魔導師。より解釈しやすくするなら魔法使い。
魔力と呼ばれる不思議パワーで物理法則無視、エネルギー法則度外視の超常現象を引き起こせる存在。
それが彼女達だと言う。
魔導師。より解釈しやすくするなら魔法使い。 魔力と呼ばれる不思議パワーで物理法則無視、エネルギー法則度外視の超常現象を引き起こせる存在。 それが彼女達だと言う。 From "Lyrical Nanoha A's" (C) 2005 Presented by 大岩咲美 [TRASH BOX type2] 「あっ、コイツ信じてねーぞ!!」 「あの、その如何にも『世界の隔たりは深すぎる』的な視線は止めて欲しいんですが……」 「あ、いえ、失敬。今時も何もいつの時代も魔法と言うのは信じられない話でして……」 霊力は事の外簡単に信じたんだが。あれか、日本人的に魔法使いは色々NGなんだろう。特に彼『女』達だからなぁ。具体的には魔女っ娘とか魔女っ娘とか魔女っ娘とか。 「続けてくれ」 「我々は魔導師――その中でも魔導騎士と自らを呼ぶ。またはベルカの騎士と」 「騎士、か。ん? それは全員がそうなのか?」 「そうです。私達四人を指してヴォルケンリッターと呼ばれています」 「……騎士という割には剣を使うのはシグナムだけなんだな」 「悪ぃーかよ、ハンマーで」 「すみません指輪で」 「無手で悪かったな」 どうやら個人個人気にしているらしい。 「我々はベルカの騎士であるが、本物、と言うにはやや語弊がある」 「真偽があると?」 「いや、分類で言うと真っ当ではない、と言う意味だ」 シグナムはやや躊躇うように告げた。 「我々はプログラムだ。人間ではない」 ――――。 「それで?」 「闇の書と呼ばれるロストロギア――平たく言えばオーバーテクノロジーのようなものが生み出した防衛機構だ」 「闇の書?」 「闇の書は魔力を蒐集して頁を埋めていく事を役目としている。今まで幾度も主――所有者を替えて何百年も存在し続けてきた」 「頁を埋めていくだけなのか?」 「頁を埋め尽くせば、集めた魔力を使える。恐らく主が望むままにあらゆる事が出来るだろう。だから、主に事情を話し、ご納得いただければ、お前は元いた世界に帰れるだろう」 「だろう、とは少々不確定すぎないか?」 「私達にも闇の書がどこまで出来るのか正確に把握できていない。恐らく実現不可能はないだろうと言うほどに魔力を集めなければならないことから、そう推測しているだけだ」 「……現状最も高い可能性か」 「そうであると、私は思う」 同感だ。他に何も情報が無い現在では、取れる手の一つだろう。 「……一つ、訊ねても良いか?」 ザフィーラがやや重く口を開いた。 「なんだ? こちらが答えられる話などない気もするが」 とは言うものの、何を訊きたいのかは大方予想はつく。 「何故、我々がプログラムだと告げられて、平静でいられる?」 「俺はその程度のことであなた達に偏見を持つ気はない」 『…………』 「とは言え、信じにくいのは解るがな」 つくづく、だな。自分の経験が特異である事を露呈する事にもなるんだが、致し方ない。 苦笑をかみ殺しながら俺は言った。 「俺は、あなた達に近い存在を知っている」 「何? しかし、お前は魔導師を知らなかったはずだ」 「ああ。俺が知っているのは魔導師ではなく、機械人形だ」 内心でノエルさんと月村に謝罪をしつつ、俺は続きを言った。 「彼女はとある一族が作った世話役を主とした人工物だ。いや、だったと言うべきだな。彼女は、確かに人に作られ、感情の一つ一つがプログラムされた人形だ。始まりはそれだっただろうが、俺と知り合ったときの彼女は人間と遜色が無かった。深い愛情があることも知っている。だが、外見も人間そのままに近い事もあって、俺は彼女に全く疑問を抱かなかった」 正体を告げられた後でも信じにくい事実だったが、腕が飛んでくるのを見せ付けられれば納得するしかない。 「それは……我らと同じ、だな」 「だろうと思うよ。彼女は自我を持っていた。確固たる自分だけの意思だ。