機動六課初の緊急出動から明けて一日。八神はやては午前一杯を使って、隊員の報告書に目を通していた。
 事件については一通りの解決を見、運送会社からの多少の文句を電話口に聞き、まずまずの塩梅で任務を全う出来たとはやては断じた。全員無傷と言う辺り、 実働部隊としては異例の損害率だろう。今後もこうあって欲しいものであるが、それは理想と言うか、むしろ願望めいたものなので、ただ思うだけに留めてお く。誰かしらが怪我を負う事を望むわけではないが、やはり誰かが傷付く事は避けようのない現実だ。
 まあ、それはその時に重く受け止めるとして、今は報告書である。
 前衛組の報告書の内、スバルとティアナは書き慣れているのだろう、しっかりと書けている。今回の戦闘に対する自分自身の失敗と反省、ならびに今後の対抗 手段の具体案が添えられているので、報告書としては満点に近い。減点対象としては、誤字が一点と文法間違えが一点あるのみだ。この程度ならば、自分が直し てしまっても問題ない。
 さて、前衛のもう半分、エリオとキャロの報告書であるが、キャロの報告書に関しては、年齢に見合わないややむずかしめの表現がいくつか見られることか ら、ロングアーチか、はたまた別のスタッフが手伝った形跡がある。報告書と言う物事を正確に説明する事と言う役目から鑑みれば、仕方ないことなのではやて は大目に見る事にした。低年齢の管理局員の報告書がこうなってしまうのは致し方ないことなので、上層部もその点は別に言及してこない。して来たらソイツは 相当に陰険な人物とレッテルを貼られる。と言うか誰しもが貼る。
 問題はエリオの報告書だった。戦闘状況に関する説明は申し分ないのだが、反省とそれに対する対策に関しての記述が明らかに多い。相当今回の事で納得がい かないようだ。あれこれと効果が薄そうな対策案を挙げている。はやてとしては、首を捻る話だった。別段、エリオが期待に応えられなかった訳ではない。むし ろよくやったと褒められるほどだ。大型を撃破したのはかの少年なのだし。
 ただ、彼は全く納得できてないようでもある。少年の志が高いところにあるのだなと今後の成長が楽しみに取って置くとして、はやては、目下一番の目玉とも言える恭也の報告書のデータを呼び出した。

「……マジかい、お父さん」

 出てきたのは画像だった。テキストデータではない。データを開いてみれば、画像の癖して報告書がそこにはあった。しかも、報告書に書かれていたのは生粋の日本語である。
 彼は先日、妹のような存在である高町なのはに報告書はもっと詳しく書けと厳命されたばかりだったのだ。ただ、今回の出来事を詳細に綴る事は、ミッドチル ダ言語に難がありまくる彼にとって達成不可能な任務である。なので、とりあえず自分が最も得意とする言語――即ち、日本語で報告書を書いたのだ。管理局の 端末は日本語対応していないので、態々白紙の報告書を印刷し、手書きで文章をまとめ、スキャンしたデータをはやてに送ったようだ。

「手間かけすぎやで」

 事前になのはにその辺りの事情を聞いていたはやては重い溜息を吐いた。まあ確かに、無理にミッドチルダの言語で書こうとして大事なところがすっぽり抜け てるよりも、細かく書ける日本語で報告してくれるならば文句は、多少あるにしても大きな問題にはならないだろう。なんなら、ヴォルケンリッターとか隊長陣 の内の暇してる人間を捕まえて代筆させれば良い。
 ともかく、内容を読む事にする。

「えーと、どれどれ」

 恭也の報告書は、戦闘だけに関わらず、多岐に及んでいた。
 部隊の任務における準備手順の評価に、任務中の恭也が知る限りでの態度。通信環境の設定とロングアーチの任務中における姿勢と報告の速度とその伝達具合 などなど。本当に戦場にいたのかと言うくらい他の事に気を配りすぎている。無論、実際の戦闘に関する意見や問題点もあった。だとしても、それと半々の量と 言うのは驚くべき事だった。日本語で書かせた方が、この男はちゃんと書いてくるんだな、と十年目にして認知されたのである。
 六課全体としての評価の項を読み終えたはやては、今後の六課の運用改定に関してメモに意見を纏めておいた。数々のブレイクスルーに、やはり自分の父は只者ではないと一層評価を改めたのである。やはり、実働隊に長年いる事の経験は重いようである。
 さて、はやてが個人的に気にしている将来有望な少年少女達を恭也はどう評価したのであろうか。かなりの期待を抱きつつ、目を走らせた。
 恭也が主に評価したのはエリオとキャロの二人だ。作戦上、共に行動した二人に対しての評価。見ていないスバルとティアナに関しては、今回は評価を見送り している。一番望ましいのは、戦闘履歴と記録映像を見て評価してくれることなのだが、教導官でもない恭也にそれを望むのは少々お門違いである。
 横道に逸れた考えを修正して、文章を追いかける事にしよう。
 恭也が最初に評価していたのはキャロだった。内容としては、低年齢故の判断力の低さと想像力の欠如、加えて段取りの立て方が拙いと言う点だった。もとも との性格が温和であることも加味して、押しの一手が弱いとしている。彼女には概念的な戦術論ではなく、実用的で具体的な手順を覚えさせるべきだと記してい た。

「……ほうほう」

 はやてはまたもや感心した。一度の出撃でこれだけの意見を出せるとは、思っていなかったのだ。やはり、幼い年齢にして、美由希を育てたと言うのは伊達で はないと言う事か。指揮官と指導者に必要な広い視野を彼は持っていると確信できる。なのに昇進の話を蹴るとは宝の持ち腐れだ。

「もったいないなぁ」

 そう呟くものの、本人にやる気がなければ何をさせても無意味だろう。ここに引っ張ってきたのだってかなり強引な手を使ったのだ。身内と言う事で勘弁して もらっているが、赤の他人がやった場合、管理局に辞表を書くことすら厭わないだろう。嫌な事は嫌と言い、なおそれが通らなければ辞めてしまうなど社会人と して最悪の選択だが、それをしてでも通さなければならない理由があるから仕方ない。
 常々恭也がぼやいている様に、剣の腕を鍛えるには常時戦い続けられる場所が必要なのだそうだ。研ぎ澄ました集中力が普通と言う環境。その環境で、なお集 中力を上げられれば更に階位をあげられる。自分を高め続けるには戦い続ける事が必須なのだと、はやてはシグナムから聞いた事があった。理解は出来ても共感 は出来なかった。自分はそこまで武の境地に足を踏み入れていない事が最大のネックだ。しかし、彼には悪い事をしている自覚がある。
 修行の邪魔してしまった事ははやて自身心苦しいことなのであるが、彼の力が必要であることもまた否めない。この若い部隊で、十年以上のキャリアを持つ武 装隊員が一人でも欲しかったのだ。彼が持っているノウハウを少しでも若い世代に伝えて欲しいと願い、恭也を引き入れた。普段の不真面目な態度を度外視して も、それが必要だったのだ。

「まあ、あの人をどうこうできる人なんて、誰もおれへんしなぁ」

 それは恭也が真に心を開いていないと言う事でもある。
 ちらりと掠めた思索を断ち切って、はやては読み進めた。
 エリオの項目はキャロの倍ほどあった。それが恭也の期待の顕れなのだと知り、慎重に読んでいく。
 キャロとの共通項として、年齢故の経験不足と感情の制御が不完全である点が挙げられていた。こればかりは任務を繰り返していく事でしか作り上げられないことなので、恭也は詳細を省いていた。

「えー? どういう経験させれば良いかくらい教えてーな」

 我侭と思いつつはやてはツッコミを入れていた。新人たちを教育しているのはあくまでもなのはである。彼女がどう言う方針で教導しているのかを知らない恭 也としては、余計な口出しをする気はないのだろう。それに詳細を述べなかったのはそれだけなのはに期待しているとも取れる。
 続くエリオの評価の先を見た。キャロとの相違点としては、槍の扱いに関する稚拙さと、槍を扱う上での思い切りの良さがない点、事前に対策を取っていな かった事に対する戸惑いで身の危険を招いた事が綴られている。はやても記録されていた映像を見ているので、この問題は重要視していた。
 初任務にして、新型と出会ってしまったことで極度の緊張を強いられた事で本来の力が出せなかったと恭也は判断している。存外負けん気が強いようなので、精神面では次回からは今回のような失敗はないだろう、ただし撃破できるかは教育次第と締めくくっていた。

「ますますレベルアップが必要ってことかぁ。うーん、難しいもんやね」

 将来性を買って、四人を配属させた。そこまではいい。ただ、その将来性の発芽を早期に促したいのだ。それが都合の良い妄想である事ははやても承知してい た。新人達が自分の夢に向かっていけるように育てるのはなのはの仕事だ。いつそうなるのか、それはなのはにも解っていないだろう。任務を通して突然開花す ることもある。訓練中に、または地道に力を上げていくこともあるだろう。どのようになるかは誰にも解らないのだ。

「私はいつからこんな贅沢言うようになったんかな」

 ないもの強請りは節制の敵。

「まあともかく、恭也さんがまともに書けるんやったらこっちの方法で出してもらおか」

 代筆は適当に見繕う事にして。言い換えれば生贄である。
 そう決めると、はやては次の書類に目を通し始めた。






















Dual World StrikerS

Episode 03 「始まり」
From "Lyrical Nanoha StrikerS" (C) 2007
Presented by 大岩咲美 [TRASH BOX type2]





















 深緑が覆う訓練フィールド。廃棄都市、砂漠、臨海など様々なシチュエーションを構築できる訓練フィールドは、現在深い森を形作っていた。
 新人達の訓練は個別メニューの段階に入っていた。それぞれが持つ特性を引き伸ばすための訓練だ。今回の訓練にはライトニング分隊の隊長フェイト・T・ハラオウンも参加しているとあって、スターズ分隊の隊長と副隊長はそれぞれの部下の訓練に付きっ切りであたっていた。

「次がラストだ!」
「はい!」

 自分の身長よりも下である小柄な人物に、スバルは必死に答えた。
 自分に向かって振り上げられた槌。それを構える細腕からは想像し難いが、自分の防御を何度も粉砕する威力を持つ事は、身を以って知っている。この泥だらけの姿がその証左だ。

「だああああああああああああああ!」
「っく!!」

 勢い良く振り下ろされた鉄槌を前にして、スバルは相棒の名を呼んだ。

「マッハキャリバー!」
『Protection』

 足元のデバイスが呪文を唱えた。スバルが前に構えた拳を中心に半球面の膜が広がる。
 そこに彼女の全身を潰すような衝撃が走った。
 物理防御を設定したバリアは砕けてはいない。だが、接触する相手のデバイスは魔力場の相互接触による術法崩壊現象を起こしながら、スバルの体を後ろへと押していく。
 マッハキャリバーのローラーは踏ん張りを利かせる為にロックしている。体重差にしてもスバルの方が重い。にも拘らず、彼女は押されていた。
 これが魔導師ランクAAA+の出力かっ!
 限界まで堪えていたスバルに、相手は追い討ちをかけた。
 横殴りの一撃は、スバルを軽々と吹き飛ばし、背後に立っていた木の幹まで後ずらさせた。

「ふむ」
「〜っ、ぅーっ、し、しびれるぅ」

 背中を強かに打ってしまい、全身に痺れが走った。だが、実質的なダメージではない。この辺りは慣れれば、楽に対処できるようになるだろう。とにかく、仮想敵であるヴィータの攻撃を防いだ事が重要だった。

「やっぱバリアの強度は悪くはないな」
「あ、ありがとう、ございまふた」

 まだ痺れが抜けてないようで、口調が若干おかしいが、それはすぐに治るだろう。
 スターズ分隊副隊長のヴィータは、この訓練の意味の再確認を行った。

「アタシやお前のポジション――フロントアタッカーはな、敵陣に単身で切り込んだり、最前線の防衛ラインを守ったりするのが主な仕事だ。防御スキルと生存能力が高いほど攻撃可能時間を長く取れるし、サポート陣にも頼らねーで済む……ってこれはなのはに教わったな」
「はいっ、ヴィータ副隊長」

 基本にして一番重要な話だ。
 攻撃の軸であるフロントアタッカーは、後方からの援護射撃や強化魔法の補助などを受けながら、標的を撃破、ないし足止めをする。この時、必要なものは高 い攻撃力ではなく、作戦をどれだけ持続できるかと言う耐久力だ。これが低ければ、前線に綻びが生まれてしまう。その綻びから、後方部隊へ被害を及ぼすばか りか、護衛施設などにも被害が出る。これだけは絶対に避けなければならない。
 フロントアタッカーとは、攻撃力ではなく、防御力と持続力、耐久力が不可欠なポジションなのだ。

「まあ、基本的にアタシらに回ってくる仕事ってのはレリック絡みの任務だから、守りよりも攻めが多いんだけど、仲間の盾にもならなきゃなんねー時もある。だからしっかり頭に入れとけよ」
「了解です!」

 この事は何度も言っているので、今更の確認だった。スバルもちゃんと意味を覚えたと見て、ヴィータは復習の続きに移った。

「受け止めるバリア系、弾いて逸らすシールド形、身に纏って自分を守るフィールド系。この三種を使いこなしつつ、ぽんぽん吹っ飛ばされねーように、下半身の踏ん張りとマッハキャリバーの使いこなしを身に付けろ」
「頑張りますっ!」
『学習します』

 スバルとマッハキャリバーの返事を聞いて、ヴィータは一つ頷いた。

「防御ごと潰す打撃は、アタシの専門分野だからな」

 少し自慢げにグラーフアイゼンを振ってみせる。打撃と言う点に於いて、ヴォルケンリッターとして特化しているヴィータならではの言だった。
 そんな得意気な顔をしていたヴィータであるが、何かを思い出したのか少し顔を顰めた。それに気付いたスバルは、何の気なしに質問していた。

「どうかしましたか?」
「ん? あー、そう、だな。一応教えとこうか」

 ぽりぽりと後頭部を掻きながら、仕方なさそうにヴィータは言った。

「さっき言ったフロントアタッカーに必要な事は解るよな?」
「防御力と持続力と耐久力ですね」
「ああ。この内、どれが欠けても普通は駄目なんだけど、黒助だけは例外だ」
「えーと、高町隊長ですか?」

 黒助と恭也がイコールで結ばれるのに時間がかかったスバルは首を傾げつつ聞いた。ここでシュツルム01――高町恭也の名前が出てくるとは思わなかったので、彼女は目を見開いた。

「あいつの場合、防御力と耐久力がない」
「は?」
「だって、あいつFランクだぞ? シールドなんてパンチ一つで壊せるし、バリアジャケット着れないし」
「え、ええっ!? あれって、着る必要がないから着てないんじゃないんですか!?」
「……どういう納得の仕方してんだ?」

