Dual World StrikerS

Episode 07 「子供」
From "Lyrical Nanoha StrikerS" (C) 2007
Presented by 大岩咲美 [TRASH BOX type2]





















 一夜明けて、各々の報告会が開かれることになった。今回の事件の協力者として第108部隊のギンガ・ナカジマも出席している。会議室には前線メンバーとロングアーチからシャリオ、アルトの二名が出席していた。
 出席者の顔を一通り眺めて、はやては会議の開始を唱えた。

「じゃ、まずは……そやね。皆気になってるやろうし、恭也さん関連からまとめよか」
「いきなりか、はやて嬢」
「味方の方を整理した方が、すっきりするやん。あと、恭也さんの話は意外に長いんで先にやった方がええ」
「……まあ、いつでも構わんがね」

 全員の、特にヴォルケンリッターの視線を強く感じながら、恭也は重苦しく息を吐いて見せた。
 腰に提げた不破を鞘ごと抜き、

「弾丸撃発」
『Rock'n Roll!!』

 カートリッジを使用。不破の内臓コンデンサーに魔力が蓄えられていく。
 そして、恭也は『彼女』を呼んだ。

「起きろ、『不破』」
『――――ふむ、予想通りの展開だな。まあ、致し方ないとは言える』

 不破は起きるなり、状況を把握したような口振りを発揮した。
 その声に、皆一様に驚きの表情を見せていた。先日確認したとは言え、やはりAI非搭載型と思っていただけにギャップを埋められないようだ。

『さて、諸君。お初にお目にかかる。私は先日デバイスカテゴリーがストレージデバイスからAI非搭載型アームドデバイスに切り替わった不破だ。以降、戦闘の推移によって恭也が使用する事があるだろう。その時はよろしく頼む』
『All right.』
『Ja.』
『なお、私の音声はランダムに出力されているものであり、そこに自意識と言うものは存在しないのであしからず』

 各デバイスは了解を示したが、マスター達は未だ承服しきれていない。そもそも自身がAIであるはずなのに、登録は『AI非搭載型』と言って憚らないのだ。納得も承服も出来るはずがなく、疑問と不信感を抱くのは当然と言えた。
 しかも、『会話』は全て偶然の産物であると宣言までしやがった。
 まずは対話が必要だと不破は判断した。

『では……そうだな。私が話すよりも各々の疑問を晴らすことから始めようか』

 そう言って、不破は『周囲を見渡し』、場のきっかけに足る人物の名を呼んだ。

『――シグナム、お前からだ』

 名を呼ばれ、全員が一斉にシグナムに注目した。
 その観衆の目に動じず、彼女は先日から抱いていた疑問を晴らすため、問いかけた。

「……いつから潜んでいた?」
『十年前のあの日からだ』

 彼女にとって重い疑問を、不破は軽く一蹴した。
 その口調に、騎士は声を荒らげた。

「何故すぐに教えなかった!」
『教える必要がなかったからだ』
「なんだと!?」
『烈火の将、その短絡的な態度は、不測の事態で頭に血が上っている故の愚行と思っていいのだな?』
「……くっ。だが、それでも!」

 不破の言葉に押され口を閉じかけるが、治まりきらない感情の部分が彼女を呻かせた。
 その心情を察することが出来る不破は、言う。

『私とて、皆と同じようなものだ。だが、軽々しく私を公言することは出来ようはずがない。特に、お前達、そして主にはな』
「……リインフォ」
『不破、だ。その名を名乗る資格は失っている。今の私は電子制御されたプログラムに過ぎない』

 シグナムの呼びかけを否定して、不破は自分のあり方をそう呼称する。
 自分は、もはや皆が知るかつての存在ではないのだと。
 未練がましくこの世に留まった欠片なのだと。

『……ふむ。一先ず、一人一問としようか。これだけの数に質問されるのであれば、時間が足りないだろう』

 恐らくは、殆どの人間が抱く疑問は共通しているはずだ。その共通する部分を優先的に行ってもらい、個々が抱いた疑問は後回しにしようと不破は言う。
 場を取り仕切るのが一本の刀と言う状況に、新人組、ロングアーチ組は驚きを隠せなかった。何せ、部隊長、前衛隊長全員が押し黙ってことの推移を見守っているのだ。
 知らず重い圧迫感を感じてしまう。

「じゃ、次はアタシだ」

 次に名乗りを上げたのはヴィータだった。
 組んでいた腕を解き、右肘を机について、不破を指差しながらヴィータは疑問を口にした。

「あの場面でなんで出てきた?」

 その短い問いに、不破は先ほどと変わらず冷静に答えた。

『起こされたからだ』
「へぇ〜? ただ単に起こされたからノコノコ出てきたってのか?」
『…………』

 ヴィータの口調はからかっているが、内実は怒りの感情が突き抜けてしまっているらしい。事実、不破には感じられないがヴィータが放つ怒気に新人達は怯えてしまっていた。
 自分と関係が薄い事柄で個人の感情の余波を受けることほど迷惑なことはない。不破はそんな光景を眺めながら、さてどう説明したものかと悩んでいた。
 理由はある。自分が定めた約定を破るに足る理由が。
 しかし、約定と理由の天秤の傾き具合は不破にしか解らない感覚だ。それを他人に説明したところで、真に理解することは出来ないだろう。
 だが、これ以外の真実があるわけでもない。不破に出来ることはありのままのことを話すことだけのようだ。

『……基本、私は自身を仮死状態に置いている』
「デバイスの定期検査を誤魔化すためですか?」

 唐突に質問したのはシャリオだった。その割り込みにヴィータは一瞬睨みかかったが何とか自重した。

『そんな理由はない。ただ単に相棒の魔力量の節約のためだ』
「えー?」
『私が起きている状態で検査をしても管理局の機材では私を読むことは出来ない』
「アプリケーション……、あ、ごめんなさい。不破さんが活動していらっしゃるのに、ですか?」
『ああ。私を形作っているコードは古代ベルカ語だ。かつ、それを当時の開発者が敵性体からの分析を防ぐため暗号化している。暗号の複合コードは私自身知らない。よって、管理局の機材――つまりミッド式言語を用いるOSでは私を読み解くことは不可能だ』
「古代、ベルカ語ぉ!? しかも暗号化されてるって!」

 シャリオにとって驚愕の事実を知らされ、彼女は頭を抱えてしまった。
 ミッドチルダ式の魔法言語は勿論ミッドチルダ言語だ。近代ベルカ式もベルカ語とミッドチルダ語のミックスで記述されている。問題の古代ベルカ語はこの場 にいるヴォルケンリッターやはやての夜天の書で使用されている言語だが、解析が非常に難しいのだ。それでも三年の月日を費やして、なんとか解析を終えたもの である。その解析途中で、リインフォースUの製作方法を発見したこともあった。
 それだけ翻訳するのに時間がかかる言語な上に、暗号化までされているとなれば、シャリオが頭を抱えるのも無理からぬことだった。
 意図せずシャリオをへこませた不破は、後回しになってしまったヴィータに解答した。

『話が全く進んでいないが、とりあえず話を進める。普段を仮死状態に置いているのは、管理局からの目を逃れるためだ。加えて、恭也の魔力量の問題もある。直接的な原因はその二つだな。さらに、恭也が持っている信念も私の存在を秘匿することになった』
「身内でも手の内を見せねぇって奴か……」

 ヴィータは恭也を睨んだが、彼は反応を返さず、瞑目したままだった。

『そうだ。それらが絡み合った結果、私は公に確認されることはなかった』

 これが表向きの理由。

『そして、ヴィータの疑問に答えるなら、そこまでして隠していた私を使う――使わなければならない場面がこれまで幾度もあった』
「…………」

 ジト目で見てくるはやてにやはり恭也は無言を貫いた。それだけ死に掛けた事があると言うことを不破が語ったからだ。
 彼にしてみれば、仕事中の殉職は覚悟している。こんな仕事をしているならば、周囲をもそれを覚悟していなければおかしいと考えているからだ。この手の話は、はやての足が完治し、本格的に管理局の仕事をするようになったときに話した。
 だから、恭也は特に何を言う気はなかった。

『魔法嫌いの恭也が私を呼び出さなければならない状況に陥っているときに、私の事情で表に出ないなどありえない。道具に使う場面の取捨選択は出来ないのだからな』
「……わーったよ。―――でもな」

 そこでヴィータは言葉を区切った。

「テメェ、二度と自分を道具扱いするんじゃねーぞ」
『……前向きに検討しよう』
「け、黒助と似たようなこと言いやがってよ」

 ヴィータは体を椅子に深く預けた。自分の番は終わったと言うことだろう。
 ヴィータと入れ替わるように声を出したのは狼型に戻ったザフィーラだった。

「AI不破。お前は初代と同じと考えていいのか?」
『厳密には違う。本体から不破へコピーする際、殆どの機能を削ぎ落としている。が、あの半年の記憶は残さず持っている。これが答えでは駄目だろうか?』
「いや、十分だ」

 彼の疑問は晴れたらしい。
 そして、湖の騎士が慎ましく挙手をした。

「今後、不破はどうするつもりなの?」
『今までと変わらない。……強いて言うのならば、恭也が弟子を取らない限りは、恭也の死後、自身を破壊することになる』
「ええ!?」
『私はデバイスAIであるが、その前に刀だ。そして、刀とは持ち手がいて、かつ使い手がいなければならない。今現在、私は恭也以上の剣腕を持つ存在を知ら ない。そして、私が必要とされるほどの魔導才能が欠如している存在を知らない。私は恭也の不足分を補う存在であり、彼に類似した存在で、加えて私が気に入 らなければ手を貸すことはない。この条件を満たす存在を気長に待つなど私には出来ん。なら、恭也と共に滅びるのが筋だろう』
「勝手に筋にするんじゃない」
『が、これが私の本音でもある。私はお前以外に使われる気はない。お前が弟子を取る、と言うのならば事情は違ってくるがな』

 とは言え、剣型のアームドデバイスを扱いきれる騎士はごく少数であり、しかも直剣とは似ても似つかない技術が必要な刀型のアームドデバイスを物に出来る人間が現れるだろうか。
 日本と言う独自の文明、文化の基盤があってこそ刀に関しての勘が出来上がると言うのに文明文化の違う場所で使い手を見つけるなど、無駄な労力だろう。

『まあ、私が破壊を免れる未来があるとしたら、恭也が弟子を取ること。そして――』
「……そして?」

 そこまで言って言い淀んだ不破に、シャマルは優しく先を促した。

『――そして、恭也が子を成した時だな』
「ぶっふうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
「こここここここここここここ!?」
「ななななななななななななな!?」
「た、隊長!? 隊長方しっかり!」
「……なんで俺じゃなくてお前らが動揺してんだ」

 はやて、フェイト、なのはがうろたえていた。ティアナが落ち着かせようとするが、無駄な努力に終わっている。
 あいや、うろたえるって言うか、赤面して舞い上がってる感じ?

「えほっ、えはっ、と、突然なに口走っとるんや!?」
『八神はやて。道具とは使われるならば最高の使われ方をされたいものです。そして、その最高の使い手の子孫ならばその可能性が高い。ましてや、指導するのは自分が最高だと自負する剣士。期待するなと言う方が難しいでしょう』
「話に聞く美由希さん並になりそうね、それだと」
『そうだ。個人的にはさっさと所帯を持って欲しいのだがな』
「デバイスにまで婚期を気にされてるなんて……」
「ナカジマ、後で聖祥の校舎裏に来い」
「どこですかそこぉ!?」
「なのはの母校だが?」
「…………」
「迷うな!」

 ティアナの適切なツッコミでオチがついた。

『ともあれ、私の今後の展望はそんなところだ。その前に恭也ともども散るか、はたまた原因不明の故障で消え失せるか、それは誰にも解らんがな』

 不破のブラックジョークにシャマルは乾いた笑いを返すしかなかった。

「はいはいはーい! 次は私がお母さんに質問するです!!」
『さて、他に何か疑問はないか?』
「ものっそい勢いで無視されましたよ!? これが家庭内暴力ですか!?」
『不適当な表現をするな二代目。私はお前の母ではないと言っているだろう』
「えー? リインはお母さんの子供ですよ?」
『出産経験はない』
「AIにあったら革命的な事件だな」
「このやり取り前もやったからインパクトゼロやね」
「天丼するにも間が開きすぎか」

 四人にしか解らないネタだった。
 それに反応したのはヴィータとザフィーラだった。

「天丼、だと? と言うことは、以前に同じやり取りをしたと言うことか?」
「っつーことは、はやてとリインは前から不破にコイツが入ってること知ってたのか!?」

 全員に注目された二人は居心地が悪そうにしていた。
 それよりも、芸人用語の天丼で気付く辺り、汚染度が深刻だ。

「まあ、そうなるなぁ。実のところ、恭也さんを六課に引き込んだネタが不破やったんよね」
「どういうこと? はやて」
「んー、みんな知っての通り、この人確固たる理由、特に弱みでも握らん限り動いてくれないんよね」

 全員が頷いていた。
 非常に心外だ。
 いや、当たってるけど。

「んでまあ、引き込むのにどうしたもんかなぁと悩んでたら、直前にあった任務で不破を起動させてたんよ」
「公式記録には残ってませんけどぉ、お爺さんがAA級の戦闘魔導師をぼっこぼこにしてましたです」
「AA級を!?」
「あー、何故か納得しちゃうわ、私」
「ヴィータ。リインの一部の表現について討論会をしたいのだがどうだ?」
「う、すんません」

