーゼアリアも独自に検索を使えるが、それよりも圧倒的な速度で資料を消化していくのはユーノだ。
 用意してきた検索魔法と言うのは、本当に特注品らしく、リーゼアリアでさえ三〜四冊が限度だが、ユーノは一度に二十冊ほどを一気に検索してしまえる。その技術にリーゼロッテは感心していた。

「へぇー、器用なもんだねぇ。それで中が解るんだー」
「ええ、その、まあ……」

 一族に伝わる術、所謂秘術なので、あまり詳しい事は言えない。結局生返事になってしまったが、リーゼロッテは気にしていないようだ。

「あの、リーゼロッテさん達は、前回の闇の所の事件を見てるんですよね?」
「うん、ほんの十一年前の事だからね」

 外見から見れば、リーゼロッテが子供の頃……とも形容できるが、使い魔は見た目と経過年数が合致しない事が多いのだ。例を挙げるなら、アルフだ。彼女は生まれてからまだ三年ほどしか生きていない。しかし、人間形態の年齢は十七歳前後。密かにフェイトがアルフの胸部に嫉妬を抱いてたりするが、乙女の秘密である。

「その、ホントなんですか? その時にクロノのお父さんが亡くなったって……」

 ユーノはここに案内された時、リーゼ達からクロノがこの事件に必要以上に気負っている理由を話された。それが、クロノの父親の事だ。

「ホントだよ。あたしとアリアは父様と一緒だったから、すぐ近くで見てた。封印したはずの闇の書を護送中のクライド君が……クロノのお父さんね。――クライド君が、護送艦と一緒に沈んでいくとこ」

〜・〜

「なんや、恭也さん、疲れてない?」
「そうですね、はやてちゃん」
「私、恭也さんの寝顔見たことなかったなぁ。いつ寝ていつ起きてんのか、知らんかったし」
「そう言えば……」

 あれから一週間と二日。不眠不休に近い作業が続いていた。
 御老人――親父さんとともにもう九日も向かい合っている。最初の仕様要求設計に二日を費やし、さて製作に入ろうかと言うところで、色々物が足りないと言う事が判明し、東奔西走して部品を掻き集めたのが二日。それでようやく製作に入ったは良いが、刀身の重心が二つになると言う前代未聞な難問にぶち当たり、あれこれ試行錯誤してどうにか重心を一つに纏め上げた。のはいいんだが、α版は使い勝手が激烈に悪かった。デバイスとしての反応も遅ければ、重心も変なところにあり、握りも違和感だらけ。とてもじゃないが刀として片手落ちだった。ここまでで七日経っている。
 そこからまた一から設計しなおし、基盤も特注、回路も特注のおよそ個人製作でやるコストを大幅に超えてβ版を試作して、どうにか一定のクオリティを獲得したのは良いんだが、ハードの能力を特注にしたが、OSその他ソフトフェアやらアプリケーションやらが重く、設計思想にそぐわないと親父さんが癇癪を起こした。それが一昨日だ。
 とりあえず半分以上理解できていないのは俺の頭が悪い所為じゃないと思いたい。
 俺がデバイス製作に精を出す傍ら、ヴォルケンリッターもはやて嬢に内緒で魔力蒐集を続けている。ただ、俺が外出する事が多くなってしまったため、ローテーションを決めて、一人ははやて嬢と共にいるように心がけているらしい。一昨日の深夜に帰ってきた時には、シグナムがシャマルさんに傷の治療を受けていたところから、相当無理をしているのだろう。詳しい話を聞けば、管理局とまた衝突したと言う。シグナムは口に出さなかったが、そろそろ追い詰められてきているとか。
 それに、また仮面の男が出てきたと言う。敵対行為はしなかったらしいが、正体が掴めない所から信用には値しない。目的が闇の書の完成だとは推察できるが……胡散臭いのは変わらない。出来るだけ、関わらないように、関わったとしても絶対に油断するなと注意したものの、それを擦り抜けてきそうな手練れなのは大凡把握している。いざとなれば、体を盾にしてでも彼女達は護る。

