その日、アリサ・バニングスは友人である高町なのはの家から帰る途中だった。なのはの家が経営している喫茶店の新商品の寸評会なるものに出ていたのだ。アリサは毎回この会には出席するようにしている。何せ、タダ同然で美味しいスイーツが食べられるのである。女の子ならば、これに出なくてどうするか、と言うわけだ。
 しかし、油断してはならない。何せ、『新商品』なのだ。中には、先を狙いすぎて奇抜なものが出てきたりするのであるが、それは各自で判断しなければならない。今のところ、アリサは過去三回ほどその奇抜なものに出くわしてしまった。なのはは七回ほどあるらしい。さすが、娘には遠慮がないと見える。だが、アリサとなのはの共通の親友である月村すずかは一度も当たっていない。彼女は異様に勘が鋭いので、おそらくそれで見分けているのだろうと思う。ちょっと、その能力が欲しかったりするアリサである。
 さて、前置きはこのくらいとしよう。現在、アリサは迎えの車を呼ぶことなく徒歩で帰宅中だった。高町家を出たのは夕刻前。まだ明るいから大丈夫であろうと言う安易な考えから、歩いて帰ろうと思い、連絡しなかったのだ。資産家の娘にしては、少々軽率な行動と言える。
 自宅への近道として、街でも有数の大き目の公園に入った。いつも使っている林道を通っていると、ガサリと葉の擦れる音が聞こえた。風が揺らした音ではない。明らかに何かが葉を擦らせたのが判った。
 動物だろうかとアリサは首をかしげた。このあたりには野生の猫が多くいるので、それかとも思った。あるいは、ここは神社に近いから噂の子狐が出たのかとちょっと期待したりもした。
 しかし、少女の予想は大きく崩されたのである。
 藪から出てきたのは、男だった。ぼろぼろで少し焦げ臭い服にべっとりと血を塗りつけた男が、草薮から出てきたのだ。

「えええええええええええええええ!?」

 これにはアリサもびっくりである。というか、驚かない人間がいるのだろうか。
 まあ、ともかく。怪我をしていることだけは判ったので、アリサは思わず駆け寄ってしまった。

「だ、大丈夫ですか!?」
「その前に一つ。不審人物に不用意に近づくのはやめなさい」
「あ、はい、そう言えばそう――じゃなくて!! あなた、そんな忠告してる余裕あるの!?」
「ないな」

 ドクドクと血を流しながらも余裕そうな顔で言われると訳が解らない。本当は血糊なんじゃないかと思いはするものの、明らかに鉄臭い匂いを漂わせているので、この男が非常に危険な状態だと言う事だけは確実である。

「と、とにかく救急車!」
「駄目だ」
「はぁ!? この期に及んで病院嫌いとか言うんじゃないでしょうねぇ!?」
「いや、嫌いは嫌いだが、公共施設の世話になるは避けたい」
「訳ありってこと?」
「平たく言うとな」

 ちょっとマズイんじゃないか? 今まさに、危ない人間に関わってるんじゃないか?
 そんな疑問が頭を掠めたが、こうして瀕死同然の人間を放置する考えはアリサにはなかった。

「え、えーと、じゃあ、ウチの主治医に見てもらう? それだったらなんとかなるでしょ?」
「主治医、なんてものが君の家にはいるのか。もしかして金持ちか?」
「世間的にはお金持ってると思うけど……」

 どの程度、と聞かれると答えられない。

「ともかく、それだったらいいの?」
「まあ、それならいいか」
「じゃあ、連絡するわよ?」
「任せる」

 すちゃっと携帯電話をとりだして、自宅へ電話する。
 怪我人を拾った事となにやら訳ありだと言うことを伝えると、いつもアリサを送り迎えしてくれている運転手の鮫島は黙って頷いてくれた。

『それでお嬢様。その方のお名前はなんと申しますか?』
「あ、聞いてない」

 振り返って血塗れの男に訊ねようとして、アリサはようやく気づいた。さっきまで、気が動転してて顔をよく見てなかったのだ。

「……あれ?」

 ごしごしと目を擦ってみても、目の前の状況は変わっていない。相変わらず息荒く、苦しそうな様子なのに顔だけは涼しげな男がそこにいるだけだ。
 あらゆる意味の確認として、アリサは男に名前を訊ねてみた。