 熟練の魔導師だからこそ、あの程度の戦闘では防御策がなくても大丈夫だと思っていたが、魔力適性が低すぎて何も出来なかったのだと今初めて知ったようである。

「まあともかく、その二つがないんでフロントアタッカーは先ず無理なんだけど」
「でも、普通に前線にいますよね、あの人」
「ああ。持久力――あいつの場合体力なんかは無限近くあるからいいとして」

 いいのかよ。

「あいつが前で戦い続けられるのは、異様に高い回避能力があるからだ」
「回避能力ですか」

 スバルにはいまいちピンと来なかった。機動力ならば解るのだが。

「なのはやフェイト、お前がよくやる動きってのは、大体被弾を考慮してるだろ? 防壁とバリアジャケット持ってるし」
「はい。あたしの場合、喰らいながらしか近づけないし」
「で、黒助の場合、防御に関する全能力がないに等しい。結局、相手の攻撃受けたらそこで戦線離脱しちまうらしい」
「はあ」

 らしいと言うのは、ヴィータも伝聞でしか知らないからだ。戦闘履歴を見ても、大きな怪我を負った記述がないので、どうせ理不尽技を駆使して致命傷を避けていたのだろう、と皆で予想立てているが。

「防御力のなさを回避能力で補ってる訳だ」
「……そんなに凄いんですか? 高町隊長って」
「まあなぁ。非公式だけど、SSSランクの魔導師と戦って、結局致命傷受けなかったし」
「ほほほホントですか!?」
「ああ」

 しかも、その時は魔導師としての質も低かった。何せデバイス持って二週間経ってなかったのだし。

「な、何者なんですか、あの人」
「歩く理不尽、管理局の非常識、黒い首狩兎、胃腸薬の売人、あとなんだったけなー」

 何でそんなに異名が多いんですか。

「まあともかく、あいつに関してはフロントアタッカーの基本とか応用とか全部無視してるから、目に入れるな」

 目に入れるなと来ましたか。

「りょ、了解です」
「あ、ついでに言っておく」
「え、まだ何かあるんですか?」

 スバルの辟易とした表情を見て、ヴィータは悪戯っぽい笑みを浮かべて、宣告してやった。

「あいつの攻撃、バリア貫通するからな」
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

〜・〜

 スバルとヴィータが訓練している場所から西へ1kmほど離れた少し開けた広場に、フェイト・テスタロッサとエリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエがいた。
 久々に時間を設けられたフェイトがライトニング分隊の訓練を見ているのだ。

「エリオとキャロは、スバルやヴィータみたいに頑丈じゃないから、反応と回避が最重要」

 年齢的に幼いこともさることながら、魔法適性として防御系がスバルより劣るエリオは、遊撃的な役割を担っている。敵の攻撃を受け止めるよりも、カウンター系統の一撃離脱型だ。相手の呼吸を読む事が重要になってくる。それには反応と回避が必要不可欠なのだ。

「例えば、こうやって、こんな風に――」

 仮想敵として浮遊させている射撃体をスタートさせる。
 二体の射撃体から撃ち出された魔力弾をひょいひょいと避けた。弾速も遅いので、これならばキャロでも避けられるものだ。

「――動き回って狙わせない。攻撃が当たる位置に長居しない」

 フェイトを狙って二体の射撃体が再び攻撃を繰り出した。これもまた、走って避ける。

「ね? 簡単でしょ?」
『はい!』
「これを低速で確実に出来るようになったら……スピードを上げていく」

 エリオとキャロの返事に、フェイトは再び走り出した。
 フェイトをロックする射撃体の数が増えている。弾速も先ほどより速い。射撃間隔も短くなっている。次第に増えていく発射元を見極め、フェイトは軽い身のこなしで全ての攻撃を避けていくが、終いに全方位から攻撃を受けた。

「あっ!」

 キャロの小さい悲鳴がエリオの耳朶を打った。巻き上がる粉塵を心配そうな顔をして、エリオは見ていた。

「こんな感じにね」
「へ!?」
「きゃ!? あ、フェイトさん!」

 振り向いた先には、いつの間にか二人の背後に回っていたフェイトが優しく微笑んでいた。
 もう一度攻撃が当たった場所を見てみれば、そこからフェイトが居る場所まで地面が抉れていた。フェイトの高速移動の余波で抉れたのだ。

「す、すご……」

 言葉にならない感想をエリオは零した。ここまで到達するのが最終目標なのか、と目指す場所が遠い事を実感した。

「今のも、ゆっくりやれば誰でも出来る基礎アクションを、早回しにしてるだけなんだよ? スピードが上がれば上がるほど勘やセンスに頼って動くのは危ないの。特に、密集戦の時とかね」

 己の勘で動くと言う事は、確かに必要な場面もある。だが、仲間と連携を組んでいる場合、ここに味方がいるはずだからと、勝手にコンビネーションを崩す と、味方同士で衝突してしまうこともある。あくまでも、速度を上げ、周囲の状況を察しながら、安全圏へ移動しつつ攻撃を加えていく事が必要だ。

「ガードウィングのエリオは、どの位置からでもサポートを出来るように。フルバックのキャロは素早く動いて仲間の支援をしてあげられるように。確実で有効な回避アクションの基礎、しっかり覚えていこう」
「はい!」
「解りました!」

 防御面が若干劣る二人は、回避能力を鍛えていかなければならない。とは言え、これは長所を伸ばす訓練だ。無論の事、ヴィータがスバルにやっていたように防御力向上訓練もある。
 そこまで考えて、フェイトは一人の人物を思い出した。

「あ、そうそう。この回避訓練の参考に、恭也さんを見た方がいいかもね」
「高町隊長、ですか?」

 珍しい事にあからさまに苦手だと表情を出したキャロ。この前の戦闘でかなりの苦手意識を植え付けられてしまったようである。昔の自分のようだなぁ、と懐かしい記憶を思い起こしつつ、フェイトはキャロに訥々と言い聞かせた。

「えーと、恭也さんは確かに付き合いづらい人かもしれないけど、身のこなしとか凄いんだよ? 私みたいな力技で移動しない上に、足音どころか足跡残さずに後ろ取られるから。理不尽だよねあの人」
「それはなんとなく解ります」
「うん。だからこの際、苦手な部分は目を瞑って、良いところを見習おう」
「はいっ!」
「……何かが間違ってる気がする」

 誰が見ても間違った教育方針なのだが、それに疑問を持ったのはエリオだけであり、彼もそこまで深い問題ではないだろうと、放置してしまった。

「あ、そうだ、フェイトさん」
「ん? なに? エリオ」
「高町隊長ってどんな人なんですか? 僕達よく知らないんですよ」

 丁度話題に上ったので、エリオはかねてからの疑問を訊いてみた。この前の初出動で、自分の事に必死になりすぎて周りの事を何も見れていなかった事に気付いたからだ。
 さて、どう答えたものかとフェイトは頭を捻ってしまった。なんと言うか、形容しがたい人間なのだ、高町恭也は。

「うーん、普段は意地悪で、真顔で嘘吐いて、人をからかう事に全力で、職務怠慢な人かなぁ」

 最悪である。人として最悪の評価だった。しかも、これでもフェイトは言葉を選んだつもりだ。これがなのはかヴィータ辺りに言わせると散々たる表現を持ってくるだろう。それほど、普段の恭也に関しては評価が低いのである。

「えー、あの」
「あ、うん、ゴメンね。答えにくいよね、あんなのじゃ」

 解ってるんだったらもう少し違う風に言って欲しかった。その言葉を飲み込んでキャロは頷くだけだった。

「私も、最初会った時はあんまり信用できなかったんだよ」
「高町隊長を、ですか?」
「うん。なんと言うか、人に信用させようとしてなかったし、事実胡散臭い人だったから」
「はあ」
「恭也さんって、基本的に他人ひとを試す人なんだって」

 これはシグナムに聞いた話である。
 今でこそ恭也を家族扱いしているシグナムを代表するヴォルケンリッターも、最初は恭也を半分も信用できなかったらしい。揚げ足は取るし、屁理屈は捏ねる し、ソファーにダイブさせるし、逃げ足だけは速いし、と全く信用できる要素が見当たらなかった。それでも、共に生活していく中で幾つかの事実を見つけたと 言う。

「何気なく周りを見れば傍にいて、ふと気付くといつの間にか手伝ってくれてて。大事なところだとちゃんと助けてくれるお父さんみたいな人なんだって」
「お父さん……ですか」

 エリオの脳裏に数年前の記憶が少しだけ再生される。
 暖かかった母と父。自分を抱きしめてくれた母の腕と、自分をしっかりと見ていてくれた父の眼差し。
 ああ、確かに、それは父親のようだ。

「時々、高町隊長、八神部隊長にお父さんって呼ばれてますね」
「リイン曹長なんかはお爺さんなんて呼んでるね」

 キャロの言葉にエリオは同意する。
 どういう家族構成なのかいまいちはっきりしないが、彼等が強い絆で結ばれている事は傍から見ていて良く解る。気付けば誰かしら、誰かと一緒なのだ。

「そうだね。はやての家は、はやてが中心だけど、あの雰囲気を作ってるのは恭也さんだって本人達が言ってるし」

 奇妙な話であるが、事実だ。八神家ははやてを核とする「家族」と言う集団にも拘らず、あの暖かい空気を生み出しているのは、個々人の思いやりもあるが、 その思いやりがはっきり出るのが恭也といるときなのである。あれだけ人をからかう事に人生を賭ける男であるのに、一番大事なところだけは外さないずるい人 間なのだ。

「最後の一線だけは守るからって言うのはあれだけど、見えない優しさに気付けるようになると、可愛い人に見えるよ」
「か、可愛い人?」

 えっと、それは理不尽な人の間違いでは?
 しかし、本気で言ってるフェイトを前にして、二人はその言葉は飲み込まざるを得なかった。だって、眼、輝いてるんだもん。

「ますます解らなくなったような……」
「酷く納得できたような……」
「まあ、私もあの人がどう言う人なのか解ったのは結構時間が経ってからだから、気にしなくて良いと思うよ?」
「はい」
「解りました」

 元気に返事をする二人にフェイトは優しく微笑んだ。
 それは、傍から見ればとても仲の良い親子のように見える。年齢的に兄弟と言うほうが正しいのだが、フェイトが二人に向ける眼差しは間違いなく母親のそれだった。
 そんな温かい空気をかもし出している三人だが、この温かさを持った三人に酷い扱いをされている男がいる事を忘れているのであるが……余計な口出しはしない方が世の中には良いこともあるのであった。

〜・〜

 さて、新人組最後の一人であるティアナ・ランスターは、訓練フィールドの出口に近い場所にいた。教官であるなのはがここを選んだのだが、彼女にとって場 所は対して関係なかった。強いて理由を挙げるなら、副官であるヴィータとスバルの訓練は力技を使う場合もあるので、他の訓練組の気が散る場合があること。 もう一方のフェイト達ライトニング隊は、広いフィールドが必要であり、この仮想森林フィールドの中での広めの空き地を訓練場所に選んだのだ。
 この二者がそれぞれフィールドの東西に陣取ったので、なのははその二つの場所から正三角形の頂点を象るように訓練場所を決めたのだ。それがたまたま隊舎へ通じる出入り口の近くだったのである。
 遠距離支援射撃系であるティアナの個別訓練は、一言で言ってしまえば『ややこしい』。後方からの援護、及び射撃は広い視野が必要だ。それは、ティアナが 長年培ってきたものが活きるし、元々彼女にはその素養がある。この点に於いてはなのはは何も心配していない。しかし、彼女にはまだ足りないものがある。そ れは、瞬時の状況判断だ。
 後方射撃。それは仲間の背中から敵を撃つ事だ。つまり、仲間はティアナの射撃のタイミングを確認する事が出来ない。前線、つまり接近戦、近接戦闘中の仲 間を背後から助ける。それには戦いの流れを見極める判断能力が高くなければならない。次に敵が移動する位置、仲間がそれを追うのかどうか。もし追ったとし て、どこで追いつくのか。それらを加味し、自分が狙うべき位置とタイミング、射角、弾速、はたまた敵の防御フィールドの種類によって弾丸の種類も考慮しな ければならない。
 いくつかの過程は前もって準備しておけば省略できるが、乱戦時ではその前置きがないまま戦闘が続いていく。判断は早ければ早い方が良い。その究極的な位 置にあるのが条件反射だ。瞬時に目標の種類を識別し、考えずとも体が勝手に反応してくれる。それを覚えこませるには地道な反復練習あるのみだ。だからこ そ、ティアナの訓練は『ややこしい』のである。
 が、それもこれも時間と回数が物を言う。最初はとにかく眼に映った物に対して何をどうするのか考えてしまう。だから、目に入った標的に対して数秒の誤差を生じさせ、

「はぶっ!!」

 迎撃間に合わず、ティアナの額に物理衝撃設定の魔力弾が炸裂した。

「考えすぎだよ、ティアナ。今のは例え属性が違っても良いから撃つべきだったね」
「で、ですか……」
「属性に拘ってると今みたいになるよ」
「次は失敗しません」
「うん、それが一番だよ」

 飛来してくる魔力弾の性質、属性を識別し、適切な射撃を成功させる。状況を見極める目と魔法の精度が必要なこの訓練は、ティアナの地力の底上げを目的にしている。頭の回転が速いティアナは、当然この訓練の意味を察している。やる気は十分だった。
 しかし、そろそろ始めて一時間とちょっと。集中力が切れ始める頃だ。小休止を入れようとなのはは思ったのだが……、

「……………………」
「――――――――」

 なんだかとってもやる気である。目が据わってる。睨まれてますよ?