「高町さんの寝顔って結構可愛いですね」
「男の人って寝顔は少年に戻るゆうけど、ほんまやったんやな」
「その発言は男のプライドを著しく削るから止めてくれ」
「きゃ、あ、お、起きてたんですか!?」
「意地悪いなぁ、恭也さん。寝たふりやったんか?」
「傍で喋っていられれば起きるさ」
「ありゃ、そらごめんなさい」

 はやて嬢にいいさと手を振る。時計を見ると、二時間ほど眠っていたようだ。

「むぅ、写真に取っておくべきでした」
「その場合、全力で斬り刻むのでよろしく」
「う、あきらめます……」

 この人を調子付かせるとドジを発動するか腹黒な展開になるかの二択しかないので、さっさと手を潰しておかなければならない。

「でも、可愛かったんはほんまやで?」
「……嬉しくないと言っただろう、はやて嬢」
「せやかて、ほんまなのはほんまやし」

 その笑顔が不吉にしか見えないのは俺の錯覚なのだろうか。この家の最高権力者だけあって、侮れない迫力を感じる。

「でも、寝顔を見せるゆーことは私達も家族って思われてるってことやね?」
「……っ。それは反則だぞ、はやて嬢」
「にひ」

 全く、この子は。込み上げてくる嬉しさを男の面子に賭けて我慢しようとしたが、無理だった。

「これで二回目やな」
「ん?」
「恭也さんが笑ったの。初めて会った時と、今。まあ、私が見ただけしか数えてないんけど」

 いや、参った。降参だ。俺は全面的にはやて嬢に降伏する。

「できるだけ、笑えるように努力しよう」
「ほうか? 無理して笑ったりしたらあかんよ?」
「むぅ、無理せず笑えるように努力しよう」
「そういうんは努力する事とはちゃうで?」
「……シャマルさん、助けてください」
「あはーははは……」

 愛想笑いを浮かべるシャマルさんに俺は成す術なくはやて嬢に追い詰められるのであった。

「いや、まあ、彼女に怒られるのは吝かではないのだが……」
「その発言は危険だぞ高町」

 犬形態のザフィーラの突っ込みがちょっと突き刺さったりした。

「――さて、行ってくる。遅くなりそうだったら連絡する」
「りょーかい。でも、なるべく帰って来てや」
「全力でそうする」

 某みかん疑惑のある人物ばりの迫力で言って、俺は八神家を出発した。

〜・〜

 デバイスを製作する傍ら、実は魔法の訓練なるものをやっていたりする。講師はシャマルさんとヴィータ嬢だ。
 俺が今後使うであろう種類の魔法はなんだろうかとヴォルケンリッターに相談したところ、それならばと先生に据えられたのが二人だ。
 飛行、その他自分にかける強化系の魔法全般をシャマルさんから。
 防壁、遠隔攻撃、近接攻撃の実践講師がヴィータ嬢だ。
 基本的に、シャマルさんから魔法の基礎知識を教わり、それをヴィータ嬢とガチンコの試合の中で使い方を覚えると言うものだ。うむ、習うより慣れろだな。実に俺好みの訓練法である。
 その中で、真っ先に教えられたのが時空間転移だ。そりゃあもう死に物狂いで覚えさせられた。何せデバイス製作の為にあっち側に向かわなければならないのだ。しかも、ヴォルケンリッターは出入り禁止を喰らっている。必然的に俺一人でやらなければならないので、それはもう必死に覚えさせられた。
 ちなみに、最低ランクである俺が自力で空間転移など出来るわけがないので、魔法補助具と言うものを渡された。目的地の設定と必要魔力を注ぐと運んでくれる。俺の場合、かなり頑張って魔力を注がなければならないので、一回移動するとしばらく身体を休めなければならないのがネックでもある。まあ、戦闘行動に使う事はないと思うので、別に良いんだが。
 ちなみに、これ、相当高級品にして貴重品らしい。壊すなとの厳命を受けている。壊した場合の事を考えるだけで慎重にさせられる。俺にとって、こいつは相当丁寧に扱わなければならない物品となった。

