きっと誰も、そう、事態の原因と思われているなのはさんでさえこんな事になるなんて思っても見なかったでしょう。
なのはさんもはやてさんも、フェイトさんもヴォルケンリッターもスバルも、エリオにキャロでさえ、そう六課の全員が、ただ自分の、自分の大切な人の幸せを 望 んだだけだったんです。
……はい、もちろんです。 最初から最後まで私の見たこと聞いた事全てを伝えます。
それが、あの破壊の暴風の中心にいながら、最後まで中立を保てた私だけにできることだと思いますから。
 ――――ティアナ・ランスター、17歳、冬





え? ヴォルケンリッターについてどう思うかって?
そうだな、初めの頃はいやな目で見られることも多かったみたいだな、俺もそうだった
だけど、今はいい戦友さ
力があって仲間思いで、少し気難しいが、まあ、いい奴らだよ……
ん、違う? 女として?
おいおい、冗談は止せよ
永遠のロリと同性愛者とマッドドクターだぞ?
そんな目で見る奴なんて最初の1年で一人残らず消えうせたよ。
っと、誰にも言うなよ?
絶対だぞ?
聞かれてたら地獄の訓練か実験体か
なに、最後の質問?
もし、あいつらの恋人になれるとしたら?



八神はやて陸上二佐についてどう思うかですか?
あの歳、あの境遇で良く頑張ってると思いますよ
身内に実力者が多いですけれど、それでも風当たりは強かったですからね
部隊長として今一番成長している方だと思います
え? 女性としてですか?
全く、あなたは何を聞くのですか、私は彼女をそんな目で見たことはありませんよ
……私が言ったと誰にも教えないでくださいね
可愛い方ですからそんな目で見る方もいたそうです
しかし、それが純粋な心からであってもさまざまな、とある方々がいうには、試練があったのです
具体的には剣やら槌やら薬やら犬ですね
もはや彼女の恋人になることを願う方が存在するなんて私には思えませんよ
はい? まだあるのですか?
え? 彼女の未来の夫となり得る方ですか?



あ、はい、ハラオウン執務官についてですか?
余り昔の事は知りませんから、最近の事ですがいいですよね
凄い人だと思います、尊敬もしています
ああいう大人になれたらいいなと思っていますよ
はい? じょ、女性としてですか?
ぼ、僕には好きな人が……噂でいいですか?
先輩から聞いた話何ですが、同期にいたそうなんです、ハラオウン執務官に告白した人が……
いえ、その人は振られたそうなんですが、後が酷かったんです
その、とある提督にちょっととある地方に栄転させられてしまって、管理局にいる限りミッドチルダに戻ってこれないらしいんです
わ、笑い話ですからね、きっと冗談ですよ、冗談
ぼ、僕はここに好きなひとがいるんですから、どこにも行きたくありません!!
つ、次で最後の質問ですよね
と、とある提督にも負けず、執務官の彼氏になれるかも知れない人ですか?


なんだよ、テメエは? あん? 高町なの……
俺の前であの白い悪魔の名前を口に出すなぁぁぁぁぁ!!
そうだよ、そうだよ、あの女が俺に気付いたらどうすんだよ
ああ、ああ、そうだ、昔からそうだったんだよ
あの女はあふれる魔力にものを言わせて、餓鬼の癖に俺らの教官になったんだ
で、ボコボコにされて、そのことを居酒屋で愚痴ったら、次の日の訓練が2倍
で、ボロボロにされて、そのことを男子更衣室で文句を言ったら次の日の訓練が3倍
で、ズタズタにされて、そのことを一人男子便所で恨み言を言ったら次の日の訓練が10倍
そうだ! 今もあの女が聞いてるに決まってる
伏せろ!! スターライトブレイカーだ!! スターライトブレイカーが来るぞぉぉぉ!!
非殺傷設定だから死ぬこともできんぞ!!
逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!
はあ、はあ、……俺の後ろに立つお前は誰だ!!
え? 最初からいただと?
あ? あの破壊兵器に男できるわけねえだろ!
あれ相手にして男として(ピーー)できる度胸がある
そんな人間いるもんか!
ん、待て、そうだ
1人だけ、そうだ、あいつなら……



「「「「そうだ、あの高町恭也三等陸尉ならきっとなんとかしてくれる……かもしれない」」」」




 



