「高町」
「ん?」

 リビングで茶の一服していると、シグナムに声をかけられた。俺を呼ぶのを聞いたからか、はやて嬢も台所から首を回してこちらをちらりと窺ったが、気にしない方向で調理を続行している。
 対照的にシグナムはその視線を気にしながら、ちょいちょいと俺を手招いた。どうやら、はやて嬢には聞かせられない内容らしい。
 やや表情を厳しくしているシグナムが廊下に出るのに続いて、俺もその後に続いた。
 後ろ手に廊下とリビングを繋ぐドアを閉めつつ、俺は呼ばれた理由を訊く。

「内緒話か?」
「ああ。今、ヴィータとザフィーラが蒐集に出ているのは知っているな? そこで梃子摺っているようだ」
「……抵抗されていると?」
「そうだ。並みの魔導師ならば問題ないが、どうやら相手は相当の実力を持っているらしい」

 そこまで聞いて、シグナムが言いたい事が見えてきた。

「――つまり、加勢に行くからはやて嬢の事を見ていろと言う事か?」

 俺の結論に、シグナムは軽く頷いた。

「話が早くて助かる。なるべく早く帰ってくるつもりだ」
「……お門違いだが、あまり相手を甚振るなよ?」
「心外な。そんな趣味など持っていない」

 シグナムは廊下に吊るしているハンガーから自前のコートを羽織った。そのまま出るのかと思えば、彼女が向かったのはリビングへのドア。どうやらはやて嬢に一声かけてから行くらしい。だが、ドアノブに手を伸ばす前に、静かに深く息を吸って、吐いた。これから誰かと戦いに行く事を、出来るだけはやて嬢に知られたくないからだろう。

「主、少々出かけてきます」
「え? これから?」

 もう夕食前だ。この時間に外出するのは少々考え辛いものがある。はやて嬢は外に出て行く用事と言うものが思い浮かばなかったらしく、不可解そうにシグナムに言った。

「どこに行くん?」
「シャマルが食料を買いすぎたらしいと連絡がありました。手伝いに行ってきます」
「ほんなら、恭也さんでもええんとちゃう?」

 この振りに、シグナムの気配が滅茶苦茶硬くなった。目の錯覚なのか、ポニーテールが逆立った気がするんだが。
 まあ、あれだな。想定の範囲外って奴だろう。今、彼女の頭の中は物凄く回転しているんだろうと他人事のように思いはするものの、そこはそれ、仲間を劣勢から救いに行くんだ。あまり時間をかけるのはよくない。
 ここは助け舟を出してやるか。

「――甘いな、はやて嬢。女性には男に知られたくない買い物と言うものはあるものなんだぞ?」
「へ?」

 シグナムの表情が助かったと明確に言ってるのを、彼女の前に出て隠してやる。気が緩みすぎだぞ、お前。
 俺のフォローにはやて嬢は納得したのか、ポンと手を打った。

「おお! アレやな! 生理用品やろ!!」

 ドゴンッ。
 後ろのズッコケ音は無視する。

「いやいや、冬の夜のお供、腹巻だろう」

 バゴンッ。
 やはり無視する。

「あ、それやなきっと。最近体が冷えてしゃーないってシャマル言ーてたし。他だとアッチ系の本しか思い浮かばんかったわー」
「あ、あの、主?」

 アッチ系の本がどっち系なのか知らないが、はやて嬢の気が逸れたのならよしとしよう。

「ほれ、さっさと荷物持ちに行って来い」
「……お前、何か恨みでもあるのか? シャマルに」

 多少はな。あと、加勢に行けない俺自身の苛つきとか含んでたりするが、そこは胸の内に秘めておこう。
 なんだか、さっきの凛々しさが木っ端微塵に消え去ってるシグナムの背中がちょっと憐れかもしれない。

「ともかく、行ってきますので」
「寄り道は程ほどになー」

 一礼の後、リビングを出て行くシグナムについて行く。見送りと言う奴だ。
 靴を履き終えたシグナムは、今度こそ凛々しい顔つきになった。

「では、行ってくる」
「ああ。気を付けてな」

 そんな俺の言葉に、シグナムは苦笑を浮かべた。

「戦士にかける言葉ではないな」

 確かにそうだろう。戦いの場は死地だ。どれ程の力を持っていても、死ぬものは死ぬ。蟻が恐竜に勝つのだってあり得る。そんな所に向かう奴にに気を付けろと言うのは、的外れもいい所だが、そんな事は知ったこっちゃない。

「――何を言う。家族にかける言葉としては当たり前だろう」
「…………」

 苦笑に苦味が消えた。

「ああ。そうだな」

 力強くシグナムは頷いて、出て行った。




















Dual World

From "Lyrical Nanoha A's" (C) 2005
Presented by 大岩咲美 [TRASH BOX type2]





















 程なくして、シグナム達は帰ってきた。
 はやて嬢が無邪気に出迎えに出ると言うので抱き上げてやったら、ヴィータ嬢に本気蹴りされ、シグナムに正拳突きを腹にぶち込まれた。更にはシャマルさんに性犯罪者呼ばわりされて、流石の俺もぶち切れて、プチ乱闘勃発……しかけた所で、はやて嬢からの食事タイム宣言により、即座に終戦。互いに肩を叩き合って、笑い合いの和解に漕ぎ着けるのだった。
 ちなみに、全く話題に上らなかったザフィーラは、犬らしくなのかは微妙だが、背中にはやて嬢を乗っけて、忠犬っぷりを発揮してた。この薄情者。少しは助けろよ。

「そもそも、この家で争いが始まったとしても、主ある限り甚大な被害など出るはずもない」
「いや、その前のシグナム達の暴走を止めてくれ」
「そんなものは初めから無理だ」

 コノヤロウッ!
 その考えは自己中心的だぞっ。困っている人を見かけたら、手を差し伸べるのが人の情けだろうにっ。お前には慈悲とか、人情とか、仁ってものがないのか!?

