「話にならん……。今からでも遅くない、俺の記憶を消せ」
「しないと言っているだろう」
「そうですっ。しません!」
「まあ、今更って気がするし」
「主の事も考えているのか?」
最後のザフィーラの言葉に俺は何も言えなくなってしまう。はやて嬢ともなんだかんだと仲良くなってしまった。未だに幻影がちらつくが、それとは別に彼女は好ましい人間である事に間違いはない。付け加えて、彼女に気に入られている現状、突然姿を消すのは心苦しい。
「……だが、これで完全に俺の存在がばれたぞ。一度だけの切り札もすでに切ってしまっている。こうなれば俺はお荷物の穀潰しでしかない」
「あー、確かにその通りだな」
「ヴィータちゃん! 言って良いことと悪い事があるのよ? 恭也さんが役立たずの能無し野郎だなんて言っちゃいけません!」
「シャマルの方が酷ぇこといってるじゃねーか!」
「えぇ!?」
「気付いてないのかよ!?」
はは、あなたの印象これで完全に変わりましたよ? シャマルさん。
「止めないか。高町が死んだ魚の目をしているんだぞ!」
「シグナム、その表現も酷いと俺は思う」
「……どうでも良いが、これは集団でリンチをかけられていると取って良いのか?」
「断じてない」
力強いザフィーラの否定にちょっとだけ感動。お前だけだよ。俺と苦労を分かち合えるのは。
「でもよー。実際問題どーすんだよ? 黒助、このままじゃタダ飯食いのプー太郎だぜ?」
「ヴィータ嬢」
「あぁ? なんか文句あっか?」
「もっと罵れ。さっさと記憶を消す事を俺は推奨しているんだ。扱き落としてこのお人好し連中共を説得しろ」
「……時々アタシはお前ぇがなに考えてるんか解んねーときがあるぞ」
お前の毒舌が頼りなんだ。それくらい解れ。
そして、散々っぱら喚いた後、一同一服のお茶で喉を潤して、ちゃんとした話し合いの場を設ける事になった。
「――現在の主な問題は、だ。高町を管理局に察知された事、そして高町の抵抗力の向上だ。この状況を打破する案がある者はいるか?」
「管理局に知られてしまった事を今更消す事などできん。よって、俺の戦闘能力の向上を主眼に置く必要がある。言っておくが、全てを解決するのは俺の記憶を消す事だからな」
「しつこい。それはしない。最終手段でもないからな」
「……了解した。では、具体案、抽象案、構わず出していこう」
とは言え、畑違いな俺には何も思いついていない。俺を強くするとは言え、修練やら修行やらを積みまくれば良いわけじゃない。そもそも、そう言うもので突破できる問題ではない。もっと、根本的な要素が必要だ。
「黒助に補助魔法かければどうにかなんねーか?」
「それ、誰がサポートし続けるの?」
「そんなのシャマルがやればいいんじゃねーの?」
「うーん、私じゃ恭也さんの動きについていけないし。そもそも、戦うとなったら自分で判断して動けた方が良いでしょ? いちいち、私に飛ぶように指示したりとか、防壁張ってもらってたらやられちゃうと思う」
「同感だな。だが、予めかけておけば良いのではないか?」
「それにしても、かけ続けなきゃいけないし。そうなると私が近くにいないといけなくなるから」
なるほど。守りながら戦うのは土台無理な話だ。ただでさえ不利な上に不利な要素を重ねるのは愚行と言える。
「そうだ。恭也さんに魔力があるかどうか調べてみたら良いんじゃない? もしかしたら魔導師としての才能があるかも」
「そうだな。それを先ずすべきだった」
ポンと四者手を打つ。それからいそいそと四人とも何やら準備し始めた。
シャマルさんが部屋の床に魔法陣らしきものを描き、ヴィータ嬢とザフィーラがごそごそと何かを取り出し、シグナムはレヴァンティンを抜いた。
「物々しいな」
「すぐ終わる。なに、危険はないはずだ」
『はず』と言う発言の不安さが俺に悪い想像を想起させるんだが。
「準備できたぞー」
「防音結界は張ったわよ」
俺の不安を他所に、各々準備が出来たらしく、みんな俺を見た。
「先ずはこれを持て」
「……解った」
ザフィーラに渡されたのは杖、のようなものだ。御老人方が持つようなものではなく、機械化された杖のようで杖ではない、武器とも取れるものだった。強いて言うなら、クロノが持っていた杖に近い雰囲気を持っている
杖の片方は液晶板があり、その対面には排気口が並んでいる。微妙に取っ手から振動を感じるに中のファンが回っているのだと思うが、まあ俺が持ち合わせている知識が通用するような構造ではない事は確かなので適当な予想しか立てられない。
「どう持てば良い?」