 その日、ティアナ・ランスターは朝から奇妙な胸騒ぎを感じていたと、後に彼女は語る。
それはなのはに本気で殺されると感じた時と同種のものであり、今回、自分には落ち度はないはずだと思いながらもなのはに睨まれたら、まず土下座から始めよ うと酷く後ろ向きな覚悟を決めていた。
まあ、結論を先に言うと訓練施設に高町なのははいなかった。フェイトの話によると3ヶ月以上も休暇をとっていなかったなのはと恭也の二人は人事部に半ば無 理矢 理3日の休日を取らされたらしい。
残念そうにしているスバルには訓練中、背中には気をつけろと、心の中で忠告しておいてティアナはフェイトの話の矛盾に気付いた。良くも悪くも高町なのはに つ いて見る視点が六課の中で最も一般的な管理局に近いが故に、ティアナだけが気付けた。
無理矢理? あの高町なのは、白い悪魔に無理矢理? そんな化け物がどこにいる……
次の瞬間、勢い良く背後を振り返ったのはご愛嬌といったところだろう。

 それはさておき、結局訓練中は何も起こらなかった。
ティアナがなのはに撃墜される事も杖で殴られる事もスターライトブレイカーされることもなく、彼女が相方の背中にカートリッジ1本分丸ごとぶち込んだ事も 含めて変わったことは何もなかった。
そう、機動六課部隊長八神はやて陸上二佐が訓練施設に現れるまでは……




 いえ、はやてさんは別に変なこと考えて来たわけじゃなかったんです。
ただ、たまたま仕事が早くすんで時間が空いたので皆にお弁当を作って持ってきてくれただけなんですよ。
とてもおいしかったです。
他の仕事に出ていた人も戻ってきて皆で和気藹々と楽しく食べてました。
そう、あの時リィン先輩が突然ロボットみたいに固まって、その口から不破さんの声が流れてくるまでは……




 「『主! いや、誰でもいい! 聞こえるか!?』」

「リィン、やないな不破? どないしたんよ、そんな焦って」

「『主! 恭也がなのはにく……』ツーツーツー、ってわ、わたしは何を?」

「あははは! 電話みたいやなぁ」

笑い事じゃないとティアナは心の奥で叫んだ。決して口には出さない。
ここは戦場だ。余計な口を利いた奴から死んでいくぜ。
戦死が一番多いティアナとしては今すぐここから立ち去りたかった。したら死ぬが。
最後には結局彼女が貧乏くじを引く事も分かっていた。結局死ぬが。
口を思いっきり開いて笑い続けている相方を本気で殺したくなったのは何回目だろう?

「というか、はやて。あいつら、今海鳴だろ? 良く届いたな」

「そやな、こんな特技あるなんて思わんかったわ」

「にしても、切れる前の「く」ってなんでしょう?」

上からヴィータ、はやて、シャマル。
あ、導火線に火がついた。

キャロが笑顔で言う。

「「く」……「クリスマス」っていうのは……違いますよね」

「クリスマスは半年も先だよ、キャロ」

キャロとフェイトの会話に辺りが和む。
……ティアナの額に汗が浮かぶ。

エリオが顎に手を当てながら言う。

「「く」……「くすぐった」はどうですか?」

「恭也さんの方がやるとセクハラになりますが、なのはちゃんだとまだセーフですね」

エリオとシャマルの会話に皆の顔に朗らかの笑いが浮かぶ。
……膝に置いたティアナの手に力が篭る。

スバルが頭をかきながら言った。

「「く」……駄目だぁ。思いつかないや、ティアはどう?」

やってくれたな! スバル!
皆の注目がティアナに集まった。
興味津々な目で彼女のことを見ている。
駄目だ。魔王からは逃げられない。

「ティア、何か思いついたん?」

「は、はい、「く」……「く」……」

『「く」?』

後に彼女は語る。
あなたは別の単語でも言えばいいじゃないかとか思いましたね? それは六課のことをただの精鋭部隊と思っている人の反応です。
あそこにいた皆は、隊長たちは違うんです。少しでも嘘をついたらそれはスターライトブレイカーなんですよ。
ですから、しょうがないんです、しょうがなかったんです。