 FランクがAAランクの戦闘魔導師を撃破した。
 真っ当に考えれば、どこの御伽噺だと一笑に付すところだが、それが高町恭也となるとかなり根本的に違ってくる。
 この男の場合、何をしでかすか、誰も想像できないのだ。恭也自身も自分の何が通用するのか解ってない事もあり、マジで神のみぞ知る状態である。

『その時の戦闘映像を突きつけられては流石に言い逃れは出来なかった頼もしい相棒は、六課転属に頷いた訳だ』
「ゆーても、自分はストレージデバイスだーって言い張ってたけどなぁ? しかも会話は全部偶然です言いよるし」
「お母さんは強情です。お爺さんそっくりですよー」
「十年も恭也の相棒をしていればそうなるのも納得か」
「あいつの汚染力、半端ねぇからなぁ」

 汚染力と申しますか。
 完全に染まりきってる人間が言うと重みが違う。

「あー!! 話が逸れてますー!! リインの質問がなかったことにされてますー!!」
『……ふぅ、それで、お前は何を聞きたい?』
「あ、あのですね! お母さんはリインみたいになりたくはないですか?」

 その問いかけに、周囲は色めき立った。
 詳細は身内同士でしか解っていないが、この場のやり取りで凡その推理は立つ。
 不破に納められている人工知能。それが初代と呼ばれ、リインフォースUが母と呼ぶ存在。ならば、それはリインフォースUと同じく融合騎なのではないだろうか。
 そうなれば、リインフォースUが言いたいことも見えてくる。
 彼女は復活して欲しいのだ。自分の母親に。

『そうだな。今ならばそれも可能と言えば可能だろう』
「じゃあ!」
『だが断る』
「岸辺!?」
『このAI不破。一度決めたことをおいそれと曲げるほど軟弱ではない。例えそこにどれほどの甘みがあろうとも、私の信念、主義主張に反することならば断固として認めない』
「……ほんまに?」
『意見を違える気はありませんね。より正確に言うならば、私が元通りになることに対しての未練がないこと。戻らなければならない強制力がない。以上の理由から私はこの子の提案を呑む気にはなれない』

 強情さに関しては、実体を持っていた頃から定評のある不破だ。彼女の言う通り、元の鞘に戻る気はないのだろう。

『他に質問は?』
「あ、はい」

 主要人物たちの質問の後に続いたのは、ギンガだった。
 意外な人物が手を上げたことに、注目が集まる。

「先の戦闘で、高町隊長が超高速の攻撃を行ってましたが、それについて説明していただけますか?」
『……どうだ? 恭也』

 不破は自分の領分ではないと判断し、相棒に答えを求めた。
 恭也はしばしの逡巡を経て、判断を下した。

「まあ、良いだろう」

 その結果に、ヴォルケンリッターとフェイトは目を剥いた。
 彼が自分の手の内を明かす。
 それはギンガを『身内』以上の括りに組み込んだと言うことだ。
 各々の反応を敏感に感じ取った恭也はその考えを訂正した。

「言っておくが、原理その他を説明したところで、お前達にあれをどうこうできないと判断したからだ。モニター越しに見たのなら、大体解るだろう?」
「しかしだな……」
「残念だがな、シグナム。お前でもあの切り札を攻略することは出来ないと俺は断言する」
「……ほう?」

 挑発的な剣士の言葉に騎士は眉を顰めた。
 その顔に満足して、恭也は話を続けた。

「……あの高速攻撃は、俺の流派で言うところの奥義の歩法だ。神速と言う。ほぼ、人間の動体視力を上回る速度で移動する技術だ」

 恭也はあえて、それが技術であり、技ではないと言った。その微妙なニュアンスを嗅ぎ取れる侍がこの場にいない事にかこつけた彼なりの遊びだ。

「人間の筋力を最大に発揮しているから、当然疲労度が高い。よって何度も使うことは出来ない。別の理由として、体にかかる衝撃も馬鹿にならない。だからこそ秘伝の奥義になる」

 そこで恭也は一度言葉を切った。

「今回見せたあれは、不破が体にかかる衝撃を……」
『98%消した』
「からこその長時間の運用が出来たと言うわけだ。カートリッジの消費上、あの時間が最長時間になる」

 話は以上だ、と恭也は言葉を締めた。
 そこへ空かさず疑問を挟んだのはヴィータだった。

「もしカートリッジの魔力がもっとあったら、時間も長くなるのか?」

 上手いところを付くな。
 恭也はヴィータの疑問に内心で舌打ちをしつつ、答えた。

「いいや。それ以上やると今度は現実に帰ってこれなくなる」
「はあ?」
「つまり、体感時間も加速されるから、それに慣れすぎると現世復帰が怪しくなる。過去に試したが、それ以降の戦闘行為に従事できないほど『酔った』。だから、あれが俺に許された神速の時間と言うことになる」
「……後先考えへんかったら、もっと長く行けるん?」
「かもな。やりたくない、と言うのが俺の考えだ」

 今の恭也の言葉は半分嘘が混じっている。
 体感時間も加速される。
 この言葉は付け足しに使われる言葉ではない。神速の主眼は体感時間――認識時間の引き延ばしが本命なのだ。筋力限界の開放の方が付随して来たに過ぎない。この土壇場でも、恭也は自分の手口を明かすことは絶対にしなかった。

「あの動きは技術と仰いましたが、誰にでも出来ることなんですか?」

 ギンガのこの疑問に、スバルとエリオが反応した。
 近接戦闘型の二人としては取り込める技術なら是非とも身につけたいと思うだろう。何せ戦果に直結する技術だからだ。

 ――この子はある意味で『戦士』だな。

 技術と表現した意味をそのまま受け取っている。言葉遊びに惑わされない頭の良さがある。
 期待が篭った二つの視線に、恭也は小さくため息を吐いて答えた。

「ああ」
「マジですか!?」
「是非、是非ご教授願います!」

 待ってました! とばかりに色めき立つ二人に、恭也はあっけらかんと言った。

「10年修行が必要だが」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「そんなー!!」

 恭也お得意の悪戯であるが、今回は少々異なっていた。
 あながち、冗談に出来ないのだ、これに関しては。

「神速に比べれば小規模であるが、アスリートは俺と同じようなことが出来ている」
「ええ!?」
「野球選手が150km近くのボールの縫い目を数えられるだとか、テニス選手は向かってきた打球の回転方向が見えるだとか。聞いたことがあるだろう?」
「それと恭也さんの神速と言うものは同じだって言うんですか?」

 なんかそう聞くと若干身近に感じるとティアナは漏らすが、スバルが反論した。

「身近なんかじゃないよ! プロの人達がそれを見れる時ってもんのすごく集中してる時だけだし、ほんの一瞬なんだよ!? 高町隊長みたいに何十秒も出来ないんだって!」
「……ああ、だから奥義になるんですね」

 フェイトが納得と言った表情を見せて頷いた。
 大半の人間がフェイトの言葉に同意しようとした中、シグナムだけは違った。

「恭也、思考を誘導するな。ただ長い時間できるだけでは使いどころがない。神速の真の価値は任意にその状態になれる利便性だろう?」
「……その通りだ。よく気付いたな」

 また嘘を吐いた。
 先ほどまでの結論で終わるのが普通。シグナムの結論に辿り着くのが他流の限界。
 神速の真意を知るのは同じ技法を編み出した流派か、御神流のみ。そうでなければならない。

「いつでもできる……つまり、即応性が高い。何度もできるわけじゃないが、どの場面でも神速を使えることこそが、俺の流派が裏の世界で名が知られていた要因の一つだ」

 恭也の嘘を解説するならば、「神速を使える」のではなく「神速と呼ぶ状態になれる」が正しい。
 小さな誤差だが、この誤差が人に与える印象を変えるのだ。こういう小賢しい弁舌だけは上手くなった恭也であった。

「ナカジマ姉妹やモンディアルは解るだろうが、集中力を自意識的に高めることはかなり難しい。人間、追い込まれないと限界を突き破ることができないから な。つまり、何度も追い込まれ、何度も追い詰められ、その感覚を自覚したとき、ようやく体得する。それがどれだけ面倒で、危険か、解るな?」
「はい……」
「死ぬ気でやるって言葉があるが、神速を会得するなら、死んでみないことには見えてこない」
「えーと、恭也さんは言葉通り、死んでみたん?」
「ああ。本気で死に掛けたな」

 恭也は臆面もなく端的に頷いた。

「さて、俺達の話はこれくらいにしよう。後がつっかえてるだろう?」
「そうやね。じゃあ、今度は敵さんの分析をしていこか」

 促された六課課長は大き目のウィンドウを開き、今回の戦闘で採取できたデータを公開した。
 会議前にデータの配布はしており、各自内容に眼を通してはいるが、実際に説明を聞きながら見比べることで、印象付けて覚えられる。また、課長と言う課の代表者の意見と自分の意見を複合して、『六課』が何を考えているのかを知ることになる。

「まずは、今回確保したレリックと女の子のことから。現在レリックは封印処理して、地下の金庫にしまってある。本局の技術部に移送しようかと思ってるんやけど、ちと迷っててなぁ」
「例のジュエルシードの一件ですか?」

 グリフィスの言葉にはやては頷いた。
 十年ほど前に確保されたジュエルシードは本局の重度封印物保管施設に納められていたはずなのだ。しかし、以前大型のガジェットドローンにその一つが組み込まれていた。似たようなものと言う可能性もあったが、本局の分析班からの回答は本物で間違いがないそうだ。
 またこの一件において、ジュエルシードの紛失の責任問題に発展し、現在保管施設の管理者が取調べを受けているが、その詳細は本筋とは関係ないので、はやては黙ることにした。

「そうなんよ。なもんで、あそこに持っていっても、奪われるわけやな。でも、ここで守るってのも難しいんよ」
「もともと貴重品を預かるように建てたわけじゃないからなぁ。ここに置いてるよりも、まだ本局に預けたほうが良いんじゃないか?」
「しかしな、ヴィータ。すでにあちらに前科がある以上本局に預けるのは危険だろう。また敵に戦力を与えることになる」
「そうは言うけど、本局以上の保管施設がないでしょ? 地上本部って線もあるけど、本局所属の六課の要請にすんなり応えてくれるか疑問だし。手続き中に奪われるかもしれないわ」

 シャマルが指摘する可能性に、全員押し黙ってしまった。
 敵戦力が未知数の現在、重要物品をどこにしまっておくか、全く対策が立てられない。相手側がジュエルシードをどうやって奪ったのかが判らない以上、どうすることもできないのだった。

「……思ったんだが、割るのは駄目なのか?」
『レリックを破壊した場合、何が起こるのか解らない。また、研究資源としてもあれは貴重品だ。破壊は推奨できない』

 恭也の疑問は不破に潰された。
 だが、恭也は不破の言葉に疑問を持った。

「研究資源? あれが何かに使えるのか?」
『使えるかどうかを研究するのだ。そのためには現物がなければどうしようもない』
「……面倒な話だな。それに欲深い話だ」
『人間の複雑さがよく見えるようだ』

 恭也の呆れに不破は同調して見せた。
 彼女自身は人間ではないから、第三者的にヒトと言う種族を見れるのだろう。彼女の言葉は深く受け止めたほうがよさそうだ。

「ハラオウン捜査官、何か意見ある?」
「――そうだね、レリックの保管に関しては本局に預けたほうがいいと思うよ?」
「あれだけ否定されたのにか?」
「そうなんだけどね、ザフィーラ。例え本局のセキュリティを突破できるとしても、ここで保管するべきじゃないんだ」
「どういう意味だ?」

 ザフィーラが疑問の声をあげる中、恭也は彼女の意図に気付いた。

「――ほう? フェイト嬢、もしや責任問題のことを言ってるのか?」
「……そうです」

 恭也が極悪の笑みを浮かべていた。よくやったとか言ってる。
 フェイトは若干気恥ずかしそうに照れていた。いや、なんでよ?
 そこになのはが割ってはいった。

「ちょっとフェイトちゃん? そこで照れるのはおかしいんだよ? 正気に戻ろうよ! 社会的通念を思い出して!!」
「訳すと常識を思い出せっちゅうことやな」
「素晴らしいフォローです主」

 シグナムのよいしょが入ったところで、スバルは隣のティアナに指をついついと叩いた。

「ねえ、何の話なの? これ」
「…………」

 一瞬、ティアナは悩んだ。この馬鹿に教えていいのだろうか? と。
 何せ、この話題、黒い。そりゃーもう黒い。恭也が他人に解るくらい極悪の笑顔になるほど黒い。
 そんな黒い話題をこの感受性の高いスバルにしていいものなのだろうか。絶対染まる。絶対に染まっちゃう。黒くなったスバルとか、もうなんかティアナの想像の埒外で、対応できるか自信がない。
 しかし、上層部の意向を部下が理解していないのは問題だ。特にこの六課と言う組織は、課の連携が重要視されている。砕けて言えば、課長が課員を部下ではなく仲間、または家族と見ているからだ。そんな中で、話題についていけないのでは、六課が瓦解する隙間になってしまう。
 そう考えたところで、ティアナは断腸の思いで決意する。
 教えるべきだ、と。

「――つまり、レリックを本局で保管する。で、犯人は前に一度保管施設を破っているんだから、その方法でレリックが盗まれる。この時、レリックを盗まれた責任を取るのは本局の保管施設の人よね?」
「そうだね」
「じゃあ、もし六課でレリックを保管していて、盗まれたら?」
「そりゃ、六課の責任になるね」

 ああ、なんでこの子はここまで言って解らないのだろうか。
 察しろよ! 察してくれないと私が言わなきゃいけないじゃないの!!