「ディスプレイを上に向けろ。握る場所は端のスキャン端子だ。両手で握れ。そこを握っていればお前の魔力の質と量を大まかに測定できる」
「便利なものだな」
「拾いものだがな。時空間を渡り歩いて蒐集していると遺跡に出くわす事が多いのだ。その時に使えそうなものを集めている。それはその中の一つだ」
「なんだ。窃盗犯でもあったのか」
俺の感想に、シグナムは厳しい目つきで答えた。
「悪行は一つ行えば、また一つ重なろうともその業は変わらない。私達に道があるとしても、それは褒められない悪の道だ。今更窃盗如きで何を躊躇うか」
「……ふむ」
「――と言うかだな、いい加減我々を試すのは止めろ。お前に試されずとも我らの信念は揺らがぬし、お前に対しても我々の意見は曲げん」
「く、これは性分だな。じゃれ合いと取ってもらえると助かる」
「趣味の悪い話だ」
全くだ。
さて、そろそろ魔力測定とやらをやってみよう。俺はザフィーラの言葉通り、スキャン端子と言う場所を握った。
ざわり、と背筋を何かが走った気がした。悪寒じゃない。そこまで不吉なものじゃなかった。これは、リスティさんに心を読まれたときに似てる。ただ、なんと言うか、体の中身を見られたような感触だ。あれは精神的なものだったが、こっちは肉体的な感覚と言おうか。多分、これが魔力を測定するときの感覚なのだろう。
杖のディスプレイが光る。恐らくは文字か数字だと思うが、生憎と俺には読めない。四人に見えるように杖を持ち変える。食い入るように見たヴォルケンリッターだが、次の瞬間には微妙に残念な顔をした。それだけで大体解った。
「じゃあ、次の案を考えよう」
「って、待て。相変わらず切り替えと決断が早いぞ」
「とは言ってもな。お前たちの顔を見れば大方の予想はついたぞ」
「まあ、確かに高町の予想通り、お前の魔力値は低かった。質、量ともに最低クラスを示している」
なんだ、予想は外れていないじゃないか。
「なら、別の案を……」
「少し落ち着いてください」
と言いかけたのを遮ったのはシャマルさんだった。
「魔法の才能が最低値でした。確かに残念と言えば残念なんですけど、翻せば恭也さんも魔法をある程度は使えると言う事です」
「……理屈で言えば、そうですね」
こじ付けだと思うが。
ああ、そう言えば、今思い出したが、前に那美さんに俺の霊力を視てもらったことがあったが、愛想笑いされた。つまり、実用に耐えるだけの霊力はないとその時はそう思った。
今までシグナム達が魔法を使っているところを見ていて思ったが、霊力と魔力は根本的な部分が似通っている。恐らく同一の力ではないかというのが俺の見解だ。人間に早々多種の力が眠っているとは思えない。そこまで出来の良い生き物じゃない事は散々体を鍛えてきた感覚からの考えだ。
であれば、俺の魔力が最低値であり、実用に耐えるだけの質がない事は測る前から解っていた事柄だ。そうなると、俺には魔法を使える才能も最低値という事になる。
「魔法を習うにしても、無理なんじゃないか? 恐らく、俺にはそっち方面の才能は欠片もない」
「いや、欠片は、ある。魔力が最低値であるがランクとして示しているからな。普通の人間ならば測ったとしてもランクまで届かないものなのだ」
「……敵はAランクの集団だぞ」
「やりようによる。お前なら、その程度の才能の差、ひっくり返せるだろう?」
挑戦的な笑みを浮かべてシグナムは言ってきた。く、そんな挑発を受けては引き下がる事は出来ない。俺が面白いと感じてしまったから。
「一先ず、測定を終わろうか。シャマル、結界は消して良い」
「はい」
「あっと、これは返せば良いのか?」
「持っていても良いが、人間の魔力を測るだけだぞ? 使い道があるのか?」
「ない」
「……はぁ」
なんだか、呆れられたらしい。そんなに肩を落とす事か? ザフィーラ、ヴィータ嬢。
「そういえば、シグナムが構えていたのは、どうしてだ?」
「万が一魔力が暴発したときの対処だ。莫大な魔力が眠っていて、測定で暴発しないとも限らないのでな」
「それは盾か? それとも気絶用か?」
シャマルさん達を守るためなのか、それとも俺を殴り倒すためのものなのか。そう問うたが、シグナムは曖昧な笑みを浮かべただけだった。いや、どっちだよ。高確率で後者な気がするのは長年の勘だ。
「高町に魔導師として最低限の才能がある事は解った。後はその才能をどう補強するかだ」
「魔法を習うしかないんじゃない?」
「それは当然だ。が、魔力量から言って、多用できるものじゃない」