「――おう、来たか。アプリケーションのブラッシュアップは済んだ。後は中にぶっ込むだけだ」
「もうですか? もう少しかかるかと思ってましたが……」
「はっ、お前さんは欲がねえからプログラムを削ぎ落とすのは楽だったぜ。あんまり楽すぎて、全部一緒くたにしちまった」
「は? どう言う意味ですか?」

 親父さんの説明は文句八割解説二割の非常に不親切なものだった。頑張って要約すると、俺が主に使う予定である身体強化を第一タスクとして、突発的に使うであろう防壁をサブルーチンで関連付け、遠隔操作となる飛針と鋼糸を順次タスク分けするんだと言う。それを一つに纏めたのはそれだけ容量と処理を食わないと言う一点のみ。本来なら別のアプリケーションで起動するのが普通なのだそうだ。だから、俺の仕様はかなり異端らしい。
 説明部分の殆どを理解できていないのは当然だった。

「使う分に問題なければ構いませんが……」
「それでいい。お前さんに技術的な話を理解しろなんて言わん。こりゃ俺の自慢話だ」
「あー、そうですか……」
「飛翔に関してだが、通常の飛翔プログラムは破棄した。お前には要らねぇだろ」
「いや、飛べないと話にならないんですが」

 二次元と三次元ではまさしく次元違いだ。飛べなければまともに戦えん。

「そうじゃねえ。普通の魔導師って奴は、飛翔プログラムで常時自分を浮かせ続けるが、お前さんの話と実際見た動きから考えるとそんなモン邪魔なだけだ。お前さんには足場さえありゃ良い」
「…………」

 単純に言おう。
 凄い。
 この人は、俺が基盤にしている動きを完全に把握している。
 そう。俺には魔導師としての経験がない。厳密には戦闘行動に『空を飛ぶ』と言う概念がない。当たり前の話だ。普通の人間である俺が鳥のように空を飛ぶことなどなかった。当然、移動は己の足だけだ。御神流の特性から見ても、瞬発性がものを言う。シグナム達を見ていた限り、飛翔と言う魔法は加速していけば高速域に入る。だが、俺が求めているのは初速で最高域に達する事だ。飛翔魔法では俺の特性を生かしきれない。
 付け加えるなら、俺の魔力量から見て、飛び続けるだけで魔力が空になる。少ない魔力を節約するにも、一時的な足場を作る方がコストパフォーマンスに優れるとの事。何より、飛翔より走った方が移動速度が速いのだ。
 それをこの人は完全に見抜いていた。その眼力に敬服する。

「よく、解りましたね」
「ま、偏屈家は偏屈家を知るってな。ゴリ押しの正攻法も、スピード重視の撹乱もお前さんには合わねえだろ。相手に合わせることなく、自分の道理だけ押し付けて退かして行くのがお前さんの戦いだ」

 恐らく、この人は俺の戦い方を理解している。だからこそ今の言葉が出てくる。
 俺の戦い方は、言ってしまえば暗殺術だ。敵に気付かれず、気付かれても手出しできぬまま殺しきる殺人技。

「相対しない――それがお前さんの戦い方なんだろ?」
「脱帽です。帽子をしてこなかった事がこれほど悔しいと思った事はない」
「かっ、よせやい。褒められても出るものはねえぜ」

 親父さんは柄にもなく照れているようだった。正直胸を張って自慢しまくるかと思ったんだが。

「で、お前さんのその特異な特性に合わせてプログラムと機体を合わせた。あとはお前さんがどこまで使い込めるか、だ」
「愚問ですね。使い切るに決まっています。あなたへの恩返しですから」
「ふん。せいぜいぶっ壊さねえようにな」
「気をつけます」

 お互い笑いあって、最後の作業となったアプリケーションのインストール作業に取り掛かった。

〜・〜

「ふぅ。あまり慣れないな」

 転移と言うものは、なんとなく落ち着かない。一瞬で場所を移動する気持ち悪さと、環境が瞬時に切り替わってしまって体の調子が狂うからだ。
 まあ、頻繁に移動したおかげでこれでも随分と慣れたんだけどな。

