あれから三年経った。




俺は管理局の仕事に最初は戸惑ったものの、今では特に情けない失態をせず、この世界の日々を充実に過ごしていた。



また、冬がやってきた。


そして、直に春を迎えることだろう。




彼女たちは中学生に上がるとのことだが、あまり成長していないその背丈のせいでか、まだまだ小学生だろというのが本音だ。

彼女たちにはそんなことは口が裂けても言えないが。



春……



俺は、はたしてその季節を迎えることができるのだろうか?




「…………」




自覚したのは、いつ頃だろうか。




自分の中の砂時計がひっくり返された感覚。


こんな感覚、もちろん生まれて初めてだった。


自分という存在が徐々に薄れていくような錯覚さえ覚えた。


そしてそれが錯覚でないことを、頼んでもいないのに俺の身体が、心が、そうと教えてくれた。


そして、それは根拠もない筈なのに心が納得してしまっている。。




俺は、“いつまでこの世界に存在し続けることが可能だろうか?”



気のせいだと信じたい。




だが――――






もう、時間がない。


おそらく、今日明日中には………






そんな不安を無理やり押し殺し、待ち合わせ場所へ十五分前に辿り着くと、そこには既に俺の待ち合わせの相手がいた。



彼女は、どこか落ち着きなくそわそわとした様子でそこにいる。



俺は少し小走りになり、彼女のもとへ駆け寄った。







「すまない。待たせてしまったか?」



「あ……」







彼女、フェイトは嬉しそうな顔をして俺を見た。





「ううん、私も今来たところ」





笑顔で答えるフェイト。



そんな気遣いにやはりフェイトは良い子だなと、そして同時にとても愛おしく思った。。



この子は、大抵俺より早く待ち合わせ場所にいる。





「雪、また降り始めてきたな」





そう言って、俺はフェイトの頭に少しかかっている雪をパフパフと落す。





「あ……」





顔が赤くなるフェイトに、俺は自然と笑みが零れる。



いつになるか判らない別れ。



俺は、その別れの直前まで、フェイトと一緒にいたい。



そう思った。











それから二人で喫茶店へ入り、色々と最近の近況を話し合った。



最近なのはとユーノが怪しいとか、はやてに彼氏が出来たんじゃないかなど、フェイトは実に女の子らしい話題を振ってくる。



フェイトの話に、俺もついつい熱くなってしまった。



なのはは、俺のいた世界ではクロノと付き合っていたので、個人的にすごく意外というか、嘘を突かれた感じである。



妹よ、俺は時々お前という人間が分からなくなる時があるよ……。



いや、まだ決まったわけではない。



別にユーノが駄目という事ではないんだが……………いや、やっぱ駄目だな。



なのはもなのはで何故俺に知らせに来ないんだ!



確かに今はお前の本当の兄ではないが、お前を思う気持ちは世界を超えても健在だというのに!







「なのはのこと、そんなに気になるの?」



「え? あ、いやまぁ、俺の妹……のようなものだしな」



「……そっか」







そう言って、ストローを咥えるフェイト。



少々熱くなりすぎてしまったかもしれない。



フェイトはチラチラとこちらを伺いながら、目が合うと途端に赤くなり目を逸らす。






「どうしたんだ?」



「い、いえ………」





なんだろう。


気になるな。








それから、デパートに行ったりカラオケなどに行ったりした。



その後臨海公園で安らかなひとときを堪能したりして、フェイトとの楽しい、本当に楽しい時間を過ごした。




楽しい時間というものは早く過ぎるもので、いつの間にかあたりは暗くなっていた。





「もう、十時だね。 こんなに遅くまで恭也さんと一緒にいたの、初めてかも」





クス、と微笑むフェイト。



確かに、個人的にフェイトと二人きりで出掛けることは何度かあったが、ここまで遅くなったのは初めてかもしれない。



いつもの俺なら、ここでフェイト送ってから自宅に帰っているだろう。






「……………あの、さ、フェイト」




「なに?」




「これから、時間………大丈夫か?」




「え……」





フェイトは、どう答えるだろうか。



今日は“クリスマスイヴ”だ。



そんな時期に珍しく長期の休暇がとれたんだ、おそらく、ハラウオン家でもクリスマスの準備を万端にして娘の帰りを待っているだろう。





まったく、俺は嫌な男だ。







「あ、いや、都合が悪いのなら別にいいんだ」





「う、ううん! そんなことない!!」






フェイトは顔を真っ赤しながら返事をする。



いいのだろうか。







「本当にいいのか? 今日はイヴだ。家族で何か催しものとかがあるんじゃないのか?」





「だいじょぶっ。 今日は、その………」





「ん?」





「な、なんでもない…!!」














砂時計の砂が落ちていく。


残りの砂は、もうほんの僅か。



落ち切るまで、俺は何かを残せるだろうか?


