「恭也さん、ちょう静かにして」
「……了解」

 そう俺を窘めるはやて嬢は、ザフィーラを枕代わりに、ヴィータ嬢と一緒に歌番組を視聴中。何気に歌ってるのが椎名さんなのは何かの偶然だろうか。世界が違うからか、テレビから聞こえる歌は聞き覚えがない。やはり、色々と環境が違っているから、歌にも影響が出るんだろうな。
 まあ、そんな事をつらつらと考えていると、洗い物を終えたシャマルさんが手をエプロンで拭きながらこちらに来た。

「はやてちゃん、お風呂の支度、できましたよ」
「うん、ありがとう」
「ヴィータちゃんも、一緒に入っちゃいなさいね」
「はーい」

 素直に返事をするヴィータ嬢。この年頃だと、風呂に入りたがらないものだが。美由希など、嫌がってしょうがなかったな。まあ、適当に湯船に放り投げて強制的に洗った訳だが。

「明日は朝から病院です。あまり夜更かしされませぬよう」
「はーい」

 新聞を読みながらそう言うシグナム。何気に貫禄あるな、お前。外見年齢からはとても放てない落ち着きが、お前を纏ってるぞ。

「では、よいしょっと」
「あ、俺が代わりましょうか?」

 はやて嬢を抱き上げるシャマルさんに一応そう訊ねてみる。はやて嬢の足が動かない以上、衣服の替えや体を洗う事は第三者が補助する必要が出てくる。昔、片膝を砕いた経験からそう言う不便さは知っていた。
 ただ、はやて嬢は女の子だ。男の俺がやる訳にも行かないのは承知しているが、浴室に運ぶくらいは手伝いたいとも思った次第。

「いえいえ。このくらいだったら私でも大丈夫です。でも、最近はやてちゃん、重くなってきましたから、その内頼んじゃうかもしれないですね」
「あ、シャマルゥ。それは言いっこなしやで?」
「あ、あのー、それって、私が太ってきてるって言ってるのと同じなんですけど……」
「え、ちゃうの?」
「違いますっ! 確かに最近食べ過ぎてるかなーっとか思ったりしますけど!!」

 さっきの食事を見る限りは普通だと思うが……。見た目からは太ってるようには見えない。しかし、肥満と言うものは、見えない所に脂肪がついていくからな。内臓脂肪とか厄介なものじゃなければいいが。

「全くもう。私達が太るわけないじゃないですか」
「そんならなんで動揺するん?」
「え? それは女性として当然の心理ですし……」
「でもま、シャマル的にはもう少し脂肪欲しいわなぁ」
「んあっ!?」

 そう言いつつ、シャマルさんの胸を揉むはやて嬢。
 即座に背中を向ける俺。
 以降は声だけでお楽しみください。

「ちょ、なんてとこ触ってるんですか!?」
「触ってるんやない。揉んどるんや」
「そっちの方を訂正しないでください!」
「でも、ええ乳しとると思うで? 弾力もええし」
「え、ホントですか? ちょっと嬉しいかも」
「シグナムには勝てへんけどなっ」
「あー、おっぱい魔人な」
「ヴィータ、ちょっと表出ろ。私は出ないから
「それじゃ意味ねーだろ! ……あれ? 意味はあっか?」

 よく解らない。
 後ろの会話の意味なんて、俺は理解できない。

「なあ、ザフィーラ」
「なんだ、高町」
「女所帯の中の男って、肩身が狭いよな」
「今更解りきった事だ、同士」

 夜空の星が眩しい。

「えーっと、話が脱線しましたけど、シグナムはお風呂どうします?」
「私は今夜はいい。明日の朝にするよ」
「そう?」
「お風呂好きが珍しいじゃん」
「たまにはそう言う日もあるさ」
「ほんなら、お先に」
「はい」

 三人連れ立って、リビングから出て行った。気配が遠のくのを感じつつ、ちょっとした疑問を投げてみる。

「風呂好きなのか?」
「ああ。湯船に浸かり、体を楽にするのはとても心地いいんだ。今までいた世界ではない習慣だったから、尚更そう思う」
「風呂の形式があるのは日本くらいだからな。運がいいと言うか」

 イギリスとかは水周り、最悪だったからな。いっそプールに飛び込んだ方がマシだった。まあ、体の傷があるから、無理な妄想なんだが。

「とは言え、その風呂好きが風呂に入らないのは、それか?」

 不躾ながら、シグナムの腹を指差す。帰ってきてから、微妙に動きがぎこちない面が見えていた。特に、屈んだり、立ち上がったりする時にだ。背中、とも思ったが、経験則から、恐らく腹部のどこかに打ち身を貰ってると推測を立てた。六割方勘頼りだが、間違ってはいないと思う。