「ただいま」
「お、今日ははえーじゃん。なんかあったのか?」

 出迎えたのはヴィータ嬢だった。珍しい事もあるもんだ。

「ああ。完成した」
「マジか!? み」
「せるのは後だ。はやて嬢には内緒であるからな」

 これが見つかってしまうと、何故デバイスを作らなければならなくなったのかの経緯を話さなければならず、真実を話せないことではやて嬢と溝を造ってしまうだろう。出来るだけ溝は狭く浅い方が良い。

「ちぇ、ちょっと楽しみだったのにー」

 残念そうに言うが、俺には何も言えなかったので誤魔化しの意味で頭を軽く撫でた。

「あー、黒助、女たらしとか言われた事ないか?」
「朴念仁とは言われたな。実に失礼な話だ」
「ボクネンジンの意味はよく解んねーけど、多分当たってると思うぜ」

 お前も失礼な連中だったのか。

「他の連中は?」
「今日は一日一緒にいるって決めてたからな。リビングにいるぞ」
「じゃあ、俺は荷物を置いてこよう」

 自室に抱えていた荷物を置く。しばし考えて、クローゼットに入れた。まあ、ないとは思うがはやて嬢に見られると面倒だと思ったからだ。いや、それよりも自分の武装を隠したがるのが癖になってる気がする。
 あと、親父さんに代金を払わないとな。十日近く顔を合わせてきて、あの人がこの手の礼を遠慮する気質だと言うのは、二十年近くの人生経験で予想は付く。まあ、今はごたごたしてるので落ち着いたら謝礼を渡しに行こう。
 リビングへ行くとシグナムとシャマルさんがオセロをしていた。白がシグナム、黒がシャマルさん。盤面の六割は黒い。シグナムがやや劣勢か。

「むぅ、厳しいな」
「これでも参謀ですからね。戦略性で負けたら立場ないし」

 白熱しているようなので声をかけるのは躊躇われた。一回り部屋を見渡してはやて嬢がいない事に気付く。ここにいないと言う事は台所だろう。

「ただいま、はやて嬢」
「お、今日はえらい早いなー。どうないしたん?」
「うむ。今までかかっていた用事がようやく終わってな。いやはや疲れた」
「お疲れ様。でも、何してたん?」
「先日街に買出しに行ったときに御老人を助けてな。何故か気に入られてしまい、家の手伝いをさせられたんだ。人手不足だとか何とか」
「へー、どんなことしたんや?」
「家の掃除が主だったな。庭の草刈から始まって、窓拭き、壁拭き、照明の整備、調度品の修復、カーペットの取替え、畳替えし……」
「あーあー、もうええって。恭也さんかなり怖い顔しとるで」
「む、コホン。すまん、少し取り乱した」

 まあ、言葉自体は嘘八百なのだが、デバイス製作の現場を思い出してしまい憔悴してしまった。

「とは言え、学生時代掃除など真面目に取り組んだ事のない俺に対して『徹底的に掃除をしろ』と言うのは無茶な要求だ」
「なんや恭也さん不良学生さんやったんね」
「授業の大半は寝て過ごした」
「それでよう大学生なれましたなー」
「ふ、ふふふ。サボりまくったツケが怒涛の如く押し寄せたな。半年間死ぬほど勉強した記憶しか残っていない。なんだろう、いつ寝ていたんだろうな、俺は」
「……この人、なんでこうも両極端なエピソードしかないんやろか」

 面白がって周りの人間が勉強させまくってたのが悪いと責任転嫁する。まあ、大学に進学する気がなかった故に、あれだけ詰めまくって勉強する羽目になったんだが。

「そや。恭也さん、何か飲む?」
「アイス宇治茶大盛りで」
「残念、宇治茶は完備しとらへんわ」
「なに!? 馬鹿な! 俺の好みは知っているはずだろう!?」
「せやね。だから緑茶や」
「む、ありがとう」

 冷静にネタを返されてしまった。ちょっと恥ずかしい。

「ふぅ、温まる。やはり冬は熱い茶が美味いな」
「それシグナムも言うてたね」
「くっ、ネタが被ったか!!」
「恭也さん、今日はテンション高いなー」
「色々開放されたからな」