「なんだか、張り切ってるね、ティアナ」
「やっと入った個別練習ですからね。そりゃ張り切りますよ」
「でもあんまり最初から飛ばしすぎるとバテちゃうよ?」
「バテるくらいで走らないと体力つかないじゃないですか」
「一利あるねぇ」

 体を鍛えると言う事は、痛めつけることでもある。適度な負荷に慣れると言う事が、強い肉体を作り上げるのは誰しもが知っているものだ。その点で見れば、確かに多少飛ばしすぎな面もあるが、ティアナの意見は概ね賛同できる。
 しかし、どこで休むか、どこで鍛えるか、それを管理するのが教官だ。人を強くするには、他人から見える客観的な印象と観察が必要なのだ。だから、一人で 勝手にペース配分を考えてもらっては困る。目の前にあるメニューをどう消化するのかについては、大いに考えてもらいたいが全体的なペース管理はこちらの仕 事だ。
 なので、なのはは適当な会話を挟んで強制的にティアナの呼吸が収まるのを待っているのだ。

「そだ、射撃に関して一つ教えておくね」
「はい」
「魔力を基礎に持つ魔力弾。種類は魔法の数だけあるけど、大別して三系統あるよね」
「直線射撃、曲線射撃、誘導射撃ですか?」
「うん。着弾時の効果はそれこそ千差万別だから割愛するけど、向かってくるオブジェはこの三つのうちのどれかになる。ティアナは直線を主軸に、誘導弾でトドメって形だよね」
「はい。オーソドックスですが、効果的ですから」

 セオリーだからこその効果。当然、使い古された形なので多くの対応策が講じられており、管理局の通常訓練も対策術を学ぶ事になっている。それでもこのオーソドックスな二段構えが廃れないのは、やはり応用力が高いためだろう。

「使い手によるけど、基本的に一定の効果を期待できるから、皆使いたがる」
「……奇策を考えろって事ですか?」

 ティアナはなのはの言葉から先を推測してみた。だが、なのはは否定する。

「要らないよそんなの」
「え」

 強い否定だった。それにティアナは戸惑った。

「そんなのに頼るって事は自分が弱いって事になるよ。そんなもの要らないくらい強くなれば良いんだから」
「は、はぁ」

 それが出来たら苦労しない。
 そう顔に出しているティアナに、なのははこう言う時に引き合いだす人物を思いついた。

「逆にね、奇策ばっかり思いついちゃってる人がいるんだよ」
「……それって」
「うん、お兄ちゃん、高町隊長ね」

 あー、やっぱそこで名前出るんだなぁ。予想通り過ぎる。

「お兄ちゃんもね、一応射撃は出来るんだよ」
「え? だって」

 いつも腰に剣提げてるじゃないですか。どー見たって近接戦のベルカ式魔導師じゃないですか。

「飛針って言ってね。鉛筆大の大きな針を投げるんだ」
「はぁ、それで射撃、ですか」
「うん。大体50メートル先のリンゴを撃ち抜けるよ」
「人間!?」
「半分くらい辞めてるかもねぇ」

 どんだけの腕力してるんですか! 実現するにしたって腕細いでしょ!!

「なのはさん、いくらなんでもそれは冗談ですよね?」
「それだったら、いいんだけどね……」
「いやあの、何で深刻に落ち込んだりしちゃってますか」

 自嘲的に笑うなのはの姿に、背筋が震えてきた。
 あれ、もしかしてなんか変な地雷踏んだ? 私。

「射程は雀の涙の癖に、なんで的中率92%なのかなぁ。しかもこれ動体目標入れてだよ? あり得ないよ! 私だって誘導弾でどうにか出せるスコアなのに、あの人ただ手で投げるだけなんだよ!?」
「え、あの、えーと」

 色々凄いことなんだけど、泣きながら怒っていらっしゃる教官殿の姿にたじたじで、口が挟めなかった。その後も、あれこれと普段の態度やしでかされた悪戯 の被害について延々愚痴って高町なのは十九歳。ティアナは、この話の終わりどころはどこなんだろうと、遠い目をするしかなかった。

「訓練させてください、ホントに……」

〜・〜

 そのように三者三様に酷評された高町恭也本人は、隊舎を離れて、地上本部にいた。

「何で俺が挨拶回り?」
「お前はほっとくと何もしないからな。ローテーションで私達がお前に仕事を与えてやってるんだ」
「感謝、するべきなのか? これは?」

 そうだとも、と頷くのはシグナムである。流石、付き合いが長いだけあって恭也の生態を熟知している。

「この機会に少しは顔を広めておくべきだと全会一致で決まってな。今回はその一回目、と言う奴だ」
「俺の与り知らない所で俺の生き方を決められてる!?」
「メリットは十分だと思うが」
「それよりも鍛錬させてくれ」
「今以上の鍛錬などさせたら任務に支障が出るだろ」
「出るまでやらんと腕が鈍るんだ」

 特にここ一ヶ月、命のやり取りをしていないので気まで緩んできてる。早々に是正したい。この微温湯の気持ちを。
 そんな恭也の考えを理解していながら、シグナムは言う。

「十年も戦い詰めのお前の腕が、たった一ヶ月で鈍る訳がないだろ」
「いや、実際剣閃がだな」
「昨日の試合で負けたのは私だぞ」

 恭也とシグナムは定期的に模擬試合を行っている。たまにヴィータやザフィーラともするが、基本的にはシグナムが相手だ。双方剣士と言う事もあり、戦い方が噛み合ってくれるので、剣腕を鈍らす事はないのだが、恭也としては腕を保つのではなく、磨きたいのである。

「ふん、訓練だからと言って手を抜いたのが悪い」
「私にだって調子の悪い時もある」
「どこがだ。最後の打ち合い、明らかに手加減しただろ」
「今日の用事があったからな。本気でやりあって怪我でもしたら私が叱られる……いや、叱られても良いか?」
「おい、そこで悩むなはやて至上主義!」

 マジ悩みに入ったシグナムに、恭也は頭を抱える。どんだけ心酔してるんだコイツは。

「まあ、それはともかく、今回はお前がメインだ。粗相のないようにな」
「粗相ねぇ。礼節は弁えているつもりだが?」
「真顔で嘘を吐くな」
「?」
「不思議がるんじゃない」

 本気で解っていない顔をする恭也に、シグナムは大きく息を吐くしかできなかった。この男、どこからどこまでが本気なのだろうか。

「で? どこに向かってるんだ? このまま行くと陸士部隊の隊舎棟に入る事になるが……」
「そこで合っている。今から訪ねるのは108部隊だ。そこに主はやての後見人、のような方がいる。お前は確か会った事がなかっただろ?」
「まあなぁ」

 ずっと戦ってたし、たまの休みは体を休める事に必死だった。凡そ、外界との関わりがなかったのである。当然、友人関係とか知人関係は部隊内に留まっており、他の部隊や課との縁は薄い。忙しすぎる隊なので、致し方ないことなのだが。

「折角六課に出向してきたんだ。顔を広めておくのが得策だろう」
「そうかぁ? どっちにしろ使わない気がするが……」

 使う機会が想像できない。六課から出れば、また戦闘三昧なのだし。

「主もお前を紹介したがっていたからな。本来なら主が連れてくるはずだったのだが……」

 スケジュールを見る限り、はやての体が空きそうにないのだ。課長として方々に飛んで、横の繋がりを作ろうと奔走しているのである。また、飛び回りすぎて自分の課を御座なりにも出来ないため、結局時間が足りてないのである。
 頑張って仕事をするはやての様子を知ってるだけに恭也も仕方ない事は理解できた。

「だから粗相云々の話になるのか」
「そうだ。くれぐれも非礼だけはするなよ」
「弁えておこう」
「っと、ここだ」

 そんな話をしていたら、目的地に到着したらしい。何気なく周りを見渡す。入り口の横にかかっている看板が目に入った。さすがの恭也もミッドチルダの数字くらいは読める。

「108と109?」
「ああ、共同部屋になっている。まあ、執務しかしないからな。スペースの節約と言う奴だ」
「ほう。俺の隊って豪華だったんだな」

 何せ一部隊全員が生活できる施設が完備されているのである。執務室しかないこことは扱いが雲泥の差だ。
 だが、それは恭也の勘違いである。執務室はスペースの関係上109部隊と同じであるが、隊員たちの執務スペースは別の階にあるだけなのだ。ある意味集団生活の長い恭也は、その点に気付かなかった。
 そんな恭也をさて置いて、シグナムは軽くノックした。

「機動六課、ライトニング分隊副隊長シグナムです」
『おう。開いてるから入ってくれ』
「失礼します」

 入室すると、シグナムは勝手を知っているのか、すいすいと奥へ入っていく。恭也もそれに倣って訳知り顔でついていくと、所謂応接室のような場所に入った事に気付く。衝立が立っているだけの間取りのようだ。確かに、管理局のスペース問題は深刻のようである。
 視線を水平に戻す。執務机には初老手前の男性が座っていた。少し厳しい顔つきだが、どこか柔和な表情が見え隠れする。見た目の印象ほど威圧感を抱かせない人物像だった。

「ご無沙汰しています」
「ああ、久しぶりだ。二ヶ月ぶりだったか?」
「そう記憶しています。最後に会ったのは六課立ち上げの直前でしたから」

 ゲンヤ・ナカジマ。陸士108部隊を指揮する三等陸佐で、数年ほどはやての上官でもあった。彼女に捜査の基本を教えたのが彼と言うわけである。はやてにとっては第二の父親のような人物だ。
 はやてを挟んで父親役の男が対面する。その事実に遅まきながら気付いたシグナムは人知れず緊張していた。

「ほう? あんたが噂の高町三等陸士か」
「はっ」

 一応の敬礼をして、恭也はゲンヤの言葉の意味を訊ねた。

「個人的にその噂の出所を知りたいのですがね」
「まあ、大体は八神の嬢ちゃん経由が多いな」
「……なあシグナム、逆さ吊りが良いか、アイアンクローが良いか、電気按摩が良いか、好きなのを選んでくれ」
「小学生かお前は。しかも誰にやるつもりだ」
「無論元凶だ!」
「レヴァンティン!!」

 互いに構える恭也とシグナム。一触即発の緊張感が執務室を包む中、ゲンヤは苦笑する。苦笑で済ませられる彼の胆力が凄いのか、度胸が有り余っているのかは定かではないが、この二人の睨み合いを諌める事が出来るのは、現状ゲンヤしかいない。

「こらこらお前等、こんな所で何するつもりだ」
「止めてくれるなナカジマ三佐! コイツには何よりも肉体言語が必要なのだ!」
「勝手に人を職場から離れさせた挙句、人を貶める噂を流すあの関西人に鉄槌を下して何が悪い!!」
「貴様、主を侮辱するか! そこに直れ! 叩っ斬ってくれる!!」
「はっ、やれるものならやってみるがいい!!」
「やるなよお前等。漫才は良いから座れ」
「漫才じゃない!」
「俺は本気だ!」
「傍から見た漫才だ。とにかく落ち着け二人とも」

 噂通りの人物像にゲンヤは、嬢ちゃんのあのノリはコイツからの直伝だったのか、と別方向で感心していた。
 そこへ出る場面を見計らっていたのか、三者の間に入ってきた人影があった。

「あの……お茶を持ってきたんですけど……」
「あ、ああ、丁度良いところにきた。ほら、そこの二人もいい加減座れ」
「ちっ、興が削がれた」
「次はないと思えよ」

 永遠に決着の着かないライバル同士が喋る台詞を大真面目に吐く恭也とシグナムに、お盆を持ったままどう反応して良いのか困っている給仕がいた。

「ギンガ、気にするな。ああ、気にするんじゃない」
「え、えーと、はい、何とかします」

 小さく息を吸って吐いた。それでどうにか表向き気持ちを落ち着ける。軍人としての心理操作は身に付けているので、この程度の揺らぎは早々に、

「ん? あれ、ナカジマの親類か?」
「今頃気付いたのか」
「え? あ、あの?」

 恭也の不意の一言に、ギンガと呼ばれた少女はまた平静を失ってしまう。
 ナカジマの親類。
 ギンガには父と妹、二人の家族がいる。父は今目の前にいる。父と自分は彼とは初対面だ。だから、もしナカジマの姓に心当たりがあるとすれば、最後の一人、自分の妹を知っていると言う事になる。自分と妹は容姿が似通っているから、連想させたのだろう。
 無防備だった思考に、いきなり飛び込んできた意外な言葉にギンガが固まっていると、恭也は失礼にならない程度にギンガの全身像を眺めて、一つ頷いた。

「やはり似てるな。姉妹か」
「互いに紹介が必要みたいだな。とりあえず、ギンガ、茶を出してくれ」
「あ、はい。解りました」

 ギンガは湯飲みを全員に配り、ゲンヤが座るソファーの後ろに控えた。その立ち振る舞いに、恭也は昔ながらの女性像を思い出した。最近、こう言う事が自然に出来る女性にお目にかかってないなぁ。

「改めて、俺がゲンヤ・ナカジマだ。スバルが迷惑かけてるみたいだな。ああ、こっちは姉のギンガだ」
「ギンガ・ナカジマ陸曹です」
「高町恭也『三等陸士』です」

 ギンガと恭也が敬礼しあって、沈黙が降りた。その無音の息苦しさの中、ギンガは黙ったままの恭也を見る。彼は落ち着き払った様子で、体をソファーに沈め ている。もうこれ以上何も喋らないと言っているような気がした。彼女としては、かなり気になる部分があるのだが、その説明はないらしい。知りたいのなら、 説明を求めなければならないようだ。

「……あの?」
「はい、なにか?」
「先ほど、三等陸士と伺いましたが……」
「嘘偽りなく」

 襟の階級章を指差せば、確かに三等陸士のものだった。しかし、ギンガの疑問はますます深くなる。スバルのメールには、二人の高町隊長がいると聞いていたのだが……。

「えーと、昔着てた制服?」
「現在進行形で支給されていますね」
「あ、昇進を後日に控えてるとか」
「昇進に興味はありません。むしろ昇進したくありません」

 なんなのだろうかこの男性は。色々常識に適合しない考えの持ち主らしい事は解った。が、まだ当初の疑問の答えが訊けていない。

「どうして三等陸士なのに、分隊長なのですか?」

 一先ず、直球を投げてみた。奇しくも、それは恭也に対して一番有効な物の訊ね方だった。

「はやてに訊け、と言いたいところだが、俺が愚痴りたいので愚痴ってやろう」

 そんな嫌な前置きをして、恭也は語り出した。

「勤続十年にして未だに昇進の一つもしない駄目局員であるところの高町恭也の査定は本当に正しいのか。そんな疑問を態々あの関西娘が人事部に持ちかけたん だ。はた迷惑な事に、意外に仕事熱心だった人事部がはやて嬢の無茶な企画に悪乗りした結果、超法規的処置と言うか、嘘企画と言うか、ドッキリ企画とかに分 類される提案についうっかり乗ってしまったのが俺の不幸の始まりだ」

 不幸と来たか。六課への転属は、基本的には栄転に分類されるものだ。歳若いが実績と実力の高い三人娘――高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神は やての三人を筆頭に、各部門から将来有望な若手を集めて新設された部隊。彼等は、ゆくゆくは管理局の中心となる事を期待されている局員であり、その彼等が 所属することとなる六課は、いわばエリートばかりを集めた精鋭部隊と言う風に見れる。そこに所属すると言う事は即ち、その職員の能力が高く評価されている と言う事だ。普通ならばそれは大変喜ばしいことなのであるが、唯一の例外がここにいた。

「おかしい話じゃないか? Fランクでしがない局員の俺を引き抜く理由が、価値が、利益がどこに見当たる? 書類も満足に書けない職員を欲しいと言ってくるなんてのは気が狂ってるとしか思えん」
「それ以上主を侮辱すると、お前の首が楽しく宙を舞うぞ」
「使い古された脅し文句だな。15点」
「くっ、言葉攻めはシャマルの領分だったなっ!」
「いえ、あの身内にそんな台詞を言ってあまつさえ査定されて悔しがるのはどうかと」
「む、今の突っ込み、中々良かったな。65点をやろう」
「は、はあ……?」

 ちなみに、恭也的に65点はかなり高い評価である。しかし、初対面のギンガにはそれがどういう意味を持つのか全く解らなかった。

「経緯はそんな感じだ。俺は無理矢理六課に引き抜かれたに過ぎない。ただでさえ低い労働意欲がごっそりなくなった。仕事の能率も格段に落ちてる」

 特に日誌。

「そうか? 嬢ちゃんの報告書にはそんな事書いてなかったが……」
「リインフォースが言うには、コイツの業務態度について色々苦心されているようです。主も、恭也が昇進する事を期待していますので」
「そこが気が狂ってるとしか思えないんだが。何で俺を昇進させたがる?」
「……そう言えば何故だろう?」
「知らないのかよ!」

 黙考してしまうシグナムに、恭也は頭を抱えた。盲目的に従いすぎじゃないか? はやて至上主義重患者!