「――ね、ねえ、あなた、名前は?」
「高町恭也」
「うっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 少女の声は茜色の空に高らかと響いたのであった。

〜・〜

 迎えの車に怪我人を押し込んで、バニングス邸に到着すると、早速治療が開始された。傷口を縫合し、包帯を巻くという簡単なものであるが、当人が何故か入院を断るので、応急処置しかできなかったのである。そのうちちゃんとした治療を受けることをアリサが取り付けることで、一応の決着とした。

「恭也さん、ですよね?」
「いかにも。俺は高町恭也だ。ちゃんと名乗っただろ?」
「えーと、私の知ってる恭也さんとちょっと違うような……」
「……もしかして、君はこの世界の俺を知ってたり、ましてや知り合いだったりするのか?」
「そうですけど……」
「――実家に帰らせてもらう」
「用法間違ってますからっ!」

 ふらつく足取りで立ち去ろうとするのを、アリサは止めた。意外なことに腕一本で恭也を止められてしまった。友人であるなのはの兄の高町恭也はなにやら武術をやっているらしく、簡単に捕まえられないし、付け加えてアリサのような子供が掴んだだけで止められるはずがない。なのに、抵抗が弱いのは相当弱っていると言う事だろう。

「ほらぁ! 重傷なんだから、安静にしてなきゃ駄目ですよ!」
「……ぬぅ」

 不満たらたらな恭也の顔を極力見ずに、ベッドに寝かしつける。

「さっき、この世界の恭也さんって言ってましたけど、どう言う意味ですか?」
「迂闊だった。なんで口を滑らしてるか俺は。こう言う場合はとりあえず煙に巻いてしまえばどうにでもなるか、相手は子供だし。というわけで――俺はそんなこと言ってない」
「モノローグが滅茶苦茶駄々漏れです」
「何のことだ?」
「そこで心底不思議そうな顔しないっ!」

 絶対違う。この男は、アリサが知っている高町恭也であるはずがない。アリサが知っている恭也はもうちょっと爽やかで、しっかりしてて、頼りになるお兄さんなのだ。決してこんなギャグよりで、不遜で、目つきの悪い人じゃない。
 となれば、だ。こう言う人間には相応の対応というものが決まってくるのである。

「一つ、教えなきゃならないことがあるんですよ」
「なんだ?」
「治療費」
「――――」

 その言葉だけで、恭也はだらだらと脂汗を流しまくった。シーツが水浸しになるんじゃないかと心配できるほどだ。
 こうかはばつぐんだ。
 なら、ここを攻めてやる。

「傷の縫合は大した金額にはならないみたいだけど、包帯代とか? 輸血代とか? 宿代とか? ああ、そう言えば、さっきの言葉を信じるなら、あなたはこの世界で戸籍がないから治療費は全額自己負担になるんですよねー?」
「き、汚い……。小さな子供がそんな腹黒い事を言うもんじゃないぞ!」
「えー? 聞こえなーい。むしろ、持ってんの? 持ってないの?」
「ぬぐっ!」

 この慄きよう。どう考えても持ち合わせがない事を示している。

「鮫島、怪我の治療代、しめていくらかしら?」
「ここに」

 電卓を恭也に見せると、脂汗が更に増えた。これは、マジでヤバイらしい。

「ふ、ふふふ。幸いなことに俺には持ち合わせがない。ひいては、不足分を補うためにダンジョンに潜ってモンスター狩りをしようかと思うんだが、どうだろうか?」
「いまどきスライムが本当にお金持ってると思ってます?」
「あの軟体生物のどこに賃金が発生するのか解明したいんだ」
「アホなこと言ってないで、耳揃えて払いなさいよ」
「…………」

 閉口するしかない恭也をアリサはニヤニヤと眺める。あっちの恭也は年上と言う事もあって、こんな話し方なんてした事なかったので、逆に新鮮だった。あと、困ってる顔見ると楽しくて仕方ない。
 しかし、相手は怪我人だ。あまり長い間起きていると傷口が開いてしまう。この辺で虐めるのは止めてあげよう。

「ま、治療代を返す方法の一つは、心当たりがあるけど?」
「なに!? 真か!? なら、やる! 借金は返さなければな! 大人として!!」

 後に、彼は後悔する。話の詳細を聞かずに了承してしまった浅はかさに。なんで受けちゃったかなーと。

「で!? その方法とやらはなんだ!?」
「それはね――」






















Dual World パラレル編

アリサのごとく!?