規定された行動だけしかできない存在じゃない。その瞳の光があなた達にも見える。だからこそ、俺は偏見など持ったりしない」 「そうか……」 「オメェ、すげぇ奴と知り合いなんだな」 「……俺の意思とは関係なくそう言う類のやつらと知り合ってしまうようなんだがな。知り合いに言わせると、人外吸引体質だとか」 「おお、言えてるぜ、それ」 「ちなみにヴィータちゃん。私たちもその体質に吸引された口よ?」 「げ」 枯れた笑みを浮かべる。何故に俺はそう言う類と関わることが多いのだろうかと。 「――さて、肝心な部分に行こう。一番剣呑な部分に」 「解った。どちらから話すべきか……」 「魔力の蒐集から行こう。恐らく、俺とあなた達に取って一番重要だと思うから」 シグナムはやや間を置いて、今まで以上に重々しく口を開いた。 「魔力の蒐集は、そのままの意味だ。魔力は生物全般が持っている生命力のようなものだ。使いすぎれば命の危険がある、そう言う代物。それを我々は強制的に引き抜き、書に蓄えていく」 「……最悪、死ぬのか?」 「ああ。過去、そう言った事例がなかった訳ではない。ただ……いや、言い訳になる。弁解はしない」 「気休めだろうが、俺はそんなに気にしない。そこまで暗い顔になれるのなら信用しても良いと思ってる」 「演技かも知れんぞ?」 「その時は、見抜けなかった俺が間抜けだという事だけだ」 その言葉にシャマルさんが安堵を吐いていた。やや気配が硬くなっていたザフィーラとヴィータ嬢も険が取れていくのを感じつつ、先を促した。 「蒐集は今のところどの程度進んでる?」 「百二十一頁です。全部で六百六十六頁まで蒐集を続けないといけないんです」 「いけない? そう言えば、途中で止めるという事は選択肢にないのか?」 「ない。我々は闇の書の防衛機構及び魔力の蒐集の役目を与えられている。だが、それ以上に我々には成し遂げたい目的がある」 「それは?」 「はやての足を治すんだ」 「……誰だ?」 ヴィータ嬢がむっと俺を睨んでくるが、そう怒られても「はやて」と言う人物を俺は知らない。治すなんて言っているのだから、怪我の類を治したいんだろう。現代医学ではなく魔法に頼っているところから相当難しい状況なのは推し量れるが。 「我々の主だ。闇の魔導書の所有者」 「話を聞くに、あなた達の統制役は闇の書のように感じられたんだが……」 「そう、だな。主はやてには魔力の蒐集の件は話していない。他人から搾取する行為を伝えるべきではないと我々四人で決めた」 「……なるほど。それで闇の書の魔力で足を治す、と言うわけか」 固い意志が彼らにはあるようだ。恐らくは俺の帰りたいと言う願い以上に強い願いが。 「行為自体は推奨できるものではないが――」 「あぁ?」 そう睨むなヴィータ嬢。 「――出来るものではないが、あなた達が取れる最上の手がそれなのだろう? 生憎と俺もその手に乗らざるを得ない状況だ。その痛みと苦しみ、少し肩に乗せてくれ」 「……感謝する」 俺達は運命共同体だ。見放す事も見放される事も出来ない。故意か偶然かはこの際どうでも良い。出会ってしまい、知ってしまった故に、俺は彼女達と袂を分かつつもりはない。 「もう一つの方を教えてくれ。確か管理局だったか?」 「ええ。時空管理局と言うのが今のところ最大の障害になると思います」 「名前から察するに治安組織なのか?」 「そうだ。時空関連のあらゆる事に対して干渉してくる連中だ」 「そいつらも魔導師、なんだな?」 「そうです。Aランク級の魔導師が武装局員として勤めてます」 「……Aランク?」 「魔導師の位です。保有魔力量と瞬間最大出力、制御能力と魔力をエネルギーに変換する効率を総合評価して十一段階に段階分けしたものです」 「Aランクは真ん中だ。とは言え、ランク分けされていても、さらにピンからキリの実力差がある」 「どの程度の脅威だ?」 「我々の敵ではない。数で来られても、突破できるだろう」 「でも、私達の存在が知られてしまうと今後動きが取りづらくなってしまいます」 深く静かに遂行せよ、か。