「そうだ! カートリッジの魔力使えば良いんじゃね? あれなら魔力を補給できるぞっ?」
「ヴィータ……高町にはデバイスがないのだぞ?」
「あ」
その話に少し疑問が出た。
「デバイスなしにカートリッジを使う事は出来ないのか?」
「できる。しかし、カートリッジに封じた魔力は高密度で圧縮してあり、その量は膨大だ。デバイスなしにカートリッジ内部の魔力を制御するのはSランク魔導師でも難しい所業だ」
「そうか……」
取り扱いは相当難しいと言う事か。
「――じゃあ、デバイスがあれば良いんじゃねーの?」
「は?」
「え?」
「む?」
「ん?」
ヴィータ嬢が言った言葉に、全員首を傾げた。
意味がよく解らないんだが。
「だから、こいつにデバイス持たせれば、あとは何とかなるんじゃねーかと……」
全員の「こいつ何言っちゃってるの?」的な視線に声が尻すぼみになっていくヴィータ嬢。
が、シャマルさんとザフィーラがおもむろに立ち上がった。
「そうよ! なんでそれに気付かなかったのかしら!」
「そうだ! デバイスさえあれば高町は戦える!!」
なにっ!?
その言葉、聞き捨てならん!!
「本当か!?」
「ああ! 魔導師としての適性があるのなら、あとは訓練次第だ。デバイスを使いこなせれば問題はなくなる」
「訓練自体はちょっと厳しいものですが、ものに出来れば何も心配ありません!」
「よし解った。その訓練、見事乗り越えて見せよう!!」
「落ち着け三人とも」
燃え上がる三人に冷や水をぶっ掛けたのはシグナムだった。
「……シグナム。常々思っていたが、お前は空気を読まない奴だな」
「そうよねぇ。実直すぎて面白味がなかったりするのよねぇ」
「時には羽目を外す事も大事だ」
「黙らんか、己等」
今にも抜剣しそうな気迫を見せたので、渋々ソファーにかけ直す俺達。
「で、俺達の喜びを踏みにじるとはどう言う了見だ」
「ぬか喜びだと言う事にそろそろ気付け。何故、それに気付かないのか私には全く解らん」
「あー、コイツ時々訳解んなくなるからなー。仕方ねーんじゃねーの?」
「物凄く馬鹿にされてる事はよく解った」
さっさと訳を話せ。
「……はぁ。確かに高町にデバイスがあれば魔力不足の点は解消できるかもしれない。だが、そもそも高町が使えるデバイスなどない」
「……やはり俺に才能がないからか」
「違ーよ。そのネガティブ思考も止めろっての。ウザいから」
「ウザいのか……」
「あ゛ー、もー!!」
解った。止める。止めるから、グラーフアイゼンを振り回すのは止めろ。
「物理的な意味でだ。肝心のものが手元にない。元々我々には必要なかったからな。昔も見つけたときは全て破壊していた」
敵の手に落ちるのを防ぐためか。まあ、過去の事でとやかく言うつもりはない。
「じゃあ、どこからか見つけてくる事は出来ないのか?」
「……難しい話だな」
唸りながら考え出すヴォルケンリッター。どうでも良いが、ザフィーラが唸るとまんま犬だな。
「探すしかないな。何処かの研究所跡、あるいは戦場のどこかに落ちているかも知れん」
「んじゃ、ちょっくら行って来るか」
「そうね。善は急げだしね。あ、ついでにお買い物もしてきますね」
「我らのいない間、出歩かぬようにな」
「俺は子供か」
「前回が前回だけにな。釘はさしておくべきだろう?」
「ふん」
まあいい。大人しくしていよう。
そんなわけで、四人とも時空間とやらに行ってしまった。
〜・〜
二度目の戦闘から後日、高町なのははとあるマンションにいた。
新興住宅地に乱立して立てられた内の一つ――とは言え、高給取りな家庭が居を構えるであろう高級感漂うデザインのマンションに、彼女は呼び出されたのだ。呼び出し人はクロノ・ハラオウン。用件は先の一件の新しい情報だった。彼女としても、ヴィータと名乗った少女の事が気になっていたので、この一連の騒動を早く解決したいと思っているのだった。
「問題は彼等の目的よね」
なのはがハラオウン宅を訪ねると、そこにはハラオウン親子は元より、エイミィ・リミエッタとフェイト・テスタロッサと彼女の使い魔であるアルフが既にいた。全員に挨拶をすると、そこから会議、と言うには雑然とした相談会のようなものが開かれた。
「ええ。どうも腑に落ちません」
リンディの疑問に同意したのはクロノだった。彼自身、直接対峙した事もあり、疑念が大きくなっている。
その疑念とは、
「――彼らはまるで、自分の意思で闇の書の完成を目指しているようにも感じますし……」
そう。そこが彼に違和感を抱かせるのだ。
「ん? それってなんかおかしいの?」