「え、えーと、話を纏めると、高町さんは六課転属に不服だと言う事ですか?」
「そうだ。ただでさえ体力が落ち気味なのに、のほほんとしたあそこに行ってから勘が鈍ってる。まあ、歪んだ剣筋を矯正できたが、怪我の功名と言うには実入りが少なすぎる」
「普通は喜ぶべき事だと思うんですが……」
「典型的な管理局員ならな」

 皮肉気に言う恭也に、ギンガは少し癇に障った。明らかにこちらを挑発している態度。これに腹を立てないだけ、まだギンガは温厚な性格なのだろう。

「生憎と俺はサラリーマンじゃない。無論、戦闘馬鹿でもない。剣士だ。ただ剣腕を磨き続けたいだけ。その過程で、強者との戦いを望む事はあっても、基本的には昇進やら栄転やらには興味が湧かない」

 昔から、刃はひけらかす物ではないと教えられてきたし、平和なあの世界で自分が学ぶものが異質である事は大いに自覚している。ここでは開けっぴろげに刀を振るえるとしても、やはりその考えは覆らない。
 恭也にとって御神流とは、自分のルーツであり、失ってしまった一族が受け継いできた大事な魂である。自分には才能のカケラしかなく、流派の殆どを失伝し ているとは言え、後世に伝えねばならないと言う義務感は持ち合わせている。その受け継ぎ先はまだ誰とも決めていないが、残さねばならない物だと言う脅迫的 な観念はある。
 不完全だからこそ、何とか流派としての体裁を取り繕いたいのに、その研磨を邪魔させれて、良い気分になろうはずもなかった。

「根本的に考え方が違うんだ。一種道楽なんだ。生きていく為に仕事をして金を貰ってはいるが、根っからこの世界の平和については考えてない。生きる糧を得る為に俺はここにいる」
「そう、ですか」

 ギンガは恭也の話を聞いてもなお、納得し切れなかった。管理世界の平和、と言うものは大きすぎてギンガにも想像が付かない。でも、自分の手で守れる人た ちの為に働くことには誇りを持っている。それが自分がここにいる理由だからだ。だから、恭也の言う生きる為に仕方なく働くと言う理屈を理解し切れなかっ た。

「まあそう考え込むなギンガ。高町の奴はかなり特殊な部類だ。入局の経緯から見ても仕方ないだろ」
「経緯?」
「……すまんがこれ以上は、な。お前には権限がない」
「了解です」

 知る必要がない、あるいは知ってはいけない事なのだろう。その事は理解できたが、陸曹である自分が知る事が出来ない機密を抱える三等陸士の存在は、やはり不可解な存在だ。一体彼にどんな秘密があるのか。ギンガの興味は尽きなかった。

「それで? 俺を三佐と引き合わせて、コネを作らせるのが今回の目的なのか?」

 言いたい事を言えて幾分すっきりしたらしい恭也は、隣に座るシグナムに今回の108部隊の訪問理由を訊ねた。このためだけにここに来るとしては理由が弱すぎるだろうと恭也は思ったのだ。

「いや、今回はもう一つある。ああ、どちらも大事な用件だったのでな。不貞腐れるなよ?」

 先手を取って恭也のリアクションを封じるシグナムに、ギンガとゲンヤは苦笑にならない笑みのようなものを浮かべることしか出来なかった。何かする度に彼等はこんなやり取りをしているのだろうと容易く想像できてしまう事が恐ろしい。

「誰に吹き込まれたんだ? それ」
「主はやてだが?」
「あんの娘はぁっ」

 はやてがどれだけ恭也の生態を良く理解しているかが解る話だった。

「今回こちらに伺ったのは、テスタロッサ執務官からご報告する事があったからです。ただ、今回は部隊の教育がありまして、代理として私が遣わされました」
「シグナムをパシリにねぇ。あの子も偉くなったもんだ」

 やはり、人間十年も経てばそりゃー変わるもんだ。

「三十回ほど頭下げられたが」

 何も変わってなかった。相変わらずあの子は人を使う事に抵抗がありまくるらしい。いや、相手がシグナムだったからだろうか。その辺りを察せる訳でもないので、恭也は考えるのを止めた。
 シグナムは少し居住まいを正し、報告を始めた。

「レリックの捜索は前回と変わらず手がかりがありません。関わりがあると思われる事件を洗っていますが、尻尾を掴めるだけの物的証拠が発見できていません。ただ、レリックを集めている相手がそろそろ本腰を入れてくるだろうと言う事だけは確かです」
「先日の火事の奴か?」
「そうです」
「ああ、あれか。フェイト嬢に運転手させられたな」
「そうなんですか?」
「ああ。態の良いパシリだった」
「は、はあ?」

 恭也は思い出す。自分が強引に連れられた事件現場を。鉄でさえ炭化させるほどの超高温の熱量を発生させられる現象、あるいは機械、またはあまり想像した くない話であるが上級の魔導師が魔法を使ったと思しき事件。フェイトの言葉によれば、火事はおまけで、本命はレリックの確保だったのだろうと推測してい る。

「今まで表立って行動を控えてきましたが、ここに来て行動が大雑把になっています。あちらの手札を一つ晒すことの意味はまだ解りませんが、我々に気を配る必要がなくなったのだとすれば……」
「集めたレリックで何かする準備が出来てきたって事か」
「執務官はそう考えています。これには私も同意見です」
「まあ、現場回ってない俺が判断するにはちと材料が足りてないが、お前さんらがそう思うってのなら、備えておく必要がありそうだな。つっても、明確な証拠がない以上動きが鈍くなるのは承知してもらえねぇか」
「十分です。そう言う可能性がある事を把握してもらえていれば、こちらも動きやすいので。理想としては、六課だけで対処できれば良いんですが……」
「ま、贅沢は言わねぇこったな。たった一部隊じゃあやれる事は多寡が知れてる。嬢ちゃん達がどれだけ強くてもな、出来ることってのは、やっぱ限られてるもんだしよ」

 それは重々承知していることだった。だからこそ六課が出来たとも言える。それでも六課だけの力では足りないからこそ、はやては、そしてフェイトは外部からの協力を取り付けているのだ。

「捜査は難航しています。元々受身に回らなければならない立場ですから、どうしても一歩遅くなってしまう。相手に追いつくにも、痕跡が少なすぎて意図が掴めません」
「それでも向こうのやる気は伝わってくる、か。厄介だな」
「レリックの所在が判明しにくいことも一因ですね。どこにあるのか皆目見当が付いていない事が事を難解にしています」
「待った」

 そんなギンガの言葉に、恭也は待ったをかけた。

「なんです?」
「いや、気になる事が一点あるんだが」

 一連の会話を聞いてふと思ったのだと言う。

「俺達管理局はレリックの正確な位置は知らないんだな?」
「ああ。そもそもレリック自体も何なのか解っていない。用途、数、共に研究中だ」
「で、犯人は俺達よりも先に回収している」
「そうだ」
「じゃあ、やはりおかしいじゃないか」
「なにがだ?」

 恭也が何を言いたいのか、シグナムには解らなかった。彼が何に首を傾げているのか。

「何故犯人は先にレリックを奪える?」
「……どういう意味だ?」
「そのままだ。いいか? 管理局の情報網はここを中心に手広く広がっている。その情報に引っかかる前に奴等はレリックを見つけ出し確保できている。俺たち がレリックがあったと知るには事件があった後だ。つまり、情報の伝達速度か、あるいは奴等独自の情報網の方が数段優れていると言う事になる」
「当然の話だな」

 そんな事はシグナムもフェイトも承知している。だから後手に回ってしまう事に苛立ちを見せているのだ。
 だが、恭也はそんな事は問題じゃないと言った。

「もっと重要な事があるだろ。奴等はレリックとやらについて俺達以上に知り抜いていて、その利用法も、恐らく数も把握しているはずだ。なのに態々レリック が管理局の領域、あるいは市場ルートに乗るまで手を出せていない。つまり、奴らの情報網と言うのはここクラナガンを中心にしているもので、それ以上の広が りはないと言う事だ」
「そう決め付けるのは拙いんじゃないかい? 若いの」
「お言葉ですが三佐。あなたが一番考えたくない可能性が一番高いと俺は言いたいんですよ」
「ど、どういう事です?」

 何か焦りを見せるギンガに詰め寄られ、ゲンヤは渋々ながら己の危惧する可能性を言った。

「管理局の一部が犯人グループと繋がっている可能性がある」
「なっ!」
「恐らく、末端か、あるいは部隊長クラスの人間を抱きこんでいるんだろうな。そうでなかったらネットワークのどこからか情報を掻っ攫ってることもある。相 手の技術力がどの程度か知らないが、このうちのどれかでなければ、俺達より先にレリックを奪えるはずがない。つまり、額面通り横取りされてるんだよ」
「そんな……! じゃあ、可能性の高い部署を監視しすれば足跡が」

 ギンガの考えを恭也は否定してやる。

「これまでこの考えに辿り着いてない奴がいないとは思えない。事実、三佐は気付いてたみたいだしな。ただ、信じたくないが故に行動に出てなかったようですがね?」
「身内を告発する羽目になるって考えちまってな。二の足踏んじまった」
「人的被害が少ないうちですから、まあ良いんじゃないですか? とりあえずこの一連の事件で人死にはまだ出てませんから。まあ、後言えるのは、大体一回切 りの使い捨てにしているか、大した情報を与えずに物だけ受け取ってるかのどれかだろ。だから、末端を捕まえても大した情報は得られないが、だとしてもその 裏切り者を拘束しとかないと、結局は敵の手に落ちる事になる」
「もう悩んでる時期でもない」
「ええ。向こうが形振り構わなくなりましたから。テスタロッサ執務官が危惧する事態に発展する可能性は、残念ながら高いでしょう」

 そうシグナムが締めくくって、一同は沈黙する。
 もし今恭也が語った事が真実だとするならば、管理局はその存在意義を失っている。
 連なる世界の恒常的な平和の維持。
 そのお題目を自ら崩す行いは、各世界から様々なバッシングを受けるだろう。いや、それだけでは済まない。最悪、管理局と言う組織が瓦解し、統制を失った 次元世界は各世界間で対立し始めるだろう。言うなれば、宇宙規模の戦争だ。それぞれに積み重ねてきた歴史を持つ次元世界同士の摩擦を一手に引き受けていた 管理局が消えてしまえば、後はただ己の主張をここぞとばかりに通そうとする権力者の争いが巻き起こるだけ。
 それだけは避けなければならない。だからこそ、この事実に気付いた人間は手を出せないのだろう。

「まあ、今の話は俺がただ疑問に思っただけの話だ。と言っても、公安に言っておく必要はあるんだろうが。そこから尻尾が掴めれば御の字だな」
「公安には俺からも言っておこう。要請が二つの部隊から出れば奴等も動いてくれるだろうからな」
「お手数かけます」
「なーに、それを期待してテスタロッサ執務官はお前さんらを遣いに寄越したんだろ? つっても、今の話を二人に教えてないところを見るに、彼女もその可能性に確信を持ってないみたいだがな」
「悪い意味で純粋ですからね、あの子は。人を信じたがる傾向がある」

 恭也が昔から危惧している事だ。生来からなのかは知るところではないが、フェイトは人の良心を強く信じる考えの持ち主だ。執務官をしているところから も、世の中が善人ばかりだとは流石に思っていないだろうが、悪人にも良心があると信じている節がある。どうしようもない、救いがたい人間を前にしても、彼 女は説得を続けるだろうことは容易に想像が付く。
 それを恭也は悪癖と見なしている。どうしようもないものは、真実どうしようもないのだ。額面通りに。それを態々手間隙かけて救おうとするのは時間の浪費でしかない。
 だが一方で、恭也は彼女の悪癖で救われた人間を何人か知ってもいる。彼女の真摯な説得で改心した奴がいることもまた事実だ。恭也に言わせれば奇跡以外の何物でもないが、それこそが彼女の力なのだとは認めている。

「用件は以上です。お時間を取らせてしまいました」
「いんや。面白かったぜ」

 経過報告の感想としてそれは激しく間違ってるのではないかとギンガは思ったが、事実振り返ってみれば確かに面白かったとも言えるかと思い直す。高町恭也と言う生物を見れた故に。
 帰り支度をするシグナムと恭也に、ゲンヤは思い出したように呼び止めた。

「高町の」
「なにか?」
「また来いよ。出来れば私用で来てもらえるといいんだがな」
「前向きに検討します」
「おう。待ってるからな」

 御座なりな決まり文句を返す恭也に、気を悪くした風でもなく、ゲンヤは二人を見送った。

「……不思議な人ですね高町さんは」

 湯飲みを盆に乗せながら、ギンガは率直な感想を言った。
 分隊長と言う肩書きを持っていながら、三等陸士。上官なのか部下なのか、非常に判断に困る。それに年齢も年齢だ。尊重すべきなのか、同格に扱うべきなのか、これも判断に困る。今回、ギンガは年上で分隊長と言う事を考慮して、敬語を使ったが、彼からは何も注意されなかった。しかし、最初の最初、向こうは 敬語で受け答えをしていた。すぐさまフランクに喋り出したが。この辺りアバウトに過ぎると思うが、自分としても彼には敬語を使った方が話しやすかったのは事実だ。これについては不問にしよう。
 さっき言っていたように、犯人達が何故管理局よりも早くレリックの居場所を割り出しているのか、その可能性の一つ、それも危険な可能性にすぐ気付いた。いや、薄々勘づいていたのだろう。フェイトの補佐をしているようだから、前々から考えていたのかもしれない。ギンガはそう考えた。きっと聡明な人物なのだ ろう。ああやって規格外な振る舞いをしているのも何か理由があるに違いない。
 実のところ、恭也はフェイトの補佐官でも捜査を手伝っている訳ではない。むしろ何もしていない。あまりにも恭也の推理にインパクトがあった所為でギンガが誤解しているだけなのだ。先ほどの一件も、過去に似たような事件に遭遇した事があったので、とりあえず恭也は組織と協力を取った場合、その組織から疑う ようにしているだけなのだ。
 恭也に対する評価が尺取虫が某スケート選手のイナバウワーの如く反り返ったような方面に落ち着いたところに、ゲンヤは苦笑を浮かべつつ言った。