 それにもう一本小太刀が手に入ったと言う喜びもある。これでようやく御神の剣士としての体面を保てるし、修行も元通りにやれる。早く夜か、朝にならないかなーと小学生が遠足前日に持つと言われているワクワク感に包まれてる俺。いやもう、なんと言うか、早く振り回したくて仕方がないのを滅茶苦茶我慢してるわけだ。

「はやてー! お菓子まだかよー!」
「あ、ヴィータ待たしとったんや。すんませんけど、恭也さん」
「心得た」

 クッキー缶と大皿に湯呑みを手に持つ。はやて嬢は紅茶の入ったポットと全員のカップが乗ったお盆を膝に乗せた。ふむ、車椅子も、たまには役に立つか。

「お待ちどうさま」
「腹減ったー」
「ヴィータ嬢、がっつくな」

 缶を開ける前からかじりつくな馬鹿者。

「だってさー」
「ちょっと待て。今出す」

 ひょいひょいとクッキーを大皿に並べていく。ヴィータ嬢が駄々を捏ねないようにやや早めだ。

「よし、いいぞ」
「うっしゃー! いただきまーす!」

 種類の違うクッキーを一口に食いやがった。それじゃあ味もなにも解んだろうが。やれやれ、味より量と言う事か。

「……ちょっと思ったんですけど」
「はい?」

 シグナムが長考に入ったらしく、手持ち無沙汰のシャマルさんがなにやら訊ねて来た。

「クッキー並べるの、なんか手際よくなかったですか? なんだか見栄えも良いし」

 ああ、そんなことか。

「実家が洋菓子屋だった所為ですね。店の手伝いで色々覚えていくうちに癖になってしまいまして」
「ああ、前にそんなこと言ってましたねー」

 納得したらしい。そこにシグナムが一手指したのを見て空かさず手を指し込む。またシグナムが長考に入った。

「……あれ? じゃあ、この辺にその洋菓子屋さんってあるって事やよね?」
「そういえばそうですね」
「ああ。翠屋だ。名前も確認したから間違いない」

 ピシッとなにやら雰囲気に皹が入った。はやて嬢はそれに気付いていないらしくノホホンと紅茶を啜っている。

「あのー、つかぬ事を訊ねてもよろしーでしょーか?」
「なんです?」
「えーと、恭也さんの家族ってどんな人達がいるのかなーって。前にちょっとだけ聞いた事ありますけど」
「あ、私も聞きたいなー」

 突然脈絡のない質問が飛んできた。しかもはやて嬢がそれに乗っかったと言う事は俺に拒否権などないと言う事と同義だ。まあ、隠す事ではないので別段良いのだが。

「母が一人、姉的存在が一人、妹的居候が二人、弟子兼妹と妹が一人ずつですが……」
「えと、お名前、伺っても良いですか?」
「母は高町桃子、姉的存在がフィアッセ・クリステラ。居候二人が城嶋晶と鳳蓮飛。弟子が美由希、妹がなのはですが……」
「たたたたたた高町なんとむごっ!?」
「おほほほほほ。いやーねー、いきなり叫ぶなんてご近所迷惑ヨ?」
「?」

 なにやら語尾がおかしな事になっているシャマルさん。何か問題でもあったのだろうか。

「え、えーと、結構複雑な家族構成やなぁ」
「そうだな。まともに血が繋がってるのは妹しかいなくてな。でもまあ、血の繋がりとか関係なく、俺達は家族だ。それはここにいるみんなも変わらないだろう?」
「あったりめーだ!」
「そうね。その通りです」
「くすぐったいけど、そうやね」

 犬形態のザフィーラも頷いている。この家も俺の家と同じく温かいものだな。

「――ん? なんだ、何をそんなに嬉しそうにしてるんだ?」
「く、くくくく」
「ぷ、くっくくっく」
「ふ、ふふふふふ」
「あはははは」

 長く悩んだ末に一手指したシグナムがようやく場の雰囲気に気付いたらしい。それを見て、俺達は何故か壷にはまった。
 よく解らない衝動に突き動かされて笑い転げる俺達を困惑した顔で見たシグナムがぼそりと言った。

