六課の新たな癒し――ヴィヴィオ教祖による、スウィートイオンが六課隊舎に流れ込んでいた。

「ちょ、なんですかこの凶悪な可愛さは!? 撫でていいですか? 撫でていいですかぁ!?」
「落ち着けアルト。そう言うものはな? こう、飴を片手に「へへ、お嬢ちゃん。撫で撫でさせt」
「死ね性犯罪者」
「うわらば!?」
「素晴らしいです、ヴァイス陸曹。まさか定番過ぎて最早古典レベルの犯罪者ネタをやるとは。この高町恭也、感激しました」
「よう黒助。とりあえず、ヴァイスはグラーフアイゼンのしつこい汚れにして構わないんだよな?」
「無論」
「論あり!! と言うか、殺さないでヴィータ副隊長!」
「まったく」

 突発的に六課に入り込んだヴィヴィオの評判は上々のようである。見た目可愛らしい少女を前にして、邪険にできる大人は少ないだろう。かつ、天然なのか計 算なのか、恐ろしいほど愛くるしい仕草と表情を見せるのだ。子供嫌いでない限り、ヴィヴィオを拒絶することは不可能と言える。

「おにーさん、ねむいー」
「む、二時か。そろそろ昼寝の時間だな」

 だっこ、と甘えてくるヴィヴィオを抱き上げて、恭也は行儀が悪いことを承知しながら、湯飲みに残った緑茶を飲み干した。

「すまんが、これで失礼する。全員、業務に励めよ」
「ちぃ! なんで高町の旦那だけそんな役得なんだ!! 俺らは油まみれで、旦那は癒しまみれだとぉ!?」

 異常に悔しがるヴァイス以下ヘリ部隊員。
 まあ、子供をあやすと言うのは外から見れば楽しそうだろう。しかし、なのはを赤ん坊の時から世話をしていた恭也にしてみれば、普通に働いてるほうが楽だと思う。
 何せ、機械は愚図らない、ゴネない、喚かないのだ。人間相手の、しかも子供の我侭に付き合うことの労力を考えれば、ヘリ整備の方が楽なのではないだろうかと。

「おい! 今までの奴、映像に撮ったのはいるか!?」
「ういっす! 高画質ハイヴィジョンっす!」
「たっぷり一時間あります!!」
「よぅし! とりあえず今日のところはそれを垂れ流せ!! あと、手が空き次第編集するぞ!!」
「なあ黒助。これはなのはに報告した方がいいのか?」
「むしろあいつも編集版と無修正版をよこせと迫りそうだな」

 意外、と言う印象を恭也は受けているが、なのははヴィヴィオを可愛がっている。妹のような娘、いや、娘のような妹ができて嬉しいのだろう。末っ子故の、弟妹欲しい病にかかっていたと思われる。
 恭也から見れば、懸命に「お姉さん」をやってるのが見え見えで、笑いを誘う光景だ。

「うーん、アタシにはその辺微妙だなー。叱りそうだし、欲しがりそうだし」
「典型的なパターンは、砲撃してから根こそぎ奪うだろうな」
「あ、がちっと来た」
「ならばよし」

 二人頷く中、ヴィヴィオだけは首を傾げていた。






















Dual World StrikerS

Episode 08 「敵対」
From "Lyrical Nanoha StrikerS" (C) 2007
Presented by 大岩咲美 [TRASH BOX type2]





















「へえ? 楽しそうじゃないか」
「楽しいものか。騒がしいだけだ。碌に刀も振れん」
「そう言うとこは全然変わってないんだな、お前って」
「自分で言うのもなんだが、それが変わってしまったら俺ではないだろう」
「違いない」

 酔いしれた喧騒が店内を包む中、男二人は差し向かいに杯を傾けていた。
 ミッドチルダの歓楽街。その中の一角に、地球で言えば和風のデザインで立てられた飲み屋がある。
 高町恭也は夕刻に貰った電話でここに呼び出された。
 呼び出した本人は、頬を酒で赤くしていい気分で口を滑らせていた。

「高町はあの時からずっとそうやって来たのか」
「どこにいても自分がやることが変わらないと身に染みている」
「と言うより、やることを変えないんだろう?」
「他に何かを思いつくわけでもなかったしな」
「そうかい? 普通の生活を目指してもよかったんじゃないか?」
「普通、か」

 対面に座る男――赤星勇吾の言葉に、恭也は苦笑が出た。
 その言葉ほど、自分と程遠いものはないと思ったからだ。

「生憎普通の人間と生活したことがなくてな。何が普通なのか全く解らん」
「あー」

 それも解らなくはない、そう赤星は零した。
 ただ、彼にしてみても、高町恭也が会社員などの職種につく姿は想像の埒外でもあった。
 学生時代、憧れていた男が世間一般的な枠に納まって欲しくない、なんて身勝手な思いもある。
 しかしまあ、結局、納まるべくして納まった結果なのだろう。

「でもさ、普通に近づくことはできたんじゃないか?」
「近づく……。具体的には?」
「――嫁さん貰うとか」

 ――――。
 男二人に重い沈黙が降りた。

「ないな」
「ないか」
「ああ、ありえない」
「ありえないか」

 男達は深く頷いた。

「飲むか」
「飲もう」
「女将さーん。注文いいですかー」
「はいはい。お受けしますよ」

 男共の晩餐会が始まったのであった。

〜・〜

 いくつかの料理を平らげて、アルコールもある程度回ってきた頃には、店の雰囲気もやや下火になっていた。
 各々の席は徐々に内輪の話に移っているようで、声も途切れ途切れにしか聞こえなくなってきている。そろそろ日付が変わるような時間だ。未だ元気に騒いでいるのは若い連中くらいなもので、中年のグループは静かに飲むペースに変えていた。
 時間はすでに深夜に迫っていた。この店は日付が変わってもまだ続くらしい。帰り支度をするには、二人もまだまだ語り尽くしていなかった。
 頃合を見計らったのか、恭也も声を抑えて赤星に言った。

「……あっちの連中は、どうなった?」

 その言葉に、赤星は呆れるしかなかった。

「お前、今頃それを聞いてくるのか?」
「……………………」

 顰め面を見せて、恭也はグラスを煽った。
 やや据わった目で赤星を睨みながら、言い訳を口にする。

素面しらふで聞けるか」
「俺はいつお前に語りつくしてやろうかって身構えてたってのに」
「……………………」

 黙り込む恭也に、赤星は言葉こそ咎めていたものの、待ちに待った話題に笑みを浮かべていた。
 こうして酒を飲み交わす目的の半分がこれなのだ。自分では中々切り出しにくいことも手伝って、今までは他愛もない近況報告になってしまっていた。
 自分も、また目の前に座る男も、この話は必ずしたいと思っていたことだ。それを考えれば、双方少々意気込みすぎていたのかもしれない。
 恭也の言う通り、酒でも入れなければ話せないほどの、二人にとって重い話題だった。

「酒でその辺りを吹き飛ばそうとしてたよな?」
「適当なことを……」
「下戸のお前がそれだけ酒が進むなんて、それくらいしか考え付かないんだけど?」
「…………」

 無言になって彼は更に酒を煽った。
 空になったグラスを見て、近くを通りかかった店員に次を注文していた。
 かなり照れてるな、と赤星は感じ取った。これ以上機嫌を損ねると帰ってしまいかねないので、早めに話題に入ることにした。

「何から聞きたい?」
「…………」

 訊かれ、恭也は逡巡する。
 十年前、一番引っかかっているのは、やはりあれだろう。
 背中すら見送れなかった妹と叔母。

「馬鹿弟子は生きてるか?」

 若干のおどけを入れたのは、そうであって欲しいと言う願いからくる態度だった。
 自分と彼女の実力差を考えれば、それは悲観せざるを得ないが、あの局面で御神美沙斗はこちらに歩み寄っていてくれていたはずだ。薄まった記憶の中でも、それはまだ覚えていた。
 その後の決着は、傷を負った美沙斗と美由希の戦いになっただろう。そうなれば弟子にも勝機が見えてくる。あの時点で叩き込めることはまだ巨万とあったが、なんとかなる程度には美沙斗は心を開いていたはずだし、美由希の腕もあった……と思う。
 何分十年以上前のことなので、細かいことまでは忘れてしまっていた。

「美由希ちゃんか? ああ、元気にやってるよ。五年前に結婚もしたし」
「なん……だと……っ!?」

 結婚? 結婚と言ったのかこの男は!?

「あの馬鹿弟子が、結婚、だと? なんの冗談だ。お前の妄想か?」
「いやいや、そこまで驚く必要ないだろ。美由希ちゃん、美人になったんだぜ? 美沙斗さん並に」
「はぁ!? それこそ信じられん。あの美由希が、だと!?」

 愛弟子であり、妹分でもあった美由希の今の状況に、恭也は様々なものを砕かれていた。歳が歳だし、そうなってもおかしくはないのだが、彼にとっては殆どありえない未来像だったらしい。
 しかも美人と来た。叔母の美沙斗は古来からある美人像そのままの人だった。修羅に落ちてもその美貌は堕ちないほどに。
 その美沙斗並になったと言うのだろうか、あの美由希が?
 恭也の頭ではどの角度から検証してもその可能性を見出せないのだが。

「酷いやつだなぁ、お前は」
「酷くはないだろ。当然の評価なんだが」
「写真あるけど、見るか?」
「見せろ」

 赤星はハンガーにかけていたジャケットの内ポケットから手帳を出した。その表紙の裏に挟んでいたそれを差し出す。
 引っ手繰るように恭也は写真を奪い、穴を開けるように凝視した。
 そうして目を皿のようにして写真を見続けること約三分。
 最初に一言。

「…………老けたな、高町母」
「言うなよ。最近気にしてるんだから」

 その写真には、高町桃子を中心に高町家全員がいた。
 並び立ち、笑顔を向けている面々に昔の面影を照らし合わせる。が、なんだか数が多い。

「知らない人間が、何人かいるな。と言うか、大体男女ワンセットになってると言うことは、こいつら結婚したのか?」
「そう考えるのが普通だろうに」
「なのはより小さいのが何人もいるんだが? こいつらの子供か?」
「そう考えるのが普通だろうに」
「ちゃっかりお前らも入ってるのは、どう言うことだ? つーか、これ藤代じゃないか? お前の奥さんて藤代なのか?」
「そう考えるのが普通だろうに」

 カルチャーショック中。
 立ち直れないかもしれない。
 世の中、目を放すと恐ろしい方向に物事が進むことが証明されてしまった。

「色々整理させろ。美由希の足元と抱き上げてる二人の子供はこいつらの子供か?」
「そうだよ。長男が5歳で、長女が3歳だ」
「その後ろにいるのは美沙斗さんか。若干老けたか?」
「今は警備隊も引退したよ。最近は専ら縁側でお茶飲んでるのが多いみたいだ」
「何故だろう、ものすごく似合いそうなのにものすごい違和感が」
「それ、お前のことだから」

 若い身空で老成してるのが似合いすぎるからだろう。
 恭也、美沙斗共に、何でそうまで落ち着きがあるのか、赤星には理解できなかった。
 あれだろうか、生粋の剣士とは老成していることが必要なのだろうか?
 いつだかに聞いた、恭也の父親は全然違ったらしいが。

「レンも子供がいるな」
「この時は生まれて二ヶ月くらいかな。今だと、十ヶ月くらいになるか」

 あのレンが母親になるとは、中々想像できない事態だ。恭也の記憶にはまだ小娘としての面影しかないから尚更だった。

「晶は子供はまだいないのか? 男はいるが」
「結婚したばっかりだったよ。相手は同じ空手家だ。オリンピック出場が決まってたはず」
「どっちが?」
「夫婦両方」

 恐ろしいほどの武闘派家族だ。
 自分の家のことを完璧に無視しての恭也の感想は、幸いにも口に出さなかったことで赤星に聞き取られることはなかった。

「なのははクロノか。妥当と言えば妥当だが、こっちのあいつを知ってるからかなり複雑なんだが……」
「ん? こっちにもクロノ君、いるのか?」
「ああ。かなりのお偉い様だ」

 そして会うと必ず小生意気なことを言ってくる。昔に背中を取られたのがよほど悔しいらしい。悔しいも何も恭也からすればがら空きだったのだが。
 さらに写真の中の人物を見ていくと、あることに気付いた。

「…………なあ、赤星」
「なんだ?」
「俺、疲れてるんだろうか」
「俺だって疲れてるぞ。昼間殺しあってたんだし」

 笑えない冗句はやはり笑えなかった。
 恭也は恐る恐る写真を指を刺した。

「月村とフィリス医師が全く変わってないように見えるんだが?」
「残念ながらお前の目は正常に作動中だ」

 若作りってレベルじゃねーぞ!