From "Dual World" (C) 2007
Presented by 大岩咲美 [TRASH BOX type2]





















「んじゃ、行ってきまーす」

 そう家人に声をかけて、アリサはアイドリング中の車に乗り込んだ。窓越しに手を振り、若干心配そうな顔をしてるデビット・バニングスに向けて笑顔を見せた。
 見せていた。
 見せ続けていた。
 と言うか、いつ出発するんだコラ。

「――ちょっと、恭也さん? なんで出発しなおわ!?」

 がっくんと車がつんのめった。

「あ、エンストした」
「わざとでしょ!? ぜぇったいわざとでしょ!? この前峠道、側溝に片輪引っ掛けてドリフトしたわよね!?」
「えーと、アクセルをゆっくり入れながら、クラッチを一気に放す」
「逆ー! 逆だから! アクセルを入れつつ、クラッチをゆっくり放すのよ! と言うか、そんなんでよく免許取れたわね!?」
「俺、AT限定だしなぁ」
「なんですとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 朝から喧しい連中であった。
 デビットが心底心配顔でオロオロしてるのはいつものことなので、使用人たちは華麗にスルーしていた。

〜・〜

 執事。
 それは、主の身の回りの世話をし、時には遊び相手に、時にはサンドバッグに、時にはピエロになったりと、やや芸人としての才能を求められる尊き仕事である。いや、仕事に貴賎なんてありゃしねーけどさ。
 時間を昨日の夕方にまで戻してみよう。

「執事? 俺がか?」
「そうよ。お金、ないんでしょ? 手っ取り早く返したいんだったら、働いて返すのが真っ当な方法よね?」
「それで、執事なのか」

 まあ、恭也の素性を考えれば、おいそれとこの辺りで職探しなどできようはずもない。更に言えば、今は怪我を負っている身だ。あまりちょこまかと動くのは体に障る。しっかりとした休養を取って、それから後に目一杯働いて恩を返せばいいのだ。

「うーむ、しかし俺に羊が勤まるのだろうか」
「誰も勤まんないわよ! 人間やめたいんですか!?」
「時々思うこともある。ああ、羊になって草をむしゃむしゃ食って人生を謳歌したいなぁ、とか」
「怪我の治療じゃなくて心の治療が必要みたいね」
「是非とも頼みたいね。あの連中、散々俺を虐めてくれたからな。どこかが歪んでいても不思議じゃない」
「どーにもアタシには、恭也さん自らの特性だと思うんですけどね」

 ピポパとアリサが電話して精神カウンセラーを呼ぶ算段を立てる。なにやら明日にも来てくれるらしい。

「じゃ、先生も明日来るって事だし、怪我もあるんだからさっさと寝てくださいね」
「いや、何から何まですまんな。とりあえず金を返したらさっさと消えるからな」
「淡白ですよね!!」
「そうか? まあ、怪しい男だし、この家に置いとくのは家長が許さんだろ」
「パパは説得したから大丈夫よ。まあ、交換条件として恭也さんを執事にして働かせろって交渉したんだけどね」
「そうだったのか。じゃあ、恩を返したらさっさと消えるから安心してくれ」
「やっぱ淡白ですよね!!」
「そうか? まあ、明日もなにやら診察っぽいし、さっさと寝るとしよう」
「マイペースですよね!!」

 そのまま眠ってしまった。なんて図々しいんだ。
 しかし、明日の診察料も借金に上乗せするんだし、今はいい夢を見させてやろうとアリサは部屋を後にしたのだった。
 その後、怪我の治療は順調に進んだ。
 心の治療は全く進まなかった。