「……だから、盗まれた時の責任を被りたくないから本局に預けちゃいましょうってフェイト隊長は言ってるのよ」
「えー? それってすっごくずるくない?」
「だから恭也さんが笑ってるんでしょうが」
「なるほどー」

 今ので解ったのだろうか。個人的には解って欲しい。更に深い話なんてしたくないし。
 一方で上層部の話が進んでいた。

「フェイトちゃん! いつの間にそんな黒い考えに染まってたの!?」
「でも、私もフェイトちゃんと同じ意見やねんな。私らが持ってても研究できへんし、守るのも無理やし。でも、相手に持っていかれるのは癪だから、悩んでたんよ」
「いい感じに黒い考えが染み付いてるな二人とも。父的存在としては嘆かわしくも頼もしい」
「あの、恭也さん? 保護者的立場の人間がそんな事言うのは教育上よろしくない気が……」
「何を言ってるんだ、シャマル。俺は保護者『的立場』の人間であって保護者じゃない。だから、責任は発生しない」
「なにその責任放棄宣言。あなたそれでも八神家の保護者ですか!?」
「お兄ちゃんは八神家の保護者じゃありません! 高町家の被保護者です!!」
「別次元のな」
「冷静に訂正しとるなぁ」
「ちょ!? お兄ちゃん!? それでもなのはの兄ですか!?」
「それは月村に嫁いだ奴に言って来い。俺とお前は全く関係ない」
「あのお兄ちゃんは中々帰ってこないから、こっちのお兄ちゃんで代用」
「妹の代用品扱いに絶望した!!」
「あのー、事の発端である私を差し置いてみんなで盛り上がって、かつ脱線するのはいかがなものでしょーかー」

 置いてかれたフェイトがいじけてたが、全員慰めの一つもしやがらねぇ。

「あー、まあ、時間かけるのもあれやし、続きと行こか」
「……もう慣れたけどね。ぐす」

 さて。

「レリックに関しては本局に丸投げするとして、保護した女の子はどうしたもんかな」
「あの子は、今どこにいるの?」

 なのはの疑問には医療担当のシャマルが答えた。

「今は聖王協会直属の病院にいるわ。六課で融通が利く病院はあそこだけだから」
「それと、警備上の問題もある。事件と関係があると思われる少女には警護が必要だからな。その点を加味して、聖王協会の病院にするしかなかった」

 シャマルに少女の保護先を指示したシグナムがそう付け足した。
 彼女の言う通り、重要参考人に値するあの子を守るのは業務上必要なことだった。無論、人道的な意味も含んでいる。六課の人間は基本的にお人よしなので、合理性とか冷徹さを忘れることが多々ある。その戒めとして、シグナムは自分に彼女達が持たない部分を担っている。
 が、先ほどのフェイトの発言を見るに、この役目もそろそろ不要になりそうだ。酸いも甘いも噛み分けた、と思えばそれはそれで感慨深いが、19の小娘が悟るにはいささか命題が重いのであるが。

「――それもこれもあの男の存在がある所為か」
「何の話だ?」

 耳ざとくシグナムの呟きを拾った恭也が、シグナムに家族だけにしか判らない不思議顔で聞いてきた。

「高町菌の伝染具合だ」
「人を病原菌扱いするなと何度」
「お前、自分の影響力全然理解してないだろ」
『シグナムの言う通りだな。コイツに汚染された隊員の数がどれだけいることか』

 不破からもツッコミが入った。
 何でこいつらは自分をいじめるときは結託するんだ。
 恭也的に大変遺憾である。

「汚染って何だ。そんな事した覚えはないんだが?」
『コースキー一等陸士の件について』
「……ノーコメント」
「おい、コースキー一等陸士に何をしたんだ!? おい!!」
「何もしてないと言ってるだろう。むしろ俺が奴に色々されてるんだが?」
『されてると言うか、言われてるだけだろ。やれ報告書出し遅れてるだの、やれ勤務態度が悪いだの。お前の母親かと言うくらい、小言ばかりではないか』
「……――うわぁ」
「引くなよ。お前が引くとどえらいことに見えるだろうが」
『どえらいことだろうが』

 普段の恭也がどうなのか垣間見えたシグナムだった。

「ともかくだな、お前の言動一つ一つがどれだけ周囲に影響を与えているか、ちゃんと見ろ」
「……あの子達を育てたのは俺じゃないだろ。保護者に言え、保護者に」
「主達の中では、お前も保護者に入ってるのだ」
「何で入れるんだ。つーか、育てられたのはどちらかと言うと俺だろうに」

 職場の斡旋に衣食住の確保。
 全部甘えっぱなしで受け取ったものだ。まあ、衣食住に関しては稼いだ金で返済したが。

「提督様々だったな」
「…………」

 そんな風に惚ける恭也を、シグナムは冷めた目で見ていた。
 彼女は以前、地球に住む高町恭也――現在は月村恭也と会った時、裏社会の事について訊ねた事があった。それは興味本位ではなく、地球の治安状況について詳しい情報を持っていないことで、はやて達に危険が及ばないかと言う危機感からだった。
 はやての友人には著名人や業界人がいる。アリサ・バニングスや月村すずか、高町なのはから繋がるクリステラソングスクールの面々。これだけの有名人が近くにいると、厄介なトラブルに巻き込まれる可能性があった。なので、月村恭也に裏社会の情勢を聞いたのだ。
 その話の一つに、裏社会の生き方があった。
 彼が言うには、裏社会で生きることは案外楽らしい。ただ、その後生き残るかは別として。
 裏の生存方法はただ一つ、

 ――『信用』

 だそうだ。
 信用に値する仕事さえできれば、出自、性別、歳、外見を問わないと言う。無論、その人間が行う『仕事』に対して、依頼人の要望と合致すればの話ではある。
 一例を挙げるなら、恭也がやっていたボディーガードは、基本男が好ましい。『守る』と言う性質上、外敵に威圧感を与えることと、依頼人に安心感を与える ことになるからだ。また、必要以上に歳を食っていないことも重要だ。これもまた、ぱっと見機敏に動けそうかどうかが絡んでくる。
 こう言った職業の場合、第一印象が重要視される。よって、女性や、必要以上に老け過ぎ、または若すぎるのはあまり受けがよろしくない。その中で、恭也が歳若くも臨時雇用の形で仕事ができていたのは、それだけ仕事ができて、かつ信用に値する成果を出したからだ。
 こうなると、高町恭也は別に同姓同名で、顔がそっくりで、使う技や器具まで似ている人間がいたとしても、裏社会の特性『素性より実力』によって、生き延びていたのではなかろうか、とシグナムは考えていた。
 生きるだけなら、恐らくそれでよかったはずだ。また、今以上に金を稼げてもいたはずだ。
 なのに、恭也が管理局の戦闘部隊を志望した理由は――、

(あまり考えたくない話だな……)

 帰りたいのだろう。
 昔、口ずさむように語っていた『家族』の下へ。
 その実現性が一番高い場所は、今のところ管理局しかなかった。
 だから、彼はここにいる。
 それを思うと、シグナムは胸の内が苦しくなる。
 自分達では家族足り得ないのか。
 自分の胸の内を打ち明けても、彼は答えてくれない。
 そう思えてしまうから、解ってしまうから、ずっとシグナムはそこから先へ進めなかった。
 恐らく、八神家の誰もがそうなのだろう。
 誰もが、恭也の背中を見て、彼が見る先を見て、足を止めてしまう。

(随分と日和ったな、私も)

 苦々しく思う反面、これもいいなと思う自分を見つけて、シグナムは思わず苦笑した。

「……いきなり笑い出して、どうした?」
「いや、昔を思い出しただけだ。それより、進まない会議を進めよう」
「俺が言うのもなんだが、会議ってこれでいいのか?」
「ここが特殊なんだ。覚えておけ」
「りょーかい」

 情報処理役のシャリオから、少女の現在の状態が報告されていた。
 恭也とシグナム、そして不破はその報告に耳を傾けた。

「あの女の子は、今は病室で眠っています。外傷は軽度。簡単な薬品治療と、治癒魔法で処理をしました。また、若干の衰弱が見られますが、点滴措置で徐々に快復していく見込みです。医師の報告では三日もあれば、食事も走り回ることもできるそうです」
「一先ず、安心やな。んー、でも、その子ぉから詳しい話は訊けへんやろね」

 はやての懸念はそこだった。
 歳が若すぎること。それは、はやて達が知りたい情報を持っていたとしても、詳細を伝えられるかと言うことだ。何か重要な施設を見たとして、どこまで説明できるか。大人でも、高度な機械類を見ただけで判別することはできない。子供ならばなおさらだった。
 また、自分がどこから来たのか。それを判っている可能性も低い。発見時の様子から見ても、命からがらと言った態で発見されたのだ。どこから逃げてきたのか、把握していないとはやては考えていた。それでも、駄目元で訊く事はするのだが。

(ここら辺が捜査官の嫌な部分やな)

 事件に繋がる事柄であれば、子供でも無理を強いなければならない。命を天秤にかけたくはないが、賭けなければならない場面があるのが捜査官だった。

「ま、その子が目を覚ましたら連絡を貰うとして、ここで私から一つお話がある」

 場を改めたはやては、居住まいを直した大勢(恭也は特に動かなかった)を見回して、言った。

「今後の六課の方針を話します。我々機動六課は救出した女の子の保護を優先し、引き続きレリックの捜索に当たる」

 今のはやての話だと、今までの仕事に少女の護衛がついただけになる。
 それを改めて、話すことの意味を考え始めた面々に、はやては質疑応答の体勢を見せた。

「――何か質問は? ……んじゃ、ティアナ」
「あの女の子が退院した場合は六課で保護する、と言うことですか?」

 その質問に、はやてはやや考えながら言う。

「そー、やね。本局や地上本部には悪いけど、あの子は私らが守ったほうがいくらかええやろ。建前で言うと、私らの捜査であちらさんに迷惑をかけないってところか」
「了解しました」

 ティアナが敬礼したとき、横合いから次の質問の声が飛んだ。

「質問」

 手を挙げたのは恭也だった。その行為に、その場全員の視線が集まった。
 彼としては、注目を集める気はなかったが、普段の行いが行いだけに仕方ないことだと自分を抑える。これが大人の対応と言うものだよ。

「お、恭也さん。珍しく仕事するんやね?」
「したくもないがな。今の話を聞いて、気になることが二点あってな」
「ふーん? ほいで、質問の内容は?」
「その子の面倒を見るとして、誰が担当するんだ? あと、いつまで預かる気だ」

 矢継ぎ早に恭也は自分の疑問を言う。それについて、はやては考えがあった。

「あの子の面倒は、アイナさんに見てもらおうかって思っててな」

 アイナ・トライトン。
 六課の隊舎の寮母をしている女性である。歳が恭也と近しいこともあり、彼が気軽に話を振れる一人でもあった。彼女も同世代の人間と言うことで、気軽に声をかけてくる間柄だ。
 恭也は彼女と会って色々噛み締めたものだ。

(そうだよ。このくらいの歳の女性はこういう落ち着きがあるものなんだよ。どれだけ俺の同世代がはっちゃけてたか解るな)

 特に金持ちのお嬢とか、世界的有名人の娘とか、見た目小さい医者とか、銜えタバコの妖精だとか!!

「……まあ、妥当か。とは言え、あの子が気に入らなければ別の候補が必要になるがな」
「そうなったら、恭也さんが面倒を見ればいいんじゃないですか?」

 思案顔だったフェイトからそんな言葉が飛び出てきた。即座に反応したのは、三人娘の内二人――まあ、つまりはなのはとはやてであるわけで。

「ええね! 小さい子の扱いにかけては定評のある恭也さんや。ばっちり面倒見てくれるやろ」
「そうだね! これでもうお兄ちゃんが格納庫でコーヒー啜って煤ける事もないよね!!」
「なのはさん、ウマイ!」
「黙れ、このなのはさん狂!」
「流石ナカジマの相方。いいツッコミをする」
「ああスバル。いいお友達を持ったわね」
「そこ! 特にギンガさん! 涙をハンカチで拭くような小芝居は止めてください!!」

 やっぱティアナは六課に必要な人材だ。ここまでツッコミに特化した存在は早々いない。
 はやてはいい人材を引き抜いたものだ。

「別に面倒見るだけなら構わんが……」

 そんなツッコミの嵐の中、恭也はその役目を引き受けてもいいと言っていた。
 彼としても、暇なのは嫌らしい。修行にしたって、一日中やれるわけではない。無尽蔵の体力なんてものは、ただの比喩であって恭也にそんなものはないのだ。あったらもっと強くなってるはずだし。

「それは業務になるんだな?」
「なるよ。女の子の護衛任務になるかな」
「よし、引き受けた」

 彼としても得意な護衛だし、かつ子供の相手をしてるだけで仕事になる。これほど素晴らしい任務はない。
 が、恭也の幻想をぶち壊す奴がいた。

『勇み足だな』
「え? 不破、どう言う事?」

 いい考えだーと三人娘がハイタッチしていたところに、不破のこの不穏な発言。
 フェイトが代表して真意を訊いた。

『この男が傍にいることによるデメリットを考えろ』
「デメリット……? 何かあるかな?」
「んー、特に思いつかないなぁ」
「むしろ恭也さんが仕事してくれて、私としては内申書的に万々歳何やけど」

 ひでぇ。特にはやてがひでぇ。

『仮に恭也が護衛役に就くとして、その少女の傍に四六時中いることになる。そうなると――』
「――そうなると?」
『俗に言う【高町恭也菌】の感染率が130%を超える』

 ――――――――!?