「月村さんはまあ、あれだけどさ、フィリス医師は全く解らないな」
「ああ、知ってるのか」
「教えてもらったよ。高町関係者は全員知ってる」

 月村忍は、言うなれば吸血鬼のようなものだ。別段血を吸わなければ生きていけないわけでもなく、血を吸った人間を吸血鬼にしてしまうこともない。ただ、種族として血を吸うと力が漲ると言う特殊体質である。
 確か、それを告げられたとき、若さが長く続くと言うことも聞いたことがあった気がする。体質ならばそれで納得できる。実際、こうして若いまま写ってるし。
 ましてや今となってはその程度のことでは驚けない。惑星を破壊できるレベルじゃないともう驚くこともないだろう。全員が本気出すと月くらい破壊出来そうなので。
 しかし、フィリスは―――、

「HGSって、老化が遅いのか? フィアッセも似たような感じなんだが……」

 写真の中のフィアッセは記憶の中のフィアッセとそう変わらない様に見える。歳を重ねた落ち着きが出てきたくらいだろうか。どことなく写真から伝わる雰囲気がティオレに似てきたように見える。
 忍の見かけとテンションの変わらなさとの対比が面白い。
 それにしても忍の変わらなさは異常に映る。確かもう32のはずだ。外見は完璧に学生時代のまま。事情を知ってる人間は良いが、同窓会とかどうしているんだろうか。

「化粧でワザと老けてるようにしてるらしいぞ」
「げに深きは女の化粧術か」
「あー、うん、それには同意する」

 赤星の脳裏に結婚式で見た嫁の姿が再生された。本当に、女性は化粧と服装で全く変わる。着飾ることに拘る理由が良く解った瞬間でもあった。

「真雪さんが言うには、独身女性は三十を過ぎると脳から特殊な物質が出てきて老化を抑制するらしい」
「どこのエイリアンだ」

 ちなみに真雪はようやく老け込んできた感じらしい。
 そう言えば、フィリスがこれだけ変わらないのだからリスティも変わっていないのだろう。是非とも変わっていて欲しいんだが。芸風的に。引退してくれ、マジで。
 その後も写真を凝視する恭也の様子を肴に、赤星は酒を進めた。
 少し眩しいものを見るように彼は目を細めて、親友の表情を読み取る。

 ――ああ、やっぱりずっと気にしてたんだなぁ。

 恭也の流派にある「護るために戦う」と言う理念。
 そして、護りたかった家族達。
 十年前のあの時以来、その役目を真っ当できなくなって、気に病んでいたはずだ。
 それを思えば、短いくらいの時間、一人の剣士は写真を一心不乱に見つめて、

「…………」

 満足したのか、恭也は赤星に写真を返した。
 その表情に赤星は苦笑を浮かべつつ指摘してやった。

「なーに、満足気な顔してるんだよ」
「いや、まあ、あっちの状況が全然解らなかったからな。全員それなりにやっていけていることが聞けてよかった」

 死人もいないようだし。
 ある意味、一番死んでそうな人間が死んでないのだから、かなり幸せな状況なんだろう。

「これでも昔よりは静かになったんだぜ?」
「歳相応の落ち着きだろ?」
「馬鹿言え。お前が死んだって聞かされてからのあの家、とてもまともじゃなかったんだぞ」
「……………………」

 ある程度の予想はできていた。
 高町家にとって自分は、客観的に見れば精神的な支柱の一人だったのだろう。
 そんな人間が爆死。
 家業柄、いつかそれが起こり得ると言い含めてきた。家族に覚悟があろうとなかろうと、恭也が刀を握る限り、いつか被る不幸なのだから。
 恭也にしても、易々と死んでやるつもりもなかった。だが、現実は享年23と言う若さでこの世を去ったことになっている。

「翠屋は一年くらい閉めたし、フィアッセさんはデビュー直後でいきなり休止宣言するし、月村さんは昔みたいに戻っちまったし、晶やレンちゃんなんかずっと泣き崩れてた」
「……………………」
「なのはちゃんはかなり暗くなってたよ。クロノ君が傍にいたからなんとかもったんだと思う。美由希ちゃんは美沙斗さんに詰め寄ってずっと泣いてた」
「……………………」
「そこから、なんとか持ち直してって、ようやくお前が死んだことを受け入れられるようになるまで二年もかかった。そこから、また笑い合えるようになれるのに三年。さざなみ寮のみんなとか、かなり手伝ってもらってな」
「……………………」
「美由希ちゃんに子供が生まれたのが大きかったよ。あれで色々踏ん切りがついたみたいだ。ちなみに、美由希ちゃんの長男は『恭也』って名前だからな」
「……………………」

 それだけ語って、赤星はグラスの酒を煽った。
 当時のことは思い出したいことではない。だが、あの時期があって今がある。
 高町恭也と言う男を全員がどれだけ大切に思っていたのかを知って、そこからこの男に頼りきっていた自分たちを叱咤して、各々が自立して行こうとしたのだ。
 その経緯を、恭也は想像することしかできない。どれだけの苦しみがあったのか。悲しみが彼女達を襲ったのか。きっと、自分が考えること以上のそれにかられたのだろう。

「……………………そうか」

 恭也はそれだけを口にした。
 謝罪はない。感謝もない。
 ただ、現状とそこに至った過程を認めただけだった。

「お前なぁ」
「俺に言えるのはそれだけだ。俺が生きてるのは奇跡だった。普通なら死んでいる。ここでお前と酒を飲めることがおかしいんだ。だから、こいつらに降りか かったのは、いつかあるかもしれなかった不幸だ。その事については散々説明した。そしてあいつらは頷いた。その時に謝罪も感謝も言っている。だったら、俺 に言えるのは何もない」
「……嫌に饒舌じゃないか。言い訳がましく聞こえるぜ?」
「ふん…………あの時点であの対処しか取れなかった自分が不甲斐ないだけだ」
「……お前は、どこまで剣術馬鹿なんだ」
「骨の髄まで」
「あーはいはい」

 まあ、これが恭也の照れ隠しなのは長い付き合いの彼にしてみれば一目瞭然のことだった。
 相変わらず感情の出し方は苦手らしい。この十年で口は達者になったようだが。
 今日はアルコールの力を借りている分を含めて、表情豊かだった。

「そう言えば、お前、藤代を人質に取られてるらしいな」
「まあ、ね。人質と言えば人質かもしれないな」
「犯罪者を庇うのは、お前らしくないな」
「うーん」
 恭也の言葉に赤星は困り顔をした。今の言葉は、成る程、確かにスカリエッティを庇っているようにも取れる。
 しかし、赤星にしてみればあの男は憎むべき敵だった。奴がやっていることは認可できないことだし、個人の性格も最悪だ。どこに好ましいところがあると言うのか。

「あいつに加担してるから庇ってるわけじゃない。ただ、希……家内を人質に取ってるわけじゃないんだよ」
「治療を逆手に取ってるんじゃないのか?」
「確かにあいつじゃなきゃ治せないくらいに酷い状態だったよ、前までは。今は一般の医療機関でもどうにかなるレベルっぽいけど」

 素人目に見ると、赤星の妻の外傷はほぼ治っているとの事。無論、内蔵系の損傷がどの程度まで回復しているかは解るべくもないが、だとしても外の治療機関に任せても問題ないようにも見える。

「つまり、専門家にしか解らない状態なのか」
「そう言う事になる。怪我した場所が場所だけに、慎重になっちまうんだよ」
「頭部損傷、と言うことか」
「ああ」

 赤星がこちらに転移してきたとき、赤星希は怪我を負っていた。目立った外傷は頭のほかに背中と腹部だったそうだ。
 血塗れの妻を前にして赤星は呆然と息が浅くなっていくのを見ているしかなかった。そこへ、スカリエッティがやってきて、治療代の変わりに彼の計画へ加担するように持ちかけられたと言う。

「運が良かったのか、悪かったのか。その良し悪しは置いとくとしても、一つ疑問がある」
「ああ、俺達がこっちに来た原因か?」
「ああ」

 今の今まで、恭也はその事について何も聞かなかった。
 赤星との二度の接触で判明していた事柄を考えるに、おいそれと触れられるような内容ではないと感じ取っていたからだ。
 だが、今日今宵限りは腹を割って話せる空気だった。二人が二人、何も語らずともそれは通じ合っていた。
 グラスの酒をひと舐めして、赤星は語り始めた。

「俺達は事故に巻き込まれたんだよ。半年前、結婚記念日に旅行に行こうって話になってな。ああ、行き先はイギリスだったよ。お前とかフィアッセさんの話聞いてて、一回行ってみたかったから。それで、新東京国際空港で乗った飛行機が爆発して……」
「……また爆発か。いや、それより新東京? 成田じゃないのか?」

 恭也の記憶は十年前でストップしている。こちら側の地球も相変わらず成田が国際線の要所だった。
 そのギャップに赤星は少し驚いた顔をして、次に苦笑に変えた。

「いや、あっちは成田と羽田が廃止になって、東京湾の沖合いにフロートができたんだ。浮島の飛行場だよ」
「ほう? 何でまたそんな面倒な計画が立って実現したんだ?」

 浮島建設もそうだが、既存の飛行場を潰してまでそれをする財力が当時の日本にあったようには思えない。

「当時の総理、えーと、そうだ。財務省の大鳥さんって覚えてるか? あの人があれよあれよと言う間に総理まで行っちゃってさ。当時のメディアとか、凄く賑わったんだぜ? 俺も驚いたもんだ」
「大鳥……ああ、確か一度仕事で話したことがある」
「……俺は数年越しにまた驚かされたぞ大鳥さんに」

 護衛なんて超特殊な仕事を軽々とこなしてた恭也ならそう言う繋がりがあってもおかしくはないが、なんでホントに繋がってるんだろうか。
 もしかして、彼に関わった人間は何かしら凄いことをする連中なのだろうか。死語だが、アゲ男なんだろうか。

「でまあ、あの人が東京の土地事情と話題造り、えーと、あとオリンピックの候補地になったからてんで、色々手を出したのさ」
「随分意欲的なことをしたもんだな。周囲からかなり言われたんじゃないか?」
「まあね。でも、それがあったからか結構政治が面白くなってたよ。稼動型の飛行場なんて、結構未来的じゃないか?」
「こっちは宇宙船がバンバン飛んでるがな」

 そう言えば、と赤星が驚いたところで、話を元に戻した。

「離陸と同時に爆発したらしくてね。幸い前部座席の方で、エンジンの爆発には巻き込まれなかった、と思う」
「あやふやだな。まあ、結局のところ爆発に巻き込まれればよく解らん内に気を失うか」

 自分もそうだったし、と過去の自分の体験を振り返ってみる。

「まあな。それで、気がついたらよく解らない森みたいなところに転がってて、隣に希が倒れてたんだ」
「運がないな、お前」
「お互い様だろ?」

 こちらに来た原因が二人とも爆発がらみと言うのだから、笑えない。

「藤代……赤星夫人の快復は良好なのか?」
「……すまん、その赤星婦人ってのは止めてくれ。お前は藤代でいいよ」

 凄くこそばゆいと赤星は背中を掻いた。言った本人も強烈な違和感を感じていたのでその提案に乗っかった。
 ちなみに、恭也の中に親友の妻の名を軽々しく呼ぶ気はなかった。

「とりあえず、傷に関しては大丈夫らしい。あとは起きるのを待つって感じ。ただ、目覚めるのにも体力がいるから、それがつくまでは安静にした方がいいんだと」
「が、スカリエッティの性格を考えると、どこまで信用していいのか解らない、と」
「そうだ」

 難しい状況だ、と恭也は考える。
 スカリエッティの性格を知っているわけではないが、恭也が直感的に感じ取ったことから考えると相当の食わせ者、あるいは常人では考え付きにくいことを考え、実行するような気がする。
 赤星から聞かされた人物像が尚の事それを補強していた。あまり先入観で物事を捉えたくないのだが、あまりにもあからさまな印象なので、どこまでがブラフなのか、読みづらい。

「運がないな、お前」
「お互い様、にしたいなぁ」

 苦笑いを浮かべて、赤星は言う。

「実はさ、お前には、もう一つ話があるんだ」
「脇道が多かったな」
「うーん、全部が全部脇道って訳じゃないぜ? こうして駄弁るのも目的だったんだ」

 何せ十年だ。
 お互いに知らないことが多すぎるだろう。
 今日だけで全てを語り尽くそうとは思わなかったが、もっといろいろと話をしたいのは確かだ。
 なにより、親友と臆面も無く言える貴重な友人と語らい合うのは、純粋に楽しい時間だ。
 しかし、その楽しい時間を割いてでも、訊ねなければならないことがあった。

「それで、もう一つと言うのは?」
「……簡単に聞こうか。お前さ――」

 ――――あっちに帰りたくないか?