綱渡りのような作戦だ。 「基本的質問、いいか?」 「なんだ?」 「魔法を使えない一般人が魔導師と戦う事は出来るか?」 「…………」 黙りこくったシグナムを見て、俺は落胆せざるを得なかった。 「どうやら、俺はそう言った場面では無力のようだな」 「……いや、待て。私としては疑問がある。まず、そういった状況をあまり魔導師は想定していない」 「そうだよなー。基本的に脅威って思ってんのは同じ魔導師だし……」 「なおさら一般人など眼中にないと思うが……」 「だからこそ、そこが狙い目にもなりえる。もしお前が普通の人間ならばほぼ間違いなく戦力外だが、昨晩見せたあの動きは、私達には見えなかった」 「おお、そう言えば! あの速さは魔導師でも中々出せねえスピードだったぜ」 神速、の事だろうな。 「感心しているところ悪いが、あの動きは早々使えるものじゃない。出来て――恐らく三回。それも数秒程度だ」 「だが、魔力の使用なしにあの動きをされるのは単純に怖い。魔法戦に慣れた魔導師では対処できないだろう」 「魔導師も人間だ。知覚出来ない速度で動かれては捕捉するのが難しい」 シグナムとザフィーラはそう言うが、それはかなり情けない戦い方しか出来ない事になる。 「だとしても俺に出来るのは奇襲しかなくなるな。それも、確実に相手を屠る必要がある」 「あ……」 手の内を広めないために確実に息の根を断たねばならない。 「俺は蒐集を手伝えないようだ。なのに元の世界に還せと言うのはおこがましい話だ。……記憶を消した方が良いんじゃないか?」 どう考えても彼女達に俺と組むメリットがない。荷物を抱えて凌ぎ切れるほど甘い話でもないのだし、なかった事にした方が身のためだと思う。 「そんな……。そんなこと出来ません!」 「ですが、俺には抗う力がない。恐らく敵に捕まれば洗いざらい情報を引き抜かれる。そうなっては俺はあなた達に厄災しか運んでこない事になる。それは、俺としては承服しかねる問題です」 「でも!」 「待て、シャマル。高町の言う事は正しい」 「シグナム!?」 「だが、一面で、と言うだけだ。我々はそのリスクも含めてお前を迎え入れた」 「……何故だ」 言ってはなんだが、俺だったら即座に切っている駒だぞ。 「我々は似ている。居場所がない。その一点に於いて」 「――――」 そうか……。 「我々は似ているんだ。似ているものを見捨てて事を成そうとしても上手くいかないと思う。これは意地に近い身勝手な考えだ。お前の言う通り、デメリットが大きい。しかし、ここでリスクを切り捨ててまで進んでも、後悔が残るだろう。それは確信できる」 「……それに、そこまでしてはやての足治しても、落ち着かねーだろうし」 「随分と利己的な理由だな」 不敵に笑って見せる俺に、シグナムはやはり不敵に笑って見せた。 「ならば、俺には何も言う事はない。迎え入れてくれた事、深く感謝する」 「いや、我らも打算あってのこと。そう畏まらなくても良い」 「同じ身の上だからこそ、お前を見捨てられないだけだ」 「ま、はやての邪魔さえしなきゃアタシは別にどーでも良いし」 「ヴィータちゃん?」 「う、よろしくお願ぇーします」 「ああ、よろしく頼む」 こうして、俺はヴォルケンリッターに迎え入れられた。 その後、俺達は今後の行動について決めた。 一つ、魔力の蒐集に関してははやてと言う人物には内緒と言う事。先ほど聞いたとおり、内密に事を進めたいと言う事からだ。否はない。彼女達の意志は善意から来るものだ。道徳的には許しがたいが、俺達は運命共同体だからな。とやかく言う事はない。 二つ、はやてと言う人物だ。彼女達の主と言う事で、さらにはこの家の家主であるらしい。少し意外と感じた。彼女達の境遇を考えるに、同じく魔導師だと思ったのだが、何やら違うらしい。話によると保有する魔力が膨大にあるが魔導師としての訓練は受けていないと言う。つまり、才能が埋もれている状態なのだそうだ。 「しかし、その人はあなた達を超常的な存在だと解っているんだろう?」 