「一先ず、動き回っていいとお達しが出た」
「これでようやく執事業務ができますね」
「ふむ。しかし、俺は執事なんてやった事がないんだが。そもそも、身の回りの世話と言っても、何をすればいいんだ? 添い寝か?」
「めっさからかってるでしょ!?」
「え、違うのか?」
「心底不思議がらない!!」

 このくらいの歳だったら、添い寝はデフォじゃないのか。なのはだって時々、桃子と寝ていたりするのに。

「アリサ嬢、こういうのは子供の時にしっかりやっておくべきイベントだぞ? 大人になってからでは、デビット氏が変態扱いにされてしまうからな」
「君は雇い主を目の前に捕まえて、わざわざそれを言うかね」
「むしろ煽ってるんですがね。子供と添い寝なんて、後数年で出来なくなりますよ?」
「アリサ! 今日はパパと一緒に寝ような!」
「パパは今日から一ヶ月海外出張でしょ?」
「そ、そうだったあああああああああああああああああああああああ!!」

 号泣してる。娘との添い寝イベントのための好感度とイベントフラグの建て方を間違えてしまったらしい。

「パパは……パパは残るぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「旦那様、そろそろ出発のお時間です」
「鮫島! 私は行かないぞ! アリサと添い寝すr」
「はいはい、その前に働かない父親に幻滅しますから」
「――速攻で帰ってくるからな!!」

 ばびゅんと部屋を出て行ってしまった。その後をこれまたばびゅんと追う鮫島も鮫島だった。

「あー、それで、恭也さんには執事の仕事教えますね」
「しかし、仕える主が出て行ってしまったからなぁ」
「展開的に解るでしょ!? 恭也さんは私の執事になるんです!」
「な、なんだってー!?」
「ぜってぇわざとだよこの人」

 その通りである。

「それで? 俺はこれから何していけばいいんだ?」
「とりあえず、執事になるんですから、それらしい格好しましょうよ。日本人は形から入るもんだし」
「君、見た目からして日本人違うよね?」

 で、執事服を着てみた。

「うーん。似合ってる」
「そうか?」
「すっごくムカつく」
「なにが!?」
「似合いすぎてるー!」
「なにがー!?」

 執事の仕事その1、お茶。

「じゃ、お茶入れて。アールグレイね」
「ん」
「目の前でティーバッグ行為!?」
「美味いか?」
「安っぽいわよ!」

 喫茶店の息子の癖にお茶はティーバッグ推奨!? なにそれ!?

「仕方ない、真面目に淹れてやるか」
「仕方ないって言っちゃうのかよ! と言うか、どう考えても真面目にやるのが普通でしょ!?」
「と言うわけで淹れてみた」

 ギャグっていいよね、描写が楽で。(ちょ

「あ、やっぱり美味しい」
「まあ、この程度にはな」
「しかも、あの翠屋のお茶のまんまだ」
「葉がやや違うから、加減が難しい」
「でも、ちゃんと美味しいです。これ、なのは達にも飲ませてみたいなぁ」
「馬鹿者。不自然だろうに」
「ま、そうなんですけどね」

 しかし、この人がここにいる事を、ついでに言うと自分の執事やってる事をちょっと自慢して周りたいのも確かである。

「ふむ、基本的に執事はお茶酌み係か」
「仕事として、庭の手入れとか、掃除もありますけど」
「庭か……盆栽は……」
「ないです」
「くっ……」

 何気に必死に涙を堪えていた。

「他には?」
「うーん、普通にやってちゃ面白くないし」
「面白さを求める場面なのか?」
「何言ってるんですか? これ、一発企画なんですよ? はっちゃけないでどうするんですか」
「君は嘘予告で十分はっちゃけただろ」

 はいはい、未来ネタと圧縮版ネタ禁止。取れなかった人もいるんだからね?