〜・〜

 今日も今日とて、訓練に精を出している新米達。
 その訓練につき合わされている恭也は、溜息を吐いた。

「――で、最早展開が解りきってるので聞きたくないが、あえて訊いてやる。俺に何をしろと?」
「スバルたちのデバイスのモード2の実験台?」
「いや、どっちかって言うと木人役?」
「平たく言ってサンドバッグの方が良いんじゃないかな?」
「なのは、ヴィータ嬢、フェイト嬢。デコピンとアイアンクロー、どちらが食らった回数少なかったかな?」
『ひぃぃぃ!?』

 無論、デコピンの使用度が圧倒的に高いので、自動的にアイアンクローになるわけだが。
 恭也のアイアンクローは、ものすごく痛い。
 普通、頭蓋を鷲掴みできる人間はいないので、あまり実感できることではないのだが、五指がしっかりと頭を掴み込み、かつ持ち上げられるような握力で握り潰しにかかるのだ。
 デコピンは一過性のものだが、アイアンクローは持続性のある痛みなのである。
 過去、これを食らって頭蓋がずれた相手がいるらしいので、なのは達はより一層恐怖していた。

「デバイスのモード2と言うのは?」

 なのは達が怖がったので、お仕置きはとりあえず終了した恭也は、訓練の中身を訊いてみた。

「スバルたちのデバイスは新造されたものなの。だから、デバイスの慣らしも兼ねて能力を一部制限してたってわけ」
「そんで、大体使えるようになってきたから、もう一段階上の出力でやることにしたんだ。で、組み手相手に黒助を選んだわけだ。得意だろ? そう言うの」
「勝手に得意にして欲しくないんだが……」

 過去一言もそんな事を言った覚えのない恭也だった。

「私達でもいいんだけど、やっぱりまだ魔力量で差があるし、実感しにくいと思うんだよね。だから、当たれば効果が丸解りなお兄ちゃんの方がいいかなって」
「……フェイト嬢、慰めてくれまいか」
「えっ!? えぇと、ぇと、その―――!」
「昼飯、奢ってやるよ黒助」
「助かるヴィータ嬢」
「アーッ!!」

 あたふたしてる内に美味しいところをヴィータに持って行かれたフェイトはその場に崩れ落ちた。

「―――で、いつになったら始まるんですか?」

 初めからその光景を眺めていた新人組のリーダーが不機嫌そうに顔を怒らせている。
 他三人は苦笑いだった。今の流れはお気に召さなかったらしい。

「やれやれ。開始を待ってる辺り、お前らまだ素人だなぁ」
「いやだって、周りに隊長方がいるし」
「リイン曹長とか」
「はっ! り、リインのこと見えるですか? 見えてるんですか!? ずっと今までここにいたのに誰にも目線を向けられなかったリインが見えるですか!?」
「あ、やっぱりいないや」
「スバルゥーッ!!」

 スバルもリインフォースUの扱いが解って来たようだ。
 ……解ってはいけない気がするが。

「まあ、要はいつもと同じなんだろ?」
「む」

 その言葉にエリオは少し腹が立った。多少戦力が上乗せされても、問題ないと言っているのだ。
 これは他の新人達も同じようで、一様にデバイスを強く握り締めていた。

「一先ず、やるか」
「ティアナ達のデバイス情報は?」

 解っていて訊いてくるフェイトに恭也は溜息を一つ吐いて、あえて乗ってやった。

「いらん。敵の情報があること事態が異常事態だ。それに多少腕が上がったとて、まだ及ばんな」

 嫌味ったらしくそう述べる恭也に、キャロは顔を膨らませた。
 この四ヶ月近くの訓練で、自分たちが強くなってきたことを実感していただけに、恭也の言葉は噴飯物だったのだ。強くなったからこそデバイスのリミッターを外す許可が下りたのだし、初めての模擬戦以降、ずっと訓練に明け暮れた。
 見返してやりたいと、温和なキャロでさえそう思ってしまう。他の三人はもうちょっと怖い顔で笑っていたが。

「まあ、デバイスが強くなったんなら早めに俺を倒してくれ。そうすれば訓練に参加する必要もなくなるし」
「それって、自分で訓練したほうがいいって意味?」
「そう言ってるんだが?」

 その答えになのはは渋面を作った。
 多人数での連携、と言う意味では、恭也はかなり機能的に動いてくれる。元々が集団戦に重きを置いた御神流だからこそ、魔導師であろうともあっさりと順応 できるのだ。それだからか、恭也は新人達と組む集団訓練をそれほど必要とはしていない。むしろ必要なのは他のフォワード陣なので、彼にとっては殆ど意味が ない。
 しかし、今鍛えなければならないのは彼ではなく彼女達だ。この辺りが難しいのである。
 この集団戦の時間分恭也が自己鍛錬するとそれなりに腕が上がる。しかし、新人達の連携に問題が残る。新人達と合同で訓練すると、新人達は軒並み腕が上がるが、恭也の腕が落ちる。
 どちらを取ればいいのか、教導隊にいたなのはでも難しいところだった。

「そもそもお兄ちゃん並にすること自体が今は無理だし……」

 積み重ねた時間が違いすぎるので、当たり前と言えば当たり前だった。
 また、恭也の実力が低下することは、彼自身の危険度を上げることになってしまう。こうなってくると、頭を抱えるしかない。

「恭也さんて、何をやっても人を困らせるね」
「あいつが人に迷惑がられないことのほうが問題だろ」
「そうなのかな?」
「そうだよ」

 にべもなく言い放つヴィータにフェイトは苦笑を禁じえなかった。

「それでは、デバイスのモード2、実地訓練編をスタートするです!」

 リインフォースUの音頭により、問題と禍根を孕んだ訓練が始まった。

〜・〜

「こう?」
「……そうだ。もう一枚やってみよう」
「わかった」

 護衛対象であるヴィヴィオであるが、隊舎で洗濯物を畳んでいた。傍にはザフィーラがついており、彼女のお守りをしている。同じ部屋にはアイナ・トライトンが掃除をしていた。
 恭也が訓練でヴィヴィオの傍を離れるときは、ザフィーラがその役目に就くことになった。実質的な世話はアイナで、護衛役をザフィーラと恭也が共同で行う。恭也が護衛につく場合は、ザフィーラは本来の任務であるはやての護衛に戻る按配だった。
 この提案ははやてから出された。恭也はシグナムに言われていた企画書の穴をどう埋めるか相談したら、ザフィーラを推薦してきた。自分のガードはいいのか と訊ねたが、総大将に切り込まれた時点で敗北している状況であるし、毒殺でもない限り、不意を突かれても自分だけは逃げられるので、問題ないとのこと。
 とは言え、責任者がやすやすとやられてしまうのも問題なので、ザフィーラのほかにシグナムもローテーションに組み込まれている。
 恭也の役目に、「少女護衛隊長」の役職が追加された形である。就任した事実は知らされてないが。
 はやてがこっそり報告書に付け足しているのである。これも内申向上のための涙ぐましい努力の一つだったり。

「できたー」
「あら、上手にできたわねぇ」
「ホントー?」
「偉いわよ、ヴィヴィオちゃん」
「ママたち、ほめてくれるかな?」
「もちろんよ」

 無邪気に笑うヴィヴィオにアイナは頭を撫でてやった。
 ママたち、と言うのはなのはと恭也のことだ。なのはは今のところの保護責任者であり、恭也は護衛役の隊長だからか彼女が非常に懐いていた。
 ちなみに、なのはが母親なのは彼女自身から言い出したことだ。ヴィヴィオがスカリエッティの研究所で探していた母親の代わりになると申し出たのである。 最初、ヴィヴィオは渋ったものの、やはり寄りかかれる人間がいないことが不安だったようで、なのはを「ママ」と呼ぶようになったのだ。
 しかし、恭也は「パパ」とは呼ばれなかった。もとからヴィヴィオが恭也のことを兄と呼んでいるのが原因だ。なのはの真似をしているのだろう。なのはが こっそり恭也を「パパ」と呼ぶように仕向けようとしたことがある。彼女のなりの悪巫山戯だったのだが、とある二人に徹底的な圧力をかけられた。なのはをし て、背筋を竦み上がらせるほどにである。
 不運にもその場に居合わせてしまったヴィータとシグナムは、部屋の隅でお互い抱き合ってガタガタ震えていたらしい。
 閑話休題。
 ヴィヴィオの笑顔を見ながら、ふと目に入った時計を見つけて、アイナはヴィヴィオの頭を撫でた。

「そろそろ朝の訓練が終わる頃ね。ママたち迎えに行く?」
「え!? いっていいの!?」
「ええ、いいわよ。ザフィーラの言うこと、よく聞くのよ?」
「うん!」

 目線でザフィーラに頼み、アイナは他の部屋の片付けを始めようと思ったが、一つ思いついた。

「そうだ、ヴィヴィオちゃん」
「ん? なーに?」
「おめかししようかっ」
「おめかし?」

 たどたどしく繰り返したヴィヴィオに、アイナはなのはの衣装机から二本の藍色のリボンを取り出した。なのはには後で謝ることを思いながら、六課の寮母はにこやかに笑って見せるのだった。

〜・〜

「話にならん。まるで成長してない」
「いや、それは言いすぎだろ」

 訓練風景は相変わらずの様相だった。まったく変わらずに撃墜されていった面々に恭也は、溜息を吐く以外のことができなかった。
 スバルは何故か頭から地面にめり込んでいる。ティアナは木の枝に逆さづりになっている。エリオとキャロは仲良く頭にたんこぶを作って五体倒地していた。
 この四人を鍛えるのは恭也主観ではかなり時間がかかりそうだ。ますます、美由希が規格外の才能を持っていたことを実感できる。馬鹿弟子にはもったいない評価だが。

「思いっきり悪態吐いてるじゃないか」
「それも込みだろ、普通」

 ローラーブレードはベーシックのトルクが150%上がり、マッハキャリバーの魔力出力量も同等に上昇しているのだが、力一辺倒の攻撃で恭也が倒せるのな らとっくに彼は死んでいるはずである。スバルはすでにマッハキャリバーのパワーに慣れたはずなのだが、恭也を相手にすると自分がまだパワーに振り回されて いるのを自覚させられた。どこまでも人の弱点を露見させる酷い男である。
 クロスミラージュはモード2と言うよりも第二形態と呼んだほうが相応しいほど形態が変化している。魔力刃が銃身から生成されたその姿は大振りのナイフ だ。これは、執務官を目指す彼女がいつか必要となる機能だろうと見込んで追加されたものだそうだ。基本的に個人単位で捜査に当たる執務官は多種多様な状況 に陥る。その中で少しでも選択肢を増やせるようにとフェイトが考案したのだ。遠距離戦においては力を発揮しても接近戦に対処できないとなると執務官として は片手落ちだそうだ。
 ストラーダは全体的なフォルムは変わらないが、機動力が相当に上がっている。具体的にはブースターが露出する。空中転進などお手の物だ。ただ、体が体だ けにそのパワーにまだ振り回されているようだ。しかも使い方も自分を「飛ばす」ことしかしていない。攻撃やその他の動作に応用できるようになれば相当に化 けるだろう。
 ケリュケイオンは見た目は全く変わらないが、中身がかなり変わっているらしい。使える魔法の種類が増え、やはり出力も上がっているそうだ。今までは初級クラスの 魔法と消費魔力だったのを、キャロの成長率を鑑みて中級程度まで引き上げているらしい。とは言え、それを発揮する前に恭也に潰されているのでは確認のしよ うがなかったのだが。

「結局、道具が優れても使う人間が成長してないんじゃ意味がないことの実例だな」
「お爺さん、それはいくらなんでも言いすぎですっ!」
「……フォローするなら、今日初めて手に取った武器だから、と言ういい訳もあるにはある。が、実戦本意で考えるなら通らないな。勝つためなら、砂を握りこむなり、石を投げるなりするのが本当の闘争の姿だ。武器一つ満足に使えるなんて関係ないんだよ」
「それを訓練してるんじゃないですかっ!」
「…………」

 リインフォースUの言葉に、恭也は前々から疑問に思っていた。
 確かめるなら丁度いい機会だろうと、恭也はなのはに疑問を言ってみた。

「一つ確認するが、こいつらをどうしたいんだ?」
「え? どうって、もうちょっと具体的に言ってよ」
「そうだな。……例えばランスターなら執務官になるのが最終目標だとして、そこで過不足なく働けるようにしてるわけだな?」
「そうだよ。そのために今は土台作りをしてるんだから」
「だとしてだ。俺のように卑怯上等、不意打ち万歳の戦い方を仕込んでいいのか? 他の人間も同じだ。俺の戦い方は、真の意味で相手を殺すことを主眼に置い てる。拿捕とか捕縛とか拘束するまえに斬り伏せるのが当たり前だ。さっき言った石を投げるのも、何でも使って相手を殺すことだ。敵を退けるでもなく、捕ま えることでもないんだぞ?」

 恭也が言っているのは、彼女たちが希望している出世コースに沿った教育をしなければならないのではないかと言う話だ。
 恭也がこうして訓練に参加することで、理不尽な現象や奇想天外な事態に対する耐性を作ることができる。しかし、彼にも訓練内容の評価と指導と言う仕事が 振られている。つまり、集団戦での危機の脱し方、相手の潰し方を教えているのだ。だが、この技術が彼女達の今後の仕事に必要なのかと問われると、かなり怪 しい。
 ティアナ、スバル共に、相手を殲滅する必要のない部署が希望先だ。犯人を捕まえるにせよ、要救助者を救うにしろ、「敵を殺す」技術、ないし考えは必要ない。
 エリオとキャロは具体的な希望先はないにしても、フェイトが保護者である以上、血生臭い部署に入るとは思えないし、二人の性格を見てもそういった場所を希望するとは思えない。
 だからこそ、恭也は疑問に思うのだ。自分の知る「殺し方」の片鱗を教授することに意味があるのだろうかと。

「ティアナにはいい経験だと思いますよ? 犯罪者を追い詰めたとき、どうすればいいのかとか、殺気に当てられて身が竦まないようにするとか。私はシグナムと訓練してましたから、結構平気だったんですけど」
「スバルは災害救助隊希望だけどさ、その災害がテロ行為だったら、その犯人と戦うことになるかもしれないだろ? そう言うときお前の戦い方が活きると思うんだ」
「エリオとキャロは、ちょっと厳しいかもしれないけど、将来何になりたいかって言う選択肢を少しでも広げてあげたいからね。このまま管理局で働くんだったら、いつかどこかで危険な目に遭う事があるかもしれないんだし」
「むしろ今すぐ学校に放り込めと言いたいんだが?」
「いえ! 僕は管理局で働きたいです!」
「わ、私もです!」

 なんでこんな幼い頃から勤労意欲に燃えているのか恭也には解らなかった。いや、解らなくなったと言う方が正しいか。
 思い返すに、彼等と同じような年頃には父と一緒に全国を回っていたのだ。その時、父の仕事を手伝いたいと何度も思った。きっとそれに似たような感情なの だろう。だが、三〇を超えてみると、その考えが理解できなくなっていた。子供は子供のときこそ遊ぶべきだと思ってしまうのだ。
 二度と返らない時間、子供と言うある種免罪符を貰える時期に、我侭を言い、周囲を振り回し、意の向くままに走り回る。その時間をもっと大切にして欲しいと思う。

「……とーさんもそう思ってたのかもな」
「え? お兄ちゃん?」

 ああ、そうだった。
 修行に明け暮れていた恭也に、不破士郎はよく言っていた。

 ――お前、友達と遊ばなくていいのか?