「ふ、解るか」
「……今日の戦闘か」

 ザフィーラの言葉に、シグナムは首肯する。

「聡いな。その通りだ」

 唐突にシグナムが上着を捲り上げる。
 速攻で首を捻る俺。

「……何をしている?」
「シグナム、慎みを持て」
「おっと、すまん」

 俺の言葉に、いそいそと捲くった服を戻す。やれやれ、この辺の反射は月村に鍛えられたからなぁ。不意打ちにも対応できるようになってしまった。無駄な修練だと思う。

「神業的な反射だったな」
「こんな小技、欲しくなんかなかったさ」
「お前の過去の波乱さはどれだけなのだ。後泣くな」

 泣かしてくれよザフィーラ。
 だが、話が進まないので泣かないが。

「お前の鎧を打ち抜いたか」
「澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろうな」

 シグナムほどの剣士が言うのならば、相応の実力があるのだろうな。一人の剣士として、興味をそそられる話だ。

「武器の差がなければ、少々苦戦したかも知れん」
「だが、それでもお前は負けないだろう」
「……そうだな」

 シグナムにも、護るべき物がある。
 はやて嬢。
 主従としての忠誠と、何よりも護りたいと言う強い思いが。
 昼間、ちらりと考えた彼女達の絆を思い出した。

「我等ヴォルケンリッター、騎士の誇りに賭けて」

 硬く誓うシグナムは、夜空を見上げていた。

〜・〜

 深夜、鍛錬に出ようとした俺をヴォルケンリッターの面々が止めてきた。
 何故だと問えば、

『はやての為』

 と返ってくる。まあ、各々呼び方が違うが、纏めるとこんな感じだったな。
 で、詳しく話を聞けば、今日、ついに管理局の尖兵と交戦し、今後、魔力の蒐集で妨害される可能性が格段に高くなったため、相手の体勢が整っていない今の内に集めるだけ集めてしまいたいとの事。
 共犯者の俺としては、協力しないわけにはいかなく、今夜の鍛錬は泣く泣く諦めるしかなかった。
 はやて嬢とヴィータ嬢が部屋に入ったのを確認して、シグナム達は外出の準備をし始める。

「何か手伝いますか?」
「えーと、じゃあ、お米研いでおいてもらえます?」
「解りました」
「あ、あとガス栓と戸締りの確認もお願いします」
「了解です」
「あーっ、あとあと、お風呂場も洗っておいて貰えますか?」
「……ドンと来いです」
「あ、えっと、あの、あとですね? 洗濯物にアイロンかけておいてくれると嬉しいなー、と」
「……シャマル、遠慮なさすぎだ」
「うぇえ? あ、や、やっぱりそう思う?」

 ザフィーラのツッコミにうろたえるシャマルさん。いえ、まあ、やれと言われたらやりますがね。

「委細承知しました。米の研ぎ、ガス栓閉じに戸締り、風呂場の掃除に洗濯物のアイロンがけですね?」
「あ、はい。頼めますか?」
「ふ、任せてください。与えられた仕事、見事やり遂げて見せましょう。米は理想的な研ぎ方に備長炭を入れて準備万端にし、鍵の閉まりは何なら窃盗対策に赤外線センサーでもつけましょうか? 風呂場なんて、カビ一つ残さないほど磨き上げてごらんに見せますし、アイロンがけだけでなく緩んだパンツの紐も新しいものに変えて進ぜます」
「なああああああああ!? なななんて事言ってるんですか!? あと、そのネタ引っ張らないでください!!」
「確かにシャマルのならばそう思える部分もある」
「ザ フィ イ ラ ?」
「う、すんません」

 余計な事言うからだぞ、ザフィーラ。

「高町さんも高町さんですっ!! 女性に対してのデリカシーが足りてません!!」
「ええっ!? まさかそんなっ!?」
「何真顔で驚いたりしちゃってるんですか!?」
「誤解を招くのを承知で言いますが、俺は史上最強のフェミニストですよ?」
「何処がですか!?」

 馬鹿な、女系家庭で育った俺の何処がデリカシーに欠けると? チャンチャラおかしい話だ。

「シャマルが仕事を溜め込みすぎなのも問題だろう。昼間に出来たはずのものを次の日に持ち込んでいたりするしな」
「アイロンがけなどは筆頭だな」
「ほほう、それを肩代わりさせようとした訳と」
「……あ、あはーはは、えっと、お風呂場とアイロンがけはいいですぅ……」

 涙目で前言撤回するシャマルさんは、ぼそぼそと「だってね? お昼のドラマって面白いのよ? つい見入っちゃって、気付いたら時間なくなってたりするんだもの」とか言ってるが、正直どーでもいい。

「では行ってくる。主を頼む」
「ああ、任せろ」

 三人を送り出して、さて俺はどうするかと思った時に、はやて嬢の部屋から人の気配がした。ヴィータ嬢だな。と言う事は、はやて嬢はもう寝入ったと言う事か。

「うーす」
「気合充填と言った所だな」
「おうよ。気合入りまくりだ」

 ガッツポーズを見せるヴィータ嬢を微笑ましく見ていると、ある事に気付いた。

「あー、ヴィータ嬢?」
「あ? なんだよ。急いでんだけど」
「手短に済む。――コートは持ってないのか?」
「……持ってる」

 持ってるのか。なのに着ないと? おいおい。この真冬に半袖スカートで出かける気か。はやて嬢がコートを買い与えなかったはずはないから、着ないのはヴィータ嬢の好みに因ると言う事か。

「何故着ない? 寒くないのか?」
「甲冑着れば寒くねーし」

 甲冑なるものがどんなのかは知らないが、問題ないと言っているなら、それでいいか。要は、はやて嬢が許すか許さないかの話だしな。

「解った。ただまあ、甲冑とやらを着ないときはコートを羽織っておけ。風邪を引く引かない以前に、妙に目立つぞ」
「解ったよ。んじゃ、行ってくる」
「ああ。無事に帰ってこいよ」

 軽い了解と共にヴィータ嬢も出て行ってしまった。
 さて、俺はどうするかと考えて、シャマルさんに任された仕事を全うするところから始めたのだった。
 ちなみに、全ての下着はしっかりとアイロンがけしてやった。あ、それと誰の下着も紐は緩んでなかったと追記しておこう。後ほど殴られたのは言うまでもないが。

〜・〜

 翌朝、鍛錬に出かけるのは長年染み付いた習慣だから、それはいいとして、昨日の事もあるので、あの自然公園の様子を見てみた。ほぼ同じ時間帯だが、なのは似の子は見受けられなかった。