「今回は大人しかった方みたいだぜ?」
「え?」
「八神の嬢ちゃんの話だと、もっと凄い……いや正確に言うなら酷い事になるらしいからな、空間が」
「……酷い? 空間?」
「通称『恭也フィールド』って言うらしいんだが……発生するとありとあらゆる法則が乱れるらしい」
「全然想像できないんですけど……」
「一例だが、八神家の総攻撃を無傷で回避したとか」
「えっ!? あの一家のをですか!?」
「あと、高町の嬢ちゃんの砲撃と八神の嬢ちゃんの空間攻撃も無傷で避けたとか」
「そ、それは流石にデマなんじゃ……」
「四年前の記録だけどな、あの二人がクラナガンの公園を更地にしてんだよ。その更地にした原因があの兄ちゃんらしい」
「……えーと」

 深く考え込んでしまった彼女は、その後一晩ほど悩んだ末、『とりあえず保留』と言う問題を先送りにする事にしたのだった。

「ふう、結論が出ないかと思った」

 これで明日からはぐっすり眠れる、と胸を撫で下ろす。
 いえ、それはそもそも結論ではないです、ギンガさん。

〜・〜

 恭也とシグナムが六課の隊舎へと戻ってきた頃には、良い具合に昼食の時間だった。シグナムは一足先に報告を済ませると言って、フェイトの執務室に向かっ た。残った恭也は空腹を満たすため、食堂に顔を出す事にした。普段なら簡易食料で済ませてしまうのだが、ここのところまともな食事ばかりをしてしまったた め、それでは口が寂しいと感じてしまっている。個人的にも栄養食だけで生きていきたくはないので、異常だったものが正常に戻ってくれて少し安堵していた。
 食堂はラッシュ時らしく、混んでいた。と言っても、六課に所属する職員だけが利用する食堂だ。満席になるような事はない。彼は生姜焼き定食(日本産)をトレイに乗せて、さてどこに座ろうかと席を探す。

「あ、高町さーん」

 席を探す恭也を呼んだのはシャリオだった。彼女が座る席には新人四人が、かなり大きな大皿に乗ったナポリタンのようなものをパクついていた。

「どうです? ご一緒しませんか?」
「いいのか?」
「もちろん。ね?」
「あ、はい、いいですよ」
「構いません」
「じゃあ、言葉に甘えるか」

 よっこいしょ、と年寄り染みた事を言いながら椅子に座る恭也。
 軽く手を合わせて「いただきます」と小さく言って、割り箸を二つに割った。

「あれ? 高町隊長って箸使うんですね」

 そう言ったのはスバルだった。ミッドチルダにも箸に似た形状の食器は存在している。ただ、それを使うのは一部の民族だったりするので、それほどポピュ ラーな食器ではない。と言っても、ここの課長であるはやては生粋の日本人だ。八神家の台所の主である彼女にしてみれば、箸がないことの方が違和感を感じる ので、食堂に置くよう手配しているのである。ああ、これも職権乱用と言う奴なのか。

「むしろ俺はフォークもナイフも使わないんだがな。箸で十分」
「うーん、アタシ、箸って使いにくいと思うんですけど……。ほら、箸じゃ肉とか切れないし」
「ステーキのようなものを想像してるのか? むしろ日本人はそんなもの食べないんだよ。まあ、昨今はそうでもないが」

 欧米化が進み、食事内容も和一色ではなく、世界各国の料理が家庭に並ぶ時代だ。箸で全て賄おうとする方が無謀なのは恭也も承知だが、意地もある。

「まあ、箸は使えるようになるまで時間がかかるからな。その点、フォークやナイフにスプーンは楽だ。だからこそ普及してるんだろ。言わば、子供用だな」
「……箸が使えて大人って事ですか?」

 恭也の揶揄にティアナは若干不機嫌な声で反応する。
 珍しいのが引っかかったな、と恭也はアングラーの心境を抱いた。

「大人でも箸の使えない奴はいる。別に箸が使えて大人なんて言う事はしないが……まあ、俺個人はそう言う風に見えてしまうと言うだけだ。ああ、なのははどうだから知らないからな」
「先手を取りましたね」

 シャリオがそう言う。ヴィータに言わせれば『一言多いんだよ』と言っているだろう。

「ま、食事なんて美味く食えればいいんだ。作法なんて厳粛な場に立って初めて気にするものだしな。俺は一生立つ気ないけど」

 とことん上昇志向のない男である。

「あの、ちょっとお話、伺っても良いですか?」
「なんだ、少年」

 遠慮がちに言うエリオに、恭也は山盛りのキャベツ(これも日本産)を口に放り込みながら先を促した。

「高町隊長は鎮圧部隊にいたんですよね?」
「ああ、まあな」
「出来ればで良いんですけど、どんな仕事をしてきたのか聞かせてもらえませんか?」

 その頼みに、恭也はどうしたものかと悩んだ。
 三〇二部隊――スパイクフォースの仕事内容を話す事は別に機密に関わることではない。端末で調べれば大体の任務内容を閲覧できるのだ。これは、スパイク フォースの任務の殆どがテロ組織の鎮圧に関わっているからであり、有事の際に彼等の経験した情報を活用する場合があるからだ。なので、今ここでそれを語る 事は殆ど意味がない。
 恐らくエリオが聞きたいのは、文章ではなく現場の生の声なのだろう。そしてもう一つ、恭也はエリオが欲しがっている物に気付いた。

 ――必死だな、少年。

 強くなりたい。今よりもずっと。そしてそのヒントが恭也にあるのではないかと思っているのだろう。少年の成長、大いに結構。女所帯のこの部隊では、男の同僚、例え幼くとも貴重な存在だ。
 恭也はエリオの頼みを無碍に断らず、食事の場に相応しそうな任務を拾い上げる事にした。流石に血生臭い話を食卓には持ち出したくない。自分の飯が不味くなるからだ。

「そうさな、立て篭もり、追撃、掃討戦。どれがいい?」
「えーと」
「追撃で」
「ティアナさん?」

 迷うエリオを差し置いて選んだのはティアナだった。

「今後の事を考えると、ガジェットを取り逃した時の参考になりそうでしょ」
「あ、そうですね。じゃあ、追撃で」

 主体性があるのかないのか。まあいい。
 恭也は掻い摘んで話す事にした。

「七年位前になるか。当時、中規模のテロ組織の一斉検挙があってな。相手の抵抗があると考えた上の連中がウチの隊に出動要請をした。でまあ、押し入ってみ れば大乱闘。白兵戦もあったもんじゃない。手近にあった椅子や机や電気スタンドで殴る蹴る叩く抉り込むなどして相手を黙らせた」
「その辺全く参考になりませんね!」
「お前等が聞きたいのは追撃の部分だろ。このくらい端折っても良いだろうに」

 スマートさの欠片もなかった。

「で、幹部クラスの三人が逃げてな。首領は捕まえたんだが、そいつを見捨てて奴等は逃げた」

 その逃げた幹部達の追撃にまわされたのはスパイクフォースだった。より正確に言うなら、三人の内の一人を追いかける事になったのだ。他二人は別部隊が当たったのである。

「で、うえしたから追いかけたんだが、奴さんAAAランクの魔導師でな。追いつくと魔法弾を連発してこっちの足を止めてきた。そこからいたちごっこだ」
「イタチ?」

 聞いた事のない表現にキャロは疑問符を浮かべる。他の人間も同じような顔をしている。そう言えばこっちにはイタチいなかったっけ。全員に解りやすく言うとなると、

「あー、鬼ごっこ、で解るか?」
「あ、はい。それなら」

 一様に理解したようなので続きを話す。

「結局、追いついて逃げられての繰り返しだったんだが、何の因果か俺と奴の一対一サシになってな。今でも何であの状況になったのか皆目解らんのだが……」

 追っていた魔導師はスパイクフォースの執拗な追走に心身困憊していた。追い詰められて何をしでかすか解らない精神状態だったのだ。そんな状態の魔導師に出会ってしまい、恭也はなす術がなかった。

「何も出来なかったんですか?」
「ああ」

 シャリオに頷く恭也は、喉を鳴らして麦茶を飲んだ。

「FとAAAだぞ。どこをどうすれば生け捕りに出来るんだ。逆ならあっさり出来るんだろうが……」
「それはそうなんでしょうけど……」

 でまあ、何も出来なかった恭也は、あっさり魔導師を取り逃したのである。

「……全然参考にならないんですけど」
「そう言う意図で喋った訳じゃないしな。モンディアルが聞きたいと言ったから聞かせたまでなんだが。過度な期待をしたのはそっちだろ」
「う。で、でも、今の話じゃエリオだって何の参考にもならないじゃないですか!」
「あ、確かに」

 ティアナの弁にスバルは酷く感心した様子で深く頷いていた。

「その幹部ってどういう風に抵抗したんですか?」
「一言で言えば範囲攻撃だな。主に近づけさせないようにしてきた。しかも頭の回る奴で、火炎系の魔法で物燃やして近寄れなくしてきたぞ」
「えげつないですねぇ」
「しかし、有効な手段だ。その場限りで考えればな。まあ、余罪が重なるばっかりの愚手だが」

 住宅街でなくて本当に良かったと今でも思う。
 そんな昔話を聞いていて、キャロはふと、疑問に思った事があった。

「怪我とか、されたんですか?」
「多少はな。結局逃げ切ったが。その所為で減俸されたぞ」
「え? それだけですか?」
「ああ」

 訥々と話したその内容に、エリオとティアナは戦慄する。
 AAAの広範囲魔法を撃たれて、軽傷。その戦績にティアナは、ありえないと小さく呟いた。戦力差、実に七段階。普通、覆せるものではないし、ましてや病院送りになっていないなんて、

「――冗談は止めてください」
「……ん?」
「ティア?」
「そんな嘘だってすぐ解るような冗談は嫌いです。本当の事を言ってください」
「……あ、ああの、ティアさん?」
「ちょ、ティア?」

 態度が硬化したティアナに周囲は戸惑った。その中、恭也だけは態度が変わらなかった。

「まあ、誇張表現は……一切ないんだが」
「嘘を嘘で塗り固めることほど滑稽な事はありません」
「ふむ、まあ、別に嘘でも冗談でもどうでも良い話さ。第一、俺にものを訊ねた所で君らの役に立つはずないもんな」

 恭也の階級は三等陸士であり、例外的に分隊長なんて言う破格の地位を与えられているが、ティアナとスバルより一階級下なのである。つまり、対外的に見れば恭也よりも実力を評価されていると言う事だ。だから、彼から学ぶ事は殆どないはずなのである。
 だが、恭也はこれでも勤続10年の古強者でもある。戦闘部隊に籍を置きながら大きな怪我を負う事無く勤め続けている事は事実だ。ならば、その怪我をしない秘訣を請う事は間違いではない。間違いではないが、実質的な強さには結びつかない。
 プラスとマイナスが錯綜している。恭也を評価しようとすると必ず付きまとう問題だ。

「10年分のキャリアはあるが、お前達は才能でカバーできるだろ? ここに引き抜かれたくらいなんだ。そのくらいの自負は持っておいた方が良い」
「話を逸らさないでください。私が言っているのはいつもいつも不真面目な態度でいる事です!」
「と言われてもな。軽い冗談も許されないのかここは?」
「時と場合と中身によります!」
「全部弁えてるつもりだが?」
「どこがですか!!」
「うーん、これが俺のデフォルトなんだが……」
「自重してください自重を! そんな愉快に振舞える歳じゃないでしょ!」
「心はいつも少年でいたいんだ」
「夢見すぎですよ!!」
「いいだろ、夢くらい見ても! もう見れるのが夢しかないんだよ!! あいつ等に関わってると現実が厳しすぎるんだよ!!」
「――あー、その辺で終わりにできへん? 恭也さん」
『八神部隊長!?』

 するりと会話に混じってきたのは課長だった。恭也の隣に座り、パスタランチが乗ったトレイを置く。上司としてのオーラを消しての入場に、一同驚愕を体全 体で表現する中、恭也だけはいつも通りだった。最早お約束であるが、この男に気付かれずに接近する事はほぼ無理である。当然のことながら、食堂に近づいて くるはやての気配は把握していたのだ。

「しかしな、はやて嬢悪の権化。ささやかな俺の望みを上司権限で踏み躙られたのは事実だぞ」
「いつまでも恨まんといてや。今回は恭也さんの力が必要だったから強引にでも連れてきたんです。まあ、手段が手段なのは謝りますけど。後さりげなく極悪な振り仮名振るのは止めてください」
「謝罪より所属を元に戻して欲しいんだが。俺がここにいたところでなんの役に立つんだか。あと振り仮名は今回は見送ろう」

 実際、全く役に立っていない。むしろ暇なのだ、彼は。今給料泥棒と罵られても反論できないほどに暇なのである。

「いやー、ぶっちゃけ、私よりも歳が上の人がいると精神的に楽なんですよー」
「俺はお前の精神安定剤!?」

 人を薬剤呼ばわりする娘的存在に、恭也は仰け反った。大体、階級的には最下層の恭也を捕まえて上の人間と言うか!? 周囲に示しが付かないではないか。 大体ヴァイスとか他にも年上の局員がいるだろうに。そりゃ八神家の父と対外的に名乗ることもあるが、そんなの軽いジョークじゃないか、流そうぜそれは。全 く、いつの間にこんな切り替えしを覚えてきた!? 忌々しいが、日々の研鑽は忘れていないようだな!!