 今ようやく父親の気持ちが解った息子がここにいた。

「まあ、いいだろう。そう言う考えならもうとやかく言わんよ。精々、一〇分生き残れるようになってくれ」
「三〇分越えくらいして見せますよ」
「頼もしい話だが、解散の時期までに終わらなかったら、全力のデコピンしてやるからな」
『ゲェー!?』

 一斉に額を隠す四人に、なのはたちは引きつった笑顔を作らざるを得なかった。

「当然、そこまで扱けなかったお前らも同じ刑だ」
『ギャーッ!?』

 阿鼻叫喚ペルピクチャーだった。

「あ、ママー!」

 そこへ、場違いとも取れる幼い声が聞こえた。
 ヴィヴィオだ。
 ザフィーラを置いて、走りよってくる少女にさっきまでの阿鼻叫喚が速攻で治まった。
 切り替えが過ぎるのは果たして情操教育としていい事なのだろうか。

「小休止だな。今のうち、休めるだけ休むことだ」
「ついでに作戦も考えます」
「ようやく訓練の成果が出始めたか」

 時間の有効活用ができ始めた辺り、これも成長と言えるだろう。恭也が扱き出して、各自の考えが戦闘よりになった証拠でもある。
 無論、常識的には間違った考えなのだが。

「あ、じゃあ、私と軽く打ち合ってもらえますか?」

 折りを見たのか、ギンガが恭也にそう提案していた。さっきまでの訓練風景を見てそれでも挑もうと言う気概は評価できる。
 恭也も少々消化不良だったこともあり、この提案を飲むことにした。

「まあ、いいだろう。ナカジマの師匠の実力、見せてもらおうか」
「お手柔らかにお願いしますね」

 笑顔で構えてみせるギンガに、恭也は不破を抜いた。

〜・〜

 打ち合いを始める恭也の傍では、なのはとフェイトの教育方針がぶつかっていた。
 ヴィヴィオが駆け寄ってくるとき、足がもつれて転んでしまったのだ。なのはは自分で起き上がるまで待つと言ったのだが、フェイトはその制止を振り切って、ヴィヴィオを助け起こしてしまった。

「フェイトちゃん、あのくらいだったら自分で起き上がるのを待ってもいいと思うんだけど……」
「そんな。だって、転んだら痛いでしょ? 親だったら、心配するのが普通じゃないかな?」
「でも、それだと弱い子になっちゃうよ?」
「ヴィヴィオなら大丈夫だよ」
「そうかなぁ?」

 意見の対立、とまでは行かないが、二人の育った環境の差が表れたやり取りだった。

「……アタシが言える義理じゃないけどさ、絶対ぇ、おかしい会話だよな?」
「そうですか? リインには解らないです」

 精神的に未熟なリインフォースUには実感できないことのようだ。
 長い時間を生きてきたヴィータには、なのはやフェイト、はやては精神の熟成が早すぎる気がしている。生い立ちや経歴が異例なので、常人の倍の速度で育ってるようなものなのだ。19で教育方針がしっかり固まってるのは世間的に見ると異常なのである。
 昔のベルカでも、19の女性といえど、子を持つにはまだまだ人生経験が足りない年齢だ。婚姻年齢が低かった時代でもそれは同じで、早年に子供を作っても周りの大人が育児のフォローをしていた。周囲の大人の意見を貰って、段々と確立していくのが普通だったのだ。
 それなのに、教育方針がしっかり確立しているなのははかなりの早熟と言っていい。フェイトはアルフの世話を小さい頃にしていたこともあって、動物を育てると言う経験値があった。
 まあ、二人とも、恭也に言わせれば経験不足も良いところなのだが。実質的になのはを赤ん坊の時から面倒見ていたし、なんやかんやとはやての面倒も見ていた。フェイトはやや遠慮がちだったが、しれっと気を回してフェイトに声をかけてもいた。
 そういう恭也の姿を見てヴィータや他のヴォルケンリッターは思うのだ。

 ――この男、父性が強すぎるのではないか?

「あんま、感心しない話だよなぁ」
「そうなんですかねぇ?」
「そう言うものだ」

 いつの間にか傍によってきたザフィーラもヴィータの意見には賛成のようだ。

「アタシらは歳食ってるからなおさら思うんだよ。はやてもなのはもフェイトも、もうちょっと遊んだって別にいいと思うんだけど」
「しかし、主達はこの道を選んだのだ。我らはできる限り、補佐をしていくだけだ」
「リイン、一杯お手伝いするですよ」

 三人が見やるほうには、フェイトに抱かれたヴィヴィオをあやすなのはの姿が映る。
 これはこれで微笑ましい光景だった。

「でもですよ? なのはさん達くらいなら、恋人がいても不思議じゃないじゃないですか」
「あ、馬鹿! スバル!」
「……スバル、それは今後言うなよ?」
「へ? なんでですか? なのはさん達ってすっごく綺麗じゃないですか。結婚とかお子さんとかは早いかもしれませんけど、恋人がいてもおかしくないじゃないですか」
「僕もそう思います。フェイトさん達って広報誌にも載ってるし、凄くモテてそうだと思うんですけど」

 異常なまでに周囲を警戒するティアナは、今後の世渡りは大丈夫だろう。
 スバルの言葉に頷いているエリオは、まあ仕方ないとして、キャロは大筋を理解してるのか、我関せずの態度でフリードと遊んでいた。
 急速に自分の心配してたことがどうでも良くなったヴィータは、説明をティアナに丸投げした。

「ティアナ、パス」
「えぇー!? 私ですか!? ちょ、ヴィータ副隊長!? それはずるいですって!」
「気が抜けちまったよ。アタシは黒助でも見てる」
「あ、リインも行くです」
「俺はヴィヴィオの護衛に着こう」
「汚いなさすが上司きたない」
「じゃーなー」
 後をティアナに任せたヴィータは恭也とギンガの模擬戦を観戦するためにそそくさと退散してしまった。
 置き去りにされた、エアリーダー(Lv58)は、自分に不幸を振り掛けやがった頼もしい相棒と年頃の男の子に徹底的に教え込むと共に、なのはとフェイトに聞かれないように小声で説明に走るのだった。
 ところで、作戦会議はどうなったんだろうか。

〜・〜

「……なるほどな、シューティングアーツの完成形がそれか」
「いえ、これでも未完です。私が母に習ったのはあまり多くありませんから」

 いくつかの攻防を終えて、恭也は刀を納めた。ギンガの実力はこの歳にしてはそれなりになっている。段階で言えば、スバルの実力の三つ上と言ったところだろう。スバルに稽古をつけていたのは伊達ではないらしい。
 恭也の記憶の限りで彼女に近い実力と言うと、イレインのコピー一体分と言った所だろうか。まあ、互いに特性が全く違うし、何より『考える』ことができるギンガに失礼な評価だろう。

「一撃離脱が基本のようだが、あくまでもそれは基本なだけか」
「ええ。これの真の力は、一撃必殺にあります」

 加速し続けることによる慣性力とその副次効果で起きる機動。それらを合わせて標的への一撃。この一撃で標的を粉砕するのがシューティングアーツの本領のようだ。

「加速中に力を溜めるのも理には適ってる」
「ですが、そうなると手数が減ってしまいまして……」

 確かにそれが真髄とは言え、その一撃を確実にぶつける為には、いくつかの布石を打たなければならない。牽制の攻撃が必要なのだ。しかし、必殺するために蓄えている力をこの牽制によって分散させてしまっている。
 戦法としては突き抜けていて、その分だけ不器用だった。
 恭也の目からすれば非常に惜しい。

「口伝と言うのも納得できる話だな。適性がなければ誰もやりたがらない」
「そうなんです。だから、管理局でもシューティングアーツを実戦登用してる人がいなくて……」

 ギンガとスバルの母、クイント・ナカジマが亡くなった後、ギンガは他の師匠を探すため、管理局に頼んだのだが、一技術として習っている人間はいても、極めている人間はいないらしい。
 あくまでも戦いの中の一つの技術として覚えてはいても、それ一辺倒で使っている人間がいなかった。ゆえに、本来の形まで持っていけないとの事。ギンガ自身、幾度かの任務中で腕を上げてはいても、伝え聞く母のような動きが体現できないでいた。

「流派を興すと言うことは並大抵の事じゃないからなぁ」

 自分自身、魔法を組み込んだ御神流を創ろうと模索中であり、その完成形は見えていても体現できないレベルだった。御神流を幼い頃から習い続けていた恭也でさえそうなのだから、ギンガの苦労は共感できる。

「ちなみに、君は『母親のシューティングアーツ』に辿り着きたいのか?」
「……そう、ですね。うーん、どうなんでしょう? 考えたことがありません」

 恭也の問いに、ギンガは今気付いたように考え込んでしまった。
 我武者羅に進み続けていたからこそ、到着点を見失っているようだ。

「それをはっきりさせた方がいい。もし、母親の地点に着きたいのなら過去の記録や当時の同僚を当たるべきだ」
「ですが、母の同僚は任務中に全員殉職しています。その殉職した事件絡みで、母の記録にロックがかかっていて読めないんです」
「……そっちの道は難しいようだな」

 きな臭い事に巻き込まれたようだ。殉職したクイントに、恭也は短くではあるが黙祷した。

「もう一つ訊ねるが……完成は早い方がいいのか? 時間をかけてもいいのか?」
「……今回の事件、私とスバルにとって重いものになりそうなんです。だから、少しでも解決に足る力が必要です」

 彼女の瞳は強い決意が見られた。本来なら、時間をかけてでも母の技術を復活させたいのだろう。亡き母の忘れ形見だ。思い入れも深いはずだ。だが、彼女は任務のためにその意思を曲げた。並大抵の決断ではない。
 恭也であれば、さっさと辞表を書いて逃げ出しているが、ギンガは管理局の平和を願う局員だった。その意思を見取った恭也は、更に質問を重ねた。

「最後に。強くなるために、なんでもやることができるか?」
「人の命を奪うことでなければ」

 ギンガの注釈に、恭也は決めた。

「――解った。手っ取り早く君が持っている技術を煮詰めよう」
「ありがとうございます!」

 そう言うわけで、恭也の指南が始まった。

「一つ言えることは、シューティングアーツは『一撃離脱』ではなく『一撃必殺』であると言うこと。これは間違いないだろうな」
「そう思います。機動の特徴から見ても、小手先で戦うことには向いてません」
「だが、それでは必殺が当たらない。確実に当てなければならないなら、なおさらその状況を作らなければならない。となると、やはり小細工が必要だ」
「ですが、必殺のために力を溜めている状態で小細工なんてできるんでしょうか?」

 恭也は数瞬黙りこみ、考えを言った。

「小細工せずとも仲間がそれを補うことができる」
「成る程」
「ただし、この場合はシューティングアーツの特性を熟知している必要がある。また、他人の力を借りなければならない状態は極めたとは言えん。孤立戦闘でも凌げなければ技術じゃないだろうな。仲間の援護込みでは、最早作戦の域だ」

 似たようなシチュエーションを恭也は何度も経験している。元いた世界でも、高火力の銃器を確実に命中させるために囮役をこなした経験があった。スパイクフォースでも同じだ。高ランクの魔導師の魔力の充填を稼ぐために奔走したのだ。
 しかし、ギンガとスバルが目指すべき先は、それらを個人で行うことにある。
 一撃必殺。
 起死回生でもなく、乾坤一擲でもなく、確実に敵を屠る拳を相手に喰らわせる。

「SAの型から見て、おそらくは拳撃による一撃が最上位の攻撃方法だろうな。全身の力を一点に集中し、敵の懐へ踏み込んでズドン、が完成形だろう。となると、足の踏ん張り、またローラーによる移動から、足技は使えない」
「そうなります。それと、私やスバルは間接攻撃の魔法適性が低いので……」
「知っている。となれば、当たらぬ弾、もしくは当たりはしても痛くはない弾が、敵を怯ませる事はできない。―――難しい状況だな」
「それに、魔法を使うことは、溜めている魔力を消費することにもなります。そうなると、必殺の一撃に届きません」
「……到達点は解るが、道中が見えないな」