「起きられなかった、のか?」

 ……いやいや、ちょっと待て高町恭也。寝起きの悪さを勝手に期待すると言う事は、あの子を自分の妹と決め付けてるのと同じだぞ? あくまでも似ていると言うだけで、本人かどうかは確認してないんだ。下手な期待なんてするもんじゃない。練習の日というものを定めてる場合だってあるじゃないか。本気で鍛えている人間だって、休養日と言うものは設けるものだ。たまたま今日がそれだったかもしれないし。
 まあ、いないのなら、気兼ねなく動き回れるから状況は簡単なんだが。
 さて、鍛錬をしよう。昨晩できなかった分、今回は密度を上げないとな。

「……問題は、型打ちか」

 体術に関しては問題ないが、事剣技となってくると、一刀しかないこの状況は拙いな。勘が鈍っているのを感じる。何処からか調達したいが……顔を出す行為は厳禁な為、どうしようもない。どっかに落ちてないかなー。

「いや……出来る事だけでもしなければな」

 軽い現実逃避から立ち直りつつ、いつもより体術のメニューを増やして鍛錬を終えた。
 吹き出る汗と肌から湯気が立ち上っていく。久々に全力で体を動かした爽快感が俺を包んでいた。

「体力は、問題ない、が、やはり、勘か……」

 乱れた呼吸を整えながら先ほどの動きを検分する。
 剣閃に鈍さが見える。美由希とも組手をしていないのも大きいし、二刀を持っていない事で、バランスが崩れている。重心がふらついているなんて、ここ数年なかった。

「剣士として、このままの状況は我慢ならないな」

 かと言って、刀が手に入るわけじゃない。
 状況は切迫してきている。管理局に存在を確認されてしまった事で、ヴォルケンリッターには余裕がない。彼女達に刀の手配を頼むのは無理だろう。
 ともかく、魔力の蒐集とやらがいつまで続くのか、それが問題だ。長引けば剣士の質は衰える。出来るだけ早く終わってくれる事を祈るしかない。

「他人任せはいかんのだがな」

 しかし、他人任せにしなければならない状況だ。
 何かしら能動的に動ければいいが……。

「何か考えてみるか……」

 あと、相談もしてみよう。いい手段を知ってるかもしれないしな。

〜・〜

 帰宅すると、いい匂いがして来た。時間的に、起きるとしたらシャマルさんか?
 出た時と同じく眠っているシグナムとザフィーラを見つける。かけた毛布はずれていない。

「あ、おはようございます、恭也さん」
「ああ、はやて嬢だったか。おはよう」

 起きていたのははやて嬢だった。結構早いのだな。

「朝食か?」
「はい、そうです。今日は洋風ですよ」
「ふむ、じゃあ、俺はパン焼きを手伝おう」
「ありがとうございます」

 いや、トースターにパンを突っ込むだけで礼を言われるほどではないんだが。しかし、褒められる事は嬉しいのでその事は黙っておく。

「ん……」

 リビングで気配が揺らいだ。どうやら誰か起きたらしい。

「ごめんね、起こした?」
「あ、いえ……」
「ちゃんとベッドで寝なあかんよ?」
「す、すみません」
「ふふ」

 起き抜けもあるだろうが、はやて嬢が料理をしてるのに気付かなかった事に戸惑ってるみたいだな。

「相当疲れてるようだな」
「……ああ、まあな。疲労よりも、睡眠時間が短いのが辛いところだ」
「帰ってきたのが四時だったか。まあ、辛いところだな」
「お前、起きていたのか?」

 ザフィーラが口で毛布を畳みながら訊いてきた。
 各人、気配を殺しながらそれぞれ部屋に戻っていったのは知っているので、しっかりと頷いた。

「シャマルさんとヴィータ嬢の気配がしたんでな。多分疲れていたからだろうが、気配を殺しきれてなかった。あの二人はどうにもその辺りは不得意らしいから、それで解った」
「寝ていても気を張っているのか」
「魔法のように勝手に知らせてくれる便利な力でもあればいいが、こっちは生身一つだ。自然、眠りは浅くなる」
「お前、生まれる時代を間違えたんじゃないか?」
「よく言われる」

 戦国時代に生まれていれば一角の武士になったに違いないと赤星に冗談交じりに太鼓判押されたしな。いや、知り合いの武芸者には専ら押されまくったんだが。それは置いといて。

「シャマルさんとヴィータ嬢は自室とはやて嬢の部屋に入ったからベッドに入ってるだろうと見たが、お前達は何も被らずに寝ていたんで、毛布をかけた」
「……相当、疲れているようだな、我々は」

 そこまでされて気付かなかった事を恥じているらしく、ザフィーラとシグナムは難しい顔をして唸った。

「シグナム、夕べもまた夜更かしさんか?」
「あ、その、少しばかり」
「俺との話で盛り上がったんだ」
「お話? なに話したんです?」
「無骨な話さ」
「ふーん?」

 あまり想像がつかなかったらしく首を捻っているはやて嬢。その間、シグナムはリビングテーブルにおいてあったリモコンを手にとってカーテンを開けた。便利な世の中になったものだな、とちょっと感心。

「あ、シグナム、はい」
「…………あ」
「ホットミルク、温まるよ? 恭也さんも」
「ありがとう、ございます」
「頂くよ」
「ザフィーラにもあるよ。ほら、おいで」

 カップのミルクを見つめるシグナムの顔はさっきまで見せていた疲れが抜けていた。カップの温かさとはやて嬢の優しさを重ねているんだろう。俺も、同じ事を考えていた。
 それにしても、なんと言うか、ザフィーラ、完全に犬扱いだな。いいのか? お前としては。
 そこに、廊下からばたばたと慌しい気配が。ああ、シャマルさんか。