「あ、そう言えば、恭也さん、免許持ってますか?」
「普通自動車と普通二輪なら」
「じゃあ、私の登校の送り迎え係に任命しちゃいましょう」
「任せろ。テロリストが放つロケット弾を慣性ドリフトで華麗に躱せる俺だ。何が起こっても無事ここに帰ってこれるぞ」
「私、早まったかもしれない」

〜・〜

 とまあ、そんな感じで恭也は執事見習いとしてバニングス家に居候する事になったのである。
 基本的に体力の有り余ってる恭也は、家事掃除の体力勝負な仕事はきっちりこなし、他の使用人とも上手くやっているようである。ただ、使用人たちには込み入った事を話せないので、目が悪いと言う理由をでっち上げてサングラスを着用し、髪をオールバックにして、人相の差別化を図っている。何気にみなさん気付かないものである。

「高原さーん! こっち手伝ってー」
「解りました。よいしょっ、流石に女性にはこの重さは難しいですね」
「助かったわぁ。鮫島さんが旦那様についていっちゃったから、男手が足りなくて」
「体力派なので、いつでも使ってください」
「じゃ、さっそく、それ、厨房まで運んでね」
「お安い御用」

 ちなみに、恭也は表向き高原恭介と名乗っている。すんません、耕介さんととりあえず心の中で謝っておくのは忘れない。
 まあ、このようにして、借金返済に明け暮れる恭也であったのだが、この男に平穏無事と言う人生など、誰も望んでいない訳で、お約束の事件である。

「高原さーん!」
「ん? どうした、なのは嬢にすずか嬢」

 今日はデビット氏が社交界に行くと言う事で、そのお供として恭也が駆り出された。アリサも参加することが決まっており、そう畏まったものでもないと言う事で、アリサの親友である高町なのはと月村すずかがパーティ会場に同行したのだ。
 恭也が会場の外の駐車場で涼んでいた所に、血相を変えた二人がやってきたと言う按配である。

「アリサちゃんがいなくなっちゃったの」
「こっちに来ませんでしたか?」
「トイレではなくてか?」
「それにしたって三十分も戻ってきてないんです!」
「大きい方かもしれんだろ」

 実も蓋もありゃしない。恭也の言葉に二人は若干引きつった顔を見せたが、気を取り直した。

「とにかく、探しに――」
「あ、あれ!」

 と、すずかが指差した薄暗い方向には、丁度アリサを車に投げ込んでいる人影があった。

「誘拐!?」
「乱暴だな。三流以下だぞ」
「変な感想言ってないで、追いかけないと!!」
「全く、あの子もあの子で抜けているな」

 落ち着きまくってる恭也を子供二人が急かす。それに乗るわけではないが、一先ず、走って車に向かう。

「おーい。今押し込んだ女の子は俺の雇い主なんで、返してくれんかー」
「や、やる気ゼロ!?」
「しっかりしてください! 高原さん!!」

 と、言われても。車相手だしなぁ。ドアとかぶち破るのも苦労するんだよ。出来れば、穏便に済ませたい。
 恭也のやる気のない制止は、当然聞き入れられず、アリサを乗せた車は発進してしまった。

「ああ!! い、行っちゃいますよ!? どどどどうするんですか!?」
「やれやれ。今ので止まってれば、生きてる事を後悔しなくてよかったのになぁ」
「へ?」

 神速発動!
 あっという間に逃げようとした車に追いつき、

 御神流 奥義之壱――

「一刀――」

 十八番を抜いた。

「――両断!!」

 ――虎切

 振り抜かれた刃は車体に入り込み、ジャキリと音を立ててすり抜けた。
 直後、バゴンッと音を立てて車が二つに割れる。前後に斬り分け割れた片方――後部座席側に飛びつき、座っているアリサを小脇に抱えて、ついでに隣に座ってた野郎をスケボー代わりに背中に飛び乗って車体から離れた。

「あ、あれ?」
「ふむ。腕は衰えてないか。なにより」

 訳解らんまま助け出されたアリサは恭也に抱えられながら首を傾げていた。
 斬り分けられた車は路面をギャリギャリ言わせながら、どう云う偶然なのか、二つがごっつんこして大爆発してしまった。中に乗ってる奴等は、アフロ頭でその辺に転がってる。