 問題を羅列していくと、頂上への道が未開なのがよく解る。非常に難しい、そしてデリケートな話だった。

「この話は参考程度にして欲しいんだが」
「はい」

 そう前置きして、恭也は話した。

「剣術の場合、『待ち』ができる。相手が自分の勢力圏内に飛び込んだ瞬間、刀で斬る。魔法のない世界でのやり取りだが、だからこそ、相手を自分の間合いに誘い込むための所作があるわけだ」
「剣で斬られれば、誰でも致命傷ですしね」
「その通りだ。よって、自ら間合いに入るのは非常に難しい。よほど敵を追い詰めて、自分の読み通りの攻撃をさせるか、相手が何をしたとしても、それより早く切り捨てられる自信がない限りは、通常剣客は踏み込まない」
「私達の場合、武器のリーチが短いですから、待ちも、ましてや攻めも非常に厳しいですね」
「徒手空拳は、零距離においては手数で勝るが、飛び込むまでが長いからな」

 今の会話で多少見えてきたこともある。
 つまり、相手の攻撃を誘い、それを掻い潜って殴りつける。
 基本にして王道。しかして、極めてこそ奥義足りえる。

「SAで問題なのは、動き続けなければならないことだな。十分な加速による物理攻撃の上乗せ。加えて魔法による魔力攻撃。この二つで持って、相手のバリアを砕く」
「その間、力を溜め続けるわけですから、やはり牽制の手が撃てません」

 最初の問題に戻ってしまった。
 これを克服するには、何かきっかけか、あるいは別の着眼点が必要だろう。

「……これが晶やレンなら楽な話なんだがなぁ」
「と、おっしゃいますと?」
「まあ、知人の話なんだがな」

 魔法を使わない生粋の格闘家である城嶋晶と鳳蓮飛は、零距離で最大の破壊力をなしえる奥義を持っている。
 片方は外からの衝撃を最大にまで発揮できる剛の拳。
 片方は衝撃を中まで徹し、内部を破壊する柔の拳。
 それらをあわせた完全破壊の奥義を二人は開発してしまった。幼い時期に。
 彼女達二人の格闘センスは、かなり飛び抜けている。もし同年代に彼女達がいたら、恭也はもっと焦って鍛錬に没頭していただろう。そして、そのまま死んでいたに違いない。
 結局のところ、出会った時期のお互いの実力差が恭也のプライドを保ったわけだ。彼にしては非常に運がいい話だった。

「あの二人は君達のように慣性力を味方につけていたわけじゃないが、それでも大人を五〜六メートル吹き飛ばす程度、訳のないものだった」
「あの、十二〜三歳ですよね?」
「ああ」
 頷く恭也にギンガは閉口してしまった。十二〜三と言えば、あそこでティアナに神妙に説教されているエリオより少々上と言う程度。彼も普通とはかけ離れているが、魔力で身体強化せずに人を五〜六メートル吹き飛ばすなどできない。
 自分より四つ離れた子供が、大人を当たり前のように文字通りぶっ飛ばしていたなど、想像できない。

「ものすごい怪力だったとか……」
「まあ、同年代の女子よりは腕力があったが……怪力と呼べるほどではなかったな。レンは心臓に疾患を抱えていた身の上だから、鍛錬もあまりできていなかった」
「……ぇー」

 その少女と自分を比較して、なんだか苦戦するような気がするのは何故だろうか。

「最後に見たときのあいつなら、あの四人相手でようやく互角程度だろう。そもそも、武術より料理の方が楽しい人間だったから、そこまで重点的に鍛えるようなことはしてなかったぞ」
「はぁ、そうなんですか……」

 太極拳だとか、少林拳だとかも健康のためにやっていた程度だ。むしろ太らないように運動してると言っていた。彼女にしてみれば、武術はその程度の認識なのである。

「才能があろうとなかろうとやる気の問題だから、これは。ま、気にする必要はない」

 事実、美由希程の才能がない恭也が言える台詞だった。
 人間、やる気があれば時に天才を超えることもできる。

「そう、なんですかね?」
「ともあれ、距離に関係なく剛力、破壊力を得ることができるのは、俺が知っているし、教えることもできる。これに関しては伝授しよう」
「ありがとうございます!!」

 自分の流派でない限りは気軽に教える剣術馬鹿がいた。
 彼の理屈を述べるなら、「盗まれたほうが悪い」の一言だ。
 戦うことにおいて、有用な敵の技術を模倣、会得することは卑怯ではない。対戦中に技の性質を見切ることが、それの走りだからだ。自分が身につけることにより、戦闘力が向上するのなら、誰でもそれを得ようとするだろう。
 日常生活の中で、人のものを盗ることは犯罪であるが、『戦い』では推奨されるべき手段だ。故に、達人達は自分の力を誇示することはしないし、できない。自分の剣筋を教えることはそのまま自分が死ぬことに繋がる。
 だからこそ、恭也は自分の流派の奥義、思考方法等を他人に伝授することはないし、他人が見ていないところでしか発揮しない。スパイクフォースの面々は魔 導師であり、恭也の太刀筋を見切ることができないため、ある程度その不透明度が薄まっているが、それでも彼らの目の前で奥義を使ったことはない。
 そこまで秘匿するのが普通なのだ。
 しかし、現状、戦力が不足している六課では、この主義を多少なりとも曲げなければならない。恭也以外の面々が規格外だとしても、彼らは個人単位であり、少数だ。両腕に抱えられる数は決まっている。いつか、何かを取りこぼすことになるだろう。
 その取りこぼしを拾える人間が必要だった。それが外部協力者のギンガだったわけだ。

「この技術を得るには時間が必要だ。今すぐに使うとなると、何か抜け道を見つける必要がある」
「抜け道、ですか?」

 抜け道――と言うよりも、今ある技術で擬似的に再現すると言った方が正しい。
 武術に関して、地球のそれより浸透が滞っている魔法社会で気の概念などを理解させるのは時間がかかりすぎるのだ。それよりも、持っている技術で再現できるように技の過程を変化させるほうが早い。

「一度やってみせる。原理を覚えるのは後でいいから、とりあえずこう動くとこうなると言う事だけ理解しろ」
「解りました」

 そう言って、恭也はギンガにバリアを張らせて、その前に立った。

「……ふむ、やる前に訊くが」
「なんでしょう?」
「手加減した方がいいか?」
「――全力でお願いします」

 その挑発を、ギンガは受け取った。
 彼女の意地に恭也は一つ頷くと、足を広げ、腰を落とした。
 大地を噛んだ左足――その先の爪先――更に先の親指に力が込められる。
 そこからは一瞬だった。
 踏みしめた足先から膝、腰に昇る回転力に、上半身の振りを加え、肩まで昇った『それ』を右腕に集めるために、左脇を締め、後ろに引く。
 ねじれの反動、体重の加算、そして一点を打ち抜く技術によって放たれた一撃が、ギンガが構えるバリアに到達。
 同時に、打点と力点がずれたことによって、衝撃がバリアを突き抜けた。

「――――……ッ!?」

 ギンガが気が付いた時には、体が空を舞っていた。
 横っ飛びに飛んでいく自分の体を自覚したとき、彼女は咄嗟に空に道を作り着地体勢を取った。
 しかし、吹き飛ばされた衝撃が予想以上だったようで、足の踏ん張りが足りず、ずるずると光の道を滑って、その端から転げ落ちてしまった。
 慌てて起き上がってみれば、恭也と自分の距離が約八メートル前後にまで広がっていた。
 その事実にギンガは愕然とした。

「な、なんですか、いまのは……」
「吼破と呼ばれる打撃だ。近距離で使える高威力の技だな」
「あの、私のバリアを突き抜けましたよね?」

 打撃技と言う割には、ギンガが張ったバリアを砕くでもなく、そのままギンガにまで威力が届いていた。
 こんな経験を彼女は今まで味わったことがなかった。

「威力を抜けさせたのは、俺のアレンジだ。便宜的に言うなら、亜流吼破だろうな。本来は殴ったものを破壊する技だ」
「これを教えていただけるんですね!」
「亜流のさらに亜流になるだろうがな。これを習得できれば、走り回って威力を高める必要が減るだろう」

 この技こそが、ギンガが必要としていたものだった。
 シューティングアーツの長所といえる高機動戦闘。しかし、極めるにはその真逆の『一撃必殺』がある。
 加速することにより物理的な威力を得なければならない欠点を、この吼破は必要としない。この技を体得できれば、シューティングアーツは完成に一歩、いや十歩は近づける。
 それがギンガを興奮させた。

「是非お願いします!」
「まあ、俺からは頑張れとしか言わんが」
「ありがとうございます!!」

 深く頭を下げるギンガに、恭也はスバルの素直さを垣間見た。
 容姿も似ているが、根本の性格も似ているようだった。
 そんな二人の様子を観察していたリインフォースUがぼそりと呟いた。

「…………ギンガ、思いっきり飛びましたです」

 人が唐突に横に吹っ飛ぶ光景は、魔法生物であるリインフォースUの目から見ても異常に映った。
 空戦魔導師が飛ぶのとは訳が違う。初速から最高速の水平等速直線運動である。例え誰が見たとしても異様の一言に尽きるのだが。

「リインは見るの初めてだっけか?」
「お爺さんの戦闘記録、確認できる分は全部目を通したですが、あんなのやってなかったです」
「そりゃ、あいつの奥の手の一つだからぁ。公式記録には載せたがらないだろうし」
「でも、ヴィータちゃんは知ってたですね?」
「昔似たような事やってたから、あれくらいできても驚かねーよ」
「あんな風にぶん殴ってぶっ飛ばしたですか?」
「……まあ、そうだよ。あと、リイン、その言語選択はアタシの影響か? 影響なんだなコラァ!!」
「ひゃうぅぅ!? なんのことですかぁー!?」

 八神家の三女と四女の戯れを脇に置き、恭也はギンガに話の続きをすることで逃避した。

「この技の特徴をもう一度言うと、近距離での突発的な破壊力を得ると言う一点だ。ギンガ嬢はこの力が欲しいわけだな」
「はい、その通りです」
「しかして、期待効果が大きいものはそれなりに欠点もある」
「当然ですね。しかし、この技にどんな欠点があるんですか?」

 想像がつかないギンガは単純に恭也に訊ねてみた。
 恭也は一つ頷いて、左足で地面を叩いた。

「技の始動に瞬間的な踏ん張り、力を上に吸い上げるための身のこなし、そして技の前後硬直が長くなると言うのが主だった欠点だ」
「主だった……他にも細かいものもあるんですか?」
「細かい、まあ、そうだな。基本どの攻撃でも技の衝撃、反動、武器の欠損がある。どれだけ上手くやろうとも必ずそれは出てくる。そして、それらを全てなしにすることはできない。そう言う話だ」
「解りました」

 改めて、恭也は説明を続けた。

「技の原理は解るか?」
「一度見た限りでは、体の捻りと体重移動、そして純粋な筋力で成り立っていると思います。ただ、それらを合わせただけであそこまでの威力が出るのは疑問ですが」
「まあ、物質文明っぽい文化だしなぁ。仕方ないか」
「どう言うことでしょう?」
「物理学をあまり知らない人間だが、通常、力は足し合わせるのが原則らしいな?」
「ええ、そうです」

 大学受験のために必死になって覚えた物理T〜Uがトラウマの如く蘇りかけたのを鋼の自制心で忘れ去った。もう二度と思い出したくない。
 それはともかく。

「だが、速度、つまり物が動く時に生じる力は係数比例していく。つまり、かかる力がある程度掛け算される」
「成る程。私やスバルが滑りながら攻撃することの方が、大きなダメージを与えられる理屈ですね?」
「そうなる。君達はそれを直線でやってるが、これは曲線で螺旋を描いて力を加速させる。……自分で言ってて胡散臭くなってきたが、多分科学的に説明するとこうなんだろう」

 恭也自身、科学だって解明したわけではない。むしろ、「こう動くとこうなる」程度にしか知らない技の方が多い。

「理屈はそんなところだ。では、実践と行こう」
「はい!」

 言って、恭也はギンガに構えを取らせた。
 左利きの彼女は恭也から見て合わせ鏡になるので、正面に向かい合いながらの指導になる。
 しかし、一つ問題があったが、恭也はあえて無視した。

「前に踏み込んだ足を外に捻る。それが始点だ。そこから膝、腰、胴、胸、肩までを連動させる。やってみろ」
「はい!」

 ギンガは一つ息を吐き、恭也の説明を意識しながら左の拳を撃ち――、

「きゃあっ!?」

 ――だそうとして、滑って転んだ。

「ふむ」

 当然そうだろう、と言う表情で恭也は頷いた。
 転んだギンガに手を差し伸べて立たせると、少々あくどい顔をして言った。

「転んだな?」
「うぅ、はい……」

 気恥ずかしそうにしょげるギンガに恭也は黒い笑みを深めた。

「何で転んだか、解るか?」
「ローラー、ですね」

 足の踏ん張り、つまりギンガの場合、シューティングアーツの根本とも言える、ローラーブレードが原因だった。
 吼破は足の指先で地面を噛むと言う、靴を履いていても難しい動作が必要だった。基本素足で戦う空手だからこそ生まれた技なのだ。靴よりも不安定な車輪の上では、転ぶのは当然だった。