「いっそ、私の専属になりません? お給料弾みますよ?」
「む、条件は?」
「三食完備に寝所提供。あとお給金が今の2.5倍」
『2.5倍!?』

 はやてが提示した破格の待遇に周囲は目を剥いた。何その条件。むしろ自分たちが飛びつきたい。
 ティアナは思う。この男にそこまで何でも与えて良いのだろうかと。そんな価値があるのかと。
 そんなティアナの疑問の答え、またははやての申し出に恭也は深く頷いた。

「いいなぁ。特に三食完備と言うところに心惹かれる」

 彼の食事事情を鑑みれば当然の感想である。無論はやてはその辺りを承知の上で条件に出したのだ。何気に腹黒い。

「おお! じゃ、恭也さん――」
「――だが断る」
「岸部!?」
「と言うかな、それは実質ヒモと言うんだヒモと! お前は俺をどこまで堕落させたいんだ!?」
「地の底まで」
「即座に答えたなこの京都娘!!」
「あははー、テンション高いね恭也さん。なんぞ良いことでもありました?」
「ねぇよ!!」

 などと彼等の中では最早恒例中の恒例である漫才を繰り広げ始めた。結成十年になるこのコンビを止められる人間はこの場にはいなかった。いろいろ知らない 言葉が飛び交っているので、あの二人の出身の世界の言語なのだろう。それにしても人を紐にするってどう言う事なんだろう? とキャロは首を傾げていたが。
 仕方なく、勝手に暴走している二人を放っぽって、テーブルに残っている料理を片付けようとフォークを取るのだが、

「恭也さん、いい加減昇進しましょうよ、な? 一人暮らしも止めて、私等のところに戻って来てやぁー」
「三十三のオッサン捕まえて何をトチ狂ったこと言ってるんだ。そもそもその台詞って普通逆じゃないのか?」
「あ、じゃあ恭也さんが寂しいって事やんね。なんや、言ってくれれば私部屋に転がり込んでたのに」
「アパートの住人にいらん噂を撒き散らすつもりか!?」
「いややなぁ、そんなん真実にしてまえばええんよ」
「お前は俺を貶めてそんなに楽しいのか!!」
「私の足を嘗められるようにしてみたい」
「そんなの俺じゃねぇ!!」

 隣で微妙にピンクっぽい会話をするので全く食事に集中できない。と言うか部隊長の言動が完全に色ボケしている。あんたら親子じゃないんですか?

「あのー、はやて? 恭也さん? 何の話してるんですか?」
「フェイト隊長ー! 助けてくださいー!!」
「ちょ、スバルっ? え、一体何が……?」

 これぞ天の救いか。昼休憩も半ばになって現れたのはフェイトだった。シグナムの報告を受け終わって昼食を取りに来てみれば、即席漫才が展開されているこの状況。戸惑うのも無理はない。ちなみに、シグナムはヴィータに誘われてやや遠目のフレンチにしゃれ込んだようである。
 さて、食堂は荒れ模様だ。スバルが泣きつくほど手のつけようがなかった事はエリオも重々承知しているが、その役割はどっちかって言うと僕達のはずなんだ けどなぁ、と少年は思った。思っただけである。ただの嫉妬から来る普段は考えることすらない間違った感想である。なので何も気にしないで欲しい。特に意味 はないのだ。うん。ないよ? ホントだよ?
 付き合いの浅い六課の人間よりも、幼馴染だと言うフェイトの方が彼等を止められるはずだ。それを期待して、一同あのお笑い芸人を止めてくれと懇願するのだが……、

「ごめん、無理」

 深く、深ーく落ち込んだ様子で、更には沈痛な表情を浮かばせてフェイトは負けた。

「え? えぇ? あの、フェイト隊長!?」
「ちょ、な、何で涙目に!?」
「ふぇ、ふぇいとさん!? 泣かないでください!」
「あ、あの! そんな落ち込むようなこと頼んですみません!!」

 口々に謝る彼女達に、フェイトも慌てて目尻に溜まった涙を拭いた。

「ご、ごめんね。泣くつもりは、私も泣くまでなるとは思わなくて。ホントにごめんね」
「いえ、謝らないでくださいって。むしろ泣かせてしまった私達が悪いんですから」
「うん、シャーリー、ありがとう」
「いや、だからお礼を言われるのは筋違いですってば」

 フェイトが落ち着いたのを見計らって、ティアナは先ほどから思っていた疑問を訊ねた。

「それで、何で急に落ち込んでしまったんですか? その、言えない様なことなら教えてもらわなくても良いんですけど……」
「う、うーん、ちょっと恥ずかしい話なんだけど……」

 と、少し頬を赤く染めてフェイトが掻い摘んで話したのは、昔話だった。
 長い付き合いである八神家とハラオウン家、そしてなのはと恭也は何らかの催し物や、出来事がある度に顔を合わせる習性があるらしく、一同に会する機会と 言うのが意外に多い。でまあ、八神家と恭也が出くわすと必ずノリの良い掛け合いが始まり、最終的に漫才になり、副産物としてお捻りが飛んできたりするので ある。
 しかし、さすがに中学を卒業した辺りから、なのはもフェイトも世間の目を気にしだし(その間あまり気にしていなかった事に若干の世間ずれを感じさせる)、主に漫才の中心にいるはやてと恭也を二人して止めようとした事が何度もあった。
 がしかし、笑いの伝道師たるはやてと海鳴のコメディアンである恭也を前にして、二人が出来ることなど何もなかった。ただただ巻き込まれ、超恭也フィール ドを展開する二人に飲み込まれ、いつの間にかツッコミ役をやらされていたのだった。しかもその事で通常の三倍のお捻りを貰ってしまったりとか、ファンにな りましたとか言って写真を撮らせてくれと迫られたり、散々な記憶しかないのである。今時珍しい純粋な十九歳であるフェイトにとって、その記憶は良い物に分 類されない。そりゃー、涙も出てくるわけである。

「あ、あの人は昔からああだったんですか?」
「私と知り合ったときはもうあんな感じだったよ? まあ、本質はもっと冷静で大人の人なんだけど……」
「むしろ悪ふざけ上等の少年思考ですが?」
「本人はそうありたいみたいだね」
「良い迷惑です!!」

 本当に迷惑そうなティアナにフェイトは苦笑、いや苦い表情を笑顔で隠した。
 少年の心を忘れないと恭也は嘯くが、それは真実の一端を口にしているに過ぎない。
 はやてから少しだけ聞いた事がある。

 ――恭也は、未だに帰りたがっていると。
 ――だから、この十年、恭也の態度も性格もあまり変わっていないのだと。
 ――変わってしまったら、それはこの世界に自分が根付いていしまうのではないかと危惧しているからだと。
 ――自分が変わらない事で、恭也の家族との繋がりを少しでも保とうとしているのだと。

 正直、フェイトはそこまで深く考えた事はなかった。ただ恭也の強烈な個性を前にして、驚いているばかりだったからだ。彼が帰りたいからこそ、自分を変える事無く日々を過ごしていたなど、全く想像すらしていなかった。
 だから、ある意味あの性格や態度は仕方ないことなのだ。仕事が面倒とはっきり言うのは、この世界で誰かと関係を作ってしまう事を嫌っていることから来る 愚痴だし、誰に対しても容赦のない言動をするのは、いてもいなくても良い存在か嫌われ者の方が、もし帰る事が可能になった時、後腐れがなくなるためだろ う。
 恭也はずっと、帰る準備だけは整えている。それが少しだけ寂しいかな、とフェイトは思う。

「恭也さんは、その、あんまり構わない方が良いと言うか、正面から応対するべきではないと言うか、とにかくまともに向き合うと自分が参っちゃうから……」
「なにやら普通に俺が虚仮下ろされてるんだが?」
「きょ、恭也さん!? いつこちらに還って来たんですか!?」
「あ、ひっどいなーフェイトちゃん。芸人言うんは常にお客さんの表情に注意を払ってるものなんよ?」
「うむ。ギャラリーのコンディションを見つつ、テンションの上げどころなどを微妙に変えて笑いを強引にでも引き出すのがプロ中のプロなのだ」
「また性懲りもない事に凝ってますね」
「正しく懲りないのでな」

 揚げ足取ってばっかりだ。

「とにかく、恭也さんビギナーのこの子達で遊ぶのはもうちょっと自重してもらえませんか?」
「……その前に訊ねたいんだがね、フェイト嬢。何故俺に対して難易度設定されているんだ?」
「そら恭也菌の耐性度合いに決まっとるやろ」
「俺は重汚染物か!?」
「それよりも性質悪いもんや」
「暴言が過ぎるぞ娘よ」
「そろそろ落ち着いて欲しいんよ娘的には、おとーさん?」

 不敵な笑みで笑い合う二人。少しずつ高まっていく緊張感を敏感に感じ取ったフェイトは、空かさず二人の間に入った。

「二人ともそこでストップです」
「フェイト嬢」
「フェイトちゃん」
「二人はここがどこだか解ってますか?」
『食堂。今日の日替わり定食は五目炒飯もどきと豚汁にほうれん草の和え物』
「いえ、定食までハモるのは……ともかく! 食堂なんです、ご飯を食べるところなんです、決して漫才を繰り広げる舞台ではありません!」

 余計なツッコミを勢いで消したフェイトは、その勢いのままびしっと二人に告げた。

「む、こりゃ失敬。そうだったな。すっかり冷めてしまったが、俺も飯を食べるところだった。それをはやて嬢に邪魔されたのだ」
「む、元はと言えば恭也さんが妙に回りくどくティアナを煽るような台詞回しをしてたのがそもそもの原因で」
――はやて? 恭也さん?

 再び漫談に入る二人。その時、急激にフェイトの周囲が重くなった。重力操作はされていないはずなのに何故か引き摺られるような、押しつぶされるようなそんな圧力を感じる!

「う、うむ。食事は静かにだな、そうだなはやて嬢?」
「もももも勿論や。私、ご飯に関しては少々五月蝿いんやよ?」
「じゃ、静かに食事できるよね?」
『はっ、勿論でございます!!』

 最敬礼して、二人とも着席する。やれやれこれでやっとまともに昼食ができる。
 全員、改めて席に着き食事を始めたところで、はやては恭也に用向きがあったのを思い出した。

「あ、そうそう恭也さん」
「ん?」
「ゲンヤさんはどうやった?」
「え? お父さん?」

 唐突に出てきた家族の名前に、スバルは思わず声を出してしまった。そう言えば、スバルには何も言っていなかったとはやては軽く説明する。

「フェイト隊長のお使いでな。108部隊に顔出してもらったんよ」
「捜査の途中経過の報告をね、シグナムと恭也さんにお願いしてたの。ごめんね、何か伝言とか聞いておけば良かったね」
「あ、いえっ! メールしてますし、別に何か伝言とかはないんですけど」
「ほうか? まあ、それやったらええんやけど」
「どっちかって言うと、お父さんとギン姉、あいや姉がどう思ってるのか気になりますけど」
『あー、確かに』

 異口同音にその場にいた全員が頷いた。失礼千万だ、とは思わない恭也。逆に、それが当然とさえ思っている。

「シグナムが言うには、いつも通りだったみたいだけど」
「最終的に気に入られたみたいやけどね。さっき早速恭也さんのことのメールに書いてあったんよ」
「なんて書いてあったの?」
「『個人的に酒を交わしてみたいから近日中に連れてきてくれ』やて。いやー、まさか一発でそこまで気にいられるとは私思いませんでしたわー。どんなネタを披露したんです?」

 流し目で隣の恭也を見るはやてだが、恭也はキャベツの千切りを生姜焼きで包むのに忙しかったので気にしなかった。

「自分のことでもとことん気にしませんね、この人はもう」
「お父さんがお酒……? え、気に入られてる!? 嘘ぉ!」
「ちょ、スバル落ち着きなさいって!」

 勝手にパニックに陥っているスバルは自称相棒じゃないと公言する少女に任せておいて、

「実際、108部隊とは捜査協力してくれるように頼んでるから、近々あっちの方と顔合わせするんで、皆もそのつもりでな」
『了解です』
「う、うぅ、高町隊長ぉー、どんな話したんですかぁ! 教えてください!!」

 ゲンヤに気に入られた発言に動揺するスバルは恭也に泣きつくように言った。ゲンヤは、口調はやや荒いものがあるが、基本的には温厚な人物であり、周囲に 頼られる事の多い人間だ。当然彼自身を好人物と捉えている人間は多い。しかし、ゲンヤ自身が気に入ると言う事になると事情は異なってくる。
 見た目に反して、懐の読めない相手や自分の手に負えなさそうな力や思想を持っている相手に対してはしっかりと線引きをする。それは誰しもが無意識意識的 にする行動だが、ゲンヤはその線引きをはっきりとさせすぎる部分がある。嫌いな物に関してはとにかく厳しい反面、気に入ったものは何でも構ってしまうの だ。一種子供染みた贔屓であるが、周囲に悪感情を抱かせないのはゲンヤ特有の持ち味と言ったところか。
 ただ、ゲンヤに気に入られるにはなんとも難しいのだ。考えが少々特殊なのだ。それは、ナカジマ家がなのは達の故郷である地球の、それも日本と言う地域の 出である事が関係してくる。平たく言ってしまえば、ゲンヤは古式ゆかしき日本人的な美的感覚の持ち主で、一見軽薄そうでいて、その実全くの質実剛健と言え る信念を好ましいと思ってしまうのである。恭也の性格はゲンヤ的にストライクゾーンど真ん中だったらしい。

「とりあえず、ゲンヤ隊長を凹ましたな」
「だからあんた階級無視するんじゃないわよ!」
「良いツッコミやティアナ」
「と言ってもな、あっちもあっちで職務怠慢だったんだ。まあ、自覚してたし反省もしたようだから別段問題があるわけじゃない。気にしなくて良いぞ?」
「だから、上司を凹ます言動をして問題ないって言ってるのが問題なんです!」
「そうなのか? はやて嬢」
「さあ? 私も恭也さんと同じようなことしてきたけど、怒られたことないなぁ」

 この場合、はやての能力を恐れて何も言えなかったと言うのが大筋の事情だ。無論、はやては解っていて時には制度や慣習を無視して発言した事もある。父親張りの押しの強さを見せたとか。見習わなくて良いところだけ見習っている彼女だった。

「まあ、その辺の大人の世界はまだ早いんで、ティアナ達は安生訓練に励みや。と言うか、若い内からそんな腹黒い世界に突っ込む方がどうかしとる」
「はやてが言う事かな?」
「フェイトちゃんも言えへんね」
「若い身空で、もう腹が黒いのか。とりあえず『野菜生活』を調達してきてやるか?」

 海鳴に行きたがらない男、高町恭也。しかし、海鳴以外ならちょくちょく足を運んでいたりもする。こだわりはこだわりであるが、妥協するところはとことん妥協する男、高町恭也。彼的に、知り合いと会わなければどこへでも足を運ぶのだ。無論必要があれば、と注釈が要るが。

「まあ、この二人……いや、こいつ等の知り合い関係の同年代はどうにもおかしい奴等ばっかりだから自分と比較するなよ? 軽く三日くらい凹み続けるから」
「ですよね!!」
「ティ、ティアナさん? あれ? 今までの空気の悪さは一体どこへ!?」