「ああ。だが、この世界を見るとそう言った力は主はやての生活に支障をきたしそうだと思ったのだ」 過ぎたる力、異能というのは排斥されやすいのは解る。俺もそう言った類に属していたから、あまり交友関係は広くなかった。今のところは仕事が絡んでくるので無駄に顔が広くなったんだが。だが、シグナム達がいる事と自分に力がある事を知っていて何もしないのか。 「どうかしました?」 不満が表に出てしまったらしく、シャマルさんが怪訝気に訊ねて来た。俺は言って良いものかと迷いかけ、だからこそ訊かなければならないと思った。彼女達の思考を知るのと、俺の性格を教えるためだ。 「勿体無いと思いまして。力があるのなら使えるようにしておく事はデメリットではないと。使う使わないを別にしてです」 「……それは一時考えたが、結局使えるようになる事こそが騒動を呼びかねないと結論したのだ」 「あなた達がいるのにか? いや、だからこそ蒐集の件を教えていないのか」 「そうだ」 ザフィーラが頷くのを見て、俺の考えが正しい事を知る。 異能を開花させないにしても、すでにヴォルケンリッターという世界の条理から外れた存在がいる。だが、彼女達は彼女達の意志で動いている。だから、行動の責任は自分達で取る。そこにはやてさんに対する責任はない。つまりは、そう言う事だ。 彼女達ははやてさんには普通に生活を送ってもらう事を念頭において欲しいらしい。 「俺が現れた理由はどうする?」 「事実を伝えるだけだ。それだけでいいと思う」 「……自分で言うのもなんだが、確実に信じられない話だぞ」 「まあ、はやてちゃんですから」 「はやてだしな」 「主であるからな」 「問題ない」 マジか。自信たっぷりに断定できるのか。 シグナム達のはやてさんに対する信頼の深さが垣間見えた気がする。多分、間違った方向で。 「――はい、お終いです。体の傷は全部治しました」 「……凄いですね。まさかここまでとは……」 話の間、ずっと治療し続けてくれたシャマルさんに深く礼をする。 「いいえ。私達も色々と酷いことしちゃいましたし」 とは言え、確実に迷惑かけまくってるのは俺の方だ。 改めて礼をして、体の状態を診る。動かす分に違和感はない。那美さんの霊力治療でもここまでの力はなかったな。 「そう言えば、私と似たような力を持ってる方がいらっしゃるみたいですけど……」 「ええ、まあ。ここまで強い力じゃなかったですが」 「魔導師、ではないんだったな」 「ああ。霊媒師と言うか、退魔師のような事をしている」 「レイバイシって、なんだ?」 「簡単に言えば幽霊を浄霊する人「ひきっ」なんだが……シャマルさん?」 「なななななんですかー!?」 シグナムが座るソファーの後ろに回りこんでガクガク震えてるシャマルさん。やや涙目で俺を恐る恐る見てる。いや、俺は霊媒師じゃないんだが。 「えーと、俺はそう言う類の力は持ってないので。知り合いにも悪霊は憑いてないと保障されてますし」 「それとこれとは別ですー! おおおオバケの実在を実証しないでくださいぃ!」 「……我らも似たようなものだと思うが」 「それでも怖いものは怖いのよー!」 まあそんなものだろう。感覚的に見えないものが実在すると言われて喜ぶ人間の方が少ない。 「話を戻しますが、そう言った人達は魔力じゃなくて霊力と呼ぶ力を使っているらしくてな。多分あなた達よりは力が弱いと思うが、超常的な力を持っていた。それで知り合った人に古傷の具合を診て貰った事があったんだ」 「古傷……ですか?」 「ええ、まあ。右膝を……」 あまり話したくない過去なので言葉を濁してしまった。気を使ってもらったのか、それ以上突っ込んだ質問はしてこなかった。ふぅ、少し助かる。 「じゃあ、その膝も治しましょう!」 「え!? あ、ちょっと!?」 バビュッと近づいてくるシャマルさんに咄嗟に反応できなかった。 くっ、見た目的にそんな動きが出来るとは思っていなかった。不覚! いや、じゃなくてだな。 膝に食いつこうとするシャマルさんを押し留める。 