「本来これは裸足でやる技だ。俺は似たような技術を持ってるから似たような効果を出せるが、君らにはかなり難しいだろうな。まさか、敵前で靴を脱ぐ余裕があるわけないだろうし」
「は、はい。うぅ、と言うことは、私に習得は無理なんでしょうか?」

 実用的だと思っていただけに、ギンガの落胆は相当のものだった。
 しかし、恭也はそれを否定した。

「最初に言ったが、今回は抜け道を使う」
「そ、そう言えば仰ってましたね」
「ああ。さて、今までのことを列挙するぞ」

 吼破は足先の踏ん張りが必要な技である。
 ローラーでは踏ん張りが不十分。
 足元からの力を螺旋状に巻き上げる。
 動作の始終に硬直あり。
 威力はお墨付き。

「何か質問は?」
「自己流にアレンジをするのは足の踏ん張りでしょうね。それをクリアできれば、後は反復練習して……」
「違う」
「え?」

 聊か急ぎ足のギンガを恭也は窘めた。

「どれだけ練習しようがその方向では会得できん」
「な、何故ですか!?」
「言っただろう。本来は裸足で踏ん張る必要があるんだ。それを履いてる限り、会得は無理」
「じゃあ、どうしたら……」

 吼破を使うにはその足が重要なのに、自分が極めるSAは不向きだと言われた。
 では、どう言う抜け道があるのだろうか。

「今さっき初めて見た技の全てを理解するのは無理だろうから、そう落ち込むな。一先ず、俺が出した解決法を教える」
「あ、はい! お願いします!!」

 そして、恭也から告げられた方法にギンガは面食らった。

「ええ!? それで良いんですか!?」
「同等の力を求めるんなら、これが良いんじゃないか? 他にあるか?」
「お、思いつきませんけど……」
「なら、やるしかないだろう」
「わ、解りました。やってみます」

 半信半疑になりながら、ギンガは改めて構えを取った。
 そして、ギンガの足元に魔法陣が開いた。

全力機動フルブースト!!」

 土煙を上げて、左足のホイールが疾走を開始。
 しかし、右足のローラーはロックしたまま。
 すると、右足を軸にして、ギンガは駒の如く一回転して見せた。

「はっ!」

 左足の駆動を強制停止。
 瞬間、止まる体。
 両足から駆け上がった衝撃を、体の捻りに巻き込み、左手へ。
 そして、その衝撃――否、慣性に引っ張られて、左拳が突き出された。
 ギンガは自身の左手に今まで感じたことのない力の集結を感じた。

「た、高町隊長!?」
「まあ、初めてにしては巧いな」
「今のが吼破なんですか!?」
「外見は全然違うが、結果は同じになるだろう」
「今までもヒットストップのアタックは何度もしましたけど、こんな感覚は初めてです」
「ふむ。乱暴に言えば、それは体をワザとつんのめさせて、力を掛け合わせてたんだろ。慣性力+体重+筋力、と言った所か。シューティングアーツ流の今の吼破は、それらに力の伝達距離が長くなった分の慣性力の上乗せができたってところか」
「凄いです! あ、もし回転をもっとやったら、もっと威力が出ますか!?」
「知らん。自分で試せ。まあ、勢いあまって一回転半してる時点で道は遠そうだが」
「うぅ、見逃してくれてもいいじゃないですかぁ……」
「他人の失敗は死んでも突付けが、元いた隊の標語だ」

 とまあ、ギンガの失敗を心地よく突付きまくる恭也と本気で嫌がってみせるギンガを眺めるヴィータとリインフォースUは、朗らかな笑顔だったそうな。
 ザフィーラが言うのだから間違いない。

〜・〜

 午前の訓練が終わり、昼食を全員で食べることになった。
 ちなみに、ギンガの指導に一段落ついてから、再戦したフォワード陣との模擬戦だが、戦闘時間が三秒縮まった結果に終わった。普通なら三秒程度誤差の範囲 だが、恭也との戦闘時間が最長でも一分二秒なので、一秒が非常に重要なのである。だと言うのに、減っている事実にそりゃもう、鬼のように凹んだ。
 パワーアップしてもこれでは、本気で解散時期までに十分もたせられるか自信がななくなってくる。なのはたちも顔が引き攣っていた。
 さて、場面を食堂に移そう。先程の全員と言うのは、六課の主だった人間全員である。部隊長も書類仕事にひと段落着いていたので、喜び勇んで合流したのである。
 このプチ食事会はヴィヴィオに自分たちの顔を覚えてもらうことも含まれる。どの程度の期間、六課で預かるか判らないが周りが大人だらけなので、その雰囲気に早く慣れさせる必要があったのだ。
 尤も、それを考えていたのは恭也とシグナムくらいで、他の人間は友人同士で食べることが当たり前になっている所為で、そこまで考え付いてなかったりする。

「能天気な連中だな」
「しかし、こういうことが身についていると言うことは、子供や捕虜相手に疑心暗鬼を抱かせないことになる。何より、清い心を持っていることが素晴らしい」

 その後も、「高潔な精神こそベルカに求められるもの」とか、「主の美しさは内外問わず至高のものだ」とか抜かし始めた。
 シグナムのはやて病が発症したので、恭也の耳がトンネルを形成したのは言うまでもない。

「ママー、これおいしいー!」
「そう? よかったねぇ、ヴィヴィオ」
「うん!」

 場の中心であるヴィヴィオは嬉しそうにオムライスの牙城を切り崩していた。何気にスプーンの使い方が上手い。手先が器用なのだろうか?
 そんな二人の仲睦まじい親子フィールドを眺めていたはやては少々顔を顰めた。

「……私、まだなのはちゃんがママって呼ばれるのに慣れへんなぁ」
「呼び方は違いますけど、はやてちゃんもリインが生まれた時はお母さんしてましたよ?」
「はやては根っからの母親だしなぁ」
「主の母性は素晴らしいです」
「無限の愛に満ち溢れておられる」
「はやてちゃんはリイン自慢のマイスターなのです!」
「え、そ、そう?」
「そこのヴォケリッター。連鎖反応的に褒めるのを止めろ」

 一人賞賛を口にすると、全員追従してくる。どこまでもはやて至上主義の面々だった。

「なのはさんが保護責任者でフェイトさんが後見人なんですよね? 私やエリオ君とは反対ですね」
「あ、そう言えばそうかぁ。うーん、なのはさんとフェイトさんが親って、なんか地上最強の生物になりそう……」
「嫌な想像しないでよ。でもまあ、まだ子供だし、あの性格じゃあ、そこまでにはならないんじゃない?」
「……高町菌に感染しなければ、ですけど」

 エリオの不穏な一言でティアナが必死に回避しようとしていた雰囲気を形成された。

「エリオ、ちょっと後で射撃訓練場に行こうか。私の連射の具合を確かめて欲しいの」
「え、僕、射撃適性低くt」
「いいから的になれ」
「ティアナさん!?」

 なのはと恭也の教育が行き届いているティアナだった。
 訂正、行き届きすぎているティアナだった。

「しかしまあ、比較的大人しい性格でよかったか。走り回るような元気な奴だと、面倒だった」
「そうですか? 結構溌剌としてると思いますけど」
「うん? ギンガ嬢にしては妙な意見だな」
「え……? ああ、そう言うことですか」

 恭也の言葉に一瞬戸惑ったギンガだったが、恭也の勘違いが最近良くあるものだったと理解できたので、スバルを見ながら苦笑交じりに訂正した。

「高町隊長、勘違いしてますよ。小さい頃のスバルはヴィヴィオよりもっと大人しい子供でしたから」
「は?」
「人見知りもしましたし、よく私とか父の足にしがみ付いてました」
「え、スバル、あんたいつ記憶喪失になったのよ?」
「ティアは理由知ってるじゃないかぁ!」

 テーブルを叩くスバルを諌めつつ、恭也は話を元に戻した。

「まあ、君らは機会がないだろうが、子供の行動力を甘く見ると痛い目を見るぞ」
「そうなんですか?」
「ギンガ嬢は特にはまりそうな性格をしてるしな。ナカジマを育てたこともあって油断してそうだ」
「油断、ですか?」

 子育ての経験があると言うことは、子供相手にはかなり有利に立つ。
 しかし、彼女は本物の母親ではないし、一人しかあやしたことがない。所謂経験不足なのだった。

「育児ヘルパーでもない限り、経験できる類じゃないんだが、元気すぎる奴は一瞬目を離しただけで、どこぞへ消えるからな。俺の索敵から逃げた奴もいる」
「えええええええ!?」
「言い訳するなら、そこが観光地で周囲に人間が多すぎた所為で子供の気配が掴めなかった。子供の気配は小さいんだ」
「恭也の気配探知から逃げたことがあるのはすげーな」
「他に逃げ切れた奴はいるのか?」

 ヴィータの感心をよそに、シグナムは恭也の歴戦の強敵に興味を示した。
 恭也は逡巡して、何人かいると答えた。

「例えばどんな奴だ?」
「仕事中に鉢合わせた暗殺者だな。護衛対象の家を襲撃されて、外に出ようとしてたら襲われた」

 例によって、護衛対象は資産家で、館と言っていいほどの家を持っていた。そこから外へ逃げるために廊下を進んでいたら、曲がり角で襲われたのだ。恭也が近距離に到っても全く感知出来なかったほど、穏行に長けた人間――いや存在だった。

「不意打ちで深手を負ってな。他の護衛の援護がなければ、そこで死んでたかもしれん。気配を断つのは勿論、戦闘力が馬鹿高かった」
「お前に察知されないって、どう言うレベルだよ。仮死状態にでもなってたのか?」
「本人曰く、それができると言っていたな」
「は? 本人曰く?」
「その後の仕事で共闘してな。いくつか技と概念を教えてもらった。それが何かは言わんぞ」
「期待してない。しかし、人間が仮死状態にそう簡単になれるものなのか?」
「医学的には薬品を使えばできるけど……。お話を聞く限り、仮死状態でも意識を保ってるみたいだし……」
「コツは、心臓の筋肉に力を入れすぎないことらしい」
「いやいやいや!? それ人間超越してませんか!? 心臓の筋肉って不随意筋でしょ!?」

 ティアナのツッコミに恭也は同意した。彼も同意見だったらしく、同じことをその人物に言ったらしい。

「それを操れるように修行するんだそうだ」
「恭也さんの世界って時々妄想の類やないかと思うんですよ、私」
「失敬な。俺のファンタジー要素は魔力だけだ」

 ――全身がファンタジーの癖に。

 ヴィヴィオ以外の人間が思った感想である。
 はやてらの魔法はどうなのか、と言われれば、「魔法は技術」と反論して恭也の意見を封じ込めたに違いない。
 彼女達は恭也と比較して、自分が常識内の人間であると自負している。
 世間的に見れば、全部一緒くたにして常識外なのだが。

「ヴィヴィオ嬢が大人しいなら、それでいいさ。子守で疲れると鍛錬する気にならなくなるし」
「精神的に疲れますしね」
「やなぁ。夜泣きされると、ごっつ磨り減るんよね」

 子育て組が頷く中、

「ちょっと、居心地が……」
「あ、あはは、えーと、ギン姉?」
「むぅ、はやてちゃん!? 私は大人でした!」

 各人の抵抗は無意味に終わったようである。

〜・〜

 食事も終わり、各自が腹ごなしに世間話をしていた。ギンガとスバルは定期健診があるとの事で、マリエル・アテンザ技官と共に検査局へ出かけていった。土産を持ってくると言っていたが果たして何を持ってきてくれるのか、期待してしまう。
 そんな中、はやては最早癖になったメールチェックをした。事ある毎に情報の確認をするようにゲンヤ・ナカジマに指導されたのだ。
 そして、一件の新着を発見する。件名は「辞令」の二文字。若干、顔を引き締めて中身を開いた。

「――――え」

 絶句した。
 そして、何度も確認するが、事実は変わらず、絶句したままだった。
 急速に、「これは夢、現実やない。夢なんや」と逃避行に走るが、夢は覚めてくれない。
 固まったはやてを不審がったフェイトが、失礼とは思いつつもメールの中身を覗き見る。

「――――え」

 固まった。
 その様子にヴィヴィオをあやしていたなのはも気付き、ヴィヴィオを恭也に預けて、自分も覗いて見る。

「――――え」

 固まった。
 三人娘が石化したことに気付いたシャマルが、その原因を探るべく、ウィンドウを覗き込んだ。
 そして、彼女らほどの衝撃を受けなかった――精神が成長してしまったシャマルは、一言こう言った。

「ついに来ちゃいましたかー」

 他人事のようだった。

『ええええええええええええええええええええええええええ!?』

 再起動を果たした三人は、ちょー慌てた。
 具体的にははやては腹いっぱいの癖に、A定食を大盛りで注文しようとし、フェイトはパンプスを両手に構えてシャドーボクシングし始め、なのははぎこちないブレイクダンスで床を回っていた。

「ついに脳がイったか。案外長くもったな」
「何の話だ」

 恭也のコメントにザフィーラのツッコミが空しく響いた。
 困り顔をしたシャマルが落ち着くために、ブラックのコーヒーを注文しつつ、三人娘の奇行の訳を話した。

「どうやら二日後に査察が入るみたいですね」
「ああ、真っ黒い腹を探られるんだな」
「お前、主たちを何だと思ってるんだ?」
「耳年増なお子様」
「いや、あってるけどよ」