「と言うか、足元の人大丈夫かな?」
「物凄く滑ってたよね、さっき」

 脱出の際に靴底がすれるのを嫌がって恭也が足元に敷いたのが、彼である。多分お腹の辺りが凄い事になってるんじゃないだろうか。

「ふむ、一先ず転がってる馬鹿どもは縛っておくんで、誰か警察に連絡してくれ」
「あ、はい、解りました」
「じゃあ、私が連絡しておくね」

 すずかがすちゃっと携帯電話を取り出し、手馴れた様子で警察に電話をかけていた。
 その間、なのははうーんと首を傾げていた。

「どーしたのよ? なのは」
「あ、うん。なんか、あの人、どこかで見たような……」
「ばばばば馬鹿なこと言うもんじゃないわよ! あの人に似てるとか言われたらその人の品性を疑われるわよ!?」

 フォローにしてももうちょっといいのはないのか。

「だって、さっきあの人が使ってた剣ってお父さん達が使ってるのに似てたような気がするし」
「まままままっさかあ!」
「剣で車切っちゃうところなんてまるでお兄ちゃんみたいだよ」
「きょきょきょ恭也さんもあんなことできるのっ?」
「時々鉄パイプとかドラム缶とかばっさりしてるところは見たことあるけど、流石に車はできないかなぁ」
「だよね! そこ行くと、やっぱ、恭介さんと恭也さんは別人なのよ! 解る!? 納得した!?」
「あ、うん。そうだよね」
「電話したよー。すぐ来るって」
「あ、そうなんだ、よかったねー」

 どうやら誤魔化せたようである。アリサは安堵の溜息を吐こうとしたところに、不意にすずかが耳元で囁いた。

「――後でお話させてね、あっちの恭也さんと」
「ひきっ」

 若干一名にばれました。

〜・〜

 翌日。
 アリサの誘拐を阻止した事を評して、恭也は見習いから卒業を言い渡された。

「と言っても、やる事は変わってないんだがな」

 基本的に仕事は同じである。給料がちょっと上がっただけの話だった。

「にしても、速攻でバレたな」
「まさか、平行世界があるなんて思いもしませんでした。でも、恭也さんがここにいるって事は、本当にあるんですね」
「勘良すぎ! なんでバレるかなー!?」
「最初にアリサちゃんの送り迎えで会った時には、あれ? って思ってたんだよ?」
「おかしくない? その勘の良さおかしくない!?」
「それで、昨日の車斬っちゃうの見て、ピーンと来たの」
「無邪気に人の話聞かないし!」
「まあ、お茶でも飲んで落ち着け」
「だから、ご主人様の前でティーバッグ紅茶を作るなー!」
「ふふふ」

 とまあ、こんな感じで、恭也は借金返済に勤しむのだった。

「あ、そう言えば」
「なんだ?」
「誘拐犯捕まえる為に車ぶった斬ったじゃないですか」
「そうだな」
「それで、道路がギャリギャリ削れましたよね?」
「削れたな」
「あれの修繕費出せって、あのパーティの主催者が文句言ってるんですよ」
「金持ちの癖にせこいな」
「ええそうですね。だからこっちで払う事にしました」
「待て、文章が繋がってないぞ」
「払い人は恭也さんにしてありますんで、頑張って返してくださいね!」
「可愛く言ってるぅ!? と言うか、借金嵩んでばっかじゃないか!! 心療治療も俺払いになってたぞ!」
「自分の事は自分で面倒見るのが大人なんじゃないんですか?」
「……くっ、まあ、どうせ一〜二年もしたら返せる額だ。多少滞在期間が延びるだけさ」

 そうぶつくさ呟く恭也に隠れて少女二人がこそこそと、

「次、どうやって借金増やそうっか」
「うーん。とりあえず、ウチの家に招いて、わざと防犯設備壊してもらうとかは? 時々お姉ちゃんが恭也さんにやってるみたいに」
「おお、それいい! しかも定期的に出来るからなおいいわ!!」

 腹黒い算段を立ててましたとさ。

終われ

あとがき
 情景描写? 一発ネタにクオリティを期待しちゃいかんぜよ。