「すみませんっ、寝坊しました!」
「おはようシャマル」
「おはようございますっ。ああ、もう、ごめんなさい、はやてちゃん」
「ええよー」

 朝食の支度が出来なかった事を謝るシャマルさん。遠目からだが、もう殆ど支度は済んでたりするのが見えるので、彼女がでやる事がなかったりする。精々後はパンを焼くだけなんだが。

「おはよう……」
「うわ、めっちゃ眠そうやな」
「ねむい……」

 八神家最後の住人は、髪が乱れ放題で寝ぼけ眼を擦りながらも律儀に挨拶してくる。せめて、はっきり目を覚ましてから来ればいいものを。

「もう、顔洗ってらっしゃい」
「ん……、ミルク飲んでから」
「はい」

 まあ、人それぞれ朝の拘りはあるか。せめて、寝ぼけてミルクを零さない事を祈るしかない。

「シャマルさん、カップここに置いときます」
「あ、はーい」
「あと、新聞取ってきます」
「ありがとうございます」

 シグナムとザフィーラの毛布をしまうついでにシャマルさんにカップを返して、俺は郵便受けへと向かった。

「温かい、な……」

 ただ、リビングを出る時、シグナムがそう呟いたのを聞いた。

〜・〜

 海鳴市の新興住宅地。
 区画整理された住宅地区に競うように建てられたマンション群の一つ。そこにハラオウン家は住んでいた。こちらの世界で住居を構えたのは、彼らの船であるアースラが定期整備で身動きが取れないため、拠点が必要になったからである。
 戦略上必要になったからの処置だったが、嘱託魔導師であるフェイト・テスタロッサと民間協力者である高町なのはとしては、今まで離れていた事もあって近くで顔を合わせられる事を喜んでいた。作戦行動中にそんな不謹慎な事を考えるものではないが、彼女達はまだまだ、子供であり、それ故にあまり荒事に絡ませたくないのがクロノ・ハラオウンの考えでもある。しかし、現状彼女達以上の戦力と言うものをアースラスタッフは持っていないため、溜息を吐きつつも協力を仰いでいるのだ。この一件で唯一の慰めとしては、高町なのはが積極的に協力してくれるその姿勢だけ。なんとも気の重い状況である。

『クロノ君。駐屯所の様子はどう?』
「機材の運び込みは済みました。今は周辺探査のネットワークを……」
『そう。ご依頼の武装局員一個中隊は、グレアム提督の口利きのおかげで、指揮権を貰えたわ』
「ありがとうございます、レティ提督」

 クロノ・ハラオウンは自室で本局と通信を行っていた。今後必要になるであろう戦力を前もってレティに具申しておいたが、人手が足りない本局から武装局員を引っ張るのは運が絡んでくる。出来るだけ優先してもらえるようにギル・グレアムにも口添えを依頼したのが効いたらしい。

『それから、グレアム提督の所の使い魔さん達が会いたがってたわよ? 可愛い弟子に会いたいって』
「リーゼ達ですか……。その、適当にあしらって置いて貰えますか?」
『まあ、いいけどね。後でどうなるかは関知しないわよ?』
「……とりあえず、問題はないです」

 リーゼとは、リーゼアリアとリーゼロッテの二人の女性だ。猫を素体としたグレアムの使い魔であり、クロノの師匠でもある。接近戦や近距離戦闘等における体術全般をリーゼロッテが担当し、魔法全般をリーゼアリアが担当して、クロノに教え込んだのだ。
 この二人、師匠としては申し分ない実力を持っているのだが、素体が猫であるためか性格が若干悪かったりする。人をからかうのが楽しくて仕方ないらしく、修行時代のクロノの性格がやや歪んだほどだ。まあ、敵を手玉に取る話術だったり、敵を嵌める罠の仕掛け方だったりと、一応役に立つ歪み方ではあるが、面白半分に歪めたのはほぼ間違いないだろうとクロノはみている。

『それにしても、そっちは調査が進んでるみたいねぇ』

 レティが疲れた様子で息を吐いた。実際、運用部に所属している局員は全員が疲れ顔である事は局内では常識なのだが、余計な事は隅に置いておこう。

「と言いますと?」
『一ヵ月半くらい前に、異次元転送系のロストロギアを見つけたんだけど、これが誤作動して、色んな世界のあらゆるものが次元転移しちゃってねぇ。その後処理に人を割かれてるのよ』
「この前リンディ提督と話していた一件ですね?」
『あら、聞いてたの?』
「ええ。報告書を届けに行った時に少しばかり」

 丁度、フェイトの最終裁判の報告をしようと艦橋に入った時に聞いた。

『方々手を尽くして探し出してるんだけど、中々見つからなくてね』
「得てして、探しものと言うのは近い場所にあると言いますけど……」
『こればっかりは広すぎる次元世界が厄介なのよね』

 格言にしたって、ここまで広い世界では通用しなさそうである。

「こちらの件が片付いたら協力出来るように提督に具申しましょうか?」
『んー、いいわ』

 その答えに、クロノは驚き顔を作った。闇の書事件が片付いたら、アースラスタッフには仕事がないのだ。次の任務が来るまで待機だが、人手が足りないと言うのであれば、手伝う事に異論はないはずだ。
 そんな疑問を浮かべるクロノに、レティはにこやかに言った。

『あなた達、休暇とってないでしょ?』

〜・〜

 午前中の家事の雑務を大方片付けると、各々自由時間となった。とは言え、俺としては外に出ると危険なため家に引き篭もるしかない訳だ。どうしよう。
 いや、弱気になるのはいけない。昨日で終わりきらなかった家の掃除の続きをしよう。昨日で半分近くは終わらせたから、今日には終えられる。家の中が片付いたら、庭の草むしりでもすれば、時間は潰せるか。