 その点はヴィータも同意するところらしい。シグナムは二人の意見に呆れていたが。

「なにか探られると拙いのか?」
「主にお前がやばい」
「俺か?」
「そもそも、恭也さんが全然困ってないのが、私納得できないんですけど」

 シャマルの言葉は尤もだった。
 一番探られたくない腹なのは恭也のはずだ。持っているデバイスも、普段の業務態度も、会得している技術も。どれを調べられても困るはずだった。その当人がのほほんとヴィヴィオの相手をしているのだから不可解だ。

「業務態度はむしろ知ってもらいたい部類だしな。不真面目って知られれば左遷してもらえる」
「左遷を栄転みたいな風に言うなよ」
「剣技は公式記録に残してないし、問題ない」
「え、でも、この前の地下道の戦闘記録は報告に……」
『問題ない』

 唐突に不破が答えた。それ以降、特に何も言わず沈黙しやがった。これ以上答える気はないらしい。
 だが、事情を察するには十分な発言である。

「あ! きったねぇ! 映像に細工しやがったな!?」
「何を当然なことを。でなければ誰が切り札を切るか」
「信じられねぇ。全部織り込み済みかよ」
「無論」

 なお、デバイスに到っては解析不能のコードでできてるので調べようがないので心配ない。

「早く来ないかなー、査察団」
「酷ぇ、アタシが知る中で一番酷ぇぞ、これ」
「うぅ、このままだとリインたちが危ないです! お爺さんの勤務態度、ぎりぎりのラインでしか報告してませんから、実際に会っちゃったら、意味がなくなっちゃいますよ!!」

 はやてやリインが上に上げている情報は、ぎりぎり悪印象にならない程度になっている。と言うか、それ以上詳しく書けない。書くと、不良局員が出来上がってしまうのだ。
 今の状態でも、「やや協調性を不得手とする性格」とかオブラートを三重くらい包んだ状態である。
 実物を目の前にしたとき、そのギャップも手伝って恐ろしいほどの悪印象になるだろう。

「査察団に会わせちゃならない人の筆頭ですね、恭也さん」
「別に会っても問題ないんだがな」
「ティアナ、こう、なにかいい案はないか? コイツが好印象、とまでは行かずとも、普通に見えるような案」
「それ、稀代の軍師でも無理な難問ですね」

 つまりどうしようもないと言うことか。

「ほらほら、そろそろ我に返りましょうね、三人とも」
「はっ、私は一体何を……? あれ、お腹が苦しい」
「はあはあ、あれ、私、いつの間にこんなに運動したの?」
「あ、あれ? 制服がこんなに汚れてる。なんで?」
「三人とも忘れたいのは解りますけど、あれは現実ですよ?」

 シャマルのトドメに、三人はその場に崩れ落ちた。

「どうしよう、どうしようはやてちゃん。機動六課、四ヶ月で業務停止だよ!」
「おかしい、ここはほぼ治外法権になるように根回ししてたのに」
「そもそも実験部隊なんやから、ある程度は大目に見てもええやんか! なんやの? 『部隊長の戦闘技術調査』て!? 諸に弱点やがな!!」

 あたふたする上位陣に対し、下位陣はあくまで冷静だった。
 彼らは「まあ、なんとかなんじゃね?」となんの根拠もなく思ってる。今までもそうだったし、この程度のことなら何とかなりそうな気がしてるのだ。
 そう考えてしまうのも話の中心が恭也だからなのだが。

「そ、そうや! 査察って言うても、やり込める相手かもしれん。私が押さえ込めれば勝てる!」
「よ、敏腕捜査官!」
「小狡さナンバーワン!!」
「査察団代表はオーリス・ゲイズ防衛長官秘書……レジアス中将の娘さんですね。曲者の筆頭じゃないですか」

 シャマルの余計な一言で更に沈んだ三人だった。

「シャマル」
「やはりシャマルは……」
「まあ、それがシャマルだし」
「むしろ今まで良くもった」
「いつかやると思ってたです」

 恭也+残りのヴォルケンリッターは容赦なかった。
 泣き崩れたのが四人になったが、やはり大筋は何も変わらない。

「まあ、なるようになるだろ。大体、査察が入ったとして、何か問題があるのか?」
「問題だらけだと思うが。高町やテスタロッサ、主は潔白の身の上だ。他の部署も不正は行っていない」
「本当に痛くない腹なのか。つまらん」
「ただ、各方面から結構えげつない方法で引き抜いた人がちらほらと……」
「リイン、全ては合法だから問題ない」
「そのえげつない方法の筆頭の俺がいる場でよくも抜け抜けと」

 ザフィーラを睨み、恭也は嘆息を一つ吐いた。

〜・〜

 査察日である。
 はやてはこの日が永遠に来ないことを祈っていたが、先ほど査察団が到着したとグリフィスから連絡があった。副官の鏡過ぎる。真面目一辺倒は時として厄介な代物だ。
 完璧な八つ当たりであるが、はやてはその罵詈雑言を心の信用金庫に仕舞い、出迎えに向かった。
 玄関先に見慣れない顔が見える。三人だ。査察団とは言っても、そう多い人数が来ているわけではない。昔海鳴で見ていたニュースにあるような家宅捜査のような大所帯ではなかった。
 はやて側の被害妄想が生んだイメージなのだが、それを脇に置かなければならない事態が展開されていた。

「彼女が保護した少女ですか?」
「ああ。大人しいものだろう?」
「そうですね。とても犯罪に巻き込まれた子供には見えません」
「同感だな。普通、衰弱までいったら何に対してもヒステリーを起こしても不思議じゃないんだが……」
「彼女の出自に何かある、と言うことですか」
「個人的に、そう言う子供が増えて欲しくない」
「我々の不徳ですね」

 何故か玄関のロビーで恭也と査察団の人間が談笑していた。話の種はヴィヴィオだ。
 一番会わせたくない人間二人が真っ先に査察団と会ってるのにはやては度肝抜かれた。
 ツカツカツカっと小走り気味にはやてはその場に向かう。

「お待たせしました。機動六課課長の八神はやてです」
「初めまして。今回の査察を担当するオーリス・ゲイズです」

 突然のはやての登場にも別段慌てた様子を見せず、オーリスは挨拶を寄越した。
 はやては直感した。

 ――この人、できる!

 犯罪捜査官の直感が冴えた。

「今日は遠路はるばる来て頂いてありがとうございます」
「いえ、これも仕事ですから」

 簡単に言ってのける怜悧な美女は、かけている眼鏡の頤を押して視線を厳しくした。

「あなた方が不正をしているのを調べるためではないので、そう緊張なさらなくて結構です」
「は、はあ……?」

 そう言われても、他人に自宅を探られて気分のいい人間はいない。
 どう取り繕われても、肩に力が入らないなんて事はないだろう。

「申請された書類はすでに検査済みです。書類上の不備は認められませんでした。保有している戦力も特例込みで問題ありませんでした」
「えっと、なら今回の査察は……?」
「パフォーマンス、とお考えください」
「パフォーマンス、ですか?」

 オーリスの真意が掴めず、はやては首を傾げた。
 言葉通りだとしたら、誰に対してのパフォーマンスなのだろうか。
 思いつく限りは、オーリスに命令を出したであろうレジアス中将か、他の部隊から時折聞こえる戦力過多の僻みに対するものだろう。だが、そんな理由で査察として調査に入ってくるだろうか?
 内心で懊悩するはやてに代わって質問したのは恭也だった。

「査察がパフォーマンスになるのか?」
「ええ。実験部隊、それも本局の支援を受けている六課は他の部隊に比べると注目されています。内情を詳しく知りたい人間が多いのです。公開している資料以上の情報が欲しいと言うことです」
「で、査察で細部まで調べて、それを公開するわけか。守秘義務はどこまで適用されるんだ?」
「扱っている事件の進捗と個人の固有スキルは公開しません。それ以外はほぼ全てです」
「はあ!?」

 と言うことはあれですか、自分たちの身体データとかも公開対象なんですか!?
 ちょ、最近デスクワーク漬けでお腹周りがやばいのになんて事を!?

「ちょ、ちょい待ってください! 女性のデータを公開するのは反感を買いますよ!?」
「それは当然配慮します。ご心配なく」
「え、あ、そ、そりゃ、そうですよね。取り乱しました」
「では、我々も仕事を始めましょう。どこか一室貸していただきたいのですが」
「はい、解りました。中会議室を空けてありますので、ご自由にお使いください」
「ありがとうございます」
「会議室には……高町三士、ご案内したって」

 はやては子守で暇そうな――実際暇な恭也に案内を頼んだ。

「了解。ヴィヴィオ嬢ははやて嬢に任せる」
「はいな」
「おにいさん、またねー」

 少女が手を振るのに、合わせてやって、恭也は今さっき下された任務に向かうことにした。

「ゲイズ女史、こっちだ」
「はい。では、我々はこれで失礼します」
「あ、はい。……頑張ってください」

 激励を贈るべきか一瞬悩んだが、はやては素直に口にした。
 会釈するオーリスにはやても頭を下げ、彼女たちの背を見送るのだった。

〜・〜

「高町三士」
「なんだ?」

 オーリスが呼びかけると、恭也は立ち止まって返事をした。
 常なら、歩きながら雑談に興じるのが彼だが、足を止めて振り返ったのは、オーリスが微量ながら出している緊張感を感じ取ったからだ。おそらく、自分に とって面倒なことを聞いてくるのだろうと確信してはいたが、さりとてさらりと流せるほど口達者ではないので、恭也は少しでも頭が回るように足を止めたの だ。

「あなたは機動六課の分隊長をしていますね?」
「事前資料には目を通したんだろ? ならその通りだ」
「異例づくしの六課において最も異例なのがあなたになります」
「まあ、自覚したくはないがその通りだ」
「では、お訊ねします。――あなたには何があるのですか?」

 直球の質問に、恭也はどう答えるべきか、数瞬迷った。
 迷いながらも出した言葉はいつもの言い訳になった。

「何もない。ただ、俺が管理外の世界出身で、身に付けた技術が六課の活動方針と噛み合ったからだ、と課長に説明されたな」
「それだけで分隊長を任せたと?」
「俺にとっては指揮官、ないし隊長職なんぞ望んでないんだがな。歩程度が望ましい」
「使い捨てを自ら所望するのですか?」

 恭也の世界にのみ存在する将棋用語をオーリスは知っていた。
 おそらく、はやて達の出身地である地球、それも日本については相当詳しく勉強したようだ。その余計とも言える作業をこなしている彼女は局員としては優秀すぎる。
 持ち前の勘が、恭也に警鐘を鳴らした。

「別段、それをどうしてもと言うわけじゃない。諸事情あって、その立場が自分の利益につながると言うだけだ。好きで命を軽んじているわけでもないし、どちらかと言えば俺は生き汚い人間だ」
「そんなあなたを分隊長に任命したのですから、やはりなにかあるのでは?」
「とんと思いつかんな」
「報告にはあなたには我々の知らない魔法を使用して、対上級魔導師戦を勝ち抜けたとあります」
「どの話のことだ?」
「…………あくまでも惚ける気ですか?」
「だから、どの話だ。古巣じゃあ、戦った相手は俺にしてみれば全部上級だ。どいつとの戦闘でお前らの知らない魔法を使ったと訊いている」
「……六課への就任日にあなたはA級魔導師一名、B級二名を無傷で制圧。その際、魔力反応が検出されませんでした。これについてご意見は?」
「それこそ、俺が持ってる技術としか答えられん」
「我々はあなたに特殊技能レアスキル保有者なのではないかと、嫌疑を持っています」

 魔法社会の管理局にとって、魔法で説明できない事象は往々にして特殊技能と判断される。
 普通はその通りであり、それが有用であると判断されれば、管理局は積極的にその保有者を採用する。はやての蒐集技能もそうだ。蒐集技能を持っていたからこそ犯罪捜査官の試験に下駄を履かせた評価を下したのだ。
 その慣習を悪いとは思わない。それで成り立っている社会構造だからだ。その中で生きている恭也にとっては、自分の能力が理解されないと言う点でやりやすい環境と言える。

「特殊技能持ちであれば、保有戦力協定違反になります。そしてそれを秘匿していることもそれなりの罰則がつく。六課から退場になるのですよ?」

 オーリスの本音が垣間見えた。
 彼女は、この査察の機会に、六課の設立と各職員の事情を徹底的に調べ上げてきた。
 結果として、本局所属の大半の人間は地上所属の自分たちの権限が及ばないが、地上部隊にいた恭也に限っては権限の範囲内だ。何かできるとすればまず彼が標的になる。
 そして、調べてみれば恭也にはいくつか不審な点がある。
 自分よりも上位ランクの魔導師と交戦して、無傷、または軽傷で任務を果たしていることが多数あった。大きな怪我と呼べるほどの被害を受けずに、上位の魔導師と戦うことはほぼ不可能だ。ならば、無傷で戦える能力があると考えられる。
 その能力は恭也のプロフィールに載っていない。つまり、彼は服務規程における『自身の固有能力の公開義務』に反していることになる。
 組織に所属する人間が自分の能力を隠すことは、組織の運営上、非常に厄介だ。正確な戦力分析ができないとなれば、戦局を見誤る危険がある。
 恭也の場合、設定されている魔導師ランクが低いため、その影響は微々たるものだが、それでも誤差としてみるには彼の行動が不気味に映る。