「だめ! 駄目なんだよ!? お兄ちゃんはあの子に近づいちゃいけません!!」
「完全に病原菌扱いだな、異次元妹」
「半径50m……ううん! 半径1km以内に入らないでください!!」
「50mから一気に1kmになった件について」
「恭也さんの英才教育かぁ。私、ちょっと受けてみたいなぁ」
「あの、はやてちゃん? もう、はやてちゃんは諸に受けたような気がするんですけど……」
「たった七ヶ月やん!! せめて三年は受けてたかった!!」
「やめてくれ、はやて!! 黒助が二人とか考えたくねー!!」
「ヴィータ嬢、後で頭撫でてやろう。りんごを握りつぶせる握力で」
「やめんか。ヴィータはあれで繊細なんだぞ。もしやったら噛み付く!」

 不破の投下した爆弾のこうかはばつぐんだ。
 数分、上層部が混乱していた。この状態が治まるには時間がかかりそうだったので、各自雑談タイム突入。
 これで何回目だ?

「と言うか、高町隊長ってそんなに子守できそうに見えないんだけどなぁ」
「いえ、できますよ。と言うより、天職にも思えます」

 スバルの疑問を否定したエリオは、昔を思い出したような遠い目をしていた。若干、顔が引きつってるのは何故だろうか。

「私もです。高町隊長って、なんだかお兄さんと言うか、お父さんみたいな人ですよ」
「……あれを父親と呼ぶのには抵抗があるわね」
「ティアナさん、その言葉、部隊長やヴォルケンリッターさん達の前で言っちゃ駄目ですよ」
「……失言だったわ。見てれば解るものなのにっ」
「そこで悔しがるのってなんかおかしくない? ねえ、ティアー」

 うっさい黙ってろ!

「――えー、非常に不本意ですが、あの子の護衛役を恭也さんにお願いすることになりました」
「フェイト嬢、頼みの綱の君がそんな顔でそんな事を言うのは止めてくれ」

 地味に堪えるから。

「ホントに、普通にしてて……いえ、普通は駄目です。世間一般的な普通の護衛役を演じ切ってください」
「フェイト隊長にそこまで言われるのって早々ありませんよ」
「エリオ君、その笑顔は使いどころがおかしいと思うよ?」
「俺としては煩わしい仕事をしないんで済むんなら、何でも良いんだがな」
「だから、あの女の子に変なこと教えちゃ駄目なんだからね?」
「勝手に覚えたら俺の責任じゃないからな」
「そんな言い逃れは許しません!」
「おい、不破。お前の爆弾の所為でエライ目にあってるんだが?」
『その責任を今更私に突きつけたところで意味がない。精々日頃の行いを悔いることだな』
「畜生! 世界が俺に優しくねえ!!」

 定番のオチだった。恭也は内心、レパートリーの少なさに嘆いた。もう少し引き出しを増やすのも一興か。

「それでさー」
「なんですか? ヴィータちゃん」
「あの子供っていつまで預かるんだよ?」
「事件が解決するまでじゃないんですか?」
「アタシとしては、適当に遠い世界に送って、生活させる方がいい気がすんだよなぁ。小さい内にこう言うのに関わらせるってのは気が乗らねー」
「一理あるな」

 恭也は軽く頷いた。
 思えば、自分も幼い内から裏社会にどっぷり漬かった生活だった。その所為で堅気の人間にはなれなかったのだ。堅気の人間を望んだことはないが、こういう考え自体をあの御神の家で培ってしまったのかもしれない。
 となると、管理局の武装隊にいるのは確かに教育上よろしくないことだろう。
 流石に彼も、これ以上三人娘的な、自分にずけずけ物を言う少女を作りたくないようだった。

「全力で取り掛かる。第二の魔王を生み出さないために!!」
「――お兄ちゃん?」
「では、議題は全て終了だな? 終わりだと言え、はい終わった! 俺はこれで失礼する!!」
「待ちなさーい! お兄ちゃん!? 今の言葉について小一時間問い詰めるんだからね!?」
「知らんわ、ボケ!!」

 鮮やかに逃げ去った恭也を、戦闘機のエンジンみたく魔力を唸らせて飛んだなのはを見送った面々は、重いおもーいため息を吐いて、会議室を後にするのだった。
 その中で、妖精がポツリと、

「全然しゃべれませんでした。ガッデム! です」

 とか言ったそうな。

〜・〜

 それから三日後。
 恭也はシグナムとなのはに捕まっていた。

「何故俺は捕まってるんだろうか」
「逃げそうだったから」
「異次元妹、最早問答すらなくしたか」
「最初からなかった気がするが」
「何のことですか? シグナムさん」
「いや、別に」

 朝方、恒例の鍛錬から戻ってきた恭也は、シャワーで汗を流し終え、シャワー室から出ようとした瞬間バインドをかけられた。
 気を抜きかねない状況にもかかわらず、恭也は即座に反応。薄桃色のバインド攻撃を躱し、奇襲をかけた人間の気配を探った。
 距離にして100m。しかも隊舎内。相手の足から考えても、追いつけると確信し、一直線に元凶に向かった、のだが。
 待ち構えていたかのようにそこにいた高町なのはが誘導弾で迎撃。十分に殺気が篭ったそれをひらりと躱して、急接近し中指を握りこんだまではよかった。

「だから魔導師と言う奴は嫌いなんだ」

 唐突に転移魔法で現れたシグナムが紫電一閃で襲ってきた。刀で受ければ諸共斬り裂かれるのは解りきった事実。咄嗟の判断で腰を捻り、体を捻り、離脱を図ったところで、トラップにかけられ、お縄となった。
 その後、恭也の車に押し込められたのだ。

「転移魔法が外道技にしか思えない」
「しかし、あれは準備に時間がかかる。あと、座標設定を誤るととんでもないことになるものだ」
「それはそうだが、文字通り瞬間移動だろ、あれは」

 主観的な意味では確かに恭也の言う通りだった。唐突に目の前の光景が変わるのだから、そう捉えるのも無理はない。
 だが、なのはは恭也のそれを否定した。

「うーん、ちょっと違うかな。実際には時空間を移動してるって言われてるよ。時空間の中は防壁を張って身を守ってるんだ」
「……俺も何度かやったことはあるが、自分の感覚では瞬間移動に等しいぞ」
「感覚はね。でも、距離が遠ければ、移動にも時間がかかるんだよ」
「時空間を移動してるのにか?」

 なのはの話を聞いても矛盾が残った。彼女の説明では、移動中は時空間に飛び込むのだから、時間も超越、もしくは殆どロスなしに移動できるのではないかと思うのだが。
 恭也の納得できない感情に補足を入れたのはシグナムだった。

「そこが転移魔法で解明されていない点だ。あの理論は、実のところ行き当たりばったりで成り立っている」
「そうなんですか?」
「ああ。魔法式も私達がいた時代とそう変わらない。精々、消費魔力が軽減されている程度だ。誰も時空間中の状態を解明できていないのだ」
「……何故か危険な臭いがしてきたな」

 恭也の動物勘的な何かが警鐘を鳴らしていた。それでもシグナムの話の続きが気になって仕方がなかった。

「転移魔法の基本構成は、始点と終点の設定と時空間内での身体保護のためのバリアー設置だ。が、術者は時空間内の状況を把握できない。よって、何らかの危 険から身を守るため物魔両特性のバリアーを張っているに過ぎない。観測できないものに対して研究が遅れるのは当然のことだな」
「その話を聞くと、お兄ちゃんが言ってたみたいな、瞬間移動ができない理由が解ってきますね」
「未完成の術だから、時空間に対してなにも対処できないことが起因しているのだろうな。転移魔法自体が、ワープの類になっているのがいい例だ。ある程度のショートカットができるが、ショートカット分の移動時間がかかっている」

 シグナムは恐らくと前置きして、持論を述べた。
 現在の転移魔法は術者本位の魔法式であり、術者の保護を優先している。もし時空間に対して何らかの処置を式に描けるのならば、恭也が言ったようにタイムロスなしに移動できるだろう。

「……危険な話だな。下手すれば、時空間に取り残されることもあるじゃないか」

 低ランクの自分だからこそ、その危険度が肌で感じられる。昔の自分がいかに軽率だったか、頭を抱えた。

「しかも、お前がそれを知ってるってことは、あの時、俺にそれを話すべきだったんじゃないか?」
「話したところで、お前の刀が作れるのはあの御仁だけだっただろう。どうしようもない状況だったんだ」
「……そう言うことにしといてやる」
「何の話ですか?」
「切羽詰ったときの人間が感じる袋小路の心境」
「よくわかんないよ?」
「解んなくていい」

 なのははそれならと、気にしないことにした。

「それで? どうして俺は車に突っ込まれたんだ? しかも俺の車のキーまで盗みやがって」
「盗んでないよ。借りてるだけ」
「本人が許可しない貸与物は窃盗と変わらん」
「本人が同乗してる限りは窃盗にはならん」
「その理論はおかしい」
「お兄ちゃんだって本気で思ってないでしょ?」

 最近、異次元妹が図々しくなってる気がする。

「後でガソリン代を請求するからな」
「経費で落ちるから大丈夫だ」

 それは会社としては当然の話、なのだがそこに至る経緯に納得できない。おかしい。自分の部屋には鍵をかけておいたはずなのに。はやてか? はやてが部隊長権限で開けたのか!?

「それにしても、ガソリン車を態々こっちに持ってくるなんて、普通じゃないよね。領収書に「ガソリン代」って書いて、通じるのかなぁ?」
「ここにもガスステーションはあるぞ」
「そうなの!?」

 なのはは初耳だった。思わず、後部座席を振り返ってしまう。

「でなきゃ俺だってガソリン車なんて買わん。維持ができると判ったから、中古車を買ったんだ」
「私、水素カーしかないと思ってた」
「じゃあ、俺の場合はどうしてたと思ってたんだ?」
「いや、地球からガソリン買ってきてるのかと」
「移動費だけで俺が干からびる」
「ですよねー」

 いや、笑えないんだが。

「都市部と郊外に一つずつしかないがな。ガソリン車を持ってるのは、大抵が道楽者らしくてな。実用本位で使ってる俺が珍しいようだ」

 アルバイトの兄ちゃん達には有名らしい。
 そんなとこでアルバイトしてるので、車にはやたら詳しく、かつ異世界のガソリン車と言うこともあって、恭也はちょっとした名物になっていた。

「そりゃそうだよねぇ」
「買った当時だが、恰幅のいいおっさんが俺の車を譲ってくれとか言ってきたな」
「コレクターか」
「だろうな」
「でも、売らなかった」
「どうして?」

 女性陣の疑問に、恭也は答えを持っていたが、果たして理解できるだろうか、と思ったが、ミラー越しに見るシグナムと、最早助手席から後部座席に移ってきそうな妹を見て、溜息交じりに説明してやることにした。

「モーターモービルってのは男の憧れだ。バイク然り、車然り。ボートも、戦闘機も、ヘリも。男の子はパイロットに憧れるものだ」
「……解んない。シグナムさんは?」
「理解の範疇外だな」
「身近で言えば、ヴァイスがそうだろう。ヘリの洗車してるとこ見れば大体解るぞ」
「この前、テール部分に頬擦りしてたな」
「うげ」

 思わず、なのはは呻いてしまった。
 そんなにいいものかなぁ?