「それじゃ、はやてちゃんの病院の付き添いよろしくね、シグナム」
「ああ。ヴィータとザフィーラは、もう」
「出かけたぞ」
「そうか」

 昼食を食べた後、家を飛び出していった。多分、魔力蒐集に行ったのだろう。はやて嬢は寝室で通院の準備中。二人とも声量は落としてるので、聞こえはしないだろう。
 シャマルさんが紙製の箱を開ける。そこには銃弾のような筒が十六本入っていた。シャマルさんは筒を手に取って、なにやら判別していく。その作業に何の意味があるのか、俺には思いつかなかった。

「カートリッジか」
「うん。昼間の内に、作り置きしておかなきゃ」
「すまんな、お前一人に任せきりで」
「バックアップが私の役目よ。気にしないで」

 よく解らないが、カートリッジと言っているからには、あれは銃弾なのだろう。

「カートリッジとは、なんですか?」
「えーと、魔力を一時的に向上させるブースターです。使い捨てなんで、こうやって作り置きをしてるんです」
「便利なんですか?」
「便利、と言うか、一時的に攻撃力や防御力を強くするんです。自分の魔力と、溜めておいたカートリッジの中の魔力を合わせて使えるので、互角の相手とかには切り札になります」
「また、自分よりも強い敵であっても、一瞬だがそれよりも上の力を放てる」
「ほう。そんな奥の手があるのか。……だとしても、相手も使ってくるんじゃ、使いどころが難しいな」

 その言葉を、シグナムは訂正した。

「いや、カートリッジシステムを採用してるのはベルカの魔導師だけだ。今の主流はミッドチルダ式と言って、カートリッジシステムを採用していない」
「一時的に力を増せるんだろう? 何故普及してない?」

 そう訊ねると、二人は少し表情を暗くした。
 しまった。触れてはいけない部分だったか。

「ベルカとミッドチルダは昔、魔導世界を二分する流派だった。ただ、ベルカは汎用性に乏しい。魔法の殆どが中距離から近距離に偏っている。それにカートリッジシステム自体が扱い辛い代物だ。専用の部品が必要にもなる。現存しているのかどうかは解らないがな。対して、ミッドチルダは全ての距離に対応できる術式で、補助系も豊富だ。便利さで言えば、ミッドチルダに軍配は上がるが、事戦闘に関してはベルカ側に分がある」
「でも、結局ミッドチルダの汎用性がまさってしまって、ベルカ式は廃れてしまって、それから忘れさられたんです」

 なんとも、だな。
 それと共に、これとよく似た話を俺は知っている。

「こんな所も似てるな、俺達は」
「え?」
「どう言う事だ?」

 疑問符を見せる二人に、自嘲染みた笑みを浮かべながら俺は言った。己の進む道と彼女達が進んだ道の相似を。

「この国の剣士――侍は廃れた。何故かと言えば、鉄砲が伝来したからだ。引き金を引くだけで、一定の威力を出せる銃は武器として最上級だ。当てるにはそれなりの訓練が必要だが、素人でも解りやすい操作性と遠距離から攻撃できる優位性は刀にはないものだった。次第に時代は銃に重きを置いていく。だが、それでも刀が廃れきらなかったのは、意地を貫いた偏屈屋がいたからだ。武器の有意性など関係なく、刀に魂を込める事を生きがいにした頑固者。そんな銃なんかよりも、刀が好きな偏屈屋。その子孫が俺だ。銃に淘汰され、古臭いと忘れられていく剣術家の俺と、ベルカの魔導師は似ていると思わないか?」

 居場所がない事だけが、俺達の繋がりだった。だけど、自分達が持つ力の変遷も似てるのは、偶然だろうか。世の中から忘れられたもの同士が引き合ったとすれば、それは少し嬉しい事じゃないだろうか。
 俺の話を聞いた二人は、言った。

「そんな所まで似なくてもいいのにな」
「ふふ、この偶然に感謝、ですね」
「全くだ」

 三人、小さく笑い合う。嬉しくて笑い合った。

「シグナムー、行くよー」
「あ、はい、主っ」

 ばびゅっと廊下に消えるシグナムに、俺とシャマルさんは慣れたものだ。シグナムのはやて至上主義は筋金入り――いや、チタンワイヤー入りだからな。

「では、俺は昨日の掃除の続きをしてきます」
「あ、それはいいです」

 え?

「……そ、それは、お、俺が、よ用無し、だ、だと言う事、ですか?」
「へ!? ちちち違いますっ。そんな高町さんが役立たずの穀潰しだなんて誰も思ってません!!」

 思っとるやないか。

「シグナムと一緒にはやてちゃんの付き添いに行って来て欲しいんです」
「……どうしてまた?」

 シグナムがいれば護衛としては事足りる気がするが。そもそも、俺はあの病院には近寄りたくないんですが。その辺り、解ってますか?

「石田医師せんせいからお電話があって、高町さんも来て欲しいそうなんです」
「俺が、ですか?」
「はやてちゃんの足の事とか色々話をしておきたいって言ってました」
「……そうですか」

 そう言う事なら、仕方ないか。
 正直、あの病院には近づきたくないが、家主の為だ。はやて嬢の病気について協力できる事があるのなら、尽力したいと思う。
 そう決意した時には、俺は変装用の帽子を被っていた。

〜・〜

 二度目、いや三度目の海鳴病院の訪問だったが、知り合いに会わずに済んだ。待ち時間でどれだけ寿命をすり減らしたか、想像したくない。

「うーん、やっぱりあんまり成果が出てないかなぁ」

 診察室。思い出すのは医者に見えない凄腕の医者。内装が同じだからか、妙に落ち着かない。
 はやて嬢の後ろに俺とシグナムが控え、石田医師から具合を拝聴している。シグナムはやや険しい顔で、逆にはやて嬢は平時と変わらない。こう言うのは得てして、付添い人の方が深刻に考えていたりするものだが……、はやて嬢の落ち着き方は、悪い傾向だな。