「なんなんだ、一体」

 それもまた爆笑するネタだったわけである。

〜・〜

 さて、例によって例の如く、はやて嬢が寝静まったのを確認して、俺達はリビングに集合。テーブルには木箱がでんと乗っかっている。

「……大きいな」

 疑問を浮かべるシグナムに、俺は不敵な笑みを浮かべる。

「じゃあ、先ずはお披露目と行こう」

 蓋を開け、中身を見せる。
 そこには一振りの刀が横たわっている。柄拵えや鞘やら妙にメカニカルではあるが、日本刀としてのフォルムを残した武器が眠っていた。

「おお、ちゃんと出来てる」
「できてなかったら持ってこないだろうが」

 ヴィータのボケに突っ込みを入れてしまう俺。しかし、突っ込みにまったく迫力が篭っていないのは俺が浮かれているからだろう。

「抜いて見せてくれないか?」
「ああ」

 がちゃりと、鞘鳴りが静まり返ったリビングに響いた。持った感触は通常の刀よりもやや重い。デバイスが組み込まれているからだ。
 引き抜く。
 現れた刀身は馴染み深い日本刀そのものの姿だ。そして、デバイスの核の部分は鍔元と一体化したストレージデバイス。各部品を一点集中させた結果、円形の筒で刀を挟み込んだような構造になった。
 刃を相手に向けた右側にカートリッジの供給口がある。装填数は一発だけ。排莢口は鍔の刃側にある。撃鉄は円柱内部にあり、撃発時は回路全体が回転して打ちつける形に落ち着いた。俺の戦闘特性から回路の大型化を嫌ったため、そう言う仕様にした。
 また、カートリッジの供給口の対面にプログラムディスプレイがはめ込まれている。指示は音声入力だが、デバイス側がきちんと動作したかはディスプレイと音声で確認するんだそうな。
 デバイス装置の外見は以上だ。最終的に、見た目は小太刀にデバイス装置を嵌めただけの外見が出来上がったわけだ。

「ふむ。シンプルな外見だな。レヴァンティンに似ている」
「ああ。少し参考にさせてもらった。俺は魔導師よりも剣士だからな。必要最低限以外は全て取っ払った」
「見た目的に迫力ねーなぁ」
「お前のグラーフアイゼンの凶悪さには負ける」
「褒めてねえだろ!」
「何を言ってる。褒めちぎってるではないか!!」

 あの無骨一直線の兵装は男として一度は憧れるんだぞ!? ハンマーにドリルなんて、夢の共演ではないか!!
 俺の羨ましい視線を理解しきれないらしく、ヴィータ嬢は食って掛かるが、シャマルさんがそれを諌めた。

「まあまあ。それで、どう言う機能があるんですか?」
「基本的に身体強化を主軸に、飛針と鋼糸の生成と操作。あと突発的に張る防壁はサブルーチンに組み込んだらしいです。カートリッジシステムは使用者の魔力量の付加、ならびに一時的な魔法出力の増大。供給量は随時デバイスがモニタリングしてくれるそうだ。あと小型化とかそう云った機能もない。基本的に武器は帯びておくのが俺の感覚だからな。あとはバリアジャケット……だったか? あれも作らない。作るだけで魔力が消費されるらしいんで省略した」