「男のそう言う情熱がなきゃ、車も飛行機もできなかったんだ。それは理解しておけ」
「あ、うん、そうする」

 まあ、恭也の言うことは概ね正しい。男のそう言う部分があったからこそ、車だとか飛行機が生まれたのだ。当時だったら、人力や馬、牛以外の何かが、しかも自動で人や物を移動させるなんて考えられなかったんだし。
 そう考えると、男の情熱と言うものは本当に凄いな、と思える。

「だからまあ、自分で初めて手に入れた車をやるわけにはいかなかった」
「なるほどー」
「相手もかなり落胆してたんで、管理外世界で売ってる事を教えておいたがな」
「その人、その後買いに行ったのかな?」
「さあ? その後は会ったことがないから、知らないな」
「そうなんだ」

 あの紳士が今どこで何をやってるのか。
 まあ、それはどうでもいいことなので割愛する。
 それよりも重要な話があったのを、恭也は思い出す。

「そう言えば、どこに向かってるんだ? 北に動いてるのは解るが」
「聖王医療院だ。三日前保護した少女を引き取りに行く」
「……俺を連れてきたのは護衛の意味か?」
「そうだが?」
「お前らがいるのに、俺がついていく意味は?」
「今後一緒にいることになるんだから、早めに顔合わせしておくのは大事でしょ?」
「それならそうと言え。拉致同然に人を連れ出すんじゃない」
「だって、お兄ちゃんこの話したら、隊舎で待ってるとか言いそうなんだもん」

 さっき脳裏を掠めたので、事実だった。
 が、それをおくびにも出さず、恭也は反論する。

「馬鹿言うんじゃない。護衛に関しては俺は誠実だぞ」
「ホントかなぁ?」
「とは言え、隊舎で待つ、と俺は言うだろうがな」
「ほらやっぱり。と言うか嘘つかないでよ」

 しかしな。

「隊舎内の準備って物があるんだよ。子供を守る場合は、部屋の準備からやらんとならん」
「なんで?」
「トライトンと話したんだが、その子を預かる部屋をどうするべきかと悩んだんだ。護る場合、セキュリティの高い部屋に放り込みたい」
「それは道理だ」
「が、そうなるとはやて嬢の部屋か執務室しかない。それは流石に不味いんで、他の候補としてなのはとフェイト嬢の部屋にしようと思った」
「……私それ相談されてないんだけど」
「きょうするつもりだった」
「棒読みなんだけど?」
「気の所為だ」

 ああ勿論、気の所為だ。

「が、トライトンも俺も、あまり良いとは思えなかった」
「なんで?」
「二人の愛のs」
「黙ろうね」
「……今のは冗談だが、子供を生活させる場合、危険物ないし、重要物がある部屋は駄目なんだ」
「ああ、勝手に触っちゃうから?」
「そうだ。小さい子供となれば、何するか解ったもんじゃないからな。なのはのときも苦労した」
「また昔ネタを引っ張る!」
「続きをお願いする」
「シグナムさん!?」

 ここに裏切り者が!?
 ニヤつくシグナムが異常に憎らしい!

「実際苦労したんだ。何でもかんでも拾っちゃあ投げまくってな。リモコンが何回壊れたことか」
「そ、そんな事してたの? 私」
「俺の妹はな。お前はどうだか知らん」
「なんで自分のことじゃないのにこんなに恥ずかしいの?」
「恭也の妹だからじゃないか?」
「うう、生まれる前から決まっていた業なんですね」

 なんて罪深い業なんだろうか。

「他にも護衛したところの子供のやんちゃ具合に振り回された経験から、なのはの部屋は却下になった」
「なんだろう。理由は確かなのに、このやるせない感は」
「いつものことだな」
「うぅ、シグナムさんに言われると堪えるなぁ」

 これが恭也との会話なのだから仕方ない。

「でまあ、保護対象が女だし、トライトンの部屋で預かると言う按排になった。一番面倒見るのは彼女だしな」
「妥当な配置だな。しかし、その場合お前の護衛としての役目がやや不足がちになるな」
「四六時中いるのも難しいからな。期間は無期限だし。その間、鍛錬を中止するのは拙い」
「あとで企画書をくれ。主と検討してみる」
「普通、俺を連れ出す前にこの話をしてなきゃいけないんじゃないのか?」
「いやー、まさかお兄ちゃんがそこまで考えてるなんて思ってなかったから」

 なのはがそう言った所で、恭也は「あっ」と言う顔をした。

「しまった! なんで俺は真面目に仕事してるんだ! そうだよ、何もしなければよかったんだよ!!」
「高町……奴に餌を与えるな」
「ごめんなさい」

 海よりも深く反省します。

「そうだ。今回は全面的になのはが悪い」
「妙なところで便乗しないでよ、お兄ちゃん!!」
「せめて言葉攻めでもしてやらなきゃ、気が済まん。お前らいつも実力行使でくるからな」
「そ、そんな事ないもん!!」
「どもった時点で負けだ、高町」
「シグナムさーん!!」

 そんな感じの車中であった。

〜・〜

 ミッドチルダの北部に位置する聖王教会の直轄医院――聖王医療院は森に囲まれた場所にあった。入院患者の静養も行っていることから、景観のいい場所にそれは建てられたそうだ。
 緑豊かな森を、車内から眺めていた恭也に気付いたなのはが、何を思ったのか訊いてみた。

「何か見えるの?」

 異常に目のいい人間なので、何かが見えたのかもとなのはは予想したのだが、恭也の答えは無難と言えば無難な回答だった。

「いい鍛錬ができそうだな、と」
「…………」

 そう言えばこう言う兄だったとなのはは今更ながら思い知らされた。この男の頭の中は、鍛錬、からかい、金が大半を占めていそうだ。
 再び席に座りなおしたなのはを何とはなしに眺めていた恭也は、やはりまた森を眺める作業に戻った。目の前を流れていく木々を見て思うのは、八束神社の鍛錬風景だった。
 ここはあそこよりも木が乱雑に棲息する森だ。人の手が入った神社のところは林だった。更に記憶を掘り下げるなら、幼い頃に行脚して、大半を過ごした森にも見えてくる。
 思えば、二十代前半までの人生はかなり滅茶苦茶だ。あの日本で武者修行を都合二回も行ったのは自分くらいではなかろうか。自分自身は後悔してないし、むしろ糧になったとは思うが、世間との常識よりずれたことは確かだろう。

(まあ、いいか。今更変われん)

 過ぎ去ったことは思い出として残しておこう。悪い思い出でもないのだし。
 そう胸中で結論付けて、恭也は目を閉じたのだった。

「……見えてきたな」

 運転するシグナムがそう呟いた。
 シグナムが運転するランドローバーが医療院の駐車場に入った。先に下りたなのはと恭也が医療院の景観を眺めていると、走り寄ってくる人影がある。
 シャッハ・ヌエラ。聖王教会の教会騎士カリム・グラシアの護衛騎士であり、同時に教会のシスターも兼任している。普段は屹然とした態度で落ち着きを払っているのが彼女なのだが、恭也たちの下へ寄ってくる姿はどうにも普段のイメージとはかけ離れていた。

「高町空尉! 大変なんです!!」
「どうしたんですか?」

 一先ず、なのはは彼女に落ち着くように、静かに事情を話すように言う。なのはの冷静な声に触発されたのか、シャッハは深呼吸を数度行うと、その『大変な事』について報告した。

「あの子が姿を消したんです!!」
「えぇ!?」

 流石になのはもこれには驚いた。まさかこの医療院から抜け出したのだろうか。しかし、医療院に続く唯一の道は自分達が通ってきた車道しかない。自分が知る限り子供の姿は見なかったし、運転していたシグナムが何も言っていないのだから見なかったのだろう。後は……、

「お兄ちゃんは何か見なかった?」
「森を見ていた限りは人影はなかったな。あー、と」
「あ、も、申し訳ありません。私は教会騎士団所属、シャッハ・ヌエラです」
「高町恭也三等陸士だ」
「お噂は伺っております」

 どうせろくでもない噂ばかりだろう。さらにはそれを流したのが娘的存在に違いないと恭也は決め付けて、シャッハに言った。

「後で噂の発信源をとっちめるとして、病院の中は全部調べたのか?」
「いえ。そろそろあなた方が到着する時間でしたし、まずは出入り口の確認をしたかったので」
「確認は取れたんですか?」
「はい。子供は出入りしてないとのことです」
「では中を探そう。――シグナム」

 車を停めて合流してきたシグナムを恭也は呼んだ。彼女は今の会話を聞いていたようで、任せろとばかりに頷く。

「この病院は何棟あるんだ?」
「東西南の三棟です。それぞれは一階の渡り廊下でのみ移れます」
「あの子供が眠っていた場所は?」
「東棟の三階、一番奥の部屋です」

 手際よく答えてくるシャッハの言葉に、恭也はできる人材だと評価を下していた。こう言う受け答えができると言うことは、日常的に誰かのサポートを行っていると言うことだろう。側近として、彼女は有能なようだ。
 対して、シャッハも恭也の現状把握の手際には感心していた。突然の事態だと言うのに落ち着いた態度で判断を下せるのは、相当な場数を踏んでいると言うことだ。はやてが語っていた通り、頼りになる人間だとシャッハ自身も感じていた。

「シグナム、西棟の屋上から探してくれ。なのはは南棟の屋上から。俺とシスターは東棟のあの子の部屋から足取りを追ってみる」
「了解」
「心得た」
「さて、さっさと見つけたいものだな」

〜・〜

 探索開始、と行きたいところだが、ここでいくつか説明せねばならない。
 通常、魔導師が人を探す場合は探査魔法を使うのが一般的だ。探査の仕方にもいくつか種類があり、個人の魔力の波長を追うもの、ある一定範囲内の動体物を追うもの等がある。
 しかし、恭也たちはその方法を取ることができない。と言うのも、医療院での魔法使用は原則禁止なのだ。医療用に一部で魔法を使っていることもあり、互い に干渉してしまう場合がある。なのはやシグナムのように高ランクの魔導師が探査魔法を使用すると、医療用の魔法をかき消してしまう恐れがあるのだ。
 よって、彼女達は地道に足で探さなければならない。

「高町空尉達、大丈夫でしょうか?」
「死にゃしないだろ。なら大抵のことは水に流せる」
(……何故水に流すのだろう?)

 シャッハの疑問を尻目に、恭也は少女が眠っていた病室へ入っていってしまった。慌てて彼女が追うと、恭也は室内を見渡して、窓から外を見始めた。

「流石にそこから出て行ったとは思えないんですが」
「ま、念のためな」
「はあ?」

 まあ、流石になぁ。自分と同じようなことはしないだろうな。女の子だし。

「それで、何か手がかりがありましたか?」
「……特にはないな。部屋を物色した様子もない。着の身着のままここを出た、と俺は見る」
「それは私も同意見です」
「…………今思ったんだが」
「はい?」
「――トイレ、とかじゃないよな?」
「……………………」
「……………………」
「さあ! 早く探しましょう!!」
(これが教会騎士か!)

 駄目だコイツ、早く何とかしないと。

「一先ず、上にはいないから、下に向かうぞ」
「え、どうしてそれが……」
「この上にいるんだとしたら、どういう結果だろうと、下で待ってればいい。そのまま部屋に戻るんなら、それならそれでいい。まあ、部屋に戻ったかどうか判るようにしておかなきゃならんが」
「判りました。人をやります」
「ああ、よろしく。さて、さっさと出るか」
「はい」

〜・〜

 西棟を任されたシグナムは恭也の指示通り、屋上まで昇ってきていた。屋上から周囲を見渡してみるが、それらしい人影は見つけられない。
 シグナムはもう一巡り屋上から見渡して、その場を後にした。
 五階、四階を調べる。その際、役立ったのは恭也から伝授された『気配察知』だ。
 原理的には周辺の音を細かく聞き取ること。臭いもまた同じようにかぎ分けること、だそうだ。
 ここまでは、人としてのスペックが最大限に発揮されるシグナムならば可能だ。
 しかし、彼女には最後の一つが未だにできなかった。

「気を飛ばす、とはどういう事なのだろうな?」

 探査魔法ではないことは確認している。が、それ以外には実態がつかめなかった。

「奴も感覚で物を言っているらしいしな。こればかりは自分で見つけるしかないか」

 一応代用できる技術もあるので今まではあまり重宝してこなかった。むしろ、使う場面と言えばこんな場面くらいだ。
 恭也の気配を読む技術は自分を中心にして大体半径200メートル前後らしい。探査魔法ならばキロメートル単位で走査が可能だ。魔法のほうが便利すぎるのだ。

「……ふむ。いないようだな。三階へ降りよう」

 と、階段の踊り場に差し掛かったとき、丁度中庭が目に入った。

「あれは……」

〜・〜

「うーん、五階まで昇るのかぁ」

 恭也たちと別れた後、なのはは南棟の探索を――始めていなかった。

「碌に食事もしてない子が、降りるのはともかく、昇ったりするかなぁ?」

 まあ、階段ではなくてもエレベーターと言う手もあるが、あの少女の背格好から考えても、手が届かない高さにスイッチがある。子供特有のジャンプして押す、と言うのも考えられるが、

「そんな元気があるかな?」

 起きたばっかりでそんな事をするだろうか?
 うーん、外見からは大人しそうな子に見えるんだけど。

「まあ、当てが外れたらしょうがないよね」

 医療院の入り口で監守をしている人には子供が出て行きそうなら捕まえて欲しいと言ってあるし、探している間にすれ違ったとしても大丈夫だろう。
 それに、

「なんだか、ここにいない気がするんだよねぇ」

 彼女の直感が、ここではないと言っていた。
 なのははこういった感覚はあまり感じることはない。戦闘中でも同じだった。感覚で魔法を構築する彼女であるが、直感と言うものがあるわけではない。あくまでも、魔法に関してのセンスが飛びぬけているだけであって、第六感などの根拠のない確信を持ったのは数度あるだけだ。
 その度、その直感は必ず当たってきた。
 なのはは自分の勘を信じることにした。

「こっち……中庭?」

 何かに導かれるように、なのはは中庭に通じる通路へを向かった。

〜・〜

 東棟の下り階段の踊り場の採光用の窓は、覗き込むと中庭が見える造りになっている。高い階では、向かい側の西棟が見えるだけだが、三階から二階へ降りる 踊り場付近では、中庭を一望できるロケーションになっていた。入院者への配慮からなのか、設計者の拘りなのかは知る由もないが、初めてここを訪れた恭也に とっては風景に飽きなかった。
 物珍しく中庭を眺めていた恭也だが、前を降りていたシャッハが唐突に声を上げた。