「でも、今のところ副作用も出てないし、もう少しこの治療を続けましょうか」
「はい。えーと、お任せします」
「お任せって……」

 はやて嬢の答えに、石田医師は困ったように笑った。実際困っているのだろうな。はやて嬢の様子を見れば、おおよそ解る。この子は、治る事を期待してない。

「自分の事なんだから、もうちょっと真面目に取り組もうよ」
「あ、いえ、その。私、先生を信じてますから」
「あ…………」

 その後。大人の会話をする事になった。
 はやて嬢にはちょっと退室してもらい、俺とシグナムは石田医師から話を聞いていた。

「はやてちゃん、日常生活はどうです?」
「足の麻痺以外は健康そのものです」
「そうなんですよね。お辛いと思いますが、私達も全力を尽くしています」

 肉体の麻痺の治療は難しい。現代医学では、治りにくい症状の一つだろう。
 先天的な機能不全や、怪我などの外因による麻痺。また、技術的に治療不可能な箇所の損傷、精神的な問題からのものまで、原因と治療法が多種に渡る。
 それに、はやて嬢の足の麻痺は現代医学では原因を突き止められていない。未知の病気を持ってしまった人々の取る末路は大抵が死だ。治療とは、数百に上る臨床実験を経て、漸く基礎が確立できるかできないかなんて土台から成り立っている。原因不明にして、治療法不明のはやて嬢の足の快復はほぼ絶望的だ。
 それでも治すための努力をするのが医者だ。そして、どのような病気でも病人とその周囲の人々の協力は必要だ。
 聞いた話によれば、ヴォルケンリッターが現れたのは半年前。その前まで、はやて嬢は暗く塞ぎ込んでいる事が多かったらしい。気分が沈むと、体から元気がなくなる。心一つで、人の体は不調を来たす。だから、ヴォルケンリッターが現れた事は非常に精神的な助けになったようだった。

「これから段々、入院を含めた辛い治療になるかもしれません」
「はい。本人と相談してみます」

 それから、と石田医師は続けた。

「高町さん」
「なんでしょうか」
「はやてちゃんの体は段々衰弱しています。今の治療法も、元は体力を付けさせるための治療ですが、今では体が弱らないようにするためで精一杯です。出来るだけ、気にかけてあげてください。何かあったとき、男性が傍にいて励ましてくれる事で、勇気付けられる事がありますから」
「解りました。ですが、そんな機会が来ない事を祈ってます」
「そうですね。そんな事がないように、私達も頑張ります」

 そこで、話は終わり、俺達は帰路についた。

〜・〜

「図書館?」
「うん。ちょう寄ってってもええかな?」

 ……正直なところ、俺は近づきたくない。先日の話によれば、月村すずかと名乗る女の子と友達になったと言うが、その子に会ってしまったら顔が割れる可能性が高い。
 どうする。

『目を動かすな。そのまま聞け』

 唐突に頭に響いたのはシグナムの声だった。はやて嬢に悟られないように顔も目もシグナムには向けないが、意思だけを向ける。それが解ったのか、シグナムは更に続けた。

『ここは誘いに乗っておけ。中に入ったら適当に本を探す振りをして身を隠しておけばいい』

 いいのか?

『主のご要望だ』

 このはやて至上主義者め。

『何が悪い』

 そこで胸を張るな。まあ、いいか。暇潰しの本でも借りてみるのも一興か。

「解った。俺も何か探してみたいと思ったから」
「ほんなら、行こか」

 夕方時の図書館には、初めて入ったが、やや人入りは少ないのではないだろうか。閉館時間が近い事もあってか、人の数はまばら。これなら、まあ、知り合いの気配を感じ分ける事が出来そうだ。

「さて、何を探そうか」
「私は童話とか探したいんやけど、恭也さんは?」
「そうだな。適度に難しくて適度に長いものがいい」
「それ、メッチャ適当やね」

 美由希でも引っ張ってくれば、適当なのを掘り起こしてもらえるんだが……ここは自分の勘に頼るしかないようだ。

「時代劇でも読むか」
「うわ、まさにそれっぽいチョイスやね。シグナムも好きやろ?」
「ええ。剣豪の生き様、感服を受けます」

 受けるなよ。話半分に受け止めとけ。むしろ、お前の生き様の方がよほど男らしいと思うが。

「ここは思い切ってSFとかいってみたらどうです?」
「……科学は苦手なんだが」
「それこそ魔法とかでも思っておけばええやないですか」
「だったらファンタジーでもいい気がするが……」
「ファンタジーはあかん。剣が出てくるから、恭也さん向きやし」

 マジか。俺は君にそんな風に括られてるのか。

「まあ、色々探してみるよ。後ほど合流しよう」
「はいです」
「ではな」

 さて、と。何か適当なものを探すか。
 と、勇んでみたら、速攻で出会った。

「これは……」

 序章を流し読んでみるに、手応えがある。はやて嬢に言われた通りSFの棚を漁ってすぐに出会えるとは思っても見なかった。君は俺の天啓か? しかもシリーズものらしく、後七巻ほど続いている。まあ、一先ずは二巻借りてみよう。上下巻だしな。
 二冊の本を抱えて、その他にも何かないかと探してみるが……、この本よりも琴線に触れるものは見つけられなかった。となれば、合流しておこう。はやて嬢が何を借りるのか少し興味もあるしな。
 はやて嬢を探すと、程なく見つけた。図書館と玄関口を繋ぐ廊下のベンチに座っている。どうやら誰かと話しているらしい。後姿から見えるのは長い髪だけ。多分女の子だろう。と言う事は、あれが月村すずかなる少女か。
 幸い、はやて嬢達がいる場所は、中二階から回ってこれる場所だった。はやて嬢とすずか嬢に気付かれる事なく、玄関側に到着すると、シグナムを手招きする。