「待ってください。御厚意は嬉しいですが、治療はしなくて良いです」 「えぇー!? な、なんでですか!?」 「治るんなら治った方がいーんじゃねーの?」 「……俺はなんとなく解るな」 「私もザフィーラと同じだな」 「はぁ?」 まあ、完全に意地なんだけどな。 「この傷は俺自身への戒めです。身の程を弁えなかった俺の事実。これを消す事は出来ないんです」 「戦士としてのけじめだな。その傷を含めてお前自身と言うわけか」 「ああ。だから、治さなくて良いんです。むしろ治してはいけない」 「で、でも……」 シャマルさんの困惑した顔を見て、本当に優しい人なんだなと思う。あまりこう言う人を困らせるのも気が引ける、と俺は苦笑を浮かべて妥協案を提案した。 「とは言え、痛いものは痛いですから、痛みを和らげる程度の治療はお願いする事にします」 「むぅ、不満ですけど渋々認めます」 「すみません、我侭を言って」 「そう思うなら治させてくれても良いんじゃないですか?」 「シャマル、高町の意志を尊重してやってくれ」 「なんでそう共感してるかなー……」 シグナムにも不満そうな顔を向けるその仕草に、俺は苦笑を深めるしかなかった。 「では、これから主はやてにお前の事を紹介しに行こう」 「行く? どう言う事だ? ここははやてさんの家なのだろう? なら、ここにいるんじゃないのか?」 早朝であるからまだ寝ているのだと思ったのだが、シグナム達の様子からして、どうやら事情があるようだ。 「はやては病院にいるんだよ」 「足が悪いと言っていたな。その関係か?」 「ああ。検査入院と言う奴だ。昨日から今日にかけて泊り込みで検査する」 「定期検査ですよ。症状が症状だけに大掛かりなものをしてるんです」 「……なるほど」 病院の検査と言う言葉に、俺はあまり良い感情がない。と言うか、病院自体を倦厭する。なんと言うか、あの待ち時間と、あの手この手で整体しにかかる某少女な医者がマイナス感情を増幅させているんだが。 って、待て。 「……ちなみに、病院はどこでしょう?」 「? 海鳴病院ですけど……?」 「……遠慮して良いですか?」 「は?」 「え?」 驚き顔の諸君らに悪いが、俺は断固として病院には行かないとたった今決めた。 「ちょ、どういう事ですか!?」 「主はやては優しい方だ。気後れする必要は無い」 「むしろ面白がるぜ?」 「心配は無用だと先ほど言ったぞ」 「そんなものは関係ない。あの病院は拙過ぎる――!!」 知人と出会う確率が高い上に、例え誤魔化せたとしても現在の俺の体の調子を見るためだとか何とか理由をこじつけて体を畳まれるっ。肉体的な痛みは耐えられる自信はあるが好き好んで痛いこと確定な場所に誰が行くものかっ! 俺の狼狽した様子を察したのか、ザフィーラが思い当たったように言った。 「もしや、あの病院にお前の知り合いがいるのか?」 「そうなんですか?」 「確認はしてないが。と言うか、怖くてできなかったと言うか……。とにかく、あの病院に近づくのは勘弁してくれ」 「……お前、病院怖いのか?」 「む、ぅ。ああ、怖い。怖くてかなわない。なので俺はここで留守番を……」 そこまで言いかけた俺を遮るのは四騎士ヴォルケンリッターの面々。 「よし、帽子はこれで良いな」 「服も替えましょうか。ザフィーラの服で大丈夫かな?」 「お、グラサンがあったぜー!」 「ああ、高町。逃げた場合は捕縛させてもらう」 お前ら、面白がってるだろ!! 「まあ、そもそも? 傷が治ったばかりで空腹も手伝って一般人以下の体力しか残っていない俺が魔導師なんて言う魔女っ娘な何でもありな世界観をお持ちであるあなた方から逃げ果せるなど出来るわけがない事を痛く痛感しつつああ二重表現なのはそれほどまでにこの状況を恨みまくっている事の証左でありかくしてこの扱いに対する俺の怒りと悲しみをどう処理したら良いのかと小一時間ほど考えたいと思うのは当然の帰結である事は否めなく考え詰めた結果黒いスーツが赤く染まりながら髪を逆立てて怒りの超形態に移行する事は筋が通っている事だと思うのだがどう思いますかね各々方」 「とりあえず、諦めたら良いんじゃねーの?」 