クロノの違和感が解らなかったアルフはその意味を訊ねた。
「闇の書ってのも、要はジュエルシードみたく、すっごい力が欲しい人が集めるもんなんでしょ? だったらその力が欲しい人の為に、あの子達が頑張るってのもおかしくないと思うんだけど」
自分が使い魔と言う立場から思うなら、その考えは正しいものだろう。元来、使い魔に属する主従関係の多くは主との信頼関係の深さからくる絆だ。護りたい、助けたいと言う思いが使い魔には篭められている。人造故に、故意にその考えを植えつけられもするが、だとしてもやはりその考えに納得しているのもやはり使い魔なのだ。
だからこそ、自分の意思で主を護る為に動く事のどこに違和感を感じるのか、アルフには解らなかった。
そこまで深くアルフの気持ちを察した訳ではないが、ハラオウン親子は立場を同じくする彼女が何か感じ入っている事だけは窺えた。そして、彼女に話すのが少し躊躇われたが、話さない訳にはいかない内容だけに、顔を見合わせた。
意を決したのは、クロノだった。
「第一に、闇の書の力はジュエルシードみたいに自由な制御の利くものじゃないんだ」
「完成前も完成後も、純粋な破壊にしか使えない。少なくとも、それ以外に使われたと言う記録は一度もないわ」
「……そうかぁ」
なら、尚更あの騎士達が、魔力を集める理由が解らなくなってくる。主の命令とは言え、破壊にしか使えない力を集める事に疑念を抱いていないのだろうか? 主の間違いを正すのもまた、従者としての仕事だろうに。
「それからもう一つ。あの騎士達――闇の書の守護者の性質だ。彼等は人間でも使い魔でもない」
「…………え」
「――――っ」
「…………あ」
なのはとフェイト、エイミィは同時に呻いた。
人間でも使い魔でもない。とするなら、彼等は一体何者なのか。
「闇の書に合わせて魔法技術で作られた擬似人格。主の命令を受けて行動する。ただ、それだけのためのプログラムに過ぎないはずなんだ」
それは、人とも使い魔とも、そもそも生命体かどうかも怪しい存在だ。人の営みの中から生まれたのではなく、ただ一つの志向性を与えられ、それだけを実行するように製造された、謂わば機械だ。機械に意思が宿るなどない。しかし、現にあちらは己の意思を見せている。そこが不可解でならない。
「あの、使い魔でも人間でもない擬似生命って言うと、私みたいな……」
「違うわっ」
「……っ」
生まれが特殊だったフェイトが類似例を挙げようとしたが、リンディに遮られた。
いつもの柔和な顔を厳しくして、彼女はフェイトの言葉を否定する。そこには、一人の女性と一人の母親としての意地があった。
「フェイトさんは生まれ方が少し違っていただけで、ちゃんと命を受けて、生み出された人間でしょ?」
「検査の結果でもちゃんとそう出てただろ? 変な事言うもんじゃない」
「はい、その、ごめんなさい……」
二人に真剣に叱られ、フェイトはしゅんとしてしまった。だが、それを横で見ていたなのはは、少し心が温かくなった。この二人は、フェイトを一個人として扱っている。それは当たり前の事だけど、彼女の生まれを知っても尚そうする事は難しい。
自分の生まれや、これまでしてきた事に負い目を感じているフェイトに厳しく接するのは、嫌悪感を滲ませる意味ではなく、彼女を一人の人間として見ているからだ。人として生きていくのならば、人としての厳しさを示さなければならない。
まあ、二人とも滅多な事では叱っては来ない。基本的に優しい人間だ。だからこそ、厳しい面が際立ってしまうわけだが。
そんな少し落ち込んだ雰囲気を崩すため、エイミィは少々わざとらしく声を張って、場を動かす事にした。やはり彼女は空気を読みすぎてる気がする。
「モニターで説明しよっかー!」
そう言って照明を落としながら、エイミィは意味有り気にクロノを見た。その視線に気付いたクロノはすまなそうな顔をして見せた。恐らく、後で何か奢らされるだろうな。彼自身もそれは吝かではないので気にしない事にする。
光を落としたリビングにモニターが投影された。そこには四騎士と闇の書の映像が流されていた。
「守護者達は、闇の書に内蔵されたプログラムが人の形を取ったもの。闇の書は転生と再生を繰り返すけど、この四人はずっと闇の書と共に様々な主の下を渡り歩いている」
「意思疎通のための対話能力は、過去の事件でも確認されてるんだけどね。感情を見せたって例は今までにないの」
「闇の書の蒐集と主の護衛。彼等の役目はそれだけですものね」