そして、辿り着いた。




「すまない。 結構歩かせてしまって」




「いえ………あの、ここは?」






手首に付けてる時計を見ると、ちょうど0時を切っていた。



二時間も目的地に着くまでに歩かせてしまったというのに、フェイトは息一つ切らしていない。



流石、俺以上の戦闘能力を持つ少女だ。





「ここは昔、俺が元の世界の奴らと一緒に花見をしたところなんだ」





穴場中の穴場で、月村も神崎さんも驚いていた。



もちろん、他の連中は驚きという言葉が足りないくらい驚いていた。



あの時は、かなり苦労して見つけたからな。



学校? 勿論行かずに探したさ。







「ここは、今は何にもない。 だけど、春になれば、これでもかってくらい桜が咲き誇る俺の自慢の場所だ」





「へぇ………」





あたりを不思議そうにキョロキョロと見回すフェイト。





「来年、ここで、皆で花見をできたらなって思う」





「はい、すごくいいと思います」






フェイトは笑って頷いてくれた。







「ここで、ここの世界のとーさんやかーさん。美由紀になのは達……もう一人の俺も混じえて皆で花見。 ………どうなるんだろうな?」







フェイトは困ったような顔をしながら、それでも―――







「それでも、きっと楽しい花見になるんでしょうね」







そう、笑顔で答えてくれた。





俺は涙が溢れそうになるのを必死で堪える。





俺は、思っている。





――――思ってしまっている。







「………別れたく、ないな……」





「え?」







自然と、口から洩れてしまっていた。




俺は、いつからこんなに弱くなってしまったのだろうか?






「別れたくない………って?」






フェイトが不安げな表情で俺を見つめている。



俺は、どうしようもない馬鹿な男だと自覚した。






「俺は…………」






俺は、どうしてこんなにもこの世界に未練があるんだろう。



少なくとも、三年前までの俺は、これほどまでに強くこの世界に留まりたくないとは思わなかっただろう。



理由は?





―――――決まってる。







意を決して、フェイトを真正面から見る。







「フェイト、お前たちと過ごしてきたこの三年間はとても大切な、素敵な思い出ばかりだ」





「え?」





「………あのさ、迷惑かもしれないんだが、俺は、その………」







一呼吸置く。



拙い、頭の中が真っ白だ。



ここまで緊張したことは、かつて俺の一生の中であっただろうか?








「――――――俺は、フェイトのことが好きだ」








言えた。



言ってしまった。





やばい、心臓の音がとにかくやばい。



フェイトは茫然とした様子で俺を見ている。





やがて我に返って―――







「え? え? えぇーーー!!!?」







これ以上ないってくらい驚いていた。





「す、すごい驚きようだな」





「だ、だって、だって………」





フェイトは顔を真っ赤にしている。






「……………嘘じゃ、ない?」



「ああ、嘘じゃない。 俺はフェイトを一人の女性として愛している」







赤かった顔を更に赤くして俯くフェイト。







「…………返事は、しなくていい」





「……………」







聞こえているのか、聞こえていないのか、フェイトは尚も俯いたままだ。



顔どころか、耳まで真っ赤になってしまっている。



俺は、続けて言葉を口にする。







「抱きしめていいか?」





「え………ぁ」







返事を待たず、俺はフェイトを抱きしめた。







「恭也、さん………」



「あったかいな、フェイトは………」







フェイトも、俺の腰に手を回してきた。







「……………恭也さんも、あったかい………」







お互いがお互いのぬくもりを感じ合えるということを、このとき俺はとても嬉しく、とても心地よく思えた。













―――砂が………落ち切る。











やがて、俺達は名残惜しむかのように離れた。






「メリークリスマス、だ。 フェイト」





そう言って、俺はフェイトに自らの愛刀をフェイトに差し出す。





「え………これって、恭也さんの、八景?」





「ああ………君に、受け取ってほしい」





「そ、そんな………この小太刀は、恭也さんにとってすごく大切な物でしょっ? 私なんかが、受け取れませんよ……」





フェイトは恐縮した様子で『八景』を返そうとする。





「………フェイト、俺は他の誰でもない、君だから受け取ってほしいと思っている」





俺の愛刀、『八景』をフェイトに渡す。



この意味をフェイトは察してしまうのだろうか?