「あれは!?」

 シャッハの視界には、左手になのは、右手に捜索中の少女が見える。両者、七メートルほどの距離を置いて向かい合わせに立っていた。
 途端、彼女は考えを巡らせる。件の少女は、病み上がりとは言え、人工魔導師だ。開発者がどのような仕掛けを仕込んだか解らないし、現在魔力を制限されているなのはの身が危険に晒されている。
 いかに経験を積んだ魔導師とは言え、不測の事態に全ての力が発揮できない状況で襲撃されては、逃げられるものも逃げられない。
 シャッハは、なのはを助けるべく、駆けた。

「ヴィンデルシャフトォ!!」

 一瞬でデバイスを取り出し、かつバリアジャケットまで着込んだ手際は見事と言っていいだろう。さらには、一直線に――文字通り一直線になのはの下へ向かって飛び込んでいった。
 目前の窓格子が見えてないわけがないにもかかわらず、全く躊躇いを見せなかった。その意味を、恭也はしっかりと見た。
 飛び込んでいくシャッハの体は、物質であるガラス、鉄格子を通過したのだ。

「…………」

 それを見て、恭也が目を剥いたのも仕方ないだろう。彼の場合、壁の向こう側に出るには、ドアを通るか、転移魔法で移るかくらいしか知らなかったのだ。だと言うのに、あのシスターはもう一つの方法を披露して見せた。

「…………まさか、な」

 先日戦った戦闘機人も似たような事をしていた。あの時はカルチャーショック的な意味はさほどなかったが、シャッハの諸行を見た後では印象がまるで違う。
 あの戦闘機人は能力頼りの、言ってしまえば能力を使えるだけの小物だった。
 しかし、シャッハはその能力を使いこなしているのだろう。あの戦闘機人とシャッハとでは、熟練度がまるで違う。
 いや、色々とそれらしい理由をでっち上げはしたが、恭也にとって見れば、シャッハの動きはあれにしか見えなかったのだ。

「――――忍法壁抜けの術」

 まさか魔法世界に忍者がいようとは……。
 これがカルチャーショックの正体だった。

〜・〜

 シャッハが飛び込んで来たとき、なのはと少女はいくつか視線を交換していた。
 少女側は怯えの感情と、緊張の色をなのはに見せている。
 それに対して、なのははできるだけ穏やかな笑みを浮かべる。表情は作ったものだが、視線に込めた感情は本物だ。表情はあくまでも補助に過ぎない。
 だが、そんな意思疎通の時間はあっけなく終わってしまう。間に入ってきたバリアジャケットでデバイスを武装したシャッハが、きつく少女を睨んだのだ。

「ぅぁ…………っ」

 シャッハの鋭い眼光に、少女は後ずさった。
 気付いたら見たこともない部屋にいて、誰もいない部屋、誰もいない廊下を歩いて、どうにか外に出て、多少落ち着いたと思ったら、不意に見知らぬ女性と対 面。何も言葉を交わさなかったが、目の前の女性が優しそうだと言うことがなんとなく解りかけたと思ったら、いきなり現れたもう一人の女性にきつく睨まれて しまった。
 泣く。
 これは泣く。
 今まで感じていた心細さを辛うじて我慢してて、優しそうな女の人と会って、ちょっと気が緩んだところに、これだ。
 泣く。
 これは泣く。
 そして、少女は、泣いた。

「っく、ひっく、ぅぇっ、ぇ、ぁっ、ぅわっ、ぁぁっ」
「え、あれ、ちょっと? あの?」

 しゃくりあげる少女に、デバイスを格好よく構えたシャッハは慌てふためいた。
 自分としては後ろに控えたなのはを護りつつ、少女を確保しようとしただけだ。
 なのに、唐突に泣かれた。
 何故? と彼女は思う。
 彼女は自分の任務と使命とモラルに忠実だ。彼の上司である騎士カリムに、少女の看護と護衛を任せられた。少々目を離した隙に、見失ってしまったことは失 態だった。事を大事にしないように、また事件に巻き込まれた少女を護らねばならないと、正義感からも思っていた。何より、彼女自身子供は庇護の対象だ。護 ることが当たり前であって、危害を加える気は毛頭ない。
 それでも武装してなのはを護るように立ったのは、少女が人工魔導師であり、子供ゆえに何をするか解らなかったからだ。残念ながら、現状では少女の命よりも、なのはの命のほうが、重い。
 究極的なことを言ってしまえば、少女は必要はない。犯人への手がかりではあるが、それは別に少女でなくてもいいのだ。今後もあちらは何かしらの行動に出るだろう。そのときに手がかりをつかめばいいだけの話で、重要度としては、現在手元にあると言うだけの価値しかない。
 だから、シャッハとしては妥当な判断だと思ったのだ。
 なのに、泣かれた。

「ぇっく、ぁ、ぁ、ぃっ、ぁっ」

 相変わらず嗚咽混じりにに、少女は泣いていた。
 それを止める手立てをシャッハ持っていなかった。
 固まるシャッハと泣き続ける少女の関係を砕いたのは、なのはだった。

「あー、ほらほら、泣かない泣かない。可愛い顔が台無しだよ?」

 なのはは少女に躊躇いなく近づき、抱きしめてやった。
 涙や鼻水、よだれで制服が汚れるが、何も気にならないようで、少女をしっかりと抱きしめてやる。背中を優しくさすり、頭も撫でる。安心できるように、寂しくない様に、大丈夫と声をかけながら、慰めた。

「様になってるな」
「えっ!? あ、高町陸士!?」

 二人のそんな光景を呆然と見ていたシャッハの隣から、恭也の声が聞こえた。慌てて振り向けば、腕を組んでなのはと少女を見つめる彼が立っていた。
 接近するまでの気配が全く読めなかった。いくら我を見失っていたからと言っても、周囲の気配は常に気を配っていたはずなのに。

「そんな、いつのまに……」
「ショックを受けてるところ悪いが、さっさと武装解除してくれ。あの子が泣き止んでも、その姿を見たらまた泣くぞ」
「あ、は、はい」

 元のシスター服に戻るシャッハは、自分の行動が軽率だったことをようやく理解し始めた。
 そうだ。相手は子供なのだ。理論的な考えができるわけではないし、精神的に未熟なのだ。周りに誰もいなければ心細いし、知らない場所にいるとなればなおさらだ。
 何故そこに気が回らなかったのか。

「うぅ、修行不足です」
「と言うより、経験不足ですね」
「はうっ!? き、きししぐなむっ!?」

 またいきなり声が聞こえてくる。
 後方五メートルから歩いてくるシグナムの言葉に、シャッハは二重に驚かされた。

(こ、これだけ近づかれて気付かなかった……。しかも、け、経験不足って……)

 今にも膝を土に付けそうだったが、何とか堪えた。

「なのは、とりあえず場所を移すぞ。話が話なんでな」
「わかったー」

 すっかり泣き止んだ少女を抱きかかえて、なのはは少々気の抜けた返事を返してきた。どうやら、子供との触れ合いがなのはの気を解したらしい。

(悪魔も子供には弱い、か)

 絶対口にできない台詞を、恭也は内心で呟くのだった。

〜・〜

「ヴィヴィオはね、ヴィヴィオって言うの!」

 少女――ヴィヴィオが落ち着きを取り戻して、恭也達ははやてについでとばかりに渡された質問事項を彼女に訊ねていた。
 何か収穫があるとは思ってないが、今後のヒントくらいは拾えるだろうと思っていたのだ。

「ヴィヴィオかぁ、可愛い名前だね」
「うん!」

 なのはの感想に、ヴィヴィオは元気に頷いた。自分の名前をいたく気に入っているようだ。
 今度はシグナムが質問者になった。できるだけ、ヴィヴィオには人馴れして貰わなければならない。まあ、少女の態度を見るに人見知りすることはあまりなさそうであるが。

「今までどこで何をしていたか、話してくれるかしら?」
「かしら?」
「――失礼、話してくれないだろうか?」

 語尾がオフ使用になったので、訂正。疑問符を浮かべるシャッハを無視して、シグナムは質問した。

「うんとねぇ、おっきくてくらいところー」
「なにか、目立つものはあったかな?」
「かな?」
「あっただろうか?」
「んー、なんかねー、みずの中に女のひとがたくさんいたー」
「その人たちは知ってる人?」
「しらない。ヴィヴィオのママ、いるかと思ってさがしたけど、いなかった」

 ママ、か。
 シグナムはその『ママ』について訊ねるべきか迷った。その躊躇いを見透かした恭也が、代弁した。

「君はお母さんとはぐれたのか?」
「うー、わかんない。でも、起きたらおかーさんがいなかったの」

 どう見るべきか。その判断を恭也は保留し、話を先に進めることにした。

「女の人のほかに、何か見たかい?」
「えっとねぇ、あっ、おっきな宝石みたよ!」

 女性三人が目を合わせて頷いた。
 恐らくそれはレリックだろう。やはり、この子はスカリエッティの研究所にいた事があるのだ。

「まっかに光っててね、きれいだったの! たくさんあったんだよっ」
「沢山か……このくらいかい?」

 恭也は手を広げて見せた。それは、数量的な表現ではない。だが、このくらいの年齢の少女に数を数えろと言うのも無理な話だ。恭也は経験則として、ものの大きさとして大まかな数を言わせようとしている。

「もっとぉ!」
「んー、このベッドくらいかい?」
「もっとぉ! このお部屋くらい!!」
「!!」
「!?」

 得意気にヴィヴィオがそう言った。
 息を呑む気配を見せるシャッハとなのはを、シグナムはシャッハを、恭也はなのはを少女に見せないように巧みに立ち位置を変えていた。

「すごく多いね?」
「うんっ、すっごく多かったよ!」
「他に覚えてるものはあるかな?」
「うーんと、うーんと」

 目ぼしいものは他にはないようだ。ただ、恭也は他に聞くべきことがあった。

「ヴィヴィオ」
「んぁ? なにぃ?」
「君はそこにいたとき、何かしてたかい?」

 もしくは、何をされていたのか。
 それを、恭也は確かめたかった。

「ヴィヴィオ、ずっとおよいでたの」
「プールでかな?」
「ちがうよ。女のひととおなじのにはいってたの」

 恐らく、ギンガが見つけたシリンダーだろう。あの後、現場調査で培養液が発見されていた。十中八九、この子はあのシリンダーに入っていたに違いない。

「じゃあ、何もしてなかったんだ?」
「うーん……」

 ヴィヴィオは、言い渋るように顔を顰めた。
 ちらちらと大人の顔色を伺っているのは、少女にとって悪いことか、悪いことを自分がしてしまって叱られそうだからだろうか。
 その不安を払拭したのは、なのはの一言だった。

「お姉ちゃん達は怒らないよ。逆にヴィヴィオに酷い子とした人たちを懲らしめるからね」
「懲らしめるレベルで済めばいいがな」
「お兄ちゃんは黙ってて」
「懲らしめというか、あれはすでに制裁の域に達してないか?」
「お前らの突っ込みもそれに近いんだが?」
「私達の場合は愛情表現だ」
「そんな愛なんていらん」
「あの、子供の前で漫才しないでください」

 おずおずと止めに入ったシャッハに、恭也とシグナムは、やっぱツッコミ役はランスターかヴィータだな、と後にゴチたと言う。

「えーと、この人の事は気にしなくていいからねー?」
「何故俺限定」
「社会的見地からだな」
「せめて歴史的見地にしてくれ」
「その二つにどのような違いがあるんですか?」
「気分に決まってるだろ」
「おかしい、この人たち絶対おかしい」

 シャッハの頭痛が悪化した。
 そこで、自分に注目しなくなったのが不満なのか、少々頬を膨らませながら、ヴィヴィオは言った。

「ヴィヴィオね、おみずの中に入っててね、みたんだよ」
「何を見たの?」

 なのはの返事に、ヴィヴィオは自分が再び注目を集めたことに満足して、口すべりを滑らかにした。

「しろい服をきた男のひとがね? かみの長いひとのおむねさわってたのー」
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
「でね、女のひとが男のひとにだきついて、キスしてたんだー。キャー。あ、そのあとね、男のひとが女のひとをだっこしてね? 女のひとがふくぬぎながらね、みえないとこにいっちゃったんだー」

 ………………………………………………………………………………………………………………………………。

「――――どう思う?」
「――――滅殺だな」
「――――社会のクズですね」
「――――捕まえたら、磨り潰そう」

 各々の決意がいっそう固まった瞬間だった。

「ヴィヴィオ、外には出なかったか?」

 義憤に燃えるシグナム(←そう言えば男に抱きしめられた事がない)が、更なる情報を手に入れようとしていた。

「出たよー」
「どこから出たか解るか?」
「穴からだった」
「何が見えた?」
「木がいっぱいみえた」
「他には?」
「とりさんがいたー」
「鳥でなにか他に覚えてるのはあるか?」
「うんとねー、三人いたんだよ? それでね、とりさん、きいろいんだ。あとあと、くちばしがちっちゃかったんだよ?」
「三羽……いや、三人いた鳥さんは全員同じかっこうしてたの?」
「あの、騎士シグナム?」

 ええい、もう取り繕うのが面倒だ。
 いいじゃないか、小さい子にいつもの口調じゃ喋り辛いのだっ。
 その辺解ってる八神家の父的立場は、困惑するシャッハの肩を叩き、

「察しろシスター。シグナムもキャラの二面性を得て、人気を確保したいんだ」
「はあ?」

 よく解らない話にシャッハは間抜けな声しか出せなかった。

「うん。とりさん、三人で、なかよしさんだった」
「なかよしさん? どうしてなかよしさんなのかな?」

 今度はなのはが引っかかった箇所を訊ねた。もはや子供相手に尋問ではなく、世間話チックになっているが、話してる内容は、もしかしたら事件解決の糸口かもしれないほど重要だった。

「とりさんたちね、くちばしでつっつきあってたんだー。しっぽとかー、はねとかー、あしとかもー」
「なんでそんなことを……」

 なのはが想像するに、それって攻撃してるようにしか見えないんだけど。だが、子供はその鳥達が仲がいいと言う。何を根拠にこの子はそう思ったのだろうか?