「いきなり極値な結論に持っていくなヴィータ嬢……」 ちゃん付けで呼べないほど疲弊しきっている俺にヴィータ嬢は面白がって笑っていやがる。畜生! 俺は可哀想なんかじゃないんだぞ!? 結局のところ、俺が全力で脱出を試みるもあっさり光る縄で捕縛され、あーだこーだと目の前に服を並び立てて変装の準備をするヴォルケン野郎どもを恨みがましく睨むことしか出来なかったのである。最終的に、顔見知りに顔が見られなければあとは何とでもなると言う方針の下、普段俺が着る衣装と若干離れたものと帽子を被せて変装は完了した。 だが、なんだってライダースーツがあったのだろうか。この連中ならバイクなど使わなくとも自力で音速近く出せそうな気がするんだが。あれか、黒いからか。これで赤いマフラーがあれば俺は風力発電で強化外骨格を纏わなければならないのか。 「ふむ。やはりシルエットが映えるな」 「ザフィーラ、今ここで斬り結ぶとしても俺はお前に負けない自信と意地と恨みがある」 「いいではないか。別段女装させようとしたわけではあるまい」 「そんな事された時点で俺は自害するぞ」 「だからこそ自重したのだ」 「お前がか」 「シャマルが、だ」 前を歩くシャマルさんを恨めしげに睨みつける。びくっと肩を震わせる彼女の怯えた様子を見て胸の溜飲が少し下がった。そこ、鬼畜とか言うんじゃない。 「……今後、俺は彼女との接し方を改めなければならない」 「固い決意だな。崩れる事がない事を祈っててやる」 その頼もしい言葉に俺は涙腺が緩んだ。ふ、だが男の意地で泣くのは堪えた。 「第一にしてバイクがないと言うのにライダースーツを持っている意味も着る意味もないと思うんだが」 「それがはやてなんだよ」 「……今俺は日本語の神秘を味わった気がする」 だんだんとはやてと言う人物に対してイメージが膨らんでくる。主に悪印象であるが。しかし、彼女達が絶大な信頼を寄せているのでプラス補正は変わらないのだが。 「着きましたよー」 ぶちぶちと愚痴を零していたら、いつの間にか病院に到着していた。バスでの移動時間も不審な目で見られてた。そりゃあライダースーツ着てなんでバス乗ってんだと言う疑心に満ちた目で。移動時間を無駄に時間を使ったとしか思えないのは、彼女達が悪いと断じる。俺を玩具にするのは本当に勘弁して欲しい。そんなものは元の世界だけで十分だ。 「さて、一応周囲に気を配っておこう。確か、高町の顔見知りはフィリス・矢沢と言う医師とリスティ・槙原、だったな」 「…………………………………………」 「高町? おい、高町。いつまで不貞腐れている気だ」 「不貞腐らせたのはお前らだろう。……まあ、そろそろ元に戻る」 「お前が一番気を付けなければならんのだぞ」 「無理矢理引っ張ってきたのは誰だ」 「そんな問答は後にしろ。来てしまったのだから、せめて見つからないようにするべきだ」 ザフィーラに窘められるシグナムと俺。 まあ、いい。色々諦めると言うか、開き直らなければ俺の人生は進まない事が多々ある。この程度のことなどさっさと超えるべきだ。 「話を戻そう。恐らく一番遭遇しやすいのがシグナムがさっき言った通りの二人だ。どちらも銀髪なので見ればすぐに解る」 「そんな特徴的ならば我らも見かけていると思うが……」 「あー、フィリスさんは形成外科で診察を主にやっているから、院内を歩き回る事は少ない。リスティさんは、まあ、神出鬼没な人でな。滅多に人に見られることなくフィリスさんの診察室にやってくる人だ。どちらもあまり院内を歩き回ることはないと思う」 「……他に何か気をつけておく事はありますか?」 「後は家族関係だが……世界が違っても人物は同じだ。気配は読み間違えないと思う。気付けば知らせるので壁になって欲しい」 「解った。では、行こう」 そうして院内を歩くが、別に何の問題もなく病室に辿り着いた。ヴィータ嬢は少し物足りなさそうな顔をしている。