だからこそ、余計な意思や感情は備えられていなかったはずだ。意思を持てば、反抗心を覚えるかも知れず、感情を持てば、自分の行いに疑問を持ち、いつか矛盾に押し潰される可能性がある。数百年単位で存在するには、意思と感情は邪魔な要素なのだ。
「でも、あの帽子の子……ヴィータちゃんは怒ったり悲しんだりしてたし」
「シグナムからもはっきり人格を感じました。成すべき事があるって。仲間と主のためだって」
「主のため、か……」
「まあ、それについては捜査に当たってる局員からの情報を待ちましょっか」
その呟きは、重く感じられた。常なら聞く事がないクロノの呟きになのはとフェイトはいぶかしんだが、リンディが場を取り成してしまったため、訊くタイミングを逸してしまった。
「転移頻度から見ても、主がこの付近にいるのは確実ですし。案外、主が先につかまるかも知れません」
「あーあ! そりゃ解りやすくていいね」
「だね。闇の書の完成前なら、持ち主も普通の魔導師だろうし」
「それにしても闇の書について、もう少し詳しいデータが欲しいな」
と言っても、管理局で遡れる過去の事件は大体洗ってしまった。となれば、管理局が出来る前の記録が欲しい。それにはうってつけの人間がいた。
「ユーノ、明日から少し頼みたい事がある」
「え? いいけど……」
後にユーノは述懐する。
『何であの時安受け合いしちゃったかなー!?』
と。
「それと、二人に見てもらいたい物があるんだ。エイミィ」
「ほいさー」
この辺りの受け答えは慣れたものだ。
モニター上のウィンドウが閉じて、一つの動画が再生された。
「クロノが後ろ取られてる」
「しかもその後に蹴り飛ばされてる」
「う。これでも格闘戦の成績はいいんだけどなぁ……」
執務官の中でもそれなりに上位に位置すると自負しているが、目の前の映像では少女二人に対して、全く説得力がなかった。
「仮面の男に関しては、本当に正体不明なんだ。現れたタイミングから闇の書の関係者――あちら側だと思う」
「二人に見てもらいたかったのはね、こっちの帽子の男の人の方なんだよ」
言われて、二人は帽子を深く被って人相を誤魔化している男に集中した。
言動は理性的だ。話し合えば、解り合えそうなそんな雰囲気が出てる。多分、敵対したくて敵対したんじゃないんだろうと、なのはは過去の経験からそう思った。
「今のところ調べがついているのは、彼が使っている剣がこの世界の、この国にある小太刀だと言う事」
「こだち?」
聞きなれない言葉にフェイトが首を傾げた。補足説明をするのはエイミィだ。
「なのはちゃんは知ってると思うけど、この国――日本には独特の剣があってね。片方だけが刃で、剣が反ってるのを刀っていうの。それで、長さによって呼び方が変わるんだよ。一番小さいのが短刀、その次が脇差、その次が小太刀、その次が打刀、その次が太刀ってね。まあ、ものによっては長さがすっごい長いのとかあるんだけど、そんな例外は脇においとこう」
「……う」
一気に説明されて、理解が及ばないフェイトを少しおかしげに見たエイミィはそこで説明を切り上げた。
ただ、フェイトには気になる事が一つあった。
「あの、なんでなのはが知ってるんですか?」
そう。自分はこの国の文化に馴染みはない。だが、この国の住民であるなのはなら知っていそうではある。しかし、これまで争い事にあまり関わった事がないと聞いた事があるフェイトには、これらの凶器を詳しく知っているとは思えなかったのだ。
「その辺がなのはちゃんを呼び出した理由でもあるんだけどね」
「えーと、私の家、剣術道場やってたりするんだ。お兄ちゃんとお姉ちゃんとお父さんの三人だけだけど」
この前会ったときは普通の人だと思ったが、どうやら違うらしい。それを悟れなかった自分はまだまだと嘆くべきか、それを悟らせなかったあの三人に驚くべきか、微妙なところだった。
「それで、お父さん達が使ってる剣があのくらいの長さなんだけど……」
「え!? じゃあ……」
「いや、違う」
一瞬の懸念を、クロノは首を横に振って否定した。その事に、フェイトは人知れず安堵する。
「背格好から、なのはのお兄さんか小父さんかと思ったが、これと同時期、二人は道場を掃除してたんだ」
証拠の写真が数枚ウィンドウに現れた。
「色々調べてみたんだが、なのはの流派と言うのは小太刀を二本使うらしい。なのに、この男は一本しか持っていなかった。武芸者なら、常に自分の武器は使わずとも帯びているものだ。だから、なのはの関係者と言うのは薄い線と思いたい」
「思いたい?」
その言葉は断言ではない。願望だ。