「罰したいならさっさと罰してくれ。正直、俺はここにいても俺の力を振るえん。別の部署、望ましいのは前のところに戻ることだが」
「……あなたにはこの手の脅しは無意味ですか」
「調べたのなら解っていそうだがな?」
「理解できませんがそう考えるだろうことは予測していました。ですが、あなたにとって身内が多くを占めるこの六課をあっさり手放すとも考え難い」

 良い読みをすると、恭也は思った。
 確かに身内が力を貸せと頼んできたのなら、状況によって恭也は手を貸す。しかし、はやてたちを取り巻く状況は、自分を戦力から抜こうとも揺るがぬものだとも思うのだ。なら、ここで降りたとしても問題ないとも考えていた。
 ギンガの手解きが中途半端になるが、それはどこかで時間を作れば問題ない。自分の鍛錬時間が減るが、現状を考えれば恭也にできる唯一の支援だろう。その程度なら協力するのも吝かではない。

「ですが、それとこれとは別問題です。私たち査察団はあなたの能力の解明が主な任務になっています」
「三等陸士にそこまで執着する価値はないと思うが?」
「それは調べてから解る結論です」

 剣士と査察官はお互いに見合った。
 だが、それも長くは続かなかった。

「――――それはお前の上司が知りたいのか?」

 その質問に、オーリスははっきりと頷いた。

「ええ。中将は本局の人間を――いえ、本局の体質を嫌っています。この広い管理世界を」
「やれやれ」

 オーリスの言葉を恭也は遮った。

「敵勢力のど真ん中に潜り込んでくる度胸だけは買ってやる。が、そうまでして三等陸士に固執したのがお前の隙だな」
「一体何を……」
「さっきから実像と気配が合致していない。後ろの二人は意識がないな。魔法的に考えるなら、常駐の指令魔法でもかけて操っているのか?」
「なっ!?」

 言い当てられたことにオーリス――否、オーリスの姿を象ったそれは狼狽する。

「適当に仕事をするなら放置しようと考えたが……俺に深入りするとなれば事情は変わるな」
「――一体どうやって……」

 怜悧な美女の姿がぶれた。
 カメラのピントがずれたようにその姿がぼやけ、次に焦点が合った時には、似ても似つかない女が現れた。
 着ている服は管理局の制服だった。襟元の階級章は二尉。所属は地上本部のものだ。
 理知的な瞳を、今は険しくさせている。茶に染まった髪は肩より下程度の長さだ。見るだけなら美人と言って良いだろう。ただ、身に纏う空気が剣呑なことを除けば、だが。

「……そこで観念して姿を現す辺り、敵役としては三流だな」
「あっ」
「……やる気が失せるほどの間抜けだな」

 恭也の言葉に慌てる様子を見せた女に、軽く溜息を吐いた。
 優秀な能力を持っている割に、反応が拙い。
 それでも、気配が戦いのそれになるのを感じ取った恭也は先制して言い放った。

「忠告する。この場から消える能力がない限り、お前に退路はない。お前の武器が抜かれる前に俺の刀がお前の首を斬る方が速い」
「……でしょうね」
「俺個人はお前をここで斬るつもりはない。いや、斬っても良いが、斬らずとも俺たちに何ら不利益はない。無駄な抵抗はしてくれるなよ」

 軽い殺気を女に放ち、威嚇する。
 恭也にしてみれば微風のそれは、女にとっては必殺のそれに等しい。彼女は観念するしかなかった。

「どういうつもりかしら? 私を泳がせて何を企んでいるの?」
「その前に確認しておく。今回の一件の仲間、と見ていいんだな?」
「ええ、そうよ。私はドクターの二番目の娘。ドゥーエよ」

 震える膝を叱咤しながら名乗ったドゥーエに、恭也は胸の内を明かした。

「企むほどのことを考えてるわけじゃない。個人的に身内が死ぬか死にかけない限り、俺はお前たちと本格的に事を構える気はない」
「どういう事かしら? 私たちの存在はあなた達にとって許しがたいテロリストでしょう?」
「俺を普通の局員と同じに考えられると困るな。テロリストは確かに許しがたいが、俺とお前らとでは立っている土俵が違う。俺ができることは、刀の届く距離でやりあえる連中だけだ。お前らのようなのは、はやて嬢達の担当だ」
「そんな説明で納得しろって言うの?」
「人間、抱える事情は得てして他人には理解出来ないものだ。お前たちがやろうとしてることも社会通念上理解できないことだろうに」

 一理ある。

「あなたは何を考えているの?」
「調べたのなら解るだろう?」
「元の世界へ帰ること」
「そうだ。この十年、それだけを目的にしてきた」

 一度として揺らいだことがない。死線の交錯する戦場で、恭也の原動力になったのはその目的があったからだ。

「これを言えば、自ずと俺がやることも解るだろう」
「そう、『あなたには私たちと敵対する理由がない』のね」

 ドゥーエの言葉に恭也は頷いた。
 それを見て、彼女は居住まいを正す。
 無駄に力が入っていた肩から意図的に力を抜いた。
 恭也は自分たちと戦う気はない。もっと言えば、今後協力してくれる可能性もある。それはこちらの誠意の見せ方次第だろう。
 ただ、それをやるにも恭也と言う男は特殊な観念と理念で行動している。それを理解しなければ、この男と協力関係を結ぶことはできない。
 そこまでを切迫する緊張感の中で理解したドゥーエは話を続けた。

「ミスターグレンとあなたが知り合いだって聞いたわ。それと、この前会ったそうね?」
「奴が話したのか?」
「ええ。珍しく酔っ払ってラボに戻ってきたらしいわ。それでチンク――ああ、私の妹なんだけど、その子に思わず口を滑らせたみたいよ」
「赤星……」

 親友の不用意な発言に恭也は頭を抱えた。
 そこまで喜んでもらえたのは嬉しいが、だからと言って目下敵対している組織に漏らす情報ではないだろうに。

「まあ、いい。とにかく、俺自身はお前らに敵対する理由はない。ただ、こっちに不利になるようなこともしない」
「あら、美味しいところだけ持っていこうなんてムシが良すぎるんじゃない?」
「だが、俺にできるのはその程度だ。権限なんて持ってないんでな」

 恭也の言う通り、彼が自由に出来る権限はほぼない。戦闘中の指揮権程度で、通常業務で奮える権力が設定されていないのだ。
 となれば、内部情報を引き出すなどの協力を仰ぐことができない。ドゥーエにとっても旨味が無い。
 協力するには価値がなく、敵に回すと質が悪い。最悪の相手だった。

「それで、どうする?」
「――解った。今日はあなた達には手を出さない。仕事も査察の範囲に留める。これでどう?」
「賢明な判断だな」

 恭也の殺気が引っ込んだ。
 与えられていた重圧から解放されて、ドゥーエはようやく人心地がついた。

「ねえ、いくつか質問して良いかしら?」
「答えるとは限らんぞ」
「それでも言わせて」

 答えを期待してるわけではない。しかし、彼女にとって訊かねばならない事がある。

「私の正体を見破ったのも特殊技能なの?」
「そんなものはない。言っただろう? 気配と姿が合致しないと」
「その気配とやらを探れるのがあなたの特殊技能って事?」

 どうにも理解されていないようだ。
 魔導師と鍛えに鍛えあげた武人との差が浮き彫りになった構図だ。
 恭也はその違いを説明する気はなかった。そんな親切をする意味がないし、今のところ敵対している存在に、自分の長所をしゃべるバカがどこに居るのか。

「セインが近づいてたって最初から気づいてたのかしら?」
「……あいつか。まあな。全く気配を隠す気がなかった。死角から近づかれるのには特に敏感でな」
「まあ、あの子たちが失敗したんだから、あなたを責めることはしないけどね。あの時も魔力反応は出てなかったそうだから、あなたは本当にその気配って奴で相手がどこにいるかが解るのね。それを使って私のライアーズマスクを見破ったってところ?」
「そうなる。とはいえ、最初から確信していたわけじゃない。世の中、どういう気配を持ってるかは千差万別だから、こういう気配の持ち主もいるのだろうと思っていたが、お前の言動から悟れた。迂闊だったな?」
「……多少変なことを口走っても、姿が本人なら誰も疑わないのよ、普通」
「なら、今度からは真似ておくんだな。その程度の変装、気づく奴は気づくぞ」

 そんな世界には行きたくないわよ、とドゥーエは苦笑した。

「もう一度確認しておくけど、あなたは私たちと敵対する理由がないのよね?」
「今のところは」
「今後、私たちと遭遇した場合、あなたはどういう行動をとるのかしら?」
「任務は任務だ。戦えと言われれば戦う」
「手加減は?」
「場合によるだろ。まあ、対峙した相手如何によってはトドメを刺さない程度のことはしてやる」
「慈悲深いことね?」
「だろう?」

 ドゥーエの皮肉に、恭也は嘲笑で返した。
 この男に対しては、持ち前の処世術が通じやしない。登録されたデータベースにもこの男に類似するパターンが無い。ドゥーエにとって、初めてのデータ外の 人間――つまり、人が普通に経験している初対面の人間との遭遇を体験していた。これが如何に重要なデータであるか。それはドゥーエには解らなかった。解る とすれば、彼女がラボに帰り、ドクターにメモリーを渡した時だろう。そして、それが訪れるのは管理局が崩壊した時のみ。
 事の重要性は解らなかったが、管理局がなくなった時に誰が生き残るのかといえば、目の前の男に決まっている。なら、少しでも自分たちを、いや、もっと言えば自分を見逃してもらえるように、恭也との繋がりを強くすべきだと結論づけた。
 機人の女は再び姿をオーリスへ変えると、一言恭也に告げた。

「今後、何度かお誘いしても?」
「渡せるものは何もないが?」
「うーん、ビジネスライクじゃなくて、一人の友人としてってこと」
「……バグったか?」
「失礼ね」

 しかめっ面をするオーリスに恭也は肩を竦めた。

「あなたは私を襲うことはしないんでしょ? 私にとってはそれで十分。正直、腹を割って話し合える相手がいないのよ」
「そりゃいないだろうよ」
「だからあなたには個人的に繋がりを持ちたいの。背景とか抜きで」
「考慮はしておこう」
「ありがと。――じゃ、仕事してくるわ」

 色よい返事、とも言えない恭也の言葉にオーリスの姿をした戦闘機人は颯爽と去っていった。

「よく解らん女だな」

 その後ろ姿に思わず呟いた恭也の言葉に返事を返した存在がいた。
 不破だ。

『あれは愛の囁きだな。本人は自覚してないようだが』
「やはりか?」

 朴念仁と言われる恭也だが、今の言葉が「愛を語る」言葉だったことは理解できる。中身が伴ってるとは欠片も考えてないが。

『プログラムである私でさえその手の感情が見透かせたぞ』
「どういうつもりなんだ、あれは?」
『あの言葉の通りだろう。自覚がないのは人生経験が足りない所為だ。ツヴァイと同じ反応が見られたしな。全く、敵味方なしに粉をかけるのはやめろ』
「かけた覚えがない。大体、ついさっき会ったばかりだ」
『こちらはそうでも、あちらは違うだろう。お前のことを徹底的に調べていたようだからな。セイン――恐らくは彼女よりあとに制作された戦闘機人を中破されて、お前に固執したのだろう。そして、実際出会えば、逆に殺されかけた。もはやお前は彼女にとって恐怖の代名詞だ』
「人聞きの悪いことを……」
『間違ってはいまい? そして、その恐怖から逃げるために、お前に取り込まれることを選んだ。無意識の内にな』
「……………………」

 これ以上何を言っても不破に論破されることが目に見えていた。恭也は閉口して、ポケットから通信機を取り出す。はやてに預けたヴィヴィオの所在を聞くためだ。
 恭也の態度に、不破は再び眠りについた。これ以上の会話は戯れだ。次の戦闘があるまで自分の出番はないだろう。
 そうして、特殊な査察団は一通りの作業を終えて、六課から引き払っていった。はやてはオーリスに化けたドゥーエには微塵も気付かなかったし、恭也もそのことを報告しなかった。
 査察の内容も特に不備がなかったことだけが、今回の件での成果だろう。
 双方、今回はそれでよしとするしかない。ただ、恭也にだけいろいろと持っていかれたことを除けば、だが。

〜・〜

 いつかのどこか。

「そう言えば、本物のゲイズ女史はどうしたんだ?」
『眠ってもらってたわ。で、私の行動記録を転写して、自分が査察したって錯覚させたのよ』
「恐ろしい技術だな」
『そうでもないわよ? 大掛かりな装置がいるし、記録自体もちょっと特殊に加工しなきゃいけないから』
「そこまでして隠蔽してたのか?」
『まあね。管理局の内情を調べるには、こう言う手も必要になったのよ』
「その労力を別のことに使えば良いものを」
『あら、それはあなたにも言えることでしょ? 稀代の魔導剣士さん?』
「妙な異名がついたもんだ。一体誰の仕業なんだか」
『誰も何も貴方の所為でしょ?』
「なんだと!?」
『自覚なかったの!?』
「いや、多少」
『じゃあ驚かないでよ!!』