「どうした? 何かいい本でも見つけたのか?」
「まあな。それは置いといて、はやて嬢と喋っているのは……」
「ああ。彼女が前に話した主のご友人、月村すずかだ」
「……ちょっと、拝見」

 廊下の壁からチラッと顔を出す。はやて嬢と談笑するのは結構可愛い女の子だった。思わず頭を抱えてしまう。

「……当たり、だな、あれは」
「当たり? 何の事だ?」

 遠目に見ても面影がある。全体的な雰囲気は正反対に近いが、『家系』故に持っている雰囲気は似ている。同時に、この世界も月村の家系が『そう』なのだと、知ってしまった。

「彼女、俺の知り合いの妹だ」
「……なに?」
「俺の世界にはあの子はいない。だが、苗字は同じだし、顔を見る限り似ている。だから当たりだと言ったんだ」
「……拙いな。主はやてがお前の事を喋ってしまうかもしれん」

 それを危惧するのは解るが、さりとてどうする事も出来ない。

「この世界の俺の交友関係がどうなってるか知らないが、顔見知りだと仮定しておく事に損はない。だとすれば、俺が八神家で厄介になってる話をしても、同姓同名の他人がいると思うだろうな。この世界の俺を知ってるなら、想像つきにくい話だろう。逆に知らないなら知らないで、それだけだ」
「……今、お前の事を思いっきり喋ってるぞ」
「…………」

 言われて、耳をそばだててみる。

「ほんでな、その恭也さん言ーのがめっちゃおもろい人やねん」
「へー。私のお姉ちゃんの恋人も同じ名前なんだよ?」
「おお。これはまた凄い偶然やなぁ」
「そうだねー」

 ――――。

「シグナム……」
「どうした? そんな力強く眉間を解して」
「今の会話、聞こえたか?」
「ああ」
「意訳してくれないか?」
「お前の母国語だろう」
「頼む」
「……主はお前を愉快な人間だと思っているのと、すずかの姉の恋人と同じ名前だと言う事だ」
「シグナム……」
「どうした? そんな高速で耳を抉りまくって」
「後半の言葉が聞こえなかったんだ。もう一度言ってくれ」
「耳から血が出てるぞ。大丈夫か」
「大丈夫だ。頼む」
「……すずかの姉の恋人と同じ名前だと言う事だ」

 のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

「ど、どうした高町!? 頭を抱えて床を転げまわるとは、何か病気を持っていたのか!? きゅ、救急車は何処だ!?」
「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない」
「くっ、症状が加速している! 早めに治療しなければっ!」
「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない」
「ええい、大人しくせんか!」
「あり得ないあり得ないあり得ないあり得なひげっ!!」
「しまった。ついレヴァンティンを抜いてしまった」

 ぐああああああああああああ!!
 ず、頭痛が痛い!!

「ぐっ、何だこの衝撃は……。俺は一体どうしたんだ?」
「おお、正気に戻ったか」

 心配そうに声をかけてくるシグナム。なんかさっき、咄嗟に後ろに何か隠したように見えたが、頭痛が痛すぎて正直訳が解らない。日本語もおかしい気がする。

「お前は突然懊悩して床を転げ回り始めたんだ。壁に頭をぶつけて正気に戻ったようだな」
「そ、そうか。いや、取り乱したところを見せてしまった」

 立ち上がって、埃を払う。
 ふう、やれやれ。

「……それにしても、何をそんなに苦しんだんだ? 今の会話にそんな要素はなかったと思うが」
「お前、この世界に俺が二人いる事忘れてるだろ」
「忘れてなどない」
「なら、解ってない。この世界で、この街で俺と同一の男が、誰かの恋人だと知ってしまったんだぞ。物凄く恥ずかしいだろう」
「……? 恥ずかしい? 複雑ならともかく恥ずかしいのか?」
「何で複雑になる? 知り合いと恋人など恥辱ネタじゃないか」
「いや、お前の世界の恋人に申し訳ないとかないのか?」

 …………おい?

「俺に恋人などいない」
「ふ、嘘を吐くな。ああ、だから恥ずかしいのか?」
「訳解らんわ! なんでいる事が確定してる!?」
「……なに? 本当にいないのか?」
「逆にその驚かれ方が傷つくぞ!」

 こいつ、俺の事をどう見てたんだ?

「しかし、世界が違えば人も違うと言う事が漸く理解できた気がする」
「こんなので理解するな。俺は恥ずかしいだけだぞ」

 二十年分くらいの恥を一気にかいた気がする。
 まあ、ともかく、ますます月村関係には近づけなくなった事だけは確かだな。月村本人に会ってしまったら、正体を見破られるか、はたまた恋人同士独自の話題を振られるか、あるいはノロケられて甘えられるとか、こっ恥ずかしい事をされるかのどれかだろう。全部遠慮したい展開だ。

『本日の開館時間は終了致します。本の返却、または貸し出し等も同じく終了致しますのでご了承ください』

 そこに閉館時間を知らせるアナウンスが入った。今のを聞いて、はやて嬢達の談笑も終わったようだ。

「それじゃあね」
「うん、またね」

 玄関へと向かう――つまり、俺のいる方へと歩いてくるすずか嬢に、俺は帽子を深く被って、出来るだけ顔を見せないようにした。幸い、彼女は気付かなかったようで、少しほっとする。

「さて、帰ろか」
「はい」
「そうだな」

 すずか嬢との会話に結構満足したらしく、機嫌のいいはやて嬢に、俺とシグナムは嬉しく思いながら図書館を後にしようとした。

「あの、お客様、本はお戻しくださいね?」
「……失礼しました」

 妙な落ちまでついた。