なのはの疑問に、クロノは煮え切らない表情を浮かべて答えた。
「僕の指を縛ったのは鋼のワイヤーだった。これはなのはの家の流派で使うものらしい。太さから見て八番鋼糸と呼ばれるものと判明した」
「え?」
「あと、囲んだ局員に投げつけたものがある。刺さったものを回収して調べた。先端を鋭利にした投擲物。なのはの流派で言うなら、飛針だ」
「でも、だって……」
「なのはの疑問は痛い程解る。けど、事実としてお兄さんと小父さんは家にいた。間違っても二人は魔導師じゃない。だから、この人物が一体誰なのか、僕達は特定する事が出来ない」
限りなく白に近いグレーとクロノは付け加えた。
物証はある。しかし、肝心の容疑者には確実なアリバイが存在する。これを切り崩すためには、ピースが足りない。その足りないピースを持ってきてもらえると思ったのがなのはだったのだ。
「それで、だ。この男の声、注意して聞いてみてくれないか? 二人の内どちらか、あるいは全然別人なのか、少しでも手がかりが欲しい」
酷な事をさせているとクロノは思う。
自分の家族を犯人として特定して欲しいと頼んでいるのだ。この世界なら、まだ家族の庇護の下、平和に暮らしている年代だ。生温いと揶揄される平穏な人生を歩んできた彼女に、こんな事を頼むのは、クロノには気が退けた。しかし、やらない訳にはいかない。だから、クロノは心を固くして決意したのだ。
なのはは、少しだけ躊躇して、けれど頷いた。彼女の眼には若干の不安と、大きな怯えが見えたが、逃げないと言う意思がはっきりと映っていた。それに胸を撫で下ろしたクロノは、動画を再生した。
「……どうだ?」
全員が固唾を呑んでいた。
なのはは声に集中する為に閉じていた目を開けて、言った。
「――違います。お兄ちゃんでもお父さんでもないです」
「……そうか。協力に感謝する」
「もう、クロノ君。素直にありがとうって言えないの?」
「あははっ」
「ふふふっ」
それまでの緊張が解け、笑い出した二人につられて、皆が笑い出した。
その後、なのはを見送るためフェイトとアルフがマンションの玄関口へと降りていったのを見計らって、クロノとエイミィ、そしてリンディは沈痛な顔を見せた。
「……声紋判別だと68%で同一人物ってでてるんだけど」
「微妙な数字だな。このくらいの誤差になると、物真似のレベルに近い」
「でも、なのはさんが違うって言ったんだから、違う事を信じましょ。何事も悲観的に考えてはいけないわ」
「んー、まあ色々分析した結果、この人の魔力適性値は低いですから、魔導師だったとしてもあんまり脅威にはならなんじゃないかな」
「だといいが」
一抹の不安を覚えるも、クロノもリンディの考えに倣って悲観するのを止めた。エイミィの言う通り、分析の結果から見ても、魔導師としての実力は最低ランクだ。気にする必要はないだろう。
そう考えて、クロノは今後の対策を考えるのだった。
〜・〜
「恭也さん、みんなどこに行ったか知らへん?」
「さあ。ヴィータ嬢は散歩だと言っていたし、シャマルさんは買い物、ザフィーラは縄張り確認、シグナムは……そう言えば何も言ってなかったな。夕食前には帰ると思うが……」
適当に嘘をついておく。こう言う時に真顔で虚言が吐ける俺のスキルは役に立つものだ。
「そか。今日は鍋やからなー。あったかい内に食べたいんやけど」
「惜しいな。鍋と知っていれば、ウチの鍋奉行ならさっさと帰ってきそうなものだが」
烈火の将と言うだけあって、火加減に関して煩い。更に言うなら、具材の火の通りまで文句をつけてくるのでおいそれと鍋に箸を突っ込もうものなら、箸で兜割りを喰らわせられる。
む、玄関先に気配が。シャマルさんか。
「ただいま帰りましたー!」
「あ、シャマルやね」
「お帰りなさい。ああ、荷物持ちます」
リビングのドアを開けて入ってくるシャマルさんに迎えの言葉と荷物を受け取る。
「あ、ありがとうございます。はやてちゃん、準備始めちゃってます?」
「今日は鍋にしよ思てな。今から煮ようとしてたんよ」
「あ、じゃあ手伝いますね」
「うん、ありがとうな」
微笑ましい光景である。男の俺が一歩たりとも入れない空気が台所に広がっている。ふ、疎外感などこの微笑ましさに比べればへでもない。
「たでーま」
突然気配が湧いたかと思えば、ヴィータ嬢だった。
「お疲れ様」
「けっ、別に疲れちゃいねーよ。ちょっと梃子摺っただけだ!!」
「それをお疲れ様と言うんだ」
鼻息荒く拗ねられてしまった。
ソファーに倒れこんで、クッションに顔を埋めてしまう。どうでも良いが、息苦しくないか?