「とりさんのね、はねをきれいにしてたんだよ? あのとりさんたちはなかよしで、きれいがすきなんだよ」
「……な、なるほど」

 確かにそれなら仲良しに見える。しかし、一見すれば同士討ちに見えるものなのに、この子はよく見ているのだな、となのはは思った。

「あらかた聞いたな」
「そうだね。結構収穫あったね」

 シグナムとなのはが頷く。意外なほど、情報を得られた。
 まあ、一部いらない情報――いや、士気を煽る意味だったら必要かもしれないが、ともかくとして収穫があったのは事実だ。この点は幸運と言っていいだろう。

「では、このままこの子は六課へ護送と言うことでよろしいですか?」
「ええ、シスターシャッハ。今日はありがとうございました」
「いえっ、何の役にも立てず、しかもあの少女には泣かれて…………あれ? ホントに役に立ってない」
「いえいえいえいえ! シスターはこの三日間ヴィヴィオの面倒を見てくださいましたし! 本当にお世話になりました!」
「あ、そ、そうですよね。ちゃんと私、役立ってますよね?」
「ええ、そりゃあもう」

 なのはの肯定にシャッハは心の安定を手に入れた。

「じゃあ、六課に戻ろっか。お兄ちゃーん?」
「おにーさーん」

 ヴィヴィオが面白がったのか、なのはの真似をしていた。舌足らずで真似できてなかった。

「恭也、まさか貴様幼女に兄と呼ばせる趣味がっ」
「ふーん」
「…………定番過ぎるネタだったな」
「解っててもやったから49点」
「よしっ」
「シグナムさん、そこ違う。ガッツポーズ違う」

 何より、ホントに嬉しそうにやるのが駄目すぎる。

〜・〜

 帰路に着いたなのは達一行は、ヴィヴィオの放つ癒しエネルギーを浴びていた。

「シグナム、途中で代わってやるから今は前を向け」
「絶対だぞ!?」

 かなり必死な形相でシグナムは訴えていた。
 現在、運転手がシグナム。後部座席にヴィヴィオを真ん中において、運転席の真後ろになのは、助手席の真後ろに恭也が座っている。ヴィヴィオはこの中でも最重要人物なので、護衛役の二人が少女を挟む形で乗車していた。

「これから行くところはね、機動六課って言うところなんだよ?」
「おー、きどーろっかー」
「自分を狼と偽る犬と俺を爺とののしる人形サイズにロケットドリルブースター搭載型のちびっ子、そして特殊槍搭載型三段腹が跳梁跋扈する地獄の七丁目だ。踏み込んだが最後もう二度と戻ってくることはできない魔窟でもある」
「このオジサンの事は無視していいからねー」
「……? おにーさんじゃないの?」
「いや、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだけど、ヴィヴィオのお兄ちゃんじゃないでしょ?」
「うー、ヴィヴィオもおにーさん欲しいっ。欲しいぃっ」

 おいおい、これは一体どういうことだ、となのはは思う。何故にこの子は無理難題を口にするのだ。しかもこの男を兄と呼ぶ?
 駄目だ! それだけは駄目だ!
 この男に関わったが最後、常識から開放され、無理無茶無謀が日常茶飯事のウルトラヴァイオレンスな世界へ飛び込んでしまう!
 それだけは阻止せねば!!
 従って、決して自分だけが兄と呼びたいから、この子を諭すのではない、となのはは理論武装を完了させ、実践に向かった。

「お兄ちゃんは私のなの!!」

 まあ、理論は所詮理論だよね。

「モテモテだな、色男」
「ぶっちゃけ、なのははタイプじゃない」
「初恋の人はおかーさんだって言ったじゃない!!」
「俺の初恋は美沙斗さんじゃボケ。タイプ的には、シグナムが近いか」
「今すぐ教会へ行くぞ!!」
「はやて嬢、今から帰るからなー」
『ちょ、突然通信せんといて! あわわわわわ』
「あ、主!?」
「おーっ」

 きゅごっ、とリアタイヤが地面を噛んだが、ヴィヴィオが楽しんだので不問にする。
 シグナムの暴走回避のため、緊急通信ではやてに連絡を取ったのだが、折り悪くはやてがややだらしない格好で涼んでる場面に出くわしてしまった。
 具体的に言うと、ネクタイを解いて、シャツのボタンを三つほど開けて、下敷きで風を送り込んでるところだった。何で電子化が進んだ魔法世界で下敷きを常備してるのかは謎である。
 慌ててボタンをつけ始めるが、恭也の鍛え上げた動体視力は見てしまった。白く輝くシャツの下の乙女の恥じらいを。

「はやて嬢、正直、フロントホックにするほど胸h」
『あと三年、減給な』
「ぶたいちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 酷いっ。死にかけながら働いてるのにっ。

「お兄ちゃん、エロスはいけません」
「しかし見えてしまったものはしょうがないだろう。あー、後シグナム、レヴァンティンを構えるのは止めろ。気配察知精度低いんだから、もう少しで頭蓋を砕くところだぞ」
「是非ともそうしたいんだが?」

 えぇー。

「? おにーさん、おっぱいおおきいのがすきなの?」
「誰か!! 誰かこの子におっぱいの意味と言葉を忘れさせて!!」
「シャマルにでも頼めばいいだろう。いろんなものを忘れさせてくれるぞ」
「事件のことも忘れさせちゃいそうだから却下」
『シャマル、信用ないなぁ』

 びしっと着替え終えたはやてがそうツッコんでいた。

『んで、何か収穫はあったんか?』
「結構な」
『お、マジで?』
「詳しくは、そっちに着いてからだ。通信だと漏れる」

 管理局のセキュリティは頑強だが、敵はそれを擦り抜けることができる。この通信も緊急通信で秘匿性の高いものだが、傍聴されていると考えていいだろう。なら、面倒ではあるが、面と向かって喋る方がまだ情報を盗まれにくい。

「期待していいよ、はやてちゃん。いろんな意味で」
「そうですね。今回は我々に風が吹きました」
『二人がそう言うって事は、マジで期待できそうやね。よっし、秘蔵のお茶っ葉出したる』

 盛り上がる三人を恭也は眺めながら、思う。今回の少女への詰問のことを。
 詰問中、恭也はずっとおかしいと思っていた。

(情報が正確すぎる)

 子供の証言と言うものはもっと曖昧なものなのだ。時には、勘違いや色違い、全く関係ないことを話すものだ。なのに、ヴィヴィオは記憶の混乱を起こしてない。喋る時も全く悩まずに喋っている。思い出すと言う作業が短かったのだ。
 これは、その記憶を強烈に覚えている場合と、すぐに呼び起こせる知性を持っている可能性が挙げられる。
 ヴィヴィオはスカリエッティ側にいたとき、あまりストレスを受けていないようだった。話している間も、緊張や精神の不安定さが見えなかった。つまり、怖いと思うような状況はなかったと言うことだ。
 怖いこと自体を封印してしまった可能性もあげられるが、そうであるなら、少しでもその施設の話題になったときに何かしらの反応を示すはずだ。それがないのだから、嫌な思い出がないのだろう。
 そんな印象付けるには少々弱い場所を、この少女はすらすらと答えた。
 恭也はある可能性が脳裏を掠めていた。

(敵側の誘導――洗脳)

 恭也は医者の診断結果データを呼び出した。
 拙いミッドチルダ語を駆使して、どうにか読み進めるも、精神作用の常駐魔法はかかってないと出ている。あの医療院でそれを発見できなかったと言うことは、敵側がよほど巧妙にかけているか、本当にかけられていないかのどちらかになる。

(まあ、胸糞の悪い話だ。できれば処置されてないことが望ましいが……)

 外を流れていく景色を興味深々に見ていたヴィヴィオが、恭也の視線に気付いたらしく疑問符を浮かべて首を傾げた。

「?」
「なんでもないさ」

 誤魔化しの為、恭也はヴィヴィオの頭を撫でた。
 少女の頭を撫でていると、昔のなのはを思い出す。

(そう言えば、最後に見たのはこの子よりももう少し上だったか)

 あれからどうなっただろうか。色々想像できる。でも、隣の隣に座ってるような性格だけにはならないでくれと、切に願った恭也だった。

「あれー? おにーさん、泣いてるのー?」
「ちょっと、妹の将来について考えてたら、な」
「ちょ、お兄ちゃん? どういう意味かな? かな?」
「私が思うに、五年後には空軍の『人類の切り札ヒューマノイド・タイフーン』と呼ばれているだろうな」
「シグナムさん!?」
「十年後は管理局の『白い冥王ホワイトデビル・マジシャン・ガール(?)』だと予想できる」
「できない! 予想できないんだからね!?」
「あう? こずみっく・じぇのさいだー?」
「ヴィヴィオ!? どこでそんな単語覚えたの!?」
「次は、プラネット・ブレイカーと言うんだ」
「ぷらねっと・ぶれいかー」
「おまえかああああああああああああああああああああああああ!!」

〜・〜

 隊舎に着くと、シグナムと恭也ははやてへ報告するため、部隊長室へ行った。
 その間、ヴィヴィオのあやし相手を任じられたなのはは、遅めの昼食を取るため食堂に向かっていた。

「今日はなにがあるかなーと」
「あるかなーと」

 どうやらヴィヴィオはなのはに懐いているようで、なのはの語尾を真似て遊んでいる。
 食堂に着いた。ピーク時を過ぎているからか、食堂は閑散としていた。まあ、下手に混雑していたらヴィヴィオが萎縮するかもしれないので、願ったり叶ったりだった。さて何にしようかと、今日のランチメニューを眺めていると、声をかけられた。

「あら、なのはちゃん」
「あ、シャマルさん」
「戻ってきたのね」
「はい。お兄ちゃんとシグナムさんははやてちゃんに報告に行きましたよ」
「そうなの」

 白衣姿のシャマルが笑みを浮かべる。そこで、なのはは少し疑問が沸いた。
 医療担当のシャマルが、こんな時間に食堂に用事があるのだろうかと思ったのだ。

「シャマルさんはどうしてここに?」
「午前中の訓練でスバルがギンガと模擬戦をして、軽い打撲を受けちゃって」
「そうなんですか?」
「ええ。全身二十八箇所の全治一日程度なんだけど」
「…………」

 色々おかしい気がする。

「それ、結構な大怪我じゃ……」
「冗談よ冗談。なんでもギンガのパンチを受けた腕の痺れが取れなかったのよ。まあそれは一時的なものだったし、氷を当てて冷やしたら治ったわ」
「なんだ、そうなんですか」

 よかった、と安堵するなのはに、シャマルは言った。

「ところで、その子……」
「あ」

 忘れてた。なのはの足に隠れるようにシャマルを見上げているヴィヴィオを前に立たせて、なのはは自己紹介を、

「なのはちゃんの隠し子?」
「ちちちち違いますっ!」
「お相手は、フェイトちゃんかしら?」
「私達、女同士です!」
「最近の医療技術って凄いのよ? 卵子同士でも受精ってできるんだから」
「何の話ですか!?」

 八神家侮れねぇ!