いや、早々騒動が起こって欲しくはないんだがな。 「失礼。主はやて?」 シグナムがドアをノックする傍ら、俺は病室の名札を何とはなしに眺めた。 八神はやて、か。少なくとも俺の周りにはなかった名前だ。八神と言う苗字も、はやてと言う響きの人物も。もしかしたら俺の世界にもこの人がいるのかもしれない。そう思うと妙な気分になるものだ。 「高町、入るぞ」 「ああ、解った」 ヴォルケンリッターに続いて、部屋に入った俺が最初に見たのは、病院特有の白いベッドに座る病院服の少女だった。ベッドは大して大きくもないのに、彼女がそこにいるだけで酷く大きなものに見えてしまうくらい、彼女は小さい存在だった。 「……女の子、だったのか」 「オメェ、はやてを何だと思ってたんだよ?」 「いや、名前から男だと思ってたんだが……」 まあ、完全に俺の思い込みだった訳だが。 「おはようさん、シグナム」 「ええ。おはようございます、主はやて」 「検査の方はどうなってます?」 「午前中で終わるらしいで。いつになく順調とかゆーてたわ」 「じゃあ、今日ははやての飯が食えんだな! シャマルの飯って微妙にマズイ……」 「ヴィータちゃんっ?」 「なんだよー、ホントの事だろー?」 女性陣が話に花を咲かせているのを、俺は半ば呆然と眺めていた。 ――似ている。 はやてと言う少女にあの子がちらつく。懸命に重ねないようにと努力するが、出来なかった。 そんな彼女が俺の姿を見つけて首を傾げた。 「あれ? そっちの人は誰なん?」 「ああ。彼は高町恭也と言いまして……」 「えーと、色々込み入った話になるんですけど……」 「どないしたん?」 彼女達が説明している間、俺は漸く我に返った。 色々と思うところはあるが、要は慣れだ、慣れ。たまたま似ていたに過ぎない。そもそも似ていることがおかしい。あいつは高校生だ。それも三年だ。なのに似ているとか見間違えたとか言うのは笑いの種になるだけだ。と言うかだな、似ているあいつが悪い。何故にその年齢になって成長速度が著しく遅いのだ。 かなり理不尽な言いがかりでどうにか心の平静を取り戻しておく。 「へー、違う世界の人なんかぁ」 「……あまり驚かないんだな」 「んー、ヴィータ達の事もあったし、ちょっと耐性ができたっぽいな」 「そうか。それで、その……俺には身寄りがなく、帰る手立てが見つかっていないんだ」 一つ嘘を吐いた。帰る手立てがあるからこそ俺はここにいるのだが。 かなり頼みにくい事を、見た目通りの少女に頼んでいいのかと悩み、続きを言いあぐねていると、はやて嬢はにっこりと笑って言った。 「ほんなら家に泊まればええやん」 「え……?」 「誰も知り合いがおらへんのは辛いことやから。そんな思いするよりかは、誰か傍におった方がええやろ?」 「……いいのかい? 俺はかなりの不審人物だと思うんだが」 「でも、シグナム達が認めてるんやろ? なら、あなたは良い人決定やね」 ああ。なんと言うか、この少女は温かいな。そう、人の優しさと言うものをしっかりと持っている。 「ふぅ、完敗だな。君のいても良いと言う言葉に甘えさせてもらってもいいか?」 「せやから良いって言ってるやん。私はなんも問題あらへんよ」 「よかったですね! 高町さん!」 「ありがとうございます」 喜んでくれてるシャマルさんにお礼を言いつつ、俺ははやて嬢に向き直った。 「改めて名乗ろう。高町恭也。これからよろしく頼む」 「うん。私は八神はやていいます。よろしくです、迷子さん」 「…………………………………………………………………………………………………………」 「その、なんだ、えーと、だな」 「あー、まあ、あれだよ、あれ」 「ええええええーと、気にしない方向で……」 「シャマル、シグナム、ヴィータ」 『うっ』 「貴様等、そこに直れぇ! たたっ斬ってくれる!」 「お、落ち着け! お前自身が迷子だといったと聞いたのを教えただけだ!!」 「病院内で刃物は禁止ですー!」 「待て。早まるな高町!!」 「おお、時代劇かー?」 「はやて、大物だな……」 |