「ヴィータ? どないしたん?」
「ちょっと疲れただけ。それよか、腹減ったー」
「ちょう待ってなー。後二人待ってんねん」
「おっせーよなぁ。何やってんだ? あの二人」
帰りが遅い原因が俺にある事を思うと申し訳ない。とか思っていたら玄関先に気配が二つ。
「ああ、帰ってきたようだぞ」
「は?」
「ただいま帰りました」
「遅くなってすまない」
「おかえりー、二人とも」
目配せする俺に、二人とも軽く頷いた。一先ず、結果ははやて嬢が寝てからだな。
「にしても、アタシが感知する前に何であの二人の事、解ったんだ?」
「気配がしたんでな。近づいてくるでなく、突然降って湧いた感じだったのでシグナム達だと思ったんだ」
「……魔法、使えないんだよな?」
「これっぽっちもな」
「マジか……?」
壁越し七メートルくらいが読める範囲だが。壁に張り付いていれば、およそ十二メートルと少し。日常生活上全く役に立たない技能だな。
「ご飯出来ましたよー」
「お、やっとかよー。待ちくたびれたぜ!」
「冷えた体にはありがたいな」
その後の詳細は割愛しておこう。
強いて言うのなら、毎度の如く奉行魂が燃え上がったシグナムを往なしつつ、各自腹を満たした。
〜・〜
はやて嬢が寝静まったのを皮切りに、俺達はリビングで顔と突き合わせた。
「――で、首尾は?」
「アタシはなし。遺跡とか見つかんなかった」
少し暗くなった顔をしたので、俺はぐりぐりと頭を撫でた。
「何すんだよ!」
「お前が暗くなる必要は無い。その厚意だけで俺は感謝してる」
そうだ。これは彼女達の善意だ。それに怒るのは筋違い。いや、そもそもヴィータにこんな顔をさせてしまった事に心を痛める。もしはやて嬢が見ていたら叱られてしまうな。
「私は刀身だな。お前の剣の素体に使えるかと思ってな」
「おおっ。結構状態がいーな。どっから拾ってきたんだ?」
「戦場跡だ。荒野にあったものを拝借した」
シグナムがテーブルに置いたのは確かに小太刀大の剣だった。ヴィータ嬢も褒める通り、状態に申し分はなさそうだ。ただ、柄も何もない、刀身だけの鉄塊。いや、片刃で反りが入っているところを見るに刀と言って差し支えないだろう。手拭いを巻き、持ってみる。
「……バランスが悪いな。刃先に重心が行っている。他は申し分ないだけに惜しい」
「承知している。だが、剣を、と言うよりデバイスを造る訳だからな。これは元々デバイスだったものだが、何故かデバイスの核がなかった。経緯は解らないがとりあえず使えそうだったんでな」
「そうか。まあ、実際作ってから調整せばならないな」
少し希望が見えてきた。
戦える。その事実が近づいたのが、嬉しい。
「私はデバイスチップです」
「なにぃ!?」
「馬鹿な!?」
「そんな!?」
「は? え? なに? どうしたの、みんな?」
「右に同じ」
どうしてシグナム達がそこまで驚くのが解らない。そんなに凄い物なのだろうか。
「シャマルにそんなものが手に入れられるとは……」
「マジあり得ねーって。なんの冗談だよ、シャマル」
「世も末か。ふ、もはや俺は槍が降ってきたとて驚かん」
「三人とも、酷いわよー! そこまでショック受けるって、失礼じゃない!?」
よく解らんが、シャマルさん的に凄い事をしでかしたようである。
「でも、これストレージデバイスのチップだから……」
「なーんだ、つまんねーの」
「そうか。期待が大きかっただけに、な」
「シャマルは所詮シャマルと言う事か」
「ちょ、ザフィーラ!? それは酷いと私は思うのよ!?」
「す、すまんっ。だからフォークを構えるのは止めろ!」
怒りのあまり声が裏返ってるシャマルさん。
何故だろう。フォークを逆手に持つ彼女には物凄く抵抗が出来ないほどの迫力を感じるのは。
「それでっ? ザフィーラは何か見つけてきたのっ?」
「あ、ああ。デバイスに使えそうな諸々の機器だ。一部壊れているものもあるが、部分的に使えるようなので持ってきた」