「ほら、ヴィヴィオ、挨拶しようね」
「う、うん、ヴィヴィオはね、ヴィヴィオって言うんだ」
「ヴィヴィオちゃんね。私はシャマル。ヴィヴィオちゃんの怪我を治したのよ?」
「ホントっ?」
「元気になって、よかったわね」
「うん!」

 どうやらシャマルへの警戒心がなくなったらしい。
 まあ、あのシグナムと普通に会話できてた時点で、結構度胸有りそうだし。

「じゃ、お昼いただきましょうか」
「はーいっ」

 ヴィヴィオの元気な声を聞いて、二人を笑みを浮かべるのだった。

〜・〜

「――鳥ねぇ」
「すぐに検索をかけます」
「割と特徴的だからすぐに見つかりそうやね」
「だといいがな」

 部隊長にあらかたの報告を済ませた恭也とシグナムは、早期解決の手がかりになることを祈りつつ、はやてが秘蔵のお茶っ葉と豪語する茶の味を堪能していた。
 程よく渋く、若干甘い。

「ほんで、あの子の預かり方はどないするの?」
「トライトンに一任しようと考えている。俺もできる限り傍に着くことになるだろうな」
「アイナさんかぁ。まあ、確かに妥当やわな。誰に預けても、皆仕事持っとるし。となると、融通が利くのは事務員になるか」
「それに、保護対象は少女ですから、恭也に預けると逆に手間が増える場合もあるでしょう」

 三十三歳の男性に十歳前後の少女を預けるのは、最近の風潮では危険行為とみなされている。
 ふた昔前はそんな事はなかったのだ。幼女趣味の増加とそれに付随する犯罪がそんな風潮を作り上げてしまったのだ。
 無自覚に子供と動物に好かれる恭也としては、かなり不味い状況でもある。

「しかし、また女の子の世話をすることになるとはなぁ」

 これで通算三度目だ。何か呪われてるのかも知れない。

「さてまあ、後は引き受けた。報告書は後で送る、でいいな?」
「りょーかいや。でも――」

 そこで、はやては少々言葉を溜めた。

「――あの子に手ぇ出したらあかんで?」
「…………………………………………」

 ふむ。

「やるなと言われたら、やってみるのが人間の性だな」
「きょーやさん、ロリコンのペド野郎やったんか?」
「生憎と未熟児に用はない。まあ、お歳を召され過ぎるのも、困るが……」

 そう言えば昔、一番古い記憶だと、祖母の美影に冗談半分に悪戯されたなぁ、などと回想してしまう。

「ともかくとして、俺は至って普通だ」

 そんな事を嘯く恭也にシグナムとはやてはジト目でこう思った。

((その割りに、私にアプローチかけてこないんですけど))

 主従で同じ思考なのは、もはや遺伝レベルだった。

「あー、それでな、恭也さん。ちっと拙い事が一つあるんよ」
「なんだ?」
「あんな? 明後日何やけど、どっか行ってくれへん?」
「なに!?」

 唐突なはやての申し出に、恭也は喜んだ。

「それはつまり俺はクビと言うことだなっ!?」
「めっちゃ喜んでるのはどういうこと何や?」
「どう言うこともこう言うことも、俺は用無しになったんだろ? ならさっさと辞令書に判子をだな」
「管理局の承認は判子じゃなくて遺伝子承認なんやけど」
「主、話が逸れかけてます」
「おお、そうやった」

 ちっ、と恭也は舌打ちをした。
 まあ、解ってたことだが、それでも一縷の望みはあったはずだと自分を慰める。

「明後日にな、地上本部から査察が入るんよ。でまあ、普段の素行が悪い恭也さんを遠ざけようと」
「むしろ左遷すればいいのに」
「恭也、あまりそう言う態度を取るのは感心せんな」
「まあいい。それで、どこに行ってればいいんだ?」
「挨拶回りをさせましょう」

 と、シグナムが提案した。

「まあ、別にいいが……」
「そうやな。下手に休みにしてまうと、向こうが不審がるわな。じゃあ、当日は地上部隊への連絡周りっちゅーことにしとこ」
「よろしいかと思います」
「ホンマなら、こう言う事は例外中の例外だって事、ちゃんと解ってるよね?」

 二度とないように生活態度を改めろとはやては恭也に迫るが、彼は溜息を吐きながら頷くだけだった。
 これは解ってない印である。

「まあ、ともかくその日は外に出てればいいんだろ?」
「……本来なら査察中に自慢したいくらいなんやけど……」

 それは知ったこっちゃない。恭也にしてみれば、別に外に出る必要はないのだ。ただ、六課の評価が落ちるだけの話なのだから。そこから、自分が元の隊に戻れるなら万々歳なのだが。
 しかし、流石の彼も八神家には世話になったことが幾度かあるから、無碍にできないのだった。

「その点も含めて、トライトンと話をしてくるか」
「あ、なら、私も行くわ。ついでにヴィヴィオにも顔覚えてもらわないとなぁ」

 そう言って、湯飲みに残った茶を飲み干して、はやてと恭也は部隊長室を後にした。
 残ったシグナムは、連れ立って歩く二人の後姿を見て、一言。

「……『まだ』親子だな」

 その言葉に対してシグナムが抱いたのは、期待と嫉妬だった。

〜・〜

 別れる前になのはに聞いていた通り、恭也とはやては食堂に向かっていた。
 話し合いは三十分程度で、その程度の時間があれば食事を終えているだろう。ヴィヴィオの年齢を考えるとあちこち歩き回って、悪戯に物に触られるよりか、 話し相手を続けていた方が害がないと恭也がアドバイスを送ったのだ。ただ、話し合いは部屋でもできるのだが、できるだけ部隊の人間にヴィヴィオの存在を知 らせておいたほうがいいと言うことも言っておいた。
 子供と言うのは、多数の目がないとどこに行くか、何をするか解らないものなのだ。ましてや、本来十歳未満の少女がいるような場所ではないのだから、なおさら周囲の人間に子供がいることを示さなくてはならない。

「――と言う名目で、奴にコブ付きの噂を流させようと画策してみた」
「それ、下手すると相手がフェイトちゃんで確定やね。それが狙いか」
「その通りだ愛娘。順調に黒くなって父的存在は酷く悲しい」

 と、洒落にならない洒落をやりつつ、二人は食堂に着いた。
 そこでは、少々の人の集まりがあった。恭也が気配で探ってみれば、いつものメンバーがそこにいて、中心はなのはとヴィヴィオのようだ。

「いい感じに誤解が生じてるといいのだが」
「超真っ黒ですね、恭也さん」
「レントゲン写真は健康そのものと診断されたが?」
「X線も、流石に人の心までは解析できんようやね」

 まあともかくとして、二人は人だかりへと向かった。

「かわいーですねっ! 頬擦り頬摺りぃー!」
「くすぐったーい」
「なのはさん! この子、持って帰っていいですか!?」
「スバルさん、子供が好きなんですね」
「……あれ? なんか、また台詞を取られたような感覚が……」
「ヴィヴィオちゃん、ちょっと困り顔になってますよ?」
「なのはにしがみ付いてるね。なのは、気に入られたんだね」

 取り巻きの連中は、午後の訓練を終えた前線部隊のようだ。
 ヴィヴィオに抱きついてわーきゃー言ってるスバルにヴィヴィオは少々困惑しているようで、なのはの制服のスカートを握って放さないでいる。それを見て、フェイトが苦笑と若干の嫉妬心を見せていた。

「……なんか、いつの間にかどこかの女と子供を作ってたのがばれた父親のような関係に見えるね」
「思うのだが、なのはが父親なのは確定なのか?」

 何を当たり前なことを、と頷くはやてに、恭也は異次元の妹の評価を改めなければならないと感じ始めた。

「あ、お兄ちゃんとはやてちゃん」
「お勤めご苦労さん、なのはちゃん。みんなも訓練ご苦労様」
『はっ!』

 一様に敬礼する全員に、はやても敬礼を返して楽にするように言う。

「初めまして。私は八神はやて。機動六課の部隊長……んー、ここで一番偉い人や」
「えらいひとー」
「ヴィヴィオ、ご挨拶するんだよ」
「あ、うん。ヴィヴィオは、ヴィヴィオです!」
「はい、こんにちは」
「こんにちわー」

 はやてはヴィヴィオの髪を梳きながら、この天真爛漫な少女のことを考える。
 何も知らない子。
 利用された子。
 護るべき対象。
 色々と表現できるが、その源流は『護りたい』と言う心だ。

「今日からしばらくヴィヴィオはここに住むことになったから、みんなよろしく頼むわ」
「了解です」
「うー、毎日頬摺りが」
「涎を垂らすなっ!」
「ランスター、もしやナカジマはアレな人種なのか?」
「あ、いや、そんなことは、ないかと……」

 だが、同室のティアナの胸を揉んで来るし、浴場でもなんか接触多いし。

「え、もしかして、私、危険区域にいたりする?」
「どうなんだ? ナカジマ姉」
「あの、できれば名前で呼んでいただけませんか?」
「では、ギンガ。姉から見て妹はどうなんだ?」
「真性ですね」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「冗談です」
「ギンガさーん!? なんつー黒い事平気で言ってるんですか!? 私を苛めて楽しいんですか!?」
「そんな苛めるだなんて。ただティアナなら笑って許してくれそうだから」
「そんな理由で弄んないでください!!」
「恭也さん、これはもう素質ありやないですか?」
「そのようだ。よしギンガ。お前に俺の全てを叩き込んでやる」
「え!! それって神速を伝授していただけ」
「今日からお前は『六課の笑いの伝道師』と名乗るがいい!!」
「アクセルシューター」
「ふんっ!!」

 突然横合いからすっ飛んできた薄桃色の魔力弾を、恭也は華麗な体裁きで回避した。
 この人口密集地帯で魔法ぶっ放すほうもぶっ放す方だが、避けるほうの反射速度も尋常じゃない。

「何をする、異次元妹」
「ナカジマ隊長から預かった大事な子なんだから、冥府魔道行きへの片道切符を手渡さないで」
「ふふふ、一度渡ったのならもう二度と戻ることができない非日常。一分に一回、笑いを取らなければ気がすまない体が、この世に潤いを与えると言うことを何故理解しない」
「それで常識をかなぐり捨てて、不良局員になっちゃったらどうするつもりなの!? 責任取れるの!?」
「なんで取らなきゃならん。素行は本人の自由意志だろうに」
「今まさに通常業務ができないようにしようとしたくせに!」
「何のことだろうか?」
「きっとあれやな。恭也さんに構ってもらいたいからいちゃもんつけてるんや」
「はやてちゃん!?」
「恭也さん、思いっきり振ってください。落ち込んだなのはは、私が全力で慰めます!!」
「……ギンガ。フェイト嬢は君から見てどう思う?」
「真性ですね」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 エリオが必要以上に驚いていた。隣のキャロがかなり複雑な顔をしていた。
 うむ、面白い。

「本気です」
「うぇえええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 二重でビックリのエリオに、隣のキャロがものすごく複雑な顔をしていた。
 うむ、楽しい。

「一先ず、顔見せは終わったんだろう? トライトンのところに行くぞ」
「あ、うん。解った」
「どこ行くの? おにーちゃん」
『お兄ちゃん!?』

 食堂が激震した。
 驚いてないのはなのはと恭也だけである。

「ちょ、ま、恭也さん、真性のロリコンだったんかい!? さっき否定したのはブラフ!?」
「見損ないました恭也さん!! まさか幼女趣味だったなんて!!」

 詰め寄るはやてとフェイトを見て、スバルが隣のティアナに訊いてみた。

「……ねえ、フェイトさんてあっち系じゃないの?」
「あ、私も興味あるわ」
「おのれら姉妹は……」

 頭を抱えるティアナであるが、彼女にだってフェイトを詳しく知ってるわけではない。
 想像だけならいくらでもできるが、下手なことは言いたくないなぁと思いつつ、あの日の恭也の言葉を思い出した。

『想像すると言うのは大事だな。次にどの攻撃がくるのか。果たして自分はそれに対してどう動けばいいのか。いくらでも考えられる。まあ、戦ってる間いくつ 考え付くかは慣れと経験が必要だが、日頃できるイメージトレーニングは非常に有効だろう。ああ、それと基本的に想像したことは外部に吐き出すとより実感が 持てる。機会があればやってみるといい』

 つまり、指揮官教育を受けてる自分は、一人で作戦を立てるのではなく、考え付いた作戦を隊の人間と相談して、より確実なものにすることが大事なのだと教えてもらった。
 なら、こういう場合、自分はこう考えていると言ってみて、二人の意見を聞いた方がいいのではないだろうか。
 そう考え付いたのだ。

「私が考えるに」
「うんうん」
「ふんふん」
「フェイトさんは、両方いける人なのではないだろうかと」
「なるほど!! なら、説明がつくわね!!」
「さすがフェイト隊長!! 私よりも一歩先を行ってるんですね!!」
「あ、あれ? ちょっと? 今のは私の考えであって事実ではなくて……」

 異常に盛り上がる姉妹に、ティアナは自分の失敗を確信した。
 やべぇ、余計なことを吹き込んでしまった。

「ありがとうティアナ! フェイトさんの印象ががらりと変わったわ!」
「フェイト隊長! 私、なのはさんとの仲、応援しますから!!」
「……………………」

 もはや修復は不可能だった。
 なので、ティアナは問題をフェイトに丸投げすることにした。それで怒られるなら怒られようと決意するのだった。
 一方、ロリコン疑惑の恭也は、

「何度も言うが、俺にそんな趣味はない。ないったらない。小学校から上がったばっかりの子供に手をつけるなんて趣味はない」
「嫌に具体的なところが現実味を増してるんですが?」
「フェイト嬢。十年前を思い出せ。あの頃の君に俺は何かしたか? 何もしなかっただろう? なら、そんな性癖は事実無根なのだ」
「この十年で目覚めたとか」
「どんだけ君は俺をロリコンにしたいんだ?」
「実はあのときよりももっと小さな子供の方がいいとか」
「だからどんだけ!?」
「えーとね、はやてちゃん、フェイトちゃん。ヴィヴィオがお兄ちゃんのことお兄ちゃんって呼んでるのは、私がお兄ちゃんって呼んだのを真似してるからなんだって」
「え? お兄ちゃんプレイを強要したんじゃないの?」
「フェイト嬢、それは時折君がやってることじゃないのか?」
「クロノにはお願いするときだけですよ?」
「自覚してやってる辺り、フェイトちゃん、確実に魔性の女の道を歩んでるわな」

 是非とも彼女には真っ当な淑女の道を歩いてもらいたい。

「はぁ。ほら、行くぞ」
「あ、うん。じゃ、みんな後でね」
「何かあったら通信してな」
「解ったよ、なのは、はやて」
『お疲れ様でーす』

 と、食堂での一件は見かけ上あっさり終わった。
 それぞれ、心に色々、何かと、あれこれ、抱えたり、塗り替えられたり、零したりしたが、平和に終わったのである。
 なお、余談であるが、この一件を後から聞いた某整備士と某ヘリパイロットが悔しそうに涙を流したらしい。

「またかよっ!!」

 と。