「「く」…「喰われる」というのは……どう……でしょう、か」

一瞬にして空気が凍った。
これは何だ。凍結魔法を喰らったのか?
いや違う。これはプレッシャーだ。世界が恐怖してやがる。
ティアナは自分の運命とかキャラとかポジションとか世界とかスバルとかを恨んだ。もう盛大に恨んだ。
なのはやはやては恨まない、それがティアクオリティ。
そして、これがシグナムクオリティ。

「「喰われる」か、ティアナも面白い事を言うな。流石に高町なのはでも人は食べないだろう。まあ、しかし―――」

意味が分かっていないのはシグナムだけではない。
スバルもエリオもキャロもティアナの言った事の意味を理解できてはいない。
しかし、岩のようにおし黙っているのは、それがやばい事になると感じているからだ。
つまりは、シグナム、空気、嫁。

「―――しかし、不破のあの焦りようだ。もう今頃は喰われてしまった頃じゃないだろうか」

そして、シグナムは何がおかしいのかくつくつと笑い始めた。
空気読めないにも程がある。

シグナムさん、やっちゃったんですね。

もう訓練施設の結界がゆれるほどに魔力の圧力が高まっている。
きっとここから半径1キロからは既に人がいなくなっていることだろう。

なのはさん、犯っちゃったんですね。


「不破! 応答せえや! 不破!」

「はははやて、ちちちち、わた、わた、ででででん…………」

「おい、シャマル! ここから海鳴まで全員跳べるか!?」

「無理に決まってるでしょ! 私に頼るよりどうにかして移動手段を…!」

「ティア〜。 一体ナニがどうしたの?」

「お願いだから! 私に! 聞くなっ!」

「「お願いします、ティアさん! フェイトさんが困ってるみたいで力になりたいんです!」」

「エリオ!? キャロまで!? えと、あの、その、―――つまり、恭也さんとなのはさんがアレで、それで、ナニなのよ。お願いだから詳しくは聞かないで」

「しかし、ティアナ。述語がないと意味が分からないのだが……。主の焦りの原因を聞かせて……」

「黙ってろ! このNon Air Reader!!」

「その呼称もこの頃、良く聞くのだが一体どういう意味なんだ……?」

なんというか、カオス、混沌。
はやてはリィンを激しく揺さぶりながら不破に声を掛け、揺さぶられ至近距離から大声を出されたリィンは気を失い、ヴィータがシャマルの役立たずぶりに嘆く と、シャマルがシャ○印の蛍光緑の薬を取り出し、スバルはティアナに一蹴され、ティアナは幼年組の純粋さに敗れ、シグナムの空気の読めなさに怒る。
機動六課始まって以来の最大の混乱が巻き起こっていた。
そもそも、ツッコミとなれる人材が六課の底辺であることがほぼ確定しているティアナのみである以上、どうあがいても止まらないのだが。
あ、ティアナが業を煮やしたシグナムに殴られて宙を舞った。

「……うん、そう、お願い。皆! クロノがアースラ、海鳴まで使っていいって!」

「クロノ君もフェイトちゃんにはほんまに甘いなぁ」

「自慢のお兄ちゃんだからね」

はやてが黒く笑えば、フェイトもそれに応じる。
ただ、目は欠片も笑っていない。
地面に這い蹲りながらティアナは思った。

こりゃ、止めらんねぇ。

「よっしゃ、演習といこか。場所は海鳴市。ターゲットは高町なのは。彼女のとった人質である恭也さんを取り返してターゲットを撃墜すれば終了」

『Sir,yes,sir!』

何人が賛同しているのか、何人が恐怖に屈したのかはティアナには分からないし、どうでもいい。
天然からティアナに引き金を引かせたスバルも今はどうでもいい。
ティアナはもはや胸騒ぎを超えて、張り裂けそうなほどの心臓の鼓動を感じながら呟いた。

「そうだ、嵐だ。嵐が来たんだ。管理局全体の力を終結して、なお止められない嵐が……」



 そうです。これが全ての始まりだったんです。
六課が管理局最強の部隊として認知され、次元災害レベルの自然災害と認定された事件の……
隊長たちがそれぞれ二つ名の一つに魔王が付くようになったあの闘争の……
そして、六課の乙女たちがそれぞれ結婚という未来を賭けたあの戦争の始まりだったんです。
後に『ジューン・ブライドの悪夢』と呼ばれる一月にも及ぶ地獄の幕開けだったんです。
はい、分かっています。
最初から最後まで私の見たこと聞いた事全てを伝えます。
それが私の役目だと思いますから……