 同士を得たと言わんばかりに恭也と硬い握手を交わすティアナ。さっきまでの胡散臭げな視線とか態度とか銀河の果てにぽぽいのぽいしていた。

「辛いですよね! 知り合いが凄腕って!!」
「だよな! 年下の癖に上司なんて一番最悪だ!!」
「今まさにその上司が隣でお茶をしばいてるんですが?」
「お前は俺の娘だ」
「っ、ちょ、それは反則――なんて誤魔化されるとでも?」
「な? こんな人の言葉を欠片も信じられないようになってしまう上級職に好き好んで就くんだぞ? こいつら。正直神経を疑う。やっぱ、凡人と才人は根本からして違うんだよ」
「ですよね!! あいつら人の努力を一足飛びで超えて、かつ足場にしますからね!!」
「あのー、ティア? なんでそこでアタシを見るのかな?」
「別に他意はないわスバル」
「物凄く平坦なところに欺瞞を感じる!!」

 とまあ、なにやら凡人連合軍なるものが出来上がっている様子。さっきまで一方的にではあるが反目していたティアナがあっさり手のひらを返した辺り、彼女 も隠してはいたが周囲の成長速度に危機感を抱いていたようだ。それが少しでもなくなって、もっと広い視野を手に入れられれば、立派な指揮官になれるだろ う。
 はやては密かに安堵の溜息を吐いた。懸念していた問題が表層面だけであるが表出してくれたからだ。あとでなのはと話し合いの場を設けなければとスケジュールに加えて、自分の食事を片付ける事にした。

〜・〜

 全員昼食を済ませてそれぞれの持ち場に戻っていった。フェイトはシャリオを連れ立っていった。少しだけ耳に挟んだ会話からするに、フェイトの調査の手伝 いをシャリオに頼んでいるようである。新人組は四人固まって彼女達のデスクがあるほうへと行った。午前中の訓練の報告書でも書くのだろう。
 食堂から格納庫へと向かいだした恭也を追う様にはやてが小走りに隣に駆け寄ってきた。

「中々上手いですね」

 そして、はやては恭也の腕を捕まえて、こんな事を言った。突然何をいわんや、である。

「そうか? 今日のはちと生姜の味が濃すぎていまいちだった」
「それは後で食堂に言っておきます。でなくて、さっきの奴です」
「何の事だ?」
「ティアナのフォローですよ」

 明らかにとぼけてみせる恭也に、はやてははっきりと言った。これまでは恭也のその演技に付き合ってきたが、今後は乗らないと決めたのだ。滅茶苦茶乗りたいのであるが。

「個別訓練課程に入ってから、若干伸び悩んでるみたいでなぁ。まあ、周りが順当過ぎるぐらい順当に育ってるんで、焦ってるみたいなんよ。ここらでガス抜きさせなってなのはちゃんと話したんだけど、必要なかったみたいやわ」
「だから何の話だ? ランスターが伸び悩んでるのか?」
「……恭也さん。いくら自分を無能扱いしても、夥しいほどにあなたには実績があるんよ? 美由希さんって言うな」

 そこで観念したのか、恭也は短く溜息を吐いた。

「……個人的な見解だぞ?」
「十分参考になりますよ」
「たった一人しか弟子を取らなかったのにか?」
「三つ年下の弟子を、しかも五〜六歳から弟子扱いしてる時点で恭也さんはかなり破格の存在ですよ。自分も美由希さんも鍛え上げたんですから」
「そう持ち上げても何も出ないんだがな。――さて」

 何から話そうかと、恭也は考えて、そう言えば自分はティアナについて殆ど知らないと言う事を思い出す。なら、知らない人間が一方的なイメージを口走って いるだけと言う事になる。言動に責任を持つのは大人の仕事であるが、この場合個人間の戯言止まりだろう。どこまで参考にするのか知らないが、無責任に喋ら せている時点で、自分に責任は回ってこないと恭也は踏んだ。
 その推測は正しい。はやてはあくまで参考に、しかし、自分と同意見、または同じ材料がありながら自分が気付けなかった部分を示してくれる事を望んでいるのだ。当てずっぽうでも良いから、様々な見地からの意見とデータが欲しい所なのだ。

「ランスターは自分を型に嵌めて力を発揮するタイプだ。よって、変則的奇抜的な行動、作戦、アイディアはあまり持っていないんだろう。地道に自分の体に刻んだ技術で勝負する人種だ。これは俺に似ているな」
「恭也さんの場合、デフォルトの戦い方が既に奇抜でしたね」
「俺自身は普通なんだがな。質量兵器の生産、運用を禁止しているこの世界じゃ、俺のような人間は異端なんだ」

 現在の恭也ならば、魔法を併用すればサブマシンガンを某大泥棒の剣豪よろしく全て弾くことも可能と言えば可能である。絶対やらないが。だって刀駄目になるし。

「体一つで勝負してきたんで、正直魔法に少しでも才覚があれば超人紛いの事が出来るこの世界の方が俺には怖いな」
「怖い?」
「空を制するものは世界を制する――人が自由に飛びまわれると言う事は、即ち神に等しい。降臨、と言う言葉があるだろ? あれは、空が神の世界と考えられていたから出来た言葉だ。空を飛ぶと言う事はそれだけ、異端であり神々しい」

 そして、だからこそ怖い。

「Aランク級の魔導師が地球で暴れまわってみろ。とりあえず、アジア諸国は制圧できる。それだけ人単体で空を飛ぶと言う優位性は絶対的なものなんだ。かつ、魔法なんて言う埒外の力で、遠距離攻撃できる手段がある。扮装地帯に行けば英雄扱いか、宗教でも開けるな」
「まあ、そらそうでしょうけど、局員はそんな事しませんよ?」
「そう言う教育をしているからな。今のところその教育はしっかり行き届いているようだが、この先もそうだと願いたいものだ」

 そこで恭也は脇に逸れた話を元に戻した。

「ランスターのことだったな。あの子の場合、性格もそうだが強くなる事に必死になりすぎている嫌いがある。あの子をそうさせている理由がこの話の肝だろう」
「それな……」
「言うな。俺は聞きたくない」

 はやての言を止めて、恭也はかぶりを振った。恭也は立ち入った事を聞く気はなかった。興味もないし、必要も無い。だから聞かない。なにより、別の理由がある。

「そこを改善なりなんなりするのはなのはの仕事だ。俺は昇進試験をさせられてる偽上司に過ぎないんだぞ?」
「真の上司になりましょう」
「嫌だ」
「ま、それはともかく続きをどうぞ」

 調子の良い。しかし、その軽妙さは恭也にとっても心地良いものだ。打てば響く関係と言うのはこのことか。

「まあ、あの年代にしては腕は良い。度胸も、ある程度の場数を踏んでいるようだから心得たものだ。あの子に不運なことと言えば、周囲が優秀、あるいは平均 以上の才能を持ち、わずかばかりでもその片鱗を発揮している事だ。実際問題、あの子はここに連れてくるんじゃなくて、武装隊の一部隊に配属させた方が適し ているんじゃないか?」
「それは私等三人、それとシグナムも考えたんやけど……結局こっちに引っ張る事にしたんよ」
「外法か」

 はやては頷いた。
 つまり、恭也が言ったような、一般的な能力を有し、小隊規模の連携が発揮できる中でこそティアナは一番実力を示せる。彼女が時折戒めのようにぼやく、凡 人ゆえの才能の低さは、確かに一個人としては平均並だろう。ただし、彼女は人を使う事に向いている。個人の能力を組織的に運用し、その強さを何倍にも出来 る才能がある。だから、その方向性を示し、かつ彼女の意識改革をしてやらなければならない。
 しかし、一方でその成長はやはり凡俗に伏してしまうと言う点がある。荒波に揉まれるほど人は強くなれる。周囲の環境が人を強くすることもまた確かだ。そ の点で言えば、六課は高い実力と実績を持つ人物で溢れかえっている。誰もが何某かのプロフェッショナルだからだ。その中にいれば、自ずと引っ張られるよう に実力を高められるだろう。最終的な力の強さで言えば、こちらの方が上だ。己の限界を周囲が壊してくれる環境にあるからこそできる、一種裏技的な訓練法で ある。はやて達はそれを期待して、ティアナを六課に招いたようだ。

「だが、外法は外法なりにリスクがある」

 周囲の実力の高さと自身の力のギャップ。相棒が高いところへと登っていくのに、自分は未だに地を這っている。その差をまざまざと見せ付けられれば、最悪心を潰してしまう事になりかねない。

「それは承知の上や。出来る限りの対策は練ってあるし、そもそもやばい事にならないように気は払ってる」
「にしては、さっきの噛み付き具合は拙い兆しなんじゃないか? かなり鬱憤を募らせてるように見えるぞ」
「あー、うん、どこかでガス抜きさせよとは思ってたんよ。そろそろ第二段階の試験もあるし、それ終わったら休養日を設けよ思ってて」
「その前に爆発した訳か」
「どっちかって言えば、恭也さんが爆発させたようなもんやけどね」

 失礼千万である。まるで自分が人のストレスの原因のような言い方をするなんて。

「自覚的にやってるくせに」
「まあ、新人たちには少々甘めにしてるんだがな。お前等と違って繊細だし」
「私等、そんな図太いですか?」
「極太だな」
「いやん、女の子にそんな極太とか言ーたらあかんで?」
「さてな。まあ、ランスターに関しては若干注意しておけ、くらいしか俺には言えん。美由希とはまるでタイプが違う。あれは潰しまくってもへこたれない根性 の入った奴だったからな。ランスターはその点では脆い一面がある。……大体、教育者として経験積んでるのはなのはであって、一人しか育ててない俺に聞く方 が間違ってる」
「うーん、まあ、なのはちゃんを信用してない訳やないんけど、なんとなく恭也さんなら、恭也さんなら何とかしてくれると思ってまうんよ」
「落ち着いていこう、まだ慌てる時間じゃない」
「ここぞと言うときには頼りにしてるんやからね、皆」

 どんな信頼のかけ方だ。恭也にしてみれば、何故そこまで信じられるのかが信じられない。第一、彼女達に彼が何かをしたわけでもない。むしろ、七ヶ月ほど だが八神家に居候していただけであり、恭也はただ食費と光熱費とガス・水道代、まあ所謂生活費を負担させたのである。むしろ厄介者の謗りを受けてしかるべ きなのに、この態度。
 恭也には全く及びもつかない話だった。

「年長者として頼られるのは吝かじゃないが、俺にできることなんて早々ないだろうな。刀振ってるだけが楽しみの、枯れ男だし」
「そうやって自分を貶めるのは止めなさい言ーてるでしょーに。少しは威厳を持ってください」
「嫌だ」
「子供やなぁ」
「……前にな」
「え?」

 突如、雰囲気を暗くして恭也はぽつりと言った。
 今までとのギャップに、はやては目を見開いて恭也を見た。

「前に、家族に言われた事がある。『威厳持ちすぎ』『性欲枯れすぎ』『盆栽熱中しすぎ』と。後ろ二つはともかく、『威厳持ちすぎ』と言われたのが高校入学くらいの時期だ。俺だって十代半ばだったんだ。そんな事を言われて平気だったと思うか? 普通に傷ついてたんだぞ!?」
「いや、私にそれを言われても……」
「大体、17の若造に威厳もクソもあるか!? 俺はただ普通に盆栽を愛でて、弟子を張り倒してただけなのに!!」
「ちぐはぐな行動ばっかりやなぁ」
「だからそう! 今の自分は精神的に若返っていると言っても過言ではない。あれだな。高校時代の同級生に会ったら物凄い顔されるのが目に見えるようだ!」
「あのー、色んな意味でツッコミどころが満載なんやけど、これはあれですか、逆意でツッコミ不可とかそう言う事ですか?」

 苦い過去を思い出してテンションが高くなってしまった恭也は、大いに高笑いしていた。そんな姿を見て、はやては思う。ああ、やっぱこの人悪役が適任やなぁ、と。

「げふげふ、久々に笑ってしまった。喉が痛い」
「喉が痛くなるまで笑う方が珍しいわな。はい、のど飴」
「む、ありがたく頂戴する」

 時代がかった謝罪を述べる恭也。そう言うところが枯れてるとか言われる原因だと気付いてないのだろうか。きっと気付いてないんだろうなぁ、と八神家の家長は思った。自分でこれなのだから、恭也の家族達はさぞかし痛感していたに違いない。時折恭也が語る昔話の中での印象であるが、桃子は相当危惧していたんじゃないかと思う。頼れる男を地で行く息子に浮いた話がない事を嘆いていたに違いない。自分もそうだし。

「若いつもりなのはまあいいですけど、年齢に見合った態度を心がけてくれると私は嬉しいんですけどね?」
「と言ってもな、コロコロ、三十三って微妙な歳だろ。コロコロ、若いのかおっさんなのか、コロコロ、分類に困る年齢だ」
「飴舐めながら喋るの可愛い!!」
「ていっ」
「あいたーっ!?」

 容赦のないチョップがはやての脳天に振り下ろされていた。いつ打ち込まれたのか解らないが、だからこそ突然の激痛にはやては廊下を転がりながら、全身で悶絶を顕した。

「はやて嬢。男はな、いくつになっても可愛いと言われて満足できる生物じゃないんだ。まして、三〇がらみの男を捕まえて可愛いなど、虫唾が走るわっ!」
「ぉぉぉぉ、まだくわんくわん来よる」

 旋毛の辺りを押さえて、よっこいしょと立ち上がる。膝に力が入らないので、恭也にしがみつきながら何とか立ち上がった。微動だにしない恭也のおかげですんなり立ち上がる事が出来たが、はやての顔は若干の不満を表していた。

「むぅ、年頃の女の子にしがみつかられて何にも反応なしかい。そう言うところが枯れてる言われるんやよ?」
「お前くらいのに掴まれてもなぁ。美由希と取っ組み合いとかしてたから、全くもってそう言う感情が湧いて来ないんだ」
「どこまでもそう言う展開にならないんやね」
「まあ、この場合、はやて嬢よりも馬鹿弟子の方がスタイル良いしな」

 ――スパーン!

 どこから出したのか、はやての右手には刃渡り(?)90cmのハリセンが握られていた!

「馬鹿な!? この俺が見えなかっただと!?」
「言うに事欠いて、人の身体的特徴を比較するのはよろしくない行為ですよ?」
「しかし、ちっちゃいだろ」
「ちっちゃい言ーな! これでも大きくなったんや!」
「しかし、平均間際だろ」
「超えとるっちゅーねん!!」
「フェイト嬢はおろかなのは以下なのは否めない」
「それは確かに否めんわーん!」
「泣くのか嘆くのかどっちかにしたらどうだ?」
「泣き嘆きや!」
「ただくっつけただけだろそれ」

 日本語としても語呂が悪い。
 普通に傷ついたはやては廊下の隅でのの字を書いていじけ始めた。と言うか、そのリアクションは使い古されて新鮮味がない。

「ふん、ええんや。私にはシグナムゆーエロイ子がおるからなっ」
「ああ、それには深く同意する」

 何を隠そう八神家の次女シグナムは八神家のエロ代表なのである。見た目どおりに凄いんだよ?