どっさりと箱一杯に入ってるよく解らない機械類。と言うかお前、どこからその箱持ってきた。確実にそこにはなかったぞ。
「よし、これでデバイスを造る目処がたったな。では早速造ろう」
「そうだな。ここで満足してはいられない。出来てから喜ぼう」
「そうですね。じゃあ、先ずは何からしましょうか」
「そうだな……」
「ふむ……」
「うーん……」
三者、そこで動きが止まった。
よくよく見れば、だらだらと汗を流している。
「なあ、ヴィータ嬢」
「あんだよ?」
「何故三人とも固まってるんだと思う?」
「デバイスの造り方が解んねーからだろ」
「やはりそうか……」
がっくり失望した俺にシグナム達が慌てて弁解してきた。
「ち、違う! いや、違わないが、ちょっと待て!」
「そ、そうですっ。その、ちょっと手違いがあったって言うか!」
「勇み足だった事は否めないが、落ち込むのはまだ早い!!」
「いや、みんなの厚意だけでも、俺は嬉しいよ?」
「何その爽やかな笑みで厚意を遠慮する悲劇の主人公的な顔は!?」
「あー、あれは全部諦めちまったって顔だと思うぜ?」
ふ、ふふふ。所詮俺は時代遅れの剣客。現代の剣士には艱難辛苦しか用意されていないのだよ。
「と、とにかく、落ち込むのは筋違いだ。我々に作れないと言うだけで、それだけの問題ならば作れる人間のところに持っていけば良いのだ」
そのシグナムの言葉に、俺の希望がまだ潰えていない事を知らされた。
なるほど。確かにこう言った物を自作するのは難しいが、専門家ならば造れるのは道理。
「そ、そうか。そうだよな。専門家に任せれば造ってくれるよな」
「そうだ。早とちりだな、お前は」
「少しは落ち着けっての」
「はっはっは、まあ、少し焦ってしまった事は否定できないな。少し恥ずかしい」
「そうですねー」
あっはっは、と笑いあげる俺達。
なんだよもー、とか言いながら肩を叩き合ったりする。
「――しかし、誰に頼むのだ?」
『………………………………………………………………』
一同沈黙。
「あ、あのー、みんな……?」
「シグナム」
「ひっ、な、なんだシャマル」
「あなたって、どーーーーーーーーーーーーーーして空気が読めないのよ!?」
「しかり。後でこっそり話をつければ良いものを今ここでそれを言うとは……」
「私か!? 私が悪いのか!?」
「今のが天然発言だ。覚えておくとはやて嬢と漫才が出来て彼女が喜ぶぞ」
「漫才はしたくねーけど、けどなー、今のはねーよな……」
「お前ら私をワザと責めてるだろ!?」
やおら俺達はやんわりと否定してやった。
「まさか」
「そんなことしないわよ」
「――ワザと苛めているだけだ」
「そっちの方が酷いわ!」
シグナムを苛め抜いて満足すると、さてどうしたもんかと俺達は悩み始めた。
専門家、とりわけデバイスを作成できるほどの技術者となると、何かしらの組織に所属しているわけだ。管理局しかり、企業しかり。個人で製作を行っている人々もいるらしいが、それは極少数で見つけるのが難しいらしい。ただ、個人的にデバイスを開発できる人間は総じて腕が良いらしい。フリーで成り立つ程の腕を持っているからこそのフリーと言う訳だ。
「どうする? これは完全に好みの問題だな」
「いや、足が付かないか? 企業に頼んだら」
「恐らくは大丈夫だろう。私達の顔は割れているが、それは管理局に対してだけだ。そもそも、私達がデバイスの修理に来るとは誰も考えていないはずだ」
「盲点と言えば盲点だな。我らの存在理由を考えれば、必要のない行動だからな」
「そう言うものか?」
「そう言うものなんです」
「納得しとけよ」
「……解った」
じゃあ、そうだな。
「フリーの人間に頼もう。少しでも俺達を辿られる痕跡は抑えたいと思うから」
「じゃあ、フリーの人を探しましょうか」
そう言う結論に達して、この日はみんな眠りに着いた。