「それとも、やっぱ迷惑だったかな?」






クリスマスに女の子に渡すプレゼントが小太刀なんて聞いたこともない。



もしかして、普通に迷惑だったのだろうか。





「いえ、あの…………」





フェイトおずおずと手を伸ばし、俺の八景を手に取ってくれた。







「………ありがとう、ございますっ」







フェイトは笑ってくれた。



笑っているのに、泣いていた。







「私……嬉しくて……嬉しい、はず、なのに………それなのに、涙が……」







俺はフェイトの頬に流れ落ちていく涙をそっと、拭う。



そしてまた、抱きしめた。





俺は、この子と、フェイトと離れたくない!



それでも、砂時計の砂は落ちゆくまま………!!





ずっと―――!





ずっとフェイトと一緒にいたい!!




それなのに―――!!





気づけば、俺も涙を流していた。





「………恭也さん、どうして恭也さんも、泣いているの?」





「…………っ」





「なんで、そんなに悲しい顔で、泣いているの?」





「……フェイ…ト………」





強く、フェイトを抱きしめる。



どうして、俺はこんな形で彼女と別れようとしているのだろう。



せっかく、勇気を振り絞って告白して………それなのに……





――――――俺は、本当に、大馬鹿者だ。





もう、少しも時間がない。



それなのに、俺は彼女に言うだけ言って、消え去ろうとしている。





………なんて、卑怯な男なんだろう。







そっと、フェイトを胸の中から解放する。







「すまない………恥ずかしい姿を見せてしまったな」







情けない男だと自分でも思う。







「あんなに強く抱き締めて、苦しかっただろう?」





「い、いえっ…………」






今からすることも含めて、自分勝手な奴とは、俺のことをいうのだろう。







「フェイト、少しの間だけ、後ろを向いてくれるか?」





「……え? どうして?」





「いいからいいから」





「う、うん……」





フェイトは、戸惑いながらも、俺に背を向いてくれた。



自分がどうしようもない悪人に思えてくる。



多大な罪悪感で心が蝕まれていくなか、俺は言葉を発する。







「俺はこの世界に来て、フェイトに会えて良かった」



「………わ、私も、貴方に……恭也さんに出会えて、良かった」







俺に背を向けながら、戸惑いながらも返事を返してくれるフェイト。





思えば、出会った当初はとても警戒されていたな。



まさかここまで仲良くなれるだなんて、あの頃は思いもしなかった。





二人で街に遊びに出掛けたり、一緒にご飯を食べに行ったり、悲しい出来事があった時は、お互い励まし合いもした。



そして、たまに見せる年相応の可愛らしい微笑み。



その度に俺は胸を高鳴らせていた。





そんなことを一緒にしている内、知らぬ間に俺はフェイトを好きになっていた。



――――恋を、していたんだ……




フェイトは、俺のことをどう思っているのだろう?





気になるけど、訊かない。









「今日この日、俺の傍にずっといてくれて………ありがとうっ」





「………私こそ、今日ずっと一緒にいれて楽しかったし………なにより、すごく嬉しかった」





ごめん。 ごめんな、フェイト。












「あのね、私………その、私も……恭也さんのこと……」





そう言って、私は、我慢できずに振り返った。








「え…………」








振り返った先に、恭也さんはいなかった。





不意に、声が聞こえた気がする。















『さよなら』、と。










その声色は、私のよく知っている声色だった。






「………どう、して?」







さっきまで、すぐ後ろから、私の愛しい人の声が聞こえていたはずだ。



なのに、なんで?







「どこ? どこに行ったの、恭也さん」







――――嫌な、とても嫌な予感がする。



私は、とても悲しくなった。



幾らなんでもこういう冗談はやめてほしい。







「ねぇ! 恭也さん! 恭也さん!!」







急いで周囲、私を起点に半径2km、探知魔法をかけてもどこにも恭也さんはいない。



見つけられない。







「ひどいよ、こんな所に一人にして何処かに行っちゃうなんて……」







一般人なのに、魔法なしで超高速移動が可能なとても稀な人だ。



しかし、そんな彼でも、さっきまですぐ後ろにいたのに、一瞬にしていなくなることなんて可能なんだろうか?





既に半径5kmの探知を終えている。







「……………っ」







なんだか、涙が出てきた。







「………ぅ…うぅっ………っ」







私は、何か彼の気分を損ねるようなことをしただろうか?



彼に嫌われるような行動を知らず知らずの内に私はとってしまったのだろうか?