「どうしてシグナムはああも色気がなさそうなのにエロイんやろか」
「さあ?」
「やっぱあの凶悪な胸やな。風呂の時に揉むんやけど、あの感触はやばすぎるっ!」
「お前、そんな事してたのか」
「あ、最近ヴィータのも大きなったんよ?」
「あいつ等成長しないんじゃなかったのか?」
「女体の神秘って奴やね」
「それで片付けるのはどうかと思う」
「いやいや、シャマルのお腹周りが年々やばなっとるんやし、不思議じゃないよ?」
「ああ、なるほど」

 恭也はそこで納得する。いや、してどうするよ。緑の金髪さんが草葉の陰で泣いてるよ?(死んでないです!! って言うか久々の出番にしてもこの仕打ちは酷いと思います!!

「あの子等も変わってきてるんやし、恭也さんも少しは変わったらどうです?」
「馬鹿かお前は。折角手に入れたこの個性、自ら捨てるなど万死に値する!」
「まあ、私もその芸風がなくなるのは避けたいところですが……」

 しかし、それが弊害になる場合もある。と言うか、昇進できてない理由の八割方がそれだ。恭也自身はデメリットに感じていないが、はやてにしてみれば歯痒い思いをさせられているのだ。もっと彼を正当に評価してもらいたいと。

「この話は追々していきましょう」
「せんでいい」
「恐縮ですが、恭也さんもティアナの事、目をかけてて欲しいんです。適度にガス抜きしてくれると助かります」
「恐ろしいまでのスルーだな」
「あ、ティアナだけじゃなくて他の子達も面倒見てくださいね」
「ついでのように用事を押し付けるな!」
「期待してますんで」
「最後までスルーだよな!」

 いつの間にそんな技能を身に付けたのだろうか。ああ、先日までの素直なはやては何処に。
 恭也の肩を叩くはやてと、娘の成長路線が望まぬ方向に突き進んでいる事に涙を流す偽父親。そんなシュールな二人に声をかけた勇者がいた。

「あ、高町の旦那、と八神部隊長」
「およ、ヴァイス君」
「ああ、ヴァイス陸曹」
「だから、畏まった敬礼しないでくださいよ。しかも下手だし」
「喧しい」

 恒例のやり取りをして、ヴァイスは本題に入った。

「旦那、ちとお時間いいっすかね?」
「ああ、いいぞ。別段用事はない」
「じゃあ、旦那借りてきますね、八神部隊長」
「まだ言い足りないけど、まあええわ。私も仕事に戻るな」
「お疲れ様ーっス」
「恭也さんの面倒よろしくなー」
「お任せあれ」
「俺は子供か」

 同じやんか、と至極失礼な台詞を残しながら、はやては執務室の方へと去っていった。それを見送って、恭也はヴァイスが自分を呼び止めた用件を訊ねる事にした。

「で? 何の用なんだ?」
「そう言えば、旦那にしては珍しく無条件で引き受けましたよね?」
「いい加減小言は避けたかったんだよ。最近口喧しくなって来たからな。はやて嬢しかり、なのはしかり」
「さすがの旦那も妹さんと娘さんには形無しみたいですね」
「正直うざったい」
「そう言う事は思っても表に出すもんじゃないっすよ」
「身内には素直なんだ」
「ナチュラルに酷いですね……」

 言い直せば、身内に遠慮は無用なのだ。高町家の極普通の家訓である。

「ま、その話は置いといて。この前頼まれてたオーバーホールなんですがね」
「どっちのだ?」

 実は、恭也はヴァイスに自分が所有する車とバイクの修繕、及びメンテナンスを頼んでいたのだ。前の部隊ではかなり酷使していたし、最低限のメンテしか出 来なかったからである。恭也にその手の技術があまりなかったこともあるが、任務などで使用した後は疲れて眠ってしまい、その直後また任務に駆り出されるな どの生活サイクルだったので、本格的なメンテナンスの時間が取れなかったのである。
 極たまに任務が一ヶ月ほど全くない空白地帯が発生することもあるが、そうなると今度はいつ駆り出されるのかと、一種職業病のように落ち着かず、そっち回りに気が向かなかったのである。
 それで、六課に異動した機会に、それもヴァイスがここに入る事を幸いに、マシンのメンテナンスを頼んでいたのだ。

「とりあえずバイクの方です。そっちの方が早く終わったんで」
「もう使えるのか?」
「後は慣らしだけです。でまあ、それを俺のほうでやっていいのかちょっと聞きたかったんす」

 それを聞いて、恭也は半眼にしてヴァイスを見た。

「お前、乗りたいだけだろ」
「あ、ばれました?」
「ばれないでか」
「いやー、だってかなり珍しい型じゃないっすか。今時ガソリンで動く奴は殆ど出回ってないんすよ?」

 クラナガンでは地球よりもエコロジーに対しての技術力が高い。魔法と言う技術とは別に、科学力と言う点でも数世代先を行っている。地球で未だ研究中の水素エンジンの実用化、及び小型化に成功しているのである。
 ただ、日本車に比べれば高い。こちらでも水素エンジンと言うものはかなり高い物のようである。だが、注目すべきは車体価格ではない。特筆すべきは燃料費 だ。水素エンジンである。となればその燃料は当然の如く水。多少の科学的な処理が必要とは言え、原油からガソリンを精製するよりはコストは安い。なんと 言っても水自体の価格が安い。それこそ湯水の様にあるものなのだから。総合的なコストを考えたとき、水素エンジンのその価値と言うものはガソリン車の比で はない。その価値を見出したクラナガンは、殆どが水素エンジン車で埋め尽くされている。
 しかし、恭也の愛車及び単車は完全無欠のガソリン車である。

「あっちから古いのを買い付けただけなんだがな」

 あっちとは無論地球である。ただ、地球産のバイクや車がクラナガンのパーツの規格と合致するはずもないのだが、何故かホ○ダ製の車とバイクだけはパーツ の相性がいいと調べ上げて、恭也はそれを購入したのである。さすがは世界のホン○と言ったところか。クラナガン製のものを買わなかったのは当時金がなかっ たからに他ならない。
 まあ、今では維持費に死ぬほど金銭を浪費させられるので後悔しているのだが、なんとなく愛着があるので手放していないのである。

「まあ、そう言うことなら別にいいぞ。壊さなければ俺も文句は言わん」
「おっしゃ、了解っス。じゃ、早速走らせてきますね」
「慣らしが終わったら教えてくれ」
「承知してまっす」

 意気揚々とガレージへ去っていくヴァイスに、恭也は苦笑を浮かべる。よほど嬉しいのか、鼻歌まで聞こえてくる始末だ。

「さて、用事を済ませよう」

 そうして、ようやく一人になった恭也は個人的な用事を済ませるため、第三工作室へと足を向けるのだった。

〜・〜

 六課の地下二階にある一室。そこには情報解析室と名札の付けられた部屋がある。六課に入ってくる情報を統合、解析するための部屋であり、入手したデータ全てを一元管理している場所でもある。
 そこに、フェイトとシャリオがいた。

「レリック自体のデータは以上です」

 数台設置されている端末の一つに腰掛けたシャリオは、正面モニターにレリックの立体モデルと、材質、内包魔力、実寸、質量など諸々を含めたデータを表示させていた。

「封印はちゃんとしてあるんだよね?」
「はい、それはもう厳重に。地上本部の第八地下金庫に保管されてます。対魔法処置も施してありますよ」

 管理局でも未だにレリックの利用方法は判明していないが、これを求める勢力があると言う事は、レリックの利用方法を知っていると言う事だ。となれば、取 れる方法は今のところ一つしかない。敵に使われないようにロックをかけてしまう事だ。少々大げさとも取れる処置だが、地上本部の上層局もレリックが齎す危 険性に関しては憂慮しているようで、このような処置が取り計らわれている。

「――それにしても、良く解らないんですよね。レリックの存在意義って」

 シャリオはこれまでフェイトや六課が捕獲してきたレリックを調べてきて、常々思っていた事があった。

「エネルギー結晶体にしては良く解らない機構が沢山あるし、動力機関としてもなんだか変だし」

 技術者からの観点で言えば、機械とは、究極的に言えば誰しもが使える形である事が望ましい。それは、誰がどう扱っても機能する形であり、たとえ原理が解 らずとも操作方法さえ知ってしまえば、どの機種であろうとも使える点だ。つまり汎用性と利便性を兼ね備えたものが機械の強みなのだ。
 スタンドアロン、ワンオフなどの一品物もそそられる物がある。それしか持ち得ない造形美、機構美がある事はシャリオも認める。技術屋ならば、誰だってそ うだろう。だけれど、最終的に行き着くのは誰もが均等に使える万能性を持ったものだ。電話やテレビなどはその際たるものだ。あそこまで普及せずとも、人が 直感的に使える機械と言うものは技術屋として極めたい頂点の一つなのだ。
 そんな考えを持つシャリオからすれば、レリックのこの使途不明さは不可解であり、不愉快でもあった。

「まあ、すぐに使い方が解るようなものならロストロギア指定はされないもの」
「そうなんですけどねぇ……」

 だからこそ、シャリオはロストロギアと言うものが好きになれないのである。
 一先ずレリックに関しての資料を纏める。ファイルにコピーする間、シャリオは先日捕獲したガジェットの解析データを呼び出した。こちらも纏めてファイルにコピーしようと思ったのだ。

「あ、それってガジェットの残骸データ? いつのものなの?」
「これはこの前の新人達の初陣の時に捕獲したものです。解析が終わったんで八神部隊長に報告しようと思って」

 解析されたデータを一通り確認する。
 残骸の捕獲数と種類。注目すべきは今回初遭遇した新型であるが……、

「特に目新しいものはないですね。シグナムさんやヴィータさんが捕獲したものと違いはないです。新型も期待したほど得られるものはなかったみたいですし」

 そう言いながら、新型の内部構造を撮った画像を一枚ずつ捲っていく。機種が違うのでそれなりに内部構造は異なっているが、使用されている部品や構成は同じ理論で作られている。入力されてるプログラムも一型や二型のアレンジが入った程度だった。
 その時、フェイトが鋭い声でシャリオを止めた。

「待って。ちょっと戻ってくれる?」
「え? あ、はい」

 言われて、気持ちゆっくりと画像を一枚ずつ戻していく。
 割れた射出レンズ、砕かれたマニピュレーター、暴かれた基盤、機体全体を巡るコードの全景――、

「行きすぎた。その一つ前、内燃機関の分解図を見せて」

 そして、フェイトは見つけた。見間違いではない。十年経とうとも忘れられないものが、そこにあった。

「これ……ですか? 宝石? エネルギー結晶ですね」
「ジュエルシード……」
「これが何か、知ってるんですか?」
「昔ちょっとね」

 そう言葉を濁すフェイトに、シャリオはそれ以上訊ねなかった。フェイトが纏う雰囲気が硬くなったこともあるが、何より、言葉を濁したと言う事はそれ以上踏み込んで欲しくない気持ちの表れだからだ。

「おかしいわね。あれは本局の保管庫にしまわれてるはずなのに」
「本局にですか? え? で、でもそれがここにあるのっておかしいですよっ」
「うん。誰かが持ち出したのか、あるいはまだ他に残ってたのか」

 後者の考えを、フェイトは内心で否定する。
 十年前、フェイトがなのはと出会ったきっかけ。今ならば懐かしいと思えるようになった記憶。しかし、同時に悲しいと言う感情も湧いてくる過去。それらを今は奥にしまい、必要な情報を拾い上げる。
 ジュエルシードは全部で二十一個存在していた。PT事件の終盤に、九個が失われ、残りの十二個を管理局で管理する事になったのだ。
 だがもし、二十二個目以降が存在していたら? いや、それは詮無い考えだ。ジュエルシードは古い文献にすら登場するロストロギアだ。その数は総じて二十 一。それ以上の数が文献に登場した場面はない。むしろ、ジュエルシードの生誕を描写した文献には二十一と記されている。他の文献と照らし合わせても、確認 されている以外のものがあるとは考えにくい。
 ならば、あれは管理局から持ち出されたものだろう。兄に確認を取る事を決めたフェイトは、踵を返しかけて、足を止めた。ジュエルシードが組み込まれた回路の傍の一枚のプレートに目が釘付けになったからだ。

「シャーリー、ジュエルシードの右上を拡大して。あのプレート」
「解りました」

 拡大された画像を見て、フェイトは険しい表情を見せる。
 プレートに刻まれていたのはクラナガンの公用文字だった。ガジェットの機体名――と言うより、製作者の名前だろう。
 それはこう書かれていた。

「――ジェイル・スカリエッティ」

 フェイトは椅子越しに端末を操作する。呼び出したデータは一級犯罪者リストだ。

「Dr.ジェイル・スカリエッティ。ロストロギア関連事件を始めとした数え切れないくらいの罪状で、超広域指名手配されてる一級捜索指定の次元犯罪者だよ」
「次元犯罪者……」

 何故名前を見てすぐにこの犯罪者に行き着いたのか。怪訝な顔で自分を見るシャリオに、フェイトは厳しい視線をモニターに向けながら説明した。

「この男の事は何年も前から追ってるんだ。存在は知られてるし、その知識と技術力で犠牲や被害を量産するとにかく目立つ男なんだけど、全然尻尾をつかませないんだ」
「でもなんだって、そんな人がガジェットに態々自分の名前を?」
「本人だとしたら挑発。他人だとしたらミスリード狙い。でも、十中八九本人だろうね。これだけのものを製作、量産できるのは恐らく彼だけだろうから」

 悔しいが、それは認めなければならない事実だった。犯罪者とは言えその技術力は管理局のそれを超えるものなのだ。だからこそ、容易に捕まえられないことの証左でもある。

「だとしたら、厄介ね。彼なら、レリックの使用法を解析してるでしょうから。嫌な想像しか浮かばないわ」
「嫌な想像?」

 シャリオの疑問に答えず、フェイトは彼女の言葉を遮るように言った。

「このデータ、すぐにはやてに見せて。あと副隊長以上の人達に会議室に集まるように連絡を」
「あ、はい、解りました」

 掴めた手がかりは少ない。しかし、少ないながらも進展はあった。事件の方向性、首謀者の性格。大体の目星は付けられた。細かい証拠も欲しい所だが、それを見つける道筋を決めるためにも意見が欲しい。
 フェイトはシャリオを連れ立って足早に部屋を後にした。

 ――出来るならば早期解決を

 その決意を胸に秘めて。