 自分で言っといて何だが、サブルーチンとはどんな意味があるんだろうか。ただ、ヴォルケンリッターには理解できたらしい。まあいい。使えれば問題はない。

「すげー省略したんだな。マジで必要機能ギリギリじゃん」
「それくらいしなければ戦えないんだ。足りない分は頑張って補うしかない」
「頑張って補えるのがすげーよ」

 どこまで出来るか解らないがな。やるだけの事をやりつくすしかない。
 そこに、疑問符を浮かべたシャマルさんが、重要な事を訊ねてきた。

「……あれ? 肝心の飛翔プログラムはどうしたんですか?」
「破棄しました」
「はあ!?」
「なんだと!?」
「意味ねーじゃん!」

 俺も驚いたのでその気持ちはよく解る。

「どう言う事だ!?」
「落ち着け、シグナム。説明するから」

 自分達の苦労が報われなかった事に憤慨しているのを宥めて、俺は説明に入った。

「つまりは、だ。俺の戦い方にそぐわないから破棄した。基本的に、俺は飛べずとも足場さえあれば戦える。その足場を意図的に作り出すフィールド発生プログラムを代わりに入れたんだ」
「は、え?」
「どーいう意味だよ?」
「俺には『飛ぶ』という行動概念が頭に入っていかない。だが、『跳ぶ』ことは日常茶飯事だ。そこでいつでもどこにでも俺の任意の場所にフィールドを張れる事によって飛翔とほぼ同じような効果を生み出すことが出来る」

 口でそう言うが、これもまたある程度の訓練が必要だろうな。まあそれがまた楽しみで仕方ないのだが。

「俺自身、身の程は弁えている。お前達のように戦えない事はな。だから、俺は俺の戦い方を極限まで突き詰めなければならないんだ。不器用この上ない頑固男が戦っていくにはな」
「なんとも融通の利かない奴だな、お前は」
「よく言われる」

 ザフィーラと共に笑う俺。

「ともかく、これで俺も魔導師だ。これからのご指導ご鞭撻よろしくお願いする、先輩方」
「厄介な後輩を抱えたものだな」
「ならばさっさと――」
「――記憶は消さないからな。もうこのネタは使うなと言っているだろう」
「俺の性分だと言ったぞ」

 やや性質の悪い冗談を交わした後、不意にシャマルさんが言い出した。

「あ、そうだ。このデバイスの名前、なんて言うんですか?」
「え?」
「名前ですよ名前。どう呼ぶんですか? この子」
「……そう言えば、考えてなかった」
「なんだよ。自分の相棒にするんだろ? 何で考えてねーんだよ」

 本当に全くその通りだ。

「うーむ。名前、か。八景マークUと言うのは?」
「なしだ」
「なしです」
「なしだな」
「つか、ダサい」
「ダサい……むぅ」

 俺にそんなセンスはないんだが。

「みんなで考えてくれないか? 俺には何も思いつきそうにない」
「こう言うのはお前自身が考えた名前でなければ意味がない。私達が考えるのはお門違いだ」
「その割りにはさっき駄目出ししたじゃないか」
「センスのないものを付けられるこいつの身になれ」
「……ぬぅ」

 名前。名前か。まさか士郎とか志貴とか祐一やらケンシロウやら悟空なんてつける訳にもいかない訳で。
 美沙斗さんに聞いた事がある御神の刀の名前をつける訳にもいかないだろう。適当な名前となると、俺は頭を抱えるしかない。
 デバイス製作の協力者達の頭文字を取って付けてみるのはどうか? シシャヴィザお? おヴィシャザシ? ザ・ヴィおシャシ? おいおい、こんな舌噛みそうな名前はないだろ。
 もっと単純に考えないと。えーとだな。俺の相棒、俺の新しい力、俺の一刀……。
 あ。そうか。そうだよ。

「……そうだな。こいつはデバイスとは言え、俺は刀のつもりで造ったんだ。なら、こいつの銘は『不破』にしよう」
「フワ……とはどう言う意味だ?」
「それにメイってなんなんです?」

 侍的な精神世界の話だからヴォルケンリッターはついて来れてない様子。

「不破と言うのは、俺の実家の苗字だ。『破られず』の意味を持つ」
「ほう。大層な名前だな」
「実際大層な集団だったんだがな。でまあ、刀と言うのはそれを打った人間の名前を基本的に刻むんです。それを銘と言いましてね。それで不破と俺は銘を打つ事にしました。かなり略式ですけど」
「へえ、珍しい名付け方ですね」

 かもしれないな。まあ、かくしてこれは不破と呼ぶ事にした。少し妙な感覚だが。

「じゃあ、明日から魔法の訓練を本格的にしていきましょう。デバイスの使い方も早く慣れないといけませんしね」
「では、これで解散としよう」
「ふぁーあ。ねみー」

 と言うわけで、各自休む事になった。特に、俺は久しぶりに安眠できたのだった。