だとしたら、謝りたい。



彼に会って、謝罪したい。



せっかく、せっかく両想いになれたと思ったのに、こんなのって……








「………ねぇ………恭也さん、どこなの?」








私は八景を胸に抱いて、一人呟く。







頭の隅では、何故彼が突然いなくなったか判ったような口調で私に知らせてくる。




彼は最後、私に『さよなら』と言った。




その言葉の意味するところは―――――



だけど、私はそれを認める訳にはいかなかった。





なにより、どんな事より、彼に嫌われるより、彼に愛想を尽かされる事より、あってはならないことだから。







“恭也さんが、この次元世界の、どこにも居ないなんてことは―――――”







涙が、止まらない。



頭の中の考えを否定すればするほど、今日一日の彼の姿が思い起こされる。



彼は、我慢が得意な人だ。



病気になっていても、身体を怪我していても、膝を砕いてしまっていたとしても、人前では、特に私たちの前では決して顔には出さない困った人だった。



なのに、今日一日中の彼の様子はどうだったろう。



寂しいような、悲しいような、そして少し緊張しているそぶりもみえた。





とても、変な感じだった。



普段は決してそんな姿は見せないのに。





今思えば、あれは彼が必死に助けを求める声だったのだ。





私は彼のいつもと違う不自然さに気付いてそれを彼に尋ねたが、いつもの調子で、「なんでもない」としか返ってこなかった。


それ以上、私は彼の不自然さに口を出さなかった。


彼から誘ってくれた、彼と一緒の最初の記念すべきイヴを、私の余計な詮索で濁したくはなかったからだ。





私は、なんて自分勝手な女なのだろう。







急に力が抜けて雪の地面に膝が付く。



後悔しても後悔しきれない。





次々と涙が溢れてきて、止まらない。











「っ……ぅ……ぅう…っ………恭也、さんっ」









彼との出会ってから三年間の思い出が浮かんでは、消えていく。




「……っ……ぅ……ぅう……っ」




頬を伝い落ちる雫が、地面の雪を溶かしていく。







あの人が残していった八景を、私は精一杯力強く抱き締めてながら、泣くことしかできなかった。









私の初恋は、私自身の手で、その日終わりを告げた。















―――――時計の砂は、落ち切きってしまった。























彼が消えたあの日から、私にとって長い時が流れた。


いつの間にか、彼と私の共有した時間の倍以上が、あれから過ぎてしまっていた。



最初の一年は、彼を思い出すたびに涙が止まらなかった。


家族や友達にとても心配され、支えてもらったりもした。



彼が消えてから、もう七年も経つ。


時が経つにつれて徐々に、彼がいない悲しみが薄れていくのを感じた。

それは、とても寂しいことなんだけど、同時に受け入れていかなくちゃいけないんだと思う。


いつまでも泣いてなんかりいたら、きっと彼が悲しんでしまうから。







今日は、随分久しぶりの休暇が取れたから、皆で“お花見”をする予定。


集合場所は高町家で、高町の皆さん方は準備に少々手間取っているらしくて、私も手伝わせて貰っている。





「あはは、ごめんねフェイトちゃん。 せっかく来てもらったのに手伝わせちゃって」




彼がいなくなってから、なのはにとても心配され、支えてもらった。


なのはも悲しい筈なのに、そんな気持ちを抑えてまで私を気遣ってくれる親友に私は感謝しても、本当に感謝しきれなくなってしまった。


なのはに関わらず色んなところで、家族やヴォルケンズ、皆に支えてもらった。


そんな皆のおかげで私は今こうして立っていられる。




「いいよ、私もお花見の準備、手伝いたいと思ってたし……」



………お花見。

誰よりも一番お花見に行きたがっていた、あの人。



「――――っ」



胸が熱くなる。


あれから何年も掛けて皆で探し続けてきたけど、あの人はついに見つからなかった。

受け入れよう。

受け入れなくちゃいないんだ。




突然、ゴト、と私の腰に帯刀していた筈の小太刀、八景が何の前触れもなく鞘から抜け落ちた。




「………あ、あれ?」




まるで、八景が自らの意思で鞘から抜け出たかのような、ありえない不自然さ。



同時にピンポーン、と高町家のチャイムが鳴った。




なのはは今、ちょうどお弁当のおかずを箱に入れている途中で手が離せない。


桃子さんはキッチンから、今手が離せないから私に玄関の応対に出てくれと合図をしてきた。


私は慌てて何故か不自然に鞘から抜け落ちてしまった八景を鞘に納める。




そして、私は玄関に向かった。








......Fin.